艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file45:龍田ノ授業

 

9月18日午後 岩礁の小屋

 

「よ、よし・・・じゃあHDD10台までな」

「しょ、しょうがないわね・・・FHD画質で妥協するわ・・・」

ぜいぜいと肩で息をする提督と夕張。

長時間の論戦の果てに訳の解らない所で妥協した訳だが、二人はぎゅんとホ級を向くと、

「さぁ!人間になってください!」

と言った。

「エ?エ?人間ニナル方法ハ知ラナイノデスガ?」

「化ケテクレッテ事ダロ」

「録画始めてるから、はよ!」

「エッ、エエッ!?ハ、ハイ!」

慌てつつも変化していくホ級を見て、提督は

「タ級が化ける時と光の色が違ったり、微妙な違いがあるね」

と言った。

「ソウイエバ、ソウカモ」

「じゃあタ級さんもついでに化けてください!」

「エッ?」

「早く!」

「ワ、ワカッタ」

「おおー」

「なるほど!違いますね!」

「相変わらず美人だねタ級さん。ホ級さんも、いかにも仕事出来ますって感じで格好良いね!」

「あ、ありがとうございます」

「び、美人だなんてそんな・・・やですよもう、提督ってばー」

夕張はふと蒼龍を見た。

ヤバい、青筋立ってる。画面に入れないようにしておこう。

でも、提督が鼻の下伸ばしてるのはしっかり撮っておこう。青葉に高く売れる。

その時、すすすっと蒼龍が提督の隣に行った。

「そ・れ・で!」

「ぎゃあああああああ!」

そ、蒼龍さん、爪立てて二の腕つねりましたよね。バッチリ写っちゃいました・・・

あれは提督かなり痛いだろうなあ・・・

「もう元に戻ってもらっても良いですよね?」

「い、いや、ホ級はそのままの方が良いんだけど」

「え?どうしてですか?」

「だって、鎮守府に連れてって長期滞在してもらうんだぞ」

「あ」

「研修に来た外の艦娘がホ級見たら大パニックだ」

「そりゃそうですね」

「かといって何週間もこの小屋じゃ申し訳ないし、研究室も島にあるしな」

「ですね」

「そういえばホ級さん」

「はい?」

「その姿以外にも化けられるものなの?」

「いえ、それは無理ですね」

「タ級さんは・・・イタタタタタタタ!」

「タ級さんは関係ないですよねぇ?」

「じゅ、純粋な興味!聞いてみたかっただけだから!他意は無いから蒼龍さん!」

「そ、蒼龍さん待った待った!もげる!腕もげちゃう!許してあげて!」

「タ級さん、随分提督の肩持つじゃないですか・・・うふふふふ」

「蒼龍さんの方が深海棲艦っぽいですよ!?」

「今flagshipヲ級ならフル武装して戦艦艦隊に突っ込んでいけそうって思います」

「物騒な話は止めてください」

「フンだ!!」

「痛いなぁ・・・そもそも蒼龍だって凄い美人なのに何を怒ってるんだか・・・」

「えっ?」

「えっ・・って・・何?」

「んもー、提督ったらぁ!」

「げふぉっ!」

あー、綺麗に提督の鳩尾に蒼龍さんの肘入りました。

さっきの腕捩じりよりダメージ大きいかも・・・

これ、FHDで撮ってどうするんだろう私・・・

まぁ良いか。青葉に売ろ。

ホ級は力が抜けてぺたんと座った。こういうの何て言うんだっけ・・・ええと。

「そういえば、人間の時は他の人から何て呼ばせてたの?」

「解った!どつき漫才だ!」

「は?」

「あ、いえ、あはははははは。ええと、何でしたっけ?」

「に、人間の時は何て呼ばせてたのかなって」

「大隅って呼んでもらってました」

「じゃあ鎮守府内でも大隅さんて呼ぼうか?あ、艦娘だった時の名前は憶えてる?」

「阿武隈でしたけど・・今とは似ても似つかないので大隅で良いです」

「そっか」

「じゃあまずは艦娘に戻る事を目指してみよう。そこまで戻れたら後は決まった手順があるし」

「人間に化け続けるのはしんどいのかしら?」

「んー、深海棲艦のままの時よりはお腹空きますけど、疲れるって程ではないです」

「とりあえず人間の姿で生活してみて、辛かったらその時また考えましょうか」

「ですね」

「蒼龍は化けられたの?」

「あたしはやろうと思わなかったので、出来るかどうかも解んないです」

「そっか。まあ蒼龍も今とは違うタイプの美人さんになったかもな」

「えー・・もう1回深海棲艦になろうかなー」

「それだけの為になるのは止めて」

「冗談ですよ。じゃあ鎮守府ではどこに泊まってもらいます?」

「迎賓棟の1軒で良いんじゃないの?研修生も来るけど部屋を分けられるし」

「ちょっと離れた方が良い?元に戻らないと出来ない事ってある?」

「え・・元に戻るのは海に潜る時か攻撃する時ですけど、どちらも要りませんし・・・」

「トイレとか、食事とか、寝るのも?」

「はい、平気です」

「じゃあ良いね」

「そうですね」

「よし、じゃあそろそろ島に引き上げようか」

「私はそろそろ失礼するわね」

「タ級さん、本当にありがとう」

「お礼は艦娘に戻った時で良いわ。しっかりやり方記録しといてね!」

「あ、はい。今後の為って事ですか?」

「私もいつか人間になるし!」

 

ピシッ。

 

夕張はごくりと唾を飲み込んだ。今は蒼龍さんを見てはいけない。

嫌な予感しかしない。ていうか気配が物凄い事になってる。あ、まだ録画中だった。

提督もきっとこれぐらい張り詰めた空気なら察するよね?

「そうだな。まずは彼女の制御方法を何とかしないといけないが」

ほっ。

「その後なら心置きも無いだろう。楽しみにしてるよ」

うっ、セ、セー・・・

「美人さんが増えるのは大歓迎だ」

セウト!

蒼龍にコブラツイストをかけられ絶叫する提督の声を聞きながらタ級は海に潜って行った。

良い人なんだけど・・・私が悪かったのかなあ?

人間になったらちゃんと守ってあげないと!

 

夕食の後、提督は鎮守府所属の艦娘を食堂に集めて大隅を紹介した。

「イタタタタ・・・と、いうわけで、今日から一緒に過ごす事になった大隅さんだ」

「艦娘さん、ではないですよね」

「うむ。大隅さんは元阿武隈さんで、今はホ級になっちゃったんだ」

文月が言った。

「蒼龍さんと同じって事ですね!」

「そうだね。深海棲艦から艦娘に戻るべく、その方法を探しにここへ来たって事だ」

長門が口を開いた。

「我々はこれで理解できるが、問題は外部から来ている子達にどう説明するかだ」

球磨が口を開いた

「隠してて後でバレる方が誤解が広がると思うクマ」

那智が少し顔を曇らせた

「しかし、普通に鎮守府で生活してた者は我々のように耐性は無いだろう」

提督が答えた。

「そうだね、どっちの意見も正しいから、悩ましいんだよ」

龍田がふぅと息を吐くと、

「大隅さぁん」

「はっ、はい!」

「ちょっとだけ、協力してくれるかしらぁ?」

「ひっ!?い、命だけは許してください!」

「別に取って食わないわよ~、良いですよね?提督」

「何か策があるのかい?」

「お任せ~」

「じゃあ頼むよ」

「ちょ!?こ、殺されませんよね?」

「こういう時、龍田は実に頼もしいんだよ。大丈夫。信じてごらん」

 

 

9月19日朝 教室棟

 

「起立っ!礼っ!着席ぃ!」

「今日も皆さん良い子ですね~」

大隅は教室に漂うビッシビシとした緊張感に負けそうだった。

ここだけ本当に軍隊。というより、なんというか・・・恐怖政治?

「今日は皆さんに、協力者の方をご紹介したいと思います」

教室が一瞬ざわめく。大隅の方を見てひそひそと話す子もいた。しかし。

「静かにしないと落としますよ~」

という龍田の小さな声にピタッと声が止む。

大隅は必死に考えた。落とす?何を?

「はぁい、こちらにいらっしゃるのが大隅さんです」

「お、大隅です。よろしくお願いいたします。」

大隅はぺこりと頭を下げると、艦娘達も頭を下げる。龍田が続ける。

「大隅さんは深海棲艦なのですよ~」

ぎょっとした顔で大隅が龍田の方を向くが、龍田は平然と

「でも、大隅さんはこちらに協力してくれると約束してくれました」

「大隅さんはご覧の通り人に化ける事が出来る特殊な能力があります」

「深海棲艦との戦いは、討伐だけではありません」

「大隅さんに協力をお願いし、艦娘に戻す方法を探したり、味方にする方法も模索する」

「色々な手を駆使して、少しでも我々の損害を減らし、より良い結末に導く」

「もしかすると、5体の深海棲艦を艦娘に戻す、なんてクエストが出るかもしれません」

「そうなっても慌てないように、今から慣れておいてくださいね」

はーいと、艦娘達は返事をした。

それでも、ちらちらと大隅を見る目は微妙だった。

恐る恐るという気持ちと、仲間なのかという安堵感のない交ぜになったような目だった。

しかし。

「見世物じゃなくて仲間なんだから、変な目で見るんじゃありませんよ~」

という、低い声と恐ろしい気配をまとった一言に、

「イエス!マム!」

と、艦娘達が涙目で答えた後は、普通に見てもらえるようになったという。

これを全ての教室で行い、午前中には説明を終えた。

そして、お昼。

「おーい、龍田~、大隅~」

龍田と大隅が歩いている所を提督が見つけて声をかけた。

「どうだった?ちゃんと理解してもらえたか?」

「ちゃあんと、納得させましたよ~」

「ありがとうな龍田。難しい役を引き受けてくれて助かったよ」

「ごく普通に、紹介しただけですよ。ね~?」

「はっ!はい!普通でした!」

「・・・あー、うん、良いや。ところで龍田、昼飯は食べたかい?」

「まだですよ~」

「なら、これをあげよう」

「・・鳳翔さんのランチ券じゃないですか~」

「2枚あるから2人で行っておいで」

龍田は少し考えて、

「2枚あるなら、天龍ちゃんと行きたいなあ」

「え?」

「天・龍・ちゃん・と・行・き・た・い・な」

「はい!ワカリマシタ!」

「じゃあ大隅さんは提督と食堂で食べて来てね~」

「なるほど」

「えっ、あっ、あのっ」

「提督、ちゃんとエスコートしてあげてくださいね~」

「うむ、解った」

手をひらひらさせて去っていく龍田を見送りながら、大隅は提督に聞いた。

「あ、あの、私、龍田さんを怒らせてしまったのでしょうか?」

「龍田が怒ったら今頃天国で賛美歌歌ってるさ」

「ですよね」

「じゃなくて、艦娘達が居る所に私と行って公認だって事を証明しろって事じゃないかな」

「あ」

「後は、早く艦娘達と打ち解けろって事だろう」

「な、なるほど」

「単純に天龍と食べたいというのもあるだろう。なんだかんだで姉思いだからな」

「そうなんだ・・」

「ところで龍田の授業、どうだった?」

「なんというか物凄い緊張感で、軍隊というか、マフィアの総会というか」

「・・・やっぱりそのノリなんだな」

「でも、皆さん物凄く真剣に聞いてました」

「逆らったら終わりだって事を皆理解してるな。それなら死者は出ないだろう」

「逆らうなんて恐ろしい事、誰もしないと思います」

「妙高の言った事は正しいって事か・・・」

「え?どういうことです?」

「気にしないでくれ。私の命に関わるから」

「解りました。忘れます」

「ありがとう。じゃあ食堂に行こう。好きな物を食べなさい。おごってあげよう」

「わ!ありがとうございます!」

「そうだ。当面の小遣いも居るな。秘書艦と相談して整えておこう」

「何から何までありがとうございます」

「今は緊張してるだろうが、うちに来た以上は私の可愛い娘だ。羽を伸ばして欲しい」

「・・・・。」

「そして、ちゃんと人間に戻って、したい事を叶えなさい」

「あ、ありがとう、ございます」

「応援してるからね!」

「はい!」

 




補給隊の結末については、これが当初からの案でした。
もう少し勧誘に足掻いて進退極まってからこうなるか、すっぱり諦めるか迷ってました。
ポイントはチ級が「隊を解体した後はどうなるか」という恐怖感をどれだけ持ってるかでしたが、これ以上追い詰めるのも可哀相かな、と。

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