艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file25:球磨ノ煎餅

7月26日夜 鎮守府提督室

 

「先日の護送に引き続き、立て続けとなるが、いよいよ本丸だ。」

提督は対策班員に話し始めた。本丸という一言に空気がピッと張り詰める。

「今回の任務は売買に応じた司令官の逮捕であるが、逮捕行為そのものは憲兵隊が行う」

「我々の為すべき事は2つ。1つは憲兵隊の安全確保、もう1つは艦娘による反撃の抑止だ」

「司令官が憲兵隊や我々を攻撃するよう指示した場合、艦娘は違法と知りながら従う可能性がある」

「艦娘同士で戦闘など悲しいだけだ。攻撃が始まる前に司令官を制圧したい」

「私も漠然としたイメージはあるのだが、皆の意見を聞きたい」

「睦月とタ級から売買に応じたのは第9610鎮守府と判明した」

「大本営から提供された相手の情報は以下の通りだ」

「この鎮守府は半島の先端にあり、港は天然の入り江を改造し、建物は岩礁に足場を組んで建てられている」

「背後は山で陸路が通じてるが、一本道ゆえ隠れる所は無い」

「海側は1km程隔てたところにもう1つ半島があり、海原への見通しはあまり利かない」

「所属艦娘は16体だが運用開始から3年を経ており、戦績も中位を維持している」

「司令官は毎日攻撃と遠征を発しており活動は活発である」

「従って艦娘の練度は高いと思われるが、高速修復剤の備蓄はほぼ枯渇している」

「活動時間帯は主に日中~夕方である」

「憲兵側は隊員輸送を兼ねた護送車1台と隊員10名が出動する。以上だ」

 

 

霧島が口を開いた。

「警戒態勢にもよりますが、不意をつくという手があります。」

「例えば朝食の直前や交代時間など、体制を整えにくい時に突入するというものです」

提督が答えた。

「憲兵隊からも早朝突撃の提案があったが、我々が司令室に到達する前に攻撃が発令される恐れがある」

「うちは違うが、鎮守府によっては秘書艦と一緒に寝てる場合もあるから、朝といえど難しいだろう」

ふと、妙な空気になった事に提督は気付いた。

「ん?なんだ?」

金剛がもじもじしながら、

「テ、テートクと同衾・・・」

というと、提督はハッと気づいて。

「違っ!違う!訂正!一緒なのは部屋!布団は別!別だよ!?」

山城が目を逸らして、

「あたしは・・一緒に寝ても良いけど・・ね」

と、ポツリとつぶやいたのを聞いて、霧島と筑摩があーあという表情で額に手を当てた。

同時に、ハチの巣をつついたような大騒ぎになる。

「テートクと同衾するのは私デース!」

「提督がイクを待たせるなんてありえないの!最初は私なの!」

「く、熊野は入籍前に同衾なんて、ど、同衾・・きゃっ」

「秘書艦特権に決まってるでしょ!今日の当番はあたしなんだからね!」

「ふっ、不潔!不潔です!全員消毒します!火炎放射器持ってきます!」

「はいはいはい、うちは無いから!無・い・か・ら!」

「無いんですか!?」

「ありません!」

「作ってください!」

「なぜ榛名までハモる!不潔と今言ったじゃないか!」

長門はその騒動の中、図を書いては、肘をついて考えていた。

「な、長門!助けてくれ!収拾がつかん!」

「んー?今忙しい」

「ちょ!会議にならんだろ!」

「もう少し考える時間が欲しい。頑張ってくれ」

「んな!?」

いつのまにか多くの艦娘がむーっと頬を膨らませて提督を見ている状況になっていた。

提督はしかめっ面をしてわざとらしく咳払いをすると、

「嫁入り前の年頃の娘と一緒に布団に入る父親なんてどこに居るんだバカモノ!ダメだ!」

と腰に手を当てて怒ったように言うと、場が納まった。

霧島が驚いたように

「へぇ、提督がNOと言って皆が聞くなんて珍しいですね。明日は傘持って行きましょう」

「茶化すな。ちゃんと会議するの!してください!」

「はーい」

やれやれといった表情で提督が椅子に腰かけた所で、長門が

「よし、こういう作戦で行ってみるのはどうだろう?」

と言った。

 

「ふむ、なるほど。それは予想の斜め上だろうな」

「普段からそうしてるかどうか、その瞬間があるかどうかですね」

「確かにな」

「留意点はこの時間ですね」

「あとはこれだ、この準備は図面が無いと難しいだろう」

「上手く出来ますかね?」

球磨がどうっと机に突っ伏した。

「もー面倒だクマー。バーッと正面から全員で突撃して強行制圧してしまえば良いクマぁ」

「陸上接近戦なら球磨姉ちゃんと二人で10分もあれば殲滅出来るにゃ」

「おいおい、艦娘を殲滅するな。ついでに司令官も怪我させるなよ」

「なんでにゃー?」

「多摩、悪事を働く司令官の所に所属してるってだけで袋叩きに遭ったらどう思う?」

「んー」

「当たり所が悪くて轟沈なんてなれば、深海棲艦になってしまうぞ」

「・・・。」

「まして球磨も多摩も接近戦では鎮守府最強の強者なんだ。ありえる話だろ?」

「にゃ・・」

「お前達は強い。強いからこそきちんと考えねばいかん」

「て、照れるにゃ・・・」

「仕方ないクマー、早く決めてクマー」

「考えてくれよ」

「苦手だクマー、霧島任せるクマー」

「まぁ良いですけどね。提督、こんな感じでどうでしょう?」

「こうして、こうで、こうか。ポイントはここだな」

「鎮守府の構造なんてそんなに変わりませんから工廠長に聞けば何とかなるでしょう」

「確認作業は事前にしろよ?」

「それは勿論」

「よし、じゃあその方法が使えるかどうか、すぐ調査に入ってくれ」

「了解しましたっ!」

「調べるのは支援隊でやるけど、球磨、多摩」

「クマぁ?」

「手伝って頂戴」

「鰹節小袋1つにゃー」

「う。わ、解ったわよ」

「多摩ずるいクマ!球磨はハチミツジャム1瓶クマ!」

「高すぎ」

「じゃあハチミツ飴クマ!」

「2粒」

「・・・まぁ良いクマ」

提督は思った。なんか女学生が宿題を手伝うノリだな、と。

 

 

7月28日午後 鎮守府提督室

 

「準備と調査で疲れたクマー」

「ここは提督室なんですよ!テーブルに突っ伏すのは止めなさい!」

「榛名は堅過ぎるにゃー」

「球磨さんも多摩さんも柔らかすぎです!」

「接近戦では体の柔軟性が大事クマー」

「その話じゃありません!」

提督は調査結果がまとまったという事でメンバーを集めたのであるが、ご覧の有様である。

今日も平常運航だなと溜息を吐きながら、机の引き出しを開けた。

「ほら、御煎餅あげるからちゃんとしなさい」

がばっと球磨が起き上がる。

「ザラメ煎餅もあるかクマ!?」

「ほれ、ここにある」

「頂・・・何するクマ?」

「ちゃんと大人しく会議に参加しますか?」

「う・・」

「しますか?」

「わ、解ったクマ」

しかし、球磨がニヤリと笑う。

「じゃあ・・・あれ?」

バリッ。

はっとして隣を見ると、多摩が奪取した煎餅の袋を開けていた。

「あっ!多摩!いつの間に!」

「視野範囲の外に袋を掲げるなんて隙だらけにゃ。狩りにもならないにゃ」

「あっ!揚げ餅返しなさい!」

「会議で指さないかにゃ?」

「なっ!提督を脅す気か!」

「にゃ?」

「くっ、揚げ餅には代えられん。解ったから返してください」

「しょうがないにゃー・・ニャギャッ!」

ふと見ると長門のげんこつが多摩の頭頂部にめりこみ、ゆっくり回っている。

「提督に失礼が過ぎるぞ。謝れ」

「い!痛いにゃ!ご、ごめん!ごめんなさいにゃ!グリグリ痛いにゃ!」

「よし」

痛さのあまり多摩が空に放った煎餅の袋は放物線を描いて球磨の手元に。

・・パリパリパリパリ。

長門と提督が音のする方を見ると、こちらに背を向けて球磨が煎餅を食べていた。

「こらっ!球磨!勝手に食うな!」

「ざっ、ザラメ煎餅とハチミツは球磨の物だクマ!」

提督は溜息を吐くと、

「ザラメ煎餅はあげるから袋返しなさい。あと、会議前に食べ終えるんだぞ」

「むふー、美味しいクマー」

「まったく。お前達少しは木曾を見習ったらどうだ」

球磨と多摩が木曾を見ると、きりっと行儀よく座っていたのである・・・が。

くぅ~っと、小さくお腹が鳴る音がしたかと思うと、木曾がみるみる顔を赤くした。

「んもー、木曾は可愛いにゃー」

「ザラメ煎餅あげるクマー」

あっという間に球磨と多摩からナデナデされ、木曾は両手で顔を覆ってしまった。

長門は溜息を吐くと、

「そろそろ良いか?始めるぞ」

と言った。

 

「ふむ。計画案は解った。危険性も少なそうだな」

「そうですね。武装して突撃するより少し準備はかかりますが」

「これはこれで面白そうだクマ」

「憲兵隊もこれなら簡単だな」

「後は艦娘達が反撃するまでに終わるかどうかだにゃ」

「このタイミングなら憲兵隊が強制停止命令を出せるから大丈夫だろう。」

「じゃ、この計画で」

「よし、憲兵隊に調整しておこう。明日は水曜か、あっちにも連絡するのに丁度良いな」

「こちらの準備も進めます」

「頼むぞ霧島。では、今回も怪我しないように!」

「はい!」

 

 


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