前回があまりにも主人公が関係ない話だったので、追加の投稿です。
これは全然催促ではないのですが、週2回更新できるってことは、「たくさん感想があれば」週3回更新できるってことじゃないかな?
月宮久路人の朝は、そんなに早くない。
久路人は寝起きが悪く、アラーム一回では起きられないため、大体30分おきに数回目覚ましをセットしているので起きるのは遅い。
「今日は2回目で起きれた・・・・」
けたたましく鳴る目覚ましを止め、寝ぼけ眼をこすりながら制服に着替え、階段を下りる。そのまま洗面所に行って顔を洗い、寝ぐせを直している間に頭の方はそれなりにすっきりしてきた。
そんな久路人の脳を揺さぶるのは、香ばしいパンの匂いと、ジュウゥゥ~というソーセージの焼ける音だった。実に食欲をそそるコンボである。
「今日はパンか」
昨日の朝食は何だったか。
確かご飯だった気がする。それでいつぞやに久路人が用意した夕飯の残りと一緒に食べたのだった。
そんなことを考えながら、リビングに行くと・・・
「あ、おはよ~」
「ん。おはよう」
ちょうど少女がフライパンの火を止めたところだった。
長い銀髪をここにはいない人形のようにポニーテールにまとめ、久路人の通う高校の制服の上にエプロンをつけた少女が振り返り、挨拶を交わす。
「いつも思うけど、雫の服って簡単に変えられるし汚れもすぐ落ちるよね。エプロン付ける意味あるの?」
「なっ!?制服の上にエプロン着けて料理してるJK見た感想がそれなの!?」
「お前女子高生なんて年齢じゃないだろ」という言葉が完全に目覚めていない頭から生まれて口から出そうになったが、寸前でこらえる。季節は10月上旬。大分涼しくなってきた時期だが、さすがにまだ雪が降るのを見たいとは思わなかった。
「私、久路人が枯れてないか時々本当に心配になるよ・・・・」
「余計なお世話だよ。僕はまだ枯れてない」
「・・・・・まあ、隠しフォルダに入ってる画像を見るに興味ないわけじゃないってのはわかるけど。巨乳モノばっかりだったけど!!」
久路人は同年代に比べるとやや控えめではあるが、それでも健全な男子高校生だ。
自室にあるパソコンにはその手の画像はちゃんと保存してある。
もちろん雫もその存在を知っており、隠しフォルダの閲覧のために京とメアから閲覧方法からネットの履歴確認などを教わり、使用頻度含めて把握済みである。
最初に確認したときはパソコンごと氷漬けにして粉々にしてやりたかったが、「さすがに他人の所有物に勝手に手を出すのは嫌われる」となんとか自制した。なお、「久路人が枯れてないか確認!!好みもチェックしなきゃ!!もちろんスレンダー好きだよね!!」と、勝手に他人のパソコンを検閲してる時点でダブスタである。
そして、鋼の自制心で、奇跡的に部屋の温度を氷点下に下げる程度で済ませた雫が分析したところ、どうやら大変嘆かわしいことに久路人は胸の脂肪が肥えているのが好みらしい。いつか目を覚まさせなければと雫は固く決心している。
その胸部は壁ではないが平均よりやや下というなんとも表現に困るサイズだった。
人化の術は最初のイメージに縛られるらしく、一度固定されたイメージは簡単には変更できない。雫の姿は、蛇からそのまま余計な手を加えることなく擬人化した、いわば「素」の雫であり、外見年齢も久路人に合わせて成長させている。すなわち、中学生から高校2年生になるまでの雫本来の成長速度はお察しであった。
「ん?どうかした?」
「なんでもない!!それより、朝ごはん食べよ?遅刻しちゃうよ」
「ん。いつもありがとうね」
「ううん、どういたしまして!」
聞こえないように小声でつぶやかれた怨嗟を感じ取ったのか、久路人が不思議そうな顔をするが、雫は誤魔化した。久路人は怪訝な顔のまま、雫がフライパンで拵えた、スライスしたソーセージが入ったスクランブルエッグをトーストの上に乗せ、テーブルに運ぶ。
月宮家の現在の朝食は朝に弱い久路人に代わって完全に雫が作っていた。昼に食べる弁当の仕込みや夕食は久路人も手伝うのだが、朝は任せきりなのに軽い後ろめたさがあったりする。
確か、雫が朝食を作るようになったのは、中学生1年生の梅雨のころからだっただろうか。なぜかあのころから一階に行くルートの罠の設定が変わったらしく、雫も自由に移動できるようになったのだ。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
手を合わせて、二人で食べる。
朝だから量も少な目で、すぐに食べ終わってしまうが、雫は朝のこのひと時が好きだった。
今日も一日の始まりから久路人と一緒にいられるのを実感できるから。
「どう?味変じゃない?」
「いや、おいしいよ。雫、もうメアさんより料理うまいんじゃないの?」
「う~ん、それはまだだと思うな。メア、言ってることはあれだけど、家事万能だし」
「いなくなって分かるってやつだね・・・・おじさん達、いつ帰って来るのかなぁ」
この家の本来の主である京とメアはここ最近この家に帰っていない。
「ちょっと取引先んところに出張行かねーと」と言って、日本のあちらこちらを回っているらしい。
夜には電話がかかってくるので連絡はとれているが、メアがいかに万能家政婦だったか思い知らされる今日この頃である。
ちなみに雫は「え!?両親が出張で、男子高校生と女子高生が二人きりで一つ屋根の下!?それなんてエロゲ!?」と興奮していた。メアが夜な夜な行っていた英才教育の成果ははっきりと雫に根付いているようだった。今の雫は純愛からNTR、異種〇、TS、ふたな〇、リョ〇に至るまでの知識を網羅するエリートである。
「ご馳走様」
「ふふ、お粗末様でした」
そんなことを話しながらでも、成長期の肉体である二人はすぐに朝食を食べ終わってしまう。
荷物の準備はすでに夜の内に済ませているので、後は歯を磨いて行くだけなのだが・・・・
「よし、じゃあ歯磨きして・・・」
「待った」
まだ時間に余裕はあるにも関わらず、どこかそそくさと居間を離れようとする久路人の襟を、ガッ!!と雫が掴んだ。その力は人外らしく凄まじいものがあり、久路人は前に進めなくなった。朝から身体強化を自分にかける気にはなれない。
「久路人、わかってるよね?」
「いや、雫が気にするのはわかるけどさ、本当にやらなきゃダメ?」
「ダメ!!私にとっては心の死活問題なんだよ!?」
「わかった、わかったってば」
鬼気迫るとはまさしくこのこと、という風に久路人に迫る雫を見て、「はぁ」と諦めたようにため息をつく久路人。ここ最近の朝、二人は新しくとある「日課」を始めたのであるが、久路人ととしてはあまり気乗りしない。久路人にとって嫌なことなのかと言えば、まったくそんなことはないのだが。
ともかく、雫は「日課」を終えるまで学校に行かせてくれるつもりはないようだ。「仕方がない」と久路人も覚悟を決めた。
「ん。じゃあ、今日もよろしくね」
「はいはい」
そうして始まる二人の朝の日課。
まずは居間のソファに久路人が深く座り、足を広げて少しスペースを作る。
そして、その空いたスペースに・・・・
「ふふっ」
「うわっ!?勢いつけながら座るなって」
「あ、ごめんごめん」
背中から久路人に倒れこむように、雫が久路人の前に座る。
そのまま、髪を束ねていたゴムを外すと、シュルリと艶やかな銀髪が久路人の顔のすぐ下に広がった。
これで準備は完了だ。
「じゃ、じゃあ、やるよ?」
「う、うん。お願い」
二人の顔は赤い。
最初はノリノリだった雫もやはり恥ずかしいものがあるのか、肩を縮こまらせている。
久路人はそんな雫の頭に顔を寄せ・・・・
「スンスン・・・」
匂いを嗅ぎ始めた。
「あっ・・・」
「ちょ!?変な声出すなって!!」
「ご、ごめん」
最初は頭、次は首筋、雫が前かがみになった後は背中まで。
途中で久路人の息が首筋に当たって、雫が艶っぽい声を上げるが、それでも止めない。久路人の鼻が銀髪に当たって、雫がビクリと震えるが、それでも止まらない。ここまで来たら、「毒を食らわば皿まで」の精神だ。
朝っぱらから男子高校生が女子高生の体臭を嗅ぐという、実に変態的な光景だが、止める者は誰もいなかった。
「ねぇ、大丈夫だよね?変な臭いしないよね?」
「大丈夫だって、いつも通り家のボディソープとシャンプーの匂いだから」
「本当に?本当だね?もっとよく嗅いでみてよ」
「わかったよ・・・」
そして、そのままそろそろ家を出ないと遅刻するという時間までそうしていたのだった。
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「まったく・・・」
「久路人がそこまで言うなら大丈夫だよね」と言って若干名残惜しそうに洗い物に行った雫を尻目に久路人も歯磨きをしに洗面所に行く。
「まるで僕が変態になったみたいじゃないか・・・」
ここ最近、久路人の影響なのか、襲撃してくる妖怪が増えたのだが、そうした連中が妙な反応をするようになった。具体的には雫がしきりに気にしていたように「臭い」と言うようになったのだ。
雫を視界にとらえた瞬間に動きを止めてそう言うために、そのコンマ1秒後には殺気をほとばしらせた雫の的になるのだが、雫も
「僕って、男として見られてないのか?」
好きな人が相手だからと言って、臭いを嗅がせるというのは普通ないだろう。そんなのは常識的に考えてただの変態だ。だが、好きでもない相手に嗅がせるのはさらにないだろう。ならばどうするか?それは、家族のように「恋愛対象にならないのが確定している相手」しかないのではないか?
久路人はそんな風に思うのだった。こちらは正真正銘年頃の男子としてはややショックである。
そして、実は久路人は先ほど雫に嘘をついていたりする。
(なんで同じ石鹸とシャンプー使ってるのに、あんなにいい匂いするんだろ?)
まさしく変態の考えることのようで、とても口には出せない思春期男子である。
洗い場からはなぜか機嫌のよさそうな鼻唄が聞こえてくるが、そんなことを考えるだけの余裕は久路人にはなかったのであった。
これが、高校2年生の月宮久路人と水無月雫の朝のルーチンである。
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高校までの道のりを自転車でかっ飛ばして、どうにか久路人は遅刻せずに教室に入ることができた。
その際中、「雫、急いでる時には荷台に乗るのはなしね」と言われ、「私って重いのかな?」と若干雫がダメージを受けたが些細な問題である。
なお、その道中にも妖怪が現れたが、雫としては久路人にさえ臭うと思われなければ、他から何を言われたところで気にしないことにしたらしい。若干額に青筋が浮かんでいたが。
「よっ、月宮。今日は危なかったな」
「あ~ちょっと寝坊しちゃってさ」
「お前ん家、郊外のほうにあるからちょっと寝坊するだけでもヤバそうだもんな」
今は午前の授業も終えた昼休み。
机の上に弁当を広げる久路人の近くに集まってきたのは、中学でも一緒だった池目君と伴侍君だ。何気に縁があるのか、高校も同じところに進学することができ、2年生ではクラスも一緒だった。
ちなみに田戸君と近野君も同じ高校にいるのだが、クラスが分かれてしまっている。なんでも田戸君は水泳部と空手部を掛け持ちするようになったらしく、最近は坊主頭の二浦君と池目君のような二枚目の林村君という男子たちと友達になり、この間には合宿に行ってきたとのことだった。合宿の準備のために中身が見えないように厳重に包装された箱を運んでいたのを見かけた時、「・・・ビールの匂いがする?気のせいかな」と雫が言っていたが、人間の鑑のような彼らがおかしなことをするはずもないだろう。
「にしても、もうすぐだよな~」
「ああ、あれな。全く、他の学校は海外行ってるとこもあるってのに、何でうちは山の中なんだよって感じだぜ」
「ああ、修学旅行か」
最近の昼休みの話題は、もっぱらもうすぐ行われる修学旅行のことでもちきりだ。久路人の高校は変わっていて、なぜか国内の山の中にある湿原を延々と歩くという色気もへったくれもないイベントだ。それでもやはりみんなでどこかに行くというのはワクワクするものがあるのか、クラスメイトも活気づいているようだった。
「私は山の中とか好きだけどね。人ごみ嫌いだし」
中学の時のように、久路人のすぐそばに見えない机を作りながら、雫はそう言った。その意見には久路人も同意する。
「月宮は、今回は行けるんだよな?」
「お前、中学の時の修学旅行は風邪引いちまったんだっけ。災難だったよな」
「あははは・・・・」
久路人は妖怪に狙われやすい体質で、最近は特に襲撃が増えているが、今回の修学旅行は行ってもよいという許可を京からもらっている。というのも、中学の時には妖怪を警戒して休んでしまい、何度もそういうイベントを休むのは不自然だということと、雫が強くなり、久路人も自衛は完璧にできるようになったというお墨付きをもらえたからだ。今の久路人をどうこうできるような大物が現れるには、大穴が空きでもしない限りあり得ない。その上、ほんの少し前に京とメアが修学旅行で行くエリアを下見し、人里離れた場所ということもあって人目を気にせずに強力な結界を張れたというのもある。久路人が向かう場所はとある霊能者の一族が管理する場所の近くなのだが、その家の許可をきちんともらえたためだ。
「俺らがいく山だけどさ、熊とか出ることあるらしいぜ」
「マジで!?鈴とか持ってかねーと。背中向けて逃げるのはまずいんだったか?」
「本能が刺激されて追いかけてくるらしいね」
昨今の管理者が少ない山にありがちだが、野生動物が出ることがあるらしい。もっとも、熊くらいなら雫のおやつだろう。久路人でも異能ありなら簡単に対処できる。
「熊か~私は牛とか豚のお肉の方が好きだけどな。やっぱり家畜の肉には敵わない・・・うん、おいしい」
雫はミートボールを食べながらそう言った。
(あ、あれ僕が作ったヤツだ。というか、雫は食べたことがあるのか、熊)
久路人がそこはかとなく野生の厳しさに想いを馳せていると、池目君が話の舵を切った。
「熊で思い出したけどさ。お前ら、最近の噂知ってるか?」
「噂?」
「なんだよ。この辺で熊でも出たのか?」
久路人の住む町は結構な地方都市で、鹿やら猿やら猪が郊外にはうろついているが、さすがに熊が出たという話は久路人も聞いたことがない。
「いや、熊じゃなくてさ。狐が出るらしいぜ」
「狐?」
「へぇ~珍しいな」
狸なら何度も見たことがあるが、久路人が狐を見たのは数えるほどだ。生息していてもおかしくはないが、噂になるくらい人里近くに出没するのは珍しい。
「狐・・・」
ふと横を見ると、雫が嫌そうな顔で眉をしかめていた。どうしたのだろうと久路人が視線で問いかけると・・・
「あいつらが蛇を見るときの目つきが嫌なの。「食ってヤル」って感じで」
何やら雫には嫌な思い出があるようだ。確かに野生の狐は蛇とか食べているだろうが。
それから話題は別なことに流れていく。
「この前田戸が言ってたんだけどさ、夜中のトイレにガーゴイルがでるらしいぜ」
「え~なんで高校のトイレにガーゴイルなのさ」
「さあ?でも、空手部の夏吉先生が夜中の見回りで・・・」
そうして昼休みは過ぎていき、噂の話はすぐに忘れられてしまうのだった。
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「・・・・・」
そこは、薄暗い部屋だった。時刻は逢魔が時。外はあと少しで消えてしまいそうなオレンジ色の夕日に照らされてるが、部屋の中に届くことはない。
田舎にあるような、大きく古風な屋敷。その窓が締め切られた一室に、その女はいた。瞑想をするかの如く畳の上に敷いた座布団に腰掛け、目を瞑っている。豪奢な金髪や着物から見て取れるイメージとは真逆に置物の如く静寂を保っていたが・・・・
「見つけたぞ」
不意に、その金色の瞳を見開いた。艶やかな唇が三日月のように吊り上がり、突然9本の尾がザワリと現れる。
「ああ、大まかな位置はわかっておったが、アレが源か。媒ごしでもよくわかるのぉ」
クツクツと、蝋燭のわずかな灯りしかない部屋に嘲笑するかのような笑い声が響く。
そこで、九本の尾を持つ女、九尾はおもむろに手招きをした。すると、部屋の隅に控えていた男がうつろな目つきで盆の上に何かを乗せて持ってくる。男が金色の女の近くに恭しく跪くと、九尾は無造作に盆の上に乗っていたモノをつかみ取り、口に運んだ。
「チっ、薄味だな」
九尾にとっては、先ほど見つけた芳醇な霊力を放つ少年のものとは比べる価値もないほどの薄味だ。これでも比較的霊力の多いヤツを狙ったつもりだったのだが、九尾の知る昔とは大分様子が違っているようだった。
「片付けろ」
「・・・・・」
女が今まで齧っていたモノを無造作に盆の上投げ返すと、男は夢でも見ているようなおぼつかない足取りで部屋を出ていった。蝋燭のわずかな灯りに照らされたものは、人間の腕だった。その腕は明らかに人間のモノとわかるのに、まるで大きなスペアリブのように調味料が垂らされ、香ばしい匂いを出すほどに「調理」されていた。
「・・・・・」
九尾が特殊な術を用いて忘却界や他の術者が張った結界を「化かして」取りに行った人間を解体し、調理する。常人ならば、いや、異能者であっても早々やらないであろうおぞましい所業を、この屋敷の人間は何の疑問も持たずに行っていた。
「フン、あれが吾をここに封じた、あの二人組の腰巾着の子孫か。そこそこの腕前だったはずだが、子孫はとんでもない愚物よの」
九尾は嘲笑うよりも、いっそ憐れむかのようにそう言った。
九尾のいる屋敷は、その周辺の土地を管理する霊能者の一族のモノだ。だが、今では大岩から解き放たれた九尾によって、その住人は皆彼女の支配下にあった。
「幻術」
術の一種であり、文字通り幻を見せる術であるが、九尾はこと幻術において「神格」を持つに至った存在だ。その完成度は、大きな動きさえ見せなければ異能者の最高峰である七賢にすら簡単には気付かれないほどである。この屋敷の住人は皆、「自分たちが九尾に仕えることは当然」「やんごとない御方のために、世俗には隠さなければならない」というように認識を改ざんされており、おまけに九尾からある程度離れると九尾に操られていたことも、その存在そのものを忘れてしまうという念の入れようだ。これによって、例え拷問にかけられようと九尾のことを喋ることはできなくなる。
「まあ、今の時代にもあの「おのこ」のようなのもいるようだがの」
とはいえ、九尾は油断はしない。
元々封印されている時も意識はあり、霊脈を介して現世のことは断片的であるが見聞きはしていた。それゆえに封印が解かれた際にはすみやかに結界を張り、自らの存在がバレないように隠ぺいした。九尾からしても、東の方から今もその存在感がわかるほどの血吸いの鬼と、瀑布のような気配を放つ侍の相手はしたくなかった。
「くふふ、しかし、天は吾に味方しておる」
「千里眼」という、自らの眷属とした野生の狐を介して遠くを覗く術を以て、九尾は様々な情報を仕入れていた。元より、あの少年がいる土地は千里眼を使わずともわかっていたために、早期から狐を向かわせていた。それによって、少し前にこれまた相手をしたくない気配を発するからくりのような女と妙に薬臭い男が来ることを察知し、さらにはあの少年が来ることもわかったのだ。この自分のお膝元に、自分の意思でやってくる。それはとても愉快なことだった。なにせ、あのからくりどもが張った結界は強力だが、自分はその結界が張られる工程を一から観察することができたため、「結界に自分がいないと誤認させる」ことも容易くはなかったができたのだ。ならば、この結界が無事である限り、あいつらがやって来ることはない。結界そのものが少年の檻になるのだから。
「ああ、楽しみだ。一体あのおのこはどんな味がするのだろうなぁ」
媒介ごしに見てもわかる芳醇な霊力だ。極上の味なのは間違いない。ああ、ならば一息に食べてしまうのは勿体ない。あのおのこを捕まえたら居を移し、手足を斬って、一生飼い殺しにしてやるのがいいだろうか。従順なようなら戯れに愛でてもいい。そして・・・
「力を蓄え、うじゃうじゃと増えた人間どもを掃除するとしよう」
九尾がいた時代からずいぶんと世界は変わり、人間の数が増えていた。
それは、九尾にとってはたまらなく不愉快なことだった。
増大した力で薙ぎ払うのも、ここの住民のように操り人形にするのも悪くない。
「まったく、少し時が経っただけで毛虫の如く増えおって。気色悪い」
九尾は人間が、この世界が嫌いだった。かつての幸せな時も、未来への希望も何もかも奪ったこの世界を憎悪していた。いや、人間と世界だけではない。
「それに、あの白蛇・・・・」
九尾の顔が歪む。狐を通して、件の少年の傍でメスの顔をしていたあの白蛇だ。あれを見てから心がざわめく。憎悪、憤怒、嫉妬、悲哀、後悔。様々な負の感情が浮かんでは消えていき、最終的に残ったのは、嗜虐的な笑みだった。
「あの蛇の前で、おのこを摘まんでやったら、どんな顔をするのかのぉ」
クツクツと暗い愉悦が滲んだ笑い声がこだまする。
「ああ、楽しみだ。楽しみだのぉ」
日が落ちて、屋敷も山も闇の中に沈むまで、九尾は笑い続けたのであった。
クツクツ、クツクツと。
ちなみに、山の中に高校の修学旅行で行くというのは作者の実体験です。
相部屋になった友達二人が私そっちのけでディープなエヴァの話をしていたのはよく覚えています。