艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード65

 

「おいコラ提督っ!いい加減にしろぉ!」

 

ついに天龍が執務室のドアを蹴破る勢いで突入してきた。顔を真っ赤にして。

「天龍ちゃん、お行儀悪いわよ~」

後から入って来た龍田も口では天龍を止めているが、その意図が無いのは態度で明らかだった。

眉をひそめ、天龍の前に立ちはだかる日向。

同じく天龍に殺意の籠った目を向ける文月。

そしてその横にある書類の山の陰に、げっそりとやつれた提督が居るのを天龍は見つけた。

何か言いかける文月を制し、提督は弱々しい声をあげた。

「天龍さん。怒る気持ちは解る。解るんだ。だけどこの先の事を考えるとね」

「解ってねェからあんな無駄遣い出来んだろうが!提督が自分で1回分集めてみやがれ!」

「・・そうだね・・うん。申し訳ない」

 

提督が力なく頭を下げた途端、天龍はバツの悪さを感じてふいと目をそらし、舌を打った。

前の司令官と違って、提督がちゃんと遠征に出続ける自分達を気にかけてるのは解っている。

提督自身は甘味断ちをして願をかけ、自分達には甘味のタダ券も配ってくれている。

どうして装甲空母とやらが必要なのかもちゃんと秘書艦達が教えてくれた。

それは自分達を護る為に一生懸命考えた結果である事も。

だから天龍自身、率先して駆逐艦達を鼓舞してきた。

さらに、自分達の疲労を見かねた長門がペースを落すと決めた時も提督は更に休みを足した。

別に提督が私腹を肥やしてる訳じゃなく、大鳳がいつまでも出てこないのが悪いのも解ってる。

解ってる。何もかも解ってる。誰も悪くないんだって事くらい解ってる。

だが既に皆は疲労困憊で、やり場のない怒りが充満してる。

だから一言怒鳴らなきゃ気が済まなかったのだが、言ってもちっとも気が晴れない。

むしろ気まずい。

そう。天龍は解っていた。

さっき自分が放った言葉は単なる言いがかりで、提督は責任を感じてるから反論せず謝ったのだと。

・・くそっ。これじゃ弱い者イジメじゃねぇか。

 

歯を食いしばり、床を睨みつけたまま動かない天龍を一瞥した後、日向は提督へと振り返った。

「提督、天龍の言い方はともかくとして、とりまとめる者として限界を訴える気持ちは解る」

「・・」

「私も本作戦からの撤退を進言する。正規空母も、軽空母も、水母も、我々航空戦艦だって頑張る」

文月は日向を見た。

その目は裏切る気かという怒りの色で溢れていた。

提督は目を瞑り、左右の手を重ねたまま、ピクリとも動かなかった。

日向はゆっくり、ゆっくり言葉を続けた。

「今後の攻略で、もしどうしても必要と解ったら、気長に月1ずつ、回してはどうだ?」

「・・」

「提督も少し、休むべきだ。作戦開始から、毎日どれだけ眠っている?」

提督はゆっくりと目を開けた。

「私はどうでも良いが・・もはやこれまで、か」

「まぁ、そうなるな」

提督は文月を見て小さく首を振ると、深い溜息を吐いた。

ややあってから、提督は顔を上げつつ言った。

「遠征班の子達には本当に申し訳ないが作戦失敗とする。もう2度とこのレシピは回さない」

天龍は意外な一言にきょとんとした。

「えっ?」

「文月。最後まで一緒に考えてくれて、ありがとう」

「お、お父さん・・」

「皆をここまで疲労の極地に追い込んでまで迎えたいのかと、自問自答し続ける毎日だった・・」

「・・」

「天龍、悪かった。今まで板挟みになって、一番辛かったろう。心から・・」

提督は天龍に近寄ろうと、立ち上がろうとした。

しかしそこで、意識が途切れた。

 

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ・・

 

無機質な電子音を発する機械に、提督は囲まれている。

壁のように分厚いガラス板ごしに、3対の目が提督を見つめていた。

 

提督が倒れた直後。

文月は工廠長を呼んだが、同行した医療妖精も口を揃えて

 

「わしらは純粋な人間の治療は専門外じゃよ。すまんが」

 

と、首を振られてしまった。

大本営に緊急連絡を入れた長門は、通信を終えた後、無言で拳を握りしめていた。

そう。

我々は高速修復剤で傷が治り、間宮アイスで瞬時に元気になれる。

だが提督はたった一人の例外である事を失念していた。

高速修復剤も間宮アイスも効かず、ドックに入る事も出来なければ、故障した箇所の予備部品も無い。

誰もが無言だった。

溜まった疲労は皆にネガティブな未来を予感させた。

叢雲は最初の司令官との別れの朝を思い出すまいと、何度も頭を振っていた。

やがて医療用に改装した高速輸送機でやってきた医師は提督を見るなり、即座に大本営の病院へと連れ去った。

真っ暗な海を全速力で大本営へと駆け込んできた天龍と長門に対し、五十鈴は提督が入院したと告げた。

「まだ手術中よ。死線を彷徨ってるわ」

そして二人をギヌロと睨みつけると

「提督が貴方達に一体何をしたから倒れる程追い詰めたのか、私達に説明して頂戴」

そういうと、五十鈴は二人についてくるよう促した。

 

ガチャリ。

 

長門と天龍が連れてこられたのは、第666資料室と書かれた部屋だった。

ただ、その中は薄暗く、重厚な机と椅子が1つ、部屋の奥に見えるだけだった。

その椅子に腰かけ、机越しに静かにこちらを見つめているのはヴェールヌイ相談役。

相談役の傍らには無言で腕組みをする雷が居り、反対側に五十鈴が着いた。

部屋の床には、何故かビニールシートが敷き詰められていた。

長門は全ての責めを負うつもりで腹を決めた。

天龍は頑張った。

頑張って頑張って、疲弊し困窮した果てにやり場のない怒りを1回ぶつけただけだ。

口を開こうとした長門を、涼しげな声が遮った。

 

「やぁ。長門、天龍、こんばんは。私はヴェールヌイ。雷と五十鈴は知ってるね?」

 

そっと見る二人に、ヴェールヌイ相談役は続けた。

「私の、そして鳳翔の大切な親友である提督に何があったのか、自ら説明する気はあるかな?」

長門は口を開きかけた天龍を手で制すると、言った。

「私が説明する」

「うん。拷問は手間がかかるからあまり好きじゃない。そうしてくれると助かる」

天龍は呼吸が浅くなっていた。

ヴェールヌイ相談役の口調は静かで涼しげだ。

つまり、自分達が少しでも隠し事をすれば、一切躊躇わずに拷問を始めるだろう。

じっと部屋の暗がりに目をこらすと、うっすらと物が見えてきた。

ロープ、パイプ椅子、大小様々なハンマー、名前も知らない禍々しい道具。そして高速修復剤。

天龍はその意味を理解し、目を見開いた。

どれだけ傷ついてもたちどころに修復してしまう薬、それが高速修復剤だ。

つまり、痛めつけるだけ痛めつけては修復剤をかけ、治った所を再び痛めつける事が出来る。

真実を全て喋り終えるまで続く無限の拷問。

殺されるより恐ろしい。

 

「・・だから全ての責任は、私、長門にある」

天龍は長門の言葉にハッとして長門を見た。

長門は全責任を一人で負うつもりで、事実を曲げている。

それはダメだと天龍が口を開きかけた時、ヴェールヌイ相談役が溜息交じりに言った。

 

「あぁ、いけないよ長門。君には期待していたのに、がっかりさせてくれたね」

 

天龍はその言葉の意味をすぐに察した。

ヴェールヌイ相談役に言って良いのは真実だけ。

たとえ仲間を庇う為でも嘘偽りを混ぜれば許されない。

咄嗟に天龍は長門の前に出てざざっと土下座すると、

 

「待ってくれ!俺が今から全て話す!」

 

と言ったのである。

ヴェールヌイ相談役は数秒間、無言で天龍を見下ろした後、静かに言った。

 

「・・ダー。天龍、最後のチャンスだ」

「ありがとうございます!」

 

天龍は、怖かった。

どう考えても言いがかりをつけたのは自分だし、それが体調急変の引き金を引いたと思っていた。

きっと殺される。でも全部本当の事を言わないと長門まで死ぬより辛い拷問が待ってる。

それだけは。自分を何度も庇ってくれた長門だけは、帰るチャンスを掴んで欲しい。

全部話し終える頃には、天龍の声はかすれていた。

 

長門は崩れ落ちるように床に座っていた。

天龍一人さえ、自分は守ってやれなかった。

天龍は洗いざらい本当の事を喋ってしまった。

もし天龍が命を絶たれるのなら、私も共に行くぞ。一人で寂しい思いはさせぬ。

 

「これで全部だ。一切嘘は言ってねぇ」

「・・・」

 

カリカリとペンを走らせる音がする。

だが、一言も声はかからない。

天龍はどうしたら良いだろうと考えていた。

 

 


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