白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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こちらは、あまりにも前日譚とズレてしまった「白蛇と彼の一日」のリメイクです。
「過去編なんていちいち読んでらんねーよ!!」という方はこちらからどうぞ!!
細かい設定以外は、大事なことは盛り込んであります!!


短編版のリメイクと思ってたら、丸々書き直すことになってしまった・・・
遅れて申し訳ございません。

2021/7/29
なんかお話が暗いので、3章の初めに移動させました。


第三章 永久の路を往く者
白蛇と彼の一日(連載版)


 昔々、あるところにとてもとても強い蛇がおりました。

 

 蛇はいつもいつも退屈していて、暇つぶしに畑を洪水で押し流したり、村に大雪を降らせたりしました。

 

 村人たちは狩った獲物を貢物に差し出しますが、蛇は全然大人しくなりませんでした。

 

 困った村の人々は、偶然訪れた旅のお坊様に蛇を退治してくれと頼みました。

 

 お坊様は村人のお願いを聞き入れ、持っていた特別なお酒を蛇に贈るように言いました。

 

 村人から酒をもらった蛇は嬉しそうにがぶがぶと飲み干して、酔っぱらって寝てしまいました。

 

 お坊様が寝ている蛇になにやら経文を書き込むと、蛇はどこかに消えてしまいました。

 

 驚いた村人はお坊様に聞きました。

 

「蛇はどこに行ったのでしょうか?」

 

 お坊様は答えました。

 

「あちら側に帰ったのだ」

 

 こうして蛇はいなくなり、村の人々は幸せに暮らしましたとさ。

 

 めでたしめでたし・・・・・

 

 

―――とは行かず・・・

 

 

 

「珍しいな・・・白い蛇?」

 

 

 蛇が「あちら側」に帰ってから永い時が経った後のこと。

 

 どういうわけか、あちらとこちらを繋ぐ「穴」が開き、蛇は力を失って、こちらに戻ってきました。

 

 そうして霧雨の降るある日のこと、幼い男の子は白い蛇を拾いました。

 

 男の子は、とても変わっておりました。

 

 人間というものは、どんなに蛇が大人しくしていても、小さくなっても、自分を恐れました。

 

 ですが、男の子は少しも自分を恐れなかったのです。

 

 男の子は、自分の家に蛇を連れて帰りました。

 

 男の子のおじさんは不思議な力を持った人で、蛇が大きくなったら男の子を守るように契約させました。

 

 また、男の子は自分の特別な力の籠った血を蛇にあげることを約束しました。

 

 そして、蛇は「久路人」という名前だった男の子から、「雫」と名付けられました。

 

 蛇と男の子は、いつも一緒にいるようになります。

 

 毎日一緒に遊び、宿題をし、ドラマを見たり漫画を読んだりしました。

 

 たまに蛇以外の化物が襲い掛かって来ることがありましたが、おじさんや男の子の不思議な力で倒すことができました。

 

 そうこうしている内に、蛇は男の子に気を許すようになり、男の子は最初から蛇と友達になりたがっていました。

 

 そして、蛇と男の子は友達になったのです。

 

 

「妾は、仮に契約がなくなっても、我が友を守る。だから、妾と同じように、お前も妾を守るのだぞ。よいな!!」

 

 

 おじさんが結ばせた契約なんてものがなくとも、お互いを守りあうようにしようという、大事な約束を交わして。

 

―――

 

 それからしばらく経ちました。

 

 男の子は少年へと成長しました。

 

 男の子は生まれ持った不思議な力と、少し変わった性格から、他の子どもから避けられておりました。

 

 中には、男の子を面白がって付け回す子供もいました。

 

 蛇は面白くありません。

 

 でも、蛇は普通の人を傷つけることが約束でできません。

 

 「せめて自分が蛇ではなく、人の姿になれたら・・・」と思うようになりました。

 

 蛇は人の姿になるための修行を始めました。

 

 けど、「人間の姿になって、大事な「友達」を守りたい」と思っても、中々うまくいきませんでした。

 

 そんな頃、蛇は少年の家の召使いさんにこんなことを言われました。

 

「貴方は、ずっと「友達」のままで満足できるのですか?」

 

 そう、蛇はいつの間にか、少年に恋をしていたのです。

 

 でも、蛇は少年から断られるのが怖くて、そのことを認められませんでした。

 

 そうこうしている内に、少年はちょっとしたことが原因で、激しいイジメを受けることになってしまいました。

 

 蛇が目を離した隙に、たくさんの子供に囲まれて、蹴られるわ怒鳴られるわ水を掛けられるわ、もう大変です。

 

 「お前みたいなやつに友達も恋人もできない」と言われていました。

 

 蛇は怒り狂いました。

 

 約束なんてものを無視して、いじめっ子たちを皆殺しにしてやろうと思いました。

 

 その時、少年は言いました。

 

「僕には、僕にも雫がいる!!」

 

 その言葉を聞いた時、蛇は人間の少女の姿になりました。

 

 いじめっ子を殺すことなんかよりも、心の底から少年を守りたい、助けたいと願ったからです。

 

 そして、蛇の少女はいじめっ子を懲らしめて追い払いました。

 

 少年はどういうわけか、蛇が少女になったのに、それが蛇であるとわかりました。

 

 こうして、少年と蛇の化身は出会ったのです。

 

 蛇の少女と少年は、月夜の下を手を繋いで家に帰ったのでした。

 

-----------

 

 さらにそれから時が経ち、蛇と少年は街を離れて旅行に行くことになりました。

 

 おじさんによって少年たちが住む街には結界が張られていて、強い化物は入ってこられません。

 

 けど、少年も蛇も修行を積んで強くなっていたので、外に出ることを許されました。

 

 少年たちは山へと行きましたが、そこには少年の不思議な力を狙う狐がいました。

 

 旅行の中、少年は自分の中にある、蛇への恋心に気が付きます。

 

 しかし、狐は罠を張って少年たちを待ち構え、少年と蛇を離れ離れにしました。

 

 狐は少年に言います。

 

「汝の血がな?あの蛇を狂わせておるのではないか?と言う話だ」

 

 少年はその言葉に迷いましたが、どうにか狐を倒すことができました。

 

 しかし、その狐は分身で、結局は倒されてしまいます。

 

 一方で、蛇も同じように狐と戦っていました。

 

 狐は蛇に言います。

 

「いつか必ず訪れる、永遠の別れ」

 

「あのガキは確かに特別だが、汝は違う。格のある妖怪ならば、護衛としては誰でもよかったはずだ」

 

 蛇は自分が、人間の少年が持つ寿命のこと、自分がたまたま一緒になっただけで、他の妖怪でも少年を守ることはできたということから目をそらしていたことに気づかされます。

 

 蛇はそのことに気を取られ、狐に負けてしまいます。

 

 そして、蛇の目の前で、少年が狐のモノにされそうになった時です。

 

 少年の不思議な力が暴れまわり、狐を倒すことができたのです。

 

 ですが、その代償は重く、少年は死にかけるほどの大怪我を負いました。

 

 幸い、蛇が己の血を与えることで怪我は直せましたが、蛇はあることを決めます。

 

「久路人を私と同じモノにすればいい」

 

 蛇は、少年と永遠に共に在るために、少年が永久を生きていけるように、少年を化物に変えることにしたのでした。

 

 蛇がそのように思う中、少年もまた決意します。

 

「強くなろう」

 

 蛇が少年を守る代わりに、少年は血を与えるのが契約です。

 

 ならば、蛇が自分を守る必要がなくなるくらい強くなって、血を与えなくてもいいようにしようと決めたのです。

 

 そうすれば、自分の血がこれ以上蛇を狂わせることはないと考えた末のことでした。

 

 そうして、お互いの気持ちに気が付かぬまま、二人の日常は続いていくのです。

 

 めでたしめでたし・・・・?

 

-----------

 

 二人の決意は、お互いを想いあうが故。

 

 二人の想いは、お互いの欲を叶えんがため。

 

 二人の欲は、お互いが結ばれること。

 

 されど、それはどこまでもすれ違う。

 

 少年は守られることを拒み、蛇の心を疑い、自身の血を恨む。

 

 蛇は少年を守ることを望み、少年の心を恐れ、自身の所業を蔑む。

 

 お互いが自身を卑下し、お互いを恐れるために、その心を知ることはない。

 

 だが、お互いへの想いは本物。

 

 故に二人は離れず、その絆は歪。

 

 そんな二人の先に待つものは・・・・

 

 ・・・・・・

 

-----------

 

 

「・・・・・んん?」

 

 光が差し込む部屋の中、ベッドの上に眠る少年、否、青年は目を覚ました。

 

「・・・・・眩しい」

 

 だが、青年は未だにまどろんでいた。

 青年は朝が弱く、いつもこのようにすぐには起きない。

 このまま惰眠を貪っていては、入学して一年少し経った大学の一限に遅れるだろう。それは分かっているが、布団の誘惑には抗えず、二度寝をしかけたその時だ。

 

「久路人~!!朝だよ~!!」

「ん~」

 

 突如として、青年の隣から布団がめくりあがり、一人の少女が顔を出した。

 

「もう!!相変わらず寝坊助なんだから!!」

 

 美しい少女だった。

 白い着物に青い帯を締め、腰まで届くほどの艶やかな銀髪。切れ長でややツリ目気味の、紅玉のような見る者を惹きつける瞳。位置からして間違いなく同衾していたのだが、青年がそれを不思議に思う様子はない。二人にとって、それは当然のことなのだろう。二人の着衣に乱れはなく、別段「そういう」関係ではないようだ。

 

「久路人~!!起きて~!!」

「う~ん・・・・雫?」

 

 少女が久路人と呼んだ青年を揺すり、やっと目を覚ました。

 

「そう、雫だよ!!おはよう!!」

「うん・・・・おはよう・・・」

 

 少女、雫が挨拶をすると、久路人も挨拶を返すが、まだ夢うつつのようだ。

 よほど朝に弱いらしい。

 

「ねぇ、久路人。大学遅刻しちゃうよ?私は別にこのまま久路人と家でゴロゴロしててもいいけど・・・」

「それは、困るな・・・・ん~!!」

 

 そこで、久路人は大きく伸びをした。

 どうやら完全に目が覚めたようだ。

 

「ふぅ・・・それじゃ、雫。着替えるから、ちょっと部屋を・・・」

「嫌」

 

 まさか寝巻で大学に行くわけにもいかず、当然着替える必要があるわけだが、いくらなんでも女の子が見ている前で服を脱ぐのは恥ずかしい。

 そんな久路人の気持ちは、雫には全く伝わっていない。むしろ、紅い瞳を爛々と輝かせて久路人が服を脱ぐのを心待ちにしているようにすら見えた。

 

「時間がないんでしょ?だったら、私に構わず、レッツ、脱衣!!減るもんじゃないだし!!」

「それ、普通男女逆だよね・・・・」

「え!?久路人、私の裸見たいの・・・?ちょ、ちょっと待ってて!!お風呂入って・・・・」

「そういう意味で言ったんじゃないよ!!お風呂に行くのはいいけど、そう言う意味じゃないから!!」

 

 顔を赤くしつつ、叫ぶ久路人。

 眠気は完全に吹き飛んでいた。

 

「はぁ・・・。わかったよ、それじゃあ、僕が部屋を出るから・・・・」

 

 そうして、着替えを持っていくためにベッドから出ようとした時だ。

 

「待って」

 

 久路人はベッドの壁際の方に寝ていたので、目の前にいる雫を押しのけてベッドから降りようとしたが、その手が彼女に触れようとした瞬間、ガシッと手首をつかまれた。

 

「・・・何かな? 早く着替えて、大学行きたいんだけど」

「久路人、分かってるよね?朝の日課、まだ済ませてないよ?」

「・・・・やっぱり、どうしても「直接」じゃなきゃダメ?」

「ダメ!!」

「はぁ・・・・」

 

 先ほどよりも瞳の輝きを強くして、「日課」とやらについて口に出す雫。

 何気に骨をきしませるほどの強さで手を掴まれている久路人は、譲歩を引き出そうとしたようだが、やはり無駄であった。観念したようにもう一度ため息を吐いて、ベッドの上にあぐらをかいて首を少し傾ける。傾けた方向とは逆側には、ガーゼが張られていた。

 それを見た雫は嬉しそうに顔をほころばせ、手を離して、久路人ににじり寄る。

 

「わかったよ。あんまり時間に余裕ないから手短にね」

「はーい!!じゃ、いただきます!!」

 

 久路人が首の付け根に付けていたガーゼを剥がすと、雫が久路人に抱き着いてガーゼの下の傷口に口を寄せ・・

 

「れろっ・・」

「・・!!」

 

 ぺろりと、血のように赤い雫の舌が、久路人の傷口を這った。

 すると、ほとんど塞がっていた傷から、傷口が開いたように血が流れだす。雫は嬉しそうに久路人にしがみついたまま、あふれ出る血を舐めとる。

 

 

「う~ん・・・・今日も美味しいっ!!」

「・・・そりゃ、よかったよ」

 

 嬉しそうな雫の声に、どこか暗い顔の久路人。

 お互いの顔は、抱き合っているために見えていなかった。

 超至近距離で久路人の温もりや匂い、血の味を感じられたのが雫を興奮させたのか、さらにギュっと力を込めて久路人を抱きながら甘露を舐めるように血を舌で掬い取っていく。しかし、直後に雫はその整った眉を少ししかめた。

 

「ねぇ、久路人も!!」

「え?・・・ああ」

 

 その声で、上の空だった久路人も「日課」を思い出したようだった。

 少々ためらいつつも、雫を抱き返し、その頭に顔を寄せる。

 

「・・・・スンスン」

 

 顔を赤くしながらも、久路人は雫の匂いを嗅ぎ始めた。

 事案である。だが、雫がそれを厭うような様子はない。

 

「・・・・久路人、どう?」

「いや、今日も臭くないよ」

「そう・・・ならいいけど」

 

 久路人に、自分が臭わないか聞いた雫は、「いい匂い」と言ってもらえなかったことを若干残念に思いながらも、引き続いて血を啜る。

 久路人もまた、肩や背中の匂いを嗅ぐ方に意識を傾ける。

 そのまましばらくの間、二人は隙間もないくらいに密着していたのだった。

 

-----------

 

「それじゃ、私は朝ごはんの支度してくるから!!」

 

 そう言って、雫は機嫌がよさそうに部屋を出ていった。

 最後にチラッと未練がましく久路人の方を見ていたが、久路人はそれを敢えて無視して着替えを掴みながらドアを閉める。

 

「はぁ・・・まったく」

 

 朝から、この世の者とは思えないほど美しい少女と抱き合いながら、己の血を吸わせ、少女の匂いを嗅ぐ。

 文字に起こしてみると異常としか言いようがない。

 だが、それがこの二人にとっての日常と化していた。

 それは、雫が妖怪であり、久路人が彼らにとって極上の血を持つからだ。

 

 

 妖怪。

 

 それは人間ではない、魔性。人間よりもはるかに強い力を持つ化物。

 人間の住まう世界を現世といい、彼らは常世という世界からやってきた。もしくは、現世と常世の境目にある「穴」から漏れ出る瘴気によって現世の動物が変異した存在。

 雫、水無月雫もまた、かつては現世にいたただの蛇であったが、永い年月を経て大妖怪と言えるほどの大物になった妖怪だ。だが、その昔に封印され、その間に力をほとんど失ってしまった。10年前ほどに偶然久路人に拾われ、その血を与えられることで力を取り戻すどころかかつての頃を上回ってすらいるが。

 

「僕の血、そんなに美味しいのかな・・・・・」

 

 着替えつつ、改めてガーゼを貼りなおした首筋を撫でる。

 その顔はやはり暗かった。

 

 久路人に流れる血は特別だ。

 

 かつて現世に届いた「とある力」を取り込んだ人間を祖に持つ「月宮」一族。

 久路人はその中でも先祖返りと言われるほどに血が濃いらしく、その血は妖怪にとって最高の美酒であり、霊力というエネルギーを増幅させる増強剤としての効果もある。

 その血を持つがゆえに久路人は妖怪に狙われやすく、それを心配した彼の叔父が、久路人が拾ってきた元大妖怪の雫に目を付け、血を与える代わりに久路人の護衛をさせたのが、先ほどまでの「日課」の理由の一つである。

 過去にはこの力が暴走したことがあり、その兆候を観測するために朝に血の味見をするようになったという経緯もあるのだが、もはやそれは雫にとっては当たり前のものになっているようだ。

 だが、久路人にとってはそうでもないらしい。

 

「やっぱり、この血が・・・・」

 

--雫が自分に好意を持ったように見えるのは、自分の血が原因ではないか?

 

 それが、ここ数年の久路人の悩みだ。

 

 雫は美しい少女だ。

 それに、過去の久路人を助け、その心も支えてくれた。他の人間や妖怪に対する態度はお世辞にもいいとは言えないが、自分には慈母のような優しさを見せる。そんな相手だ。久路人が雫に好意を持つのは当然とも言えるだろう。

 しかし、その雫の優しさが自分の血に酔ったせいでもたらされたものだとしたらどうか。

 自分には血しかないのか?他に見てもらえる部分はないのか?という気持ちもないではないが、それ以上に罪悪感が募る。

 

「はぁ・・・早く強くならないと」

 

 自分が、雫に血を与える契約を守らなくてもいいくらいに、雫に護衛してもらう必要がないくらいに強くなる。

 それが、久路人にできる雫への贖罪であり、雫の本当の想いを知るための唯一の方法である・・・と久路人は思い込んでいた。

 

「とりあえず、早く着替えよう」

 

 だが、とりあえずは着替えるところからだろうと久路人は思った。

 久路人はその身に流れる血の影響か、ルールを守ることにこだわりがあった。

 大学の講義に遅れるのはよくないことだし、強くなるにしたって、寝巻のままではダメだろうから。

 

 そうして、久路人は寝巻を脱いで私服に袖を通すのだった。

 

 一階の台所にいる雫の様子に気が付かないまま。

 

-----------

 

「・・・久路人の血、ちょっとずつだけど、味が落ちてきた・・・・かな?」

 

 月宮家の台所。

 そこで雫は味噌汁の煮え立つ鍋をお玉でかき回しながら首を傾げた。

 

「う~ん・・・3年くらいじゃ、そんなに変わんないか。でも、霊力がほとんど上がらなくなってきたし、効果はあるよね」

 

 先ほどまで久路人の部屋で行っていた朝の日課を振り返りつつ、雫は独り言ちる。

 

「はぁ・・・あと何年かかるんだろう」

 

 雫は物憂げにため息を吐いた。

 見た目は整っているので、そんな様子も絵になるが、その様子を見ることができる者は久路人と、今は家を空けている久路人の叔父とその従者くらいだ。

 そして、雫が何を考えているかと言えば・・・・

 

「久路人が私の眷属になるまでに」

 

 眷属。

 それは、強力な力を持った妖怪によって、その忠実な下僕へと変異した存在を指す。

 眷属となった者は人間、獣を問わず主と似た性質を持つ人外へと変わり、主が死ぬまで寿命を迎えることなく、主の命令に絶対服従するようになる。

 そして朝の日課について、久路人は、自分の血を得るついでに状態を調べるためのものだと思っているが、そこには齟齬がある。久路人は自分の血の暴走を察知するためだと考えているが、雫がその日課を提案した理由は、久路人がどれほど「染まった」か調べるためだ。久路人が眷属に近づけば近づくほど、血の味は落ちるはずだから。ちなみに、血を飲むだけなら注射器で採った血でも充分だが、「寝起き直後の血を直飲みするのが一番わかりやすい」と注文を付けることで同衾からの吸血プレイを自然に行うという風に密かに誘導したのだが、それにも気づかれていなかったりする。

 

「ま、地道にやるしかないよね」

 

 雫はそこで、愛用の包丁を取り出すと、水で洗ってから、何のためらいもなく自分の腕に振り下ろす。

 

「量を増やした方がいいかな?でも、気付かれたら嫌だし、急に激しい変化でもしたら困るし・・・」

 

 味噌汁の入った鍋に血がドバドバと流れ込むが、赤味噌を使っていることもあってか、意外と色に変わりはない。やがて、コップ一杯分の血を入れると、雫は傷口を指で一撫でした。それだけで包丁でバッサリと切った傷口は何事もなかったかのように塞がる。

 雫は小皿を手に取ると、己の血が混入した味噌汁を啜る。

 

「ん~・・・ちょっと濃いかな」

 

 雫はグラグラと煮える鍋の中に手をかざすと、何事かを念じる。

 そして、再び味噌汁を口に含み・・・

 

「ん!!これなら大丈夫だね」

 

 どうやら合格点の味になったらしい。

 雫は水を操るのが得意な妖怪であり、血の混じった味噌汁の味をいじる程度は簡単にこなす。

 そのまま雫は冷蔵庫にしまってあった、昨日久路人と一緒に仕込んだカレーにも血を混ぜておく。夕飯の支度は久路人と雫が二人揃ってやるため、この仕込みができるのは朝の今だけなのだ。

 

「ん!こっちもヨシ!」

 

 カレーの方も満足のいく味に調整できたのか、満足げな笑みを浮かべた。

 その顔は、食事に血を混ぜるという行為に何の疑問も覚えていないかのようだった。

 

 

 八尾比丘尼、太歳、ヨモツヘグイ

 

 人間が人ならざるモノをその身に取り込んだ結果、自身もまたソレらに近づくというのはしばしば伝承として残っている。

 それは、一種の眷属化だ。雫が自身の血を密かに飲ませているのも、内側から久路人の肉体を人間から化物のソレに作り替えるためだ。

 雫の目的は、久路人と永遠を生きることであり、そのための人間の寿命を克服させる手段として、久路人の眷属化を目論んでいるのだ。

 なお、雫としては自分の言うことを何でも聞く久路人というのも惹かれるものがないではないが、心を縛るつもりは毛頭ない。それは自分の好きな久路人ではないから。

 

「えへへ・・・、カレーは今日の夜用だけど、味噌汁は今から飲んでもらうんだよね・・・・」

 

 ともかくそういうわけで、愛する人間と共に永久の人生ならぬ妖生を歩むために、雫は数年前から久路人の食事に己の血を混ぜ込んでいる。いるのだが・・・

 

「あっ・・・んっ・・・もう、また・・・」

 

 雫が食事に血を混ぜるのは久路人を眷属にするためで、それ以外の目的はない。眷属化のことがなければ、そんな変態的なことはやろうとは思わなかっただろう。多分。

 しかし、実際にやってみると、困ったことが起きてしまったのだ。

 

「はぁ、はぁっ・・・!!」

 

 しばらく満足げな表情をして、自分の作った料理を食べる久路人を想像していた雫だったが、それがいけなかった。唐突に顔を赤くして、雫は太ももをモジモジとこすり合わせ始める。

 

「・・・どうしよう、またムラムラしてきちゃった」

 

--好きな人が、自分の体液を取り込んで、自分と同じモノに近づいていく。

 

 つまるところ、そのことが、雫に凄まじい快感と興奮をもたらすようになってしまったのだ。

 それは、雫の中身をかき回すような衝動だ。胸の奥に常にくすぶり続ける罪悪感を一時の間忘れさせるほどの。久路人の血を取り込んだり密着するのは朝だけなので、この時間が一日で最も悶々とする時間なのである。

 

「う~!!さすがに、もう時間ないのにぃ・・・・!!」

 

 時計の針を見つつ、『今すぐ服の下に指を突っ込んで、朝からのスキンシップや今しがたの妄想で溜まったリビドーを解放したい!!』と思う雫であったが、いくら朝に弱い久路人であっても、そろそろ一階に降りてくるころだ。恋人になった後ならば、自慰を見せ合うアブノーマルなプレイを行うのも中々興味深いと思うが、今の段階でそのようなことをしたら普通の感性ならばドン引きだろう。

 

「はぁ・・・・朝ごはん食べた後に、急いでヤッちゃうしかないか・・・・・」

 

 「久路人が私の体液ごと食べてるところ見て我慢できるかなぁ・・・?」と顔を上気させながらも、雫は不安そうにつぶやくのだった。

 ・・・雫は心配しているが、ぶっちゃけこれもいつもの朝の風景の一つである。

 

 

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 食後に雫が妙に長い時間トイレに籠っていた後。

 雫が朝早めに起こしていたおかげで、多少のイレギュラーがあっても問題なく間に合う時間であったが、やや急ぎ目に久路人は自転車を漕いでいた。

 

「ねー久路人。学校なんて行かなくても生きてけるよ?だから家に戻って一緒にゴロゴロしよ?」

「いやいや。せっかく通わせてもらってるんだし、大学はきちんと卒業したいよ」

「大学卒業してどうするの?久路人って普通の社会で生きてけるの?」

「・・・・雫、正論は一番人を傷つけるんだよ?」

 

 「妖怪に襲われやすい自分の将来どうしよう?」とここ最近の悩みの一つを考えながら、久路人は口を開く。

 自転車に乗る久路人の隣を雫が宙に浮きながら並走しているが、道行く人は誰も振り返らない。基本的に、素質のある人間以外に妖怪は認識できないのだ。

 

 

「はぁ・・」

「まあまあ、そんなに落ち込まないでよ。ほら、私と久路人なら山の中に籠っても自給自足しながら余裕で生きてけるよ?」

「まあ、できると言えばできるけどさ・・・・・はぁ、街の中でも妖怪は襲ってくるし、街の外は論外だしなぁ」

 

 久路人たちのいる現世には、「忘却界」と呼ばれる結界が張られている。

 これは「妖怪などいない」という人間の共通意識を利用した大結界で、妖怪や常世と繋がる穴を大きく抑制する効果があるのだが、妖怪の存在を知る異能者がいるところでは効果が薄れる。ましてや、久路人のような化物クラスでは完全に破壊してしまう。久路人が住む「白流市」も、街の外には忘却界が広がっているが、街の中は久路人の叔父によって別の結界が張られることでかろうじて平和が保たれているのだ。久路人が何の対策もせずに街の外に出ればそれだけで大惨事である。

 

 と、そんな風に取り留めのない会話をしている時だった。

 バチリと紫電を纏う黒い砂が宙を舞った。

 

「・・・あ、近くにいるね」

「本当?どのあたり?」

「ここからまっすぐ行ったところ。この坂を下り終わったところだね」

「はーい。じゃあ、準備しとくね」

 

 唐突に、久路人が何かを見つけたことを雫に言うと、雫は心得たとばかりに、おもちゃのような水鉄砲を着物の袂から取り出した。

 そして、久路人の乗る自転車が坂の終わりに差し掛かり・・・

 

「オオ!!ナント旨ソウ・・・・臭イィィィィイ!?」

「死ね」

 

 電柱の影にうずくまっていた角の生えた緑色の醜い小男が、久路人を見つけてそのかぐわしさに涎を垂らすも、その隣にいたこの世のものとは思えない悪臭を発する雫を視界に入れて、鼻を押さえてのたうち回る。

 次の瞬間には、水鉄砲から打ち出されたツララに脳天をぶち抜かれ、世界に溶けていくように消えていった。

 

「ねえ、久路人・・・・」

「今日も変な臭いはしなかったって・・・・」

「まだ何も言ってないじゃん!!でも、本当だね?本当に私臭くないよね?ねぇ、ちょっと嗅いでみて・・」

「だぁぁああ!!自転車乗ってる時に揺らさないでってば!!」

 

 朝の日課の際、雫が血を吸う一方で、久路人は雫の匂いを嗅いでいたが、あれは久路人の趣味ではない。

 雫は久路人の血を取り込んでいる影響か、妖怪の力と久路人の持つ力が混ざっており、そのせいで霊力を感知できる存在にとって凄まじい悪臭を放っているらしい。雫も数百年を生きているとはいえ女の子であるために、「クサイ」と言われるのはショックであるらしく、吸血のついでに久路人に匂いを確認してもらっているというわけだ。

 まあ、久路人には悪臭が感じられず、雫としても久路人以外にどう思われようと知ったことではないために、二人が朝っぱらから密着するための理由付けにしかなっていないのだが。

 

「ああもう!!大学に着いたら確認するから!!今は止めてって!!」

「本当だね!?約束だよ!?」

 

 ギャアギャアとやかましく騒ぎつつも、幸いにして自転車に乗りながら虚空に話しかける青年を目撃する通行人は誰もいなかった。

 

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「う~ん、2年生になっても、実地で何かやるのはまだないんだね」

「農業実習は3年生になってからだからね。早くやってみたいんだけどな」

 

 白流市郊外にある大学。

 久路人はそこの農学部に通っていた。

 始めは久路人の使える「能力」の関係から理学部や工学部も考えたのだが、将来のことも考えて農業を学びたいと思い、農学部を選択した。

 

「でも、さっきの昆虫学はちょっと面白かったかも。昆虫食とか、あんまり考えたことなかったし」

「・・・・本当に、将来のこと考えたら覚えておいて損はないかもなぁ」

 

 先ほどまでは二人そろって講義を受けていたところだ。

 雫は周りからは見えないが、久路人は人気のないエリアを選んで座るため、久路人の隣に陣取るのはやりやすかった。雫は何気に頭がいい方で、小学校から高校に至るまで、久路人と共に授業を聞いていたおかげで普通に大学に合格できるほどの学力があったりする。

 

「あ、またいる」

「はいはいっと!!」

「グギャァァァアア!?」

 

 次の講義室に移動する途中の廊下。

 その曲がり角にいた跳び箱ほどもある人間の顔が付いたダンゴムシがツララで串刺しにされる。周りの気温が少し下がった。

 大学にも結界は張られているのだが、少々ザルな部分があるようで、小物はしょっちゅう入って来るのだ。これは久路人の力のせいで綻びができるからで、力を抑えるための護符も持っているが、最近ではほぼ役に立っていなかったりする。

 

「仕方ないけど、妙な噂が立たなきゃいいなぁ」

「ん~?別に良くない?高校までと違って、大学ってあんまりグループ行動とかないじゃん」

「でも、まったくないってわけでもないでしょ。腫物扱いは慣れてるけど、好き好んでされたくはないよ」

「大丈夫だよ!!ちょっかいかけてくるのがいたら、私がちょちょいと・・・・」

「あんまり過激なことはよしてくれよ・・・?」

 

 

 久路人の日常は平和だ。

 だが、それは薄氷の上にある平和である。

 

 力を抑える護符があっても、妖怪は絶えず襲い掛かって来る。

 さらに、人間の霊能者も希少価値のある久路人の血を前にすれば何をするのかわからないのだとか。

 そういった連中は護衛の雫や、自衛のために戦闘もこなせる久路人本人でも対応できる。

 しかし、周りへの影響はその頻度から完全に隠すのが難しくなってきており、若干周囲から浮いてしまっているのが現状である。

 

「まあ、人間のメスが寄ってこないのはいいことだけど・・・」

「ん?なんか言った?」

「なんでもないよ・・・」

 

 雫が口の中で呟いた言葉は、久路人には気づかれなかった。

 

「でも、まあいいじゃない。久路人にはこの私がいるんだから!!」

「・・・・そうだね」

 

 雫が何気なく言ったその一言に、久路人はわずかばかり影の滲んだ笑顔で返すのだった。

 

 

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 いつも通りの帰り道。

 月宮家は郊外にあるので、家に近いところは自然が多く、あまり人気がない。

 

 

「クサイぃぃっ!?」

「消えろ」

 

 一つ目の大男が激流とともに川に叩き込まれた。

 直後、川の水は凍り付いて夏の夕暮れを冷やす。あの大男は涼しいどころではないだろうが。

 

「小僧!! 頭から喰っ・・・オゲェ、なんじゃこのニオっ!?」

「失せろ」

 

 朝に見た角の生えた男の赤色版が何かを言いかけたが、真っ赤な血を凍らせたような薙刀で首を吹っ飛ばされる。最近は妖怪の世界でもカラーバリエーションでかさまししないといけないのだろうか。

 

「クカカ!!肉!!血!!・・・・クサっ!?」

「死・・・」

「ふっ!!」

 

 次に現れた、カラスのような翼の生えた猿みたいな何かを鉄砲水が貫こうとしたが、黒い鉄の矢がそれより早く心臓を射抜いた。

 

「あ~!!久路人、また私より先にやったね!?護衛は私の仕事なんだよ!!」

「・・・いや、さっきのヤツ飛んでたし、僕がやった方が早いかなって」

「とにかくダメ!!私の仕事を久路人が取るのだけはダメなの!!」

「・・・わかったよ」

 

 獲物を仕留めた久路人であったが、雫としては仕事を取られたのがいたく気に入らなかったらしい。

 大層ご立腹であり、久路人としてはそれ以上何も言えなかった。

 

(なるべく、雫に守られっぱなしでいないようにしたいんだけどな・・・)

(私が久路人の傍にいる理由がなくなっちゃう!!先手必勝、見敵必殺、サーチアンドデストロイ!!)

 

 二人の内心は盛大にすれ違っていたが。

 

 その後、なんか扇情的な服を着た淫魔っぽいのが出てきたが、思わず久路人が竦むほどの殺気を出した雫によって久路人の視界に入る前にかき氷のように粉々になった。

 

「久路人の目が汚れる!!!妾と久路人の前から、疾く消え失せろ!!」

 

 そのセリフは、雫によって背後から目と耳を塞がれた久路人には聞こえなかった。

 

 だがまあ、これもまたいつもの帰り道であった。

 

-----------

「はぁぁあああああああああああ!!!!」

「わっ!?」

 

 月宮家の裏庭。

 そこはだだっ広い草原だ。

 夕闇が迫る中、そこで久路人は手に持った黒い直刀に紫電を纏わせて、雄たけびを上げながら雫に迫るも、雫は足元を凍らせて、スケートをするかのように滑って回避する。

 

「まだまだぁ!!!」

「ちょっ、タンマタンマぁ!!」

 

 突如として足元が凍り付いたが、久路人がそれを気にする様子はない。

 その足には黒い砂鉄がまとわりつき、氷の上に突き刺さるスパイクとなっていた。

 力強い踏み込みで刀を振り回し、雫の持つ薙刀と打ち合う。

 

「雷切!!」

「瀑布!!」

 

 久路人の刀に流れる紫電が太くなったかと思えば、雷を切り落とすような鋭い斬撃が雫を襲う。しかし、雫はとっさに薙刀を手放して水鉄砲を取り出し、自らの周りに滝もかくやというほどの水柱を発生させ、久路人との距離を取った。

 

「よし、これで・・・」

「紫電改!!」

「えぇ!?て、鉄砲水!!」

 

 距離を取って体勢を整えた雫であったが、そこに飛んでくるのは夕方に空を飛ぶ妖怪を仕留めた黒い矢だ。いつの間にか、久路人の手には刀の代わりに弓が握られており、戦闘機のごとく矢が放たれていた。雫は、今度は消防車のようなジェット水流を出して矢を撃ち落とす。

 

「もうっ!!久路人ったら、激しすぎだよ!!無茶しちゃダメって言ってるでしょ!!」

「無茶しなきゃ勝てないだろ!!」

 

 近距離の間合いから、遠距離攻撃の撃ちあいを経て、ようやくお互いに一息つく間が生まれた。

 雫は明らかに人間の久路人には負担となっているであろう連撃に苦言を呈すが、久路人には聞き入れる様子はない。

 

 二人が何をやっているかと言えば、久路人の戦闘訓練である。吸血やらが朝の日課とするならば、これは夜の日課だ。

 久路人には雫という護衛が付いているが、自衛できるに越したことはない。

 小学校の頃から体を鍛え、中学に上がるころから霊力を用いてこの世の法則を捻じ曲げる「術」の修行を付けられるようになった。高校から今までは武術と術を組み合わせた実戦形式の訓練を行っており、高校の時のとある一件の後には、久路人のやる気は雫が心配するほどに激しい。

 その内心には、「雫に守ってもらう必要がないくらい強くなる」という意思があるのだが、それを雫が知る由はない。むしろ・・・

 

(あんまり久路人に強くなられると、私がいる意味がなくなっちゃう!!)

 

 こんな風に思っており、雫としても久路人に負けるわけにはいかず、本気で戦うようになっていた。

 その結果・・・

 

「はぁっ、はぁっ・・・・」

「ふぅ~・・・時間切れだね」

 

 この訓練は、裏庭にある灯篭が灯ったら終了だ。

 結局、久路人は雫に拮抗することはできたが、土を付けることは叶わなかった。

 だが、それも仕方がない。久路人は霊力こそ雫を上回っているが、肉体は人間だ。車で言うならF1のエンジンを軽自動車に載せているようなものである。身体強化を行う術をかけたところで、術そのものが肉体への負担となるのだ。そのうえで、雫が守りに本気で集中すれば、久路人の方が先に自滅する。現に、久路人の体には内側から裂けたような傷がいくつか付いていた。

 

「久路人、戻ろう?怪我の手当とか、夕飯の支度もしなきゃ」

「・・・・・ああ」

 

 差し伸べられた手を一瞬暗い顔で睨みつつも、久路人はすぐにその手を取って立ち上がった。

 

(こんなんじゃダメだ!!もっと、もっと強くならなきゃ!!)

 

 その内心を悟られないように、必死で笑顔を作りながら。

 

 

-----------

 

 久路人が月宮家に備え付けの術具で傷を癒し、雫が久路人の脱いだ下着の匂いを胸いっぱいに吸い込んでから彼が出た後の残り湯に入ってヘブン状態でリラックスした後。

 

「そういえば、最近カレーとかシチューとか多くない?」

 

 夕食の時間、雫の作ったカレーを口に運びながら久路人はふと疑問に思った。

 食材の買い出しも久路人と雫の二人で行くのだが、目利きは雫の方が上手い。そのため、献立は雫が決めることが多いのだ。

 そして、最近はどうもカレーやらシチューのような汁物が多いような気がした。

 

「・・・久路人はカレーとか嫌い?」

「いや、そんなことないけど。ただよく見るなって思っただけで」

 

 二人とも今はいない家主の従者に料理は仕込まれており、人並みにはこなせる。

 久路人はステーキやらハンバーグといった焼き物が、雫はカレーのような汁物が得意である。ちなみに雫の好物はサイコロステーキだ。だが、その好物を差し置いて、汁物が多い。

 

「私が作りやすいから作ってるだけだよ。飽きたなら他のやつにも挑戦してみるけど・・」

「別にそんなことないって。美味しいし。ただ、最近はサイコロステーキ焼いてないなって思ってさ」

「そうだね・・・なら、次に買い物行くときにはお願いしてもいいかな?」

「ん。任せて」

 

 テーブルを挟んで言葉を交わしながらも、スプーンを持った二人の手は休む気配がない。

 雫は水を操れるためか、汁物の味の調整が得意だ。そのため、カレーの出来も見事なモノだった。

 

「でもこのカレー、なんかこっそり隠し味とか入れてるの?スゴイ美味しいし、カレーってそういうのよく入れるって言うし」

「え~!!そんなの入れてるわけないじゃん!!久路人と一緒に作ってるんだから」

「それもそうか・・・」

 

 雫が何と言うこともないように否定すると、久路人は納得したようだった。

 だが、久路人からすればそのカレー、というか最近の汁物は不思議な味がするような気がするのだ。舌にいつまでも残るような、そうしてその感覚がしばらく続いた後、少しづつ薄くなっていくような食感。決して不快ではなく、料理の元になった食材が自分の体の一部になっていくのが肌で感じられるような気がするというか・・・・よく食べる学食のカレーはそんなこともないのだが。

 

「・・・・・」

 

 どこか腑に落ちないような顔をする久路人を、雫はじっと見つめていた。

 久路人が自分の体液を取り込んでいるということへの興奮と・・・・

 

(ごめんね、久路人)

 

 想い人に黙って、人間から化物に変えていることに罪の意識を感じながら。

 

 そんな中で、「自分の血を入れてもバレにくいからよくカレーを作ってる」などと言えるわけもなかった。

 もしもそれがバレたら、目の前の青年が自分にどんなに甘いといっても、嫌われるのは避けられないだろうから。なによりも、永遠を共に生きることができなくなるから。

 

「・・・・・」

 

 例え憎まれることになったとしても、久路人のいない世界で狂わずに生きていける自信など、雫にはなかった。

 

 

-----------

 

「ん~!!今日もよく遊んだ~」

「そうだねぇ」

 

 夕食を食べ終えて、夜も更けてきた。

 夕食後は、久路人の部屋に二人で入って適当に何かやる、というのがルーチンだ。

 今日は二人でアニメを見た後にモンスターをハントするゲームをして遊んだ。ちなみにその前の日は遊戯の王のカードゲームに興じ、雫がガチガチのロックデッキで先行制圧しようとしたところをバーンデッキで焼かれていた。

 

「ふぅ~!!今日も一日、平和だったね~」

「うん・・・・いや、平和だったかな?」

 

 しんみりとした口調の雫に思わず反射的に頷いたが、直後に久路人は首をかしげる。

 登校、講義中、下校中、すべてで妖怪に襲われていたと思うのだが。

 まあ、雑魚しかいなかったので平和と言っても間違いではないかもしれないが。

 しかし・・・

 

「普通の人から見たら僕らの日常は異常そのものなのかな。妖怪と毎日戦いながら普通に生活してるとか、漫画みたいだ」

「そうかもね~、事実は小説より奇なりってやつ?」

 

 二人は今日一日を振り返ってみる。

 

 朝から二人一緒に目を覚まし、吸血と匂いチェック。

 雫のみであるが、料理に血を混ぜた後、出かける前にエクササイズ。

 大学に向かう最中に妖怪の頭を吹き飛ばし。

 大学に着いて、トイレの個室で匂いチェック(再)の後に襲い掛かってきた妖怪を氷漬けに。

 講義の最中も気付かれないように雑魚を溺死させ。

 下校時には帰り道に氷柱と砂鉄の矢が飛び交う。

 家に帰れば本気で武器と術の撃ちあいだ。

 

「普通の暮らしってやつは正直わかんないけど、私たちって変わってるんだね」

「僕も普通ってよくわかんないけど、変わってるんだろうなぁ」

 

 事あるごとに妖怪に襲われ、その合間に命のやり取りの訓練や想い人の人外化を画策する。

 正直言って気が狂っていると言われてもしょうがない。

 だが・・・・

 

「まあ、いつも通りだよね」

「うん」

 

 それが、白蛇と彼の一日であり、日常だ。

 それこそが、二人にとっての普通なのである。

 だからこそ・・・・

 

「・・・・明日も、明後日も、こんな感じに平和が続いてくれたらいいな」

「・・・・そうだね、私もそう思うよ。これからも、ずっと、ずっとね」

 

 二人は今日のような、普通の人間には異常としか言えない、「当たり前」を望むのだ。

 それは、明るい未来を願う言葉であったが、まるで自分に言い聞かせるようだった。

 

「・・・・・・」

 

 久路人は自らの力不足に焦りと憤りを、雫を狂わせているかもしれないことに罪悪感を抱きながらも、雫が正気に戻るまで、戻った後も今のような日常が続くことを願う。

 

「・・・・・・」

 

 雫は久路人の眷属化が遅々としてしか進まないことに焦燥を、久路人を化物に変えていることに罪悪感を持ちながらも、永い時の果てに今のような日常に戻ることを望む。

 

「あ」

 

 そこで、雫は声を上げた。

 

「ごめんね久路人、時間切れみたい」

「もう、そんな時間か」

 

 いつの間にか、久路人の部屋に霧が出ていた。

 久路人の部屋は厳重な対妖怪のトラップが山ほど仕込まれた家の中でも、特に妖怪の力を制限する罠が多い。そして、この部屋には妖怪が活発になりやすい夜に、妖怪を強制的に締め出す仕掛けが施されている。

 これにより、雫は自室へと強制送還され、一夜を久路人の部屋で過ごすことができないというわけだ。

 実を言うと、この仕掛けがあるのは妖怪除けというよりも久路人の叔父が久路人の貞操を心配したからという理由の方が強かったりする。まあ、明け方には解除されるので久路人が目覚める少し前には侵入した雫も横で二度寝をしているのだが。性的に襲っていないのは自分の体液摂取までさせてるくせに雫が直球勝負ができないヘタレだからである。

 

「それじゃ、おやすみ・・・・また明日」

「うん、また明日。おやすみ・・・」

 

 そうして、二人はいつものように一日の別れの挨拶を告げる。

 胸の中に不穏なモノを抱えつつも、その先に自分たちの未来があることを信じて。

 

「「・・・・・・」」

 

 こうして、彼らの一日は過ぎていき、また新しい一日が始まるのだ。

 明日も明後日も、その先も・・・・

 

 

-----------

 

「久路人、何、ソレ・・・・・!!」

「え!?いや、僕にもわかんないって!?」

 

 夏の朝が、凍えるような冬に変わる。

 

 朝露に濡れていた草木に、瞬く間に霜が降りる。

 

 翌朝、出かける前のこと。

 郵便受けを確認した久路人の手には、一通の封筒が握られていた。

 

 その封筒には、凛々しくも可憐な少女の写真と・・・・

 

「お見合いって、どういうことだぁぁあああああああああああ!!!!!!!」

 

 釣書と、達筆な筆文字で書かれた紙が収まっていたのだった。

 

 

・・・・新しい一日は、昨日とは打って変わって、予想以上に予想外なモノであるらしい。

 

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