白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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一日目が終わらなくてすいませんでしたぁああああああああ!!(土下座)
今回の展開を描いてたら無駄に筆が乗ってしまいました。

次くらいから多分シリアス入って来るから、多分。


前日譚 高校生編5 修学旅行一日目・夜

「えっと、じゃ、じゃあ、流すね」

「あ、ああ。お願い」

 

 男湯の一角、白い湯気で煙る視界の中、バスタオルを巻いただけの雫が、同じく腰にタオルを乗せただけの久路人のすぐ後ろにいた。その手には手ぬぐいと石鹸が握られており、緊張のせいかプルプルと震えている。しかし、正面の鏡に映る雫のそんな姿を見ても、久路人にそれに気付く余裕はなかった。よく見ると久路人の肩も震えており、彼もまた緊張しているのだとわかる。

 

「スゥ~、ハァ~・・・・」

「・・・・・・」

 

 まるで武道の達人のごとく呼吸を整え、精神統一する雫。対する久路人も目を瞑り、座禅を組む修行僧のような厳かさを醸し出している。一見すると何をやっているのだ?修行の一環か?と問いたくなるような雰囲気だが、それを聞ける者はいない。否、大浴場の中で彼らを認識できる者がいない。

 

 幻術「五里霧中」

 

 雫が最近になって覚えた幻術系統の術である。雫が展開した霧の中と外を仕切る結界であり、仕切られた空間の外にいる者は中のことが分からなくなる上に、「そこには霧も、何もない何の変哲もない空間」と思い込ませる効果がある。加えて、「なんとなくそこに近づきたくない」と思わせる人払いも行うという優れものだ。ただし、効果が盛りだくさんな代償に、ある程度以上の実力を持つ異能者には効かないが。元々は妖怪の襲撃があった際に周囲にバレるのを防ぐために考えた術だ。もっとも、物を壊した後などは修復できないため、修復するための術具を使うまでの時間稼ぎにしかならなかったが、それでも中々便利な術である。だが、さすがの雫もこれを「久路人と一緒に風呂に入るために」使うことまでは予想していなかったが。

 

「フゥ~・・・・行くよ!!!」

「ああ!!」

 

 もはや普段の訓練を超える真剣さである。まるで今から必殺技を放とうとしているかのようだったが、心臓の鼓動を超加速させ、まさしく己を殺すことになりかねない致命の行為であると認識する雫にとっては間違いではない。そうして、今まで練り上げた集中力を開放するかのように、雫の石鹸で泡立った手が久路人の背中に触れる。

 

「・・・・っぅ!!」

「だ、大丈夫!?痛かった!?」

「い、いや、痛いわけじゃないから、大丈夫」

 

 雫の柔らかな手が、自分の背中に触れた瞬間、電流が走ったような刺激を覚えたのだ。雷に対して極めて強い耐性を持つ久路人にとっては、初めての「電気が走ったような感覚」であった。

 

「つ、続き、お願いしてもいいかな」

「う、うん・・・!!」

 

 それから始まる、雫による久路人の背中流し。

 体に走るなんとも表現に困る未知の感覚に混乱しながらも、修行僧のように瞑目する久路人は、なぜこんなことになったのかを思い出していた。

 

-----------

 

 葛城神社を後にして、バスに乗り込み、旅館に着いた久路人たちは、まず荷物を降ろした後に夕食を取った。夕食は雫にとってはやりやすいことにバイキング形式であり、ステーキを山盛りにして食べて空にしては、異常に早くなくなるステーキを見た旅館のスタッフに首をひねらせていた。そして、夕食後にはもう一度部屋に戻る。部屋割りは班ごとであり、各班は3~4人で構成され、久路人のグループは3人だ。他の二人は毛部(もうぶ)君と野間琉(のまる)君といい、いたって普通の生徒で、久路人との仲もそこそこであり、教室ではそれなりに話す間柄だ。ただ、二人とも意外というべきか、気配を殺すのが異常に上手く、「そこにいたのにいなかった」とか「俺の背後に立つなぁああ!!」と言われることが多い。本人たちは、「え?そんなつもりないんだけど・・・」と落ち込んでおり、影が薄いのを気にしているらしい。久路人は気配を探るのが得意なのでそんな二人にもすぐに気が付くため、二人からの好感度は久路人が思う以上に高かったりする。

 

「ここが僕らの部屋か~」

「なんというか、旅館って感じの部屋だね」

「お茶菓子食べようよ」

 

 荷物を降ろして部屋を見回し、旅館の雰囲気を感じ取った後、3人が机の上に置いてあった菓子を食べ始める。男子高校生の食欲を侮ってはいけない。夕食後だろうと間食は余裕であったが、それを羨ましそうに見る影が一つ。

 

「いいなぁ~、美味しそう」

「・・・・・半分」

「え?いいの?ありがと、久路人!!」

 

 久路人の護衛として、当然雫も着いてきている。しかし、元々3人が来る予定の部屋には菓子は3個しかなく、雫はくいっぱぐれている状態である。そんな雫を見て久路人はこっそりと菓子を二つに割ると、隣にいる雫に渡した。雫はまさしく蛇の如く丸のみしていたが、幸せそうな顔だ。久路人本人にも言えることだが、バイキングであれだけ食べておいてよく入るものである。

 そうして、しばらくの間、部屋でダラダラすることになったのだが・・・

 

「ところでさ、あのガイドさん、すごい美人だったよね!!」

「ああ、葛原さんだっけ?アイドル並というか、アイドル超えてるだろ。胸も大きかったし」

「本当にツイてるってか運いいよな~。ねぇ、月宮はどう思う?」

「え!?その、す、すごい美人だなとは思ったよ、ははは・・・」

「・・・・・」

 

 アイドルクラスの美人が修学旅行の案内をしてくれるとなれば、反応するなというのは男子学生には酷だろう。さきほどの夕食の時もそうだったが、久路人たちももう一度件のガイドの話になる。毛部君と野間琉君も他の男子たちのように葛原に対して熱を上げているようだった。夕食では教員側と生徒側で席がかなり離れており、中々葛原と話す機会が取れなかったのも一因だろう。対照的に雫の纏う雰囲気は凄まじい勢いで冷え込んでいるが。「話を合わせてるだけだから!!本当だからね!!」と目で合図を試みているおかげか、それとも雫のコントロールが上達したのか、冷気は漏れていないようだが、久路人としてはたまったものではない。だが、そんなやや挙動不審な久路人の様子に気が付いたのか、毛部君と野間琉君は怪訝な顔で久路人を見る。

 

「なあ月宮君、君・・・・」

「まさかとは思うけど・・・」

「え?」

「「もしかして、女より男が・・」

「違うよ!!」

「・・・・久路人?」

 

 どうやらいらん誤解を受けているようで、慌てて久路人は否定する。雫までなんとなく疑いの眼差しで見ているところを見るに、結構その疑惑は深かったようだ。男二人にとっては自身の貞操の危機かもしれないということで、その慌てぶりすら怪しく見えてくるのか、久路人から距離を取っている。

 

「だって、月宮君、クラスの女子とほとんど話さないじゃん」

「それに、いつも池目君とか伴侍君の近くにいるし、あの空手部とも仲良さそうだし」

「誤解だって!!池目君たちとは同じ中学で、そのころから結構話したからで・・」

「「つまり、中学の頃から・・・・」」

「だから違うってば!!わかってて言ってるだろ、二人とも!!」

「「バレたか」」

 

 久路人が若干怒りながらそう言うと、二人はニヤリと笑いながらそう言った。彼らなりのジョークだったのだろう。ただ、久路人がクラスの女子と話さないのは本当だし、そのため男子といる時間の方が長いのも確かだった。それというのも・・・

 

「・・・私のせいじゃないもん」

(・・・まあ、半分は向こうと池目君たちのせいって感じだからなぁ。きっかけは雫だし、池目君たちには感謝してるけど)

 

 前にあまりにも久路人にイケメンたちの好みを教えてと言う女子が多かったので、イラついた雫が足元を一瞬凍らせて転ばせたことがあったのだ。そこでこれまでイケメンズの情報を漏らさない久路人にヘイトが溜まっていたこともあり、転ばせたといういちゃもんがつけられそうになったのだが、そこに池目君と伴侍君が現れ、「俺らの好み聞きたいのなら直接聞きに来いよ。月宮に迷惑かけんな」と一喝。それ以降、クラスの女子からは「下手に関わると伴侍君たちから嫌われるかも」と思われ、なんとなく避けられているというわけである。ただし、一部の女子はその3人の関係を非常に好ましく思っており、「その手の本」の制作を行っているというのは、たまたま存在に気が付かれずに話を聞いてしまった毛部君と野間琉君しか知らないことだ。彼らはその存在感のなさから本人の意思にかかわらず様々な情報を聞いてしまっており、久路人のホモ疑惑もそれらの情報から「割とマジなんじゃね?」と思っていた次第である。

 

「あの空手部はもう別格として、野球部の多田谷、水泳部の近野、アメフト部の小坊に加えてクラスメイトまでホモじゃなくてよかったよ」

「ああ。ゴキブリは1匹いたら30匹いるって言うけど、ホモもそんなだったらどうしようって感じだった」

 

 久路人に聞かれないように、小声で安堵しあう二人。

 何気に二人でパルクール部を作っている二人は運動部周りの情報に特に詳しい。いったい彼らはどこまで運動部まわりの闇を知っているのか?それは彼らにしかわからない。なお、久路人は雫の方を見ていたので彼らの様子には気が付かなかった。

 

「でも、それなら月宮君も好きな女子はいるの?」

「俺たちが把握してる限り、そんな感じしないけど」

「なんか気になる言い方だなぁ・・・・まあ、特にはいないけど」

「「・・・・・・」」

「だから違う!!」

 

 「え?こいつやっぱり・・」という視線を感じ、否定する久路人に、微妙な顔をする雫。だが、さきほどまでの流れでこの返答ではそう思われても仕方ないだろう。

 

「じゃあ、好みのタイプは?」

「さすがにそれくらいはあるよね?」

「え?それは・・・・」

「・・・・・!!!」

 

 雫がガバッ!!と身を起こした。その紅い瞳は期待と不安と興味で輝いている。

 その様子よりも、「ここで「とくにない」とか言ったら確実にホモのレッテルを貼られる」という危機感に駆り立てられた久路人は率直に自分の内心を口に出した。

 

「えっと、まず可愛い系より美人って感じの子かな」

「ほうほう」

「もっと詳しく言うと?」

「う~ん、髪は長い方がいいかも。ストレートな感じで」

「清楚系か」

「背丈とかは?」

「なんとなくだけど、僕と同じくらいか、小柄だといいかなぁ」

「まあ、そこは男ならそうだよね」

「わかるわかる」

 

 恋バナ系が好きなのは、いつの時代も男女共通である。男三人の会話は中々に盛り上がっていた。

 そして・・・

 

(久路人が言った特徴、全部私に当てはまってる!!!)

 

 尻尾が合ったらブンブンと振り回していそうな感じで興奮している雫がいた。かつて中学の頃に似たような会話になったころと比べると飛躍的な進歩である。

 

(やっぱり、もしかして、久路人も私のこと・・・・)

 

 その控えめな胸の内は、期待と喜びで張り裂けそう・・・・・

 

「「で、巨乳と」」

「うん」

 

 速攻で萎んだ。久路人もこの質問には真顔で即答であった。情報通の二人には久路人の巨乳好きもバレていたようである。自分の性癖は偽れない。それもまた摂理。

 だが、久路人は自分の行った悪手に気が付いた。部屋が急激に冷え込み、雫がスゥッと浮かび上がる。

 

「ねぇ久路人、これは純粋な興味から聞くんだけど、あの脂肪の塊になんの魅力があるの?あんなのただの胸筋を鍛えるだけの重りだよね?ねえなんで?」

 

 瞳に闇が渦巻く雫が空中でさかさまに浮かびながら、至近距離で久路人の顔を覗き込んできた。さながらホラー映画のワンシーンである。

 

「ねぇ、教えてよ。なんで?ねぇ、なんで?なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?」

(怖っ!?というか、前見えないし!!)

「なんか寒くない?」

「もうすぐ夜だしなぁ」

 

 さきほどの返答は雫の逆鱗に触れてしまったようである。冷気のコントロールがブレてきているのか、毛部君と野間琉君も寒さに気付いたようだ。いったいどうやってこの場を収めようと思案していた時だ。

 

 ピピピピ!!!

 久路人の携帯が鳴った。

 

「あ、電話だ」

「月宮君、親からかい?」

「あ、うん。そうみたい。ちょっと外行くね」

 

 ちょうどよく、京から電話がかかってきた。これ幸いとばかりさも「電話だからしょうがないよね」と言わんばかりに大きな声で言って見せる久路人。強引に話を打ち切る気満々である。

 

「・・・・誤魔化されてあげるけど、後で答えは聞かせてもらうからね」

 

 どうやら、その意図はあっさり見破られてしまっていたが。

 

-----------

 

「よぉ、久路人。今大丈夫か?」

「うん。大丈夫。雫も近くにいるよ」

「おし、ならいいや。そっちは変わったことはあるか?」

「特にないよ。穴が空いてる気配もしないし、妖怪はいないみたい。おじさんの方は?」

「俺も別段危険ってわけじゃないが、中々尻尾がつかめなくてな。もう少し時間がかかりそうだ」

 

 旅館のロビーまで来た久路人は、そこで電話に出た。ここのところ家でも毎日行われていた定期報告である。1か月ほど前から、西の方で行方不明者や何かに襲われたような死体が見つかっているとのことで、京はメアを引き連れて調査に向かっていた。久路人がいる葛城山とは逆の方向であり、距離も遠い。

 

「動物を媒介にして術を使ってるのは分ったんだが、媒介になった動物を捕まえてもトカゲのしっぽ切りでな・・・・護符に反応はないんだな?」

「うん、何の反応もないよ。それにしても、おじさんがそんなに手こずるなんて、すごい厄介そうな犯人だね」

「ああ。今のところ目的が掴めねぇのも気味が悪い。東の方では特に事件も増えてねえし、そっちは霧間の縄張りだから大丈夫だとは思うが、護符の反応には気を付けておけよ」

「うん、わかった」

 

 それから軽く旅行であったことを話して、通話を終えようとした時だ。京がふと思いついたように言った。

 

「そうだ。さっき雫も近くにいるって言ったよな?ちょっとハンズフリーにしてくれねぇか?二人に聞かせたいことがある」

「いいけど・・・」

 

 雫の方を見ながら不思議そうな顔をする久路人に、雫も首をかしげてみせる。携帯を操作して、雫が返事をすると、京は確認が取れたと判断して続きを話し始めた。

 

「お前ら、もう風呂は入ったか?」

「いや、まだだけど」

「妾もまだだな」

 

 入浴は男女ごとに時間が決まっており、もう少し先だった。さすがの雫も風呂にまで着いていく気はない。久路人以外の男子の裸など見たいとも思わないし。

 

「そうか、なら雫は久路人と一緒に入れ。あと、寝る時も一緒な」

「「は?」」

 

 爆弾が放り投げられた。二人そろって呆けたような反応をしてしまったが、仕方ないだろう。

 

「おじさん何言ってんの!?」

「妾を痴女だと思っとるのか、貴様ぁ!?」

「うるせーな、ちゃんと理由はあるわ。あのな、いつもの家なら別にいいぜ?あそこは七賢でも無断侵入は簡単にはできない要塞だ。だが、お前らのいる旅館は簡易の結界しか張ってないし、遠いとはいえ、事件だって起きてんだ。入浴中だの就寝中だのは暗殺だって一番やりやすいんだぞ」

 

 京の言うことも一理ある。護衛とはどんなタイミングでも護衛してこそだ。堅固な守りを誇る月宮家ならばその必要は薄いが、今の久路人たちがいる旅館はそうではない。本来ならば修学旅行そのものを休ませればよかったのかもしれないが、中学では休ませてしまっているし、そもそもこれとて念のための処置ではある。必ずやる必要はないが、やっておいた方がよいという話であった。

 

「でも、男湯だよ?」

「いくら姿が見られないとはいえ、さすがに妾も嫌だぞ」

 

 雫も乙女だ。心に決めた殿方以外に肌をさらすなど絶対にお断りだったし、久路人としてもなんとなく嫌だった。

 

「雫、お前最近幻術使えるようになったろ。あの霧で仕切りゃいいだろ。不安なら久路人の黒鉄で壁を作ってもいい。だが、男のいるところで風呂入るのが嫌なら、女子がいるタイミングで幻術使って久路人を・」

「却下!!!それをやるくらいなら男湯に行くわ!!」

「雫!?」

 

 売り言葉に買い言葉とばかりに反応した雫に、「何言ってんの!?」と言わんばかりの目を向ける久路人。だが、それを逃す京ではない。

 

「お?言ったな?なら久路人が入るときに一緒に行けよ?久路人の護衛殿。それとも、護衛の仕事をサボってヘタレ・・」

「上等だチャラ男がぁ!!」

 

 久路人の護衛という誇りある仕事を引き合いに出されたら雫も引けない。久路人の手から携帯を奪い取り、大声で怒鳴りつけると、「フン!!」と通話を切った。「チャラ男じゃねぇ・・・」と言いかける声が聞こえたが、そんなものは二人にはどうでもよかった。

 

「行くよ久路人!!もうすぐお風呂の時間でしょ!!」

「え!?本当にやるの!?」

「私はここ10年ずっと久路人の護衛をしてるんだよ!?あんなこと言われて黙ってらんないもん!!」

「ええ・・・・」

 

 憤懣やるかたなし、といった具合の雫と、展開に呆然とする久路人。

 そうして、着替えを持って男湯に行き、脱衣所の入口から浴場内までを一旦「五里霧中」で塞ぎ、通路を確保してから久路人を着替えさせ、突入したという次第だ。なお、久路人が着替えの際中、雫は「見てないよ、視てないからね?」と手で目隠ししながら言いつつも指の隙間はばっちり空いていており、雫の着替えは普段身に着けている「霧の衣」をバスタオルに変えるだけだったので一瞬で終わった。

 浴場内に侵入した後は霧を隅の方にだけ展開した後に、念のためということで久路人が黒鉄で薄い壁を作り、さあ準備万端となったわけだが・・・・

 

「「・・・・・・」」

 

 無言。

 

((き、気まずい・・・・!!!))

 

 当然である。

 一緒に風呂に入るなど手を繋ぐなどよりも数段ハードルが高い。普段の行動を見ていれば、あのビビりでヘタレな雫がよく実行に移せたものだと思うが、それは「護衛のプライド」、「護衛の必要性も一理ある」、「久路人の裸が見たい」という大義名分があるからで、それらがなければ妄想はすれど実際に行うことはなかったであろう。雫は訓練中も久路人の脱衣を狙う、洗濯籠の久路人の下着の匂いを吸入するなど一線を軽く超えたことをやらかすが、それも「訓練中の事故、強くなるためには致し方なし」とか「リラックスタイムの風呂で休めないのは問題。警護に支障が出るかもしれない」という大義名分(いいわけ)があるからだ。そういった理論武装ができる場合、雫のヘタレは若干鳴りを潜める。とはいえ、何を話していいかもわからない状況に変わりはない。どんどん重くなる場の空気に、二人のメンタルは早くも限界が近づいており、先に音を上げたのはやはりチキンの雫だったが、今回はあまりに特殊な状況だからだろうか、珍しく逃げには回らなかった。

 

「く、久路人、せ、背中流そっか?」

「はい、お願いします!!」

「ええ!?」

「あ!?」

 

 護衛として逃げるわけにはいかない。だが、この沈黙は打破したいと思う雫はつい自分の心の中にある欲望を口に出してしまったのだ。だが、沈黙をどうにかしたかったのは久路人も同じ。「何か、何か会話をしなければ!!会話があったら乗らねば!!」と内心ガチガチだった彼は即答。

 

「ま、や、やっぱ・・・」

「わ、わかった!!石鹸取って!!」

「は、はい!!!」

 

 咄嗟に断ろうとするも、一度沈黙から解放された場の流れは止まらない。久路人が言いきる前に了承した雫が先に進めようとすると、久路人にももはや止めようがなかった。

 そうして、冒頭の状況に繋がるわけである。

 

 

-----------

 

(背中、すごいがっしりしてて、たくましい・・・・)

 

 石鹸の泡を塗りたくりながら、もうなんか色々ありすぎてボゥっとした頭で雫はそんなことを思った。雫もこんな至近距離で久路人の背中をじかに見るのは初めてであるが、さすがは10年以上異能者としての訓練を続けてきただけあって、久路人は中々に鍛えられた体をしている。見せるための筋肉ではなく、効率よく体を動かすための、しっかりと締まった細身の体だ。

 

(あ、でも、キズがある)

 

 しかし、雫はそんな久路人の背中に細い切り傷のような跡がいくつもあるのに気が付いた。状態を見るに、比較的新しいようだ。その傷を見て、雫の頭が少し冷える。ちょうど、石鹸の泡が垂れて傷にかかるところだった。

 

「・・・っ!?」

「大丈夫!?染みた!?」

「いや、大丈夫だよ。慣れてるし」

 

 同じくこの状況に適応するために悟りを開きかけていた久路人も現実に帰ってきたようだ。

 

「久路人、この傷・・・・」

「うん。最近の訓練で霊力を上げすぎると、ちょっとね」

 

 久路人は苦笑しながらそう言うが、雫は浮かない顔だ。最近の久路人の霊力の高まりは異常であり、肉体も成長しているといえど、着いていけなくなってきているのだ。雫としては、「久路人と自分が違うモノ」だということをまざまざと見せつけられるようで嫌だった。石鹸の泡をなるべく染みないようにゆっくりと塗って覆い隠す。

 

(そうだ。久路人は脆い人間なんだから、私がしっかりしないと!!)

 

 そんな決意とともに、雫は久路人の背中を流す。背中の泡はキレイに流れたが、雫の熱意はそのままだ。場の雰囲気によって湧き上がる高揚感と胸の中の決意が、雫を更なる暴走に突き動かす。

 

「ふぅ~、ありがとう。これで背中も綺麗に・・・」

「次は前だね!!!」

「え!?」

 

 「やっと解放される」と思った久路人に思わぬ追撃が襲い掛かる!!

 

「久路人、前も見せて!!そっちにも傷はあるでしょ?タオルの下にも!!」

「雫、何言ってんのかわかってんの!?」

 

 突如立ち上がって回り込もうとする雫から逃げるように回転する久路人。それを追う雫。はた目から見たら完全に痴女とその被害者だ。

 

「いい!!いいから!!前は自分で洗えるから!!」

「私は傷をしっかり見たいの!!」

 

 このままでは埒が明かない。雫の瞳は煌々と輝いており、この状態の雫は早々引き下がらないことを長い付き合いから久路人は良く知っていた。己の貞操を守るため、久路人はカウンターを仕掛けることを瞬時に決定する。

 

「ぼ、僕より、雫の背中が先でしょ!!僕が流すから!!」

「え!?」

 

 雫の動きがピタリと止めた。「今しかない!!」と久路人は立ち上がり、雫の背後を取る。熟達した達人の動きであり、今までの厳しい鍛錬の成果が今こそ発揮されていた。

 

「さあさあ、座って!!流すから!!僕が流すから!!」

「え?え?えぇぇえええ!?」

 

 なんだかんだ言って、雫は久路人からの押しには非常に弱い。促されるままに座ってしまう。「勝った!!」と思った久路人であったが、直後に致命的なミスに気が付く。

 

(こ、これからどうしよう!!?)

 

 目の前にあるのはバスタオルに包まれた雫の背中。たった今、自分は雫の背中を流すと言ってしまった。それを取り消したとしたら、さきほどの状況に逆戻り。しかし、雫の背中を流すにはバスタオルを取らねば・・・・前門の雫後門の雫である。どっちも雫だ。

 

「久路人・・・?」

「え?あ・・・」

「あ、そ、そっか、た、タオルとらなきゃ、ね?」

「う、うん」

 

 「なんかさっきよりも状況悪化してない?」と、この状況を半ば絵の向こうのように現実感のない光景として見始めている久路人がいた。そんな久路人の前で、シュルリと雫のバスタオルが剥がれ、雪原のように白い背中が久路人の前に晒される。

 

「・・・・・・」

「久路人?・・・・私の背中、なんか変?」

「そ、そんなことない!!すごい綺麗な背中だよ!!」

「そ、そうなんだ・・・・よかった」

 

 動きを止めた久路人を不審に思い、上目遣いで不安げに自分を見る雫に、久路人は自分の正直な内心を即答する。

 

(そうだ。やらなきゃ!!ここで退くわけにはいかない!!)

 

 ことがここまで進んでしまえば、もはや前進以外は許されない。今更「やっぱナシ」なんて言ったら、雫は悲しむかもしれない。後退すれば銃殺刑だ。

 

「フッ!!」

 

 息を鋭く吐き、普段の柔和な目つきを刃のように鋭くした久路人は、稲妻のような速さで石鹸と手ぬぐいを取ると、目にもとまらぬスピードで泡立てる。

 

「行きます!!」

「は、はいぃぃぃ!!」

 

 気合の入った声とともに、久路人の手が雫の美しい背中に触れ・・・・

 

「ひゃぅううううう!!?」

「うぉぉおおおおお!?」

 

 ビクン!!と震えた背中と雫の声に驚いた久路人は叫びながらバックステップで下がり、身構える。

 

「だ、大丈夫!?」

「う、うん。ちょ、ちょっと驚いただけ・・・・」

「そ、そうなんだ・・・」

 

 フゥ~、とお互いに深呼吸をして、精神統一を図る二人。立場は逆だが、冒頭と状況は同じである。

 そして、久路人の追撃が雫の背中に襲い掛かる!!

 

「ん、んんぅぅううう~!!」

「し、雫!?」

「だ、大丈夫!!大丈夫だから、つづけ・・ひゃうっ!?」

「・・・・・・・」

 

 久路人の手が雫に触れるたびに漏れる雫の声。まごうことなき美少女から漏れる艶めかしい声は、健全な男子高校生にはあまりにも毒であった。

 

「・・・・!!!」

「?く、久路人?どうしたの?」

「・・・・いや、なんでもないよ」

 

 自身の下半身に起きた現象を自覚し、久路人は慌てるどころか逆に冷静になっていた。

 

(バレたら(つきみやくろと)は死ぬ)

 

 自身の様々な面が絶体絶命の危機にあることを認めた久路人の脳は高速かつ冷静に事態の打開策を考えだす。そうだ。雫の声に気を取られるからダメなのだ。雫の声を無視し、高速で素早く済ませる。これが最適解だ。そのために必要な物はただ一つ。

 

「雷起!!!」

「ええ!?なんで!?」

 

 術を使った久路人に雫が疑問の声を上げるが、もはやその声は届かない。術の効果と想像もしなかったような状況に陥っていることもあって極限の集中力を発揮している久路人には、すべての音が素通りしていった。今の久路人に感じられるものは、正面の雫の背中だけだ。

 

「・・・フゥっ!!」

「ひゃっ!?く、久路人!?」

「・・・・・・・」

「な、なんで無言なの!?怖い・・あぅうううう!?」

「・・・・・・・」

「あっ、はっ、く、久路人、んんぅううう!?」

「・・・・・・・」

 

 雫の艶めかしい声など、湿っぽい吐息など、ビクリと震える白い背中の動きなど、久路人には何も感じない。感じないったら感じない。その手は業物を仕上げる匠の如くよどみなく動き、素早く、かつ傷つけないように雫の背中を洗っていく。

 

「はっ、はっ、はっ、あぅ!?」

「・・・・・・・」

「んぅ~~~~~!!?」

「・・・・・・・」

 

 そして・・・・

 

「・・・・・終わりか」

「ハァハァハァハァ・・・・・」

 

 一仕事終えた職人の如く雫の背中を流し終えた久路人は、冷静な声音でそう言いながら立ち上がる。雫はビクンビクンと小刻みに痙攣しながら湿った息を吐いていた。

 

「それじゃ、前は自分でお願い。僕は後ろ向いて・・・」

「ふぁぁい」

 

 もはやまともな思考ができていなかった雫は、言われるがままに前のバスタオルを外し、体を洗おうとする。久路人が後ろを向く前に。

 

「ちょっ!?雫!?」

 

 驚き慌てて久路人が思わず止めようとするも・・・・

 

「じゃば~」

「・・・・」

 

 気の抜けた声とともに、バスタオルが外れる寸前に雫の周りに渦が現れ、石鹸を中で泡立てながら雫の体を洗っていく。まるで洗濯機のようだった。

 

「終わった~」

「え?ああ、うん」

 

 そうして30秒ほどそうしていた雫が渦を消すと、元通りバスタオルを巻いた雫がそこにいた。

 

「ねえ雫」

「ん~?」

 

 まだどこか上の空だが、さっきよりは思考が元に戻っている雫に久路人は問う。

 

「その方法なら背中流し合う必要なかったんじゃない?」

「あ・・・・・」

 

 結局、男子たちの入浴時間を過ぎてしまいそうだったので、湯船には浸からずにそのまま二人は浴場を出た。その顔は二人ともあまりにも大きな困難を潜り抜けた後に、「え?そんな苦労する方法でやったの?馬鹿じゃね?」と言われた後のように脱力していた。

 

「「・・・・・・・」」

 

 もうなんか色々考えるのが面倒になっていた二人は、二人そろって同じ布団に入った。「あそこまでやったんならもう同じ布団で寝るくらいなんともないや」というある種の賢者タイム兼無敵タイムである。

 翌朝に「「なんでここに久路人(雫)が!?」」と顔を赤くして驚くのは別の話。

 

「・・・・なあ、月宮君ってやっぱり」

「しぃっ!!言うな。俺たちがオカズにされる!!」

 

 男湯から出てきたと思ったら異常に顔を上気させて一言もしゃべらずに布団に潜り込んだ久路人を見て毛部君と野間琉君がまた誤解するのも別の話である。

 

 

 

 

 

 




もう途中でゴールさせちゃってもいいかなと、危ういことを考えてしまいました。
感想、評価よろしくです!!


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