艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

83 / 526
file37:脱走ノ旋律(4)

 

8月28日昼過ぎ 鳳翔の店

 

「・・・は?ディナー券を12枚も個人でお求めになるんですか?」

「そうなのだ。急いで頼む・・支払いは明日にでも定期を解約するから待ってくれ・・」

すっかりしょげかえっている長門を見て、鳳翔が言った。

「お急ぎのようですけど、手短に事情を聞かせてもらえませんか?」

そこで、長門は経緯を説明したのである。

「すると、必ず4人単位なんですね?」

「そうだ。4枚渡すと言って3班だからな・・・36万コイン・・・ははは」

「・・・・・。」

鳳翔は少し腕を組んで考えた後、ぽんと手を叩いた。

「そうだ、言い忘れてました!」

「な、なんだ?」

「今夜から新メニュー、予約制の特上ディナーを新設するんです!」

「?」

「従来のディナーは4名様1単位でお手頃に、特上ディナーは1名様1単位で豪勢に行きます!」

「・・・・。」

「お値段はディナー券が一人5千コイン。特上ディナー券は5万コインになります」

「!」

「ディナー券は4名様で1枚発行します」

「つ、つまりディナー12名分なら・・・」

「6万コインですね」

「鳳翔ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「く、苦しいです。まぁ、質は落としたくないので品数を減らしますが勘弁してくださいね」

「恩に着る!恩に着る!」

「あと、これに懲りたら、ディナー券を餌にするのは止めてくださいね」

「うむ!うむ!」

ディナー券3枚を持って走っていく長門を見送ると、鳳翔は思った。

元々ディナー券は大将がいらした時、金に糸目をつけず最善の料理をと言われて作ったコースでした。

まさか複数買いに来る人が居るとは思ってなかったですし、実際数える程しか作っていません。

4名と解っていれば鍋や船盛、大皿料理も作れますし、5千コインなら使ってくれる人も居るでしょう。

一方で一人5万コインも予算があれば、まさに糸目をつけず現在の力量を存分に供する事が出来ます。

瓢箪から駒かもしれません。早速メニューを考えてみましょう。

提督はいつかダメージを受けそうですが、脱走などするのが悪いのです。致し方ありませんね。

 

「かっ、買ってきた!」

「随分時間かかりましたね」

「鳳翔が4名様固定のディナーを作ってくれたのだ!」

「・・・・それは、幾らだったのですか?」

「一人5千コイン!」

文月はふーむと腕を組んだ。鳳翔さんは優しい方ですが、きちんと商売を考える方です。

4名限定なら合計2万コイン。それなら良い品を並べられるでしょう。

ディナーの評判を落とさず、長門さんの窮地を救い、背伸びすれば利用出来そうな値段設定。

さすがです。

文月は顔を上げて、

「それでは被害を押さえ隊の作戦内容を説明します!」

 

「な、なんだなんだ・・・・・」

提督はスーパーの地下駐車場に車を止め、ボディをチェックしていた。

じっとりと汗をかいていた。

田んぼの真ん中を貫く広域農道を走っていた1時間ほど前。

突然背後からエンジンの轟音がしたかと思うと、提督の車の上すれすれを飛び去って行った。

彗星だ。

あれだけ低高度かつ高速のままぶっ飛ばせる実力を持っているのは加賀の飛行隊以外に考えられない。

加賀が協力している?

程なく戻ってきた彗星は、今度は機銃を発射し始めた。

「なっ!なにっ!!」

ただ、跳弾地点を見ると実弾とは違い、派手な色が飛び散っている。

ペイント弾か。あれが付いたら取れない!上空からマークされてしまう!

提督は蛇行運転をしながら山に続く小道へ飛び込んだ。

こういう時に小型車は有利だ。細い山道だと上空が開けてない事が多いからな。

上を見ると案の定大木が生い茂り、航空機から姿を隠してくれた。

しかし、いつまでもそういう道ではない。

山の中腹にある、回り込むようなカーブの終わりで、

「うわっ!」

真正面に彗星のプロペラが見えた。

間一髪で車と彗星がすれ違うが、提督の車はスピンしてしまった。

はずみでエンジンが止まってしまう。

慌ててキーを捻るがカチカチというばかりだ。

彗星がゆったりと旋回しているのが見える。

向き直られたら終わりだ!

ふとATレンジがDになってる事に気づき、Nに戻してキーを捻る。

キュルルルル!オウン!

「頼む!」

地面の砂を巻き上げながら発車したその場所に、ペイント弾の雨が降り注いだ。

そんな勝ち目の薄い攻防は、意外な結末を見せる。

繰り返されていた機銃掃射が、ふっと止んだのだ。

提督が確認すると、彗星が急速に高度を上げていくのが見えた。

なんだ?何があった?

周囲を見て納得した。市街地に入ったのだ。

やがて大型スーパーの地下駐車場を見つけた提督は、他の車に紛れて入って行った。

提督はボディの状態を確認した。

奇跡的にガラス等に割れも無く、バンパーやボディにも損傷は無かった。

洗車コーナーがあったので丁寧に泥を洗い流し、ペイント弾のカスも拭き取った。

更に調べていくと、リアガラスに見慣れぬ小さな機械が付いているのを発見した。

提督はペリペリと剥がした。強力粘着剤付の発信機だ。

これが本命で、私を目的地に急がせる為のペイント弾か。手が込んでるな。

提督は発信機を持ったまま車内に戻った。

これをつけたという事は遠隔地に居て探査するのではなく、接近戦で探しに来る気だ。

今度は長門だけではなく、探査機を持った加賀、いや、複数の艦娘が協力している可能性が高い。

そういえば、島風にあれだけ早く手を回して買収するような手際の良さは、恐らく扶桑か日向だ。

なるほど、なるほど。秘書艦全員を動かしたな。

そもそも、ここに航空機が来たという事は目的地も発覚している可能性がある。

まああれだけ解りやすいメモがあれば不思議ではない。

ただ、宿が知れているならわざわざ彗星を出す必要がないから、まだ探査中という事だ。

しかし無人の広域農道や山岳路とはいえ、低空飛行し発砲までするという事は、かなり頭に血が上っている。

参ったな。宿は2名分しか取ってない。

宿は私のお気に入りで、ドタキャンするのも艦娘が大勢突撃してくるのも迷惑になってしまう。

報酬は何だ?羊羹5本とかか?寝返り工作に応じてくれるだろうか?

提督は徒歩で表通りに出た。

ここは港町で、そこそこ開けているが艦娘が市内を走り回ればすぐ騒ぎになるだろう。

ふと、信号待ちをしていた路線バスの行先を見ると頷き、発信機をくっつけた。

これで多少時間が稼げるだろう。早く宿に入ったほうが良さそうだ。

 

「日が傾いて来たネー」

「そうですね・・・」

「あ」

「どうしました?」

比叡が指差した先では、勝浦食堂がシャッターを下ろすところだった。

「まだ日没前ですヨー?!閉店時間は午後8時じゃないのですカ!?」

「き、聞いてきます!」

霧島が出てきた店の者と一言二言交わして帰ってくると、

「今日は売る物が無くなったので閉店なのだそうです」

「オーノー!」

「そんなに売れるって事は、美味しいのでしょうね」

「そうですねえ」

「お腹空いてきましたね」

「我々もどこかで食事を取りますか?」

「どうせなら名物が良いですネー」

「艤装も見張っておかねばなりませんし、2名ずつ交代で行きましょうか」

「それが良いわね。じゃあ金剛お姉様と比叡姉様、行ってきてください」

「頑張ってくれたから、霧島と榛名が先でイイネー!」

「お姉様が言うのだから先に行ってきて良いですよ!」

「・・・じゃあ、お言葉に甘えて」

「行ってきます!」

「美味しかったら教えてくださいネー!」

「はーい!」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。