艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file31:島ノ謎(前編)

8月14日夜 研究室

 

「うわ~ん、夕食時間終わっちゃったよ~」

夕張は涙目になりながら研究室でPCの電源を落とした。

研究室も夕張一人しか居ない。

もう少し早い時間なら表の工廠に妖精達が居て賑やかなのだが、この時間では誰も居なかった。

周りは僅かばかりの通路照明がついているばかりで、人影も無く寂しい。

「夏の夜ってなんか生温かくて嫌なのよね」

夕張は研究室の照明を落とし、ドアの鍵穴に鍵を差し込んだ。

 

ガシャン。

 

その時、何か音がした。

「だっ、誰か居るのっ!?」

夕張は音のした方に声をかけるが、誰も居ないし何の返事も無い。

「ひ、非科学的な物は苦手なんだから止めてよね・・」

気味が悪いから早く帰ろう。夕張は研究室の鍵を回した。

すると、ズシンという鈍い音と目の端で何かがキラッと光った気がした。

「え?なに?」

夕張が恐る恐る音の方角を確かめるが、やはり誰も居ない。

そして、

「うぅぅぅぅぅ」

という、微かなうめき声がする。夕張は真っ青になり、

「いやぁぁぁぁぁ!」

と、脱兎の勢いで宿舎に帰っていった。

 

 

8月15日朝 食堂

 

「ほーんとなんだからぁ!島風ちゃん信じてよぉ!」

夕張は茶碗と箸を持ったまま、昨夜の恐怖感を全身で表現していた。

「そーっと振り向いたらさぁ、この世の物とも思えない声で「うらめしや~」って!」

島風はジト目で夕張を見返した。

「良いから夕張ちゃんは朝ご飯食べちゃいなよ。どんどん大げさになってるよ、もー」

そこに暁4姉妹が朝食を食べに来た。

「島風さん、おはようなのです」

「お!皆、おはよー」

「夕張さんは一体どうしたのです?」

「電ちゃん!聞いてよ!お化け!お化けが出たのよ!」

「ひぃ!お、お化けとナスは大嫌いなのです!」

「昨日の夜遅くに研究所を出て鍵をかけようとしたらね、うらめしや~って!」

「きゃああああああ!」

うずくまって耳を塞ぐ電とは対照的に、響は興味津々で聞き返した。

「夕張、それは何時頃だい?」

「え?ええっと、そうね・・・夕食時間は終わった少し後よ。食べ損ねたからよく覚えてるわ」

「どこから聞こえたんだい?」

「工廠の奥、燃料とかが置いてある所かな。工廠内は木霊するからはっきりとは解らないけど」

「何か見えたかい?」

「ううん、何も・・・あ、キラって何か光った!気がする!」

「人影は?」

「ず~っと無かったわよ」

「正確に、何て聞こえたの?」

「え~と、怖かったから覚えてないわ。なんかうめき声のような、呪ってるような声だった」

「うみねこの鳴き声と月の光の反射じゃないのかい?」

「ち、違うわよ!地の底から出てくるようなこわーい声だったんだから!」

「ふうん」

そこに、加賀が食堂へ入ってきた。

「おはよう加賀、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「おはよう響さん、何か相談?」

「この島でお化けの話って聞いた事あるかな?特に工廠の辺り」

加賀は少し首を傾げたが、あっと気づいた表情をして、

「そうね、お化けかどうかは解らないけど、島の裏側は行かない方が良いわね」

「どうして?」

「この島の裏にある岩礁で、何人もの司令官が自決したり深海棲艦に殺されてるの」

「・・・・・。」

「あと、実際問題として、島の裏側はあまり平地が無くて危ないから、行かない方が良いわ」

「なるほど」

司令官のお化けよお化けと興奮気味に話す夕張を尻目に、響は朝食のお盆を受け取った。

提督と何度も岩礁の小屋で夜まで居たけど、お化けなんて出なかった。

夕張、お疲れ。

と、お浸しを受け取りながら響は思った。

 

 

8月15日昼 提督室

 

「ボーキサイトが減っている?」

「あくまで、かもしれない、という話なんだがな」

提督室に来た工廠長は、ふと思い出したように提督に言った。

「大量に合わないのかい?」

「いや、帳簿は小数2位で1kg単位なんだが、1kg程度合わない事がある」

「計測者の見間違いじゃないのか?」

「いや、それはない。何せ量っとるのはうちの妖精達じゃからな」

提督は半信半疑だった。量が少なすぎるし、根拠が妖精だからと言われても・・・・

「あっ!わしの子達を疑っとるな!」

「いえ、滅相もありません」

「減っとる!間違いない!」

「わ、解りました。じゃあ丁度お昼ご飯の時間ですし、食堂で聞いてみましょうか」

「誰に聞くんだ?」

「ボーキサイトといえば1人しか居ないじゃないですか」

 

「なっ!酷いですよ提督っ!」

赤城は事情を聞いて口を尖らせた。

「ボーキサイトが減ったから私がつまみ食いしただろうなんて、あまりに直結じゃないですか」

「しかしな、そんな極微量は開発や建造では使えないし、前科ありだからなあ」

このやり取りを、響は黙って見ていた。

幾らなんでもその根拠だけで赤城さんを疑うのは可哀想だ。

「本当に知らないんだな?赤城」

「知りません。第一昨夜と言えば私は班当番でしたし、その後はすぐ寝ました」

提督は当番表を見た。

確かに赤城達の班は昨晩、夕食後には食堂の掃除をする事になっている。

提督は同じ班員を探し、雷と目があった。

「なあ雷、昨夜の班当番の時、赤城は長い事トイレに行ったりしなかったか?」

赤城がジト目になる。

「めっさ疑ってますよね提督」

「何の事かな」

雷はしばらく考えたが、首を振ると

「いいえ、思い出したけどずっと掃き掃除をしていたわ。しっかりやってくれて助かったもの」

赤城が勝ち誇ったように言った。

「ほら御覧なさい!」

「雷、赤城に買収されたんだったら、今なら司法取引に応じるぞ」

「ほんとに。別に買収されてないわよ?他の子に聞いてくれても良いわ」

「そうか・・」

「ふっふーん」

「ありがとう雷。で、加賀」

「なんでしょう?」

「赤城が部屋に帰ってきてから、朝まで居たか?」

「とことん疑ってますよね提督?」

「黙秘します」

「・・いいえ、赤城さんは帰ってきてからは出かける事は無かったと思います。先に寝てましたし」

「うーむむむむむ」

「ほらほら。ねー?」

提督は頭をかくと

「見立て違いのようだな。すまん、赤城」

「いえいえ、疑いがはれて何よりです~」

「工廠長、やはり誤差なのではないか?」

「わっ!わしの妖精達を疑うのか!」

「いや、だってトン単位扱うのにごく稀に1kgでしょ?人間なら10kg単位で間違えると思いますよ」

「いーや!そんな事は無い!うちの可愛い妖精達は正確なのじゃ!」

そんな事を言いながら、提督と工廠長は食堂から去っていった。

響は何となく、にこにこして食事を続ける赤城の態度に違和感を感じた。

あんなに疑われたのなら、もう少し怒っても良いのではないだろうか?

普段と何か違う気がする。何と言うのは難しいが。

むぅと考え込む響を見て、雷が言った。

「どうしたのよ?」

「い、いや、何となく変な気がしてね」

「でも、昨晩の赤城さんは真面目だったわよ。黙々と食堂を掃いてたもの」

気のせいか。響は肩をすくめると、味噌汁の残りを飲んだ。

 

 

8月20日午後 研究室

 

「この12.7cmはかなり特殊だの。大本営改造品か。ちょっと時間かかるぞ」

工廠長は響の主砲のメンテナンスをする為、砲を分解しながら言った。

「今日は主砲のメンテンナンスなんだ」

食後、響が言うと、暁達は

「今日はする事も無いから付き合うわよ!」

と、一緒に来てくれたのであるが、

「メンテナンス中って何も出来ないから暇よねー」

と、木の桟橋でちゃぷちゃぷと足を水につけていた。

「あれぇ、暁ちゃん?どうしたの~?」

暁が振り向くと、島風が研究室から出てくるのが見えた。

「響のメンテナンスに来たのよ」

「そうなんだ。じゃあ暇だね」

「かといって部屋に戻ると取りに来るのが面倒だしね」

寮の部屋からここまでは高低差もあるし、港をぐるっとまわりこむ格好になるので意外と遠い。

「あ!そうだ!研究室おいでよ!」

島風に誘われるまま、暁達4姉妹は部屋に入っていった。

「これって上手い下手があるのかな?」

響が不思議そうに言ったのは、折り紙の飛行機だった。

手順も短く、難易度も高くない。

しかし、響と電の飛行機は良く飛ぶのに、暁と雷と島風の飛行機は飛ばないのだ。

「へっ、部屋の中だからよ!外なら飛ぶんだから!」

そう言って外に駆け出していく暁に、外の方が酷いと思う響だったが、黙っていた。

「よーっし!揃ったわねー!」

暁達は横一線に立つと、えいやっと紙飛行機を飛ばした。

まっすぐ地面に激突した島風の飛行機は論外としても、程なく暁と雷の飛行機も落ちた。

響の飛行機はもう少し飛んだが、風に煽られたせいで桟橋の先の海面に落ちてしまった。

しかし。

「電の飛行機すっごーい!」

島風が褒めるように、確かに電の飛行機は良く飛んでいた。

次第に高度を上げ、緩やかに円を描きながら島の裏側に飛んで行ってしまう。

「あっ!見失っちゃうわ!」

暁が行こうとすると、電は

「し、島の裏側はお化けさんが出るのです!行っちゃダメなのです!」

そう言って暁を押さえるが、

「日中にお化けが出る訳ないわよ!探してくるから待ってなさい!」

「しょうがないわね!あたしも行くわ!」

と、暁と雷が出て行った。

 

「はわわわわ、お化けさんに食べられちゃったのでしょうか」

電が心配する通り、探しに行ってから2時間近く経っていた。

「お待たせ」

電が振り返ると、響がメンテナンスの終わった主砲を装備していた。

「探しに行こう。深海棲艦に襲われたかもしれない」

その一言で電と島風が立ち上がり、

「い、一緒に行くのです!」

「島風も探してあげる!」

と、なったのである。

 




書いてつくづく思いました。
推理小説作家さんは偉大です。

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