白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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めっちゃ長い話になってしまった・・・
正直戦闘パートはものすごい筆の乗りが悪かったんですが、後半の乗りはやばかったですね、ええ。

あと、初めて総合で9位と10位内に入れました!!感謝です!!


刺客2

 もしも空気が目に視えるのならば、きっとそこは無数の刃が浮かんでいるように見えただろう。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 田舎の農道で、雫と死人のように青白い男がにらみ合う。

 さきほどの鍔迫り合いで彼我の力量と相性を判断したのか、男から向かってくる様子はない。だが、雫もわざわざ剣を持った相手に接近戦を仕掛けるつもりはなかった。

 

「鉄砲水!!」

 

 身構える男に、雫が打ち出した水流が迫る。

 

「・・・・・」

 

 男は表情一つ変えずに、数歩動くだけでこれを回避した。

 

「おまけだっ!!」

「・・・・っ!!」

 

 続けざまに撃たれた氷の礫も剣で打ち落とし、体には一切触れさせない。

 しかし、男も攻撃を流すので手一杯なのか、攻撃に転じる様子はない。ならば、と雫はさらに遠距離から術を重ねようとするも・・・・

 

「っ!!雫っ!!」

「むっ!!」

 

 男の迎撃に集中していた雫に、久路人の声が届く。

 ガキンと音を立てて、飛来した矢を薙刀で叩き落した。

 

「・・・・!!」

「っ、来るか!!」

 

 矢を打ち落とした瞬間、雫の動きがわずかに止まった。

 その隙は逃さないとばかりに、男が素早く駆け寄って剣で斬りつけようとしてきたが・・・

 

「せいっ!!」

「っ!?」

 

 夜の闇と同化したような黒い刃が宙を駆ける。

 久路人が投擲した黒鉄の短剣を回避しつつ、男は再び後方に下がった。

 男が距離を取ったことで、空気が若干緩む。

 

「さっきといい、まどろっこしい戦い方をする連中だな・・・・!!!」

「ヒットアンドアウェーってやつだね。それかゲリラ戦か。狙撃手の方もすごい正確な狙いだよ・・」

「・・・・・」

 

 久路人たちが顔をしかめながらそう言うも、男は無表情のまま剣を構えているだけだ。

 さきほどと同様に、近距離にいる男がかく乱している間に、隠れているもう一人が狙撃。狙撃をさばいた直後を男が突撃しては離れていくというスタイルのようだが・・・

 

(見た感じ、おじさんの張った結界のデバフを受けてないね。本当に、結界に異常があるのかもしれない)

(うん。それに、こんな時間のかかる攻め方するんだから、それだけ余裕があるみたいだね・・・京たちが来るまでにかなりかかるって分かってるんだ)

 

 男を目の前にしながらも、久路人と雫は小声で話し合う。

 白流市を覆う結界は、京に認められた例外を除く、特定以上の力を持つ異能の存在を遮断、弱体化させる効果がある。しかし、吸血鬼の男の放つ霊力は大穴を通る妖怪にふさわしいものであり、体の動きにもよどみがない。いくら強大な存在であっても、突然重しを付けられれば動きに違和感が出るはずであり、その様子がないことから、結界の効果を受けていないと分かる。何らかの対抗策を事前に準備していたのかもしれないが、計画的な襲撃の可能性が高い。京は今、本州の西端まで向かっており、道中に忘却界があることも考えれば、急いでも数時間はかかるだろう。

 

「でも、このまま粘られても、不利なのは向こうのはず。何かあるのかな?」

「短期決戦で決めた方がいいかもね。あまり大規模な術を使うわけにはいかなそうだけど、林の中にいるヤツをどうにかしないと・・・」

「雷起は成功したし、今なら僕が偵察に・・・・」

「ダメッ!!」

 

 敵の意図はよくわからないが、戦い方から時間を稼ぎたいという思惑があるようだ。こちらも時間を掛ければ京が駆けつけてくるであろうことを考えれば、持久戦に付き合うのも悪くはないが、わざわざ相手の策に乗る必要もない。

 しかし、久路人の提案に雫は大声で噛みついた。

 

「今の久路人は本当に不安定なんだから、無茶は絶対ダメ!!」

「でもっ!!そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!」

「ダメなものはダメ!!それで久路人に何かあったら・・・っ!?」

 

 敵の目の前で揉める二人。

 それを好機と見たのか、林の中から矢が飛び、またも男が二人に向かって踏み込んでくる。

 

「・・血刃(ブラッド・エッジ)

 

 その手に握られる剣には、固まりかけた血のような赤黒いオーラが纏わりついている。

 

「くっ!?」

「ちっ!!」

 

 飛んできた矢を常人離れした反射神経で察知した久路人が短剣で弾き飛ばし、向かってくる男に対しては、久路人の周囲以外を凍らせることで対処する。男の剣は雫の持つ薙刀に触れるが、地面が凍り始めたのを感じて飛びのき、男は凍り付くことなく範囲外に逃れ・・・

 その瞬間、久路人は雫と一瞬目を合わせた。

 

「逃がすか!!」

「・・・っ!?」

 

 矢を弾き飛ばした短剣を、久路人は鋭いスナップで投擲する。空中にとどまっていた男は足に突き刺さる短剣に気を取られ、その場に落下する。

 

「死ね」

「っ!?・・血棘(ブラッド・ソーン)!!」

 

 次の瞬間、真っ赤な薙刀が走り、吸血鬼の首が地に落ちた。雫の刃が届く寸前に、赤黒い剣が投擲されるも、雫は多少のダメージを無視して攻撃を続行する。

 結果、転がった首と棒立ちの身体は見る見るうちに氷に覆われ、雫が指を鳴らすと同時に粉々に砕ける。

 

「・・・これで、久路人が偵察に行く必要はないよね?」

「・・・うん」

 

 場に漂う雰囲気はギスギスしているが、そこはさすがのコンビネーションというべきか。

 図らずも、仲たがいを起こしかけたことで相手の攻撃するタイミングを誘導することができた。飛び道具の矢はともかく、本体が直接向かってくるならば、やりようはいくらでもある。雫が男を氷漬けにしようとした時点で、久路人は男の方を先に仕留める方針に切り替えたのだ。そのまま男の動きを止めたところで、雫がとどめを刺してほしい・・・という狙いを、雫は正確に読み取った。突然の喧嘩からの流れを利用する形になったので、あまりいい気分はしなかったが。

 

「ともかく、一人は倒したんだし、このままもう一人の方も・・・・」

 

 そうして、雫が林の方を睨んだ時だ。

 

 

---ブブブブブブブ・・・・

 

 

「っ!?雫!!」

「・・・・血刃!!」

「なっ!?貴様ぁ!!・・・くぅ!?」

 

 ガキンと音を立てて、久路人が作り出した短剣と、男の持つ黒い長剣がぶつかり合う。そして、再度飛来する矢を雫は打ち払うが、反応が遅れてかすり傷ができた。

 矢を食らいながらも雫は氷柱を撃ちだしたが、男はまたも距離を取って避ける。

 

---ブブブブブブブ・・・・

 

 遠く離れたどこかで、蚊の羽音が増した。

 

「・・・・・・」

「砕けたけど、死体の入った氷はまだ残ってるのに・・・」

「どういう絡繰りだ・・・?」

 

 そこに立っていたのは、先ほどの男だった。死人のように青白い肌に、生気のない淀んだ紅い瞳。いつのまにか服装が黒いロングコートに変わっていたが、確かに先ほど首を跳ねて粉々にしたはずの男だ。

 

「・・・反撃を確認。月宮久路人を、攻撃対象に設定」

「わっ!?」

「久路人!?」

 

 それまで無言だった男がボソリと呟くと、紅い矢が飛んできた。それまではなぜか雫しか狙っていなかったが、その行く先は久路人だ。術の効果で向上した反射神経で見切って弾くも、雫としては気が気ではない。

 

「戦闘を続行する・・・」

「くっ・・・!!」

「ちっ!!」

 

 長剣を構える男に、「これは長丁場になりそうだ」と、二人は場の空気が重くなるような感覚を味わうのだった。

 

 

----------

 

「おお!!中々やるじゃないか!!うん、見直したよ二人とも!!グズ、という評価は撤回しようじゃないか!!さすがだよ愛する我が子たち!!不意打ちとはいえ、無事に「楔」を撃ち込めるとは!!」

「「・・・・・・」」

 

 白流市に貼られた結界と忘却界の境目。

 暗い森の中、結界の中で戦う吸血鬼の主たるヴェルズと、九尾の成れの果てが佇んでいた。

 ヴェルズのいる場所からは、とても市内の様子が見えるはずもない。しかし、その眼は確かに中の状況を捉えているようだった。

 

「ふむ。どうやら久路人クンの方は不調のようだねぇ!!予想は付いてはいたが、雫チャンの血が随分濃く混じってるように見える・・・うん!!とてもいいことだ!!」

 

 落ちくぼんだ眼球をギョロギョロと気味悪く動かしながら、ヴェルズは叫ぶ。

 そうして、そのまましばらく「おお!!」だの「よく避けた!!」だのと一人でやかましく騒いでいたが・・・・

 

「ん!?ああ~!!カレルがやられてしまったか・・・!!いやぁ、念入りにやるねぇ!!」

 

 吸血鬼の男、カレルが首を撥ねられ、全身を氷漬けにされた後に粉々になった。

「そこまで丁寧に殺すか~!!」と思わず感心してしまうほどだった。

 

「だが!!ボクは先ほど君たちの評価を見直している!!きちんと「楔」を撃ち込んだ以上、これくらいの失点には目を瞑ろうじゃないか!!」

 

 それを見ても、ヴェルズは動じない。この程度のことは予想済み、とでも言いたげだ。

 

「さて、それじゃあリトライだ!!頑張っておいで、我が子よ!!」

 

 ヴェルズは持っていた杖を振るう。いつの間にかその手には、二つの紅い血のような輝きを宿す肉塊が握られており、そのうちの一つがドクン、と鳴動する。

 すると、杖頭についていたいくつもの小さな髑髏の口が開いた。

 

「「「「オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!!!」」」

 

 髑髏が叫ぶ。その声は、十字架にはりつけにされ、火で炙られる罪人のようだった。

 

「「「「ウ゛オ゛オ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!!!」」」

 

 しかし、その叫び声はただの絶叫ではない。抑揚があり、一定のリズムのようなものもある。

 まさしく、それは歌だった。「狂冥」の異名を象徴する、おぞましき術を紡ぐ詠唱だ。

 

祝歌(キャロル)』!!!

 

 ヴェルズが再び杖を振るって、術の名を高らかに叫ぶ。

 

 

---ブブブブブブブ!!!!

 

 

 髑髏の歌とヴェルズの叫びは音だ。

 音は振動、波となって伝わっていく。

 

---ブブブブブブブ!!!!

 

 いつの間にか、ヴェルズの周りには無数の蚊柱が現れていた。

 おびただしい数の蚊のさざめきは、髑髏の歌と合わさり、さらに遠くへと響いていく。

 

「さあご覧あれ!!このゼペット・ヴェルズの「死霊術(ネクロマンシー)」を!!」

 

 まるで楽隊を指揮する指揮者のように、杖を振って、ヴェルズは笑う。

 その視界にはまるで防犯カメラのように、林の中から二人の男女を除く視点とは別に、至近距離から蛇の少女と神の血を引く青年を見る視点が復活していた。

 

「さて・・・・」

 

 ヴェルズはそこで、視界に映る少女に語り掛ける。その声が届くことはないが、そんなことは気にしないとばかりに、言葉は止まらない。

 

「不安定なのは、久路人クンだけじゃあない!!妖怪である君には自覚が薄いし、久路人クンほどではないだろうが、君もまた不安定ではあるんだよ、雫チャン!!」

「・・・・・」

 

 嬉しそうに叫ぶ死霊術師を、狐は忌々しそうに睨んでいた。

 

 

----------

 

 

「はぁっ、はぁっ・・・ちぃっ!!一体何なんなのだ、こいつらは!!」

 

 田舎の農道に、爆音がこだまする。

 砂利道の地面が盛大に削られて吹き飛び、道の脇にある林の木々がバキバキと折れては倒れていく音が響いていた。

 

「・・・・血刃」

「血杭」

「くぅっ!?」

「ええいっ!!離れろぉ!!!」

 

 襲い掛かって来る男と、飛来する矢。

 飛んでくる矢を久路人が弾き、近づいて来る男を雫が迎撃する。男は長剣で薙刀を受け流すも、わずかでも刃に触れた瞬間には詰んでいた。

 

「っ!!血棘!!」

 

 雫の刃を受けた個所から霜が降り、あっという間に剣を持った手にまで冷気が浸食する。

 しかし、男は剣を投げ返し、片腕だけが凍り付いた状態で離れようとするが、その首筋に黒い短剣が突き刺さった。地面に倒れた体に、先ほど逃れたはずの冷気が再び襲い掛かり、速やかにその命を奪う。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・!!!!」

 

 肩で息をしながらも、久路人は正確な狙いで短剣を投擲し、見事に命中させた。

 そして、動きが止まるのを確信して、雫は冷気で凍らせることに成功したのだ。男から投げ返された剣も雫が弾き飛ばしたために、ダメージはない。

 だが・・・・

 

「・・・・・・」

「はぁっ、はっ、はっ・・・・くそっ!!またか!!」

「一体、いつまで続くんだよ・・・」

 

 いつの間にか、本当に突然、剣を構えた男が現れていた。

 先ほどから、この繰り返しだった。倒しても倒しても、何度でも男がどこからか襲い掛かって来るのだ。

 そのせいで、狙撃を行う片割れも見つけられず、一方的に撃たれる状況に甘んじている。

 

「珠乃のような分身・・・にしては実力に差がなさすぎる。陣を張っているわけでもないのに、自らと同等の分身を作ることなどできるわけがない」

「本体がどこかにいるのか?でも、術を使ってる気配がしない・・・・」

 

 二人で思いつく意見を口にしてみるが、答えは出ない。大穴を通れるほどの妖怪を何体でも生み出す術など、陣でも展開しなければまず不可能だ。もしもできたとしても、相当大規模な術になる。

 

 

---ブブブブブブブ・・・・

 

 

 もしも久路人が本調子ならば、少し遠くの異変に気が付いただろう。

 

 

---ブブブブブブブ・・・・

 

 

 久路人と雫が戦う道を取り囲むように、無数の蚊が群れを成して空中にとどまっていた。

 その蚊は、ヴェルズが操る死紋蚊であり、一匹一匹は京の張った結界に引っかからない程度の霊力しか持たない。京の結界は異能の存在を魂の大きさでふるい分けをしているために、この蚊の群れは霊力の総量では神格持ちの妖怪に匹敵するほどであるにも関わらず、依然として結界の対象外なのだ。通常ここまで多くの下僕を操る術など、とてもコストが釣り合わないために使うものなどいない。それこそ、七賢の中でもあらゆる術に精通する第一位か『使い魔』の専門家である第五位くらいのものだ。そして、ゼペット・ヴェルズは七賢の『元第三位』であり、その数少ない例外だ。故に、京の予想を超えた結果がこの地に現れていた。

 

 

---ブブブブブブブ・・・・

 

 

 術者の血を吸い、限りなく術者に近い存在である蚊の羽音は、遠くで紡ぐ詠唱を伝え、離れた場所に術者の望む現象を生み出す。

 それは魂を冒涜する、おぞましき魔術、死霊術。

 

 

---ブブブブブブブ・・・・

 

 

 負の感情を多くため込んだ魂は、その怨念の強さだけ世界に還りにくくなる。

 そうして世界にとどまった魂が霊力の籠った肉や骨などを変質させて仮初の肉体を得たモノがアンデッドである。アンデッドとなった場合の肉体や能力は、魂と霊力との同調具合によってピンキリだ。並み程度ならば意思を持たず生者に襲い掛かるだけの低級な存在に成り下がるが、強く同調して魂が保持した情報を伝えることができれば、生前を上回る力を持つこともある。もちろん、元の死体があればその朽ちた肉体を情報源として利用することもできる。

 死霊術とは、漂う魂の持つ情報をくみ出して伝え、霊力や肉体の素材と共鳴させることで人為的にアンデッドを作り、使役する術だ。

 そして、遠隔からの羽音の共鳴と、死霊術による魂の共鳴によるアンデッド操作。

 二つの共鳴を操る死霊術師からこそ、ゼペット・ヴェルズは「狂冥(きょうめい)」と呼ばれる。

 

 

---ブブブブブブブ・・・・

 

 

「もう、これで何体目だよ!?」

「はぁっ、はぁっ・・・クソがぁ・・・・!!!」

 

 今も、「オリジナル」の血を吸った蚊を素材に、倒された男が復活した。復活する吸血鬼は、いわば蚊の群体だ。術者の術を伝えるメッセンジャーと、素材の血を吸った材料。このどちらかの蚊を全滅させない限り、この遠隔死霊術に終わりはない。

 

 

 男を見る二人の表情は疲れ切っている。しかし、事態はさらに悪化していく。

 

「ハッ、ハッ、ハッ・・・ケホッ!?」

「雫!?」

「さっきから、何か、変・・!!」

 

 雫が、急に膝をついた。

 その顔は顔面蒼白であり、脂汗がダラダラと垂れている。

 

「雫、どうしたの!?」

「れ、霊力が・・・」

 

 先ほどから、雫の様子がなにかおかしい。

 久路人が近づき、雫をよく見ると、違和感に気づいた。

 

「霊力が、乱れてる?うまく流れてない・・・?」

 

 雫から感じられる霊力に、ブレがあるのだ。いきなり強くなったり、かと思えば弱まる。

 それはまるで、ここ最近の久路人のようで・・・

 

「血刃」

「させるかっ!!」

 

 ついにうずくまってしまった雫に男が剣を振りかぶるも、そうはさせまいと久路人は剣を受け止めた。

 雫が動けなくなった今、男の勢いを投擲で止められなかったら最悪の事態になる・・・そう思っての打ち合いだが、それは悪手だった。

 

「・・・・!!!」

「なっ!?」

 

 刹那、男の持っていた剣が膨れ上がった。

 元のロングソードから、幅広のグレートソードにまで一気に膨張する。

 

「・・・!!」

「ぐぅっ!!」

 

 増強されたのは剣だけでなく、男の身体能力も劇的に向上した。

 

(これは、僕の霊力を吸ったのか!?)

 

 霊力に刺激物が混ざったような雫の血は、吸った霊力を剣にとどめて投擲で使いつぶすくらいの使い道しかないが、久路人は別だ。混ざりものがあるとはいえ、その血は未だ妖怪にとって極上のエネルギー源である。その芳醇な霊力は男の力を強化し、さらには数が減っていた蚊(素材)の数まで盛り返す。

 

(っ!?ヤバい、霊力が・・!!)

 

 しかも、タイミングの悪いことに、ここで今まで使えていた霊力の流れに異常がぶりかえしたようだ。

 身体強化の効果にムラが出た。

 

血斬(ブラッド・ザンバー)!!」

「くぉっ!?」

 

 その結果、赤黒いオーラを纏った広範囲を切り裂く薙ぎ払いを、久路人は受けきれなかった。かろうじて短剣で受け流しつつ身をかがめて回避するも、腕に痺れが走る。

 

「血杭」

「クソォォォオオオ!!!!」

 

 これ以上ない隙を晒している今、狙われないはずがない。

 久路人が回避して体勢を崩した所に、守る者のいない雫めがけて赤い矢が飛来する。

 

「くぅ・・!!舐めるなぁっ!!!」

 

 雫がこの世で最も恐れているモノは、久路人の死。

 そして、最も嫌いなモノの一つは久路人の足を引っ張ることだ。

 あの九尾との戦いを思い起こさせるような自らの不甲斐なさに、身が焼き切れるような憤怒の念で体に鞭うって立ち上がる。

 雫の身体を貫くはずだった矢は、その手に握りつぶされて赤いシミになった。

 

「雫!!大丈夫なの!?」

「な、なんとか・・・矢を弾くくらいは、でき、る」

「全然そんな風に見えないよ!!とにかく雫は林から離れて休んで・・・・」

「できる、わけ・・ないでしょ・・久路人だって・・さっきから・・はぁっ・・刀も弓も作れない・・癖に!!休むのは久路人だよ!!」

「僕はまだ一発も攻撃を受けてない!!僕の方が戦える!!」

 

 最初の一人を倒した時のように、二人で言い争う。

 違うのは、あの時よりもはるかに戦況が悪化していることだ。

 久路人の術は効果が不安定になり、雫も原因不明の霊力不調に陥っている。

 

(なんだ!?私に今、何が起きてるの!?あいつらの攻撃に何かあった?多少はドレインされたけど、その程度の量で私の霊力が枯渇するはずない!!神格持ちの化物のものでもない限り、毒だって効かない!!なのに、なんで!?)

 

 雫は自分にふいに襲い掛かってきた不調に混乱するが、答えは出ない。

 出るはずがなかった。

 なぜなら、その原因は、自分の愛する青年なのだから。

 

 

---ブブブブブブブ・・・・

 

 

 はるか上空では、蚊の大群がその羽を震わせていた。

 

----------

 

「ふふふ!!愛しい愛しい彼の霊力だ!!!まさか君が拒めるはずもない!!!だが、恥じることはない!!むしろ誇るべきだ!!それだけ君は彼を愛しているという証明なのだから!!!」

 

 杖を振るいながら、ヴェルズは満足げにそう言った。

 

「これは予想でしかなかったが、カレルとカレンの目を通して、確信が持てた!!変化しているのは、久路人クンだけじゃあない!!雫チャンもそうだ!!混ざりかけなのは、彼女も同じ!!!完全に混ざっていないのならば、付け入る隙はある!!!」

 

 ヴェルズが使っている術は、死霊術だけではない。正確には、吸血鬼を蘇生させる死霊術と、その応用ともいえる術を同時に使っているのだ。

 

「魂から情報をくみ出し、同調させるのが死霊術の基礎!!!そして、同調させることができるのならば、その逆もまた然り!!!そのための楔は、優秀な我が子たちが付けてくれた!!!」

 

 死霊術の基礎にして応用、『共鳴』。その一つである、「不協和音(ディスコード)」。

 それは、反発する要素を強めることで、その内側を狂わせる術だ。不意打ちで雫に食らわせた矢には、不協和音の術を発動させるための仕込みが組み込まれていたのだ。あの矢だけでなく、カレルの刃にもエナジードレインだけではなく、同様の効果があった。攻撃を受けて壊死した細胞から、雫の霊力に干渉したのである。これは催眠や幻術のように、雫の精神を操る術ではないために、久路人の血が持つ力でも抵抗はできなかった。

 その術を以て、あの矢が刺さった瞬間から、もう雫の霊力は蝕まれていたのだ。

 

「君の中にある完全に混ざっていない久路人クンの力を強めて反発させてやればいい!!それだけで、いかに膨大な霊力を持っていようと、いや、強力な力を持っているほど、その影響は大きくなる!!!普段慣れ親しんでいるほど、それを失ったときの衝撃は大きいだろう!!?」

 

 雫の中には久路人の血が混ざりこんでいるが、それはあくまで久路人の力であり、完全に雫のものになったわけではない。大部分は雫が取り込んでいるとはいえ、吸収できていない部分もある。特に最近はいくら親和性が高いとはいえ、「雫の血と反発する久路人の血」という、最初から雫の血に抵抗する因子を飲んでいるのだ。その反発している部分の情報をピックアップして強化してやれば、今の久路人と同じような状態にすることができる。久路人の血は扱いが難しいが、逆に反発させるのは容易だ。

 とはいえ、一時的にヴェルズの術で反発を強められているだけだ。魂と肉体の繋がりが人間と異なる妖怪ならば、強く反乱分子を拒絶すれば抑えることもできるのだが、雫が久路人の因子を跳ねのけることなど、無意識であってもできるはずはない。自らの血に混じる不純物を、雫のものだと認められなかった久路人のように。

 

「ああ!!何たる皮肉!!何たる悲劇!!愛しているからこそ、その力は自らを傷つける!!!ああ、なんてボクは罪深い魔法を作ってしまったんだ!!!神よ!!!許しは請わない!!!ボクはいずれ地獄に落ちるだろう!!!」

 

 大げさな芝居をするピエロのように、ヴェルズは涙を流しながら胸に手を当て、天を仰ぐ。

 その様子は、どこまでも白々しかった。

 

「さてさて!!!そういうわけで、雫チャンはもうこの戦いでは力を振るうことはできない!!!久路人クンはかろうじて戦えるが、いつ崩壊するか分からない!!!まさに絶体絶命の状況ってやつさ!!!さあ、ここからだ!!!さらなる絶望と、それを乗り越えるための希望を見せて・・・おお?」

 

 そこで、唐突にヴェルズは怪訝な表情で、再度戦場に目を向けた。

 

 

---------

 

「だから!!!いい加減にしろよ、雫!!早く離れろって!!!」

「この、分からず屋!!!逃げるのは、はぁっ・・久路人だって、言ってる・・でしょ!!!」

 

 水流で凸凹に歪み、道の脇に生える木々がなぎ倒された農道。

 青年と少女はかろうじて殺意の奔流から逃れながらも、お互いの意見を譲らなかった。

 

「血刃」

「くっ!!」

 

 振るわれる刃をもはや受け止めることはできず、久路人は普段からは考えられないほどに不格好な動きで避ける。

 

「血杭」

「うぉぉおお!!!」

 

 放たれた矢を、雫は雄たけびを上げて崩れそうな自らを奮い立たせながら弾き飛ばす。

 とてもではないが、戦えてる、とは言い難い。逃げ回るのが精いっぱいだった。

 

「ほら!!!もう、避けるしか・・できない、じゃん・・早く・・どっか、行きなよ!!!」

「そっちこそ!!!棒立ちで待ち構えるしかできてないでしょうが!!!」

 

 逃げ回りながらも、お互いに逃げるように促すのは止めていなかったが。

 

(どうして、どうして分かってくれないんだ!!?僕は、雫を守りたいのに!!!)

(なんで分かってくれないの!!?久路人に逃げて欲しいのに!!!馬鹿久路人!!!)

 

 その心の中は、どこまでもお互いを想って、守りたい、救いたいと願っている。

 しかし、これまでの日常がそうであったように、二人の真意が伝わることはない。

 お互いの優先順位が、お互いの邪魔をしていた。

 

 そんな中でも。

 

(マズい!!この状況は本当にマズい!!今、僕の術の効果が切れたら、絶対に二人とも死ぬ!!)

 

 久路人は雫と言い合いながらも、心の中で叫びながらも、その頭の中では冷静に現状を判断していた。

 最悪の可能性が思い浮かび、思わず口が止まる。

 

(僕も死ぬ。雫も死ぬ。それは・・・・)

 

 どうしても、久路人は思い出してしまう。

 

(あの時と同じ!!!)

 

 それは、忘れられない出来事だった。

 久路人が、雫のためにもっと強くなろうと決意した始まり。今のように、雫がもう傷つく必要がないくらいに自分を鍛えようと思ったきっかけだった。

 

「ねぇ、久路人!!聞いてるの!?」

「・・・あのときは」

 

 久路人の脳裏によみがえるのは、九尾の珠乃が張った陣の中でボロボロになった雫の姿だ。

 互いに互いを守りあうという大事な『約束』を、破ってしまったあの時だ。

 今も、あの時に似ている。あの時ほどではないが、このままでは、同じことになるのは確実だ。

 

(そうならないためには、どうしたらいい!?どうやったら、今をなんとかできる!?)

 

 あの時、自分はどうやってあの絶望的な状況を乗り切った?

 どういう時に、何をしたからこそ、雫を守る力を得た?

 

「・・・そうだ」

 

 そこで、久路人は思い出していた。

 自分が「どういう時に」、我を失ったかのように暴走したのかを。

 

「とにかく!!久路人は下がってて!!久路人は私が・・・っ!?」

「・・・血斬!!」

「血杭」

 

 二つの殺意の狙いは、雫だった。

 これまで久路人は牽制か防御がメインで、男にとどめを刺してきたのが雫だったからだろうか?

 先ほどよりも感情を昂らせている雫は、その攻撃に対する反応が遅れ・・・

 

 

ドンっ!!

 

 

「えっ?」

「「・・っ!?」」

 

 その瞬間、雫は不意に体勢を崩した。

 突然、横合いから突き飛ばされたのだ。

 常人を超える膂力で押された雫は、そのまま矢と刃の射程から逃れ、道に転がった。

 

「あ、ああ、あ・・・・・・・」

 

 顔を上げた雫が見たものは・・・・・

 

「久路人ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」

 

 

 胸に、矢と刃を受ける久路人だった。

 

 

『クハハっ!!』

 

 

 吸血鬼の目を通してその様子を見ていた術者が笑うが、それに気付くはずもなかった。

 

 

----------

 

「クハハッ!!いいねぇ!!やはり、真剣に想い合う者どうしというのは、心の底からのぶつかり合いをしなきゃあいけない!!お世辞にも良いとは言えない状況でお互いを守ることを優先するなんて、その上で、愛する娘のために身を挺して庇うだなんて!!ああ、予想はできていたとはいえ、なんと素晴らしい愛なんだろう!!いや、これは予想以上だ!!ここまで絆が強いとは!!!なにより、さすがは我が子たちだ!!ギリギリで急所を外してくれたね!!!」

 

 パチパチパチパチとスタンディングオベーションしながら、目の端に涙さえ浮かべ、感動したように笑うヴェルズ。いや、感動したように、ではない。本当に心動かされているのだ。

 

「ああ!!彼らを見ていると思い出す!!思い出してしまう!!ボクとガブリエラの甘い日々を!!あの、何気なくも、お互いに包み隠さず心をさらけ出していた素晴らしい日々を!!お互いに守りあいながら、デーモンどもとしのぎを削っていたあの時代を!!!」

 

 ヴェルズはポケットから花柄のハンカチを取り出して目元をぬぐう。ハンカチは、あっという間に赤黒い液体を吸収していった。目から流れる涙はただの水ではなく、どす黒い血液だった。

 

「ふぅぅぅぅ・・・・・!!!!おお、いけない!!!感動して目を閉じるなんて、勿体ない!!用意していた筋書きとは違うが、これはこれで自然な導入だ!!!それでこそ、彼らに『あの術』を使わせる必要性が生まれる!!!それに、そろそろ時間切れだ!!!」

 

 ヴェルズは、はるか西から迫りくる大きな気配に気づいていた。

 もう少しで、この地の管理者が戻ってくる。

 

「今回は、きっかけさえ作れればいい!!あわよくば、この時に回収できればと思ったが、欲張っちゃいけない!!!心のわだかまりをさらけ出して水に流し、分かりあう!!今の彼らの想いは、どこまでもすれ違っている!!まずはそれを正さねば!!!そして、完全に染め上げる方法を知るんだ・・・そのために、そこに至るヒントをここで示そう!!!それが達成できれば十分だ!!!」

 

 そこで、ヴェルズは蚊の群れを操り、最後の指示を出す。

 

「カレン、カレル!!最後の指示だ!!!「血の盟約」に従い、全力を出すんだ!!!」

 

 その指示を最後に、ヴェルズは蚊の群れを撤退させる。

 同時に吸血鬼と、その相棒である血人の同調を限界まで強め、生前の状態を完全に再現する。例えこの二人を倒しても、ヴェルズの術で蘇っていたことなど分からないように。

 

「さあ、今宵の演劇のフィナーレだ!!!華々しくいこうじゃないか!!!!」

 

 暗い森の中、死霊術師は高らかに嗤った。

 

 

---------

 

「あっ・・・う、ぐ・・・・!!!!」

 

 頭が揺れる。

 体が重い。

 

「久路人!!!久路人!!!」

 

 それでも、自分に呼びかけてくる愛しい少女の声だけは聞き漏らさない。

 

「し、ず、く・・・・」

「久路人!!!馬鹿!!!なんで私を庇うの!!!今、私の血を・・・」

「い、い・・・・・」

「はぁ!?」

「これ、で、いい」

「何言ってんの!?」

 

 視界一杯に映る、雫の泣き顔。そんな顔をさせてしまっていることを申し訳なく思うが、この状況は久路人の狙い通りだった。

 

(急所は、外れてる・・・でも)

 

 久路人は、雫の身体を押しのけながらも、フラフラと立ち上がる。雫は久路人の思惑を理解できず、混乱するばかりだ。まあ、無理もないだろう。久路人の発想は狂人のそれだからだ。

 

(これで、僕には後がない)

 

 葛城山での事件の後、久路人はあのときの力を、あのときの感覚を思い出そうと試行錯誤してきた。

 しかし、その結果は実らなかった。それは、あのときと同じ状況を再現できていなかったからではないか?

 

(ここで僕が倒れたら、僕は雫を守れない。それは、僕の中の、最悪のルール違反!!!)

 

 すぐに死ぬことはないが、それでも放っておけば失血で死ぬ。今の久路人はそんな状態だった。だが、だからこそ、久路人の頭は冴えわたっていた。

 集中力が研ぎ澄まされ、体内に流れる霊力を完全に把握できていた。

 それは、いわゆる火事場の馬鹿力というやつだろう。

 身体を痛めつけ、自らの決めたルールを破り、最愛の少女を危険にさらしかねない今、久路人の精神力はどこまでも静まり返っていた。

 

(極限状態への追い込み!!)

 

 あの時のような不思議な力の感覚はしない。京が言っていたように、「世界の危機」に値する事態ではないからだろう。だが・・・

 

「お前らは、ルール違反者だ」

 

 自分でも驚くほど、冷たい声が出た。

 

「今の現世で、妖怪が人間を襲うのは禁じられている。それは、古い時代に結ばれた盟約だ。この世界を守る忘却界への配慮であって、それを侵すのは、すなわち世界への叛逆だ。例えここが忘却界の中でなかったとしても、関係はない。何より・・・・」

 

 思考が冷えていく。

 湧き上がる力はなくとも、冷徹なまでの霊力制御ができていた。

 混ざる不純物が薄い箇所を選定し、術に使用できる部分のみを切り取って使う。

 意図的に霊力を循環させ、一時的に不純物の吹き溜まりを作る。それは、霊力を使用不能にするような異物を集積させる一種の自傷行為だ。自分を壊しかねない行為であったが、今の久路人にためらいはなく、それを止められる雫も動けない。

 

 

--そうしなければ、雫を守れない。すべては・・・・

 

 

「お前たちは、雫を傷つけた!!!」

 

 

--約束を守るために・・・・

 

 

 このままでは、約束を守れないこと。

 このままでは、雫を守れないこと。

 それは、久路人の中で最悪のタブーだ。

 その禁を破るくらいならば、なんのためらいもなく自害を選ぶほどに。

 

 

--雫を守るために!!!

 

 

 雫から見れば、独りよがりでしかないその思考。

 しかし、その想いこそが、今の久路人を突き動かす。

 

「食い尽くせ!!黒飛蝗(こくひこう)!!!」

 

 久路人の声とともに、無数の砂鉄が集まる。

 砂鉄の塊は凄まじい速度で移動しながら寄り集まり、砂嵐となって男に襲い掛かった。

 

「・・・っ!?」

 

 とてもではないが、避けられる範囲ではない。

 男にできたのは、大剣を盾にして、砂鉄に含まれる霊力を吸い取り続けて強化することのみであった。

 そして・・・・

 

「・・・そこにいたのか」

「!?」

 

 言葉と共に、空中で幾本もの黒い刀が造られ、飛んでいく。

 刀は林の木々を切り倒して、通路を作る。切って、切って、切り倒して、追いかける。

 やがて、一人の女が林の中から飛び出してきた。その手には、男が握る剣と同じように赤黒いクロスボウが抱えられていた。こちらの女の方も人外のようではあるが、八重歯も短く、男と比べるといささか人間に近い印象を受ける。

 

「よくも今まで散々雫を狙い撃ちにしてくれたな?さっさと死ね」

「・・!!」

 

 これまで撃たれたような矢が、今度は久路人から放たれる。

 黒い矢は女の腕や胸を貫くが、足を狙ったものは一本も刺さらなかった。

 矢を受けながらも、女は砂嵐の収まった道に駆け込み、ボロボロに欠けた大剣の影に転がり込んだ。

 

「何のつもりか知らないけど、二人まとめて・・・っ!!」

 

 そこに、ちょうど一か所に集める手間が省けたとばかりに久路人が追撃を仕掛けようとするも、突然蹴り飛ばされた大剣が回転しながら飛んでくるのを見てわずかに動きが止まる。

 

「黒鉄ノ外套」

 

 大剣は砂鉄を固めてできたようなマントに弾かれ、明後日の方向に飛ばされる。

 グサッと視界の隅で地面に刺さるのを見つつ、ターゲットをもう一度見た時だ。

 

「?」

 

 吸血鬼の男が、女の首に噛みついていた。

 

「・・・血の盟約の元に、ここに誓う。我、カレン・ブラッカードは我が血を供物に捧げん。盟約に従い、貴方を支える力を我に」

「・・・血の盟約の元に、ここに誓う。我、カレル・ブラッカードはそなたの血を食らう。盟約に従い、我を支えよ」

 

 女、カレンと言った方がカレルと呼ばれた男に何がしかを誓うと、カレルは女の血を啜った。

 その瞬間、間欠泉のように膨大な霊力が二人を中心に湧き上がる。

 赤黒い霧がカレルとカレンを覆い隠していった。

 

「なんだか知らないけど、待っててあげる義理はこっちにはない・・・紫電改」

 

 何をやっているのかは分からないが、明らかにパワーアップイベントだ。久路人が放っておくはずもない。

 一本だけとはいえ、槍のような長さの矢が紫電を纏いながら音を置き去りにして迫り・・・

 

 

--グガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!

 

 

 その矢は、雄たけびとともに叩き落とされた。

 

「・・・・何だ?その姿は?」

 

 久路人は、相手が敵であると知りながらも、そう問わずにはいられなかった。

 そして、今まで会話に応じるつもりもなさそうだった二人から、否、二体から、返事があった。

 

「これは、吸血鬼にのみ伝わる、血の盟約の恩恵」

「至高の供物である、唯一の血を持つ眷属より血を取り込むことでのみ至れる、吸血鬼の奥義」

「例え下賤な人の身から拾われた者であろうと、尊き血を持つ祖に届かせる秘法」

 

 その言葉を聞いた瞬間、今まで茫然とへたり込んでいた雫の肩がビクリと震えた。

 

「「真祖化(モード・トゥルーヴァンパイア)」」

 

 そこには、二体の吸血鬼がいた。

 カレルという男の方は、元々長かった犬歯がさらに伸び、暗かった瞳孔には不気味な紅い光が灯っている。手に持ってるのは、禍々しい棘が背びれのように生えそろった大剣だ。

 カレンと呼ばれた女は、元々はカレルと比べるとまだ人間に近いように見えたが、今ではカレルと同じように完全な人外に変貌していた。クロスボウは羽を広げたコウモリのように大きく広がり、羽を支える骨にあたる部位には、併せて5本の矢がつがえられていた。

 二体ともに、それまで負っていた怪我はまったく見当たらない。どうやらこれまでにはなかった再生能力を備えているらしい。

 

「この姿となった我らを倒すは至難の業」

「改めて、ここに参・・・」

「うるさいんだよ」

 

--矢が一本叩き落とされたからなんだというのか。

 

「「!?」」

 

 そうして2体の真祖が見たものは、真っ赤に熱された砂鉄の嵐だった。

 焼けた砂が肌に付くたびに皮膚は再生するが、吹き付けられる砂の量は加速度的に増加していく。

 

--ならば、弾くこともできない量で押し潰してしまえばおい。

 

「霊力は上がってるけど、僕程じゃないし、神格持ちの妖怪にも及ばない。加えて、陣を使う様子もないし、この街には僕が扱える武器がそれこそ山ほどある」

 

--再生能力がある?ならば治るより前に焼き尽くしてしまえばいい。

 

 月宮久路人は普段の穏やかな雰囲気とは裏腹に、極めて才能のある霊能者だ。

 霊力量は七賢を上回り、霊力制御も天才のそれだ。彼だからこそ、神の血などという霊力の暴力とでもいうべき血を体に収めていられるのだ。そんな彼がその力を使わないのは、周りに与える被害や後始末を考えてのことだ。加えて、訓練でも術技などは全力を出しているものの、黒鉄の使用についてはかなり制限している。それは、危険すぎるからだ。

 葛城山の陣の中で、閉ざされた空間を水で埋め尽くした雫が、それを久路人に使わないのと同じように。

 

--僕の一番大事な人に手を出したんだ・・・

 

「お前らみたいな連中相手に、容赦はしない。溶かせ、紅飛蝗(べにひこう)

「「ガァッ!?」」

 

 マグマのようにうねる砂嵐が、二体の吸血鬼を押しつぶす。

 逃れようとする暇さえなかった。白流市は、久路人の庭だ。そこかしこに彼の武器となる黒鉄がある。今彼らがいる道も例外でなく、ドームのように黒鉄が漂っており、抜け出す隙間など存在しない。修学旅行の時のように、黒鉄を没収されず、相手のみが格段に有利になる陣を使われていないのならば。一時的とはいえ、霊力の使用に何の問題もなく、何のためらいもなくぶつけられる相手ならば。そして、相手に化物クラスのバックアップがなければ・・・・

 

「「オァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!?」」

「今更、神格持ちでもないやつに負けるか」

 

 そうして、瞬く間に二体の真祖は灰になった。

 

 

---------

 

 風に運ばれ、灰の塊が空に舞っていく。

 

「ふぅ・・・・」

 

 久路人はそこで、大きく息を吐いた。

 だが、まだ気は抜かない。珠乃にやられたときは、「倒した!!」と思った後だったからだ。

 

「黒飛蝗・・・」

 

 目を瞑り、砂鉄を飛ばして辺り一帯を観測する。

 ・・・・どうやら、人っ子一人いないようだ。霊力の感知にも引っかからない。

 いや・・・

 

「これは、メアさん?すぐそこまで来てたのか」

 

 街の端の方に、見知った気配を感じた。

 メアの戦闘能力は、特別な術こそ使えないが七賢に匹敵する。「あの人が来ればもう安心だ」という安堵感から、久路人はやっと力を抜いた。

 

「はぁ・・・」

 

 これならば、ここまで自分を追い詰めなくても助かったかもしれないと思うが・・・

 

(いや、そんなことない。この僕が、雫を守れたってことが大事なんだ!!)

 

 久路人の顔に、知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。

 気が抜けたことで、それまでアドレナリンの放出で静めていた傷の痛みが蘇るが、それすらも勲章のように思えた。確かに自分は怪我を負ったし、雫も矢を受けるなど、無傷とはいかなかったが、命は助かったのだから。

 ここ最近久路人を悩ませていた事柄も、これならばなんとかなるとどこかに吹き飛んでいくようだった。

 

「あ、そうだ!!雫、霊力の異常は・・・」

 

 そこで、久路人は雫の身体を襲っていた霊力異常のことを思い出した。

 そうだ、何も物理的な傷だけが重篤な事態を引き起こすのではない。霊能者にとっては、呪いなどの術によって引き起こされる不調も大事に至る可能性があるのだ。

 久路人は雫の方を振り向いて・・・

 

「大丈・・・ぶっ!?」

「飲んで」

 

 いつの間にか、本当にいつの間にか、雫がすぐ後ろにいたのだ。

 そして、血のにじんだ指を久路人の口の中に突っ込んできた。

 その表情は、俯いていて影ができているために良く見えなかったが。

 

「ふぃ、ふぃふく?」

「いいから飲んでっ!!」

 

 目を白黒させながらも、反射的に口の中に入ってきた指を舌でなぞる。

 鉄くさい液体が舌を伝って、喉を通るのを感じ・・・・

 

「ぷはっ!!・・・わっ!?雫!?」

「・・・・・・」

 

 スッと痛みが消えていくのを感じ、もう十分だと判断した久路人が雫の指から離れると同時に、雫が久路人を押し倒した。

 久路人の上に馬乗りになり、その胸元をじっと見つめている。その紅い瞳は、本物の宝石のようだった。美しくはあったが、まるで無機物のようであり、まったく温度が感じられない。

 

「・・・・・・・」

「雫、さっきからどうした・・・」

「怪我」

「へ?」

「怪我、治ってるね」

「え?あ、うん。・・・前は気絶しててわからなかったけど、雫の血はすごいね。傷も治ってるし、体もなんか軽いような・・・」

 

 雫が見ていたのは、矢の刺さった跡と、刃が走った個所だった。

 先ほどまで血が流れ出ていた箇所には、もう小指の爪の先ほどの傷もない。

 それは、雫の血を飲んだからだけではない。久路人の無茶な行動が原因でもある。

 久路人は極限状態に追い込まれた際に、霊力を循環させて、不純物を塊にして内臓などの重要な部位を避けた個所にまとめた。不純物とは雫の霊力であり、その性質は水に近い。濃縮されたことで久路人の血という液体と同化し、限りなく雫の血液に近いものになると、血流にのって傷を癒したのだ。

 傷の治癒という代償に、体の中に溜まっていた久路人を人外へと導く雫の因子が、若干消費されてしまったが。久路人にしてみれば、霊力の不調を引き起こしていた原因が少なくなったことで霊力の巡りが回復したように感じられていた。

 

「って、そうだよ!!僕のことはいい。雫は・・・」

「『僕のことはいい?』?」

「・・・雫?」

 

 久路人は、雫の様子がおかしいことに気が付いた。

 感じる霊力からムラがなくなっているため、不調は回復したようだが、それとは別におかしく見える。

 そのことを問おうとする前に、雫は口を開いた。

 

「さっきから聞きたかったんだけどさ・・・」

「え?」

「久路人、なんでさっきからそんなに嬉しそうなの?なんで、死にかけたのにヘラヘラ笑ってるの?」

「・・・・・」

 

 雫の表情は、無だった。

 普段喜怒哀楽に富んだ様子からは想像もできないほどに、能面のような顔つき。

 しかし、長年ともに過ごした久路人には、雫がどんな感情を抱いているのか読み取ることができた。

 

(雫、すごい怒ってる・・・?)

 

「えっと、雫・・・・」

「久路人はさ、もう私はいらない?」

「え?・・・・・あ!!」

 

 雫の言葉は、久路人からすれば信じられないものだった。

 だが、即座に思い出す。あの吸血鬼たちと戦う前に、自分が目の前の少女に何を言ったのかと。

 

「ごめん!!本当にごめん、雫!!」

 

 久路人は心の底から謝った。

 戻れるのならば、あの時の自分を斬り殺してやりたかった。

 だが、心の中では喜びもまた渦を巻いていた。

 

 

--僕が、敵を倒した!!僕は、戦えるんだ!!!

 

 

「実は、僕、最近は自分に自信がなかったんだ。霊力も使えなくなって、ただ妖怪に狙われるだけで・・」

 

 

--そりゃあ、ただで勝てるなんてわけじゃないだろう。今日みたいに、何事にも代償は必要だ。

 

 

「ずっと、雫だけに戦わせてた。雫に守られてた。それが、本当に苦しかった」

 

 

--でも、それを気にすることはないんだ。今日みたいに、自分を限界まで追い詰めれば・・・・

 

 

「だからって、あんな言葉を言っていいわけないっていうのは分かってる!!本当にゴメン!!雫にとってはなかったことにできないかもしれないけど、僕はもうそんなことは思ってない!!あの言葉は撤回する!!これからも、僕は雫と一緒にいたいと思ってる!!!それで、今日みたいに雫に迷惑かけちゃうことがあるかもしれないけど!!でもっ!!!」

 

 

--僕でも・・・

 

 

「でも大丈夫!!もしまた今日みたいに何かが襲い掛かってきても・・・・」

 

 

 そこで、久路人はまるでそこに勲章でもあるかのように、誇らしげに傷のあった場所に手をやりつつ・・

 

 

「今日みたいに、どんなに傷だらけになっても・・・・・」

 

 

 その顔に、満面の笑みを浮かべて。 

 

 

「必ず、僕が雫を守るから!!!」

 

 

--雫を守ることができるっ!!!

 

 

 雫の大好きな青年は、(護衛の任を帯びた少女)に、そう言った。

 

「・・・・・・」

 

 そんな、まるで『一世一代の告白をしてやった!!』というような表情をする久路人に、雫の返すモノは・・

 

 

パンッ!!!

 

 

 

「はぶっ!?」

 

 

 雫が送ったモノは、張手だった。

 ビンタだった。腰の捻転が綺麗に乗った、お手本のような一撃だった。

 久路人の身体が吹き飛びかけたが、雫が馬乗りになっているために衝撃を逃がすこともできず、痛みがまともに久路人を襲う。

 

「し、雫!?何を!?」

「久路人の・・・・」

 

 久路人が信じられないようなものを見る目で雫を見上げるも、雫はただ震えているばかりだった。

 その震えは、「久路人を傷つけてはいけない」という契約を破ったことによる激痛か、はたまた内に秘める激情のためか。久路人には、まるで火山が噴火する直前のように見えた。

 

「久路人のっ!!大馬鹿ぁぁぁああああああああっ!!!」

「ガフッ!?」

 

 カッ!!と伏せていた眼を見開きつつ、雫は叫んだ。

 続けざまに、目にもとまらぬ速さで、先ほど打たれたのとは逆の頬をはたかれる。

 状況がまるでわかっていないように混乱している久路人であったが、「どうして自分がビンタされたのか分からない」と言うかのような表情が、雫の怒りにガソリンを注ぎ込む。

 

「私っ!!私はいつも言ってるよね!?「久路人を守るのは私の仕事だ」って!!!久路人、なんにも聞いてなかったの!?脳みそないの!?頭空っぽなの!?どうしてそんな無茶するのっ!!?」

「雫・・・・」

 

 ポタリ、と。

 久路人の胸の上に温かい滴が垂れた。

 久路人が見上げるその先で、久路人の愛する少女は、大粒の涙を流していた。

 

「どうして久路人が無茶するの!!?どうして久路人が私を守るの!?久路人は人間なんだよっ!!?久路人は脆いんだよっ!?ちょっとの傷で死んじゃうかもしれないんだよっ!!?久路人は前に出なくていいの!!久路人は危ない目に遭うようなことはしちゃダメなの!!!久路人は、久路人は・・・・!!!」

「雫・・・・」

 

 久路人の心は痛んでいた。罪悪感で、胸が張り裂けそうだった。

 理由はよくわからないが(・・・・・・・・・・・)、最愛の少女が目の前で泣いている。泣き叫んでいる。

 自分は、すぐに、どんな手を使ってでもその涙を止めなければならない。

 そう思っていた。激情のままに、まるで幼い子供のように叫ぶ雫を久路人はなだめようとした。

 確かに、なだめようとしていた。

 

 

「久路人はっ!!私に守られてればいいんだよっ!!!」

 

 

--その言葉を聞くまでは。

 

 

「・・・・なんだよっ、それ」

 

 カッ!!と、目の前が熱くなるようだった。

 先ほどまで誇らしかった勲章に、泥を掛けられたような気分だった。

 

「何?そんなこともわかんないの?」

 

 だが、雫も止まれなかった。今まで久路人に向けたこともないような、嘲るような言葉と視線を向ける。

 

ーー足手まといの分際で、よくそんなことが言えるなテメェ

 

 雫の中でそんな声がするも、雫は止まれなかった。

 先ほどまでの戦いで晒した無様への怒り、自分への不甲斐なさ。

 そして、『久路人にとって、自分はもう必要ではないのでは?』という恐怖。

 その全てが雫の胸の中で渦を巻いたようにぐちゃぐちゃになって、暴れ狂っていた。

 それを誰かにぶつけなければ、気が狂ってしまいそうだった。

 そしてなにより、今の久路人はあまりにも危うすぎた。

 今日と同じことがまた襲いかかってこようと、何度でも身を削るだろうという確信があった。そのさきに何があるかなど、考えなくともわかる。

 それだけは。その結末だけは、雫には認められない。

 

「久路人は、大人しく家で過ごしてればいいの。私が守るから。もう、どこにも行かなくていいの。必要なことは、全部私がやるから」

 

 それは、雫なりに、久路人のことを最大限に思っての言葉だった。

少しでも最悪の結末から遠ざけたいと願うが故の言葉だった。

 だが、その真意が届くことはない。

 惚れた女にそんなことを言われて、「はいそうですか」と流せるほど、久路人は達観しても、腐ってもいなかった。何より、その言葉は、『ルール違反』だからだ。

 

「・・・・雫、お前は、約束を破る気か?」

 

 久路人もまた、先ほどまで敵と認めた相手にしか向けない声音で続ける。

 

 

--仮に契約がなくなっても、我が友を守る。だから、妾と同じように、お前も妾を守るのだぞ。よいな!!

 

 

「あの約束を、守りあうって約束をっ!!お前はっ・・・!!!!」

「久路人だって!!!」

 

 約束を破ることは、久路人にとって最も許せないことだ。それは、例え自分がこの世で一番好きと言える少女であっても。

 怒り心頭という顔で続けようとする久路人を遮るように、雫は叫ぶ。

 

「久路人だって、約束破ってるじゃん!!!何が、『守りあう』よ!!ボロボロになってるのは、久路人だけじゃないっ!!!!」

「・・・・っ!!!」

 

 その言葉に、久路人は黙らざるを得なかった。

 確かに、雫の言う通りではある。

 さっきの戦いでは、追い詰められたのは二人共だった。

 だが、勝手に自分から窮地に入って活路を開いたのは久路人だけだ。その意味では、久路人は約束を破ったと言えるだろう。

 しかし、だ。

 

「はっ!!それは、しょうがないんじゃないの?だって、あの場をなんとかするには、あの方法しかなかった!!あれが!!あれだけが正解だった!!!」

「・・・っ!!」

 

 それを認められるほど、久路人はまだ『大人』ではなかった。

 久路人の取った選択肢は、開き直りだった。

 

「『守られてばいい』だって?そっくりそのまま返すよ!!!雫は、僕が守る!!雫が僕を守る必要なんてないくらい、僕は強い!!!」

「っ!?」

 

 ビクリと、雫が震えた。

 久路人には分かるはずもないが、それは、雫にはもっとも言ってはいけない言葉だった。

 雫が久路人の傍にいるための、最も大きな理由を、真っ向から否定する言葉だった。

 

 

ドンッ!!!

 

 

「ぐわっ!?」

 

 雫が、久路人の胸を強く押して立ち上がった。

 人外からの不意打ちを受け、久路人は少しの間息が詰まり・・・・

 

「~~~~~っ!!!!!!!!」

 

 ダッと足音を立てて、雫は走り去っていった。

 キラキラと、輝く水滴を落としながら。

 

「雫ッ!!・・・・・フンっ」

 

 それを見て、久路人は立ち上がって反射的に追いかけそうになったが、その足は止まる。

 さきほど久路人が言ったのは、雫にとって最悪の言葉だったが、その前に雫が口にした言葉も、久路人にとっては言ってはいけない言葉だったのだから。

 

「・・・・僕は間違ってない」

 

 あくまで、己は正しいことを言ったと、久路人はそう思う。

 けれども、久路人の胸には、後味の悪い痛みが残っていた。

 

「・・・・・」

 

 

--雫を守れてよかった!!

 

 

 そんな、誇らしい気分は、最初からなくなったように消えてしまっていた。

 

 

「帰るか」

 

 

 そして、久路人もまた、歩き出した。

 リーリーと、今更ながら、「こんなにうるさかったか?」と思うほどの虫の鳴き声をBGMに。

 うだるような暑い夏の気配が残る夜道を、足を引きずりながら。

 

「・・・・・」

 

 少女が走り去っていった方向と同じ、帰るべき家の方に。

 

 




正直ヴェルズのやりたかったことは色々ありますが・・・
今回は「くそっ…じれってーな 俺ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!!」的なのがメインだったりします。

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