一から今日書いたけど、ウジウジパートがないだけでこんなに書きやすいとは・・!!
もうこの二人を仲たがいさせることはないので、今後は筆が乗りそう。
あと、感想返しはもうしばらくしたらまとめて行います!!
遅れて申し訳ございません!!!
視界には、夜空しか映っていなかった。
上にも横にも、空以外ない。
普段見慣れた街並みは、すべて遥か下にある。
『グォォオオオオオオオオオオオオォォオオオオオッ!!!!』
体が熱い。
全身に力がみなぎっている。
その力に身を任せるように、僕は昇る。
『グガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
全力で吠える。
これまでの人生で出したことがないくらいの大声で叫ぶ。
叫んだまま、僕はひたすらに上へ上へと・・・
今なら、この世の果てまで飛んでいけそうな気がした。
それは、体に溢れる力だけではない。
心もまた、天に昇っていけそうなほどに躍っていたから。
そうして、僕は、僕たちは、雲の上にまで抜けて、止まった。
『む?なんだ?もう止まるのか。このまま成層圏まで飛んでいくかと思ったのに』
『さすがにそんなところまでは行かないよ。ここに来たのも、なんというか、暴走が止められなかったというか、ノリみたいな感じだし』
そこは空の上。
下には雲の海。
言葉を放ったところで返事など返ってくるはずもない場所なのに、その声は僕の頭の中に響いてきた。
『あれ?なんで頭の中に・・・ねぇ雫、今の僕って耳あるのかな』
『人間をやめて最初に気にするのがそこなのか・・・妾達の会話は念話のようなものだから、耳はなくとも関係ないぞ』
僕の隣には、その声の主が浮いていた。
いや、声ではないのだったか。
『人間をやめた、か・・・思ったより、あんまり変わらないなぁ。もっと暴走というか、はっちゃけた感じになるかと』
『足がなくなって角と尻尾が生えたのは随分大きな変化だと思うぞ・・・』
『まあそうだけど・・・あ、角なら雫にも生えてるよ』
『何っ!?』
それは、いつもと変わらないノリの会話。
僕の日常の象徴のようなものだ。
けれど、彼女の、雫の言う通り、今の僕たちは普段通りの姿ではない。
普段とは違って見える視界で、己の身体を見下ろした。
『蛇みたいな身体に、短い手。あと、たてがみがあるのかな・・・これに角があるってことは』
『ああ、龍というヤツだろう・・・久路人だけならともかく、妾まで同じような姿になっている理由はわからんがな』
僕も雫も、ほとんど同じような姿をしている。
鱗で覆われた細長い身体に、鋭い爪のついた両手。牙の生えそろった厳つい顔に、頭の側面から生えて、後ろの方に伸びた角。
それは、伝説に謳われる龍そのものであった。
ただし、鱗の色は僕が黒で、雫が白だったが。
『でも、なんで僕らが龍になったんだろう?』
『龍になったのはわからん。だが、久路人が人外になったのは、恐らく条件を満たしたのだろう』
『条件?』
『ああ。ここに来る前に専門家に聞いていたのだ。人間が人外に至る方法と、その条件をな。それは、肉体と魂と精神の三つが繋がること。要するに、妾と久路人の心が通じ合ったからだ』
『心が通じ合う・・・そういえば、雫』
最後の条件とやらを聞いた時、僕は思い出した。
『む?』
溢れる力に身を任せて昇っている内に忘れてしまっていた。
これだけは聞いておかなければならない。
『雫、僕はお前に返事をしたよね?それで、こうして人をやめた・・・だから、答えを聞かせて欲しい』
僕の告白への、雫の答えを。
『なっ!?ここでかっ!?この姿でかっ!?その、妾としては人間の姿で言いたいのだがっ!?』
『別に僕は気にしないって。ほら、今の僕と雫は同じ種族なんだろうから、姿がどうでも関係ないよ』
『む~、久路人、お前乙女心を少しは考えろ。お前がよくとも妾が気にするのだ・・・だがまあ、久路人がここまで応えてくれたのだ。妾も返さねば筋が通るまい』
雫は龍の姿のまま、久路人に向き直った。
そのままブレスでも吐くかのように息を吸い込んでは、吐き出した。
恐らく深呼吸のつもりなのだろうが、すぐ真下の雲海が竜巻に飲まれて散り散りになっていく。
『スゥ~・・・ハァ~・・・よし!!久路人、聞くがいい!!妾も、妾も、お前のことがっ!!』
そして、雫がなにやら真剣な顔で語ろうとした時だ。
『雫っ!!』
『むっ!?』
頭上から、何かが降ってくる気配を感じた。
僕らが警戒しつつその場を退くと、直後に白い稲妻が地上に落ちていく。
『今のは・・・』
『うん。神の力が籠った雷。あのジジイの術だ・・・って、雫!?』
堕ちていった稲妻を目で追いながら、雫に話しかけ・・・
『おのれ・・・』
ゾクリと、龍の身体になったにも関わらず、寒気を感じた。
『せっかく妾が覚悟を決めたと言うに、本当は人の姿で言いたかったのに、それでも言おうとしたところを邪魔するとはな・・・』
『し、雫・・・』
『久路人、下に降りるぞ。済まんが、返事はもう少し後だ』
『あ~、うん。わかったよ』
僕は、寒気を感じながらも雫と目を合わせて頷き合った。
龍の顔のままであったが、瞳に宿る意思は人間の時と変わらない。
僕らには、お互いの考えていることがすぐにわかった。
『妾の告白を邪魔した落とし前に、久路人を痛めつけてくれた礼もしてやらねばならんからな』
『うん・・・それは僕もだよ。雫に血を流させた報いを、たっぷり返してやる・・・あ、でも雫!!体は大丈夫?』
『うむ、問題ない。むしろすこぶる調子がいい!!今ならあの結界があろうとも、容易く奴らを皆殺しにできるぞ!!』
『そっか、奇遇だね・・・僕もだよ!!』
気になることは山ほどある。
雫の返事だって聞きたい。
しかし、それ以上にあの雷を見てから、腹の中に渦巻く怒りが抑えられない。
さっきまでの、雫の苦しそうな表情が目に焼き付いて離れない。
『じゃあ、行くよ!!』
『ああ!!』
そして、僕らは昇ってきた空を駆け下りていく。
相手はさっきまで僕らをボコボコにしてきた連中だ。
けど、恐怖なんて何もなかった。
『『グガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』』
それは、隣で吠える相棒と仲直りが、否、それ以上の関係になれたからに違いない。
あの屋敷はもうすぐ目の前にまで迫っていた。
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「何だ!?何が起きた!?」
目の前の男が庇うようにしていた氷の結界が割れた直後、月宮久雷は、狼狽したように声を張り上げた。
彼の目の前で起きたことは、彼の長い人生の中でも経験のないものだった。
壁の中から凄まじい霊力を放つ何かが2体、空へと消えていったのだ。
「小僧と蛇が、逃げた、のか?どうやって?いや、それよりもあの力の大きさは一体・・・小僧の力は限界近く、蛇もこの結界と忘却界の影響で逃げおおせることができるはずも・・・」
「フフフっ!!」
そんな慌てふためく久雷を面白がるように、ボロボロのスーツを着た男は、月宮健真は含み笑いを漏らした。
健真は左腕が千切れ飛び、左目にも杭が突き刺さっていたが、痛みを感じていないようにケタケタと笑う。
「フフフっ!!フハハッ!!アハハハハハハハハハッ!!!!」
最初は聞き取るのがやっとくらいの大きさであったが、気付けば男は顎の関節が取れるのではないかと思うほどに大口を開けて笑っていた。
「貴様っ!!死にぞこないが!!何がおかしい!!!」
「何がおかしいって!?決まっているじゃないか!!長年追い求めてきた願いを叶えるためのカギが見つかったんだ!!!これが笑わずにいられるかい!?」
「鍵だと!?何のことを言っている!?」
「フフフっ!!ああそうだっ!!月宮久雷!!君にも感謝しなくちゃねぇ!!!本当だったらボクがやらなきゃいけない役回りを、進んで買って出てくれたんだから!!!君は実に見事な敵役だったよ!!おかげで、予定よりも大分早く手に入る!!ああ、手に入るぞっ!!『龍の血』がァっ!!!」
ゲラゲラゲラと、健真は笑い転げていた。
焦点の合ってない暗い瞳を見開きながら、床に転がって笑い声を上げるその様は例えようもなく不気味だった。
「もうよい!!消えろ気狂いがぁっ!!鳴神ィ!!」
「グォアアアッ・・・!!!」
健真とまともな話し合いができないと判断したのだろう。
久雷は己の中にある神の力をかき集め、天より雷を降らせた。
白い稲妻は健真を撃ち抜き、全身を焼き焦がしていく。
「・・・クククっ。ああ・・・やっぱり、この力とは、相性が悪いな」
いかなる理屈か、雷による熱を防いでいるらしく、健真はすぐには死ななかった。
少しずつその身が灰と化していきながらも、その口は止まらない。
「だから、だから龍の血が必要なんだ・・・この世の摂理に反するボクが手にするには、神の力は眩しすぎる・・・人間でも、妖怪でも、ましてや・・・神でもないあの、龍の力・・で・・ない・・と・・フフッ」
「さっさと死ね!!痴れ者が!!」
「・・・・フフッ」
いつまでも意味の分からないことを喋る健真を黙らせようとしたのか。
久雷の作り出した鉄串が健真の舌を撃ち抜き、床へと縫い留めた。
それと同時に身を護る術の効果が切れたのか、あっという間にその身体は灰になり果てていった。
最後まで、不気味な笑みをその顔に貼り付けながら。
「クソッ!!状況が分からん!!一体何が起きて・・・貴様ら!!何をグズグズしておる!!早くあの小僧どもを追わんか!!早く・・・」
情報源として使えるかもしれないと思い、健真の生け捕りを狙っていた久雷であったが、当てが外れた。
あんな狂人相手に話が通じるはずもない。
だが、そうなってしまえばせっかく手中に収まりかけた月宮久路人の行方は完全にわからなくなってしまう。あそこまで消耗させる機会が再び巡って来る可能性はほとんどない。そのため、なんとしてでも逃げていった久路人を捕捉するべく、久雷は自身を囲う霊能者に指示を出そうとして・・・
「く、久雷様!!上を!!」
「何ぃ!!?」
部下の一人が上ずった声で上を指差し、釣られるように久雷も天を見上げた時だ。
『『グガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』』
耳をつんざくような咆哮とともに、荒れ狂う嵐が目前に迫っていた。
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『よしっ!!クリーンヒット!!』
『やりすぎるなよ久路人。一度に大技で吹き飛ばしては殺せたかどうかわからなくなる・・・次は妾が一人でやろう』
『え?でも雫ってあんまり霊力制御得意じゃないよね?大丈夫?』
『む・・・』
屋敷のすぐ上空。
そこに、僕と雫はとどまっていた。
屋敷の中にはさきほど僕ら二人で撃ちだした竜巻によって大混乱に陥っている。
『しかし、これが風属性の霊力か。やっぱり空を飛べる生き物だから使えるようになったのかな?』
『妾も前から一応飛ぶことはできたが、上手い方ではなかったからな。龍となったからというのはあるかもしれん』
空を駆け下りる最中に、僕たちは自分の中にある霊力に今まで感じたことのない属性がいくつか混じっているのに気付いた。
その中でも強く感じられたのが風属性であり、あの屋敷に貼られていた水と雷に対する制限を無視できるのに加え、まだ殺傷力が低いために手加減用に使えると思ったのだが・・・
『なんか、元々結界が壊れてたのかな?』
『恐らく、妾たちが龍となった時に壊れたのだろう。我々の今の霊力は以前のものと大きく異なる。あの結界では耐えられなかったのだ。しかし、そうなると今の妾たちは忘却界の中にいることになるが・・・』
雫は、不思議そうに自分の身体を見下ろした。
『雫、なんともない?』
『ああ。蛇だった時には忘却界では体中に重りを付けたような感覚がしたのだが、今は何も感じないな。久路人こそどうだ?』
『うん。僕も大丈夫だよ』
今僕らがいるのは人外の力を大きく制限する忘却界の中のはずなのだが、その影響は見られない。
理由は分からないが、好都合・・・いや。
『どうしよう、雫。この姿だと下に降りられない』
力が有り余っているのはいいが、今の僕は相当にデカい。
全長ならば20mはあるだろうか。これではあのクソジジイどもを倒しに行きたくてもいけない。範囲攻撃でまるごと吹き飛ばす方法もあるが、健真さんを巻き込むのは忍びない。
しかし、雫はそんな僕を見てフフンと得意げに鼻を鳴らした。
『フッ!!焦るな久路人。お前はたった今人外になったばかりの新米だが、妾はプロ!!こんな状況に陥った時の対策ももちろん知っておる!!・・・・人化の術!!!』
『おお!!』
そうか、その手があったかと僕は思わず手を鳴らした。
龍の顔をしていても分かるほどのドヤ顔をしながら雫が小さく吠えると、白い霧が雫を包み・・・
「ほれ!!この通り!!こうすれば建物の中にも余裕で・・・」
『・・・雫、なんか変じゃない?』
「む?言われてみればなんだか胸元がスースー・・・」
これまでの僕が蛇の時の雫の言葉が分からなかったのと同じように、今の雫にも僕の言葉は分からないのだろう。しかし、それでも僕の訝し気な視線に気が付いたのか、雫は自分の身体を見下ろし・・・白い着物の胸の部分に両手を当てた。
「なっ!?なんでだっ!?・・・く、久路人ぉ!!向こうを向いておれぇ!!」
『え?いや、服の事じゃなくて角とか他の部分・・・・・』
僕は唸るような声で雫に注意を促そうとしたが、雫は僕に背を向けてしまった。
そのまま首を自分の足元を見るように傾けると・・・
「し、萎んでいる?ただでさえ丘みたいな感じだったのに・・・?これじゃただの平原・・・」
しばらく経ってから雫は振り向いたが、その表情は絶望しきったように見えた。
やはり、僕の言いたいことには気づいていないらしい。
『えっと・・・確か人化の術に必要なのは願いとイメージだっけ』
しょうがないので、僕自身が人化の術を使えるか試してみる。
雫は習得にずいぶん時間がかかったと聞いたが、元人間の僕ならばイメージは完璧。願いに関しては・・・
『いつでも雫と同じようにいられるように・・・!!!』
いつでもどんな時でも雫と共に在りたい。
雫が龍ならば僕も龍に。
雫が人間の姿ならば僕も元の姿に。
その願いは、息をするように自然と浮かび・・・
「あっ。できた」
黒い砂嵐が僕を包んだかと思えば、僕は二本の足で屋敷の庭に立っていた。
しかし、その身体には前の身体にはない感覚が備わっている。
「僕にも生えてるんだ、尻尾と角。というか、この格好は・・・?」
腰と頭に少し重い違和感があると思って見てみれば、黒い蛇のような尾が足の間からフラフラと揺れており、手を側頭部に当てれば硬い感触が返って来る。
どうやら龍の時の尻尾と角が残っているようで、それは雫も同じなのだが、僕の場合はさらにおかしな点があった。
「何だろ・・・軍服?」
僕が身に纏っているのは、教科書で見たことがあるような、大日本帝国陸軍の軍服のようだった。
色はカーキ色ではなく真っ黒だったが、形はよく似ている。そしてそれを覆い隠すように、黒いマントを羽織っていた。
「うう、持ってかれた・・胸が・・・妾の、胸がぁ・・・」
「雫、雫。正気に戻って」
「胸・・・・ん?久路人?なんだその恰好は?よく似合っているが、コスプレか?」
「コスプレ・・・そういう雫だって、ぶっちゃけそう見えるよ?口調とかなんかのアニメキャラの真似みたいだし」
「何?妾がか?・・・む!!確かに一人称が・・・えっと、妾・・じゃなくてわた、わた・・・」
何やら発声練習のようなことを始めた雫を何とはなしに見ていると、ピコピコと揺れる白い尻尾が目に入った。雫はさっき僕のことをコスプレと言ったが、やはり雫の方がそれっぽく見える。
「別にそんなに気にしなくてもいいよ。そういう喋り方の雫も新鮮・・・っていうか懐かしいし」
「む。そうか?ならば・・・」
「それより、雫はどうやって自然に尻尾動かしてるの?僕はその辺よくわかん・・・」
「フギャッ!?」
「えっ!?雫?」
なんとなく気になったので、思わず僕が揺れる尻尾を掴むと、雫は猫のような奇声を上げた。
それに驚いて、僕はついギュッと尻尾を握ってしまい・・・
「~~~///っ!!!!?」
「わっ!?ちょっと、大丈夫?」
ビクンと大きく震えてから、その場に崩れるように座り込んで、なおも小刻みに痙攣している雫に声をかけ・・・
「・・・ふんっ!!」
「うぉおわぁっ!?」
突然雫が槍のような勢いで手を伸ばし、僕の尻尾を掴もうとしてきた。
なんだか嫌な予感がしたので咄嗟に避ける。
「ちょっ!!いきなりなにすんのさ!!」
「フフ・・フフフっ!!!妾だけというのは不公平であろう?さあ!!尻尾を妾の前に出せ!!お前にもメスの快楽を教え込んでやる・・・!!!」
「わわっ!?ゴメンゴメン!!ゴメンってば!!!」
鬼気迫る表情で僕の尻尾を狙う雫と、そんな雫から逃げ回る僕。
ここは敵地で、本来ならばこんなことをしている暇はないのに、僕の顔には笑みが浮かんでいた。
こんな風に何の気兼ねもなく雫とふざけ合えるなんて、一体いつぶりの事だろう。
よく見れば、雫の眼もどこか笑っているようで・・・・
「うう、何なのですかこのおぞましい臭いは・・・あっ!!いました!!まさかこんなところにいるなんて・・・・!!!そこの蛇!!止まりなさい!!!さっきはよくわからないうちに負けてしまいましたが、今度はそうはいきません!!!」
「・・・あ゛?」
「あなたは・・・八雲さん?」
唐突に、聞いたことのある声が響いた。
そして、聞いたことないくらいドスの効いた雫の声も。
チラっと横目で雫を見てみると、雫の額に青筋が浮かんでいた。
「・・・そうだったな。そういえば貴様もいたな。霧間八雲。ちょうどいい。あのジジイの前に貴様も・・・」
何やら、雫と八雲さんには因縁でもあるのだろうか?
お見合いの話が来た時には大分キレていたが、今の雫の怒りようはあの時の比でない。
そして、雫が低い声で八雲さんに何かを言い切ろうとした、その時であった。
「・・?なんだか急に臭いが強くなったような?・・・あっ!!久路人さん!!そちらにいたんですか!!心配してたんですよ!?まったく、あなたは将来私の夫として霧間を支えていく一人なんですよ?そんなコスプレなんかして、あまり危ないことはしないでください」
空気が凍った。
「・・・・え?」
「・・・・は?」
呆けたような返事をする僕と雫。しかし、呆けたままの僕に対して、雫は無意識なのだろうが、行動を開始していた。
瞬きの間に雫を中心として猛吹雪が巻き起こり、屋敷を丸ごと氷が包んでいく。
そして・・・
--ガッ!!!
「久路人」
八雲さんから飛び出した「夫」という言葉に、つい足を止めてしまった瞬間、僕の腕を絶対零度の冷たさが包んでいた。きっとただの人間のままだったら腕が取れていたんじゃないかと思う。
「説明」
しかし、そんな腕のことよりも、顔を俯かせたまま僕の名前を呼ぶ雫から目を離すなと、僕の本能が告げていた。
「あの雌は何を言っている?日本語を喋っているのか?あれと一体どんな話をした?そもそも、久路人は何故妾を放ってこの屋敷に来ていた?」
「え、えっと・・・それは」
--考えろ!!月宮久路人!!返答を間違えたら、想像もできないほど恐ろしいことが起きるぞ!!
僕の中で、そんな声が聞こえてきたような気がした。
「えっとね、落ち着いて聞いてほしいんだけど・・・」
「久路人さんは、お前から逃げるためにここに来たのです!!」
寒気に耐えつつも、僕は弁明をしようとした。
しかし、それは鼻をつまんだままの八雲さんによって遮られ、空気がさらに冷え込んでいく。
「ちょっ!?八雲さ・・・」
「・・・ほう?」
--メキリ
僕の腕から、そんな感じの音がした。
「久路人さんは、月宮京やお前の日々の虐待から逃れるために、虎視眈々と機会を伺っていたのです!!」
「はっ!?何言って・・・」
「久路人、少し黙っておれ」
「オグゥっ!?」
--ミシリ
そんな音を立てながら、僕の足の上に雫の草履が乗っかった。
そのまま、雫の足が地面に着くまで僕の足をめり込ませる。
「久路人さんは、我々が出した見合い話を利用して、霧間の庇護を受けることに決めたのです!!そして、その目論見は叶い、私とお見合いをしました!!!」
--ピシッ!!!
「い゛っ!?雫!!今僕の腕から鳴っちゃいけない音・・・がぁっ!?」
「・・・・・・」
僕は雫に哀願するが、それが聞き遂げられる様子はない。
逆にグリグリと足の踏み付けが強まり、痛みの余り僕は悶絶した。
雫は、顔を俯かせたままだ。
「久路人さんは、打算ありきでそのような申し出をしたのでしょう!!いわば、これは政略結婚です!!ですが、私は誓いました!!お前のような下劣な強姦魔に穢され、傷ついた久路人さんを癒すと!!久路人さんの内に眠る、妖怪を滅しようとする正義の意思を支えると!!そのために、私は一生を妻として久路人さんに捧げるのです!!」
「八雲さんっ!?さっきから何を言って・・・ヒッ!?」
先ほどからまるで意味の分からないことを言う八雲さんだが、僕としては気が気ではない。
「結婚」だとか「妻」だとかいう単語が飛び出すたびに、寒さと腕を掴む力が強くなるのだ。
間違いなく、人間だったら死んでいた。まさかこんなに早く人外になってよかったと思う時が来るとは思わなかったが、僕は恐る恐る隣の雫を見て、短く悲鳴を漏らした。
「久路人」
雫が笑っていた。
ニッコリというオノマトペが似合うような、可憐な笑み。
しかし、その瞳には一切の光がなかった。
「し、雫・・・違うんだ!!八雲さんの言うことは全然違う!!確かに僕はお見合いの話を利用して雫から離れようとしたけど、それは雫が僕の血のせいでおかしくならないように・・・」
死を幻視したからだろうか。
かつてないほどに、僕の口が滑るように動いていた。
そう、僕は今、死の近くにいる!!
全身全霊で雫に事情を分かってもらえなければ、僕は・・・
「はぁ・・・そんなに怯えなくてもいい」
「・・・するためで・・・え?」
その瞬間、不意に寒さがやわらいだ。
腕の拘束と、足への踏み付けも弱くなる・・・腕は未だに掴まれたままだったが。
雫は威嚇のような笑みを消して、どこか呆れたような顔で続けた。
「詳しい理由までは分からんが、久路人は妾を想ってここに来たのは間違いないのだろう?ならばいい。久路人が妾のために動いて、突拍子もないことをするというのは、ここ最近のことで身につまされている・・・妾は久路人のことを完璧に理解している、とまでは言えんが、人間をやめてくれた久路人が、早々妾を見捨てるようなことも、他の女に乗り換えるようなこともせん。今の妾ならば、それくらいは分かる・・・だから、お前ももう少し妾を信じてくれると嬉しい」
「雫・・・そうだね、ごめん。雫なら、ちゃんと分かってくれるって、僕も・・・」
「ただし!!」
「い゛っ!?」
そこで、雫は再び表情を険しくして、僕を睨みつけた。
同時に、さっき変な音がした腕をもう一度万力の如く強く握りしめる。
「いかなる理由があろうと、あの妄想癖に脳を犯された女と見合いをしたのは許せん!!ちゃ~んと、埋め合わせはしてもらうからな!!いいなっ!?」
「は、はいぃ!!」
「ふんっ!!・・・おいっ!!そこの精神異常者!!」
「・・・まさかと思いますが、それは私のことですか?」
少し拗ねたように僕から視線を外した雫は、僕の腕を掴んだまま、八雲さんに声をかけた。
精神異常者・・・僕としても、あのお見合いだけであんな架空の設定を考え付いた八雲さんは少しおかしいと思う。
「お前以外に誰がいる?・・・ああ、すまん。精神だけでなく脳の方も虫に食われていたか?これは妾の配慮が足らんかったな。許せ」
「なっ!?お前のような下賤な妖怪が何を・・・いえっ!!それよりいい加減久路人さんを離しなさい!!痛がっているでしょう!!!」
「・・・久路人を離せ、か。お前は、一体久路人の何だ?どういう立場でこの妾に久路人のことで指図をしている?」
「決まっているでしょう!!!将来の妻として・・・」
「残念だが、そんな将来などないっ!!!なぜならっ!!」
「え?雫?」
雫は、軽やかに僕の前に立った。
僕の腕を掴んだまま。
そして、少し背の低い雫は、そのまま伸びあがって・・・
「久路人、あのときの答え。今ここで返す!!」
「え?・・・んっ!?」
「~~!!!」
--雫の唇が、僕の唇に重なった。
柔らかい感触が、僕の唇全体を覆う。
いつまでも嗅いでいたいと思うような優しい香りが鼻孔をくすぐった。
それは、時間で言えばほんの数秒にも満たなかっただろう。
だが、僕には永遠のようにも感じられ・・・やがて、少しの温もりを残したまま、暖かなモノが僕から離れていった。
「ぷはっ・・・・妾は!!久路人を愛している!!この先、一生!!永遠の未来の先まで、傍にあり続け、共にいる番だ!!久路人は妾だけのモノで!!妾は久路人だけのモノだっ!!将来の妻など、この妾以外に永劫現れることなどない!!」
雫は、僕の目を見ながら、顔を真っ赤に染めながらも、確かにそう言った。
「雫・・・」
そして、茫然としたような僕に満足げ笑みを浮かべながらも、同じくあっけにとられたような八雲さんの方を向いた。
「・・・・だからっ!!お前のようなどこの馬の骨とも知れん奴が挟まる隙間などないっ!!お前の気持ちなど単なる横恋慕だ!!すぐに妾が死を以て幕を引いてやる!!」
「あ、あ、あり・・・~~~~~っ!!!!!」
そんな雫の死刑宣告に、八雲さんは顔を真っ赤にしていた。
「あ、ありえませんっ!!な、なんて破廉恥な!!下劣な!!妖怪が、人間と番になるなど、あり得るわけがないでしょう!!ましてやお前のような穢れた悪臭を放つ蛇など!!兄さんの時と同じだ!!久路人さんの意思を無視して・・・」
「そうですね。人間と妖怪で番になるのは、難しいかもしれません」
「・・・久路人?」
その瞳に憎悪さえ込めて持っていた刀を抜き放った八雲さんだったが、その言葉は僕には聞き逃せなかった。
いきなり割り込んできた僕に、雫は不思議そうな、そして少し不安そうな顔で僕を見る。
僕は、そんな雫と目を合わせ・・・・
「んっ!?」
「・・・・」
今度は、僕の方からキスをした。
「ぷはっ・・・え?え?・・・久路人?」
「・・・・・っ!!?」
そんな僕を、八雲さんは目を見開いて、信じられないモノを見るかのような眼差しで見つめる。
「ふぅ・・・確かに、人間と妖怪の番は色々と障害があると思います。価値観とか、強さとか、寿命とか。でもそれなら、同じになればいい。同じ存在になれば、同じ目線で見ることができる。同じ道を歩いていける・・・だから」
そこで、僕はマントを翻し、漆黒の尾をくねらせ、角に紫電を纏わせた。
「僕は、人間をやめました。他ならぬ、僕の意思で、喜んで」
「・・・・・・」
八雲さんは、未だに絶句したままだ。
「・・・久路人っ!!」
雫が、僕の腕に飛びついて来る。
僕は、そんな雫をマントで包んだ。
雫は、くすぐったそうに、でも幸せそうに目を細める。
「僕も、雫を愛している!!これから永遠に一緒に生きていくって決めてるんです!!」
僕は、自分の心の底からの想いを告げた。
そして、八雲さんに向かって頭を下げる。
「・・・・ですから、申し訳ありません。お見合いのお話はなかったことにしてください。こちらから押しかけて図々しいことこの上ないですが、何卒。お詫びになるかわかりませんが、僕の血なら死なない程度に・・・」
「汚らわしいっ!!!」
しかし、僕の言葉を遮って、八雲さんは金切り声を上げた。
「汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしいありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないっ!!!」
「・・・八雲さん?」
「・・・久路人、あの女」
八雲さんの様子がおかしかった。
気が狂ったかのように刀を振り回し、聞き取れないほどの速さで何事かを叫ぶ。
だが、不意にピタリとその動きを止めた。
「フゥ~、フゥ~・・・・ハァ・・・よし。ふふふ、安心してください、久路人さん!!」
「っ!?」
こちらを見るその瞳は、狂気に満ち溢れていた。
実力で言えば遥かに格下であろうに、その異様な雰囲気に僕は一歩後ずさる。
「その蛇に、操られてるんですよね?兄さんもそうだったんです!!久路人さんもそうなんですよね?大丈夫です!!すぐに元に戻してあげます!!その蛇を殺して!!あの吸血鬼も殺して!!全部!!全部元に戻してやるんだよぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!!!」
どう見ても、正気ではなかった。
今の八雲さんに、初めて会ったときの大和撫子のような気品も清楚さもまるで感じられない。
「・・・久路人、あの女、妾が殺すぞ」
「えっ?」
雫が僕に体重を預けたまま、耳元でポツリと呟いた。
「久路人は、あの女が正気に戻ると思うか?妾たちが普通に話していただけであれだぞ?まともな会話が通じるとは思えん」
「・・・・・それは、いや、わかった」
雫の言葉に、僕は少し間を空けてから頷いた。
状況的に、今の八雲さんは完全な敵だ。僕はともかく、雫に殺意を向けている。それだけで、僕が味方になることはあり得ない。
手加減すればいいかもしれないが、生かしておいたところであの狂いようでは同じことの繰り返しにしかならないような気がしてならない。雫が少しでも傷つく可能性があるのなら・・・僕はためらわない。
「でも、雫一人でやらなくてもいい。元は僕がまいた種だから、僕が片付ける」
今の僕に、雫よりも優先すべきものなど存在しないのだから。
「そうか・・・ならば同時だ。一緒にやろう。二人でやれば、すぐに片付く」
「・・・うん」
「何をゴチャゴチャとっ!!その首!!さっさと叩き落して・・・・!!!」
そうして、僕らが身構えようとした時だった。
「今日は、よく気狂いと出会うのぅ!!」
「ガハッ!!?」
八雲さんが、白い閃光に吹き飛ばされてどこかに消えていった。
「お前は・・・」
「・・・・・・」
僕と、雫の視線が変わった。
目の前に現れた老人に、全力の殺意と敵意を向ける。
そんな僕たちを見て、老人は、月宮久雷も憎々し気に睨み返してくる。
「貴様らのせいで、儂の200年に渡る野望が滅茶苦茶だ。どう落とし前を付けてくれるのじゃ?」
「知るか」
「そっちの都合を押し付けないでくれますか?」
久雷はよくわからないことを言ってくるが、こちとらそのせいで死にかけた身だ。
僕も雫も、その言葉に特大の棘を込めて突き刺してやる。
「・・・ふん。だが、小僧からは大量の神の力は奪えた。そして、どうやら貴様は人外に堕ちたようだが、その霊力は何かに使えるかもしれん。転写転生には使えんかもしれんが、あの気狂いが狙っていたところを見るに、有用である可能性がある。大人しく身柄を引き渡せ。そうすれば命は見逃してやる」
「それを信じろとでも?」
「そもそも、今の妾たちとお前で、勝負になると思っているのか?あの結界はもうないし、妾達が忘却界の影響を受けてないことくらい分かるだろう?」
「そうか、聞く気はないか・・・・クックック!!!」
雫の言う通り、今の僕たちは全快の状態だ。
傷はなく、霊力も完全に戻っており、何の制約も受けていない。
しかし、久雷は笑っていた。
「よかったぞ、貴様らが断ってくれて。さすがの儂も我慢の限界じゃ・・・・貴様ら二人っ!!生まれたことを後悔させてくれるっ!!!他ならぬ、貴様の力でなぁっ!!!」
久雷がそう言った瞬間、地面が揺れた。
地下から、凄まじい力を感じられ・・・
「っ!?」
「これはっ!?久路人のっ!?」
その力の正体に、僕らが気付いたのと同時に、老人のしゃがれた叫び声が響き渡る。
「さあ開けっ!!神の御座に繋がる門よ!!この地を聖地とし、世界の敵を屠る力を我にぃっ!!!」
そして、僕らの視界が白い光に包まれた。
--ピシリ
どこかで、何かがひび割れるような音が聞こえたような気がした。
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--不正なアクセスを確認。
--要因は、元特異点と認識・・・媒体不足により干渉困難。
--付近に、特異点ならびにその近似値を確認・・・干渉を開始。
--・・・失敗。ノイズ特大。特異点の体内に異物が混入したことによる、媒体の変質を確認。干渉困難。
--近域に干渉可能媒体が不在。代替措置を実行。
--神兵による、要因の排除を開始する。
前の話と、今回の話は、かなり前から書きたかったお話です。
そこで、作者より心からのお願いです。
ここまで読んでいただけた皆様の感想を、ぜひとも聞かせていただきたく存じます!!
(ついでに評価も!!!)