艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file20:艦娘ノ意思

7月10日朝 第5122鎮守府

 

「・・移転、ですか?」

虎沼は以前巡回した中から司令官不在と回答を受けていた鎮守府だけを回り直していた。

今回の目的は少し難しいが、心は晴れやかだった。

「はい。私どもが皆様に再びご活躍頂くため、他の鎮守府への移転をお手伝いします」

「・・・・。」

秘書艦の艦娘は考えるポーズを取ったのだが、

「悪くないじゃない、その話。」

虎沼が振り返ると、入口にもう1人の艦娘が立っていた。霞だ。

「お邪魔するわ」

迷う秘書艦と違い、入ってきた霞はきびきびと質問を始めた。

「まず、そちらの案を教えて頂戴」

「はい。こちらをご覧ください」

虎沼は専用のパンフレットを取り出す。

「皆様には他の鎮守府の目を避けて頂く為、我々が用意する輸送船に乗って頂きます」

「続けて」

「我々が小島までご案内した後、受入先の準備が出来るまで島でお待ち頂きます」

「ふうん」

「ただし、この時に注意事項がございます」

「何よ?」

「その島では深海棲艦から勧誘があります」

「はい?」

「司令官や大本営に恨みは無いか、復讐しないかと言って、深海棲艦になろうと誘ってきます」

「まぁ、してやりたい気持ちはあるけどね」

「そこが狙いです。しかし、深海棲艦から艦娘に戻る方法は確立されていません」

「片道切符って事ね」

「はい。そこを説明しないのです」

「なるほど、上手い事復讐を果たせるかも解らないし、元にも戻れないわけね」

「その通りです。我々の係員がお迎えに戻れば、以後の勧誘はありません」

「受け入れ先の鎮守府では、やっぱりタマよけ要員なの?」

「そこは鎮守府次第になる、としか言えません」

「否定しない所が素直ね」

「全て正直にお話して、乗って頂くか否かを判断頂きたいのです」

「承諾の単位は?」

「すみませんが、鎮守府の全艦娘となります」

「なぜ?」

「このお話は、正直申しまして大本営様の命令に背くことになります」

「そうね。あいつらからは待てと言われてるのだから」

「従いまして、大本営様に出来るだけ漏れるリスクを減らしたい」

「全員で受けたのなら秘密を守れるだろうって事ね」

「はい」

「もう1つ。鎮守府全員で移転先の鎮守府に行けるのかしら?」

「そこも、受け入れ先次第となります」

「駆逐艦だけ欲しいとか言われた場合は、軽巡達と離れ離れになるって事ね」

「残念ながら」

「・・・・。」

秘書艦と霞は腕を組んで考えている。

虎沼にとっても未承諾の段階から計画内容を話すのは危ない橋だった。

しかし、引き換え資材が多いといった餌が無い以上、誠実に話すしか信用を得る手段がなかった。

「そもそも、この目的は何?」

虎沼は一呼吸置くと、ゆっくりと話し出した。

「ある艦娘の方が、深海棲艦になりました」

「!」

「そして、深海棲艦への勧誘活動を心の底から後悔されています」

「先日、秘書艦様が司令官不在の事をお話し頂いた時、本当に寂しげな眼をされましたよね。」

「その事を元艦娘の方に話したところ、非常にお怒りになり、皆様に同情された」

「そして鎮守府で待ちぼうけになっている皆様に再び活躍の場を提供し、罪滅ぼしをしたいと」

「私も深海棲艦に海運ルートを潰され、リストラされてこの仕事につきました」

「元艦娘の方の思いは本物だと私は信じています。だからお手伝いをしています」

「もし皆様を深海棲艦に導くつもりなら勧誘の種明かしも、迎えの事も話しません」

「それを含めて今の時点で全て打ち明ける事で、私は皆様に誠意を示しているつもりです」

「リスクがある事も確かです。司令官様が今日、いや、明日帰ってくるかもしれません」

「それでも、お手伝いが出来るならさせて頂きたい。これが私達の目的です」

秘書艦と霞は静かに聞いていたが、霞が

「少なくとも貴方が嘘を吐いているようには見えないわね」

と言った。

「一つだけ、先に申しあげておきます」

「何かしら?」

「私の名刺にある山田というのは、本名ではありません」

「!」

「それだけ大本営の目を恐れている、という証拠です」

「本当に用意周到なのね」

「私がついている嘘は、これだけです」

「それも今話してくれた」

「はい」

「一応、山田さんのままで通すわね」

「そうしてください」

「山田さん、もう少しだけ時間はある?皆に聞いてみたいの」

「勿論です。なんでしたら出直しますが」

「それほどかからないと思うから、待ってて」

「はい」

霞が駆け足で出て行った。

ふと見ると、秘書艦がお茶を運んできてくれていた。

「あの、えっと、ありがとう」

秘書艦の言葉に、虎沼はにっこりほほ笑んで頷いた。

欲深い司令官との化かし合いもスリリングで楽しいが、こういうのも良いな。

何とか上手く行ってほしい。

相手の鎮守府が丸ごと受け入れてくれれば良いが。

秘書艦と二人、静かな司令官室の時間が過ぎて行った。

 

「信用して良いのかなあ・・」

「その山田さん自体が騙されてる可能性もあるんじゃない?」

霞は虎沼の提案を全員に話したが、艦娘達は素直に受け取らなかった。

それは虎沼の提案があまりに都合が良すぎるというのもあったが、

「司令官だっていつも通り「またね」と言って来なくなったしさ」

という、人間不信感が募っていたのだ。

「そうね、司令官からこんな仕打ちをされたんだから、疑って当然よ」

「でしょう?もう騙されるのは嫌」

「だけど、このまま待って司令官が帰ってくると思う?」

「だ、大本営は・・」

「何回陳情したと思ってるの。その度に待て、待て、待て。あたし達は犬じゃないわ」

「そう、です、よね・・」

「皆と離れ離れになるのは寂しいなあ」

「可能性は、あるわね」

「でも、そういう事を全部喋ってくれるってのは、信じて良いんじゃないかなあ」

「あっ!?」

堂々巡りに近い議論の最中、霞が声を上げた。

「どうしたの?」

「もう5時間も経ってる!すぐ決めるって言ったのに!」

霞と艦娘2人がどたどたと司令官室に走り、ドアを開けた。

「すみませ・・」

秘書艦と虎沼がソファに座ったまま、寄り添って静かに寝息を立てていた。

霞達は顔を見合わせた。

「変なの」

「まぁ、良いか。司令官が帰ってくるとは思えないよね」

「隙だらけで寝てるこの人を、信じてみる?」

「じゃあ、皆に伝えて来てくれるかしら」

「解った!」

霞がパンパンと手を叩くと、秘書艦と虎沼ははっとしたように目を覚ました。

「待たせたわね。全員、承諾したわ」

「えっ、あっ、解りました」

「ちゃんと手続してよ。寝ぼけて間違えたら承知しないんだから」

「お任せください!」

虎沼と笑顔を交わす秘書艦を見て霞は思った。この子が笑ったの、久しぶりに見た。

最悪騙されて深海棲艦に撃ち滅ぼされても山田を恨む事はすまい。

迎えが来ることを信じて、誘惑に負けないように頑張ろう。

 

 





作者「私はMではありませんので、ドSは苦手です」
霞「・・・・。」
作者「苦手ですよ?」
霞「何も言ってないわよ?バカじゃないの?」
作者「だから苦手だって言ったのに(涙)」

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