艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file39:脱走ノ旋律(6)

 

8月28日夜 坊主の岬

 

「加賀、伊勢、長門・・・え?不知火!?」

提督は防波堤から顔半分だけ出して確認すると、すぐ引っ込んだ。

防波堤に伏せたまま必死で考える。不知火という事は事務方?

マズイ!事務方は手配を全て頼んでいる。宿から何から情報がダダ漏れだ。

万一空爆などされては民間人や建物に犠牲が出てしまう。

どれだけ怒り狂ってるんだ?

ちゅ、中止だ。なにか降参の白旗の代わりになるような・・・

その時。

「チェックメイトデース!」

「ぎゃああああああああああ!」

「テッ、テートク?どうしたのですカー?」

「お姉様の呼びかけに絶叫で答えるなんて失礼ですよ!」

「こ、金剛、比叡・・・」

「ど、どうしたの?真っ青ネー?」

「丁度良いところに・・・って、何で居るの?」

「長門からテートクハンターとして雇われましたネー」

「よし解った。降参だ。長門達に捕まえたと速やかに連絡してくれ」

「気味悪いくらい大人しいデスネー?」

「良いからはよ」

「比叡、長門に伝えてきてクダサーイ。私は見張りとして残りマース!」

「了解しました!提督っ!お姉様に手を出さないでくださいねっ!」

「出してもイイケド・・ここじゃなくて宿の部屋がイイネー」

「だめええええ!」

「冗談デース、早く行ってきてクダサーイ」

「ほんとですね?ほんとですね?手を出したらミサイル打ち込みますよ?」

「ディナー外しマスよ?」

「行ってきます!」

全力で走っていく比叡を見ながら、提督は聞いた。

「ディナーって何の事?」

「鳳翔の店のディナー券が報酬デース!」

提督は溜息を吐いた。私だって1回しか食べた事ないあのディナーか。

大盤振る舞いだな長門。そこまで怒ってたか・・・うーむ。

 

「Noぉぉぉぉ~!」

金剛は長門から説明を聞き、へちゃっと座り込んでしまった。

「ゲームブレイクなんてアリエマセーン」

「す、すまない金剛。報酬のディナー券はちゃんと渡すから。」

「Winnerとして貰いたかったデース・・・」

長門が困っている様子を見て、提督は不知火からディナー券をすっと受け取ると、

「金剛!」

「・・ナンですかテートクー?」

「ほら、呼ばれたら立つ!金剛!」

「ハーイ・・・」

「表彰!金剛殿!貴殿は提督追跡チキチキレースにおいて、最も早く提督に辿り着きました!」

「・・・テートク」

「よって!ここに功績を讃えると共に!副賞として鳳翔の店のディナー券を差し上げます!」

「・・・えへへ。」

「どうぞ!」

「テートクー!アリガトネー!」

「ちょ!そ、それは私が買った・・むぐぐぐ!」

不知火が長門の口を押えている間、比叡達と加賀、赤城、伊勢、日向から金剛は拍手を受けていた。

 

ディナー券を貰った面々は意気揚々と引き揚げた。

加賀達と日向達は1枚で良いと言ったので、ディナー券が1枚余ってしまった。

その券は不知火に渡った。不知火は最初恐縮して断ったが、

「思い出させてくれなかったら、適切な対応も取れなかっただろう。その礼だ」

そのように長門から言われ、照れながら、

「で、では、文月さんと扶桑さん達と、一緒に行きます。頂けて嬉しいです」

と言って、受け取ったのであった。

そして、長門と提督は二人きりで車の運転席と助手席に座っていたのだが。

「まったく!あのディナー券は私が買ったのだぞ!」

「そうだな」

「よりにもよって一番おいしい所を作って持って行ったな!」

「そうだな」

「そもそも!こんな逃亡劇を演じるからディナー券を買う羽目になったんじゃないか!」

「その通りだ」

「提督は私を困った顔を見るのが趣味なんだろう!そうなんだろう!違うか!」

「・・・・」

「何故そこで黙る!ちゃんと否定しろっ!」

「いいえ」

「ここで否定するなっ」

「はい」

「・・・そ、その、あれだ。」

「?」

「わ、私の・・・起工日を祝おうというのなら、鳳翔のディナーで良いではないか・・・」

「嫌だ」

「何故だ!?」

「長門には、せめて一晩くらい良い景色と旨い食事と温泉にゆっくり漬かれる時間をあげたいのだよ」

「う・・・」

「誘って素直にうんと言ってくれるなら、脱走は」

「終わりにしてくれるのか!?」

「YESと言いますか?」

「終わりにするんだな!?」

「YESが先!」

「約束が先!」

むううっと睨みあった後。

「解った」

と、同時に言ったのである。

「さぁ、いい加減戻らないと宿に迷惑がかかる。行くよ」

「美味しい料理を食べさせてくれないと許さないからな」

「食べさせてほしいのか?よし解った!長門の初デレ記念日だな!」

「ばっ、バカ!それは言葉のアヤだ!」

 

「お帰りなさいませ」

「女将、遅くなってすまなかった。これが連れの長門だ」

「あら、随分と可愛い奥様ですね」

長門はそれを聞くと、かあああっと赤面してしまった。

「あらあら、純粋な良い方ですこと。さ、どうぞ。お部屋にご案内します」

「料理の方は用意出来てるかな?」

「勿論、ご指定の通りに用意しています」

「ありがとう。早速だが頼めるかな?」

「お部屋にお持ちしますね」

 

部屋に入ると、長門は目を丸くした。

「す、凄い、な」

「私が一番気に入っている宿なんだ。艦娘を連れてきたのは長門が初めてだ」

「そ、そうなの、か」

「ここは男女別の風呂が計5つあってな、時間帯で入れ替わる」

「そんなにあるのか!?」

「そうだ。1つで長く浸かるもよし、いくつも回るもよし、だ」

「・・・。」

「安心しろ。きちんと切り替えの時間は掃除が入るから、覗きは出ないよ」

「い、いや」

「?」

「失礼いたします。お食事をお持ちしました」

その時、女将が料理を持った仲居と共に入ってきた。

「ほら長門、伊勢海老のコースだぞ!」

「!」

「お刺身、お味噌汁、塩茹で、姿焼き、グラタンにパスタ、混ぜご飯もあるぞ」

「!!!!!」

「・・・長門、何か言ったらどうだ?」

「・・・・い」

「い?」

「いただきます!」

「ま、まあ良いか。食べ終わったら連絡するよ、女将」

「かしこまりました。あ、ケーキはもうお持ちしますか?」

「そうだな。ナイフも頼む」

「はい」

 

「あっ!」

長門はケーキを見て目が一層輝いた。

ケーキの上にはかわいらしい砂糖菓子の人形が乗っており、

「長門、誕生日おめでとう!」

と描いたプレートを持っていたからだ。

「こっ、これは・・・食べないで持って帰ろう」

「それじゃすぐ腐ってしまうよ」

「うわぁぁぁぁ食べるのが勿体無い!勿体無さ過ぎる!」

「腐らせるほうが勿体無いじゃないか」

「せ!せめて写真!写真を!」

「そんなに何十枚と撮っても変わらんと思うし、料理が冷めてしまうぞ・・・」

「なんと愛くるしい!なんと可愛い!」

「はぁ、全く聞いてないな」

提督は刺身を口に運びながらくすっと笑った。

少しでもリフレッシュになれば良いのだが、な。

明日は車を返し、昼にはここを発たねばならない。

せめて今宵は長門を好きにさせてやろう。

「・・・ところで、刺身貰って良いか?」

「ダメだっ!」

「ちゃんと聞いてるな。感心感心」

「まったく、油断も隙も無い」

「長門」

「なんだ?」

「いつも支えてくれて、ありがとう。力を貸してくれて、ありがとう。生まれてきてくれて、ありがとう」

「なっ、なんだ提督、藪から棒に」

「言ってるようで言ってない気がしてな。いつも感謝している。それだけだ」

「そ、それを言うのなら」

「?」

「提督の下で生活して、働けるのは、とても楽しい・・・ぞ」

「・・・」

「にっ、ニヤニヤするな!」

「長門、今日は大サービスだな!デレ顔可愛いよ!ごちそうさま!」

「~~~~~!!!!!!!」

「どうした、ケーキの皿を持って?」

「これは私が食べる」

「一人で!?」

「一人で!」

「良いよ。」

「止めないのか!」

「元々そのつもりだし」

「多すぎるだろう!」

「なんだ、私がむしゃむしゃ食べてしまって良いのか?」

「何故そうなる!私が2/3、提督が1/3だ!」

「解った。気の済むように切り分けて良いよ」

「・・・・・やっぱり、はんぶんこだ」

「そうか」

 

女将は廊下でくすっと笑った。

気の合う方とのお食事は楽しいですからね。そっとしておきましょう。

 




当初の案では機銃掃射で半日追い回され、艦対地ミサイルで撃ちまくられる予定でしたが、それだと提督は間違いなくクビなのでシナリオを変えました。
これでもかという攻撃シーンを期待された方はごめんなさい。

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