艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file06:真ノ敵

4年前の冬、提督室

 

その日、当時鎮守府内最高練度だった戦艦と空母で固めた第1戦隊は、北に出撃していた。

順調にコマを進めたが、ボスの手前で4隻が小破。その他も小破手前までダメージを受けてしまう。

提督は迷ったが、応急修理女神を積んでいる事を思い出し、進撃を命ずる。

しかし、結果は4隻とも轟沈してしまったのである。

原因は応急修理女神を第2艦隊に積んだという単純ミスだが、あまりにも大きな代償に提督は意識を失った。

翌日、提督は憔悴しきっていたが、艦娘達は沈んだ4隻は立派な最期を遂げたといい、落ち着いた様子だった。

「提督、第1艦隊を編成しませんか?」

その日の秘書艦だった赤城は、提督にさりげなく進言してみた。

しかし、提督は

「私にその資格は無い」

と、小さく呟き、後はピクリとも動かなかった。

2日経ち、3日経ち、1週間が経った。

秘書艦になった日向は言った。

「兵器は補充しないとダメだぞ」

提督が青ざめて痩せこけた顔を、首から上だけ動かした。

滅多な事では動じない日向だが、あの時の事は

「死霊が取り憑いたかと思って肝が冷えた」

と身震いして振り返る。

提督が口を開いた。

「そうだ、やっと解った」

「な、何がだ?提督」

「お前達は、ただの部下ではない」

「・・・は?」

「お前達は、娘なんだ」

「な、何を言ってるんだ、提督」

「そうだ、だからこんなにとてつもない喪失感があるんだ」

「提督が私達を大切にしているのは解る。解るが・・我々は兵器だぞ」

「もう二度と、娘を殺さない。殺してはいけない」

「どこへ行くんだ提督?」

「日向」

「なんだ?」

「兵法の文献はあるか?出来るだけ各国のが欲しい」

「確かそれなりにあったはずだ」

「部屋に持ってきてくれ。関連する物も」

「え?今日の仕事はどうするんだ?」

「しばらく全部任せる。私は部屋に籠る」

「なに!?ちょ、ちょっと待て提督!」

そのまま、提督は自室に帰ってしまった。

日向から相談された長門は

「色々思う事があるのだろう。話してくれるまで待とうじゃないか」

と言った。

そして長門の判断で、鎮守府の資源量を維持すべく

「弾薬や燃料を大量消費するイベントや新海域は行かず、鎮守府近海のみ出撃する」

「修復は高速修復材を使わずにひたすら待つ」

「高速修復材や各資材を獲得出来る任務を毎日コンスタントにこなす」

という、鎮守府維持三原則を制定。

さらに、提督の司令官業務を代行する、不知火を始めとする数人で事務方を構成した。

こうして、艦娘による鎮守府自主運営という前例にない状況になったのである。

もちろん大本営や他鎮守府には秘匿してある。問題にならないわけがない。

 

 

事件から1カ月後、鎮守府

 

提督室に提督が現れた。

憑き物が落ちたように生き生きとした表情の提督を見て、艦娘達は安堵した。

提督は言った。

「皆、今まで苦労を掛けた。どうもありがとう」

「もう大丈夫なのですか?」

「あぁ、明日からは訓練をするぞ」

「ご心配なく。クエストはこなしています」

「大本営のクエストは君達が作った原則通りで良い。それに加えて軍事訓練を行う」

「どのような?」

「仲間を守る為の戦い方に必要な訓練だ。この鎮守府の全艦娘に学んでもらう」

ええと、どういうこと?

事務官と秘書艦は顔を見合わせた。

 

守る為の戦いというのは、ひたすら轟沈しない事を優先する戦い方だ。

ここが轟沈するというボーダーラインを見極め、ダメージを受ける可能性などを計算しながら戦う。

一方でボーダーラインを上げる為、装甲を中心とした近代化改修と改造が行われた。

装備は主砲を外してでも強化タービンや缶を優先して回避力を上げ、残スロットに必要な武器を入れるよう指示された。

しかし、何が必要かと問われても解るものではない。

そこで、わざと重りを片足に付け、浸水中で敵戦艦と遭遇したといった絶望的な状況を訓練し続けたのである。

どの艦娘も自分で選び抜いた武器を構え、厚い装甲と高い回避能力を装備していた。

結果、たまに参加する演習では他の鎮守府から化け物呼ばわりされる事になる。

あまりに攻撃精度が高すぎて何らかの違反をしているのではないかという疑いまでかかった。

この為、製作を担っていた熟練妖精達を他の鎮守府育成に回す等、疑念の払拭に努めた。

更には鎮守府運営には余るほどの資源を遠征で調達出来たので、これを大本営に献上した。

これは緊急修復資材として幾度も功を奏した。

大本営の大和と我が長門の間に信頼関係が醸成され、情報交換をするまでに至ったのはこの為である。

出撃以上に貢献する稀な鎮守府として、評判は高まっていた。

 

しかし、その評判が高まるほど、出世の近道は大本営への献金だと曲解をする司令官が出てきた。

魚心あれば水心とばかりに、大本営側の人間の一部が暗躍を始めた。

そうした勢力を中将は潰すべく、謹慎の為の候補地を調査させたが、その調査要員が腐敗していた。

彼らはこの話を悪用した。

ソロル島近海の岩礁を島があると嘘の報告を上げ、建設資材を横領した。

さらに献金を渋る司令官達を「艦娘にたぶらかされて廃人になった」と報告しては「謹慎」させていたのである。

大和は濡れ衣をかけられた司令官の艦娘達から涙ながらに無実を訴えられたが、中将は腐敗撲滅を誓い聞く耳を持たなかった。

 

 

昨年9月29日、大本営

 

勢力は増大し組織化され、「ソロル」は「処刑場」として定着していた。

勢力は次々と提督に「献上か死か」を迫り、鎮守府を食い物にしていった。

そしてついに、我が鎮守府の提督に矛先を向けた。

献上品をもっと寄越せとは言わず、わざと提督のトラウマとなっている海域への出撃をけしかけたのだ。

それは勘弁、ならばもっと寄越せというシンプルなシナリオを用意した筈が、提督は出撃海域を少し広げただけで黙殺したのである。

 

勢力は一旦諦めた。既に十分な献上をしている金の鶏を絞め殺すのも能が無いと。

しかし構成員が聞きつけた、鎮守府の艦娘が高練度揃いで開発能力も高いという噂話に幹部は色めきたった。

装備を敵勢力に横流しすればもっと稼げる。練度の高い艦娘を貸し出せば高い金を稼げる。

艦娘リスト全てが熟練とは思えんが、半数でも三分の一でも十分だ。

勢力は提督を抹消して鎮守府を「占領」する為、中将にいつも通り報告した。

「あの提督は艦娘に騙されて出撃を拒んでいる。少し隔離して謹慎させましょう」

しかし、中将はあまりに高い自決率である「ソロル送り」をしたくなかった。

彼は育成をきちんと行っている。ただ出撃率が極端に少ないだけだと。

ならばと勢力は言った。

「中将から御説得頂けませんか?我々ではダメですが、中将なら提督なんて簡単に説得出来ますよね?」

引くに引けなくなった中将は、こういった。

「くっ、良いだろう。半年以内に説得してみせる」

「万一の場合は謹慎でよろしいですね?」

「ああ、私は中将だぞ」

勢力は心中高らかに笑った。

単純な馬鹿を上に飾っておくと何かと便利だ。

あれだけせっつきまわしたのだから今更首を縦に振るわけがない。

丁度中将の態度もうっとうしかった。説得出来なかった事を責めて鼻っ柱をへし折ってやろう。

そしてその期限が、今年の3月28日だったのである。

さて、あの提督は中将も諦めた。邪魔者はいない。鎮守府は我々勢力の好きにさせてもらうぞ。

長門も大和も知らない闇。

深海棲艦よりも厄介な、真の敵。

勢力は表向き、「大本営直轄鎮守府調査隊」という組織名で呼ばれていた。

 




え?鬼怒さん、何か?

鬼怒「小者臭マジパナイ!」

誤字を直しました。すいません。

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