白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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はい、日曜日に投稿できなかったダメ作者です。
おまけに、久路人が人間でいる期間がもう一話伸びました。
非力な私を許してくれ・・・


決戦準備

「言ってしまった・・・」

 

 月宮家の2階にある僕の部屋。

 ベッドの上にゴロリと転がりながら、一人僕は呟いた。

 

「勢いというかノリで言っちゃったけど、どうしよう・・・」

 

 時刻はもうすぐ正午。

 さっきからしばらく、動く気も湧かずにゴロゴロとしていた。というのも・・・

 

「断られた、ってわけじゃないよね」

 

 耳に蘇るのは、さっきの雫の返事だ。

 

『ま、待って!!ちょっと待って!!いや、断るとかそういうのじゃなくて・・・・と、とにかく心の準備をさせて~っ!!!』

 

 断られたわけではないだろう。

 しかし、「OK」とも言われていない。

 そして、当の雫はさきほどの返事をしたすぐ後にどこかに走り去ってしまったのだ。家の外に出た気配はしないので、屋敷の中にいるのだろうが、僕としてはどうしようといったところである。

 そのまま居間にいてもと思い、自室に戻ってきたが、それからずっとベッドの上で悶々としていた。

 

「でも、しょうがないじゃんか・・・デートしたいって思ったんだから」

 

 言い訳がましく、僕はポツリと呟いた。

 地味に、逃げるように走り去られたのはショックだったのだ。

 確かに、いきなりすぎたかもしれないが、僕としてはちゃんと覚悟を決めて誘ったのである。

 

「・・・ずっと、って言っても3年くらい前だけど、その時から好きだったんだから。この先僕は人間じゃなくなるけど、それなら、人間の僕が雫とデートできるのも今しかないんだ」

 

 そう思ってしまったら、もう止まれなかったのだ。

 人間でいるうちにやっておきたいことは何だろう?と考えた時、すぐに思い浮かんだのがそれだったのだから。

 

「人間と妖怪が結ばれるのは難しいとは思う。人間のままだと、雫よりもずっと早く僕だけ死ぬ。だから、僕は人間をやめる・・・でも、雫を好きになったのは、今ここにいる人間としての僕なんだ」

 

 ならば、人間であるうちに雫ともっと深い関係になりたい。

 人間であることを言い訳にして、雫を待たせるようなことはしたくない。

 人間だろうが人外だろうが、月宮久路人という男は雫を愛している。

 それを証明してみたかったのだ。

 しかし、まだ時期早々だったのかもしれない。

 

「はぁ・・・早まったかなぁ。後1,2か月はあるって話だったし。考えてみれば、デート用に服とかも持ってないし」

「おいおい、服も持ってないのにデートに誘ったのか?度胸は褒めてやれるが、準備不足で初デートに挑むのはいただけないぜ」

「・・・自分たちが護衛をしますので、準備を整えに行きましょうか。水無月さんはリリスたちが相手をしてくれる手はずになっていますから」

「本当ですか!!ありがとうございます!!雫と一緒に服を買いに行くのは、今回はないかなって思ってたの・・・で?」

 

 勝負を焦った自分を反省するようにこぼした僕に、なんだか頼りがいのありそうな男の声が二つぶつかってきた。

 さすがに初めてのデートで着ていく服を彼女同伴で選ぶというのはいかがなものか、というか、それがもうデートじゃね?と考えていた僕には渡りに船だったが、そこで僕は気付いた。

 

「おじさんに朧さん!?いつの間にっ!?っていうか、どうやって入ってきたんですか!?」

「あのなぁ、この家を設計して組み立てたのは俺だぞ。隠し通路のルートぐらい覚えてて当たり前だろうが」

「隠し通路!?この家そんなものまであるの!?」

「・・・申し訳ない、久路人君。自分はドアから入ろうと提案したのだが、京さんが『この方が面白そうだから』と言って聞かなくて」

「おい、いつまで関係ない話してんだ。今重要なのは久路人の準備のことだろうが」

「僕としてはプライバシーの問題的にこっちの方が気になるんだけど・・・」

 

 気が付けば、いつの間にか床の一部に穴が空いており、おじさんたちはそこから登ってきたらしい。

 考え事に没頭していたからか、おじさんたちが気配を消すのがうまかったからなのか、まったく気が付かなった。

 しかし、おじさんは僕のプライバシーを考慮する気はまるでないようで、僕の言うことを完全にスルーしていた。

 

「というわけだ。久路人、車出してやるから出かける準備しろ」

「・・・京さんの押しの強さはともかく、デートをするのなら服装、予算、デートコースの下見など、準備は必須です。ここは乗っておいた方がよいかと」

「それは・・・分かりました。お願いします」

 

 色々とツッコミたいところはある。

 だが、雫に断られるにせよ受け入れてもらえるにせよ、そういう服は絶対に必要になるのだ。

 加えてこの二人は人外を嫁に迎えた僕の先輩である。アドバイスをもらうならこれ以上の適任はいないだろう。

 

「よし。それじゃ、俺らは先に外で待ってるから、早くしろよ」

「・・・それでは」

 

 僕の返事を聞くや否や、そう言って、おじさんたちは壁に手を当てて忍者屋敷のようにクルリと壁をひっくり返すと部屋を出ていった。

 

 

「・・・一度、部屋は詳しく調べておこうかな」

 

 デートのこととか人外化のことがひと段落済んだら、部屋にある隠し通路とやらは全部埋めておこうと、僕は心に誓うのだった。

 

 

-------

 

 時はほんの少し遡る。

 京たちが久路人の部屋に不法侵入する少し前のことであった。

 

「メアッ!!メアァッ!!どこだっ!?どこにいるぅぅぅうううっ!?」

 

 月宮家一階の廊下をドタドタと駆けまわる音が響いた。

 

「大変なのだっ!!緊急事態なのだっ!!土下座でも靴舐めでもするから助けてくれぇぇぇえええ!!!」

「・・・貴方に靴を舐められても少しも嬉しくないのですがね」

「ぬぉぉぉおおぅっ!?いきなり出てくるなぁっ!!!びっくりしたではないかぁっ!!」

「いや、どっちなのよ・・・これは相当混乱してるわね」

 

 雫が運よく客間付近に飛び込んだ時、突然ガラッと襖が開き、雫の探していた月宮家使用人と吸血鬼が顔を出した。

 それに驚いて雫はズザァッとブレーキをかけつつ理不尽な怒りをぶつける。

 

「ええいっ!!そんなことはどうでもいい!!至急相談したいことができた!!中に入るぞっ!!」

「ここは客間なのですが・・・」

「アタシたち、一応お客様なんだけど・・・」

 

 来客がいるというのにズカズカと客間に入って来る雫を見て、メアとリリスはやや呆れ顔だが、それに気付いた様子もない。「なんだなんだ」と訝し気な目を向ける京や朧にも目もくれず、入るや否や、後ろ手で襖を閉めた雫はメアの方を向き・・・

 

「実はっ、実はだなっ!!妾、ついさっき久路人にデートに誘われたのだっ!!!」

「「「「・・・っ!!!」」」」

 

 その言葉を聞いた瞬間、部屋の中にいたメンバーに電流が走った。

 そして・・・

 

「なんだよ、結構やるじゃねーか」

「・・・ええ、まさかこんなに早く勝負に出るとは」

「やりますねぇ」

「やるじゃない!!」

 

 口々に久路人を褒め始めた。

 雫が通りかかるほんの少し前まで、「どうやって久路人と雫をヤラしい空気にするか?」という頭が湧いたような議題を熱く語りあっていた面々である。

 久路人の方に積極性ありというのは非常に喜ばしい。

 

「で?デートはいつなの?そのための準備をするって話なのよね?」

「・・・・・」

 

 リリスは顔を真っ赤にした雫にそう問いかけるも、雫はフイと目を逸らした。

 その瞬間、メアたちに嫌な予感が走る。

 

「お前、まさか・・・」

「そ、その、あまりにも突然なことだったから・・・返事をする前に、逃げてきてしまったのだ」

「・・・・・」

 

 京の問いへの答えに、朧は久路人に軽く同情した。

 きっと並々ならぬ覚悟だったろうに、と。

 そして・・・

 

「はぁ~~~~っ、つっかえ!!」

「やめたら?護衛の仕事~~」

 

 メアとリリスはヤジを飛ばしていた。

 それもそうだろう。

 せっかく久路人の方がいい感じだったのに、肝心の雫がこんなヘタレでは進むものも進まない。

 一気に彼らの計画は前途多難になってしまったのだ。

 

「う・・・!!!しょ、しょうがないではないか!!いきなりだったし!!それに!!妾はデートなんてしたことないから、どうすればいいのかも・・・」

「コイツ、自分の血をこっそり飲ませるだの、朝から同じベッドで寝るだのしてるのに、なんでこんなヘタレてんだ?」

「乙女心は複雑なのです。ヘタレたりヘタレなかったりはそういうものだと。ただ、雫様はヘタレすぎです」

「そうよ!!アンタたちもう付き合ってるし、久路人なんかアンタのために人間やめるくらい覚悟決まってんのよ?勝率100%の勝負から逃げてどうすんのよ」

「・・・勝負を恐れる気持ちも時には大事なものですが、まずは久路人君の気持ちを考えるべきかと。きっと今、落ち込んでいるでしょうから」

「・・・っ!!」

 

 雫のヘタレ具合に、一斉砲火がかけられる。

 まあ、客観的に見てもあの状況で逃げに走った雫に褒められる点はないだろう。

 

(そうだ・・・私は自分の事ばかりで、久路人のことを考えずに逃げちゃったんだ)

 

 そして、朧の言う通り、久路人の気持ちを考えてみればこの反応も仕方ないというものだと、雫自身そう思った。

 

「それは・・・そうだな。スゥ~・・・よし!!済まなかったな!!今すぐ久路人のところに・・・」

「少々お待ちください」

「?」

「・・・!!」

 

 深呼吸をして、雫は覚悟を決める。

 久路人に謝りがてら、OKの返事をしようと足を動かそうとした瞬間、メアから待ったが入った。

 雫が疑問符を浮かべる中、メアは一瞬京の方に視線を向ける。

 長年連れ添った京とメアのコンビならば、アイコンタクトだけで意思疎通は容易だ。

 そして、その動きは超一流の戦士でもあるリリスと朧にも届いていた。

 

「そうね。せっかくアタシたちのところに来たんだし、ここでデートに行くときのイメージトレーニングしときなさい。用意するモノとか、アタシたちも相談に乗るから。久路人にOKを出すのは、デートに行く準備ができてからでも遅くはないわ」

「その通りです。我々は貴方の先輩。そういったアドバイスも可能です・・・そういうわけで、野郎二人は一度部屋の外に出ていただけますか?」

「そうよそうよ!!こっからはガールズトークなんだから、さっさと行く!!」

 

 しっしと犬を追い払うような手つきで、メアとリリスは自分たちの夫を部屋から追い出した。

 もっとも、口に出した理由は建前だ。

 

(久路人様はデート用の私服をあまり持っていなかったはず。久路人様にとっても、今回のことは衝動的なモノだったのでしょう。ですが、我々にとってこれはビッグチャンス。引き延ばすのは無駄にプレッシャーをかけることになりかねず、得策ではありません。久路人様も早急に準備を整える必要があります)

(雫に断られたかもって思ってるかもしれないし、そこんところのケアも頼むわよ、朧!!)

 

 一瞬の視線だけで、驚くべき情報量であった。

 

(任せとけ)

(・・・心得た)

「?何なのだお前たち・・・それより、そういうことなら京たちにも聞きたいことが・・・」

 

 急に棒読みになったメアたちにいぶかし気な目線を向ける雫。

 雫としては男性からのアドバイスも欲しいと言えば欲しいと思ったのだ。

 その一方で、京と朧は妻の言いたいことを悟った。

 

(チッ、ヘタレのくせに妙なところで鋭いな。ここは一芝居打つか)

 

 だが、そんな裏の意図があるということが雫に知られてはマズい。

 そこで、京はここで冗句を一つまみ入れることにした。

 

「ガールズって、お前ら全員ガールなんて年じゃ・・・」

 

--カッ!!

--カッ!!

--ズドンッ!!

 

「申し訳ありません。害虫がいましたので、駆除いたしました」

「夏場は色々といるからな。妾も一匹仕留めたぞ」

「吾輩もだな。霧間谷はあまり虫がいないが、ここには随分とうるさい虫がいるようだ」

 

 上から、ナイフが京の右頬を掠めて壁に刺さった音、京の脇腹を掠めて氷柱が壁に刺さった音、京の頭上スレスレを先端のとがった傘が飛んで壁に突き刺さった音だ。

 女性に年齢の話は禁句である。彼女たちとて微妙な年ごろ(数百~千歳)なのだ。

 

「・・・我々のことは気にせず、どうかごゆっくり・・・京さん、行きましょう」

「・・・一応、俺としてはフォローのつもりだったんだがな・・・」

 

 氷点下の視線にさらされ、男どもは肩身が狭そうに客間を出ていき、久路人の部屋を目指すのだった。

 

-------

 

「とりあえず、まずは雫様の服装を考えましょうか。デートプランについては、久路人様にお任せするべきでしょう。初デートのエスコートは、男性にとっても一世一代の舞台ですから」

「霧の衣だっけ?便利と言えば便利ね。どんな服でも再現できるなんて」

「服、服か・・・」

 

 京たちが退散した後の客間。

 布団の上で、女三人が車座になって話し込んでいた。

 議題はもちろんデートの準備について。特に、服のことについてだった。

 

「むぅ・・・確かに妾の霧の衣は大抵の服を再現できるが・・・それでいいのか?こういうのは、やはり本物の服の方がいいのではないか?」

「しかし、雫様は霧の衣以外の服は肌に合わないのでは?久路人様としては、雫様が無理をする方がよろしくないと思われます」

「あら、そうなの?・・・まあ、そういうことならアタシもそこは気にしない方がいいと思うわ。今からそこをどうにかするより、久路人の誘いを引き延ばす方がマイナスよ」

 

 雫が普段着ている白い着物は、霧の衣という一種の術具だ。

 その正体は大蛇の雫の鱗であり、自由自在に形を変えることができる。

 しかし、元が雫の鱗ということもあり、霧の衣をまとっていないと雫は体調が悪くなるのだ。

 爬虫類にとって体表を清潔にすることは体調を保つ上で非常に重要であり、霧の衣の上に別の服を重ね着しても雫としては落ち着かなくなる。ちなみに、一番雫にフィットしているのは、普段の白い着物の状態である。

 

「それはそうかもしれん。だが・・・」

 

 だが、雫としては少し無理をしてでも形に残るものが欲しいという想いがあるのだ。

 初デートに着ていった服は、ずっと取っておきたい。雫と久路人は永遠を一緒に歩けるようになるのだから。

 

「おや?そこは叶えることはできるでしょう?雫様、下着は市販品でしょう?」

「は?」

 

 メアの言っている意味が、雫には分からなかった。

 

「なるほど、それならそこは重要ね」

「ええ。久路人様にとっては、非常に関心を持っているのは間違いないでしょう・・・時に雫様、デート当日にはどれぐらいエゲツないのを履いていく予定・・・」

「死ねぇ!!」

 

 雫は瞬時に腕を凍らせ、渾身のダブルラリアットを放つが、メアとリリスは華麗にバックステップを踏んで回避する。

 

「貴様ら!!これは妾の初デートなのだぞ!!茶化すつもりかっ!?」

 

 目に本気の怒りの炎を灯しながら、雫は吠えた。

 雫からすれば、せっかくの最高の思い出になりそうな初デートを馬鹿にされたような気がしたのだ。

 

「どうやら雫様はまだ逃げ続けるおつもりのようですね」

「メアの言い方は悪いけど、そこはしっかりしとかなきゃダメよ、雫」

「な、なんだと!?」

 

 しかし、そんな雫の気迫を受けても、メアとリリスは暖簾に腕押しといったように何も感じていないようだった。

 逆に雫の甘さを指摘する余裕すらあった。

 

「雫様、一つ質問をしますが・・・デートの後で、久路人様がそこまで迫ってきたらどうされるおつもりなのですか?」

「は?」

 

 突然、ボクサーの全力のストレートが顔面にぶち込まれたような衝撃が雫に襲い掛かった。

 雫の頭の中が真っ白になる。

 

「アンタたち、随分拗らせてたみたいだしね。しかも、結婚するとまで言い合ったんでしょ?無理やりってことは流石にないと思うけど、そんな感じの雰囲気になるのは十分あり得るわ」

「もしもそうなった時に雫様が再び逃げてしまえば、久路人様はどれほどショックを受けるでしょうか。下手をすれば二度と勃たなくなるかも・・・」

「アンタが受け入れても、その時にダサいの履いてたら台無しよ?それ以前に今は夏なんだし、夏らしい恰好するならそういうことを想定しなくとも大事なことよ・・・って、あら?」

「・・・雫様?」

「・・・・・・」

 

 突然のセクハラとも言える発言だが、当然これには意図がある。

 人外化による強化を、義務感を混ぜずに達成させるための策であり、実際に起こり得る可能性でもあるのだ。

 しかし、長々と下着の重要性や久路人が狼になるかもしれないと語った二人であったが、そこで雫の様子がおかしいことに気が付いた。

 

「・・・む、無理やり・・・久路人に、無理やり。そんな、そんなのって・・・」

「「・・・・・」」

 

 頬を赤く染め、手を当てながらクネクネと高速で体を動かすその様に、暴れ狂う蟲を幻視したメアとリリスは一歩引いて見つめることしかできなかった。

 

「や、やっぱりシチュエーションとしては王道を往く壁ドンから、玄関で我慢できなくなった久路人に圧し掛かられて・・・『そ、そんな玄関でなんて、せめてベッドでぇ!!』って私が言っても全然聞いてくれなくてそのまま・・・きゃぁ~~~~~!!!!!」

「「・・・・キッツ」」

 

 とうとう床に横になってゴロゴロと部屋の端から端まで往復運動を開始した雫に、二人は台所を時折はい回る黒い虫を見たような反応をした。

 

「一体なんでここまで妄想できてんのに、デートに誘われたらダッシュで逃げんのよ」

「小学生や中学生男子が学校にテロリストが侵入してきたシチュエーションで大活躍する妄想をするのと同じでしょう。実際に妄想通りに動けるはずはないということです。とはいえ、このままでは話が進みませんね・・・フンッ!!」

「ぐおっ!?・・・・はっ!?妾は何をっ!?」

 

 メアが転げまわる雫の顔面に蹴りをジャストミートさせると、雫はしばらく鼻を押さえて悶絶していたが、やがて正気を取り戻したようだ。

 

「正気に戻られたようで何よりです・・・それで、我々が言ったことの重要性は理解できましたか?」

「なんかめっちゃイタい感じになってたけど、アンタの脳内劇場で放送されてた中でダサいの履いてたら台無しってのは分かったわよね?」

「う、うむ・・・下着か、勝負下着というやつか」

 

 雫は細かいイメージが苦手なため、着替えを除いて普段自分でも目にしない下着はいちいち作るのも面倒なので市販のものを履いている。布地の面積が少なければ、下着でなくマフラーなどでも霧の衣と一緒に身に着けることができるからだ。

 メアたちからすれば鼻で笑うような話だが、雫は貞操観念がかなり強い。久路人しかこの世界に存在しないのならばともかく、外に行くのに下着を着けないなど我慢できるはずもない。

 他にも『久路人と私の下着が一緒に洗濯されてるの見るとなんか興奮する』とか、『洗濯物を干してる時にスゴイ挙動不審になってるのがカワイイ』というのもあり、普段身に着けているものには結構気を遣っていたりする。

 しかし、初デートとなれば、そこも普段より気合を入れなくてはいけないのだと、雫は学んだのだ。ひょっとすれば、その時の勝負下着はこの先一生記憶に残り続ける代物になるかもしれない。その記憶を最高のものにできるか、ガッカリしたものにしてしまうかは、今の雫の努力次第なのである。そう考えると、形に残すものとして、下着は服よりも重い・・・かもしれない。

 

「もちろん、下着以外にもバシバシアドバイスしてくわよ」

「雫様も、普段それなりに服装を変えていますし、雑誌も読んでいますよね。ならば、『こんな格好で行こう』という候補はあるのでは?」

「そ、それは、まあ・・・」

 

 無事に成就したが、雫も恋する乙女だったのだ。

 当然、久路人に意識してもらうための手段として、霧の衣の制限に触れない程度にオシャレには気を配っていた。

 朧げだが、こんな服にしようかな?というイメージくらいある。

 

「よし!!なら、さっさと服を変えなさい」

「ええ。時間は有限です。今日はずっと着せ替え人形になる覚悟をお願いしますね」

「お、おう!!」

 

 女三人寄れば姦しい。

 月宮家の客間は、にわかに「ああでもないこうでもない」と騒がしい喧噪に満たされるのだった。

 

-------

 

「ま、こんなもんでいいだろ」

「だ、大丈夫かな?結構迷ったんだけど・・・」

 

 月宮家を車で出た男衆は、街の中心部になるショッピングモールで服を購入した後、近場に会ったファミレスに入っていた。京はコーヒーを頼み、久路人と朧は冷たい緑茶を喉に流し込む。ファミレスの駐車場に停めた京の車には、戦利品が積みこまれていた。なお、いきなりこんな流れになったために雫の血で汚染された食器の代わりを作る暇もなかったため、全員分の昼食と夕食もテイクアウト済みだ。

 

「・・・ええ。久路人君の身体はよく鍛えられていて、見栄えがいい。大抵の服は着こなせます」

「そ、そうですか?」

 

 自信なさげな久路人に、朧は目を細めながら太鼓判を押す。

 朧の言う通り、久路人は服の下に雫が野獣の眼光を向けるような細マッチョを隠している。雫という気になる女の子がいたために、服装にはそこそこ意識を向けていた久路人であったが、今着ているやや暗い黄土色のオープンカラーシャツに、白いTシャツ、黒いスキニーパンツというシンプルな恰好は、その筋肉美をさりげなくアピールしていた。今の久路人を雫が見れば、たくましい二の腕やセクシーな鎖骨を見てハァハァと息を荒げていたことだろう。

 

「服はこれでいいとして・・・問題は次だ」

「・・・ええ。服がよくとも、回る場所がおかしければむしろ上げて落とすことになり、逆効果でしょう。久路人君は、どんな場所に行く予定なのですか?」

「え、えっと、それは・・・」

 

 どんなところを、好きな女の子との初デートで回りたいか?

 

 それは、さっきまでの買い物の最中に、久路人の脳内でグルグルと駆け巡っていた命題である。

 

(やっぱり、一番大事なのは、雫が楽しいって思えることだよね・・・雫って、結構漫画とか読んでて、雲の上の時もそうだったけど、理想のシチュエーションとかありそうだしな。でも・・・)

 

 しばらくすれ違っていたとはいえ、今の久路人の雫への理解度は相当高い。

 故に・・・

 

「ま、大抵の場所なら、雫は喜ぶと思うけどな」

「・・・容易に想像ができますね」

「う・・・」

 

 そうなのだ。

 ナルシストと言われてもしょうがないが、久路人には、今の雫ならどんな場所だろうが全力で喜んでくれそうな気がするのである。

 それはとても嬉しいことだが・・・

 

(それは、なんか悔しい)

 

 『どこでもいい』というのは、デートプランを考える久路人への挑戦状だ。

 そんなものを突き付けられたのなら、『ここ以外ではこんなに楽しめなかった!!』と思わせたくなるのが男というものだろう。

 だが、だ。

 

(この街は、僕と雫が出会って、ずっと一緒にいた場所だ)

 

 久路人たちのいる白流市は、力を失った雫が流れ着き、久路人に拾われた街だ。

 久路人が少年から青年になるまで、さらには人間をやめるまで、ずっと一緒にいた街なのだ。

 

(だから、だからこそ・・・)

 

 そこで、久路人は京と朧の方を向いた。

 その瞳に宿る闘志にも似た輝きを見て、男二人は「ほぅ?」と面白そうなものを見た時の表情を作る。

 そんな二人を見ながら、久路人は己の計画を語った。

 

「最初は、王道のコースというか、ベタな感じで行こうと思うんだ。それから・・・」

 

 そして、久路人の話を聞き終えた後のこと。

 

「いいんじゃねぇか?そういうの、雫は好きそうな気がするぜ」

「・・・自分も、いいと思います。これまでの積み重ねがある君たちだからこそ、回れるコースかと。良き日になることを、心から願っております」

「ああ。頑張れよ、久路人」

「・・・はい!!」

 

 久路人は、頼もしい先輩たちから背中を押された。

 それは、久路人にとって大きな自信になり・・・

 

「そうだ、おじさん、少し頼みがあるんだけど・・・」

「あん?」

 

 使えるものは何でも使う。

 そう言わんばかりに、背中を押された流れに乗って、久路人は自分の養父にあることを頼むのだった。

 

 

-------

 

「く、久路人!!」

「は、はい!!」

 

 その日の夕方、久路人の自室にて。

 夕日に照らされる部屋の中で、久路人と雫は緊張した面持ちで向かい合っていた。

 

「あ、朝の事なんだけどね!!」

「う、うん!!」

 

 朝の事。

 具体的な内容は語られていないが、何の話かわからないなどという鈍感系主人公のような愚を犯すことはない。

 

「スゥ~~・・・・・」

「・・・・・・!!」

 

 雫が大きく息を吸うのを、久路人は反対に息を止めながら、見つめる。

 二人の手には、いつの間にか汗が滲んでいた。

 

「お、OKです!!」

「・・・それって、その」

「えっと、そう、その・・・」

 

 『何が』OKなのか、雫は言わなかった。

 まだ、雫の中にヘタレている気持ちがあるのだろう。

 久路人としては、ここで焦って朝の時のように逃げられてはたまらない。だからこそ、慎重に距離を詰める。雫もまた、どう言い出せばいいか分からないように視線をあっちに向けたりこっちに向けたりと忙しなかったが、そのうちに自分は久路人を待たせていた立場であったことを思い出した。

 そして、その意識が雫の背を押し出す。

 

「そのっ!!久路人っ!!・・・・・わたっ、私、私を!!デートに連れてってください!!」

 

 それは、雫からのデートの誘いとでもいうべきものであった。

 

「よ、喜んで!!」

 

 当然、久路人がそんな雫を拒絶するはずもない。

 少々どもりながらも、一切のためらいなくその返事を受け取った。

 

「じゃ、じゃあっ!!いつにする!?僕はいつでも大丈夫なんだけど!!」

「わ、私も大丈夫だよっ!!いつでもいけますっ!!」

「なら、明日でもいいっ!!?」

「オフコースっ!!!」

 

 お互いの気持ちが、今ここに再び通じ合ったのだ。

 話している内に、どんどん熱が高ぶってきたのだろう。

 いつのまにか二人の声は大きくなり、最後の雫はなぜか英語だった。

 

「よしっ!!それじゃあ、明日に備えて寝るから、また明日ね!!」

「う、うん!!私も今日は早く寝るから!!グッナイ、久路人!!」

 

 そうして、かなり早めの就寝宣言の後、テンションを高めたまま雫は久路人の部屋を出ていくのだった。

 

 

-------

 

 

「・・・よし!!」

 

 そして、雫が出ていった数分後、久路人は先ほどの言葉と裏腹に、部屋の扉を開けて廊下に躍り出た。

 雫の部屋の方角に意識を向けつつ、足音を殺して階段の方に向かい、一階へと降りていく。

 

 この日、久路人が眠るのは日付が変わる直前であったことを知るのは、彼の養父だけであった。

 

 

 




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