白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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やべぇ、何でこんなに長くなってしまったんだ・・・・
とりあえず、これで本当に中学生編は終了です。

書きたかった京の内心も少し書けたから満足したぜ・・・
基本、京は見た目チャラ男ですが、めっちゃいい人で、異能者にしては大変珍しいことに人間ができてます。


あと、エロ系は色々怖いのと、拒否反応示しそうな方もいるよな・・・と思うので、これからは控えようと思います。


白蛇と彼の一日(中学生編・夜の部・後半)

 ドタドタと廊下を走る音が響いた。

 それに追従するようにドォン!!!とかガタァン!!というトラップの発動する音が聞こえるが、走り回る足音は一向に途絶える様子はない。

 後でトラップの強化しとくかと、京は思った。

 

「京ぅ~!!ここにいたかぁああああああ!!!」

 

 そして、ついに目的の人物がいる場所を察知したのか、バタァアアン!!!と全力でドアを開けるとともに雫が部屋の中に突っ込んできた。

 

「お前夜中にドタバタうるせーんだよ。近所迷惑考えろや」

「月宮家の防音設備、および隣家との距離を考えれば、この程度の騒音は問題ないかと」

 

 居間でニュースを見ていた京が雫に説教しようとするが、ソファのすぐ隣に座っていた己の護衛に自分の意見を速攻封殺されていた。

 月宮家の設備を語るときのメアは、いつも微妙にドヤ顔だ。

 

「ええい!!そんなことはどうでもよい!!それよりも、久路人の部屋に行くルートの罠が朝とはまるで別モノではないか!!あれはどういうことだ!!!久路人の部屋に侵入できないではないか!!」

 

 瞳を紅くギラつかせ、凄まじい剣幕で吠える。

 そう、先ほど明日の下見を兼ねて罠を潜り抜けて久路人の部屋に行くルートを確認しようと思ったのだが、朝とは全く違う構成になっていた上に、封印部屋から居間にあるトラップとは桁違いの殺傷力のある罠に変えられていたのだ。

 「さては、自分と久路人の仲を引き裂くつもりか!!」と文句を言いに来たのだが・・・

 

「おいメア、ストーカーが堂々と「お前の家の警備厳重すぎ。もっと私に気持ちよくストーキングさせろ」とか言ってんぞ。盗人猛々しいとかいうレベルじゃねーな」

「月宮家は我が子同然。警備システムも随一です。そんな我が子が素晴らしさのあまり嫉妬の念を抱かれるのはもうこの世の真理であって・・・」

「いや、ちげーよ」

 

 「まったく、俺の作品の話になるといつも早口だよな」と京が呆れた視線を送っていると、

 

「貴様らいつまでコントをやっているのだ!!!質問に答えろぉおおおお!!!」

 

 自分をスルーして屋敷の自慢を始め、それにツッコミを入れる京を見て、いい加減堪忍袋の緒が切れそうなのか、雫は猛烈な冷気を放出し始めた。

「ちとふざけすぎたか」と京も面倒くさそうに雫に向き直る。今は6月で涼しいのは歓迎だが、寒いのは嫌だった。

 

「あのなぁ、考えても見ろよ。久路人は思春期男子だぞ? 一人にさせておいた方がいいこともあるんだよ」

「久路人様に自分の自慰行為を公開したがるような特殊な趣味はございません。雫様とて、ご自分の部屋に突然久路人様が入ってくるようなことがあったら困ることもあるのでは?」

「うっ!? そ、それは・・・」

 

 「あん?」と京が不思議そうな顔をする中、メアは思わぬ急所を突かれて反撃にうろたえる雫に意味深な視線を送る。このあたりは、自動人形とはいえ男性と女性の勘の鋭さの違いもあるのだろう。

 「だがまあ、ともかく」と京はどこか気まずそうな二人を見つつ言葉を切って、それまでのどこか軽薄な雰囲気を消してから雫を見やる。

 

「万が一ってこともあるからな・・・・お前と久路人の契約、緩んできてるだろ」

「・・なんだと」

 

 久路人と雫の間に結ばれた契約は、「雫は久路人が死ぬまで護衛をする代わりに、久路人から霊力を受け取る」というものだ。

 これに追加の条件として、

 

 一つ、久路人、京、メアの3人を不当に傷つけない。

 一つ、雫は契約の破棄のために第三者に上記3名の殺害を促してはいけない。

 一つ、「可能な限り」、一般人は傷つけない

 

 の3つがある。

 当然の条件として、これらが順守されている限り、久路人、京、メアも不当に雫を害することはできない。

 だが、この契約は久路人と雫の間に京が術者として入って結んだ契約だ。

 雫がかつての力を取り戻して、さらに力を高めるにつれて、久路人の内に溢れる力がさらに勢いを増すにつれて、段々と術者である京が縛れるレベルを越えつつあるのだ。

 

 「3人を傷つけない」という縛りについて、ここ最近行われているトレーニングは久路人も雫も合意の上かつ、雫に敵意がないため契約は発動しない。もっとも、その最中に雫が悪意を持って攻撃しようとすれば、その時点で雫は身を割かれるような激痛を味わうことだろうが、雫が悪意を向けているのは久路人の衣服にのみなのでやはり発動しない。

 だが、最近にあった久路人をイジメていた連中に対する仕打ちは別だ。

 確かに悪質な行動ではあり、雫が暴力を以て解決したことには京も何も言わなかったが、それでもそれは、「可能な限り」の範囲を逸脱していたことに間違いはない。あの程度の連中相手なら、さっきのように冷気を出して脅かしてやるくらいで充分だったからだ。

 他にも、メアが雫に京を侮辱されたときに攻撃できたこともそうだ。

 そしてもちろん、京も、メアも、雫も契約の綻びに気付いていた。

 

 だからこそ、その京の言葉は雫には見逃せなかった。

 

「もしや貴様は、妾が万が一にも久路人を害すると、そう言いたいのか・・・・?」

 

 それまでのどこか愛嬌のあった怒りとは違う、凍り付いた刃のような殺気が雫から溢れる。

 その目にはさきほどまでの輝きが失せ、ドロリとした闇が渦巻いていた。

 

「・・・・・・」

 

 殺気の質から、京の危機を察したのか、メアが京を庇うように前に出る。

 メアの眼は元々感情が希薄だが、今の眼は完全に人形のソレだ。

 雫は、メアならば京のためであるのなら、それまで笑いながら食事を採っていた相手でも躊躇なく殺せるであろうという確信があった。

 その姿勢は、今は邪魔だが、嫌いではない。

 だって、自分も久路人のことに関するのならば、京やメアを殺すのに何の抵抗もないから。

 だが、京はメアを手で制した。

 

「技術者ってのは、「もしこうなったら、こうする」っていう想定と対策をいつも考えてなきゃいけない生き物だ。この世に絶対なんてものはねぇ。可能性って意味ならどんなことでもあり得るが・・・」

「・・・・・」

 

 雫の手に、血を凍らせて作ったかのような真っ赤な薙刀が作られる。

 続けてふざけたことを抜かすようなら、一息に首を落としてやるつもりだった。

 

「だがまあ、俺の言った万が一は、お前の考えてるのとは違うぞ」

「何?」

 

 京が口にしたのは、雫の想像とは違っていた。

 雫の殺気が緩んだのを察してか、饒舌に京は語り始める。これ以上引き延ばすのはさすがに面倒なことになると思ったのだろう。

 

「まあ、本当に万が一、億が一、兆が一くらいでお前が久路人に敵意を持つ可能性もなくはないが、それよか可能性が高い危険だな」

「・・・なんだ?勿体ぶらずにさっさと言え」

「あ~、まあな、それはな・・・・」

「?」

 

 雫としては、余計な問答に付き合うつもりはない。

 結論だけが知りたいのだが、京にしては珍しくどうにも歯切れが悪かった。

 

「端的に申し上げますと、学生でない雫様はともかく、中学生という未熟かつ資産も職もない状況で、子供を育てるのは久路人様には荷が重すぎるという懸念です」

「は?」

 

 何の話だ?

 そんな主を援護するようにメアが意見を要約するが、雫には意味が分からなかった。

 

「お前、それは色々飛躍しすぎだろ・・・・まあ、要するに万が一ガキができちまったらどうすんのかって話だな」

「は?」

 

 ガキ、子供、赤ちゃん

 雫の脳内で、瞬時にそんな言葉が駆け巡った。

 

「はぁぁあああああああああああああああああああ!!?」

 

 雫の色白の肌がタコのように真っ赤に染まる。

 手に持っていた薙刀がシュウゥウウウウと湯気を立てて消えていった。

 

「な、な、お、お前たち何を言って・・・・ガ、わ、妾と久路人のこ、こ、ここここ、子供などとぉおお!!! は、破廉恥であるぞぉぉおおおおおおおお!!!」

 

「予想通り面白い反応すんなぁ」といった感じの京の視線と「お前にだけは言われたくない」と言わんばかりのメアの呆れた視線に腹が立った。

 

「はっ!? まさか、さきほどの万が一とは、「コイツなら久路人を性的に襲いかねない!!」という意味か!?」

「いや、お前の方じゃねーから。久路人の方だよ。中学生男子の性欲舐めんな。あいつが無理やりってこともあるかもしんねーだろ」

「雫様のヘタレ具合では、逆レが成功する可能性は限りなく0に近いかと」

 

 再び雫の脳内に某名探偵アニメのごとく電流が走り、さきほどの言葉の真意を察するが、二人はあっさりとその予感を否定した。

 

「な、なんだとぉう!? な、舐めるなよ!! 妾だって本気を出せばだなぁ!!!妾だって!!」

「できんのか?」「できるんですか?」

「それはだな、それは、その、あの、わ、妾にだって、えっと・・・・」

「ほら無理なんじゃねーか」

「予想通りでございます」

「ぬぅううううううううう!!!!」

 

 それなりにプライドを傷つけられた雫が反撃に出るも、今度は2発同時反撃を食らい、あえなく沈黙する。言い返したいが、さきほどの二の舞になるだけだということは分るので、雫は何も言えなかった。

 そんな雫を見て、京は不思議に思ったかのように言う。

 

「はぁ~、部屋に不法侵入までしてんのに、何でそこまでヘタレるかね」

 

 京からすると、ここ最近の雫の行動はよくわからなかった。

 言動と行動が一致していないというか、行動があと一歩足りていないような印象を受ける。

 京とて、そのあと一歩を踏ませないようにしている側ではあるが、雫は自分の意思で足踏みしているように見えるのだ。

 

「いえ、違いますよ、鈍感朴念仁根菜類。雫様は積極的だけどヘタレているのではなく、ヘタレているから積極的なのです」

「なっ!?」

「お前、とうとう罵倒が人間に向けるのじゃなくなってきたな。んで、そりゃどういう意味・・・」

「お、おいメア!!」

 

 主の疑問に答えるべく、口を開いたメアから放たれた特大の奇襲に、雫は思わず声を上げる。

 雫は焦りながらも止めようとするが、メアは意にも介さなかった。

 

「雫様、貴方は隠せているつもりでしょうが、我々も節穴ではありません。こういったことは当事者以外の方が気付きやすいものです。遅かれ早かれ、京も気付きます」

「少なくとも、久路人に関わることなら、今朝のこともあるし、俺には知る権利と義務があるが・・・・もしかして」

 

 改めて「何かある」ということが分かれば、京の優れた頭脳は回転を始める。

 どうやら、京も雫の行動が矛盾している理由に気が付いたらしい。

 

「ああ~、そういうことか。道理で行動がちぐはぐだと思った。まあ、俺も学会で他の術師どもから聞いたことはあるわ」

 

 見ていて驚くほどグイグイと迫っているのに、直前でヘタレる。

 自分の気持ちは自覚していて、止まる気はないのに進めない。

 そして、再び久路人に向かっていく。

 確かに羞恥心もあるだろう。だが、それは雫の中にある別の感情から来るものだ。

 

「・・・なんだ、そんなに悪いか? 妾が傷つくことを恐れるのは」

 

 バレてしまったのならばしょうがない。

 不貞腐れたように、雫はそう言った。

 子供云々の話で弛緩した居間の雰囲気が再び張り詰める。

 雫の口から語られるのは、薄々自覚しながらも見ないふりをしていた内心だ。

 自分では見ないようにしていた部分を外部から指摘され、雫は自暴自棄になっていた。

 

「そうだ。そうだとも、怖いに決まっている」

 

 

-----------

 

 

 雫が人の姿になったあの日、恋心を自覚するとともに、雫の中から二つのモノが消えた。

 

 一つは、大妖怪としてのプライド。

 まあ、これはもう久路人の遊び相手を務めるようになってから段々と薄れていったが。

 あの日を境に久路人に対してそのプライドが発揮されることはもうない。

 

 一つは、諦観。

 久路人と友達でいい。などという妥協と諦めで、雫はもう縛れないし、満たされない。

 まるで底なしの穴になったかのように、雫は久路人をさらに深く求めていくことは、もう決定事項だ。

 

 だが、その代わりに背負うモノはより重さを増した。

 

 古来より、人間と人外が結ばれる逸話は多々ある。

 しかし、その中には幸せな結末で終わらない話もまた数多ある。

 常識、価値観、能力、嗜好などなど。人間と人外の恋路には、想像もできないほどの障害が待ち受けている。

 それらの壁に対する不安もその一つだ。

 だが、最大の重荷、今も雫の胸を締め上げるものはもっと別のモノ。

 

 それは恐怖。

 

 久路人に生涯を共に歩んでくれと言ったときに、断られるのが怖い。

 久路人に「やっぱり人外なんだな」と思われるのが怖い。

 久路人に疎まれるのが怖い。

 久路人の理想から少しでもズレてしまうのが怖い。

 久路人が別の誰かを選んでしまう可能性が絶対にない!!と言い切れないのが怖い。

 

「ああ、妾は恐ろしい」

 

 雫はかつて命を削りあうような環境に身を置き、生命の危機に瀕したことは何度もある。

 だから、死の恐怖、肉体的に感じられる恐怖は熟知している。

 だが、今感じている恐怖はそれらとは全くの別物だ。

 

「奪われるのはまだいい。いや、まったく良くないが、まだ耐えられる。その時は久路人のいる場所以外すべてを水底に沈め、下手人にこの世のありとあらゆる責め苦を与えて始末した後に取り戻して癒してやればよい」

 

 他の誰かに久路人が穢されたくらいで諦めるほど、雫の執着は温くない。

 だが、久路人から拒絶されたら、きっと自分は耐えられない。

 

 雫は心の底からそう思う。

 それは今まで味わってきた単純な死への恐怖とは違う。それは心の死への恐れだ。

 久路人に嫌われた時、その時雫という存在(こころ)はバラバラに壊れてしまうに違いない。

 

「そうだ。妾が久路人に迫るのは、単なる現実逃避と変わらん」

 

 諦めることなんてできない。だから前に進むしかない。

 けれど、嫌われたくない。拒絶されるのが恐ろしい。

 

 --ああ、お願いです。気付いてください。どうかどうか気付いてください。

 

 --自分の口からは怖くて言えない。だから、貴方の方から来て欲しい。

 

 --たくさんたくさん、あなたのために頑張るから、私を好きになってください。

 

 --私にできることなら何でもします。私のすべてを捧げます。だから、どうか。

 

 --お願いだから、いつか、私のことを迎えに来てください。

 

 

 その想いは、人間であっても恋をする者ならば抱くモノなのかもしれない。

 だが、自分は人外だ。

 確かに久路人は妖怪も人間も同じような視線で見ているが、長く人の社会に触れたせいか、昔に見えていた異質さは鳴りを潜めている。

 久路人は永遠に妖怪を人間のように見てくれると、一体誰が保証してくれる?

 よしんばその目線が保たれたとして、友達止まりならいざ知らず、伴侶にまで妖怪を選んでくれるのか?

 恋心が破れることの恐怖に加え、「人外だから」拒絶されるかもしれないという恐怖が合わさり、いつしか雫の心の奥底に、消えないシミのように残り続けた。

 その恐怖を忘れられるのは、久路人の近くで触れ合うか、あるいは久路人のことを想う時。羞恥心と胸の高鳴りだけが、一時の間雫に安らぎを与えていた。

 

「どうだ?妾の心を丸裸にして満足か?ん?」

「「・・・・・」」

 

 何も言わない二人を見て、雫は皮肉を込めて嗤う。

 その瞳はその口調に反して、悲しそうに潤んでいるように見えた。

 その皮肉気な物言いは、引き出した京とメアに向けているのか、それとも今まで抱えていた自分に向けているのか、雫にもわからなかった。

 

「どうした?何か言ったら・・・」

「まあ、満足ちゃあ、満足だな。わからねぇよりずっといいさ」

「ええ。雫様。貴方に謝罪とお礼を。よく話してくれました」

 

 そんな雫を見た二人は、お互いにわずかに目配せをした後に、自嘲するかのような雫を遮って口を開いた。教会で牧師が懺悔を聞いたときのように、二人は馬鹿になどしない。メアが深く腰を折ってお辞儀をすると、京も倣うかのように、「悪かったな」と頭を下げる。

 その言葉を聞いたとき、雫の心の中が少し軽くなったような気がした。溜まっていたモノをいくらか外に出せたようにも思えた。まさしく、懺悔を終えた憐れな子羊のように。

 

「お前たち・・・・」

 

 雫は意外そうに二人を見る。

 メアとは最近はそれなりに仲がいいとは思うが、京の方は単なる契約上の関係で情などないと思っていたからだ。

 

--そうか、こやつらも、妾の事情を分かってくれたのだな・・・・

 

 雫の心の中に、久路人に抱くモノとが違う温かい何かが湧いてくるのが分かった。

 今の雫にはこの正体がわかる。これは「友愛」というものだ。

 

「ならば、京。久路人の部屋に行くに道を・・・・」

「いや、それとこれとは話が別だろうが」

「ええ、その問題は雫様個人が解決すべきことであって、我々も、久路人様も関わることではございません」

「何ぃ!?」

 

 友達ならば、きっとこの願いも聞いてくれる。

 そう信じて雫は続けようとするが、信じたばかりの友人に速攻で裏切られて、雫は思わず愕然とする。

 

「ガキができたらヤバいって事情は何も変わってねーだろうが」

「そのまま逃げていても、その場しのぎにしかならないことは確定的に明らかです」

「貴様ら!!妾の悩みを何だと思っている!!妾は一体どうしろというのだ!!」

「まあ、俺としてはガキができても育てられる年齢、まあ、二十歳くらいになるまで待てってとこだな」

「ええ、ひとまず設備の方は現状維持しつつ、その間に雫様には折り合いをつけていただくのが一番かと」

「お、おう・・?」

 

 京とメアはどこまでも冷静だった。

 雫の癇癪のような噛みつきにも、ある程度具体的な答えが返ってくる。このあたりは単純な年齢でなく、経験の差だろう。

 二人の答えは端的に言えば先延ばしだが、なんとなく、「その方がいい」と雫は思った。

 今の久路人は13歳。いつまでも先の分からない間を待つのは無理だが、7年くらいならばまあ許容範囲内だろう。

 問題は・・・・

 

「しかし、折り合いをつけると言ってもどうやって・・・」

「それは雫様ご自身にしか決められないことです。私たちが何か言ったところで、それが正解になるかわかりません」

「さすがにそれは俺たちでもわかんねーな」

「むぅ、まあ、致し方ないか」

 

 あの恋心を自覚するきっかけとなった日にメアが答えてくれたように、答えが得られるかと思ったが、さすがにそれは甘えすぎかと雫は自答する。

 けれども、やはりどうしたらいいのかは、自分ではわからなかった。

 

「けどまあ・・・」

「む?」

 

 そこで、京が何かを思いついたかのようにポツリと口に出した。

 京は異能者であるが、多くの修羅場をくぐり、海千山千の人間社会暗部にいた時期もある。精神的な事柄ならば、単純に戦ってばかりいた自分よりも経験があるのだろう。

 

「心の中で何かうまくいってない、うまくいくかわからないって思う時は、とにかく成功体験をして、「前に進んでる」って形にして思うのが大事だな」

「逃げてばかりでは意味がない。「自分はこれだけ進んだのだ」という足跡を残すということですね?」

「まあ、そんなとこだ」

「目標のための足跡か・・・」

 

 それは、実に社会人らしい意見であった。雫はふと考え込む。

 自分は確かに人間の姿になってから、久路人の気を引くためにアピールしてきた。

 だがそれは、己の恐怖から目をそらすための逃避でもあった。

 「これだけのことをやった!!」と、何か目に視える形、言葉でわかる形で進めということだろう。

 ならば、ちょうど決めようと思っていたことがあった。久路人がクラスで他の男子たちと飯を食っていた時に首をもたげたことだ。

 あの時、久路人は自分のことを呼ばなかったが、他の男子たちは皆どのように女子のことを呼んでいただろうか。もしもあの時に同じモノを持っていたら、久路人は自分のことを呼んでくれたのではないだろうか。

 

「なあ、京よ。契約の時にはそのものを表す名が重要なのだろう?」

「ん?ああ、そうだが・・・・」 

「ならば妾は、名字を持とうと思う。契約の時には、そのものを表す名は具体的なモノであるのが望ましいが、久路人には月宮という名字があるのに、妾には何もなかったからな」

「そりゃあいいが、なんで今そう決めたんだ?」

 

「急に何を言い出すんだ?」と京は怪訝そうな顔をする。

 自分が今言った、「前に進んでいる」ということと関係があるのだろうか?

 不思議そうな京を見て、雫はどこか得意げに言う。

 

「決まっている。結婚もある種の契約だろう? 久路人と夫婦になるには、結婚式を挙げねばならん。そして、結婚するには戸籍がいるし、そうなったら名字は必須だ。 ここで名字を持てば、久路人と一緒になる障害が一つ減るではないか」

「道理ですね」

 

 メアの言う通り、確かに論理的な意見だった。

 小さいことかもしれないが、やらないよりはずっといい。

 

「なるほどな。んで、どんな名字にするのかは決めてんのか?久路人に考えてもらうか?」

「いや、これは妾が決める。妾が前に進んだと思う一歩目だ。妾が考えずして恰好は付かん・・・・・そうだな」

 

 直感的に、この話を始めた時には思いついていたのかもしれない。

 そうだ、ちょうど今の季節だった。

 

「うむ。「水無月」だ。今日より、妾は「水無月 雫(みなづき しずく)」。まさしく今この時期。久路人と初めて会った月の名だ」

 

 今ここに、「水無月」の字を背負う妖怪が生まれた。

 

「安直かもしんねぇが、センスは悪くないな」

「ええ。明日にでも、久路人様と契約の更新をしないといけませんね」

「む!!言っておくが、絶対に妾より先に伝えるでないぞ!!妾が伝えるのだからな!!」

 

 

 こうして、その日の夜、雫は大人しく自分の部屋に戻って眠るのだった。

 

 

 この日から、雫の積極性は、少し抑えめになった。

 少なくとも、その日に新しく仕掛けられた罠を解析して久路人の部屋に行こうとはしなくなった。

 訓練の際に久路人の脱衣を狙ったり、久路人の授業を時々妨害したりするのは変わらなかったが、血を飲んだ後にはなるべく我慢をするようにもなった。

 自分が逃げる方向に進んでいるのか、それとも前に進んでいるのか? そのことを意識するだけでも、雫にとってためになったのだ。

 

 余談ではあるが、翌朝に雫が、「唐突だけどね、私、これから「水無月」って名字にしようと思うの」と言ったときのこと。

 その日はちょうど梅雨に入ったらしく、霧雨の降る朝だった。

 窓ガラスについた雨の「しずく」を見ながら・・・

 

「そういえば、ちょうど今の時期だったもんね。お前に会ったのは」

 

 昔を懐かしむように微笑みながら、久路人は雫と同じことを返したのだった。

 

 

-----------

 

 さて、これは本当に余談だ。

 雫が名字を決め、「絶対に先に言うなよ!!いいか、絶対にだからな!!」と「それはフリなのか?」と疑いたくなるようなことを言って自室に戻った後のことだ。

 

 

「反対はしないのですね」

「あん?」

 

 雫が居間に来る前の同じように、ニュースを見始めた隣で、同じく視線をテレビに向けながらメアはそう言った。

 

「いえ、雫様のことです。雫様が久路人様に懸想をして、将来は結婚のことまで考えているのに、それに反対しないのですね?と」

 

 雫も察していたことだが、人間と人外の結婚というのは人間同士のそれよりもはるかに障害が多い。

 隣に座る己の主は、その一見軽薄に見える外見とは裏腹に情に厚く、特に甥である久路人のことは目にかけている。

 そんな甥に困難な道を歩ませることになってもよいのか?とメアは疑問に思ったのだった。

 

「まあ、俺としても思うところがないわけじゃなかったが・・・・ここ数年見て、最近の人化を成功させた後のことを観察してりゃ、久路人の相手は雫が一番ってのはわかんだろ。あそこまで、「血」じゃなくて久路人本人を見てやれる女が何人いるか。余計なしがらみがないってのは高ポイントだ」

 

 「久路人も脈なしじゃなさそうだしな」と続ける。

 こういった色恋沙汰は、当事者よりもその周囲の方が察しが付くものだ。

 

「とりあえず、火向(ひむかい)霧間(きりま)が出してた許嫁の話はお茶濁しとくわ」

「・・・断るとは言わないのですね」

「雫にも言ったろ。いざという時の保険は残しときたいんだよ」

 

 火向も霧間も、日本有数の霊能者の名家だ。

 久路人の価値というのは、本人が思う以上に高い。

 妖怪をおびき寄せるのは、うまく使えば撒き餌として有効、その血は強力な術の触媒になり、身に秘める異能も人間としては破格である。

 久路人には言えないが、京も一魔術師として、久路人の霊力を密かに回収して術具の開発や動力源に利用したりもしている。京が久路人を匿う理由の一つだ。

 今は世界中の霊能者、魔術師の集まりである「学会」の幹部メンバー、「七賢」の内、「巨匠」の異名を持ち、「序列三位」である京の庇護下にあるために余計な干渉をしてくる者はいないが、そうでなければ泥沼の争いが起きていた可能性が高い。

 

「雫様にバレたら、事ですよ」

「わかってるよ。今の雫は「神格」に届く手前にいるくらいのバケモンだが・・・お前ならどうにかできるさ」

「はあ・・・せっかく大事にお手入れしている我が子たちが何本か犠牲になりそうですね」

「まあ、そもそもバレなきゃいいさ。バレないうちにさっさとくっついてもらった方が色々楽だな。あの年でガキがデキて、そこからなし崩しにってのはさすがに色々アレだからしょうがないけどよ」

 

 二人の間にあるのは、絶対の自信だ。

 仮に雫と敵対することになっても、それなりに手痛いダメージは負うだろうが、勝てるという確信が二人にはあった。

 

「しかし、本当に久路人はいい拾い物したもんだよ。最初は体のいい護衛兼「受け皿」になればいいとしか思わなかったが、まさか嫁を拾ってくるとは」 

「まさに蛇女房ですね。ですが、本当によろしいのですね?」

「ああ。正直久路人は相手が妖怪でも人間でも大して苦労に変わりはないだろうよ。だったら、あいつを守れる上に、心から支えてやれる雫が一番だ」

 

 

 兄貴でも、同じ判断をするだろうさ。

 

 

 京は遠くを見るようにそう呟いた。

 

「・・・・・・」

 

 京は思い出す。

 兄は、久路人の父親は異能を除けばいたって普通の人だった。

 弟であり、幼いころから「神童」として術具師の才能を発揮していた京にも優しく、京も兄のことは他の一族の俗物どもと違って好きだった。

 普通の家に生まれていれば、普通に学校に通い、普通に友達を作って、普通に仕事について、普通に結婚して、そして老衰で孫に見守られながら死んでいく。

 そんな生き方ができるはずの人だった。

 その身に宿る、久路人と同じような血さえ流れていなければ。

 

「兄貴は、最期には自分の異能に体が耐えられなかった。だから、兄貴よりも何倍も強い力の久路人には、小さいころから余剰の霊力を溜める受け皿が必要だった。それだけだったのにな」

 

 兄は、異能第一主義とも言える月宮家に嫌気がさし、後年の京と同じく家を飛び出した。

 京ともたびたび連絡を取って封印の護符を作ってやったりもした。久路人が持っている護符のノウハウは、兄に渡した護符によって培われたものだ。

 そして、兄は異能の血族ではない、普通の女性と恋に落ち、久路人をもうけた。

 一族の連中が強い異能を得るために方々の霊能者の血を取り込んでいたというのに、歴史上でも初代月宮に並ぶであろう逸材が、普通の女から生まれてきたのは、なんと皮肉なことだろうか。

 だが、そんな兄の最期は、自分たちの家族を襲った妖怪を撃退するために異能を使った時、封印に押さえつけられていた力が暴発し、妻もろとも亡くなった。本来ならば、封印の護符を使っていたからといって、そのようなことはありえない。「本能が、この異能は扱えないと判断し、より魂の奥底に封じ込めようとしたのでしょう。貴方が気に病むことではありませんよ。むしろ、こんな時期にこちらに貴方を呼び戻したことを心から謝罪いたします」と頭を下げたのは、「第一ノ七賢」、「魔人」である。

 ロンドンから帰って、崩れた家の前で茫然としていた京の前に、メアが奇跡的に瓦礫の隙間にいて助かっていた久路人を連れてきたとき、京は決意した。

 

「兄貴を殺したのは、俺みたいなもんだ。だから、俺はその罪滅ぼしとして、必ず兄貴の残した久路人を幸せになるように育て上げる。んで、久路人の寄る辺に雫が一番なら、二人が結ばれるように立ち回るさ」

 

「・・・・・」

 

 そう言う京の瞳は強い意志に満ちていたが、長年連れ添っていたメアには分かる。

 京の心は、今も自分を責め続けていると。

 メアは思わずその手を伸ばして、京の手を握ろうとするが、思いとどまる。

 

 自分から京に触れようと思う時はいつもそうだ。

 慰めてあげたいとき、笑って欲しい時にも、人形たる自分はその行動に疑問を持つ。

 

 私は人形。魂ある人形。悪夢の成れの果てが埋まった人形。

 悪夢の残滓たる人形に、主を哀れに思わせているのは何なのか?

 人形は自分の意思では動かないモノ。

 ならば、私を突き動かすこの「声」はなんだ?

 

 そう、今も、メアの中では声がする。

 

「愛されたい愛されたい愛されたいあいされたいあいされたいあいされたいアイサレタイアイサレタイアイサレタイアイサレタイアイサレタイ」

 

 それは、無数の少女の願いの残滓。

 自分の想い人に愛されたいと願う心

 その願いはさらに告げる。

 

 人に愛されたいのならば、自分も人を愛せ。

 

「愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せあいせあいせあいせあいせあいせあいせあいせあいせあいせアイセアイセアイセアイセアイセアイセアイセ」

 

 さあ、目の前の男を愛せ。

 手を握ってやれ、抱きしめてやれ、慰めてやれ。

 そうすれば、男もお前を・・・・・

 

「・・・・っ!!!!」

 

 人形であるはずのメアが、寒気を感じて思わず自分の肩を抱く。

 京に伸ばすはずだった手は、浅ましくも自分を守るために使われ・・・・

 

「大丈夫だ」

 

 大きく、たくましい腕が振るえるメアを抱きしめた。

 

「お前はもう「悪夢(ナイトメア)」じゃない。ただの「メア」だ」

「京、(わたくし)は、ワタシは・・・・」

 

 自分に回した腕を、京の背中に回し、しがみつく。

 京は何も言わずに、目の前の人形を、否、女の頭を撫でた。

 

 多くの亡霊の集合体であったとある怪異。

 その怪異は討伐され、核となった少女の念は解放された。

 しかし、少女は未だに悪夢に囚われている。

 その魂に残る呪いを、本体を傷つけぬように除去するのには、すさまじい精密さと出力を持った術具と、長い儀式に耐えるだけの極上の霊力が必要だった。

 

 男と女の影が向かい合い、やがて一つに繋がる。

 

 京は口付けを交わしながら、目の前の女を抱きしめる。

 目の前の女を、そう、自分が久路人を手元に置く、もう一つの理由を。

 

 一つになった影は、口付けだけでは止まれなかった。

 

-----------

 

 少年と蛇の少女が眠りにつき、術具師と人形が想いを確かめ合うのと同時刻。

 

「ああ、久しぶりの外の空気じゃが・・・・臭うのう」

 

 女は、顔をしかめながらそう言った。

 その足元には、右腕がなく、足が妙な方向に曲がった少年が転がっている。

 辺りを見回せば、少年と同じような学生服を着た人影が二つ倒れていた。

 ただし、片方は首から上がなく、もう片方は腰から下がなかったが。

 

「が、あ、たす、助け・・・・がああああああああああ!!?」

 

 その森の奥の一角は血生臭さに満ちていた。

 グシャリと、耳を塞ぎたくなるような水音とともに地面に転がった最後の男の背中を、細い美脚が踏みつけ、内臓を突き破って腹の皮を踏みにじる。

 

 そこは、とある霊能者の一族が管理する土地であり、京も許可なく立ち入ることはできない場所だった。

 しかし、異能の薄れた現代ではありがちなことだが、管理者がその任を怠り、ろくな見回りもしなくなっていたというのが、荒れた森の様子からよくわかる。

 真っ二つに割れた岩が転がり、そこに巻き付いていた注連縄も年月による劣化で風化していたのが見て取れるが、注連縄に付いていた札だけは比較的損傷が少なく、人間の手によって剥がされたのだと推測できた。

 

「ふむ。だが、()には分かるぞ。かすかにだが、霊脈を伝って、極上の餌の香りがするぞ」

 

 そこに立っていたのは、豪奢な着物を纏った美しい女だった。

 ふわりとウェーブのかかった長い金髪に、金色の眼、豊満な肢体。

 だが、なによりも特徴的なのは・・・・・

 

「くふふ、ああ、今にでも食いに行きたいところじゃが、まずは今の現世のことを知らなくてはのぉ」

 

 バサリと九本の黄金に輝く尾を広げながら、その「神格」を持つ妖怪は、「九尾」は、妖艶な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 




次の高校生編は、今回出てきた大妖怪が色々と引っ掻き回す予定です。
ちらっと出てきた異能者の一族のことは、書けるまで続くといいなぁ(他人事)。

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