白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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今回は説明回の上、久路人と雫は最後の方にしか出ないです。
これだけだとアレなので明日もう一話上げる予定ですが、読み返したら前日譚6と夜の部後半の会話文あたりがグダグダなので大まかな流れは変えませんが書き換えを行います。
そちらに時間がかかったら明日の投稿は無理かもしれません。
(今晩は僕が嵌りこんでいるブラウザゲーの生放送もあるので。みんなも千年戦争アイギ〇、やろう!!)


第二章 前日譚 永遠にあなたと在るために
前日譚 高校生編1


 かつて、この世界は水槽のようだと「魔人」は言った。

 水槽の片側にある現世と、もう片側にある常世がその全貌。そして、それを仕切る「壁」を「狭間」と呼ぶ。

 かつて、狭間に空いた大穴から現れ、現世を瘴気の満ちる常世へと変えるべく、穴を広げ、狭間を壊そうとした「魔竜」。魔竜から現世を守るために結成された「学会」とそのリーダーである「魔人」。

 この2者の争いは七日七晩続き、最終的には魔人の勝利に終わり、魔竜と和解することで幕を閉じた。

 当時の常世のトップにいた魔竜が敗れ、人間と和解したことにより、常世側から現世への干渉は激減し、学会もまた常世を刺激するような真似を禁止したことで現世と常世の間には平穏が訪れた。

 そうして、現世では常世の脅威から世界を守るために「異能など存在しない」という共通認識を利用して人外の動きを抑制する結界、通称「忘却界」が張られ、妖怪やら魔物やらに襲われることはほぼなくなった。

 しかし、忘却界も完全なものではなく、異能者の出現や偶発的に開く穴によって人外による被害が起きることもなくはない。

 

 だが、「異能の存在から守るために異能の存在を教えれば、それだけ「異能など存在しない」という認識が薄れて危険が増える」というジレンマがあり、政府やら国やらにその存在を知られるわけにはいかない。

 表向きの体裁を整えて大々的に警邏や救助活動をするのも同様のリスクがあり、これも難しい。

 よって、今の学会は消極的なスタンスをとっており、穴の頻発する地域のみに有力なメンバーを派遣し、穴が空き次第即座に塞ぎ、目撃者がいた場合には入念に記憶や痕跡を消す程度にとどめている。

 ただ、もしも大穴が新たに空くことになれば、現在の学会幹部である七賢が総がかりで挑むことになるだろう。

 

第一位 魔人 ファウスト

第二位 永仙 青嵐

第三位 巨匠 月宮京

第四位 万転 ステラ・フィクス

第五位 紅姫 霧間・リリス

第六位 万理 ファイ・フィクス

第七位 鬼門 鬼城操間

 

 この7名とその護衛たる伴侶によって、現世と常世の均衡は保たれていると言っていい。

 特に第三位、「巨匠」と、第四位、第六位にいる「万転」および「万理」のフィクス夫妻によって偽装死体の用意や記憶の消去、地形の修復用術具が多数開発されたことで簡単に事後処理が可能になった。

 元々人外による被害は稀であるため、今後も現世の平穏は保たれる・・・はずであった。

 

 

「最近、妙な雰囲気を感じるのよね」

 

 湯気の立つ紅茶の入ったティーカップを上品に口にしてから、その少女はそう言った。

 

「ここ数年、行方不明者が増えてる。それも、都市部のホームレスやら田舎の孤立世帯みたいな、「いなくなってもすぐには気付かれない」連中が消えてるな。ご丁寧に街なら筋モンの近く、地方なら熊だの猪だのがいるニュースがあった場所でだ」

 

 同じように紅茶をすするも、対面のソファに座る少女とは比べるべくもなく粗野、あるいはチャラい恰好の男、日本にいる2人の七賢の内1人である京はそう返す。

 

 そこはとある山中の奥深く。

 一年を通して霧が発生することから「霧間谷」と呼ばれる場所であり、日本の異能者の名家の一つである、「霧間」一族の住む土地だ。

 二人が話しているのは、霧間一族本家の屋敷からやや離れた場所にある洋館の一室であり、京の対面に座る人物はその女主人である。

 

「本当、むずがゆいというか、小骨がのどに刺さったような気分だわ。人外が原因なのかどうかはっきり断定できないのが気持ち悪いって感じ」

 

 その綺麗に整った眉をしかめながらそう口にするのは、異国の少女だ。

 ツリ目の紅い瞳に抜けるような白い肌、というのは京がよく知る蛇に似ているが、より生気が薄い印象を受ける。美しい金髪は少女漫画に登場するドリルのような縦ロールに整えられ、ツインテールになっていた。身に着けている衣装もゴスロリと呼ばれるようなやたらとフリルの付いたコスプレにしか見えない格好だが、本人の可憐な容姿によく似あっており、違和感がない。

 一見すると日本のオタク文化に憧れた外国人観光客といった風だが、会話の内容から分かる通り、一般人とは程遠い存在だ。というか、「人」ですらない。

 

「アンタのご自慢の術具でなんとかわかんないの? 第三位の天才術具師様?」

 

「そっちこそ、コウモリだのネズミだのの眷属で探らせてねーのか、第五位の真祖さんよぉ?」

 

 真祖。

 京の口にした言葉は、「吸血鬼の皇族」を意味する。今ではほとんどが常世に住まう「吸血鬼」と呼ばれる種族の祖先の血を色濃く引いた高貴な存在である。

 第五位という枕詞の通り、「紅姫」の異名を持つ、日本にいるもう一人の七賢でもあり、人外が扱う様々な術の専門家だ。ちなみに、海の外では「物理法則を霊力で歪めてあり得ない現象を起こすモノ」である「術」のことを「魔法」と呼び、霊力のことを「魔力」と言う。

 そして、なぜそんな大物が霧間の土地にいるかといえば・・・・

 

「・・・・リリス、おかわりはいるか?」

「ん。いただくわ。ありがとうね、オボロ」

 

 空になったティーカップに、これまでソファの後ろに控えていた偉丈夫が紅茶を注ぐ。

 紅茶を受け取る少女、リリスの顔に浮かぶのは、京に向けていた表情とは比較にならないほど柔らかい笑顔だった。

 

「・・・・京さんも、どうぞ」

「お、悪い・・・」

「そこの陰険侍!!尻軽造物主に飲み物を渡すのは、この私の役目ですよ!!」

 

 リリスの対面にいた京のカップも空になっていたのを見て取って、オボロと呼ばれた青年がリリスのものと同じように礼儀正しい所作で紅茶を注ごうとするも、京の隣に座っていたメアに阻まれた。

 青年の持っていたポットをひったくるように奪い取ると、これまた完璧な姿勢で京のカップを満たす。

 無表情ながら、フフンと笑っているようなドヤ顔を見せられ、オボロは何とも言えない表情をした。

 

「ちょっと、そこの人形。人の夫を罵倒した上にアタシの屋敷で野蛮な振る舞いをするなんてどういう了見かしら?」

「穴倉に籠りすぎて脳みそが腐りましたか?私はこの身だしなみにも口調にも一切頓着しないズボラ野郎の従者ですよ?あなたたち相手にはこれがデフォルトです」

「巨匠、アンタこの腐れ等身大メイドフィギュアにどんな教育してんのよ!!」

「お前こそ、自分の旦那、それも霧間家の当主に燕尾服着せて茶くみさせてんじゃねーよ」

「・・・・・いえ、お気になさらず。自分の趣味ですので」

 

 ギャアギャアと姦しく騒ぐ女性陣を尻目に、オボロ、霧間朧はマイペースにそう言った。

 彼こそが、真祖にして七賢五位であるリリスが霧間一族の土地に住むようになった理由であり、ひいては京たちが集まって話す理由でもある。

 

「霧間の方は、なんか言ってねーのか?」

「・・・・いえ、自分は霧間一族全体から疎まれているので」

「フン!!あんな軟弱で陰湿な連中に期待するだけ無駄よ、無駄!!」

「あなた方が疎まれているのは自分たちの行いのせいだと思いますが・・・・」

 

 霧間家の当主とその妻に苦言を呈されてる霧間一族は、古来より火向一族と並んで人外から人々を守るべく奮闘してきた一族だ。学会の方針と違って積極的に動こうとしているのだが、その動きは当主たる朧に止められている。代わりに、学会の幹部であるリリスとともに朧が事後処理を担当しているという現状だ。

 朧は昔に「強力な人外がいるらしい」と、ドイツの片田舎を修行で通りかかった際に、地下で1000年以上文字通り寝食を忘れて人外の扱う魔法の研究に没頭していたせいで弱体化し、さらに忘却界の影響と空腹のあまりうっかり昼間に出てきたせいで日光を直接浴びたことによるトリプルパンチで死にかけていたリリスを発見。そこで何を思ったのか自分の血を与え、リリスは朧の修行に同行するようになり、紆余曲折あってリリスが七賢に認められた後に日本に戻って来ることとなった。

 妖怪の発する霊力は基本的に人間にとっては精神的な毒であり、大抵の人間は異能者であっても、よほど力が上回っていない限り人外には恐れと嫌悪感を抱くのが普通だ。

 それもあって霧間一族は人外を明確に「人間の敵」と見なしている。京ですらメア以外の人外にはあまりいい印象を持っていないが、ここにいる朧や久路人は極めて稀な例外である。

 人外、それも吸血鬼の真祖などという大物を妻として紹介しに来た昔の朧にそれはもう盛大に反発したらしいのだが・・・・

 

「・・・・リリスとの結婚を中々認めてくれなかったので、大喧嘩してしまいましたから」

「あの時の朧、ものす~っごくカッコよかったな~」

 

 当時のことを思い出すかのように苦笑いをする朧に、ぽ~っと恍惚とした表情を浮かべるリリス。

 それだけ聞くと頑固な一族相手に真摯に説得したうえで結婚を認めてもらえたように思えるが・・・・

 

(妹含めて反対する一族全員斬り伏せて一方的に半殺しにするのを大喧嘩とは言わねーよ)

(サイコパスですね)

 

 惚気ている霧間夫妻に気付かれないように、小声で言い合う京とメア。

 斬った肉親の返り血まみれの朧と彼に飛びついて喜んだことでその服を赤で染色したリリスは、その直後にお互い頬を染めながら、文字通り全身真っ赤になって霧間本家で式を挙げたという。まさしく吸血鬼の旦那にふさわしい鬼畜の所業である。ちょうど所用で霧間一族を訪れた時、妹から女/未になりかけている霧間の息女の傍で深紅に輝くルビーの指輪を交換し、キスをしている光景は中々忘れられそうにない。もしも自分が代替内臓の研究をしていなかったら、霧間一族はその日に滅んでいただろう。

 久路人に来た見合い話も、この狂った当主に対抗するための措置なのではないかと思う。

 なお、霧間夫妻からは、「亡霊の大物を嫁にするためにホムンクルスのボディ造るから、生体パーツのサンプル用に内臓を下さい」と霊能者の家を回って土下座した精神異常者とそいつに心酔する件の人形というキチガ〇コンビと思われていることには気付いていない。

 もっとも、七賢全員が似たようなものではあるのだが。

 

「おい、話がそれてんぞ。ともかく、目立った情報はないってことでいいんだな?」

「そっちこそ、隠し立てしてるんじゃないでしょうね?・・・あんたの術具でもアタシの眷属に探させても見つからないってことは、「旅団」じゃないわね」

「あの迷惑集団ならもっと早くにボロ出すだろうからな」

 

 今の現世は忘却界に守られた一般人と、それ以外の少数の異能者に分けられているが、それを快く思わない連中もいる。「旅団」とは「どうして自分たちだけが化物に襲われなきゃいけないんだ」と思う者、「せっかく目覚めた異能を好きなように使わないのは勿体ない」と蛮行を働く者など、学会の思想に反発する異能者たちの集まりで、七賢のような強力な異能者がおらず、寄せ集めレベルだったのだが・・・

 

「「黒狼」や「戦鬼」なら災害レベルの被害が出るでしょうし、「狂冥」が主犯なら隠せないぐらいの数が動くだろうから慎重になってても尻尾くらいは掴めるはずよね」

「少なくとも、黒狼の方は常世で七位とやりあったらしいから現世にはいねえはずだ。どうやって行き来してるのかは知らないけどな」

 

 ここ数十年で、黒狼と呼ばれる圧倒的な強者を旗印に、世界各地で燻っていた化物が集い、学会も危険視せざるを得ないほどの一大組織にまで膨らんだのだ。

 

 「強いヤツと全力で闘いたい」

 

 現在の旅団リーダーにいるとされる黒狼の目的は至ってシンプルだ。

 だがそのために「大穴を空けて常世から大物をおびき出したり、現世にいる強いヤツを育てたり、出てきた七賢も倒す」などと迷惑極まりないことを考えている戦闘狂である。

 極めて厄介なことに、今までどこに隠れていたのかと思えるほどの実力者であり、一対一なら七賢でも負けかねないくらいに強い。救いなのは搦め手を好まず、「弱いやつはどうでもいい」と言って一般人には手出ししないことだが、大穴が空けばその一般人にも相当の被害が出るだろう。

 

「そうなると、本当に偶然か旅団に新メンバーが入ったか、あるいは・・・・」

「全く別の何かが突然現れたか、だな」

「あり得ないって言いきれないのが嫌ね。もしそんなのがいるなら、間違いなく幻術系統の「神格」持ちよ」

 

 吸血鬼の真祖にして、旦那ともども「神格」を持つ少女はそう言った。

 

 --神とは何か?神格とは何か?

 

 そんな質問を、京はいつか「魔人」に投げかけたことがあった。

 それに対して魔人はこう言った。

 

『この世界の創造主にして管理者であり、この世界そのものですね。ただし、かの存在に意志と呼べるものは極めて薄い。システムあるいは現象と言うべき存在です。そして、その神に準ずるレベルのことを神格というのですよ』

 

 神はこの世界を作り、そこに「ルール」を敷いた存在だ。そのルールとは物理法則であり、術であり、狭間であったりと様々だが、神はこの「ルール」を侵さない限り現世にも常世にも干渉することはないという。

 そして「神格」持ちとは、霊力の増大によって存在のレベルが上がり、「神」に近づいた存在のことを言う。

 神のようにこの世界すべてなどは不可能なものの、ある特定の分野において強烈な「支配」を行うことができる。

 学会の七賢になるための条件の一つであり、神格持ちは揃って人間を止めた存在か初めから人外である。

 まあ、京は少々例外だが。

 

「結局、わかったことはほぼなし。精々幻術対策をしとくってくらいか」

「悔しいけど、そうね」

 

 ここ最近の行方不明者増加に対して何か情報を得られないかと七賢どうしで連絡を取り合って話し合うことになったのだが、お互い収穫は得られなかったようだ。

 だが、そこで隣に座っていたメアはあるものを取り出した。取り出したのは二つの小瓶だ。中には紅の液体が入っている。

 話だけなら直接会う必要はない。血の専門家と言える吸血鬼に見てもらいたいものがあったのだ。

 

「ああそうだ。吸血鬼のお前に見て欲しいもんがあるんだが、お前は、これどう思・・・」

「くっさぁあああ!? さっさとしまいなさいそんなもん!!!」

 

 京が片方のビンの蓋を緩めた瞬間、リリスは鼻をつまみながらそう言った。

 反応が完全にクサヤやシュールストレミング、ドリアンの臭いを嗅いだ人である。

 

「そんなに臭うのかよ、俺やメアには全然わかんねーんだが・・・じゃあ、こっちはどうだ?」

「う~、まだ鼻が気持ち悪い・・・あら、そっちはかなりいい香りね。オボロのほどじゃないけど」

 

 京が最初に空けた瓶は雫の、次に空けた瓶は久路人の血が入った瓶だ。

 「ちょっと気になることがあるから血をくれ」と言ったときの、あの蛇の塵を見るような目と、メアから湧き上がる凄まじいオーラに肝を冷やしたが、メアが採血を行い、以後目的に使用するまで同じくメアが保管するというこで納得してもらった。

 

「しかし、最初の方はマジでそんなに臭うのか?神格一歩手前くらいの大物の血だぜ?」

「あんた、いい匂いといい匂いを混ぜたらもっといい匂いができるとか小学生みたいなこと思ってんの?焼き魚とケーキの匂い混ぜて嗅いでみなさいよ」

 

 どうやら、雫の血には久路人の力が大分溶け込んでいるらしい。

 曰く、「2種類の全く違うものが混じった異臭がする。反発している感じはしないから本人に悪影響はないだろうが、こんなもん飲むくらいならその辺の泥水飲んだ方がマシ」とのことだ。

 最近は久路人の力の増大によって護符が抑えられるレベルを越えつつあり、妖怪の襲撃が増したのだが、雫を見ると妙な反応をするようになったのだ。それで気になって調べてみると雫の中に久路人の力が大分蓄積されていることがわかったのだが、それがどうして妖怪たちの反応に繋がるのかはわからなかなったので見て欲しかったという経緯である。

 

「雫様が聞いたら喜ぶでしょうが、この吸血鬼の反応を見たらどう思うのでしょうかね」

「まあ、会わせねー方がいいだろうな」

 

 なんとなく、雫と目の前の吸血鬼は似ているのだが、相性があまりよくないような気がする。

 何かきっかけがあればすごく仲良くなりそうな気もするのだが。

 そうして、二つの瓶をしまおうとした京はさきほどのリリスを見て、ふと疑問に思った。

 「やはり、吸血鬼にとってはすでに特別な契約を結んだ相手がいても久路人の血を飲みたいと思うのだろうか。味はどう感じるのだろうか」と。

 久路人の保護者としては、久路人がどれほど狙われやすいかは改めて知っておきたかったのだ。

 技術者として、七賢まで上り詰めた研究者としての興味もあった。

 

「なあリリス、お前試しにこっちの血を飲んで・・・」

 

 京がそう言いかけた時だ。

 

 

 ガキン!!

 

 

 京の隣にいたメアが眩く神聖な輝きを放つナイフで、血のように紅い刀身の大太刀を受け止めていた。

 

「・・・・・」

「気持ちはわかりますが、京に危害を加えることは許可できません」

 

 いつの間に刀を抜いたのか、真っ赤に血走った目で京を睨む朧に、同じく殺気をほとばしらせるメアは冷たく返す。

 

 そのまま朧は大きく飛びのいて改めて刀を構え、メアは両手に持ったナイフを十字に組む。

 張り詰めたような空気が部屋を支配し、今にも爆発しそうなところで・・・

 

「そこまでになさい、オボロ」

「・・・・リリス、だが」

 

 館の女主人はパンパンと手を叩きながらそう言った。

 妻の言葉に朧は納得がいかないようだったが・・・

 

「冗談よ」

「・・・・何?」

「だから冗談。巨匠が言ったのはただの冗談に決まってるじゃない」

 

 「ねぇ?」と作り物のような笑みを貼りつけながら、目をつぶり、優雅に少し冷めた紅茶で唇を湿らせる。

 再び目が開いたとき、そこにあったのは古井戸のような暗闇だった。

 

「よもや、この吾輩にオボロ以外の血などという汚物を勧めるようなこと、冗句以外で言えるわけがないだろう?なあ?月宮京?」

 

 まさしく血の凍るような冷たい声だった。

 

「・・・ああ、冗談だ。悪かったな」

「確かに、京のジョークにはいつもセンスがありませんね。さきほどのモノはデリカシーの欠片もありませんでしたし」

「お前どっちの味方だよ」

「あんた、今は父親代わりなんでしょ?教育に悪いような言動は慎むべきじゃなくて?」

「・・・・京さん、笑点なら毎週録画しているが、DVDを持っていくか?」

「いらねーよ!!」

 

 相手の本気具合を悟った京が謝罪すると、場の張り詰めた空気は霧散した。

 元のように気安く話しながらも京は思う。

 

(「血人」なんて弱点になりそうなモン作る吸血鬼に、人間から吸血鬼の専用餌になる元人間とかやっぱイカれてんなこいつら。いや、こいつらなら一番効率的か)

 

 真祖であるリリスが研究開発した魔法の中に、「血の盟約」と呼ばれるものがある。

 吸血鬼用の魔法であり、「ある一人からしか血を吸えなくなる代わりに、対象の魔力の質を自分に対してのみ極上レベルに上げる」というものなのだが、当然その血を持つ相手が死んだら自分も飢え死に確定である。

 しかも真祖を満足させるような魔力を持つ餌、人間でも吸血鬼でもなくパートナーが死ぬまで永遠に血を提供し続ける「血人」に変えるという、並の霊能者にとっては死刑と変わらないレベルの人体改造を行う魔法でもある。

 霧間一族当主という元より最強クラスの侍であり、上質な霊力を持つ霧間朧でなければ間違いなく死んでいただろう。言い換えれば、余程のことがない限り絶対に壊れない食糧庫ができたとも言えるが。

 

「いつかあいつらも、こんな感じになるのかね・・・・」

 

 今も月宮家にいる少年と蛇の少女を思い返しながら、京とメアは霧間の地を後にするのだった。

 

 

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一方そのころ・・・・

 

「ンンンンンゥウウウウウウ!!!!ヨキカオリガァァァァアアアアアアアア!?クサイィィイィイイイイ!!!?」

「死ねぇえええ!!」

「ンギャァアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

 

 夕日の中、自転車に乗って高校から下校する久路人の背にしがみつきながら、荷台に座る雫は般若のような顔で氷柱を放ち、襲い掛かってきた一つ目の怪僧を串刺しにする。

 そして、目の前の久路人の肩をゆすりながら涙目になった。

 

「ねぇねぇ、久路人!!私臭くないよね!? 毎日ちゃんとお風呂入ってるし~!!本当に臭わないよね!?ねぇねぇ嗅いでみてよ、ねぇってば~!!!」

「だぁぁあああああああ!!!自転車を運転中にできるわけないだろ!!いつも通り僕の家の石鹸とシャンプーの匂いだよ!!危ないから揺するのはやめてくれ~!!!」

 

 最近現れる妖怪が雫を見るたびに、よりにもよって久路人の前で「臭い」というようになり、乙女心に密かに大ダメージを受けている雫が、久路人に泣きついていた。

 久路人は高校に上がって自転車通学になり、「憧れの二人乗り~!!」と喜んでいたのだが、ここ最近はいつもこんな感じだ。

 

 京とメアが警戒する中、久路人と雫は日常を謳歌していたのであった。




これは真剣なお願いなのですが、この小説の文章の読みやすさについて、意見をお願いしたいと思っております。
「ここ読みにくい」「くどい」とかあったら、遠慮なく言ってください。

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