白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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超難産回。というか、土曜仕事からの日曜ゴルフの練習ってなんスカ、先輩・・・・
もしかしたら、これから更新頻度落ちるかもしれないです。週一回は最低でも続けたいと思いますが・・・




前日譚 天花乱墜2

「なんだ、ここは・・・・」

 

 僕の目の前に広がっていたのは、一面のススキ原だった。僕の立っている辺りだけは草刈りが行われたように地面がむき出しになっており、頭上の星と満月が青白く照らしている。

 だが、おかしい。さっきまで僕は葛城山にいたはずなのだ。あの山は自然豊かな山だったが、あるのは紅葉や杉のような木立ばかりで草地はなかった。なにより、ついさっきまではまだ夕方だった。いくら日が落ちるのが早くなったからと言って、瞬きにも満たない時間で満月が登るはずもない。

 

「雫!!雫!?」

 

 声を張り上げて頼れる相方を呼ぶが、返事はない。いつもならば僕が呼べばどんなに遅くとも2秒以内には何かしらの反応が返ってくるのだが・・・

 

「まさか、幻術?」

 

 おじさんが最近電話で言っていた、幻術使いの仕業だろうか?そう思って腕輪を見るも、特に変わった反応はない。おじさん曰く、「どんなに強力な幻覚でも、何の反応もしないうちにハマるのだけは防げる」と言っていたから、これは幻術ではないのだろう。だとすると・・・・

 

「これは、まさか『陣』!?・・・・」

「なんだ、知っておったのか?」

「!?」

 

 突如として響いた声に、反射的にその場を飛びのき、服に仕込んでいた黒鉄を操ってマントを作る。

 

(クソっ、黒鉄の量が少ない)

 

 詳しい理屈は分らないが、今の僕は葛城山どころか、現世でも常世でもない空間に飛ばされたのだろう。僕は普段黒鉄を辺りに薄く散布しているが、この空間に持ち込めたのは服に仕込んでいた分くらいだ。防御用のマントと刀か弓と矢を数本作るくらいが限界だ。あまりにも心もとないと言うしかない。そう、こんな真似ができる相手には。

 

「まさか、『陣』を使える妖怪が今もいるなんて・・・・」

「ふふ、先入観は目を曇らすぞ?いい勉強になったな」

 

 僕の目の前にいるのは、葛城山にいた葛原さんだ。だが、感じるプレッシャーが違う。最低でも雫と同格の霊力はあるだろう。だが、それも当然だ。

 

『陣』

 

 それは、水槽の中から水槽を覗く者に至る道しるべ。

 使えるものは極めて少ないと言われる、非常に珍しく、強力な術だ。その術を使うには、「神格」を持っていなければならない。逆に言うと、陣が使えることが神格の証明だと言ってもいい。その効果は今の僕が体験しているように、現世とも常世とも狭間とも異なる新たな水槽を作ること。それは単なる結界とはまるで違うものだ。おじさん曰く、術者の特性が大きく反映されるようで、水槽の作り主は内部において術の使用に絶対的なアドバンテージを有するらしい。だが、いいことずくめではない。

 

「ともかく、我が箱庭、『天花乱墜』にようこそ。歓迎するぞ」

「歓迎してくれるって言うんなら、お茶とお菓子くらいは欲しいんだけど」

「おお、これは失礼したの。だが生憎そういったもてなしの用意は切らしてしまっているのじゃ。代わりの『もてなし』をするゆえ、許してたもれ」

「気持ちは嬉しいけど、お腹すいてるから食べ物は用意してほしかったなぁ」

 

 相手の会話に乗りつつ、少しでも時間を稼ぐ。

 陣はある意味で世界を侵す術だ。長時間の使用は「神」とやらの「ルール」に触れるらしい。さらに言うなら消費する霊力も膨大だ。時間稼ぎで霊力切れを待つのも有効だと聞いている。

 

「いつから僕たちを狙ってた?」

「さて、いつからかのう?そんなことを知って意味があるのかの?」

「そりゃあ、こんな状況だからね。あなたがどこから来て、一体どういう目的でいつからこんなことを考えてたかくらいは気になるさ」

「それもそうか。だが、狙いくらいはわかるじゃろう?汝は存在そのものが力の塊のようなもの。手にしたいと思うのは当然だと思わぬか?」

「悪いけど、自分をそんな資源みたいに思ったことがなくてね。というか、力を手に入れてどうする気?世界征服でもするの?」

「くふふ、世界征服か。いいのう。やってみたいぞ」

「そんなに悪役ムーブしたけりゃネトゲでロールプレイでもしてなよ」

「そんな夢幻みたいなもんで覇権を握ったからなんだというのだ。やるならば現実に決まっておろう?」

「そうかい」

 

 軽口を叩きながらも聞きたい情報を集める。

 目の前の妖怪は葛城山に張られた結界を無視するかのように、さらにはガイドという人間社会に溶け込んだ立場で現れた。幻術への反応がなかった以上、それらはこの妖怪が異能を使わずにやってのけたということだが、とても短期間でできることとは思えない。また、陣を使えるような大物が大穴を空けて乗り込んできたらまずバレるだろうに、そんな様子もなかった。よほど前から人間社会に潜り込んでいたか、あるいは協力者がいるか。こんなのが後何体かいるようならば非常にまずい。

 

「ふふ、そんなに心配せずとも仲間などおらぬよ。それに、今の世に吾ほどの妖怪もそうはおらぬ。横やりなど気にしなくてもよい」

「それはどうもご丁寧に。でも意外だな。騙し討ちなんてしてくるわりにはやけに素直じゃない」

「嘘は真実があるからこそ映えるもの。ここぞというときに使うからこそ嘘にも意味があるのじゃ。まあ、さっきまで言ったことが真実がどうか信じるのかは汝次第じゃがな」

 

 クスクスと、目の前の女はからかうように笑う。いや、実際にからかっているのだろう。葛原からは自分が絶対的優位にいるという余裕があった。だが、彼女の言うことは恐らく真実の可能性が高い。陣というのは相手にとって実力を100%以上発揮させるホームグラウンド。この陣に引き込んだ時点で、向こうの勝利は決まったようなものだからだ。駄目押しに戦力を解放したほうが効果的である。

 

(まだだ、まだ諦めるな。このまま会話を続けて引き伸ばせ。こいつの口ぶりから、こいつは前々から僕らを知ってた。なのに仕掛けてこなかったのは、おじさん達を警戒してたから。引き延ばして時間稼ぎをしてから、どうにかおじさん達と連絡が取れれば・・・・)

「とりあえず、あなたの言うことを信じる・・ああ、あなたじゃちょっと呼びにくいな。名前は何て言うの?葛原さんは偽名だよね?」

「本当に汝は物怖じせんな。その度胸に免じて、珠乃と呼ぶことを許す。それがまごうことなき我が名ゆえにな。吾は、字と姿は仮初めであろうと、この名を偽ることは好かぬ」

 

 葛原が、否、珠乃の姿が揺らめく。陽炎のように一瞬姿がぼやけたと思えば、そこには豪奢な着物を身に纏った女が立っていた。その髪と瞳は金色に輝いている。だが、注目すべきはそこではないだろう。

 

「九本の狐の尾!?・・・・なんでそんな大物が」

「さて、吾にも過去にいろいろとあってな。だがどうじゃ?己が一体何の胃袋にいるのかはよくわかったじゃろう?」

 

 九本の尾をザワリと揺らめかしつつ、珠乃は嗤う。その笑みは三日月のように弧を描き、美しくもその残虐さを現しているようだった。

 

「さて、汝は長々とお喋りをしたいようだが、吾は汝をダシにしたこの後のお楽しみに尺を使いたくてな。悪いが、この辺りで大人しくしてもらうぞ?」

「ダメ元で聞くけど、話し合いで何とかなったりしない?」

「できない相談じゃな。この陣に誘い込んだ時点で、それよりもよほど良い選択肢がある」

「こっちとしては、九尾の狐がなんでガイドなんてしてたか気になるんだけど・・・」

「ふむ、それは機会があったら答えてやろう・・・・汝に言葉を解す能が残っていればの話だがなぁ!!」

「雷起!!」

 

 珠乃がこちらに手を向ける。その数瞬前に、僕は強化の術を発動。同時に、黒鉄を高速で集め、弓矢を作る。幻術を使うつもりなら、その前に一矢報いる!!

 

「紫電!!」

「幻炎!!」

 

 僕の放った弓矢の術技、「紫電」と珠乃が出した炎がぶつかる。恐らく、珠乃は僕を舐めつつも反撃をしてくることは予想していたのだろう。幻術にかかったとしても、その直前に放った攻撃が無効化されるわけではない。それを見越しての攻撃だったのだろう。だが、僕の術技を甘く見るな。

 

「何っ!?」

 

 その矢はまさに紫色の電光。矢と弦に付与された磁力による反発と、矢が秘める電熱、術で強化された僕の腕力で引いた弓は大妖怪と言っていい雫やメアさんでも防御より回避を選択する。黒鉄の矢は炎を突き破って珠乃に迫る。

 

「ちぃっ!!」

 

 だが、紫電は珠乃が再び出した炎が弾けたことで明後日の方向に吹き飛ばされた。けれども、その動作によって確かな隙ができた!!

 

「紫電・四機梯形」

「なぁっ!?」

 

 すかさず放たれる四本の矢。同時に飛び出した矢は微妙に速度が異なっており、1本を吹き飛ばしても残りは直撃コースだ。

 

「き、狐塚!!」

 

 しかし、それも心底驚いたような九尾の唱えた術によって現れた土の壁に阻まれる。四本もの矢を受けた塚は弾け飛ぶも、あれでは矢は届いていないだろう。四本の矢で仕留められればよかったが、相手は神格持ち。その程度で獲れるとは思っていない。矢を放った直後には、次の術の準備はできている。どういうつもりか知らないが、狐お得意だという幻術を使ってこないということは、未だに僕を舐めているに違いない。それは好都合だ。ならば僕を見下したまま死んでしまえ。いきなりこんな状況を引き起こすような無法者に、手段を選ぶことも容赦もない。

 

「電光石火!!」

 

 靴底に貼った薄い2枚の黒鉄の板に術を使用する。地面に接する方とその片割れに、反発する磁力を付与。僕は文字通り弾かれたように一気に土煙の中に突入。弓は跳ぶ間に直刀へと形を変える。

 

「せいっ!!」

「ぬぉおおおお!?」

 

 僕が吹き飛ぶ土くれを弾きながら吶喊するのと、珠乃が狐らしい俊敏な動きで飛びのくのはほぼ同時だった。僕の術技、迅雷はその着物の裾を少々切り裂くだけにとどまり、珠乃は僕の間合いの外に逃れ、獣のように前かがみになりながら構えを取っていた。

 

「ちっ!!速・・「何故だ!?」」

「?」

 

 僕が仕留めきれずに舌打ちしながらも弓に矢をつがえようとしたところで、珠乃は僕の方を見ながら信じられない物を見たような声で言う。

 

「貴様、幻炎を見たにも関わらず、なぜまだ動ける!?」

「・・・はぁ?」

「ここは吾の世界!!いかに七賢が作った術具といえど、この場所で吾が使う幻術を完全に防ぐなどあり得ぬ!!一体どういうからくりだ!?」

 

 目の前の慌てようは、果たして演技だろうか?僕にわざと希望を持たせてすぐに絶望させるために?あり得ないとは言わないが、それならもう少しギリギリまで追い詰めさせたところでやる方がよいのではないか?とも思う。珠乃の言うことが真実ならばあの炎には幻術にかける効果があり、それが僕には効いていないということになるが・・・・

 

「・・・・・」

 

 僕はチラリと腕輪を見るも、反応はない。確かに九尾の狐が使うような幻術を無効化しているのならばすぐに壊れてもおかしくはなさそうだが、その様子もない。まるで、「術具が作動する必要はない」と判断しているかのようだ。

 

「あり得ぬ、あり得ぬ!!この世界で吾の術を防げるものなど、それこそ・・・・・いや、待て」

 

 そこで、炎のように髪を逆立てながら吠えていた珠乃が、スッと冷静になった。

 

「そうか、月宮、天の一族。なるほど、それならば・・・・」

「・・・・・?」

 

 こちらを見つつも珠乃はぶつぶつと何事かを呟いていたが、その間に、僕はさっき飛ばした矢を砂状に戻して回収する。さて、ここからどうするか。このまま時間稼ぎに徹するか、一気呵成に攻めるか。雷起は今のところ連続して使えるのは1時間程度だが、相手の陣がどの程度持つのかは未知数だ。もしも僕の方が先にガス欠になるのなら負けが確定する。今の状況を考えるに・・・・

 

(攻めるか)

 

 理由は分らないが、向こうの幻術は僕には効かないようだ。九尾の狐といえば狐の妖怪の頂点にして幻術使いの王。過去の複数の討伐記録によると、その本領は戦闘能力よりも幻術によるかく乱と人心掌握にあるらしい。そのメインウェポンを無効化できているというのならば、例え神格持ちといえど勝ち目は0ではないはずだ。であるなら、速攻で片付ける。僕は弓を握りなおし・・・

 

「気が変わった」

「・・・!!」

 

 そこで、珠乃はポツリと呟いた。同時におぞましさを感じさせる霊力が放出され、背筋に悪寒が走る。

 

「クククク、まさかこのクソのような世界を壊すための餌が、こうもおあつらえ向きとはのぉ・・・いやはや、『神』というやつはいい趣味をしておるわ」

「・・・・」

 

 その顔に浮かんでいる感情は何だろうか?

 憤怒、悲哀、喜悦、憎悪。様々な感情が渦巻いていびつな笑みを作っていた。だが、これだけは分る。

 

「吾が世界を相手取る前座にふさわしい。蛇の前で嬲ってやるつもりだったが、今ここで、サシで這いつくばらせてやろう!!」

「紫電・三機縦隊!!」

「孤影」

 

 珠乃はもまた、全力で僕にぶつかって来るつもりだ。その気迫を打ち破るように、僕は3本の矢を立て続けに放つも、珠乃はぬるりと染み出すように現れた影に呑まれて消えた。

 

「どこにっ!?」

「幻炎」

「っ!!」

 

 思わず周囲を見回してその姿を追おうとした直後、背後から感じた殺気から離れるために全力で飛びのくと、さっきまで僕が立っていた場所に火柱が立ち上っていた。

 

「・・・サシで倒すとか言ったくせに、やり方がせこくない?」

「ぬかせ。生き残りをかけた勝負は最後まで立っていた者が勝者。勝てば官軍じゃ」

「おおむね賛同するけど、やられる側はたまったもんじゃないっての!!」

 

 言い合いながらもどこからか飛んでくる、炎、岩、氷、風。それらを雷起で強化した反射神経と身体能力で避けていく。

 

「もはや汝の前に姿を現すつもりはない。このまま嬲り殺してやる」

「チっ・・・」

 

 こっちは短期決戦で攻めたいのに、向こうはゲリラ戦を選んだようだった。こちらのガス欠を狙っているのだろうが、こうなるとこの空間を維持できる時間は存外と長いのかもしれない。

 「これはマズい流れになった」そう思うも口には出さない。だが・・・

 

「長い夜になりそうだなぁ!!」

 

 襲い掛かる術の数々をいなしながら、僕はそう叫んだ。

 

 

 

-----------

 

(・・・・・・・よく動くものじゃな)

 

 自分が放つ術を交わし続ける少年を見ながら、珠乃は内心でそう呟いた。自分がこの戦法を取り始めて30分ほど経ったころだろうか。

 

「・・・フゥッ!!」

 

 地面から生える岩の杭を跳びあがって躱し、そこを狙った炎は羽織った黒いマントに弾かれた。着地に合わせたカマイタチもその黒鉄の衣を破れずに散らされる。

 

(あの年ですさまじい技量と判断じゃな。純粋な身体能力も大したものだが、集中力と判断力が特に高い。躱す必要のある攻撃と外套で防げる攻撃を瞬時に判断して対応できておる)

「はっ!!」

 

 頭上からの氷柱を切り払いながら泥沼と化した地面に砂鉄の板を敷いて跳ね跳んで離脱。久路人を押しつぶすように展開された土砂崩れは弓矢で穴を空ける。

 先ほどから常に全力疾走しているようなものだが、その身の動きは陰ることなく、霊力が切れる様子もない。常日頃から鍛錬を重ねてきただろうことがうかがえる。

 

(忌々しい・・・)

 

 珠乃の顔が苛立たし気に歪む。目の前の少年が、物語の英雄もかくやというように動いているのが心底気に食わないと言うように。

 

(なぜそこまでの霊力を持ってしまった人間にそんな動きができる?どうして体が壊れない?晴はいつも伏せっていたというのに!!)

 

 珠乃の胸の内にどす黒い何かが湧き上がる。どうしてあの健康な肉体が彼にはなかったのか?どうしてあんな大きな霊力を持ってしまったのか?どうして自分は・・・・・!!!

 

(我慢ならん。このままチマチマと術を撃ち続けるだけでは気が済まん。それに、ヤツの手札も含め、知りたいことはおおよそ知れた。吾の予想が正しければ、ヤツに吾は捉えられん)

 

「頃合いじゃの」

 

 ニィッと、九尾の顔に裂けるような笑みが浮かんだ。

 

-----------

 

 術の嵐をさばき続けてどれほど経っただろうか?

 

(術者はどこにいる?)

 

 今もすさまじい勢いで吹き付ける砂嵐を外套でガードしながらも僕は密かに索敵を続けていた。

 

(黒鉄が少ないせいで時間はかかってるけど、黒飛蝗を出しても反応がない。僕に幻術が効かないなら感知はできるはずだけど)

 

 珠乃が影に消えた直後から、僕は外套の一部を切り離して周囲に放ち、術者を探しているのだが、未だに当たりがない。影に潜り込んだように見えたため、試しに影も切ったり突いたりしてみたのだが効果はないようだった。この空間がどれほどの広さなのかは分からないが、こんなものを外側から維持・操作ができるとは思えない。必ず内側にいるはずである。

 

(正直、これ以上時間がかかるのは少しマズいぞ・・・!!)

 

 今はまだもっているが、そのうちに雷起の維持時間に限界が来る。その前に見つけ出さねばならない。

 考えながらも四方から襲い掛かる巨大な火の玉を躱し、回避しきれないものは弓矢で撃ち落とす。もう少しでも黒鉄があればもっと余裕のある戦いができるのだが・・・・

 

「クソッ!!」

 

 離れた場所で少しずつ矢に使った黒鉄を回収しつつ、歯がゆい状況に思わず舌打ちした時だ。

 

「クククク・・・」

「!!」

 

 どこからか、珠乃の声が聞こえた。

 

「ずいぶんと汚い言葉遣いじゃのぉ?仮にもおなごが見ている場でそんな口を利くのは感心せんぞ?」

「女子扱いされたかったらまず目の前に出てきてくれない?」

「おお怖い怖い。そんな弓を構えながら言われては恐ろしくてかなわぬよ。汝はもう少しおなごの心を大事にすべきだと思うがの?」

「余計なお世話だよ・・・」

 

 珠乃が話している間、術は飛んでこなかった。声が聞こえてくる方向を特定しようと耳を澄ませるも、一言一言ごとに聞こえる場所が変わっており、判然としない。

 

「いやいや、こういう助言は腐らず受け止めておくものじゃぞ?汝、おなごが怖いんじゃろう?」

「何・・・?」

「クフフ、吾は知っての通りここ二日汝らを見ておったからな。男とつるんでばかりで男色の気でもあるのかと思ったが、おなごと関わり合いになりたくないのじゃろう?」

「・・・それがどうかしたのかよ?」

 

 否定はしなかった。図星だというのもあるが、回復のチャンスでもある。

 僕は一旦雷起の効果を反射神経のみに限定する。こうすれば、ある程度長持ちするし、少しの間でも体を休めることができる。

 

「クフフフ、いや、ずいぶんとあの蛇を信用していると思うてな?あの蛇も元は蛇とはいえ、今のナリは人間のおなごと変わらぬじゃろう?」

「当たり前だろ。確かに僕は女子と関わるのが苦手だけど、そのきっかけから助けてくれたのも雫なんだから」

 

 僕の中で忘れられないあの日。雫が人化の術に成功したとき。

 珠乃の言うことは当たっている。僕は女が怖い。寄ってたかって僕を嬲ったあの眼差しが、あの声が心の奥から消えやしない。けれども、同時に刻み込まれたものもある。

 

----久路人の敵を全部倒して、久路人を守ることだよっ!! 大丈夫!! これからは、さっきみたいなクソ人間どもからも、有象無象の妖怪からも・・・・ずっと、ず~っと私が守るから!!---

 

 この言葉を僕は忘れたことはない。確かに雫は人間の女の子と見た目は同じだが、その言葉が、あのときの僕を抱きしめてくれた感触が、雫に恐怖を抱かせない。

 

「ほぉ~う!!これはこれはずいぶんと入れ込んでおるではないか。だが、向こうはどう思っておるのかの?」

「・・・さっきから何が言いたいんだよ、お前」

 

 自分でも驚くほどの冷たい声が出た。回復させようと思っていた体に、無意識に霊力が流れ込む。

 

「これこれ、そう怒るな。吾はただの一般論を話そうとしているに過ぎん。月宮久路人よ。汝は人間と妖怪の間に情が通じると思うのか?人間と化物。姿や能力も違えば、価値観もまるで異なる。人間同士でも相容れぬことなど日常茶飯事だというのに、種族の違う者同士でうまくいくと思うか?」

「昔から思うけど、そのあたりの感覚は分らないね。お前の言う通り、人間同士ですらうまくいかないことがあるんだ。逆に言えば、妖怪と人間が親しくなることだってあってもおかしくないだろ?人間も妖怪も僕から見れば大した違いはないよ」

「ほぅ!!言うではないか!!」

 

(ヤツが何を狙っているのか知らないが、惑わされるな!!術者の位置を探せ!!)

 

 僕は先ほどまでのように索敵を続ける。しかし、反応はない。

 

(チっ!!)

 

 焦りと、先ほどからの意図の分からない質問への苛立ちから、僕は内心で舌打ちする。そんな僕の心を知ってか知らずか、再び声が響いた。

 

「吾はこれでもかなり長生きをしておるが、汝のような人間は本当に珍しい。その偏見のない考え方はとても尊いものじゃ」

「・・・・・そりゃどうも」

 

 何を考えているのかは分からないが、会話は続ける。これは時間稼ぎだ。熱くなるな。

 

「だがなあ?それはあくまで、汝個人の考えであろう?結局のところ、あの蛇が汝のことをどう思っているのかはわからぬではないか」

「・・・・・」

 

 その言葉に、僕は思わず押し黙った。

 

--雫は、僕のことをどう思っているのだろう?--

 

 それは、この旅行中にずっと考えていたこと。もしも珠乃が来るのがあと少し遅かったら、聞いていたこと。だが、今この時点でも答えられる言葉はある。

 

「友達だよ。僕と雫は友達だ。もう10年も前から」

「ほう、友達。友達かの?」

 

 それは、あの幼いころに交わした約束だ。

 

---妾は、仮に契約がなくなっても、我が友を守る。だから、妾と同じように、お前も妾を守るのだぞ。よいな!!---

 

 あの言葉も、あの約束も、僕にとっては大事なものだ。約束は守らねばならないもの。そういう意味とは別の意味でも。

 

「クフフ、クハハハ・・・アッハハハハハはははははははははあ!!!」

「何がおかしい!!」

 

 だが、そんな大事な約束をあざ笑うかのように、いや、事実馬鹿にしているのだろう。下品とも言えるような笑い声が響いた。

 

「おおすまんの。許してたもれ?先ほどあんなにも勇ましく『人間も妖怪も大差ない』と言った汝が、結局はただの人間というのがアホらしくてのぉ!!アッハハハハハ!!!」

「・・・・どういう意味だよ」

 

 その瞬間、索敵すら忘れて僕はどこにいるともしれない狐に問いかけていた。

 

「その質問を投げとる時点で分かっておらん証拠じゃの。よいか?妖怪に、『友達』などという概念はない。我らは弱肉強食の世界を生き抜く獣から成りあがったモノ。生き抜くために協力することはあっても、心からの友情など抱かぬ」

「・・・それだって、お前個人の話だろ」

「先ほども言うたじゃろ?吾は長生きしておると。今まで多くの人間も妖怪も見てきたが、対等な友人となった人間と妖怪なぞ見たこともないわ。あの「魔人」とて、講和を交わしたのは「魔竜」に打ち勝ってから。すなわち、力で結んだ関係ぞ」

「じゃあ何か?雫が僕に嘘をこれまでつき続けてきたって言うのか?僕らのことをほんの2日間しか見てないお前が?」

「いやいや、そうは言うておらんよ。そう焦るでない。さきほども、「心からの友情」と言ったじゃろ?だが、ふむ、何と言えばよいかのう?・・・・ああ、そうじゃ!!」

 

 そこで、珠乃は一拍置いてから、その言葉を口にした。

 

「友達なんて言葉は、犬だろうが猫だろうが、果てはぬいぐるみにだろうが使うだろう?なあ、人間」

「・・・・!!」

 

 その言葉は、妙に耳に残った。僕の中に、日常の風景が駆け巡る。

 

 朝の匂いチェック。あの時、僕は思わなかったか?「男として見られていないのか?兄弟のように思われてるんじゃないか?」と。だが、それ以下だったとしたら?家族という言葉は、ペットにだって使うものだ。

 

 最近、雫が妙に過保護じゃなかったか?雫にとって、僕は脆い人間で、雫よりもずっと下のように見ていたのか?まるで壊れ物の人形のように。

 

 旅行中の風呂や同衾も、手を繋いで歩いたのも、僕を「そういう対象」として見ていなかったから以前の話なんじゃないか?

 

 

--雫は、僕のことをどう思っているのだろう?--

 

 それはさっきと同じ問い。けれども、今、その問いが持つ意味は・・・・

 

「くくっ!!ほれ、気を抜いてよいのか?」

「!?」

 

 僕が呆けていたのはほんの少しの間だった。だが、それは致命的な隙だった。足元の影がぐにゃりと形を変えたかと思えば、鋭い杭のように尖って、僕の首に迫る!!

 

「くっ!?」

「おお、よく避け・・・「迅雷!!」」

「むぐぅ!?」

 

 影は僕の首筋を掠めたが、かすり傷だ。雷起をかけなおしていたのが功を奏した。そして、この影は今までとは明らかに違う攻撃だ。間違いなく、この攻撃の根元に本体がいる!!

 

「おお、今のは焦ったのぉ!!」

「チっ!!」

 

 咄嗟に放った迅雷だったが、さっきまで影に撃った攻撃のようにダメージは与えられなかったようだ。影に攻撃したつもりだが、それは地面をえぐるにとどまっている。だが・・・・

 

(間違いなく、さっきの珠乃は本気で焦ってた)

 

 さっきの攻撃と今までの違いは何だ?術技だったから?単純な威力の問題?だが、有効打にはなっていなかった。術技そのものが有効なのではない。僕の刀は地面を削るだけで、影は変わらない形をしている。それも当然だ。影に実体はないのだから、斬れるわけが・・・

 

「まさか・・・実体!?」

「ふん、気付いたか」

 

 僕が思わず呟くと、珠乃の返事があった。

 術技は剣技や弓術の動作を詠唱代わりに使う。必然的にその攻撃には必ず実体がある。そして、実体のあるものでは影は傷つけられない。影に入り込むにはまさしく異能の力が必要だ。術技も術の一種であり、僕の場合は雷とよく似た性質の霊力が強く纏わりついている。その霊力が本体に届きかけたのだろう。

 

「汝、遠くの物を狙う時も、弓しか使っておらんかったな?先ほどからチマチマやっておる術も砂鉄を媒介にしたもの。汝、純粋な術が使えん、いや、使ったら体が壊れるのだろう?」

「・・・・・!!」

 

 そうだ。僕の術は身体強化の雷起を除いて、すべて黒鉄か術技を介さねば使えない。それは・・・・

 

「それほどの霊力。攻撃用の術を使おうものなら、人間の体で耐えられるものか」

「・・・・」

 

 例えるのならば、発電所の電力すべてを電子レンジに流し込むようなものだろうか?強大すぎる霊力を直接エネルギーに変換しようとすれば、人間の体では壊れてしまう。ほんの少し霊力を使うつもりでも、それがどれほどの規模になるのか、僕自身にもわからない。

 

「お前がわざわざ答えを言うのは・・・・」

「その通り。汝では吾を捉えることはできんからじゃ。自爆覚悟でやってみるか?影を傷つける前に体が吹き飛ばなければいいのう?」

「・・・・・」

 

 珠乃はまるで自分が絶対的に優位にいるように笑った。それもそうだろう。陣という自分の最高の環境に引きずり込んだ上に、自分は傷つけられないという確信を持ったのだから。だが・・・

 

(手はある。やはりこいつは僕のことを舐め腐っている)

 

 だが、それを使うには、気取られないようにしなければいけない。雷起を使っていられる時間にそろそろ限界が来る。ここで外して、さらに警戒されたら勝ち目はなくなる。

 

「それで?お前は僕にどうしろってんだよ。敗北宣言でもすればいいの?」

「む?なんじゃ、もう諦める気かの?」

「そんなわけないだろ。最後まで足掻くさ。お前にいい顔されてると思うと腹が立つ」

「大人しそうな顔して結構いい性格しておるの・・・・」

 

 会話を続けろ。調子に乗らせろ。虚勢を張っていると見せかけろ。「こいつにはもう打つ手がない」と思わせろ。

 

「まあ、精々頑張るといい。吾は一足先に、味見といこうかの。どれ・・・・お?おお!?」

(隙を作る。その隙に・・・)

 

 僕がそうして作戦を立てている時だった。先ほどの影に付いていた僕の血を珠乃が舐めたようだ。

 

「なんと、素晴らしい味じゃ!!はは、よいぞ!!一舐めしただけで力が増えるのを感じる!!」

「そうかい。お気に召したようで何よりだよ」

「うむ!!気に入ったぞ!!」

 

 そうだ。そうやって気を抜いてろ。

 珠乃が笑い声を上げた瞬間・・・

 

「紫電!!」

「届かぬわ。阿呆」

「チっ!!」

 

 僕は刀を弓に変え、影に向かって矢を放つ。霊力の籠った矢であったが、点の攻撃ではやはり本体には届かなかったようだ。だが、別にこの攻撃に期待はしていない。

 

「ふん。影の中まで矢が飛んでいくとでも思ったのか?」

「実体のあったお前が飛び込んでいったからね。ワンチャンあるかと思ったんだよ」

「それは残念だったの」

 

 大して面白くもなさそうに、珠乃が僕を馬鹿にする。それでいい。準備は整った。

 

「ところでさ、僕が血をあげるって言ったら、見逃してくれたりしない?」

「ほう?今度は交渉でもする気か?汝を操り人形にすればいくらでも好きにできるものを、契約を結んでまで手間をかけるつもりはない」

「そう言わずさ。もう少し飲んでみない?」

「長生きすると我慢強くなっての。焦らした方が後の楽しみも増えるというもの。吾を酔わそうとしたところで無駄なことよ」

「・・・・・」

 

 さて、どうやって一撃叩きこむ隙を作るか。血を飲ませられればやりやすいと思ったのだが、警戒はされているらしい。どうしたものだろうか。

 

「しかし・・・」

「?」

 

 僕が考え込んでいると、珠乃が恍惚とした口調で喋り出した。

 

「酔う、か。クフフ、汝の血は最高の美酒じゃの。ほんの少し舐めただけにもかかわらず、ほろ酔いになったかのようじゃ」

「そりゃよかった。おかわりはいる?」

「ああ、汝を倒した後でいただこう。ああ、それにしてもあの蛇が羨ましい。こんな極上の美酒を日頃から飲んでいるとはの。まさか吾が酔わされそうになるとは予想外じゃ。これは、先の言葉を訂正せねばならんかもしれん」

「どういう意味?」

 

 よし。ヤツの言っていることは真実なのか、口調が少し軽くなっている。今までこの体質に感謝したことはあまりないが、珍しく褒めてもいい気分だ。このまま会話に乗って・・・

 そうして、相槌を打つように返事をした時だ。

 

「あの蛇が、汝のことを本当に友だと、いや、それ以上だと思っておるかもしれんということだ」

「え・・?」

 

 その言葉を聞いたとたん、ゾクリと嫌な予感がした。

 

「・・・どういう意味だよ?」

「ふむ?汝は喜んでもいいと思うがの?汝、あの蛇に懸想しておるじゃろ?」

 

 珠乃の言うことは当たっている。

 確かに、これまでの僕には迷いがあった。それは、僕の本当の気持ちを覆い隠す蓋だった。

 

 

 蛇の姿の時には気にしたこともなかったくせに、美少女の姿になったら気にするなんてずいぶんと虫のいい話だ。

 

 これまでは友達、家族のように接していた。だが、これからはどうすればいいのだろう?

 

 雫の本質は蛇の時と変わらないのだろうか?

 

 自分は男として見られていないのではないか?

 

 そうした迷いと困惑に、雫の態度も手伝って、本当についさきほどまで気が付かなかった。

 だが、それはもう過去の話だ。僕の中には、もうその想いがしっかりと根付いている。珠乃が雫の内心のことを指摘した後も、それは変わらない。揺らげはすれど、所詮は僕らのことをよく知りもしない敵の言うことである。僕自身の想いが消えることはない。

 だからこそ、先ほどから悪寒が消えない。

 

 

「・・・だから?」

「吾も不思議だったのじゃ。さきの言葉と矛盾するようだがの、あの蛇は吾から見ても本気で汝を慕っているように見えた」

「・・・・・」

 

 それは、本当ならば喜ぶべきことだろう。事実、あの神社の中で雫の口から聞けていたら、喜びの余り死んでいたかもしれない。だが、今はただただ頭が痛くなるくらいの寒気しか感じない。

 けれども作戦のため、不自然な行動はできない。だから、会話を切ることもできない。話の流れのままに、僕は嫌な予感がするにも関わらず、続きを・・・・

 

「だが、こうまで力に満ちた血を持っているとなれば話は変わる。この血ならばあり得ぬこともないじゃろう」

「まどろっこしいな!!何が言いたいんだよ!!」

 

 思わず、声を荒げる。「止めろ!!この先を聞くな!!」と何かが警鐘を上げているが、もはや作戦のことなど関係なく止まれなかった。

 

 

「ふむ、ここまで言って分らぬか?鈍いのう。つまりな・・・・・」

 

 

---汝の血がな?あの蛇を狂わせておるのではないか?と言う話だ---

 

 

-----------

 

 久路人には、ずっと疑問に思っていたことがある。

 昔現れたトカゲのような妖怪は、久路人の血を飲んだ瞬間に体が崩壊した。久路人の血の力に体が耐えられなかったからだ。そして、雫がそれに耐えられるのは雫にそれにふさわしい器があるからだ。

 

 だが、それは永遠に続くものなのだろうか?

 

 汚水が少しづつ大地を蝕んでいくように、自分の血が雫に悪影響を与えることはないのだろうか?

 京によれば「心配ない」とのことだったが、日に日に強くなる自分の力は本当に安全なものなのだろうか?

 この、自分の体にすら害を与えかねないこの血が。

 

「・・・!!!!」

 

 だからこそ、それは、呪いの言葉だった。久路人の心の奥底にまでめり込む棘。

 

「人間でも分かるじゃろう?酒も麻薬も、人間を狂わせ、依存させる。それを得るためならばどんな尊厳でも捨てさせるほどに。あるいは、本当にそれが好きだと思い込ませるほどにのぅ」

「・・・・・・」

「あの蛇があんなにも汝に従順だったのも頷ける。あの蛇は精神に作用する術は使えないようだったからの。汝に媚を売っているのか、それこそ「汝のことを愛している」と思わされているのかまでは分らぬがな」

「・・・・・れ」

「いやあ、よかったではないか!!これで晴れて汝らは両想い!!人間と妖怪という種族を超えた愛を生み出したではないか!!」

「・・・・黙れ」

「うむ!!何度も過去の発言を取り消すのは恰好が悪いが、また気が変わったぞ!!汝らのその尊い愛に免じて見逃して・・・・」

「黙れぇぇぇぇぇぇえぇええええええええええええええええ!!!!!!!!」

 

 久路人の頭からその瞬間、この声の主を殺すこと以外のすべてが消えていた。結果的に、それが一番の奇襲になったのだろう。

 

「鳴弦んんん!!!!!!」

「何ぃ!?」

 

 久路人が持っていた弓をかき鳴らすと、膨大な霊力が音とともに拡散する。

 鳴弦は術技の一種だ。弓の弦を鳴らす音は古来より魔除けと言われていたが、この術技もその効果は同じ。ただ他の術技と違いがあるとするならば、音という実体のないものを媒介にすることで、霊力そのものを拡散する、術により近い形態ということだ。そうして、拡散する霊力は、影の中にまで伝わる。久路人の膨大な霊力をそのまま放つその攻撃は、あらゆるものを揺さぶる音響兵器であった。

 

「ぐぅぅううううう!!?」

 

 影の中はこのススキ原ほどに広くなかったのか、たまらんとばかりに珠乃は飛び出した。その耳からは血が垂れている。

 

「おのれ、よくも、よくもぉおおお!!!」

 

 圧倒的優位に立っているという自負から、手痛い反撃を食らったことがいたくプライドを傷つけたのだろう。その目は怒りに燃えていた。

 

「炎獄!!」

 

 放たれたのは見上げるのも馬鹿らしくなるくらいの大火球だった。食らえば焼ける前に全身が粉々に吹き飛ぶであろう威力を持った術がたった一人の少年に向かう。その炎は大妖怪たる九尾の怒りの塊だ。

 

「死ねぇぇぇぇええええ「雷切!!!」」

「なあっ!?」

 

 されど、怒りに燃えているのは珠乃だけではない。どこに向けていいかもわからない。名前も分からない感情が、久路人の中には渦巻いていた。そうして、そのはけ口はその場には一つしかない。

 雷すら切り落とすような鋭い斬撃が火球を切り裂くと、さながらモーゼの十戒のごとく珠乃までの道が開けた。

 

「死ね」

「な、お゛お゛!?」

 

 道が開いた後はまさしく一瞬であった。

 本物の雷の如き速さで迫った久路人の「迅雷」は、珠乃の心臓を貫いていた。

 

「これで、消えろぉぉおおおおおおおおおおお!!!」

 

 久路人の刀が赤熱し、心臓から全身を焼いていく。久路人の手も焼け焦げていくが、意にも介さない。

 

「そんな、吾が、こんな、こん・・・・」

 

 そうして何かを言いかける前に、神格を持つほどの大妖怪、九尾は灰となった。

 灰が巻き起こった風に運ばれて散っていくのを、肉体が限界に達し、雷起も切れた久路人は脱力感に身を任せたまま茫然と見つめていた。精神力も尽きたのか、その身を纏う黒鉄の外套もサラサラと崩れる。

 

「・・・・・・」

 

 ススキ原が、ひび割れていく。

 造物主がいなくなったことで、形を保てなくなったのだろうと、どこか他人事のように周りを見る久路人は思った。事実、久路人にとってこの空間がどうなろうとどうでもよかった。その頭にあるのはたった一つのことだけだ。

 

「・・・・雫、僕は」

 

 先ほどの珠乃が言った言葉。

 

「僕は、僕は・・・・」

 

 もしもあの言葉が、自分こそが雫を正気でなくしているのが事実だとしたら・・・・

 

「僕は、どうすれば・・・・」

 

 答えを返してくれる者などいないことが分かりきった場所で、久路人がそう呟き・・・・

 

 

「幻炎」

「がぁっ!?」

 

 背後から放たれた炎が、久路人を吹き飛ばした。

 身体強化も、纏う鎧もない久路人に直撃し、その体を吹き飛ばして、したたかに地面に叩きつける。

 

「・・・な、なんで?」

 

 今までの消耗に、完全に不意を打たれた久路人は、そう問いかけることしかできなかった。しかし、先の独り言に応える者はいなかったが、この問いには返事をする者がいた。

 

「ふん、一番最初に言ったじゃろう?『見るは幻、聞くは虚言、動くはただ影ばかり』とな」

 

 久路人の背後にいつの間にか立っていたのは、先ほど灰になったはずの珠乃であった。だが、その体どころか服にも焦げ目一つない。まるでこのススキ原にたった今歩いてきたような、場違いを感じさせるような違和感。そして、久路人はその正体に気が付いた。姿を偽るのとは別の方向で騙す方法の一つ。

 

「分け身・・・」

 

 分け身の術。

 幻術と並んで九尾のような妖怪が得意とする自分の実体ある分身を作り出す術だった。

 

「今頃気付いたところで遅いわ。だがまあ、炎獄を切り裂いたのは驚いたのぅ。直接やりあっておれば、吾が負けた未来もあり得たかもしれぬ。まあ、吾が不利になるような勝負などそもそも乗らんがな」

 

 崩れかけていたススキ原が元に戻っていく。その崩壊すら演技だったのだろう。

 最初から、すべてが手のひらの上だった。

 幻の世界に誘い込み、虚言で久路人の心を乱し、分身を囮に影をもってとどめを刺す。

 例え最も得意とする幻術を封じられようと、神格に至った妖怪が、そう簡単に敗れるはずもない。

 

「ではな。年頃のおのこの心の動きは操りやすくて助かったぞ」

「くそ・・・・」

 

 久路人の目の前が暗くなっていく。だが、久路人の心の中にあるのは、先ほどから変わらない。

 

「しずく・・・」

 

 そうして、月宮久路人は意識を失った。

 




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ちなみに、次は雫回です。久路人とは別の内容で心折りに行く予定。

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