モスティマと音楽を聴く話

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堕天使にラブソングを

荒野が広がっている。

太陽が後もう少しで地平線に沈み辺りには暗闇と静寂が訪れるだろう。

私は、いつまでたっても何も変わらない破壊痕が残る荒野を見続ける。

 

ここはつい先月に天災が発生した地域。

元々は緑豊かな森が広がっていた土地だったが、今の光景はその全くの逆であり、再びこの土地に木々が帰ってくることはないと想像することが容易い過酷で破壊的な景色が広がっていた。

 

本来ならば夕暮れに沈む木々が生い茂り動物や虫達が暮らす森が見えたはずなのに、今目の前にあるのは砂と岩のみ。寒々とした景色が広がり本来なら森から聞こえてくる音は一切聞こえない、聞こえるのは風が寂しく漂う音のみである。

 

そんな光景を私は、ロドスの名を冠している移動都市の縁から見下ろしている。

地面を進み目の前の景色が流れていく。

だとしても、先ほどと変わらずどこまで進んでも視界を遮る障害物はなく凹凸だらけで荒れ果てた地面以外何も視界に入らない。

 

もしかしたらこの土地には木々だけではなく何かしらの人工物があったのかもしれない。印象深い地形や動物の巣があったのかもしれない。

記憶に焼きつくような綺麗な風景があったのかもしれない。

だが目の前に広がるのはどこまでいっても荒野のみ。

その光景からこの土地を襲った天災の恐ろしさを想像することは容易かった。

見るだけでも気が滅入る景色。

 

だがそうだったとしても私はこの光景を見てよかったと思うし、見なければならなかったのであろう。

 

私の今日の仕事は珍しいことに、急ぐ要件も見なくてはいけない資料もない、今日中にやらなければならない事もないということになっており、夕食後にすぐに部屋に帰りゆっくりと休む予定だった。

だが、夕食後に廊下でオペレーター達が話していた、現在通過している土地の情報を小耳に挟み、私は日が沈む前に一度その光景を見ておきたかったのだ。

 

そしてやはり私はこの光景を見てよかったのだと思う。

天災は私が記憶を取り戻してすぐに体験した災害であり、記憶を失う前の私が研究していた対象の一つでもある。

 

記憶をなくしてしまった私にはわからないが、もしかしたら前の私は天災は鉱石病への解決の糸口があると思っていたのかもしれない。

だがそれは記憶を失ってしまった今では全くわからない。

しかし、この景色を見ることで私は前の私の思いと触れ合えるような気がし、そしてチェルノボーグで失った私の友人であったのであろう、命をかけて私たちを救ってくれた彼らに思いを馳せることができた。

 

 

「何か考え事かい?ドクター?」

 

透き通るような声が耳から入り私は思考の海の中から現実に戻る。

横を向くとそこには一人の女性がいた。

 

黒ずんだ天使の輪っかと黒い角を持った天使

彼女は綺麗な青の長髪を風にたなびかせ、いつもと同じ微笑みを表情に浮かべている。

 

トランスポーター モスティマ

謎多き彼女がいつの間にかそこにいた。

たしか彼女はここから遠い地点に移動中の、とある都市に荷物の運搬の仕事を受けていたはずであり、しばらく帰らないと言っていたのだが、いつの間にか帰ってきていたのやら。

いつのまにかいて、いつのまにかいない。

本当に彼女はトランスポーターという名にふさわしい風来坊である。

 

「ああ、ちょっとね。・・・それにしても帰ってきているのなら一言連絡してもいいのじゃないかい?部屋に用意するお菓子の準備ができないじゃないか」

 

私は彼女の突然の登場に驚いていた表情を正し、微笑みながら彼女に冗談とともに疑問を投げかけた。

 

 

「それはすまないねドクター。だけど安心してほしい。今日は私が持ってきたさ」

 

そう彼女は開けられた袋を私に差し出す。するとそこにはクッキーのようなお菓子がたくさん入っていた。

 

「クッキー・・・・かい?」

「まぁそんなもんさ」

彼女は先ほどと同じ表情で、そして私に早く取ってと言うかのように、袋を軽く揺らす。

 

クッキーにまぶされている白い粉は砂糖だろうか、もしそうならば如何にも甘そうだが、ちょうどいい。

先ほど食べた夕食が胃を通り過ぎデザートが欲しかったところだった

 

「ではお一ついただくよ」

 

私はクッキーのようなものを一つ摘み口に入れた・・・・。

・・・・・

・・・・・・・辛っ

え、まってほしい。普通に塩辛い。

のたうちまわるほどの辛さではないが本当に塩辛い

 

味覚が甘みが来るのを待っていたせいか、余計に塩辛さが私の舌を襲うのがわかる。

 

「ごほっ・・・・・ちょっと・・・これは・・」

可笑しそうに笑うモスティマが見える。

予想外の味覚の衝撃に咳き込むが、味は悪くない。むしろ美味しい部類に入った。

塩辛く、ついつい手が伸びてしまいそうな味。

食べる前に見たあの白い粉は砂糖ではない。塩だったのだ。

これはお菓子や茶菓子と言うよりも、これは・・・・

 

「これは・・・酒のつまみか何かだろう?」

「ふふっ、正解。美味しかっただろう?」

 

そう彼女は可笑しそうに微笑む。

 

「美味しかったが、こんな不意打ちのような真似をしなくてもいいじゃないか」

 

「そう怒らないでくれドクター。君がこの悪くない風景を見て、黄昏ているようだったから少しイタズラ心が湧いただけだよ」

 

「悪くない・・・?」

 

「悪くないじゃないか、ほら」

 

私は彼女に促されるまま再び先ほどと同じ荒野を見る。

そこには茜色に染まる地平線と太陽があった。

 

太陽や地平線を遮るものは一切ない。

今日一日日の恵みを私たちに降り注いでくださった太陽が、今日の役目を終え地平線に沈んでいく。

それは障害物がないおかげで私の視界を遮るものはなく、夕暮れの太陽の美しさ、どこまでも続いていそうな地平線を映し出だしていた。

 

先ほどまで私は過去に思いを寄せ、天災の傷跡ばかり見ていた。

だが彼女に促されるまま見たこの風景は雄大で美しいものであった・

 

「ドクターを探してたまたま外を見たけど、悪くない眺めだね。」

そう言う彼女の横顔もまた茜色に彩られ微笑む。

おそらく彼女はこの土地に何があったかについて知らないだろう。

この土地に森があったことなど知らないだろう。

だが、それでも彼女は、今のこの土地を見て景色を悪くないと言った。

それは過去のことだけを見て、この土地の景色を寂しいとしか見ていなかった私よりもはるかに希望のある見方であり、彼女は私のような過去ではなく今を見ていた。

どうやら私は過去にとらわれ過ぎていたかもしれないな。

 

「ああ・・・・。本当に悪くない眺めだ」

「だね・・・」

 

それから私たち二人は、その眺めを太陽が沈むまで無言で眺めていた。

両者無言。だが居心地は悪くはなく静かな時が過ぎていく。

 

ただ、ただ一つだけ私の胸中に新たな一つ悩みが浮かび上がって来る

私は夕焼けに彩られたモスティマが、夕暮れが見せた装飾のせいなのか、まるで彼女が空気に溶けてそのままいなくなってしまうような感覚を感じていた。

 

彼女はいつもそうだ、誰かと語り合う際も作戦で辛い時もいつも同じ微笑みを浮かべる。それは先ほどのクッキーのイタズラが成功した時の微笑みも同じであり、そのせいか彼女とと会話しているにもかかわらず、まるで空気と会話しているような奇妙な感覚に陥ることがある。

今の笑みもそうだ。彼女の浮かべた笑みは全て似ていた。

 

過去に彼女が言っていた。

「嫌いではないけど、私に言わせれば、友情も、家族愛も、恋も、不要なものさ」

 

私は、それは寂しいものだと思う。

だからこそ私はロドスの皆と交流するし彼女と今後とも語り合うだろう。

友愛を育み、共にこの過酷な大地を生き抜くために・・・・

 

・・・・あ、

「そういえばモスティマ。しばらく帰らないと言っていたけど、何かあったのかい?」

 

「ああ、それか。それはね」

 

そう彼女は言い、ポケットを弄り始める。

そして一つの物を取り出た。

それは今ではあまり使われなくなった物。新しいものに取って代わられたもの。

 

「カセットレコーダー持ってないかい?」

そう言う彼女は少し困った表情をしており、その手には『愛の歌。始まり。そして挑戦の数々』と書かれたカセットテープを持っていた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

彼女が言うにはこうだ。

今回の依頼なのだが、いざ荷物を届けに行こうとしたところ。なんと遠路はるばる届け先の人間が荷物を取りに来たらしい。

どうやら届け先の人間もトランスポーターだったらしく、仕事でたまたま近くに来ることがあったので直接取りに来たと言うわけだ。

その後、長期間の遠征予定がなくなり時間を持て余したモスティマは、そのトランスポーターが予定を狂わせて悪かったと言いお詫びに酒を奢ると言って来たのでその誘いに乗ることにしたらしい。

そのトランスポーターは元々龍門で音楽関係の仕事に携わっていたらしく、今も仕事の傍らレアな音源を集めていた。今回の荷物もそのうちの一つ。

そのトランスポーターが今熱心に集めているのは、今は無くなってしまった楽団の演奏するクラシック音楽だったらしく、その楽団の名を聞いたことがあったモスティマはその話題を肴に酒盛りは盛り上がったとのことだった。

 

そして酒盛りが終わり別れる際にモスティマは、そのトランスポーターに「これには貴重な音源が入っている。聞いて見るといい」と言われこのカセットテープを渡されたということだった。

おそらく中身はそのトランスポーターが集めていた楽団のクラシック音楽だろう。

にしても愛の歌という名はクラシック音楽にしては珍しいと思う

 

早速聞いてみようかと思ったがカセットレコーダーは持ち合わせておらず、そんな骨董品を売っている場所もなく、どうしようかと悩んだところ、そういえば今近くにロドスが来ていたことを思い出し、カセットレコーダーを借りるついでに帰って来たというわけであった。

 

 

「だから私を頼ったのか」

「宿舎の備品にレコードプレイヤーがあったし、カセットレコーダーもあるかなって思ってね。それに宿舎の物の整理はドクターがやっているって前にエクシアが言っていたからさ。手間をかけさせてすまないね」

 

私たちはそんな会話をしながら私の私室のソファーで共にくつろぐ。

すでにソファーの前に置かれたテーブルにはマグカップが二つあり、そこから香る先ほどコーヒーメーカーで作ったばかりの香り立つコーヒーのいい匂いが部屋を充満している。

 

 

確かに宿舎の模様替えや備品の整理は私の仕事だ。

そのせいもあってよく宿舎に関する要望や文句をよく受け付けている。

宿舎の備品には様々なものがある、綺麗なものから奇妙なものまで。いったいなぜこんなものがあるのかもわからないが今度クロージャにでも聞いて見るのがいいかもしれない。

だがそんなことよりも・・・だ

 

「まぁ、今日の仕事はもうないし、むしろ私もそのカセットテープの中身を聞きたいから、こうやって端末で備品の一覧を確認するのは苦じゃないが、その前にロドスに帰って来てからエクシアに何か一声かけたかい?」

ふと嫌な予感がしたので、端末で備品一覧を見ながら彼女に聞いて見る。

視線を彼女の方に動かして見ると、彼女はキョトンとしながら口を開いた。

「・・・・?いいや?何も予定がなければ明日の朝にでもまた出ようと思っているから、今声をかけてもすぐに別れることになるし別にいいかなって思ってね。どうかしたのかい?」

 

「いいや別に何かあるわけではないが・・・」

 

やはりというか、もうなんと言うか。

確かに滞在するのはわずかな時間だが後で帰って来たことを知ったエクシアのことを思うと少し顔を覆いたくなる

 

普段は破天荒でノリと勢いで生きており、THE ペンギン急便と形容するのが容易なエクシアはモスティマのことになると一気にその様子を変える。

心配性になり、まるで慕う姉についていく妹のようになってしまう。

そんな可愛らしい状態の彼女が相手だとしてもモスティマは普段と態度を変えずに、最後には彼女に一言も告げずに、彼女を置いていつも風のようにどこかに消える。

 

だからよくエクシアがモスティマのことでやきもちしているのを見たことがあるが・・・・

理由があるとはいえ、私には会って、エクシアには連絡をせずに去っていく。これが後からエクシアにバレた時にどうなることやら。

大ごとにはならないとは思うが、エクシアが不機嫌になるのは明確だ。ご機嫌取りのためにアップルパイなんて私は作れないぞ

 

「余計なことかもしれないが、一言ぐらい声をかけた方がいいのでは?エクシアも喜ぶだろう?」

端末の備品表に再び視線を戻しながら、回答がわかっている提案を彼女に投げかける。

こう言った私がエクシアを気にかけた結果行われる提案は、何度か彼女と話している際になんどもして来たが、決まって似たような回答が返ってくる。

 

「いいや、別にいいさ。それに今生の別れというわけでもなく、また暇な時に帰ってくるしね。」

やはりいつもと同じような回答を、彼女は軽く答えた。

彼女の表情を伺うことはできないが、おそらくいつもと同じ微笑みを浮かべているだろう

 

彼女もエクシアに会いたくないわけではない。だが必要じゃないから合わない。彼女が自分から進んでエクシアに合わない理由はそれだけだろう。

こういった事柄は彼女が言った「感情に必要性は感じない」という彼女の考えから導き出される答えなのだろう。

なぜそんな答えを導き出したのか私にはわからない。

ただ私はそれを彼女は本心から思っているのがわかる。

それは私が先ほど天災の跡を見なければならないと考えた思いと同じような重さを持つモノなのかもしれない。

 

だとしてもだ

 

「それなら、次君が帰って来たときは彼女にアップルパイでも用意してもらおうかな。そのときは3人でお茶を飲もう」

 

そう言いながら私は視線を端末から彼女の方に向ける。

そこにはキョトンとしながらも、すぐにクスリと笑い表情を崩す彼女がいた。

私が言いたいことが伝わったらしい。

 

「ふふ、君は本当に諦めないね」

「なんのことだか」

 

私はそうとぼける。

そしてクスクスとお互いの笑い声が部屋に響く。

 

彼女の答えは真実かもしれない

もし憎しみや悲しみという感情がなければ今の過酷な世界は存在しないし。喜びや慈しみという感情がなければ、その反対の感情も存在しなかっただろう。

だけれどそれでは寂しすぎるし、人々には感情から呼び起こされる友愛、家族愛、恋愛、それらの温もりは必ず必要なものだと私は思う。

愛は世界を救うと信じるほど世界を優しいと思ったことはない。だけれど愛は世界を救う助けになると私は思っている。

この考えは私のお節介であり、私の譲れないところなのかもしれない。

 

そんな考えを熟考しているとふと視界の端に求めていた単語を見つけた。

つい、「あっ」という言葉が口から漏れる。

 

すると彼女も察したのか、私への問いを口にする

「どうやら夜の演奏会は始めれそうだねドクター」

その問いに私はすぐに回答した。

「じゃあ、演奏者を呼びに行こうか」

 

 

 

なお、言った後に気がついたが、やはりキザな言い回しは私には似合わない。

普通に恥ずかしい。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

倉庫から私室に持って来たカセットレコーダーはそもそも、カセットレコーダーではなく大型のカセットデッキであった。

それは倉庫の奥にしまいこまれて埃をかぶってはいたが壊れてはいなかった。だがカセットデッキ自体も、付属のスピーカーも両手で抱え込まないといけないほど大きく、最初に二人でこれを見つけたときは私は憂鬱になったが、「小さなカセットレコーダーで聞くよりもいい音が聞けそうだ」というモスティマの一言で気分が晴れた。

こういった、何か悪いことが起きた時に良いところを見つけることができる才能はエクシアとどこか似ている気がする。そんなことを思いながらカセットデッキを運んだのだが、やはりかなり重い。だがこの頃筋力トレーニングに励んでいるおかげでなんとかカセットデッキを持ち運ぶことはできた。

トレーニングによく付き合ってくれるエリート猫オペレーターには頭が上がらない。もし筋力トレーニングに励んでいなかったら私室に帰って来た時にそのまま疲れて腕が動かせなくなっていたかもしれない。そうなってしまえば男としてのメンツが立たない。

とは言っても、一番重いスピーカーをモスティマにもたせてしまった時点でメンツもクソもないのだが。

 

 

帰って来た私室にて、モスティマは私に背を向けカセットデッキとスピーカーを弄りスピーカーとデッキの配線を繋げている。

私のような素人が触るよりも、こういった機械を触ったことがあると話す彼女に任せた方がいいだろう

 

そんなこんなで、モスティマの作業を後ろから伺っているとふと彼女から声をかけられた

 

「そういえばドクター。ドクターはどんな音楽を聴くんだい?」

 

音楽か・・・・・

言われてみれば私は音楽をろくに聞いたことがないかもしれない。

「うーん、どんな音楽かと言われても、実は普段は音楽をろくに聞かないんだ」

 

「へぇ、それは本当かい?」

少し意外そうな声が聞こえる。

 

もしかしたら昔は音楽を聴いたかもしれないが、今では全く聴いていない。

聴いていないというか忙しくて聴く暇がないのが答えとして正解かもしれない。

 

「そうだね。この頃聞いた音楽はヴィグナのギターかアーミヤのバイオリン。あとはソラの歌声とシエスタの音楽祭ぐらいかな」

 

「随分と聞いているじゃないか、それにしてもシエスタか・・・いいところだったかい?」

 

「そうだね。色々とドタバタしたけど楽しくていいところだったよ」

 

「ドタバタ?」

 

「ちょっと・・・ね」

 

あのときは大変だったが今思い返せば本当に楽しいものだった。

だけれど次もし行くことがあるのならば、次はゆっくりと音楽祭を楽しみたいものだ。

 

「そうか。それにしてもドクターが音楽を聞かないのは意外だったかなぁ」

 

「そうかい?」

 

「君はよくオペレーター達と交流しているし、その時に音楽をネタにオペレーターに近づいて交流したりしてそうだったからさ」

 

「そこだけ聴くとまるで私がナンパや女たらしみたいじゃないか」

 

「人たらしというのは間違っていないだろう?こうやって私と関係を築こうとしているんだしね」

 

「モスティマ・・・・言い方・・・」

 

私の呆れた声を聞いたのかモスティマの小さく笑う声が聞こえる。

ここは私室だから大丈夫だがこんな事を耳年増なオペレーターや噂好きのオペレーターに聞かれでもしたら大問題だ。

あっという間に私の信頼度は大暴落してしまう。そしてそれと共にアーミヤに涙目で注意でもされたら罪悪感で首をくくることになる。

 

ここらで話を変えなくては下手したら変な方向に話が転がりそうだ

 

「まぁ、話を戻そう。私はさっき言ったように音楽はあまり聞いていないが、君はどうなんだい?」

そう彼女に問うとうーん。という悩む声が聞こえる。

そして数刻彼女は悩むと答えを出した

 

「わたしもあまり聞かないかな?」

・・・・・

・・・・・・・いや待ってほしい

 

「え?てっきり私は君がよく音楽を聴くからこんな話をふって来たのかと思っていたのだが・・・・。聞かないのかい?」

私は慌てて彼女に対して疑問を発する。

そんな様子に気がついているのか気がついていないのか、いや気がついて無視しているのであろう彼女は普段通りに話を続ける。

 

「そうだね。自分から聞くことはないよ。それに私は音楽をネタに誘いたい人もいないし」

 

「その話は掘り返さないでくれ」

 

私が元に戻ろうとする話の流れをせき止めると、今度はふふっと彼女が微笑んだきがした。

 

一拍置き再び彼女が語り始める。

 

「そもそも私は、感情なんて本来不要なものだっていっているじゃないか」

 

「まぁ・・・確かにそうは言っているが・・・・」

 

「それだよ」

 

「それ?」

 

「そう、音楽ってのは感情に帰結するものがほとんどさ。悲しい音楽、楽しい音楽。ソラの歌う歌や、コーテーの音楽だってそう。まぁコーテーは否定しそうだけど。」

 

そう彼女は話を区切りこちらに向き直る

 

「だから、私はあまり聞かないんだ。感情を不要だと思っている人間が聞いてもその音楽の本質を理解できることはないだろうしね。・・・っというわけで配線の接続終わったよ。あとはスイッチをつけるだけさ」

 

そう彼女は私にカセットデッキのリモコンを投げ渡し、私の隣のソファーに座る。

そして先ほど入れ直したコーヒーが入ったマグカップを手に取った。

 

彼女の表情は先ほどと変わらない微笑み。

おそらく彼女も今から流れる音楽を楽しみにはしているだろう。だがそうだとしても彼女の感情が揺れ動くことはないかもしれない。

 

私はリモコンを受け取りカセットデッキにリモコンを向け

 

 

そのまま一度下げた

 

隣に座るモスティマが不思議そうに私を見るのがわかる。

 

私はそれを視界の端に確認しながらも口を開いた。

 

「これは君の友人としての提案なのだが、私は音楽を聴いた方がいいと思う。音楽は何も理解するためだけに聞く物じゃないと思うからさ」

 

これは私のお節介かもしれない。だけど私の口が止まることはない。なぜなら私はロドスのドクターであり、横にいる彼女の友人であると思っているのだから。

 

「君は友愛などの気持ちを不要だとは言っているけど、その前に『嫌っているわけではない』と枕詞をつけるじゃないか。本当に感情が不要だと迷いなく思っているのならそんな枕詞つけないと思う。

だから、もしかしたら、音楽を聞くことで何か答えを得ることができるかもしれない。それはもしかしたら本当に感情が不要であると言うことかもしれないし、はたまたその逆かもしれない。」

 

そして私はリモコンのスイッチを押す。

 

「そしてこれがいちばんの理由なのだが、せっかくこの世に存在する楽しみの一つを不意にするのは勿体無くないかい?」

 

そう私は言い切りじっとカセットデッキに視線を送る。

いや横を向くことができず正面を見ることしかできなかった。

 

随分とズカズカと人の中に踏み込むようなことが言えたものだ。

音楽をろくに知らないものが音楽を語れたものだと脳内で自己反省をしながらスピーカーから流れ出すであろう音楽へ聞き耳をたてる。

 

 

ジリジリと音がスピーカーから聞こえる

すぐに音楽が鳴り始めるかと思ったがどうやら少しかかりそうだ。

 

そんな時、ボスッという音が真横から聞こえた

横を見ると彼女がなぜか真隣に移動して来ていた。

少し顔を傾ければ彼女の綺麗な青髪に私の顔が触れそうな距離である。

この距離から彼女を見るのは初めてで、蒼天の空のように青色で美しい髪、まるで教会に飾られた端正な天使の像のような表情が真隣にある事は私の心音を上げるには十分な理由であった。

 

突然の接近に私の脳内が真っ白になる。

そんな私の横で彼女は両手でマグカップを持ち私に流し目を向けながら笑う

 

「ずいぶん人たらしのような事を言う割には、うぶなんだねドクター」

 

私が狼狽していることが面白いのか、また少し彼女が近づいてくる。

片手で持っていたマグカップを机に起き、もう一つの片手は私の膝の上に置く。

そして寄り添うかのように肩をくっつけてくる。

これらの行動が、からかいなのか、天然なのかそれとも別なのか、全くわからない

ただ表情は天使、やってることが小悪魔であることは確信できる。

どうにか返事をしようにも、どうにか行動しようにもこの状況でどう返事をすればいいの頭の整理がつかず思考の混乱に陥っていた。

 

そんな私を無視して彼女は語り続ける

その彼女の表情はいつもの微笑み少し違っており、初めて見る表情であった。

「まぁ、確かにそうかもしれない・・・・・。でもその前に・・・なるほどね。私にも君と言う友人がいて・・・・そしてこの・・・・」

彼女は語りながらもう一つの片手を何かを確かめるように自身の胸に当てる。

そしてモスティマの口から何かが紡がれる。

それは・・・・・・・

 

「ゼッケン一番の方どうぞー!!!!!!」

 

爆音が私達の鼓膜を貫いた。

私はあまりの音に驚き、持っていたリモコンを投げ飛ばし耳をふさぐ。

スピーカーから発生された怒声は、ゆっくりとした雰囲気の流れていたこの部屋の雰囲気を吹き飛ばすには十分な威力であり、私とモスティマの耳に不意の一撃を喰らわせるにも十分な威力であった。

 

あのモスティマも不意の一撃に耳を塞いで少し額にシワを寄せているのがこの不意の一撃のすごさを再認識できる。というかこんなことに思考を走らせる前に投げ飛ばしたリモコンを探さなくては・・・・・

 

すると傍にいる彼女が珍しく慌てながらソファーから立ち上がり、床に転がった私の投げたリモコンに小走りで歩み寄る。

 

その間もスピーカーから音が聞こえる。

その会話や声を聞く限り、オーケストラなどの演奏会ではなく何らかのオーディションの録音のようであった。

 

だが次の瞬間静寂が訪れた。

先ほどスピーカーから聞こえた声はゼッケン一番の方といっていた。

まずい。

このままだとこの大音量のままオーディションのアピールが始める。

 

それにモスティマも気がついたのであろう。モスティマが慌ててリモコンをカセットデッキに向け・・・

 

「ぜ、ゼッケン一番!!歌います!!」

 

「は?」

「へ?」

 

あまりに聞き覚えのあるオペレーターの声にモスティマの手からリモコンが零れ落ちる。

 

そしてそのままスピーカーから歌が流れ始める。

それは、あまりにも甘酸っぱい恋の歌。女の子の恋の歌。聴いているだけでも心が悶えそうな青春の歌であった。

そしてそんな歌を一人の少女が元気いっぱいに歌う。その歌唱力拙いものであったが、胸に暖かな気持ちが浮かび上がる全力の歌であった。

 

本来ならば、聞き入っていたのかもしれない。いや

普通なら聞き入るような歌いであった。

ただ問題がこの歌を歌っているのが、知り合いであり、しかもおそらくはその彼女のアイドルルーキー時代であることだ。

 

ああ、なるほど確かに『愛の歌』だ

そして『始まり』とはそう言うことか

だが、その後に続いた『挑戦の数々』ってことはもしや・・・

 

そう私は思考を巡らせるとともに、聞こえたその歌は・・・・・今の彼女の歌声を聞いたことがある身としては信じられないような、歌を歌うのにまったくこなれていない感じと、ガチガチに緊張しているのがすぐ理解できる歌声は・・・その・・・こうやって夜の静かな私室で、先ほどの空気と全く合わない甘酸っぱい歌を、まったくそんな曲が似合わない大人二人が、知り合いのおそらくルーキー時代のガチガチに緊張した歌声を聴くこの状況は・・・・本当に失礼だが・・・

 

「ぶっ・・くっくっくっ、ああ確かに愛の歌だ。そして始まりだ」

笑い声を堪える声が歌声に紛れて横から聞こえる。おそらくこの何と言うか形容しがたい状況に笑いのツボが刺激されたのか、あのモスティマが微笑むのではなく口を押さえて笑い堪えている。

 

その姿に私は驚くと同時に彼女と目が合い、隣に自分と同じ状況にいることに両者ともに気がつき。

私と彼女はともに耐えられなくなりあたりに笑い声が響く。

 

彼女の歌に笑っているわけではない。今の私たち二人の状況にどうしてか笑いが出てしまっていた。

 

先ほどまで、どこか真剣な話をしていたはずなのに、今聞こえるのは、己の全力をかけて甘酸っぱい恋の歌を歌う少女の歌声。

録音であるにもかかわらず応援したくなる歌声であった。

 

先ほどまで音量を下げようとしていたが、いつのまにかソフーに座りスピーカーから流れる未来のアイドルの甘酸っぱい歌に私とモスティマは聞き入っている。

 

こんな歌に示される青春を謳歌する時間を私たちはすでに過ぎ去ってしまっている。

だがそれでも聞き入ってしまっていた。聞き入りそんな過ぎ去ってしまった過去を憂うのではなく逆に心が温かくなった。

4分ほど経ったか、大きく元気な「ありがとうございました!!」という言葉とともにテープの音声が切れる。

するとすぐさま、最初の声とは違うゼッケン番号を呼ぶ声が聞こえる。

 

やはり、『挑戦の数々』と言うのはアイドルである彼女がルーキー時代に受けたオーディションの数々に違いないだろう。

 

なんたる運命だろうか、まさかそんなものが偶々彼女の同僚の手に渡るなんて本当に世の中わからないものだ。

 

私はそんな事を思いながら、彼女の過去の勇姿を聴くためにソファーに深々と坐り直す。

すると同じようなことを思っていたのか横に座るモスティマも笑いながらソファーに深々と坐り直していた。

「まったく、とてつもないラブソングをもらったものだね」

「全くだ。」

 

次に流れ始めた曲も先ほどと同じジャンルの甘酸っぱい恋の歌。

今度はひたむきに憧れの先輩を追う女の子の歌。

 

そんな歌を私たち二人は音量も下げずに、どっしりとソファーに座りながら聞き入っていく。

 

「音量は下げなくてもいいのかい?廊下まで聞こえるかもしれないよ?」

モスティマが笑いながら聞いてくる。

私も笑いながら答えた

「その時は観客が一人増えるだけさ」

「それもそうだね」

 

そうお互い笑いながら私たち二人は茶菓子を片手に、未来の人気アイドルの歌を聴き、なんとなくマグカップで乾杯するのであった。

カチンッという音がアイドルのラブソングに紛れて部屋に響き渡った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

その後のことを語るとしよう

あの後、廊下まで聞こえる歌声に幾人かのオペレーターが不審に思い私の部屋をノックとともに訪ねてきた。そしてその度に私の部屋に観客が増え、最後にはいちいちノックに対応するのが面倒になり玄関は開けっ放しとなっていた。

途中からソラ以外のペンギン急便のみんなも集まり、ひと騒動。エクシアやクロワッサンが腹を抱えて床を転がっているのを見るパイソンくんの目は何とも形容しがたいものであった。

その後、最終的に私の私室は宴会場になり、まだルーキーアイドルのガチガチに緊張した歌を肴に酒を飲み交わした。

いつもならこういった宴会では部屋の隅に移動したり、いつのまにかいなくなっているモスティマが最後まで宴会に参加していたのは、彼女の中で何かしらの答えが見つかったのが理由かもしれない。それが何なのかは私にはわからないがその答えが彼女にとって良い未来に繋がってくれることを祈る。

 

そしてその宴会は、ルーキーアイドルの未来の姿が私の私室に来たことによって大きく盛り上がることになる。

最初に彼女がこの部屋に来た時は、彼女は悲鳴をあげ前衛オペレーターのような機動力とともにカセットデッキもといテープを破壊しようとしたが、ペンギン急便の狼による何気ない一言で今度は彼女のアイドルステージが急遽行われることになった。ああ言う何気ない一言が人の心を射抜くのかと関心し、あれが本物のタラシだなとモスティマと互いに納得したものだ。

その後は真夜中の生アイドルライブが私の部屋で開催され夜も忘れる大騒ぎになった

 

そして最終的にケルシーに見つかり全員大目玉をくらうことになったというわけだ。

 

「というわけなんだよアーミヤ。あれはオペレーターとのコミュニケーションであって羽目をはずしていたわけじゃないんだ」

「・・・・そうですかドクター。廊下のお掃除がんばってくださいね」

「やっぱりまだ掃除しなくちゃダメかい?」

「はいだめです。そもそもコミュニケーションを取るのは大事ですが・・・って頭を撫でてごまかさないでください!」

プクプクと怒るアーミヤがあまりに可愛らしく、ついつい彼女の頭を撫でながら思う。

 

自分もハッチャケ過ぎたとは思うがロドスのスリートップの一人が廊下掃除する状況はどうなのだろう。まぁ羽目を外し過ぎた私が悪いのでどうしようもないが。

 

そんなしょうもないことを考えながら廊下の先を見る。

 

そこにはニコニコと笑い話しながら掃除をする天使と堕天使の姿があった。

それは端から見えれば、仲良く掃除をする家族のようにも友人のようにも見え、だれが見ても幸せそうであった。。

 

 

彼女にカセットテープを渡したトランスポーターに会うことができたら、そのトランスポーターに一杯奢ってやろう。

私はそんなことを思い笑うのであった。

 

 

 




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