7月7日はいわゆる七夕と呼ばれ、世間では短冊に願い事を書いて叶うようにお願いするなんて風潮がある。
本来は一年に一度織姫と彦星が会える日なんて昔の人は言っていたけれど、現代人である私たちは、そんなものよりも願いが叶うという話の方が根強く広がっている気がする。
まあ、そもそも笹に短冊を飾るだけで簡単に願い事が叶うなら私の人生はこんな退屈したものにはなっていないだろうけど。
それでも、人間という生き物は叶わないとわかっていても願わずにはいられないのものなのだろう。
妹の友達に陰で魔王だなんて呼ばれている私も、その一人だってだけの話。
右手に握られている水色の短冊。
書かれていることなんて当たり障りのない言葉がつらつら並んでいる。
この短冊には私の願いなんてこれっぽっちも入ってなくて、母に言われた通りに書いただけのもの。
他の会社お偉い方たちも見るこの短冊には私の願いではなく、母の欲望しか詰まってない。
会社の経営のためにと言いながら母は私に小さい頃から色々な事を教え、やらせてきた。
コツコツと音を鳴らして近づいてくる女性。
紫の色の鮮やかな着物を羽織っており、誰が見ても一目で高いとわかる着物を羽織っている女性は私の母親である。
子供を二人産んだとは思えない見た目をしており、まだ20代後半だと言われても信じてしまうほどの美貌だ。
「陽乃短冊の方は書けましたか?あなたの誕生日なのですから主役は誰よりも早く会場にいないと行けないことはわかってますね」
そう今日は七夕であり、私の誕生日でもある。
だけど、私には誕生日に対していい思い出なんてない。
小さい頃から母や父と共にいろんなパーティーに参加してきた私には誕生日もその一つとしか思えない。
私の誕生日など母にとっては会社のための日でしかない。
お偉いさんから話を聞いて、相手が望むような相槌を打って望むような笑顔をする。
たったそれだけ。
代わりに私が貰うものは気持ちの悪い笑顔、下卑た視線、こちらを探るようなものばかり、そんな事を何回も繰り返すうちに私には誕生日もただの嫌な日になってしまっていた。
織姫と彦星が一年に一回会えるロマンチックな日に産まれた私はそんな二人とはかけ離れた存在になっていた。
「わかってるって、もう書き終わってるから早く行こお母さん」
本当に笑える。
気持ち悪くて仕方ない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いつもありがとうございます。これからもうちをご贔屓お願いしますね」
がはははと笑う中年男性。
今日のパーティーに来てくれた、今後提携を結ぶかもしれない企業の社長さん。
しっかりと握手をして、いつも通り男性が欲しがる笑顔を振りまいて、おだててあげればいい。
たったそれだけ。
だけど、それも何十人もやれば、流石の私も疲れてくる。
「へぇ、そうなんですね。私ちっとも知りませんでした。流石○○社長私も勉強になります。」
気持ちが悪い。
「その髪型すごい似合ってますね。会社での評価も高いんじゃないですか?」
気持ち悪い、気持ち悪い。
「えぇ〜私ですか、まだ彼氏とかはいないんですよ〜。え、○○さんを?いえいえ、私なんかよりいい人がいますって○○さんには」
きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい。
「婚約ですか?そういうのはまだちょっと早いかなって、私思うんですよね」
きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい……
いつからだろうか、こんなにパーティーに出ることが嫌になったのは、今までは我慢してきた。我慢できてた。
なのに、最近はなぜか抑えられない。
こんな偽りの自分が嫌だと、心が訴えかけてくる。
本当になんなのだろうか、こんなのは最近まではなかった。
大学生になり、婚約の話なんかが出てきたからだろうか。
いいや、違うそんなことなんて高校生の頃からあった。
……本当はわかっているんだ。
彼にあってからだ。
彼に会って彼を知ってから私は私でいる事を嫌になった。
彼曰く、強化外骨格と言う名の私の仮面。
一目でそれを見破った時は普通に驚いた。
今まで積み上げてきた私の仮面がただの高校生に見破られることなんて信じられなかった。
だけど、彼と関わっていくうちに彼の面白さを知り、彼と彼女らの関係を嫉妬し、色々ちょっかいをかけたりした。
それは常に完璧であれとされてきた私、雪ノ下陽乃が初めて心の底から願ったものを彼らは手に入れられるとわかってしまったから。
偽物しかない。
私が望んだものを
口直しに水でも飲もうと通りがかったウェイターさんから飲み物を受け取る。
高級なホテルともあり、働いているウェイターの人も一流の人ばかり。
ぴっしりとした高級なスーツを着て、マニュアル通りの丁寧な作業をしている。
けど、そこで一人だけ不自然な動きをしているウェイターを見つける。
なぜか、私の方には向かわないように反対側で給仕をしている一人のウェイター。
彼は猫背気味の背中をこちらに向けて、何がなんでもこちらを向かないという鉄の意志をあの背中から感じ取れる。
そのせいか若干お客さんたちには不思議がられてるけど、そんなことよりも目をそらしたいものが彼にはあるらしい。
私は飲み物を近くにいたウェイターに渡して、猫背のウェイターに近づいていく。
私の知っている彼ならこんなところで働いているわけはないんだけど。
もしかしたら、という可能性にかけて声をかけてみることにした。
「ひーきーがーやーくん、こんなところで何をしてるのかな?」
びくっとウェイターの背中が跳ねた。
これはどうやら当たりのようだ。
「ひ、比企谷?僕はヒキタニですが、誰かとお間違いなられているのでは無いですか?」
振り返ったウェイターは眼鏡をかけて、他の人たちと同じように高級なスーツを着ていた。
「ふ〜ん、そんなつまらない言い訳で私を騙せると思うの比企谷君は?下手な嘘つくとわかってるよね?」
「わ、わかりました。俺の負けですよ雪ノ下さん」
降参とばかりに腕をあげる比企谷君を見て、満足する。
何気に掛けている眼鏡が存外似合っていて、不審な行動さえしていなければ私でも見逃していたかもしれない。
彼から眼鏡を強奪して、いつもの腐った目を確認する。
うん、いつも通りの腐った目だ。
だけどまあ、本当になんでこんなところに彼はいるんだろうか
「え〜っとですね、実は親父の知り合いからの頼みでして、今日だけお願いされたんですよ。時給も良かったし、一日だけでいいならいいかなって思ってたんですけど…」
そう言って気まずそうにこちらを見る比企谷君。
「なるほど、それでたまたま、私を見つけて困ってたってわけね」
「はい、そうなんですよ、こんなところで雪ノ下さんなんかに見つかったらどんな目に合うかわからないのでバレないようにしてたんですけど」
さり気なくぶっちゃっけてくるのは意識的か無意識なのかわからないけれど
「目ざとく私に見つけられちゃったってわけか、比企谷君どんまい」
「いや、そう思うならもう仕事に戻ってもいいですか?」
そんな、怯えるような視線で訴えられたら、いくら私でも困ってしまう。
「ダメ♪」
なんてそんなわけもなく、こんなつまらない中に私のお気に入りが自分から来てくれたんだもん絶対に逃すわけにはいかないわよね 。
「で、でも、ほら、俺はウェイターの仕事が、あるので、雪ノ下さんには付き合えないかな〜って、親父の知り合いの頼みでもあるんで、俺がしっかり働かないと親父の信用に傷が付くっていうか、ね?」
そんな逃げたい八割、父のためにが二割ぐらいの言い訳をされたところで、この私が逃すと思ってるのかしら比企谷君は
それにその、ね?ってわかるでしょって暗に伝えてくるところが比企谷君ぽくって小賢しいな
まぁそう言うところも面白いんだけどね
「じゃあ私が確認してきてあげるよ、私ここの支配人とは知り合いだから大丈夫だよ。比企谷君はここで待っててね。」
「え?な、何言ってるんですか雪ノ下さん。ちょ、待ってくださいって」
比企谷君の制止の声を振り切って、このホテルの支配人にお願いしに行く。
支配人とは私の誕生日のたびにここのホテルでパーティーを行なっているので何年もの付き合いになる。
そして、やっぱりと言うかあっさりと彼の使用許可が私に降りてきた。
最初は比企谷君が何かやらかして、クレームを入れにきたのだと思っていたらしいが、その逆で気に入ったから貸して欲しいと言ったら即答でOKの返事が出た。
「それじゃあ比企谷君は今日一日私の給仕係だよ。やったねすごい出世だよ比企谷君」
そんな私の声をげんなりとした表情で聞いている彼を見ていると笑いがこみ上げてくる。
「いや、ほんとマジで出世どころか、そのままストレスマッハで天国にでも行っちゃうんじゃないのか俺?生きて帰れるのか今日」
そんなぶつぶつ言っている比企谷君を無理矢理引っ張って、料理を見て回る。
幸いにも主役である私の挨拶回りも終わっており、この後は会場に残っていればいいだけなので、本当に良いタイミングで比企谷君を見つけることができた。
「ほ、本当にやるんですかこれ?」
「当たり前でしょ、今日一日私の給仕係なんだから、ほらあ〜ん」
「い、いやでも、他の人もむぐっ」
比企谷君の口に一口サイズのローストビーフをねじ込む。
一瞬何が起こったのか理解できてないきょとんとした顔は初めて見たかもしれない。
「どお?お姉さんからのあーんは、美味しかった?」
「そ、それは、こ、ここの肉がいいお肉を使っていたので美味しいだけであって、誰が食べさせたとかは関係ないと思いましゅ」
頰を染めそう返す比企谷君だけど、思いの外照れてるみたいで、かわいい
まぁでも、ここで捻くれた感想はいただけないかな
「へぇそうなんだ。じゃあはい、比企谷君私にも」
そう言ってフォークに刺さったお肉を手渡す。
「え?なんですかこれ?まさか俺にやれって言うわけじゃありませんよね?」
打って変わって、戸惑いの表情をする比企谷君。
「無理です。無理ですよ雪ノ下さん。ただでさえ、雪ノ下さんといるだけでこんなに目立ってるのにそんなことまでしたらもっと目立っちゃいますって」
焦ったように言い訳を並べる比企谷君、だけど目立ちたくないって言うけど今日の主役である私といる時点でそんなの遅いってわかってるのかな。
軽く辺りを見回してみると、全員というわけではないが、何人かはこちらを見ている。
特に私に婚約やら彼氏の話をした人なんてまるで、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてるし。
本当に笑える。
「でもさ比企谷君それはもう手遅れみたいだよ」
見てごらんって言って比企谷君にも現状を教えてあげる。
だってその方がもっと面白いことになりそうだしね
案の定先ほどよりも困惑した表情をしてるし、どうしていいか焦ってるみたい。
「ゆ、雪ノ下さんやばいですってこれ、めっちゃ見られてるじゃないですか。」
「当たり前じゃない、だってこのパーティーの主役と君はいるんだよ?」
「へ?ど、どうゆうことですか?」
あれ?比企谷君ってば何のパーティーか知らずにここで働いてたのかな
そうして、しばらく驚いた様子の比企谷君も何かに気づいたように顔が青くなっていく。
「どうしたのかな比企谷君具合でも悪いの?」
わざとらしく、比企谷君の心配をしてみる。
「…雪ノ下さん、もしかして、このパーティーって」
「うん、そうだよ私の誕生日パーティーだよ。やったね比企谷君誕生日の主役を独り占めだよ」
終わったとばかりに落ち込む比企谷君。
地面にへたり込みブツブツ何かを言っているようだけど、まだまだこんなもんじゃ終わらせないのが私雪ノ下陽乃である。
「というわけで、はい」
座り込んでる比企谷君に再びフォークを差し出す。
それを見てさすがの比企谷君もわなわな震えだした。
今日の比企谷君は本当にコロコロ表情が変わって面白いな。
まぁ変えさせてる原因は私なんだけども。
「あんたは、鬼か!!いや、悪魔だ。この悪魔め、覚えてろよ」
なんて、言って逃走を図る比企谷君。
だけど、甘いよ比企谷君。MAXコーヒー並みに甘い。
「都築」
私がそう一言呼ぶだけで彼はあっさりと彼に捕まって戻ってくる。
再びこの世の終わりだとばかりに負のオーラーを放つ比企谷君。
流石お母さんが認めた執事なだけはある。
「おかえり、比企谷君」
「いや、あの、帰らせてもらってもよろしいでしょうか」
「ん?」
「いやだから、「ん?」…なんでもないです」
そんなわかりきった事を聞く比企谷君にはお仕置きが必要みたいね。
今度はどんな事をしようかななんて考えてるうちに誰かが近づいてくる。
そして楽しい時間も終わりを迎える。
「陽乃何をしているの?」
私の名前を呼ぶ女性。
この場ではその人物に該当するのは一人しかいない。
「お母さん…」
比企谷君はえ?え?なんて言って私とお母さんの二人を見て慌てているけど今はそんなの気にしている場合じゃない。
「そちらの方はどなたなの陽乃?」
比企谷君と一緒にいるのがお母さんにバレたのは失敗だったけど、面白い事を考えてしまった。
それにこれは比企谷君にとってもとんでもないお仕置きになること間違いないしね。
やったら多分お母さんも今日来てくれた人たちもきっと驚くだろう。
だけど、今日は私の誕生日だ。
今まで我慢していた分今日くらいは私のわがままを通してもいいだろう。
それに今日は七夕、願いが叶う日らしいしね。
そうして、私は紡ぐ、本音か嘘か今の私ではわからなくなってしまった想いを
「こちらの比企谷君とは付き合っていて、将来の約束もしてるのよお母さん」
まさしく爆弾発言その場にいる人全員が、時間が止まったかのように固まっていた。
それは、あのお母さんでさえも例外ではない。
もちろん発言内容は完全な嘘っぱち。
でも、お母さんはいつもの凛とした雰囲気は何処へやら、唖然とした表情でこちらを見ている。
いや、正確に言えば私と比企谷君を交互に見返している。
そして、見られているもう一人の方は何が起こったのか、わからないと言った表情でこちらに助けてくれと言わんばかりの視線をよこしていた。
それもそのはず、周りの人が見ているのは私ではなく、ほとんどが比企谷君の方を見ているのだから。
なぜなら、ここにいる人たちは何度もパーティーであったりしているので私の事を少なからず知っている。
だけど、私にはそんな浮ついた噂なんて一回もなかった。
なのに、その相手が目の前にいるとなれば、必然的に私よりもその相手である比企谷君に注目するのは当たり前のことだろう。
「本当…なのですか陽乃?」
「うん、そうだよ」
お母さんから弱々しい声が聞こえる。
今まで聞いたこともないような弱々しい声。
ショックを受けているのだろうか、だけどそれならそれでお母さんに一杯食わせてやれて私は満足だ。
たどたどしく比企谷君の前まで歩いてくき、やがてお母さんは彼の目の前に着いた。
お母さんがなにを比企谷君に言うのか色々考えてみたけれど、ほとんどが否定的な物ばかり。
最悪な結末では思いっきりビンタを食らう未来まで見えている。
それは比企谷君も同じなのか、みるみるうちに顔が青くなり、今にも死にそうなほどだ。
けど、その腐った目はこちらに相変わらず助けを求めてくる。
だけど、お母さんがなんて言うのか気になっているので、そのSOSは気づかないふりをする。
そうして、お母さんはやがてゆっくりと口を開ける。
「娘を…いえ、陽乃のことをよろしくお願いします。」
「え?」
どちらの口から漏れた言葉だったのかはわからない。
比企谷君か私か、それとも両方からか、お母さんは綺麗に頭を下げて、比企谷君にお辞儀をしている。
わけがわからない。
あのお母さんが、比企谷君を認めるなんて天変地異がひっくり返ってもありえない。
どのパターンをシュミレーションしてみても、彼との事をお母さんが認めるパターンは一つ足りとも存在しなかった。
なのに、あのお母さんが比企谷君に対して頭を下げてお願いしている。
会社第一のお母さんなら私をどっかの大企業の息子なんかじゃないとそんなもの許すわけもないと思っていたのに。
本当に頭の思考が追いつかない。
それは比企谷君も同じようでなんと答えたらいいのか分からず困惑している。
「は、はぁ」
そうして、やっと彼から出てきたのは生返事のみ。
けれど、お母さんはそれを聞いて満足したのか、踵を返しその場を後にする。
会場中が固まる中一番早く動き始めたのは私で、急いでお母さんを追いかける。
部屋から出てそれほど経っていないのか、走ったらすぐに追いつけた。
「ま、まって、お母さん、さっきのは…」
私に気づいたのか、こちらに振り返るお母さん。
私がなにか言う前にお母さんがそれを遮る。
「よかったですね陽乃、願い事が叶ったようで」
ねがいごと?そんなものした覚えはないし、そもそも叶うなんて思ったことは一度もない。
それなのにお母さんは私の願いが叶ってよかったと言う。
それはお母さんに一杯食わすことができた件についてだろうか。
不思議に思いつつもお母さんに尋ねる。
「願い事ってなに?私にはそんなもの…」
「あら、覚えてないの?あなたが小さい時のことよ。幼稚園で貰ってきた短冊に書いていたじゃない?」
幼稚園の短冊?そんなものなんて書いたかなんて覚えているはずもなく、逆にお母さんがそんなものをわざわざ覚えていたことの方が驚きだ。
「私はなんて書いてたのそれ?」
「ふふふふふ」
突然笑い出すお母さん。
普段から笑わないお母さんが珍しく笑っている。
小さい頃の私はなにを願ったのだろうか
「ふふ、ごめんなさい。ちょっと思い出して笑ってしまってね。そうね確か…
『好きな人と結婚できますように』
だったはずよ」
「好きな人と結婚?そんなことが私の本当の願いだなんて言うの?笑わせないでよね」
「あら、でも陽乃あなた泣いているわよ」
「っ!!」
お母さんに言われた通り、私の目からは涙が流れてくる。
そんなはずはない。そんなものが私が求めたものであるはずがない。
私がそんな乙女のような願い事なんて持つわけがない、嘘に決まっている。
だけど、どんなに頭で否定しても、心がそれを壊していく。
「だから、お願いしますね比企谷さん」
お母さんが後ろの方に向かって声をかける。
私も後ろを振り向くとそこにはお母さんの言う通り、比企谷君が立っていた。
「なんで…ここに」
「いや、その、雪ノ下さんが心配だったと言うか、ほっとけなかったというか」
どうやら、私の心配をして探しにきてくれた彼は運悪く全てを聞いてしまったらしく、バツの悪そうな顔をしている。
そんな顔を見て、私の心も反応してしまう。
今までそんなことは無かったはずなのに。
こんな感情が湧いてくることなんて一度も無かったはずなのに。
比企谷君を見ているだけで心がはち切れんばかりに悲鳴をあげてる。
7月7日、七夕の日、願いが叶うとされてる日。
だから、一度だけ真剣に願ってみようと私は思う。
私の願い事を叶えるために。
「ねぇ、比企谷君、私と結婚してくれる?」
「それは……ごめんなさい無理です。」
否定された。あーあやっぱり願い事なんて叶うわけないんだな。
なんて、考えていても。心は悲鳴を上げている。
「……ごめん、もういくね」
「待ってください。話は終わってないです!!」
走り去ろうとする私に比企谷君が声をかける
足を止めて、もう一度だけ振り返る。
「振っておいて、他に何か言うことでもあるの?」
不機嫌全開で聞き返す。
それが、わかったのか彼も恐る恐る口を開く。
「いえ、ちがうんです、あの、結婚はいきなりだと思うので、お互いを知るところ。つまりは、付き合うところから始めませんか」
「え?」
なんて言われたのかわからなかった。
「もう一回言ってくれる?よく聞こえなかった」
彼は頰を赤く染めてこちらを真剣に見つめている。
「お、俺と付き合ってくれませんか?」
そんな彼への返事はもちろん決まっている。
思いっきり彼の胸に向かって飛び込む。
いきなりだったので、彼も私を支えられず、そのまま倒れてしまう。
ドシンなんて高級ホテルには似合わない音が鳴り響く、体を少し打ったけど、それよりも今は嬉しくて、そんなものは全く感じない。
「えーと、OKってことでいいんですかねこれって?」
「当たり前でしょ八幡」
願い事なんて叶わないと思ってた。
一年に一回の七夕の日と私の誕生日、今までろくなことがなかったけれど、今日のおかげで来年からは少しは好きになれそうだ
「よろしくね、未来の旦那様」