白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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時系列は3章終了後のどこか。
久路人と雫が結ばれ、共にそれまでの枠組みを外れて同じナニカに至った後の日常の一コマ。


人間でも妖怪でも、ましてや神でもない二人の朝

「ん・・・ふわぁ~あ・・・」

 

 朝日が差し込む中、僕は目を覚ました。

 寝ぼけ眼を擦りながら時計を見ると・・・

 

「朝6時・・・僕にしては早起きだな。ちょっと肌寒い・・・って、服着てなきゃそうか」

 

 自慢ではないが、僕は朝早くに起きるのが苦手だ。

 一度目を覚ましてもすぐに二度寝、三度寝に入って大学に遅刻しそうになることもある。

 

「さすがにこれ以上遅刻しかけてヒヤヒヤするのは嫌だからいいんだけどさ・・・」

 

 枕元に置いてあった二匹の蛇が絡み合う意匠の指輪をはめながら、独り言ちる。

 僕が何故今日は早く起きれたかと言えば、当然理由があるのだ。

 

「ん~・・・」

 

 僕がその理由を考えることにふけっていると、僕のすぐ隣で布団がモソモソと動き始める。

 そして、朝日に照らされて輝く銀髪がフワリと広がった。

 

「ん~・・・もう朝?」

 

 布団から出てきたのは、美しい少女だった。

 彫刻のように整った顔立ちに、白く透き通るような肌。

 眩い銀髪に、紅玉のような紅い瞳。

 均整の取れた身体に、平原よりはマシかな?と言えるくらいの小ぶりな・・・

 

「久路人、何か言いたいことでもあるの?」

「いいえ、雫様。なんでもございません」

「・・・ふ~ん。でも、そっちは何か言いたいみたいだけど?」

 

 目の前の少女、雫は僕の不躾な視線に気づいたのか、不機嫌そうに眉をしかめながら、長い髪で隠れているだけの胸元を右手で覆う。

 左の手はさっきの僕と同じように、同じデザインの指輪を掴んで器用に薬指にはめていたが、不意に視線の向きを変えた。

 その先を目で追ってみれば・・・

 

「あ・・・」

「久路人って、表情と身体の動きが合ってないことよくあるよね」

 

 布団の下から、塔が1本そびえたっていた。

 布団の下にあるゆえに姿は見えないが、それがどこから建っているのかは、この世界で僕より詳しい者はいないだろう。

 

「そ、その!!これはあの!!」

「そんなに必死にならなくてもいいって。普段は毎日私の方が先に起きてるんだから、もう見慣れてるよ。なんなら夜には直接見てるわけだし。それになにより・・・えいっ!!」

「わっ!?」

 

 そこで雫は、突然僕に抱き着いてきた。

 お互い、身に纏うモノは何もない。

 雫の柔らかな身体が、男である僕の硬い身体とぶつかって、形を変えるのがじかに感じられ・・・

 

「う・・・」

 

 塔は、さらにその頑丈さと高さを増した。

 それを見て、雫はクスクスと笑う。

 

「ふふっ!!朝から元気だなぁ。久路人って巨乳好きなのに私くらいのでもしっかり反応するんだね・・・こうやって、私の裸を見ても何の反応もない方が寂しいから、本当に気にしなくてもいいんだよ?」

「だったらありがたいよ・・・僕が雫に裸で抱き着かれて反応しないことなんて、一生ないから。それに、雫のなら大きさ関係なく好きだから」

「大きさのところだけは疑わしいけど…ふふ、久路人なら、そう返してくれるって知ってたよ。ところで・・・」

 

 そこで、雫はさらに僕の身体に体重を預けてきた。

 

「今から、する?」

「・・・っ!!」

 

 そして、上目遣いで僕を見た。

 その紅い瞳は潤みながらも妖しい光を放っており、僕は益々血の流れが一か所に集まることを感じながらも・・・

 

「い、今はしないっ!!これ以上遅刻ギリギリになったら、本当にダメになりそうだし!!昨日、早めに始めた意味がなくなっちゃうし!!」

「・・・ちぇ~。残念」

 

 僕は断腸の思いで、雫からの誘いを断った。

 今日僕が早起きできた理由は単純で、今言った通りに昨日の夜のまだ早いうちから雫とベッドの上で運動会を行って体力を消耗し、早くに寝たからだ。

 今ここで雫の誘いに乗ったら、そんな行為の意味もなくなってしまうではないか。

 そんな僕の意思が固いのを察したのか、雫は僕から静かに体を離した。

 

「あ・・・」

 

 感じていた柔らかさと温もりが離れて、思わず声が出てしまう。

 

「・・・やっぱりヤる?」

「し、しません」

「・・・そっか」

 

 そうして再び投げかけられた誘いを、また確固たる決意をもって断る。

 少し寂し気な顔をする雫に、心の中でチリチリと引っかかれたような痛みが生まれたが・・・

 

(あ、危なかった)

 

 ・・・危なかった。昨日の夜に自分の中の欲求を発散していなければ、二度目は断れなかっただろう。

 そう、昨日の夜にシていなければ・・・

 

「・・・・・」

 

 そこで、さっきからチラッ、チラッと寂しそうな顔を維持しつつもこちらを見ている雫と目が合った。

 

「・・・その代わり!!今日の夜も、昨日と同じくらいに、その、お願いしてもいいかな?」

「・・・うんっ!!」

 

 雫の顔に、花が咲いたような笑顔が浮かぶ。

 きっと、断れらた後にまた僕から誘われることまで予想してはいたのだろう。

 手玉に取られているようだが、それを全く癪に思わないどころかむしろ嬉しいと思っている辺り、我ながら重症だ。

 

(それにしても、今日の夜も、か)

「久路人?」

「いや、随分長いこと毎日シてるなって思ってさ。よくバテないなって・・・雫は大丈夫?」

 

 改めて、その言葉の異常さをおかしく思う。

 そういった行為というのはひどく体力を消耗するものであり、いくら若いからといって連続でできるものでもないだろう。

 しかも、自分でいうのもなんだが、僕たちの場合はまず間違いなく一般的な、『普通の人間』のそれよりもかなりハードであるという確信がある。少なくとも…

 

「大丈夫に決まってるじゃん。今の私は見た目は人間だけど、人外なんだよ?」

「ならいいけど…」

 

人間ではない雫に『鬼畜!!』だの『ドS!!』だの言われるくらいには。

 

「・・・・・」

 

 そこでふと、僕は自分の身体を見た。

 同年代に比べると遥かに鍛えられているだろうが、それでも体格はさほど優れていると言うほどでもない。少なくとも見た目で言うのなら、僕の身体は普通の人間のソレと見分けはつかないだろう。

 

 そう、見た目だけは。

 

「・・・・・」

「久路人?さっきからどうしたの?」

 

 不意に片手を掲げた僕に、雫は訝し気な目を向ける。

 

「よっと」

 

 そんな雫を尻目に、僕は手に黒い刃を作り出し、自らの手首を思いっきり切り裂いた。

 

「久路人っ!?いきなり何してっ!?」

 

 そんな僕のいきなりの猟奇的な行動に雫が目を剥く中・・・

 

「いや、確認したくてさ。ちゃんと僕が・・・」

 

 僕は、手首を掲げて雫に傷口を見せつける。

 もっとも・・・

 

「雫と同じモノになれたのかって」

 

 もうそこに、傷跡は残っていなかったが。

 

「びっくりさせないでよ・・・いきなりリストカットするとか、久路人がメンヘラになったかと思ったじゃん。それでも一生付き合えるけどさぁ・・・」

「・・・・・」

 

 血まみれだが傷のない手首を見て、雫は安心したようにため息を吐く。

 それは僕の行動をたしなめるような声音だったが、僕には分かる。

 今の雫は、喜んでいることを。

 それは・・・

 

「・・・ふふっ」

 

 僕が雫と同じモノになったことを再確認できたから。

 真っ当な人間として生きる道を捨て、雫と同じ人外の領域にいることがわかったから。

 雫と同じ目線で、同じ道を、同じ時の長さを歩くことができると実感できたから。

 お互いを繋ぐ、命を一つにする呪いの如き『繋がり』を感じることができたから。

 僕は雫だけのモノであり、雫は僕だけのモノであるということを、自分の全てで理解できたから。

 いつの間にか、雫の唇がわずかに釣りあがっていた。 

 その紅い瞳には、恐らく本人も気付かない内にドロリと粘ついた、それでいて焼き付くような熱を孕んだナニカが浮かんでいる。

 しかし、それらはすぐに消え失せて、元の可憐な美少女のような表情に戻る。

 

「・・・そういうのを確かめたいなら、変身すればよかったじゃない」

「それはそうだけど・・・ベッドの上で尻尾とか角とか生やすとまたシーツ破れそうだし」

「あ~・・・それは確かに。何回かやっちゃってるもんね。でも、それにしたってやり方があると思うけど・・・」

 

 そして、周りに飛び散った紅い液体を見回した。

 

「あ~あ、勿体ないなぁ、もう」

 

 雫は、さっきの僕のように手を掲げた。

 すると、シーツや床に飛び散った血がひとりでに浮かび上がり、雫の指先に集まっていく。

 そうしてできた血の塊を、雫はパクッと口に放り込んだ。

 

「ん~!!今日もいい味してるな~」

「・・・・・」

 

 まるで極上の飴を舌の上で転がしたように、雫は至福の表情に変わる。

 ・・・人間の頃から僕の血は妖怪にとって極めて美味かつその力を大きく上昇させる霊薬のようなものだったのだが、人外になってもその効果に変わりはないらしい。

 昔は雫がこの血に狂って無理やり僕のことを好きになるように洗脳されてるんじゃないかとか、実は僕の血のことしか見ていないのではないか?とか色々不安に思ったものだが、今は全くそんなことは気にならず、純粋に僕の血が雫にとって美味しいということを嬉しく思うだけだ。

 ・・・昔の僕が気にしていたようなことは全くの杞憂であり、仮に口に出せば雫を怒らせると同時にひどく悲しませることになると心の底から理解できているから。

 

「じゃ、久路人。腕出して」

「へ?」

 

 物思いにふけっていると、雫が僕の腕を掴んでいた。

 腕に目をやってみれば・・・

 

「あれ?床とかベッドの血はなくなったのに腕のはなんで残って・・・うおっ!?」

「れろっ・・・」

 

 他は綺麗になったのに、僕の腕だけ血まみれなのを不思議に思っていると、雫が僕の腕に顔を近づけ、次の瞬間には生暖かい感触が走った。

 

「ん~!!やっぱり、こうやって直接久路人から吸ったり舐めたりするのが一番おいしいよ。普段は首筋からだけど、たまにはこうやって別のところからってのもいいものだね」

「だからって、やる時は一声かけてよ。びっくりするじゃん」

「れろっ・・・ふふっ!!さっきのリストカットのお返し。っていうか、久路人も分かってたくせに。ちょっと期待してたでしょ」

「・・・・・黙秘します」

「それ、もう答え言ってるようなものだからね?・・・れろっ」

 

 僕たとの会話に、一切の淀みも遠慮もない。

 それが当然であるというように、僕らは日常の一コマの中にいて、それを共有している。

 例えそれが、自らの腕を切り裂いてあふれ出た血を舐められるという、普通の人間から見れば異常そのものであっても。切り裂かれた手首が、あり得ない速度で癒えているという、異様そのものであっても。

 それこそが、今の僕らの当たり前であり・・・

 

「れろっ・・・」

「く、くすぐったい・・・」

「ふふっ!!・・・後、久路人?」

「分かってるよ・・・すぅ~・・・うん、今日もいつもと変わらず、雫はいい匂いだよ」

「ん!!ありがと!!」

 

 僕らの望んだ毎日なのだから。

 そうして、朝のひと時は狂気で非常識で、それでいて普通のままに過ぎていく。

 

「それじゃ、私はご飯の支度してくるね。久路人は部屋の片づけとかお願いね」

「分かったよ・・・念のため言っておくけど、料理に血を混ぜるのはウェルカムだけど、あんまり痛そうなことはダメだからね?さっきのリストカットじゃないけどさ」

「はいはい、分かってますよ~」

「フリじゃないからね?本当だからね!!」

「本当に分かってるって。それよりいつまでも引き留めてていいの?それこそ遅刻しちゃうよ?」

「あ、そうだった・・・」

 

 これは、元人間だった、神の血を引いていた僕。

 そして、元蛇の妖怪で、神の血を取り込んでいた雫。

 今は人間でも妖怪でも、ましてや神でもないナニカになり果てた僕ら。

 そんな二人の、何気ない、だからこそこの先永遠に続いていく日常のひと時である。

 


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