白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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なんとか書ききったけど、文字数多すぎや・・・・
めっちゃ眠いんで誤字脱字は許してください・・・・

これで、前日譚の半分は終わりです。
最初は短編一話の世界観を書きたいだけと思ってたんですが、ずいぶんと長くなってしまった。

後、最初の短編とこれからの話にズレが出そうなので、古い方は修正書けるかもしれません。そのときは報告します。
もう、ジャンプの読み切りと連載版みたいなもんだと思ってお目こぼしください・・

後、今回の話を書いていて、ヘイト描写をうまく書ける作者さんはすごいなって思います。
もっとそういう描写をうまく書けるようになりたいです。

追記:今回は深夜に書いたせいか色々粗いのでちょくちょく修正しております(11/1 17:30)


前日譚6 白蛇の化身が彼と出会った日

ねぇねぇ、聞いた?

 

あ、もしかして池目君のこと?

 

そうそう!! 最近池目君の物がよくなくなってるらしいの。シャーペンとか消しゴムとか。

 

誰が取ってるんだろうね~池目君、カッコいいし、ストーカーでもいるのかな? いたらキモイな~。

 

あ~それなんだけどね・・・・

 

ん?何か知ってるの?

 

あくまで噂なんだけどさ、月宮がやったって噂あるんだよね。

 

マジ~!? あいつホモかよぉ!?

 

いや、そこまでは知らないけどさ。あいつ、小学校のときも似たようなことやってるらしいのよ。

 

あ、その噂は知ってる。月宮が女子の筆箱盗んでバラバラにしたってやつでしょ。

 

その話、結構有名だよね。でも、今回のは一味違うのよ。月宮がやったって言ってる人がいるの。

 

誰々? 池目君?

 

ううん。男子は誰もそんなことは言ってないのよ。あいつ、普段は波風立てないようにしてるから男子内では地味なヤツとしか思われてないっぽいし。人畜無害系って評判らしいわ。

 

噂を知らなければ月宮はそんな感じにも見えるけど・・・・。じゃあ誰?

 

1-Aの窓奈さん。

 

あの子か~。あの子が言ってると本当かどうかはわかんないけど、逆らいにくいよね。

 

そうね~。可愛いけど、前に池目君狙ってるって話もあったし、もしかしたら月宮に押し付けてるって線もあるよね。

 

あ、でも私月宮が怪しいって噂は聞いたことある。

 

え?私が言ったやつ?

 

違う違うそういう噂じゃなくてさ。最近あいつの周りを調べてた子が言ってたんだけど、あいつの周り、なんか変なんだって。

 

変? 変って何が?

 

月宮の近くにいるとさ、急に冬みたいに寒くなることがあるんだって。

 

冬って、今もう5月じゃん。

 

そうなんだけどさ、それでもものすごい寒い時があるらしいのよ。他にも、あいつの近くでいきなり物が動いたり、濡れている時もあるんだって。

 

うわ~、マジの怪奇現象ってヤツ?

 

そんな感じだよね~

 

でも、そういう話聞くと池目君のこともなんかあったんじゃないかって思っちゃうな。

 

マジで月宮のせいだったり?

 

それか、月宮の近くにいるユーレイとか?

 

なんか、こういう噂があると結構怖いよね・・・・

 

うん。でもさ、なんかワクワクしない?

 

わかる!!ちょっと面白そうだよね!!

 

それじゃ、もうちょっとこの話いろんな子に聞いてみようよ。

 

じゃあ、私お菓子買って来るね。知り合いの家で集まろ?

 

うん。

 

 

 

 

とある中学生女子の噂より・続

 

 

-----------

 

「はぁ~、失敗したな」

 

 夕陽が差し込む中、僕は思わず口に出して愚痴を言った。

 

「まさか、あの小さいのが持っていたのが池目君の私物いれだったとは・・・」

 

 ここ最近、自分のことで妙な噂が流れているのは知っていた。いい加減うんざりするが、噂なんてそのうち止むだろうと思っていたが、今回のは少し質が悪い。

 自分にはホモ趣味はないし、なにより人の物を勝手に取るなんてのは良くないことだというのは子供でも知っている。僕が何の理由もなしにそんなルール違反をすると思われているのなら、少し心外である。

 

「久路人よ。あの袋を持ち出したのはそこらにいた小物だが、その池目とかいうやつの私物を集めたのは恐らくあの女だぞ」

 

 そこで、雫が携帯を弄って文字を打ってくる。

 どうでもいいが、雫が首に巻き付いていると今の時期はちょっとひんやりして気持ちいい。

 

「僕もそこは怪しいと思うけど、証拠はないよ。それに他のみんなからすれば、「たまたま窓奈さんの机の近くに落ちていた私物入れを拾ったら池目君のだったけど、僕は取ってません。窓奈さんが犯人です」なんて僕が言っても信じてくれないよ」

「だが、だからと言って久路人がその窓なんとかいう女の呼び出しに答える必要はないだろう!!」

「こういうのって、無視すると余計に面倒なことになるんだよ。先生に言っても完璧に対応できるとはちょっと思えないし」

 

 さて、今の状況を整理しよう。

 まず、最近の噂にうんざりしつつ、放課後に眠りが浅いせいでうつらうつらしていた僕は、なにやらデフォルメされた小人みたいなモノがクラスでも可愛いと評判の窓奈さんの机の中から何かを運び出しているのを見つけたのだ。

 小学校の頃は妙な場所に隠された後に場所を教えたせいで面倒なことになったので、どこかに隠される前に抑えてしまおうと思い、その布袋を手に取った。

 だが、その小人がしがみついたせいで、袋が破れてしまったのだ。

 そこに窓奈さんが部活から帰ってきて目撃されたという流れだ。

 窓奈さんはそれはもうすごい剣幕で僕を怒鳴りつけ、「1時間後に裏庭に来い!!」と言い残してこちらの返事も聞かずに走り去ってしまった。

 ここで呼び出しに答えなかった場合、クラスカーストトップの彼女にあることないこと言われたらかなり面倒なことになるだろう。少なくとも、妖怪の見えない窓奈さんから見れば僕が彼女の持ち物を壊したのは事実なのだ。それを言われるだけでもこれからの学校生活が過ごしにくくなるのは間違いない。

 

「久路人、初めに言っておくが、もしもあの女が久路人に手を上げるようなら・・・・」

「ダメダメ。それこそもっと面倒なことになるって。心配しなくても大丈夫だよ。女子中学生なんて、こっちの話を聞かないで襲ってくる妖怪に比べたら楽なもんだよ」

「しかし・・・・」

 

 雫はなおも渋っているようだが、先ほどのセリフは僕の本心である。

 

 ここ数年、たびたび妖怪に襲われることがあったが、こちらが警告をしても構わずに向かってきて、雫によって氷漬けにされたり全身を水で破裂させられたりしてきたのだ。

 おじさんとの修行もあって、僕も「術」と呼べるものが使えるようにはなっているし、何よりも雫がいるから安全ではあるが、妖怪はルールを破ってこちらの命を狙ってくるのだ。

 それに比べれば単なる女子中学生のやることなどたかが知れている。

 

「窓奈さんが盗んだ証拠でもあれば話は別なんだけど、そうじゃないなら僕が何を言ってもそれは真実じゃない。それじゃダメだよ」

「証拠とは言うが、京ならば・・・」

「こんな下らないことで異能の力をおじさんに使わせちゃダメでしょ」

 

 暗黙の了解ではあるが、異能者の中にも一応のルールはあり、その中で、一般人にはやむを得ない場合を除いて異能の力を使わないというものがある。

 大昔に魔法使いが貼った結界の保持が根幹にあるらしいが、こんなことでそんなルールを破らせるのは申し訳ない。

 

「まあ、僕もこういう時に備えてボイスレコーダーは誕生日プレゼントに買ってもらってあるから、不当になにかされるならそれでなんとかするよ」

 

 僕は常識とかマナーとかルールとか、そういった「もめ事なく平和に過ごすための規則」というものは絶対に守られるべきだと思っている。

 逆に言うと、そういった規則を破って危害を与えてくる連中に容赦をしてやるつもりはない。同レベルの反撃でしっかり痛み返しをしてやる。

 

「誕生日プレゼントにボイスレコーダーをねだる子供とは・・・・」

「ちゃんと欲しかったゲームも買ってもらったよ。なぜか剣版だけじゃなくて盾版ももらっちゃったけど」

「むう、そのゲームは妾には操作できん・・・」

「そうは言っても、僕がプレイしてたら雫も楽しそうにあれこれ言ってくるじゃない」

「楽しそうだからプレイできないのが嫌なのだ!!」

 

 そんな風にこれから先の憂鬱なことを考えないように話しながら歩いていた時だ。

 

 

「む!!」

「あれ?」

 

 

 急に、空気が冷え込んだ。

 

 

「これは・・・・どこかで穴が?」

 

 最近は、僕の力の増大が著しいらしく、度々穴が空くことがあった。ただ、そういう場合でも僕の近くに空くのが普通なのだが・・・・

 

「少し遠いみたいだね」

「もしかすると、久路人が原因ではないのかもしれんな」

 

 しかし、そうなると面倒だ。

 近くで穴が空いたのならばすぐに向かって、おじさんかメアさんが来るまで待っていることもできるのだが。

 

「雫、悪いんだけどちょっと見てきてくれない? 家よりもここからの方が近いみたいだし、穴から妖怪が散らばってきたら遠くに行く前に倒しておきたいし」

「なっ!? 妾に久路人の傍を離れろと言うのか!? 嫌だ!!断じて認めぬ!!」

「でも、今からの呼び出しをサボっても面倒だし、たくさん妖怪に出てこられるのも嫌だよ。今のところ大した気配はしないから、出てくる前に何とかしておいた方がいいよね。それに、僕だって自衛位はできるし」

「だが・・・・」

「頼むよ。この通り!!」

 

 僕は首から離れ、宙に浮く雫に頭を下げた。

 

「ぬぅぅ・・・・」

「帰ったら、久しぶりに雫の好きな遊びに付き合うからさ」

 

 僕は続けて畳みかける。まあ、これは最近のストレスを発散したいという僕の欲求もあるが。

 

「・・・・わかった。ただし、京かメアが穴を塞いだら、出てきた連中の狩りはやつらに任せてすぐに戻って来るからな」

「それで大丈夫だよ」

「では、気を付けるのだぞ」

 

 そう言うと、雫はすごいスピードで窓をすり抜けて飛んで行った。

 

「ある意味ラッキーだったかな」

 

 僕は雫を見送ると、安どしたように息をついた。

 雫に言ってもらったのは、穴のこともあるが、これからのことを雫に見られたくないというのもあったからだ。

 

「雫が暴走したら大変なことになりそうだし、それに・・・・」

 

 僕も男だ。

 雫の前で女子になじられるようなところは見せたくなかった。

 

 

-----------

 

「人の持ち物漁って破くとかさ、アンタ自分がキモイと思わないの? しかも、関係ない池目君の物まで取るなんてマジで最低なんだけど」

 

 久路人が通う中学校の周りは少し小高い丘の上にあり、裏庭は校舎側を除いて林に囲まれており、人気が少ないところだった。

 そのため、人に見られたくないようなことを行う時にひっそりと使われることがあるという噂だ。

 まさしく、今がその状況だろう。

 

「信じてもらえるとは思わないけど、池目君の持ち物については僕じゃ・・・」

「お前に聞いてない!!」

 

 久路人が裏庭に着いたとき、そこには窓奈以外にも、彼女の取り巻きが数人いた。

 久路人が裏庭の中ほどまで歩いてくると、久路人を取り囲むように移動する。

 

「今マナちゃんが話してんだろ!!」

「お前は黙って聞いとけよ陰キャ!!」

「・・・・」

 

 久路人は内心で「ギャーギャーうるさいなぁ」と思いつつも顔に出さずに押し黙った。

 ちなみに、マナちゃんとは窓奈の愛称だ。

 

「んで、月宮はどうやって私らに謝るつもりなわけ?」

「どうやって?」

 

 ひとしきり騒いだ後、窓奈はニヤニヤと笑みを浮かべながら久路人に聞いた。

 

「はぁ~?アンタマジで馬鹿なの? 私の持ち物壊したことと、池目君のことがあるじゃん。どうやって償う気なのって聞いてんの!!」

「それは、その、すみませんでした。袋については弁償します」

 

 久路人はそこで頭を下げて謝った。

 久路人にとって、袋を破いたことは自分がやったようなものであり、謝って弁償することは筋だろうと思ったからである。

 

「それで謝ってるつもりなわけ?」

「土下座しろよ、土下座!!」

 

 だが、久路人の謝罪は伝わらなかったようだ。

 相手はクラスでも目立たない男子一人。それに対してこちらはクラスでも上位の女子をリーダーに据えた集団。

 明確な力関係があることが、彼女たちに優越感を与えていた。

 

「・・・・・」

 

 久路人は少しの間考えた。

 彼女らの言うことを聞いて土下座することのメリットとデメリットを。

 ここで調子に乗らせれば、ボロを出すかもしれない。だが、あまり恥をさらすようなことをしては面倒だ。さて、どうしようと考えていた時だった。

 

「いいから土下座しろって言ってんだよ!!」

 

 久路人の後ろにいた取り巻きの一人が、久路人の足を蹴りつけようとしてきた。

 

「・・・!!」

 

 後ろにいることには気づいていたし、蹴りを食らわせようとしてきたことも察知できた。

 しかし、普段のメアとの組手の癖で、反射的に反撃しそうになり・・・・

 

「くぅっ!!」

 

 結果、反撃を出そうとした自分の動きを止めた久路人は蹴りをまともに食らい、地面に転がった。

 

「アッハハハハハハ!!! ダッセェ~!!」

「女子に蹴られて転ぶとか、雑魚すぎだろコイツ!!」

 

 癇に障る笑い声がこだまする。

 時刻がもう遅いせいもあって、その声に気付く者もいないようだった。

 

「ほら、寝っ転がってないでサッサと土下座しろよ」

 

 パシャパシャとシャッター音が鳴る。

 見れば、全員が携帯で転んだ久路人を撮っていた。

 

 目立たない、弱い、勝手に荷物を漁るようなキモイやつ、クラスの力関係もわきまえずに盾突くようなムカつくやつ。

 

 この場において、久路人は「悪」であり、彼女たちは「正義」であった。

 仮にこの中の誰かが久路人を庇おうものなら、その者も同じような目にあったに違いないが、当然のごとくそうしようとするものはいなかった。

 

「黙ってないでなんか反応しろよ!!」

「っ!?」

 

 ここに来るまでに買っていたのだろうか。

 清涼飲料水のペットボトルの中身がぶちまけられた。

 久路人の服に付いていた砂にかかり、泥になってシャツにしみ込んでいく。

 だが、久路人はやり返せなかった。自分は今までメアとしか組手をしておらず、正確な手加減ができるかわからない。何より、反撃するところを撮られでもしたら言い訳もできない。

 胸ポケットに仕込んだレコーダーのスイッチは付いている。後はこのままこの品性の汚い連中のセリフを録音してやればいい。

 久路人はそう考えた。

 

「いや、ここまで何もないともう笑えるの通り越してキモイよね」

「うんうん。本当にこんなダサい男子って現実にいたんだね~」

 

 人間の中には、自分たちが「正義」であり、「悪」からの反撃が来ない場合、どこまでも残酷になれる人種がいる。不運なことに、彼女らはそういう人種だったようだ。

 

「そもそもさあ、マナちゃんの荷物漁ってたところからして鳥肌立つんだけど」

「こいつ、マナちゃんのことが好きなんじゃないの?」

「うわっ!? 止めてって、本当に気持ち悪いから!!キモイじゃなくて気持ち悪い!!」

 

 久路人を取り囲んで女子たちは笑う、嗤う、哂う。

 

「いい機会だから教えてあげるけどさあ、お前みたいなキモイやつは一生ドーテーだから」

「マジで陰キャ丸出しって感じだし、女子とまともに喋ったことないんじゃないの?」

「じゃあ、私たちがコイツのドーテー奪ったことになんの? キモっ!!」

「・・・・・」

 

 元より自分の特異性を知っている久路人は、自分にそういう女性ができることなど諦めていた。

 だから、そんなセリフは大して響かなかった。

 しかし・・・・

 

「クラスでもコイツ彼女どころか友達もいないもんね~」

「ボッチ陰キャとか、ネタじゃないんだ、マジびっくり」

 

 そこで、窓奈は心底侮蔑と軽蔑を込めた眼差しで言い放った。

 

「お前みたいなヤツ相手に、友達になってくれるヤツも彼女になってくれる女もいないんだよ!! 」

「あ! でもセンス最悪で他の誰にも相手されないキモイヤツくらいなら相手してくれるかもね!!」

「コイツにお似合いのブサイクなんだろな~!!!」

 

「!!」

 

 ただただ醜く嘲笑う少女たちの無価値な言葉の中で、その言葉だけは耳に残った。

 その言葉は、その言葉だけは否定しなければいけないと思った。

 確かに自分に人間の友達はいない。だが、確かにいるのだ、自分にも友達は。

 その友達を馬鹿にするような言葉だけは無視できなかった。

 

「違う」

 

「あ? 何か言った?」

「僕には、僕にも雫が・・・・」

 

 久路人が何かを言い終わると同時に。

 

 

 裏庭を、白い霧と真冬のような冷気が包み込んだ。

 

 

 

-----------

 

 久路人の住む町の上空を、白い大蛇が泳ぐように飛んでいた。

 

「ちぃっ、思ったより時間がかかったわ」

 

 穴からは久路人が危惧したように妖怪が何匹か出てきたばかりのようで、雫はメアがやって来るまでの間に溢れた妖怪どもを八つ当たりも兼ねて四肢をもいだり氷漬けにしていた。

 しかし、穴の位置は感知したほど近くはなく、雫が到着するのも、その後にメアが駆けつけてくるまでのそこそこ時間がかかってしまったのだ。

 

「むっ、京め、こんなところにまで結界を張りおって」

 

 久路人が通う学校にも、京は秘密裏に結界を貼ってあった。

 これは雫が護衛についているとはいえ、雫が戦闘を行うと結果的に周囲に痕跡が残るからであり、戦闘そのものを避けるためのものだ。これには妖怪から内部を何の変哲もない校舎に感じるようににする効果も盛り込まれており、妖怪はその存在そのものに気づきにくくなる。

 ただし、範囲が広いためあまり綿密なモノは貼れず、小さいモノは見逃すようなザルさではあったが、そのおかげもあって雫は幼体ならば問題なく内部に侵入することができた。

 雫は止む無く姿を縮め、正門の近くに降り立った。

 

「裏庭は、あっちだったな」

 

 雫はその細長い体をくねらせ、高速で校舎を回りこんで裏庭に向かい・・・・

 

 

 

 それを見た。

 

 

 

 久路人が、人間の雌どもに囲まれて、聞くに堪えない下劣な言葉をぶつけられていた。

 

 久路人が地面に転ばされたまま、晒しものにされていた。

 

 久路人に水がぶちまけられ、嘲笑されていた。

 

 久路人はそれに何も言わず、ただひたすらに耐えていた。

 

 普段の訓練を思えば、あんな連中は簡単に蹴散らせるだろうに、無抵抗で。

 それは久路人が騒動を大きくしたくないと思っているからでもあるだろうが、その気になれば恐怖であの愚か者どもを従えることだってできるはずなのだ。

 それをしないのは久路人の中の優しさのおかげだ。

 そんな久路人の内心を踏みにじるように、あの雌どもは久路人を貶め続ける。

 

 

「・・・・・・」

 

 久路人の有様を見たその時から、雫の頭には一切の思考が消えていた。

 

「・・・・・・」

 

 代わりにその身にあるのは、頭が凍り付いたように冷めていく感覚と・・・・

 

「・・・・・・」

 

 胸の中を焦がしつくすような灼熱のナニカだった。

 

「・・・・・・」

 

 その二つに支配され、雫はしばしの間動くことができなかった。

 そのまま雫は動くこともできず、茫然と久路人が嬲られる様を眺めていたが・・・・

 

 その言葉を聞いた瞬間、荒れ狂っていた二つの感覚は一つの方向にまとまり始める。

 

 

「お前みたいなヤツ相手に、友達になってくれるヤツも彼女になってくれる女もいないんだよ!!」

 

 

 その後にも何か言っていたが、それは意味をなさない音として雫の脳を素通りしていく。

 そのやっと稼働した脳にあるのは、純粋な願いだ。

 

 かつての大妖怪としてのプライドも、人間との恋路にある障害の多さへの絶望も、たった一人の少年に拒絶されることの恐怖も、友人という関係で現状を維持しようとする諦観も剥がれ落ちた。

 それは原初の感情。

 

 

 腕が欲しい。 あいつらを殴り殺すために。

 

 足が欲しい  あいつらを蹴り殺すために。

 

 髪が欲しい  あいつらを絞め殺せるように。

 

 歯が欲しい、爪が欲しい。 あいつらの中をえぐり取れるように指も欲しい。

 

 あいつらの血の色がもっとわかるように、よく見える目が欲しい。

 

 あいつらの怯える声がもっと聞こえるように、よく聞こえる耳が欲しい。

 

 欲しい欲しいほしいほしいほしいホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイ

 ホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 ああ、だが何よりも

 

 そう、何よりも

 

 

「欲しい」

 

 

 己の魂を、心の内を放つための「声」が欲しい。

 

 ただ暴力を振るうだけでは解放しきれない。

 

 この胸にたぎる怒りを、伝えられるだけの声を望んだ。

 

 久路人を好きになる女がいない?

 

 ならば、ここにいる自分をどう説明する?

 

 お前のような餓鬼が何を言おうが、自分はここにいる。

 

 自分のこの怒りを知らずに、死んでいくことなど許さない。

 

 ザワリと雫の中の何かが蠢いて、その形を変えようとする。

 心の中にある純粋な願いに呼応し、それにふさわしい化物へと姿を変えようとしたその時だ。

 

 

 

「違う」

 

 

 

「・・・・!!」

 

 その声は小さかった。

 

 しかし、雫は絶対に聞き漏らさない。聞き間違えることはない。

 

 

 なぜならば、その人の声は、その人は・・・・・

 

 

「僕には、僕にも雫がいる!!」

 

 

 

 「私」が好きな人の声だから

 

 

 

 刹那、雫の願いは元の形を残しつつ変貌する。

 

 愛する人の敵を殺すためのものはそのままに。

 

 愛する人を庇えるように、守れるように、慰められるように。

 

 愛する人に、自分の気持ちを言葉に乗せて伝えられるように。

 

 狂おしいほどの憎悪と溢れんばかりの恋慕が混ざりあって行く。

 

 

 

 裏庭を、白い霧と真冬のような冷気が包み込んだ。

 

 

-----------

 

 突然、周りを白い霧と、恐ろしいまでの冷気が包み込んだ。

 

「ね、ねえ、これなんだよ!?」

「し、知らない!! おい、月宮!! これは・・・・」

 

 それまで久路人を囲んで悦に浸っていた女子たちが突然の変化に驚いたように周りを見回した。

 

 その直後だった。

 

 

「人間の雌餓鬼ごときが、妾の久路人に何をしている?」

 

 

 美しい声だった。しかし、その声には氷柱のような鋭さと冷たさが宿っていた。

 白い霧を切り裂くように、冷気とともにその声の主は現れる。

 少女たちは、人知を超えた現象とその寒さの余り、思わずへたり込んでいた。

 

 

「ん? どうした? そのように汚らしく小便を漏らしながら震えて。まあ、貴様らのような腐った連中にはお似合いの様だがな」

 

 美しい少女だった。

 年のころは久路人と同じくらいだろうか。

 霧のように白い着物を身にまとい、腰まで伸びる艶やかな髪は光を受けて銀色に輝く。

 その顔はまるで巨匠が長年かけて削って拵えた彫像のごとく整い、肌も雪のように抜けるような白さだ。

 ややツリ目がちの瞳は紅玉のように紅く、同性であっても思わず見とれるほどであったが、その色とは裏腹に恐ろしく冷たい輝きを宿していた。

 

「「「「「あ、あ、ああああああ!?」」」」」

 

 その瞳に睨まれた瞬間、少女たちの瞳はあまりの冷気に凍り付いた。

 

「久路人のような宝石と、貴様らのような屑石の見分けもできん目玉なぞ、凍って腐り落ちても構わんよなぁ? しばらく、そこで大人しくしておれ」

 

 

 そこで、塵を見る目をしていた白い少女は囲まれていた少年の元に歩み寄る。

 その紅い瞳は先ほどまでの冷たさが嘘のように慈愛に満ち溢れ、熱く潤んでいた。

 

「やっと・・・」

 

 さきほどの冷たい声からは想像もできないほど、優しく、それでいて粘つくマグマのような熱を秘めた声で語りかけた。

 

「やっと、やっと、あなたとこうやって話せる・・・」

 

「君は、いや、お前は・・・・」

 

 久路人は何かを言おうとしたが、それを遮るように、少女は驚きに目を見開く少年を抱きしめる。

 

「ごめんね、久路人。 寒いよね? 辛かったよね? 鬱陶しかったよね?」

 

 ぎゅっと、力を込めて少女は抱き着いてくるが、その体温は冷たかった。

 しかし、さきほどまで罵詈雑言の中にいた久路人の心には、そのわずかな熱ですらとても温かく感じられる。

 薄く香る花のような匂いが、久路人を癒していった。

 

「・・・・お前は」

 

 久路人は、少女に抱きしめられた驚きと、恥ずかしさに声を震わせながらも口を開いく。

 なぜか、自然と驚くことなく、自分を抱きしめる少女の名前がわかった。

 

「お前は、雫、だよね?」

「ふふ、やっぱり久路人にはわかるんだね」

 

 抱きしめられていて顔は見えないが、少女が、雫が柔らかく笑ったのは分った。

 空気の温度が、少し上がった気がしたのだ。

 

「え? そりゃあ、分かるけど・・・・あれ、なんでわかったんだろ?」

 

 考えてみても、少女を雫だと認識できた理由がわからなかったのか、久路人は不思議そうに首をひねる。

 雫には、そんな久路人のすべてが愛おしかった。

 

 久路人の声が、ただの音ではなく、これまでよりもずっと鮮明に「声」として聞こえる。

 

 文字盤を介することなく、自分の声をそのまま久路人に聞いてもらえる。

 

 久路人の「香り」が分かる、顔がよく見える、感触がわかる、体温を肌で感じられる、抱き合うことができる。

 

 久路人が今の自分を雫だとわかってくれたことが嬉しくてたまらない。

 

「本当に、なんでわかったんだろう・・・・こんなに綺麗な子になってるのに」

「え!? 本当!? 「私」、久路人から見て可愛く見えるの!?」

 

 思わず、といった具合にポロリとこぼれ出た久路人の言葉を、雫が聞き漏らすはずはなかった。

 獲物に食いつく蛇のごとく、久路人に抱き着く力を強めながら問いかける。

 

「え、うん。あ、でも可愛いっていうより綺麗って感じだな。というか、今私って・・・・いや、それより雫、もうちょっと力を・・・・」

「ふふ、そっかぁ~!! フフ、フフフ、フフフフフフ~そっかそっかぁ~!! あ! じゃあ、声は? あ、あ、あ~・・・・変じゃない?」

「いや、声もきれいだと思・・・・雫、そろそろ、雫? 聞いてる?」

「フフ、アハハ、アハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」

 

 あふれ出る喜びを抑えられないかのように、満面の笑みを浮かべながら久路人を抱く力を強める。

 

「ちょっ!? ギブギブギブギブ!!!」

 

 バシバシと久路人が肩を叩いてくるが、それすらも心地よい。

 

 正直、さっきまではとにかく人の姿になりたいとしか思っていなかったので、姿についてはほとんどイメージしていなかった。

 久路人を見た瞬間に「抱きしめたい」という欲求がマグマのように湧いてきたのでそれに従ったが、自分の容姿について久路人からどう見えるかには不安があったのだ。

 だが、今しがたその不安は他ならぬ久路人によって取り払われた。

 自分の声も聞いてもらって、綺麗だと言ってもらえた。

 これで後は、心置きなく久路人の感触を全身で楽しむだけ・・・・・

 

 

「あああああ!!目が、目が痛い~!!!」

「・・・・・・・チっ」

 

 

 せっかくの至福の気分が台無しになるような汚い声だった。

 

 そこで、雫は名残惜しそうに久路人から身を離しつつも、倒れて転げまわる女たちの方を見た。

 その顔は裏庭に現れた時ほどではないものの、不機嫌そうに表情が歪んでいる。

 さらに、少々落ち着いて冷静に周りを見れるようになったのか、倒れている女子たちと自分の比較的(重要)起伏の少ない胸部を見比べて、もう一度忌々しそうに「チっ、肥えた豚が」と舌打ちした。

 

「お前らまだいたのか・・・・・・性根だけでなく声まで汚いとは救いようのない連中だな」

 

 パチンと雫が指を鳴らすと、彼女たちの眼の氷が溶けた。

 ちなみに、雫は某錬金術師のアニメを見て以降、密かに指パッチンに憧れがあったりする。

 

「うう・・・」

「目、目が痛い~!!」

「お、お前一体なんなだよぉ!!」

 

 

 閉ざされていた視界が開け、目の前にいる少女が明らかに人ではないことを感じながらも、彼女らはそう問わずにはいられなかった。

 

「うるさい、やかましい、黙れ。お前たちのドブ川に劣る口なんぞ開くな。不愉快だ。お前たちがしていいことは、妾の話を聞き、妾の言うことに絶対服従することのみ」

 

 心底不快そうに美しい眉をしかめつつ、雫は続けた。

 

「貴様らは心底不愉快で今すぐ殺してやりたいくらいのゴミ屑だが・・・・妾は感謝もしている。お前たちがいなければ、妾はあのまま自分の真の願いに気づくこともなかっただろうからな」

 

 雫の願い。

 

「久路人に惚れる女などいない」という言葉を聞いたときに沸き上がった否定から自覚した。

 本当は、あの夜にメアに言われたときには気づいていたこと。

 さらに過去には、あの「約束」を交わした時にはすでに自分の中にあったもの。

 

 それは、久路人を守り、その敵を排除すること。

 それは、久路人とともあり続けること。

 だが、それは友達としてではない。友達だけではとてもじゃないが満たされない。

 久路人のすべてが欲しい。独占したい。誰にも渡したくない。人間の女の子のように見てもらいたいし話したい。

 

 女として、恋人として、妻として一生を添い遂げる。

 

 それこそが雫の真の願いだ。

 

「故に、寛大な妾は今日の蛮行を見逃してやる。久路人も身近で人死にが出たら困るだろうからな。ただし・・・・」

 

 そこで雫は、紅い瞳を細めて少女たちを睨んだ。

 

「え・・・何これ熱い!?」

「イヤアアアアアアアアア!!!!?」

 

 突然、雫が睨みつけた少女たちの肌にブツブツと赤い発疹がいくつも浮かび上がったと思えば、ブツリと爆ぜた。

 少女たちの足元の地面に、汚らしいシミがいくつもできる。

 

 それは、西方にいたとされるバジリスクの「邪視」に近い。人間の姿を手に入れた雫は、単純な破壊力は劣るが、これまでにはとても扱えなかったような様々な術を使えるようになっていた。

 今の発疹は、睨んだ場所の血液の流れを異常に淀ませることでできたものだった。

 

「貴様らが今日のことを口外するようならば、その痘痕を全身に広げてやる・・・・ああ、そうだ。ここで撮っていた写真もすべて消せ。でなければ、次は顔をやる」

「は、はいいいいいいぃぃぃぃ!!!」

 

 少女たちは震える手で携帯を取り出すと、普段からは考えられない遅さでデータを消去した。

 

「フン、まあこれでいいだろう・・・何をしている? さっさと妾と久路人の前から失せろ、痴れ者が!!」

 

 そうして、霧の立ち込める裏庭からは、久路人と雫以外がいなくなった。

 雫はようやく邪魔者が消えたとばかりににこやかな笑みを浮かべながら振り返る。

 

「さ~て、あいつらの記憶の後始末については京かメアに任せるとして、お待たせ久路人!! さっきの続きを・・・・」

「・・・・・うーん」

「って、久路人ぉぉぉおおおおお!!?」

 

 そこでやっと、さっき抱きしめる力が強すぎたために久路人が気絶していたことに気が付くのであった。

 

 

 

-----------

 

 何だろう、何だかとても柔らかくて暖かいモノが頭の下にある。

 

 それが、久路人が薄ぼんやりとした意識で感じた最初の感覚だった。

 

「久路人、起きないな。ちゃんと息はしてるし、心臓も動いてるから大丈夫だよね・・・・はっ!?もしも息が止まってたら人工呼吸のチャンス!? いや、そんな不謹慎なこと考えちゃダメ!!」

 

 とても綺麗な声が聞こえる。いつまでも聞いていたいと思うような、可憐な声だ。

 

「待って、落ち着け私。今のこの状況もチャンスなんじゃあないのか? 今、久路人は眠ってる。何をしても気付かない。やる!!と決めた時にはもうすでに行動を終わらせておくべきなんじゃないのか?、私・・う~!!やっぱダメ!!セカンドやサードならともかく、ファーストはやっぱり・・・」

 

「雫?」

 

 久路人が身を起こした時、信じられないくらい美しい少女の顔が自分の目の前にあった。

 どのくらい近いと言えば、それはもう唇が触れあいそうで・・・・・

 

「わひゃあああああああ!!?」

「うわっ!?」

 

 その近すぎる距離に気づいた瞬間、雫は飼育員が突然近くに現れたレッサーパンダの如く跳びあがって、驚き、その膝の上に寝かされていた久路人は投げ出されたが、普段の鍛錬のおかげでなんとか受け身をとった。

 

「ご、ごめん、久路人。大丈夫?」

「いや、大丈夫だよ。受け身とったし」

「あ、そっか・・・よかった。あ!!それと、気絶させちゃったことも謝らなきゃ!! ごめんね、私力加減ができなくて」

「それもいいよ。雫は、僕を助けに来てくれたんだから」

「うん、ありがとう・・・・あ!!でも、今回みたいなことはもう許さないからね!! 私、もう別行動とかしないから!!!」

「わかったわかった」

 

 申し訳なさそうにする少女の顔を見たくないと思って、久路人は鷹揚に手を振って気にしていないとアピールする。

 久路人としては、そんなことよりも気になることがあった。

 

「それにしても・・・」

 

 会話をしながら、久路人は雫の顔をマジマジと見つめた。

 久路人に見つめられて雫の白い肌に淡く朱がさす。

 

「え? 何? やっぱ、顔とか変?」

「いや、顔も声も綺麗だと思うけど・・・・その喋り方は? 「私」って」

「へ?」

 

 言われて初めて気が付いたというように、雫は虚を突かれたような顔をした。

 そして、あたふたと自分の顔を指差しながら慌てる。

 どうやら、普段の喋り方と違うことに気づいていなかったようだ。

 

「あれ、私、自分のこと「私」って? あれ? く、久路人、別にこれ・・・」

「いや、いいと思うよ。なんか新鮮だし。でも、窓奈さんたちに話すときは前みたいな口調だったよね」

「う~ん・・・・私の願いのせいかなぁ?」

「雫の願い?」

「うん。とはいっても、願いの一部なんだけどね、久路人と普通の女の子みたいに話してみたいって思ってたから」

 

 人化の術は術者の効果は術者のイメージと願いに大きな影響を受ける。

 雫は姿こそイメージしておらず、いわば「素」の雫としての姿になったが、喋り方についてはモデルがあったようである。確かにそれは雫の願いの一部ではあったが、はっきりと反映されている様子を見るに、それなりに大きい願望であるらしい。

 

「一部ってことは、他に何を願ったの?」

「え、それは・・・・・」

 

 しかし、人は~の一部とか言われた他のものも気になってしまうものだ。

 久路人が問いかけるのは自然なことだろう。

 目の前の少女のことをもっと知りたいという気持ちが無自覚に久路人の中ににじみ出ていた。

 

「それはね・・・えっと、それはね・・・・・まだ言えない!!」

「え~」

 

 

 女として、恋人として、妻として一生を添い遂げる!!

 

 

 それは確かに雫の願いの根幹にあるが、雫にはまだ言えなかった。

 雫は敵には容赦ないが、久路人相手では結構ヘタレだった。

 恋する乙女はシャイなのである。

 けれども、残念そうな久路人の顔を見て、別のことなら教えてあげようと思った。

 恋する乙女は優しいのだ。

 

「今のはダメだけど、別のことなら教えてあげる。私の願いの一つはね・・・・」

「うんうん」

「久路人の敵を全部倒して、久路人を守ることだよっ!! 大丈夫!! これからは、さっきみたいなクソ人間どもからも、有象無象の妖怪からも・・・・ずっと、ず~っと私が守るから」

「なんか物騒な言い方だなぁ・・・でも、なんか懐かしいな」

「懐かしい?」

 

 雫の願いを聞いた久路人の言葉に、雫は不思議そうに首を傾げた。

 久路人はかつての光景を思い出しながら、昔のような笑みをわずかに浮かべつつ言う。それは、彼にとっても大事な思い出で、約束だ。

 

「うん、昔したよね、そんな約束」

「うん。確かにしたよ。忘れるわけない」

 

 その約束は、きっと雫が久路人を好きになるきっかけであっただろう。

 絶対に忘れられない、忘れたくない思い出だった。

 

「・・・・・・久路人、一個聞いていい?」

 

 だからこそ、雫はちゃんと確かめておきたかった。

 あの時に願った通り、人の姿になった今だからこそ。

 

「何?」

「あの約束ってさ、その、まだ、有効・・・だよね?」

 

 恐る恐るというように、久路人の顔色をうかがう。

 ちょうど霧が二人の間を通り過ぎて、その表情が見えなかったが・・・

 

 

「はぁ~~」

 

 

 久路人は常識をわかってないやつを見るような顔でため息をついた。

 

「え?なにそのため息!?」

 

 いつかのメアを彷彿とさせるようにため息をついた久路人に、思わず雫はツッこんでしまう。

 もしかして、まさか、あの約束を久路人は・・・・

 

 

「あのさ、雫には僕がそんなに冷たく見えるの?」

 

 今日にいくつも生まれた不安がそうであったように、今抱いた不安も久路人に木っ端微塵に打ち砕かれた。

 雫の心に温かいものと、久路人を疑ってしまった罪悪感が同時に湧く。

 

「そんなことないよ!!でも、それじゃあ、有効なんだね?じゃ、じゃあ、改めて言葉にして言って欲しいな」

 

 全力で久路人の言葉を否定しながらも、「しかし、せっかくここまで聞いたのならば」という衝動に突き動かされた。

 何事も、きちんとした言葉で聞きたいと思うのが乙女心というものだろう。

 

「え~?ちょっと恥ずかしいんだけど・・・・言わなきゃダメ?」

「ダメ!!」

 

 紅い目を輝かせてそう言う雫に、久路人は諦めたようにため息をつくと、顔をわずかに赤く染めながら口を開く。

 わずかに間があったのは、久路人としても照れくさかったからだが、それでも「やっぱりナシ」などとは言えなかった。

 

 

「・・僕は、僕だって、君に何かあったら必ず助けるし、守るよ。それが、約束だ」

「・・・・うん!!」

 

 少年は、やはり少女の知る少年と昔からなんの変りもない。

 期待通りの返事に喜色満面の雫は久路人に飛びつこうとして、寸前で思いとどまったかのように動きを止めた。

 

「えっと・・・」

 

 そして、さきほど願いを言いかけた時のように顔を赤くしながら、上目遣いで久路人を見る。一つ叶えてもらっても、久路人に聞いてもらいたいことが、叶えて欲しいことは次から次へと湧いてくるのだ。

 

(今日の私は、わがままだなぁ)

 

 そう自覚しながらも、止まれない。

 「人間になる」というこれまでの念願が叶ったばかりだが、だからこそ、今の雫は欲張りだった。「今ならどんなことを言っても久路人なら叶えてくれるんじゃないの?」と思ってしまうほどに。

 

「あ、あのさ、私の願いはまだまだあるんだけど、教えてあげる代わりに、叶えてもらってもいいかな?」

 

 だからこそ、言う。この人ならば叶えてくれるはずと信じて。

 

「え? まだなんかあるの? いや、別にここで僕に叶えられることなら聞くけどさ・・・・」

「本当だね? 嘘ついたら嫌だよ?」

「そんなに難しい願いなの・・・?」

「ううん、簡単だよ? 簡単簡単・・・・私の勇気が出せれば」

 

 

 最後の方は小声で聞き取れなかったから、久路人は聞き返そうとしたが・・・・

 雫はスーハースーハーと深呼吸をしてから久路人に向き直った。

 

「久路人さん!! 私と、手をつないで歩いてください!!」

 

 向き直って、まるで一世一代の告白のように、雫はそう言った。

 

 

「え? それだけ?」

 

 その気迫に満ちた雫に対して、久路人の反応はまさしく肩透かしと言う感じだったが。

 雫としては、もう少し空気を読んで欲しいものである。

 

 

「それだけって何!? 私、これでも勇気出したのに!!」

「いや、ごめんごめん。うん、それぐらいなら、いいよ」

「う~、じゃあ、繋ぐよ?」

「・・・うん」

 

 顔を若干憮然とさせたまま、依然として赤く染めながら手を差し出してくる雫にどこか自分も緊張しながら、久路人も手を差し出す。

「あれ、手汗かいてないかな?」「今服で拭うのはなしだよなぁ」などと取り留めもないことが頭に浮かんでは消えていった。

 そして、一人の少年と一匹の蛇、否、一人の少女の手がゆっくりと触れ合い、確かに繋がれる。

 

「「・・・・えっと」」

 

 久路人の手の温かさとたくましさ。雫の手のひんやりとした心地よい冷たさと柔らかさで、心臓が爆発しそうだった。お互いの繋いだ手から、自分の心臓の音が向こうに伝わってしまうんじゃないかと思えるくらいに。

 二人の顔は照れくささで朱色に染まり、気まずさを振り払うように何か言おうとすれば、それも同時に口を飛び出してしまい、思わず押し黙ってしまった。

 そのときだった。

 

 

 一筋の黄金の光が霧を切り裂いて降り注いだ。

 

 

「わぁっ、きれい!!」

「まぶしいくらいだな・・・」

 

 

 それまで辺りを覆っていた霧が晴れ、初夏の夜空に浮かぶ満月が顔を出した。

 眩い月光が、二人の結ばれた手を照らし、二人はわずかの間、無言で顔を見合わせる。

 もうそこに、何を言えばいいかわからないような気まずさはなくなっていた。

 

「帰ろっか」

 

「うん」

 

 どちらからともなく、二人は歩き出した。

 満月が二人を祝福するかのように照らし、二人の背後には長い影が伸びる。

 

「~♪」

 

「・・・・・」

 

 雫は楽しそうに鼻歌を唄い、久路人の顔にも昔のように柔らかな笑顔が浮かぶ。

 

 学校から、月宮家までの帰り道までではあるものの、二つの影は片時も離れることなく、帰り道を歩ききったのだった。

 ずっと、ずっと。

 

 

-----------

 

 

 これは、月宮久路人という祝福(のろわれ)された人間と、水無月雫という妖怪のお話。

 少年が、白蛇の化身と出会った物語である。

 

 

 

 




 一番最後の手をつないで歩くところのBGMイメージは、ゆずソフト様「サノバウィッチ」の紬ルートED「スカート」

 ちなみに池目君は中身もイケメンなので、後日に久路人が事情を話して私物を返したら、「悪い、俺のせいで嫌な目に合わせちゃったな・・」とコンビニで唐揚げ棒を奢ってあげてます。久路人は雫と半分ずつ分けて食べました。


 さて、前日譚は実はここまでにしようと思っていたのですが、皆様のこの身に余る反響もあり、もうちょっと書こうかなと思います。久路人が高校生に上がった後の話ですね。
 私からすると、雫のヤンデレベルはまだ低いです。
 巷では、純愛ゲーのヒロインだろうとファンアートでNTRや凌辱がゴロゴロしており、脳を破壊される者が後を絶ちません。
 どんな関係にも唐突に終わりや別れが訪れる可能性はある。もしくは、自分のいる位置に他の誰かがもしも座っていたら?と考えることもあるでしょう。
 というわけで、次からのお話は「雫が久路人を人間卒業させようと決意するお話」です。

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