艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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何気なく評価10ランキングを見たらまさかの4位。
TOP5に入っただけでもありえないと思ってたんですけどね。
それに、意外と相談役の評価が高い。
最終盤にしか登場しなかったのに。
というわけで、4位達成記念。
これが本当のラストアンコールでございます。

では、どうぞお楽しみくださいませ。



ラストアンコール:ヴェールヌイのバレンタイン

「ほう。随分と海岸線が変わったものだね」

「そう?しょっちゅう見てると解らないわね」

「私は・・少なくとも5年は見てないな」

「もう少し引っ張り出すべきかしら」

「遠慮しておくよ」

ヴェールヌイ相談役と雷の楽しげな会話を聞きながら、護衛の重巡達はにこにこと笑っていた。

たまにはこうやって気分転換して頂くのも良い事だ、と。

 

時は月初に遡る。

「・・あ、ちょっと外すわね」

雷は入室してきたヴェールヌイ相談役を見るなり、共に書類を捌いていた面々にそう告げた。

ヴェールヌイ相談役が自ら部屋を訪ねて来る。

それは資料を見ていてとんでもない事に気付いたとか、とにかく急を要する時だ。

なぜなら、(あの横着な)ヴェールヌイ相談役が自ら足を運ぶ事なんてまず無いからである。

雷はヴェールヌイ相談役の手を引き、足早に使われていない会議室に入るとドアに鍵をかけた。

「で、何があったの?腐敗?敵襲?どこの地域?」

だが、ヴェールヌイ相談役は俯いたまま頬を染めて言った。

「こっ・・これを・・何とか手に入れたいんだ」

そう言って雷に見せたのは

「世界の知られざるスイーツカタログ チョコレート編」

であった。

 

「何を言い出すかと思えば・・」

雷はヴェールヌイ相談役の説明に安堵しつつ溜息を吐いた。

ヴェールヌイ相談役は、特に調理に関して不器用である。

ロシア料理なら3品作れる(うち1つはロシアンティーだが)が、それ以外は五十鈴曰く

「一見食べ物に見える大量破壊兵器」

と化してしまう。

最初は皆、警戒せず箸をつけた。

しかし。

キャベツの代わりにあじさいの葉で巻いたロールキャベツとか、

割れた包丁の欠片が入っているシチューとか、

塩と間違えて漂白剤を入れたスープとか、

とにかく洒落にならないのである。

3度目の騒動の後、雷はヴェールヌイ相談役にキッチンへ近づかないよう厳命した。

食べたい物は買うか、私が作ってあげるからと言い含めて。

だから本の中から1品選び、雷が作るか手配して欲しいとヴェールヌイ相談役は頼んできたのである。

 

ただ、今回は雷が

「どれが食べたいの?作れるかどうか考えるから指定して」

と言っても、

「い、いや、その、甘い物に拘りがある人が、その、なんだ、美味しいと喜んでくれるような物をだね・・」

と、もごもご言って要領を得ない。

雷はこういう奥歯に物が挟まったような表現が大嫌いである。

ゆえに、

「さっさと吐きなさい!誰が食べるの!」

そう言いながらバンと机を叩き、

「・・てっ・・提督・・だよ」

と、ヴェールヌイ相談役は蚊の鳴くような声で答えたのである。

雷はまだ眉をひそめつつ腕組みをしながら訊ねた。

「今までどうしてたのよ」

「おっ・・贈った事が、無いんだ」

「じゃあどうして今年は贈るのよ?」

「・・」

「・・」

ジト目の雷を、帽子越しにそっと上目遣いでチラ見するヴェールヌイ相談役。

言わなきゃ話が進まないと諦めの溜息を吐くと、呟いた。

「昔の・・夢を見たんだ」

「昔の?」

「提督が、飛行機で担ぎ込まれた日の事を」

「・・あー」

雷は思い出した。

提督が退院するその日まで、ヴェールヌイ相談役は全ての仕事を放り投げた。

提督が集中治療室に居る頃は通路からガラス窓越しに見つめてピクリとも動かなかった。

一般病棟に移ってからは、ずっと悲しげに俯いて提督の手を握り続けていた。

リハビリ中も朝から晩まで片時も傍を離れなかった。

最近では、週に1度の頻度で鳳翔に提督の様子を訊ねている。

(通信手段はもちろん雷と鳳翔のホットラインであるが、雷は黙認している)

提督が楽しそうだと聞けば上機嫌となり、悩んでる風だと聞けば上の空になる。

ゆえに。

「加賀さんが窓口となって、今週一杯ケッコンカッコカリの希望者を募るそうですよ」

と鳳翔がうっかり言ってしまった時は大変だった。

当該期間、ヴェールヌイ相談役は国会に証人喚問されており、どうあっても調整出来なかった。

だが、雷が後ろから羽交い絞めにしてもなお、

「わっ!私は行く!終わってからじゃ締切を過ぎてしまう!離せ雷!離せぇぇぇえええ!」

と言いながら、港に向かって500m以上雷を引きずっていった。

結局、後から走ってきた武蔵がヴェールヌイ相談役をひょいと掴んで持ち上げると、

「すまないが大将命令なのでな。このまま連れて行く」

といって、大暴れするヴェールヌイ相談役を連行した。

だが、証人控え室に連れて行かれると、今度は頬をぷっくり膨らませて完全黙秘を決め込んだ。

雷は鳳翔を通じて龍田に頼み、ヴェールヌイ相談役の分の書類を作成してもらった。

それを聞いたヴェールヌイ相談役は予定から半日以上遅れてようやく証人喚問に応じたのである。

後日送られてきた書類の控えを枕の中に入れ、毎日抱きかかえて寝ている事は気づかないふりをしてあげている。

雷はジト目になった。

あの時は龍田に大きな借りを作ってしまった。

色々な憶測を飛ばすマスコミの対策も苦労した。アタシ完全にとばっちりじゃない。

「ほんとにアンタは提督の事になると見境が無くなるわよね」

「そっ、そんな事はない」

「それで、提督にチョコ贈ってどうするの?愛の告白でもするの?」

「ちっ、ちがっ!たっ、ただその」

「その?」

「ふ、不老長寿化を祝って、あと・・げ、元気な顔も見たいな・・と」

消え入りそうな声で答えつつ、両手の人差し指をつんつんと合わせるヴェールヌイ相談役。

雷は溜息を吐いた。

大本営の中では好き勝手に振舞うのに、提督の事になるとトコトン意気地なしだ。

それぞれ足して二で割って欲しいんだけど。

「でも、私も提督が好きそうなチョコなんて知らないわよ?」

「そ、そう、か・・」

「鳳翔に聞いてみたら?確か甘味同好会を一緒にやってた仲でしょ、あの二人」

ヴェールヌイ相談役は一瞬嬉しそうに雷を見たが、すぐにしゅんとなった。

「・・なによその反応」

「あの鳳翔からチョコがもらえるなら、私のチョコなんて受け取る必要が無いだろう・・」

雷は再び溜息を吐いた。

「中学生の初恋じゃあるまいし、何言ってるのよ」

「・・・」

雷はぼーっと見返すヴェールヌイ相談役に首を傾げた。

「・・なに?」

「そうか・・」

ヴェールヌイ相談役は納得したように次第に大きく頷きながら答えた。

「これが・・これが初恋というものなんだね。ハラショー・・ハラッショー!!」

雷は肩をすくめた。周りの方が良く解ってるという事は往々にしてあるものだ。

しかし、と雷は思った。

なんか嫌な予感がする。

ヴェールヌイ相談役は何度も頷いた後、らんらんと輝く目で雷を見た。

「恋は戦争なんだろう!?」

「えっ?え、ええ、まぁね。でもそれは喩えってやつで」

「私は提督を奪還するぞ!」

「は?」

「必ず奪い返して大本営に連れ戻す!やってやる!やってやるぞ私は!ウラアアアア!」

雷はポンとヴェールヌイ相談役の肩を叩いた。

「盛り上がってる所悪いんだけど」

「なんだい?主兵装は先日完成した4連装レールガンで良いよね」

「向こうには、「あの」鳳翔総料理長が居るんだけど」

ヴェールヌイ相談役が一瞬にして凍りついた。

 

「無理だ・・到底私だけじゃ勝てない・・いっそ大将直属部隊を全員呼んでくるか」

「おーい、話きけー」

「大体、鳳翔総料理長なんて極悪チートをどうして鎮守府側に渡してしまったんだ」

頭を抱えるヴェールヌイ相談役の傍で、雷はぽりぽりと頬を掻いた。

確かに鳳翔を敵に回すなんて想像もしたくないが、そもそも恋は戦いというのは実弾で戦闘しろという意味じゃない。

しかし、全く人の話を聞いてない。まぁヴェールヌイ相談役の定常運航だけど。

とりあえず、しばらく放っとこう。傍で見てるの楽しいし。

「ぬおおぉ・・だから大本営直属艦娘を2倍ないし3倍に増やせと言っておいたのに」

「本土防衛用なんだから意味が違うでしょ」

「こうなったらロシア開発局に連絡して大将直属艦娘全員をロシア仕様に改造してもらうか」

「あたしも!?」

「ああっ!もう年度末だから開発局の連中を買収する予算が取れない!元帥会をどう脅せば良いんだ!」

「チョコ1個からすんごい離れたわねー」

「そうか!鎮守府取り潰し命令を出せばどうだ!それなら鳳翔と提督を切り離せるかもしれない!」

「出来る訳無いでしょ。そんな書類来たらあたしの所で破り捨てるわよ」

「いや!鳳翔に気付かれたらすべて水の泡だ!うぉぉおおおどうしたら良いんだー!」

「素直に渡して来たら良いじゃない」

 

ピタリ。

 

ヴェールヌイ相談役は数秒間止まった後、ぐぎぎぎと雷の顔を見た。

「あら、ちゃんと聞いてるのね」

「いっ・・今、なんて言った?」

「自分でチョコ渡して来たら?」

「・・・でっ」

「で?」

「でっでででで出来る訳ないだろう?何言ってるんだ!」

真っ赤になって腕をパタパタ振るヴェールヌイ相談役も可愛いわねと思いながら、雷は言った。

「会ってチョコくらい渡せなきゃ提督に忘れ去られるわよ?」

 

あ、涙目で上目遣いって結構破壊力高いわね。アタシも嘘泣きの練習しようかしら。

 

袖で涙をごしごしと拭きながら、ヴェールヌイ相談役は呟いた。

「・・忘れられて、しまった、かな」

「もう退院してから何年?10年近く経つんじゃない?」

ヴェールヌイ相談役は俯いてしばらく唇を噛んでいたが、やがて

「チョッ、チョコレート渡す位・・やるさ、わ、忘れ去られるくらいなら・・うん」

と、ぶるぶる拳を震わせながら意を決したのである。

 

こうして。

ヴェールヌイ相談役がその後4日も悩み抜き、オーソドックスなホールのチョコケーキを選択。

それ位なら作れると言い、雷が半日がかりでこしらえた。

そして雷の監視下で(ここ重要)、ホワイトチョコでメッセージを書き、箱に納めたのが今朝の事。

両手でぎゅうっとラッピングした箱を抱きかかえるヴェールヌイ相談役。

それに(無理矢理同行するよう強制された)雷と、護衛の「要塞」重巡8隻。

物々しいのか初々しいのかよく解らない艦隊は、一路ソロル鎮守府を目指したのである。

 

「あー、今年は実に心安らかだなぁ」

「どうした?」

不思議そうに首を傾げる長門に、提督は返した。

「今年は協定が結ばれてるから安心して外を歩けるよ。儀式も終わったし!」

「あぁ、バレンタインの事か」

長門は苦笑した。

今までは暗黙の了解に基づいて運用していたので小競り合いが絶えなかった。

ゆえに今年からは事前に協定を結び、厳格な運用をする事になったのである。

長門は頷いた。

違反者の罰則は南極調査船の護衛2年間と定めたのが功を奏したな。

その時、通信棟の大淀から二人に連絡が入った。

「提督。大本営の雷様とヴェールヌイ相談役殿がこちらに向かっているとの事です」

「は?え?長門、そんな通知あったっけ?」

「い、いや、今確認したが、そんな指示は無いぞ・・」

「あの二人が揃ってくるなんて余程の事だ。龍田にも連絡を!お迎えする体制を整えよう!」

「うむ!大淀、出迎える旨返信を!その後鳳翔と間宮に宴席の支度をするよう伝えてくれ!」

「了解しました!」

 

「鎮守府に連絡しといたわよ」

雷が通信を終えてそう言うと、ヴェールヌイ相談役は殺意の籠った目で睨み返し、口を尖らせた。

「なんて事をしてくれたんだ!出来るだけ気付かれたくなかったのに!」

「暗殺じゃあるまいし。連絡なしに行って提督が留守だったらどうするのよ」

「帰ってくるまで部屋で待ってるに決まってるじゃないか」

「部屋?執務室の事?」

「自室に決まってる!」

「・・なんで?」

「提督の布団にくるまってスーハースーハーしてれば2週間は余裕で待てる。異論は認めない」

雷は溜息を吐いた。この姉はもう1度ロシア開発局に送り返すべきだろうか。

・・いや、ますます酷くなりそうな気がするから止めとこう。

こういう予感は大事にした方が良いって雪風も言ってたし。

「とにかく、連絡はしちゃったし、港で出迎えてくれるって言ってたわよ。良かったわね」

雷はヴェールヌイ相談役を二度見した。

今度は真っ赤になって俯いている。これだけ表情に出すってほんと珍しいわね。

「どうしたというのよ・・今度は」

「まっ・・待っててくれるのか・・提督が・・」

「秘書艦の子じゃないの?」

途端にヴェールヌイ相談役がジト目になった。

「艦娘なんてどうでも良いのだが」

「清々しい程欲望に忠実だけど、その艦娘達は提督が大事にしてるのよ?」

「うぐおっ!?」

「ちょっとは猫かぶりなさいよ」

「え、エラー猫で良いかな?」

「物理的に猫を頭に乗せろって言ってるわけじゃないわよ」

「じゃ、じゃあこの猫耳を被るのか?どうして持ってるのを知ってるんだ?」

「そうじゃなーい!って、何でそんなもの持ってるのよ?」

「五十鈴が買ったけど使わないからあげると言ったんだ」

「あの子はどうして買ったのかしらね・・まぁ折角持ってるなら付けてみたら?」

「こっ、これで、良いのかな?」

雷はほわほわの猫耳を付けたヴェールヌイ相談役を見て頷いた。

馬子にも衣装、変態にも猫耳。見た目だけは恋する可愛い乙女の完成だ。中身は危険物だが。

「良いわね。後は艦娘達を押しのけたり悪口を言わなければ完璧よ」

「そうか。あと、提督を1人お持ち帰りしたいのだが」

「ダメに決まってるでしょ、たこ焼きじゃないんだから。それに何人も居るような言い方しないでよ」

「うー」

「わがまま言う子なんて、提督は嫌いだと思うわよ?」

「!!!」

「せいぜい嫌われないようにしなさいな」

「・・・」

鬼姫討伐の戦略会議でさえ見せないくらい真剣な表情で考えこむヴェールヌイ相談役。

雷は首を振った。まぁこれで大人しくなるでしょ。

提督の鎮守府にあまり迷惑をかけても悪いしね。

 

一方。

 

「我々ノ知ル限リ、深海棲艦ノ動キデ大キナ変化ハナイデスヨー?」

「ここ1ヶ月ほどの大本営の動きで変わったトピックスもありません」

「だが、何の理由も無いのに雷様とヴェールヌイ相談役殿が揃ってご登場なんてありえない」

「うーむ、何かやったような記憶も無いのだが・・」

提督室には第1艦隊の面々や龍田、事務方、そしてル級達も緊急招集されていた。

情報を紐解き、理由をあれこれ討議したが一向にこれと言った物が見つからず、面々は首をかしげていた。

一方、間宮と鳳翔は大急ぎで歓迎用の支度を整える事になった為、

 

 「本日の昼食はおむすびと味噌汁のみ、セルフサービスとなります」

 

という看板が食堂の入り口に立った。

艦娘達は

「まぁ、ひじきと枝豆のおむすび美味しいし~」

「今日は元々食べ過ぎちゃうからこれで良いよねー」

等と言いつつはしゃいでいた。

 

そう。

 

提督に本命チョコを用意する子は多いし、提督は全て笑顔で受け取ってくれるので争いにはならない。

(鳳翔か間宮の監視下で作る為、変な物が入ってないと保証されている事も大きなポイントである)

そして今年から、提督に対してチョコをあげ、握手する以上の行為は固く禁じられた。

さらに、順番は抽選で決め、指定時間に提督室で長門と龍田立会いの下で行う事とされている。

一方、男性は提督と工廠長の二人しか居ないので朝から2時間もあれば終わってしまう。

だから艦娘同士で贈り合う友チョコが年々ヒートアップし、ついに今年は

「全員で様々なチョコを作ったり取り寄せて、それらを食堂に取り揃えて食べまくる日」

というイベントになったのである。

深海棲艦達に配るシュークリームも今日はチョコシューになっており、

「オオ、皮モクリームモ茶色イ!」

「コレハコレデ美味!」

と、深海棲艦達にも好評だった。

 

食堂で盛り上がる艦娘達を他所に、提督室では真剣な討議が続いていた。

一体何故あの2人が来るんだ、と。

 

そんな中、ついにヴェールヌイ相談役の一行が到着した。

 

鎮守府の港に到着したヴェールヌイ相談役は、決死の覚悟を決めたような硬い表情をしていた。

だから出迎えた長門達は何事かと色めき立ったが、雷が

「あ、えっと、まぁ恋する変た・・少女がチョコ渡したいだけの簡単なイベントなのよ」

と補足したので、長門は頷くと提督室までヴェールヌイ相談役を案内し、二人きりにした。

「愛しの旦那様が心配じゃないの?」

雷は帰ってきた長門を見てニヤリと笑ったが、

「器用じゃない者同士、気持ちは解る。それに、いちいち動揺していてはここで生きて行けぬ」

そう、長門が答えたので雷は頷いた。

「それで、雷殿の用向きは?」

「無理矢理付き添いを頼まれただけよ。ヴェールヌイ相談役は海に立つのも久しぶりだったしね」

「ならばチョコ交換会に参加せぬか?」

「ごめんなさい。私は何も持ってきてないのよ」

「構わぬ。余る程あるから好きな物を好きなだけ食べて行ってくれ」

「そうなの?じゃあちょっとだけ頂くわ」

そんなわけで雷は食堂に連れて来られたのである。

 

雷はぽかんと口を開けつつ部屋の中を見回した。

スゴイ。部屋が茶色に見える位チョコだらけだ。

隅の方に申し訳程度におむすびと味噌汁が置いてある。おむすびが前菜で、後はデザートの満漢全席って感じだ。

各国のチョコからクッキー、ケーキ、ドリンクと、もう何でも揃ってる感じがする。

「よくもまぁ、こんなにチョコのスイーツがあったわね・・」

「艦娘全員で手配するからな。ほぼ世界中のチョコを網羅している」

「・・大本営でもこんなに揃わないわよ」

「入手しづらい物でも鳳翔が何とかしてくれるのだ」

雷はゆっくりと巡回しながら思った。

美味しそう・・主人にあげるチョコ、私の手作りトリュフだけで良かったかしら?

袖をくいくいと引かれた雷が振り返ると、龍田がにこりと笑いながら

「これをどうぞ。今晩まで持ちますよ~」

と、保冷剤入りのクーラーボックスを手渡したのである。

「そっ、そんなに沢山貰ったら悪いわよ」

「全員で食べてもうんざりするくらいありますから~」

「・・じゃ、じゃあ、ちょっと頂くわね・・ありがと」

「どういたしまして~」

雷はケーキをボックスに入れながらハッとした。しまった。また借りが増えてしまった。

 

その頃。

「・・てっ、ててて提督」

「はい」

ヴェールヌイ相談役はニコニコする提督の前で未体験ゾーンに突入していた。

口から心臓が飛びでそうなくらいドキドキしている。

頭のてっぺんまで真っ赤になっているのが解る。

ロシア開発局で艤装の配管を間違って組み込まれた時でもこんなに辛くなかった。

たった、たった一言。

「チョコを(雷が)作ったから受け取って欲しい」

というのがこんなにも大変なのか!?

昨日の晩、ベッドで悶々と想像していた時は、あわよくば

「大好きだ!」

と伝えて抱き付こうと思ってたのに、これでは到底無理だ。その前に心臓が止まってしまう。

それでも。

それでもヴェールヌイ相談役は、精一杯の気力を振り絞って顔を上げた。

提督の笑顔が近い!近すぎる!あぁバックステップ踏みたい。

ダメだ!言え!言うんだ私!

「あ、あああああの、その、ちょっ!」

「はい」

くっ、声が裏返る!舌がもつれる!

「ちょっ!チョコを!気持ちを込めて作ったから!受け取って・・くれないか」

「喜んで。ありがたく頂きます」

提督の手に両手でチョコの箱を乗せたヴェールヌイ相談役は、どさりと椅子に腰かけた。

ぜいぜいと肩で息をしながらヴェールヌイ相談役は思った。

ついに、ついに言えた。私はやり遂げた!

ヒマラヤ登頂した時の気持ちってこんな感じなのだろうか?

なんという達成感!なんという高揚感!ナチュラルハイと言う奴か!

この高揚感を味わいたくて世の女子はバレンタインデーに参戦するのだね!(※個人差があります)

提督はヴェールヌイ相談役を見ながらニコニコ笑っていた。

あの猫耳は新装備なのだろうか。

「ところで相談役」

「んー?」

「久しぶりになでなでしましょうか?」

「!!!」

「あ、いや、もし良かったら、ですけど」

ショックが収まったヴェールヌイ相談役は、光の速さで提督の膝の上に座った。

そしてくりくりと頭を撫でられながら思った。

あぁ・・あぁ・・この温もり・・この優しさ・・至福・・おっとよだれが。

 

「じゃあ本当にヴェールヌイ相談役のチョコを渡す為だけにいらしたんですか?」

雷はお土産の分を選び、ヴェールヌイ相談役と合流した後、鳳翔達が用意した昼食を食べた。

帰る前にちょっと食休みしましょうという事で、改めてチョコが溢れる食堂に入ったのである。

龍田は文月達とチョコブラウニーを楽しんでいたが、入って来た二人を見て誘った。

そして一緒にケーキを食べながら理由を尋ねたのである。

「ええ、そう。長門達の反応を見て、しまったと思ったの。貴方には先に言っておけば良かったって」

「確かにこういうイベントは直接渡さないと面白くないですものね」

「皆はもう渡したの?」

「0700時から順番に」

「じゃあヴェールヌイ相談役が一番最後だったのね」

「そうですね。でも皆で並んでる時じゃなくて良かったと思いますよ」

「なぜ?」

「鎮守府内の協定では、チョコを渡す事と握手する事しか認めてないですから」

「厳密ね」

「緩くしちゃうと一人が延々と提督を占有しちゃいますし、流血の事態が予想されるので・・」

雷は頷いた。ヴェールヌイ相談役の様子を考えればちっとも不自然ではない。

ヴェールヌイ相談役はにふんと笑った。

膝の上でナデナデしてもらったのは私だけということか・・ハラショー

 

こうして。

 

雷達の一行が帰って行くのを見送りながら、提督は肩をすくめた。

「チョコぐらい送って来てくれれば良かったのになぁ」

隣に居た長門は溜息を吐きながら言った。

「チョコを渡すのは口実で、提督に会いたかったという事だろう」

「・・そっか。そういえば退院してからお会いするのは初めてかもしれないね」

「私も久しぶりにお会いしたが、印象が違ったな」

「んー?相談役はいつもあんな感じだよ?」

長門は苦笑した。前回会った時はこの鎮守府の存亡の危機だった。

今日の態度から考えれば、ヴェールヌイ相談役は提督が倒れた事に凄まじく怒っていたのだろう。

いや、倒れた事ではなく、倒れるまで働かせたとお考えだったのだろう。

ならば我々に向けられたあの冷たい炎の理由も解る。

・・・となると。

「あーその、提督」

「うん?」

「相談役から・・こ、告白とか、受けたりしたか?」

「いいや。チョコ貰って、膝の上で頭を撫でて、終わり」

「・・文月みたいだな」

「あははは。そうだねぇ。北方棲姫といい文月といい相談役といい、変わってるよね~」

長門は思った。

ちびっ子特権か・・かなりうらやましい。

 

「♪~」

「随分ご機嫌じゃない。どうしたのよ?」

「ふふん。提督は私だけに頭ナデナデしてくれたのさ」

つやっつやの良い笑顔をしているヴェールヌイ相談役を見つつ雷は思った。

多分それは愛の表現じゃなく、お父さんが子供に良い子良い子するような・・

まぁ良いか。本人が幸せならそれで。

「良かったわね」

「うらやましかろう?」

「ふーんだ。私は主人に撫でて貰えばそれで良いのよ~」

「そういえば、そんなクーラーボックス持ってきてたかい?」

「スイーツを幾つか頂いて来たのよ。今夜主人と食べるの」

「ほう。確かにあのチョコケーキは美味だったから喜ぶだろうね」

「でしょ。代役頼んじゃった五十鈴の土産にもなったわ」

ヴェールヌイ相談役は頷いた。

強引に切り開いていく印象の強い雷だが、周囲にきちんと気を配り、礼儀を大事にする。

だからこそ大勢の部下がついてくるし、物事を進められる。

私ももう少し、この妹を見習わねばならないかもしれない。

「い、雷」

「なぁに?」

「そ、その・・今回は色々と助けてくれて、ありがとう」

「えっ・・」

期待した答と違ったので、ヴェールヌイ相談役は雷を見た。

「・・なんで異星人を見たような顔をしてるのかな?」

「ヴェ、ヴェールヌイが・・礼を・・言った?」

「私だって礼くらい・・」

言いかけてヴェールヌイは直近で雷に礼を言った出来事を思い出そうとした。

・・・6年前の大晦日だと?い、いや、そんな筈は・・しかし・・他に該当がないな。

「いや、あまり言って無いね。すまない雷。いつも感謝している」

雷は目を見開いた。ヴェールヌイ相談役が自らの非を認めて謝った上に自分に感謝の意を示した!?

鋭い眼差しで周囲をきょろきょろと見始めた雷を怪訝そうに眺めつつ、ヴェールヌイは訊ねた。

「何をしてるんだい?」

「大津波が来るの?それとも鬼姫の大群?かっ、覚悟は出来てるわよ!どっからでもかかってらっしゃい!」

ヴェールヌイはジト目になった。私がありがとうと言うのはそこまでおかしい事なのか?

「・・もう良い。帰る」

くるりと雷に背を向けると、ヴェールヌイ相談役はすいっと大本営に向かって進んでいった。

護衛の重巡達がくすくす笑っていたのは言うまでもない。

 

 




本話はバレンタインに公開しようと用意していた訳ですが、丁度その頃公開していた話の流れに組み込めなかったんですね。
なのでボツにした訳ですが、ヴェールヌイ相談役の成分は多いので、加筆して1本に仕立ててみました。
読みきりアンコールには良いかなと。
如何でしたでしょうか?

さて。
次回作を望まれる声が凄く多いのに驚きました。
なんと推薦も3つ目が頂けましたし。

ありがたい。だからこそ心苦しい。

実際、書こうと思えば書けるかもしれないんですが…
今年は、奥さんを探したいんです。
いや、2次元の嫁という意味じゃなく、リアルの。
良い年したおっさんが無茶すんなって言われるのは解ってますが、もう1回だけ、探してみたい。
そう思ったんです。
何でかと言えば、感想を拝見したから、です。
もちろんお世辞成分も沢山入ってると思うんですけど、人の温かさ、優しさが嬉しかった。
自分が作った物に喜んで頂いて、かつ次を期待されるって、人としてとても嬉しい。
だから同じ方向を向いて、仲良く生きていける人を探したい、出会いたい。
そう、思ったんです。
とはいっても探す手段が思いつかないんで、どうしたもんかと困ってるんですけどね。
ここまで付き合ってくれるような読み手の皆さんにはきちんと言いたかったので、恥を忍んで本当の事を書きました。
はい。



・・・・・と、書いたのが3月。今は8月。
さすがにどなたも読まれて無いでしょうけれど。

ええ、探すのを諦めました。正直疲れました。
相談所とかに何十万と突っ込んだわけですが、まぁその業界にお布施したようなもんでした。
詳しくは語りませんが、あの業界とは二度と関わりたくありません。
ほとんど詐欺です。

というわけで、別作品を始めます。
同じく艦隊これくしょんのSSで、本作の世界観を引き継いだお話ですので、スピンアウトの一種かもしれません。
タイトルは
「Deadline Delivers」

明日、8月16日に第1話をアップします。
URLはこちらです。
http://novel.syosetu.org/59760/

よろしければ、またお付き合い頂きたく。
どうぞよろしくお願いいたします。

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