設定盛り込みすぎました。
キリがあまり良くないので、次の最期の閑話は来週の火曜日の夜に投稿します!!
この街は、とある県の地方都市だ。自然と都会がバランスよく融合した街であり、街の中心部はそれなりに栄えているが、少し郊外に出れば手付かずの森や耕作放棄地が広がっており、鹿やら狸やらがウロウロしている。
そんな街の郊外にある一軒家で、4人の人影が一部屋に集まっていた。
「まず最初に謝っとく。俺がもっと注意深く観察してればここまでのことにはならなかったかもしれねぇ。本当に済まなかった」
久路人たちがリリスの馬車で月宮家付近に送られ、京に引き取られた後。久路人と雫の体調を精密検査し、眠り続けているが放置しても問題ないと判断した京たちは旅行関係者や学校の人間の記憶処理やら何やらで方々を駆けずり回った。その間に久路人と雫は月宮家で疲労と解毒のためにほとんど絶対安静で眠りこけ、今は旅行から帰って3日後、久路人が目覚めて少し経った後のことである。
「ちょっ!?頭上げてよおじさん!!相手は幻術の神格持ちだったんだから、しょうがないって!!」
「仕方がなかろうがなんだろうが、それでお前が死ななかったのは運が良かっただけだ。俺も気が抜けてたのは間違いねぇよ」
月宮家の居間では、家主の京が向かい側のソファに座る久路人に頭を下げ、それを慌てて久路人が止めようとしていた。
京としては自分の兄の忘れ形見を危うく死なせかけたのだから、何度謝っても足りないという心境なのだろうが、直接敵と戦った久路人としては陣を展開できるような相手が潜伏していたのを見つけろというのはかなりの無茶ぶりだと思っている。
「俺は、兄貴に、いや、お前の親父に約束してたんだよ。お前を守るってな。俺は、その約束を守れなかった。頭下げて当然だ」
「おじさん・・・・」
「約束」という単語に、久路人の語気が弱まった。
大事な約束を守れなかった時の罪悪感については、自分もつい最近に実感したばかりである。久路人には京の気持ちが痛いほどよくわかったのだ。
「久路人様、私も貴方を守護するという役目を果たせませんでした。その段階で、私も同罪です。もしもお叱りになるのでしたら、京だけでなく私も・・・・」
「メアさんまで・・・・」
そこで、京の隣に控えていたメアも主に倣って頭を下げた。彼女もまた久路人の護衛を命じられてはいるが、メアの場合は第一優先対象は主である京であり、仕方のないことだとは久路人には思えた。
さらに・・・・
「待てお前たち。あの場にいなかったお前たちがそうまで頭を下げるのならば、妾の立つ瀬がないだろうが。久路人の一番の護衛はこの妾なのだからな。妾こそ、最も罪が重いだろうよ」
久路人の隣に座っていた雫が口を開いた。
雫は久路人の血をもらう代わりに護衛をするという契約を結んでいるうえに、契約がなくとも守るという約束も交わしている。この場で最も決まりを破っているのは雫である。しかし、久路人にはとても雫を責める気にはなれなかった。それは好きな異性ということもなくはないが、それ以上に雫が全力で闘い、結果的に契約を果たせずとも、誓いを守るという意思をはっきりと見せつけたのを知っているからだ。なにより、自分も雫との約束が守れなかったことを考えればとやかく言えるはずもない。つまるところ、この場の全員が決まりを破っているのである。
「わかりました・・・・みんなの謝罪を受け取ります。でも、だからこそ!!もう謝るのは止めて欲しい!!約束を守れなかったのは皆同じだけど、その元凶は倒した。なら、もう二度と約束を破らないようにする方が大事だよ!!」
それは久路人自身に向けた言葉でもあった。
約束を破った嫌悪感は未だに胸に残っているが、そのことを延々と責め続けて同じような事態を引き起こすようなことがあれば、それは今回以上のルール違反である。
「わかった。お前がそう言うなら、クヨクヨすんのはもうやめだ」
「ええ、偉そうなことは言えませんが、その方が建設的かと」
「私も、もうあんな目にはあいたくないしね」
久路人の言葉に、場の雰囲気が変わる。
この4人の中で、これまでの失態はこれで手打ちになったということだろう。
「んじゃあ、早速だが反省会といくか。今回こんなことになった理由だが、昔に九尾が封印されていたのを管理してた一族が忘れてて、封印が弱ったところで解けちまったらしい」
「久路人様たちが旅行に行く前に京とともに葛城山に向かいましたが、その時点ではおかしな点は見つかりませんでした。その地の霊能者の様子も不審なところはなかったのですが・・・・」
「昨日一昨日と、向こうに行ってみたらひどい有様でな。幻術が解けたんだろうが『我々のせいではない!!』だの言い訳しかしやがらなかったから一発ぶん殴ってすぐに帰ってきた。そのうち学会から監査が入って、土地も学会か霧間一族の管理下になるだろうな」
「他の生徒については、特におかしなところはありませんでした。生徒に術をかけたのではなく、操った葛城山の一族を使って携帯の使えない観光施設に誘導しただけだったのでしょう。久路人様がいなくなった件については、急病ということで処理しました」
「あそこに空いた穴については、第五位のやつが封印した。空いてすぐだったから、簡単に塞げたみたいだったぜ。
そうして語られる事の発端と顛末。
九尾がいたのは忘却界が張られるより前に葛城山に封印され、その封印が解けたため。管理を怠った一族は更迭され、新しく封印された穴も含め、今後の葛城山は学会、ひいて七賢第五位を擁する霧間一族が治めることになるだろう。
「つまりだ。今回みたいなことを防ぐには、各地の霊能者のテコ入れやら大昔に封印された妖怪の探索が必要ってわけだな」
「霊能者との連携に関しては、日本は学会との関りが薄く、各地方の一族が幅を利かせているためにまだまだ先のことになるでしょうが、封印については「そういうものがある」ことさえ分かっていればやりようはあります」
日本という国は、世界的に見ても穴の空きやすい霊地を多く保有する特異点ともいえる島国だ。しかし、忘却界が張られるより前から島の中で独自の発展を遂げた霊能者たちによって人外としのぎを削ってきたという背景もあり、ロンドンに本部を置く学会との折り合いはよくはない。学会が七賢を二人も配属するのには、それ相応の理由があるのだ。
「学会にも応援を頼むが、俺とメアは、これからそういう封印を探そうと思う。色々とあちこちで人間もうるさくなりそうだし、もしも九尾みたいな神格持ちがまだいるなら、相手できるのは俺たちくらいだろうしな。だが、その間お前らは・・・」
「この街から出ないようにする、かな?」
「そうだ」
今回の件で京たちが犯した最も大きなミスは、久路人たちを街の外に出したことだろう。例え相手がどんなに巧妙に気配を隠せるのだとしても、月宮家という拠点のあるこの街で完全に隠れるのは難しい。事実、九尾も使い魔を放つのが関の山であり、久路人たちが修学旅行で外に出るのを待っていたのだから。
「僕はそれでいいよ。元々あまり遠くに出かけるのは好きじゃないし」
「妾もだな」
インドア派の久路人と、久路人が近くにいれば基本なんでもいい雫にとっては街から外に出ないのは大した痛手ではない。幸いなことに久路人が進路を考えている大学も街の郊外にキャンパスがある。
「しかし、封印を探すといっても、もしも今回のように幻術に優れたヤツがいたらどうするのだ?そもそも発見できないのではないか?」
雫の懸念はもっともだろう。九尾のような格の持ち主がまだいるのかは分からないが、中々尻尾を見せずに待ち構える者がいる可能性は0ではない。
「おお、よくぞ聞いてくれた!!今回で、超激レアな素材が手に入ったからな。耐性の高いお前らには必要ないだろうが、俺が取りこぼすことはもうねーよ」
しかし、京は心配ないと笑って、狐の尻尾のような襟巻を取り出した。
「メアも俺と霊的感覚を同期させてるから、俺がハマらなきゃ問題ねえ」
「実に変態的な機能を付けられたと思っていますが、こういう時に片方だけが対策すればいいので、案外便利なものです」
「・・・・・その尻尾みたいのって、まさか」
「ああ、お前らが倒した九尾の死骸から作った術具だ。なにせ元が一級品だからな。幻術対策は完璧だ」
「なんというか、業が深いというべきなのだろうか・・・・」
京は得意げに襟巻を見せてくるが、久路人たちから見れば微妙な心境である。特に雫は珠乃の最期を見ているがためになおさらだ。だが、これも久路人の安全を守るために必要と考えれば仕方のない気もしてくる。自分だって決別のためとはいえ死骸の頭を踏みつぶしたこともある。
「ところでだ・・・・」
そこで、京は笑顔を消して真剣な表情になった。
「俺が九尾の死骸を手に入れたのは一昨日なんだが、そこで死骸の状態をじっくり見た。その上で言う。久路人、お前どうやって九尾を倒した?」
「それは・・・・」
京からすると、九尾の死骸は中々に信じがたい跡が残っていた。単純な武器の跡はともかく、付着していた霊力の質が問題だったのだ。
そんな京の剣幕に威圧されながらも、久路人は覚えていることをポツリポツリと語った。詳細まできちんと覚えていたわけではないが、途中黒鉄の糸で「まるで自分の意思で動かしているのではないように」体を動かしていた時も大まかな流れは記憶しており、あいまいな部分は雫が補足したために、九尾との戦いをすべて説明する。ついでに、とてつもない力を使った反動を、雫の血で癒したことも。無論、口移しで飲ませたということは伏せてだが。
「雫・・・・」
「そんな顔しないで、久路人。私の怪我なんて簡単に治るんだから。むしろ、あそこで役に立てたのが嬉しいくらい」
自分が気絶していた後に起きたことを知り、申し訳なさそうな顔をする久路人だったが、雫はなんてことのないように笑う。
「雫の血ね・・・最近は俺にも分かるくらい臭うんだが、久路人、腹壊してねぇよな?」
「ちょっとした拷問ですね」
「捻りつぶすぞ、貴様ら」
「とりあえず、久路人が助かったんならいいが、あんまり飲ませすぎんなよ?お前に久路人の血が混ざってるから親和性があったんだろうが、妖怪の血なんぞ、人間の体に入れていいことは普通はねぇ」
「・・・・・・・ああ、わかっておるよ」
雫はゆっくりと頷いた。京の言う通り、あの時はそれしか方法がなかったために決行したが、雫の血を人間の久路人に飲ませるというのは賭けでもあった。そして、賭けに勝って死の淵から急速回復させるほどの効果を出せたのは、久路人が相手だったからだ。
「だが、お前が危惧するほどの危険はないだろうよ。妾が交わした契約が、血を飲ませるのを止めることもなかったのだからな」
「まあ、それもそうか」
雫の言葉に、京は納得したようだった。契約が緩んでいるとはいえ、それは雫と京ならびにメアとの関りだけだ。久路人との繋がりは依然として強固である。雫が久路人に「悪意」をもって何かしら企めば、瞬く間に契約は雫に牙を剥くだろう。
「お前の血は、久路人用の特効薬みたいなもんだしな」
「ふふん!!久路人専用か。よいではないか!!」
「私からすれば、そんなヘドロにも劣る液体を飲むくらいなら死んだ方がマシですが・・・」
「なんだと貴様ぁ!!」
「・・・・・・」
自分の血が久路人専用と言われて雫も悪い気はしない、というか、いざという時に自分だけが久路人を癒せるということで、どことなく優越感が湧いてくる。ふんす、と得意げに雫は鼻を鳴らしたが、直後のメアの正直な感想に食って掛かっていた。一方で、好きな女の血が自分の特効薬と聞いて、久路人は嬉しいような気まずいようなどちらともつかない顔をしていたが。
ともかく、雫の血には、混ざりかけとはいえ久路人の血が混ざっており、久路人との親和性が非常に高く、京の言うように久路人専用の特効薬といえる。これが他の重傷者相手ならば、回復の効果はあれどそうたいしたものにはならないだろう。もしくは、逆に蛇の毒として体を痛め付ける可能性もあるし、肉体が目も当てられない肉塊に変わることもあり得た。まあ、どちらにせよ雫の血は雫の霊力の超高濃度濃縮液であり、相性のいい久路人以外は冗談抜きで悪臭のあまり精神崩壊する危険性があるだろうが。
「改めて言うが、妾が久路人に危害を加えることなどあり得ぬ。この世で、妾以上に久路人が末永く生きるのを望んでいる者など存在しないのだからな・・・・というか、いつまでもこのことを話していいのか?他に聞くことも考えることもあるだろう?」
「ああ、そうだな・・・・」
「・・・・・・」
雫の言ったその言葉に、久路人はどこか痛ましいような目を向けるが、それは続く話題に流されて気づかれなかった。話は雫の血のことから、久路人がどのように九尾を倒したかに再び移り、ざっくりとした流れから、より細かい部分を京が聞きだしていく。
「よくわからん声に、今まで使ったこともないとんでもない威力の術、自分の体が壊れても戦い続けることができる糸、んで、「天」属性の霊力か」
そうして話を聞き終わった京は、なにやら納得したかのようにウンウンと頷いていた。
「おい、お前だけが分かったような顔をするな。なにか知っているのならば妾たちにも教えろ」
「そうだよ。僕のことなんだし、僕も知りたい」
「ああ、悪い。んじゃ、そうだな・・・・・何があったのか簡単に言うと、お前の体にある霊力を通して、「神」のやつがお前を操ったんだよ」
「「は?」」
久路人たちには京の言うことがよくわからなかったようだ。
ある意味当然である。この世界の「神」に関する情報はごく一部の者しか知らないのだから。
「俺も直接会ったことがあるわけじゃねえがな。この世界には「神」っていう存在がいる。いや、「在る」っていったほうがいいのかね。ともかく、そいつは基本的に現世にも常世にも干渉はしてこないんだが、特定の条件を満たすとこっち側に介入してこようとするんだよ」
『神』
ソレを観測したのは『魔人』が初めてだという。
現世と常世も含めた、水槽の創造主であり管理者。
『神』と魔人が呼称したのも便宜的なもので、どのような存在であるのかもすべては解き明かされていない。
分かっていることは、その大きすぎる力のせいで基本的に現世にも常世にも現れることができず、また現れようとしないということ。
特定の意思、姿を持たず、ある種のシステム、現象に近い存在であるということ。
人体の抗体のように、世界に「陣」のような異物が発生した、もしくは世界そのものが存亡の危機に瀕すると判断したときのみ何らかの手段で干渉してくるということだ。
「神の持ってる力はデカすぎるみたいでな。普通にこの世界に現れようとすると、陣以上に何が起きるのかわからねぇんだと。だから、神は他の手段で世界の異物を除去しようとする。「神兵」っつー神の分身みたいなヤツを送り込んでくることもあるが、あの場にいたお前を使う方が効率がいいとでも思ったんだろうよ」
「ちょっと待ってよ!!神っていうのがいて、陣を消そうとしたのは納得できるけど、どうして僕を操ったりできるんだよ!?」
そこで、久路人から待ったが入った。久路人は自分が妙な体質だとは思っていたが、それが神とやらとどんな関係にあるというのか。
「そりゃ、月宮一族の初代が神の力を取り込めた突然変異体だったからだ。俺も含め、月宮一族には神の力が溶けた神の血が流れてる。お前は歴代でも特に血が濃いみたいだが、過去にはお前みたいにその血を通して神が操った例もいくつかあるらしい」
「・・・・あのとき感じた妙な霊力は、神に由来するモノということか」
「ああ、俺は「天」属性って呼んでる。あらゆる欺瞞を許さず、世界をありのままに正す力。魔人が言うには、俺たちが普段使ってる霊力の属性は全部ひっくるめて「天」から派生した「地」属性なんだとさ」
珠乃の渾身の術を打ち払った不思議な霊力。とてつもない力のようだったが、この世界の創造主の力と言われれば納得もいく。あらゆる欺瞞を許さないという性質は、元が神という管理者の扱う力だからだろう。久路人と、久路人の血を取り込んだ雫が幻に高い抵抗力を持つのも、神の血によるものだ。もしかしたら、久路人がやたらと「ルール」にこだわるのも、その血に由来するからなのかもしれない。
「昔、忘却界が展開される前は、現世と常世の狭間は強い妖怪どもが陣を使いすぎて穴だらけだったらしい。あまり穴が空きすぎると、現世と常世のバランスが崩れて、世界そのものが滅ぶって話らしいんだが、神は世界の化身だから、世界が滅ぶと自分も死ぬ。だから陣を無造作に開くと神が干渉してくるのさ」
元々月宮の初代が神の祝福、すなわち神の力を浴びるきっかけになったのも、世界に空いた穴が大きすぎて、神が存在するエリアと繋がったためだという。まあ、神の力を受け入れられて消滅していない時点で初代は初めから人間の突然変異種ともいえる存在だったのだろうが。
「僕が神の血を引いてるのはわかった。けど・・・」
「神とやらは、いつでも好きなタイミングで久路人を操り人形にできるということか?」
久路人は不安げに、雫は冷たい怒りを滲ませながらそう言った。
久路人からすればたまったものではない。神という存在がいることは認められても、それに自分の体や意思を好き放題される可能性があるということなどとてもでないが受け入れられない。
雫にしても、自分の想い人がいつあんな血まみれになるか分からない状態にあるなど許せるものではない。
「そう心配することはねぇよ。確かに神はこの世界の異物をどうにかするために行動するが、そもそもそんなことが早々起こるもんじゃねぇ。陣にしたって、あの狐みたいに無茶な使い方をしないで、きちんと「安定」させるように開けばよほど長時間続けない限りお咎めもないしな。さらに言うなら、お前を操ったのだって、お前が現世でも常世でもない陣の中にいて、干渉ができたからだ。現世にいれば操られることはねぇよ。それは・・・・」
そして、なおも不安そうな二人の前で、京はおもむろに右手を掲げた。
「天の使い手の先輩である俺が保証してやる」
「「・・・・!!」」
京の手に、白い光が灯った。
それは、珠乃の陣の中で久路人が纏っていた力と同じモノ。
もっとも、その輝きは久路人の使っていた時よりも弱弱しかったが。
「おじさん、それは・・・・」
「ああ、これが「天」属性の霊力だ。お前よりかなり血が薄いからそこまで大したもんじゃないが、俺も昔、お前みたいにこの力を使わされたことがあるんだよ。俺が七賢の3位にいる理由でもあるんだが、まあそれはいい。ともかく、その経験のある俺が言うが、神に操られるにしても、その時は操られた方がマシな場合が多いんだ。とんでもない力がなきゃ、くたばってたって意味でな。逆に言うと、素の俺らにどうにかできそうなことならわざわざ干渉はしてこねぇ」
「そう言われれば確かに・・・・もしあのまま負けてたら・・・・」
「妾たちが分身を押している間には妙なことも起きなかったしな」
「・・・・・」
久路人と雫が思い思いに分析する一方で、メアが、どこか懐かしいものを見る目で京の右手を見ていた。
「月宮一族は天の一族。それは、この天の力を受け継いでるから。それが、お前の体に流れている力の正体だ・・・・・まあ、今の現世でこの力が使えるのは俺とお前くらいだろうがな」
「天の、神の力・・・・」
久路人は、自分の手のひらを見つめた。刀や弓を使っているためにタコができていること以外は、何の変哲もない普通の手。しかし、そこにはとてつもない力が流れている。
「ちなみに言っておくが、あまりこの力を過信するなよ?神はいざ使うとなったら俺らが死にかねないようなこともさせるし、逆に世界の存続に関係のないことで死ぬことになろうが何もしてこねぇからな」
「つまり、護衛である妾は変わらず必要ということか」
「そういうこった。この力を使わずに済むのなら、それが一番。だから今まで伝えてなかったんだが、こうなったら仕方ねぇ」
そこで、京はフゥとため息を吐きながら言った。
「久路人、お前はできればもう前に出るな。厄介なことは雫に任せとけ。その力については、今すぐ暴走するなんてことはねぇし、眠ってるみたいだから、俺の方が落ち着いたらじっくり教えてやる」
「なっ!?おじさん、それは・・・・!!」
「うむ!!妾に任せておけばいい。今度こそ、久路人が傷つかないようにしてみせるとも!!」
「・・・・・・」
京の言葉に言い返そうとした久路人は雫の力強い宣言に遮られた。
何か言いたげな視線を雫に送るが、雫は気付いたそぶりはない。
それどころか、雫はさらに言葉を重ねていた。それは、雫からの「提案」であった。
「話は変わるが、お前は今、久路人の力が眠っていると言ったが、その力がどのような状態にあるかじっくり調べる必要があると思うのだが、どうだ?」
「何?」
「雫?」
突然何を言い出すのかと、京も久路人も怪訝そうな顔を向けるが、雫は構わずに続ける。
「お前は、これからあの九尾のような妖怪を探しに方々を巡るのだろう?天の力とやらについて、妾は良く知らんが、専門家のお前がいない時だからこそ、日々のちょっとした変化も見ておく必要があると、妾は思うのだ」
「まあ、データが取れるなら取っておいた方がいいのは確かだが・・・なんか当てがあんのか?」
「ああ、当たり前だ。なければこんな提案はせん」
雫は、久路人の首筋に貼られたガーゼに目を向けた。そこは珠乃によって傷をつけられた部分であり、瘴気の影響で治りが遅い箇所でもあった。
「これから毎朝、妾が久路人の血を直に吸おうと思うのだ。妾のこれまでの経験上、久路人の血が新鮮かつ寝起きに摂ったものの方が濃厚で味が分かりやすい。その状態ならば、久路人の血の中にある力に何かあれば感じ取ることができるやもしれぬ」
「えっ!?ちょっ!?直飲みって・・・・」
「直に吸う」という言葉の意味から何やら察したのか、久路人が慌てる。よく見れば、平然とした顔をしている雫も、頬が赤くなっていた。
「ふーん・・・まあいいんじゃねぇの?元々、お前と久路人が結んだ契約で、久路人の血をやることにはなってるんだし、そのついでに簡易の健康チェックができるんならお得だしな」
「絵面は少々物騒かもしれませんが、別に害のあるものでもないでしょうしね」
「二人とも!?」
まさかの賛成意見により、反対派は久路人一人だけであった。
二人が反対しなかったのは、水無月を雫が名乗ることを決めた時のことがあるからだ。あの時から前に進もうとしているのなら、応援はすれど反対はしないというのが二人のスタンスだった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!そんなの・・・」
「ああ?なんだよ久路人、嫌なのか?」
「久路人・・・?」
「い、いや、別に嫌じゃないけど・・・・」
「なら、よいではないですか」
メンタルの問題で、なおもこれまで通り穏便に血の供給を済ませたい久路人としては、反対意見を述べたいところだったが、契約で血を与えるのが確定している以上「じゃあ嫌なのか?」と言われたら、後は久路人が雫との接触を嫌がるかどうかの問題だ。そうなれば、久路人にノーと言えるはずがない。まして、雫の見てる前で断るなど、絶対にありえなかった。
「わ、わかったよ・・・・」
「よっしゃぁぁあああああああああああああ!!!!!!」
久路人が折れると、雫は渾身のガッツポーズを決めて跳びあがる。
京とメアは、そんな様子を微笑ましい目で見つめていた。
「・・・・・・・」
だが・・・・・
「おじさん、あのさ・・・・」
「あん?」
どこか浮かない顔で雫を見ていた久路人が、京に何事かを聞こうとしたが・・・・
「じゃ、じゃあ、久路人!!明日からよろしくね!!」
「え?ああ、うん・・・・」
「どうした?なんか聞きたいことがあったんじゃねぇのか?」
「い、いや、なんでもないよ」
「?そうか?」
それは、喜色満面、かつ恥じらいを少し含んだ雫に横入りされて、タイミングを逸した。
そして、そのまま夜も遅いということで、その場はお開きとなったのだった。
「・・・・・・」
---汝の血がな?あの蛇を狂わせておるのではないか?と言う話だ---
珠乃のあの言葉を、久路人の耳の内に何度も響かせたまま。
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「・・・・雫、嬉しそうだったな」
朝日が差し込む中、久路人はポツリと呟いた。
あの夜、京とメアは祝福するように雫を見ていたが、久路人は逆に後ろめたいような罪悪感を抱いていた。
--月宮久路人は、水無月雫のことが好きだ。妖怪だとか護衛だとかは関係なく、一人の異性として。
「・・・・・」
今日の朝も、雫の言う「味見」をした。
まるで本物の恋人のように、同衾した後で、体を密着させて、抱きしめ合って。
「・・・・・」
好きな女の子とそんな風に触れ合えて、嬉しくないはずがない。しかも相手も嫌がらず、むしろ喜んでいるようにすら見える。
その関係は、あの旅行で気が付いた、久路人の心の奥底にある理想の具現と言ってもいい。
今の雫にならば、久路人が想いを告げても断られないだろうという確信があった。自分の理想に至るまで、後はもう言葉一つで到達できる場所に立っている。そのことがたまらなく幸せだ。
「それが・・」
--それが、「本物」の気持であったのならば。
「・・・・・」
己の中で、絶対に聞かれてはいけないことを呟く。
--雫の好意は、僕の血によって植え付けられたものなのか?
「・・・・・」
始めは、京に聞こうとも思った。だが、聞けなかった。
--もしも、それが真実だったら?お前は、雫から離れられるのか?
「・・・・・」
それを確認することが怖かった。
今更雫と離れるなど、久路人にはできなかった。それは、雫への恋心を自覚する前でも同じだろう。
もしも久路人の血の効果が本当ならばこれ以上飲ませてはいけない。だが、血によって依存しているというのならば、血を与えなくなったらどうなる?
--雫に嫌われたくない。
「少しずつ、少しずつだ・・・」
嫌なことを考えているからだろうか?頭が朦朧とする感覚が強くなってきた。
--強くなろう。
もう二度と、約束を破らなくていい。雫を傷つけることもない。それも確かにある。だが、他にも理由がある。
--自分が護衛されなくてもいいくらい強くなればいい。
「・・・・・」
久路人が雫に血を与えるのは、雫が久路人の護衛を務める対価としてだ。
強くなれば、断る理由ができる。契約の範疇から外れる。
幸いにして、今はまだ使い方が分からないものの、強くなれる当てはある。
--これからは、僕が守るから。
「だから・・」
--ずっと、僕の傍にいて欲しい。偽りの気持ちじゃなくて、心の底からの想いで。
「・・・雫」
想い人の名前を呟きながら、眠りに落ちていこうとしたその時・・・
「久路人!!お粥できたよ~!!」
自室の扉が、明るい声とともに勢いよく開かれた。
あと、感想を読んでいて思ったのですが、前日譚という今までの表記は止めるべきでしょうか?元々短編に繋がる話を書いてきたつもりだったのですが、大分ズレてきてしまったので・・・