艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file46:睦月ノ希望

 

8月5日午後 工廠

 

「それで良い。出しやすい配置にしておきなさい・・・ん?」

妖精達と工廠の改装をしていた工廠長は、岩陰から覗いている赤い髪の毛に気付いた。

艦娘・・・だな。背丈からして駆逐艦か。

「どうした?用事なら入っておいで」

声にびくっとした後、緊張した面持ちで出てきたのは睦月であった。

「おや、睦月じゃないか。どうしたね?」

睦月は服の裾をぎゅーっと握っていたが、きゅっと顔を上げると、

「かっ、開発のやり方を!教えてくださいっ!」

と、一息に言うと、ガバッと頭を下げたのである。

だが、下げ過ぎた弾みで背負っていた煙突がずるっと下がり、ガイン!と鈍い音を立てて頭に衝突した。

「おっ!おい!大丈夫か!?」

工廠長が慌てて駆け寄って戻してやると、

「ふぇぇぇ、痛いですぅ」

と、睦月は涙目で後頭部をさすった。

「とりあえずここじゃ暑い。部屋においで。ジュースが冷えとるよ」

「うん!」

艦娘の中でも、特に駆逐艦は一番妖精と似てるかもしれんのぅ。めんこいのぅ。

 

「おいし~です~!」

ジュースを勢い良く飲む睦月を、工廠長はニコニコしながら見ていたが、

「さて、何で開発のやり方を気にしとる?」

と、聞いた。すると、睦月はジュースのグラスをそっと机に戻すと、

「司令官さんに蹴られるのは嫌なんです」

と、ポツリと言った。

見る間に工廠長の顔が真っ赤になり、

「あんの提督!こんなめんこい艦娘を蹴っただと!妖精達!九一徹甲弾を試験用砲台に装填!提督棟に向けよ!」

と怒鳴ったのである。

妖精達がきびきびと設置するなか、睦月が慌てて、

「ちっ、違います!ここの提督さんじゃなくて、前に居た鎮守府の司令官です!」

と訂正したので、発射寸前で待ったがかかり、提督の生命の危機は回避された。

「前の鎮守府か。随分な扱いを受けたのぅ。可哀想に」

「それで、失敗するのが怖くて、開発出来なくなってしまって、ますます叱られて・・」

「ふむ・・」

「提督さんは、まずは一杯食べて遊べば良いよって言ってくれたんですけど」

「当然じゃな」

「でも、私は、ちゃんと開発出来るようになりたい。役に立ちたいんです!」

工廠長は睦月の目を見た。怯えから来る逃避ではなく、未来を見る目だ。

「よかろう。では睦月。開発の件は、わしが面倒を看てやろう」

「あっ、ありがとうございますっ!」

「開発したいと思ったらいつでも訪ねてきなさい。提督にはわしから言っておく」

「い、良いんですか?」

「構わんよ。ただし、9月からは講義もあるから、機械の空いてる時に限られるがの」

「はいっ!」

「早速、今日もやってみるか?それとも日を改めるか?」

「おっ、お願いしますっ!」

「ふむ。では、操作方法からおさらいしてみよう」

 

開発用の機械の前で、睦月は緊張で拳を握りしめていた。

「後は、弾薬の投入じゃな」

「はっ、はい!」

「まあ、オール10は99%失敗する物じゃから気負わずとも良い」

「えっ・・・」

「なんだ?」

「司令官さんは、いつも資材が勿体無いからオール10で回せ、必ず成功させろって・・・」

「阿呆も休み休み言えと言うものだ。ほぼ失敗するのが当然のレシピだぞい」

「そ、そうだったんですか・・・」

「その司令官とやらをじっくり教育した方が良さそうだのう」

「あ、それは提督さんから、司令官と二度と会う事はないから心配しなくて良いよって言われました」

「ほほう。提督は何をしたんじゃろかのう。まぁ良い。続きじゃ」

「はい。今、弾薬まで入れましたから、あとはこのリモコンのボタンを押すんですよね」

「そうじゃ。押す前に黄色い輪の外に出るんじゃぞ。大きな物が出てくる事もあるからの」

「はい!」

「じゃ、押してごらん」

睦月はぎゅっと目を瞑った。

失敗しても良いと言われたけど、失敗したくない。失敗したくないよ。

お願いお願いお願いしますお願いです!

ポチッ。

 

キュイーンと機械が動き出し、目を閉じてても解るほどの眩しい光が放たれる。

そして程なく。

「ほっほー!これは良いの!」

工廠長が驚きの声を上げた。

恐る恐る睦月が目を開け、ぽかんとした。

機械の中にはドラム缶が数個、紐でつながっている。

「ふええええん」

泣き出した睦月に工廠長はびっくりした。

「ど、どうした?」

「また失敗しちゃいました~」

泣きじゃくる睦月の頭に工廠長はぽんと手を乗せると、

「違うぞ睦月。これは輸送用ドラム缶だ」

「・・・ふえ?」

「オール10で出る中では立派な物じゃよ」

「こ、これ、必要な物なの・・?」

「無論じゃ。遠征で持ち帰れる資材が増えるからの。血眼になって開発する司令官も多い」

「本当?」

「本当だとも。まぁ、見た目はドラム缶じゃから地味じゃがの」

「てっきり燃料のドラム缶が倒れただけかと思っちゃいました」

「燃料用ドラム缶とは色が違うし、輸送用のロープもついとる。そこが見分けるポイントじゃな」

「燃料用ドラム缶を塗り替えて、ロープを付ければ・・・」

「それは大本営がやっちゃいかんと言っとるでの」

「そうなんだ・・・」

「じゃから、これは開発でしか得られないんじゃよ」

「こ、ここでも必要でしょうか?」

「間違いなく必要じゃろうよ」

「よ、良かったぁ・・・」

睦月はぺたんと座り込んでしまったが、工廠長は

「今回は大成功じゃが、開発で失敗しても仕方の無い事なのだからクヨクヨしない。良いな?」

「は、はい」

「基本的に、どれだけコツを押さえても失敗する事はある」

「はい・・・」

「ま、失敗をより減らす為のコツは色々ある。根拠のある物からオカルト的なものまでな」

「はい」

「コツはこれから教えていくが、難しいレシピほど失敗する。失敗は常にある。心しておきなさい」

「はい!」

「と、いうのは司令官が心得るものなんじゃがのぅ」

「解ってくれると嬉しいです・・・」

「ま、今日は疲れたじゃろ、またおいで」

「はい!ありがとうございました!」

「輸送用ドラム缶はどうする?持って行くかね?」

「あっ、あの、出来ればこちらに置いといてくれませんか?」

「何故じゃ?」

「ここで初めて、成功した物だから、開発する前に一目見たいんです」

「はっはっは。解った。ではこの辺りに置いておこう」

「ありがとうございます!じゃあ!また来ます!」

「気を付けて帰るんじゃぞ」

「はい!」

睦月は寮に戻りながらニコニコ笑っていた。開発が成功したのも嬉しかったし、工廠長さんも優しかった。

これから色々な物を開発して、今度こそ鎮守府の皆さんの役に立つのです!

 


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