白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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更新が遅れて申し訳ないです!!
リアルで色々とありまして、正直今月来月はかなりヤバめなので更新に乱れが出るかもしれません・・・

今回時間が買った理由は、内容的に過去の話を私自身が振り返る必要があったからですが・・・


初デート 後編

「ふぅ~・・・ご馳走様でした」

「ふふ、お粗末様でした」

 

 夏の昼下がりの公園にて。

 ベンチに座ったままの僕たちは、お互いに手を合わせて弁当箱をしまった。

 

「さっきも言ったけど、すごい美味しかったよ。量もたくさんあったし」

「しっかり味見したもん。美味しいって思ってもらえそうなものじゃなきゃ、久路人には出せないよ。でも、ありがと!!」

 

 雫の作ってくれた雫エキスがこれでもかと仕込まれた雫特製弁当を食べたが、流石は数年間にわたって月宮家の台所を預かっていただけあり、その味はまさしく絶品だった。

 中学の頃に料理を習い始めたころから雫の料理は口にしていて、旨いとは思っていた。さらにデート中ということでいつもよりも美味しいと感じたのかもしれないが、これならば店に出しても通用するのではないかと思うほどだ。

 

「・・・・・」

 

 ・・・まあ、雫が僕以外に体液入りの手料理をふるまうことなど、絶対に嫌だが。

 

 

「・・・久路人、またなんか変なこと考えてるでしょ?」

「え?」

 

 しばらく料理のことを考えて黙っていたのを不審に思われたのか、雫がやや呆れたような目で僕を見ていた。

 

「な~んか、不安そうというか、嫌そうな顔してたもん」

「あ!!いや、それは!!別に雫の料理がマズかったとかじゃなくて、むしろその逆で・・・」

「『僕以外に手料理作って欲しくない!!』・・・とか?」

「うっ・・・まあ、平たく言うとそうです」

 

 本当に雫はサトリ妖怪の力でも手に入れたのではないだろうか?

 さっきから本当に僕の考えてることを見透かしているようだった。

 そんな雫は「ふふんっ!!」と得意げに鼻を鳴らしながら満足げな顔をしている。

 

「やっぱり!!あのクソ人間どもを追い払った時と同じような顔してたもん。そんな感じの事考えてると思った・・・そんなに心配しなくても、私は久路人以外に手料理作る気はないよ。まあ、メアとかがどうしてもって言うなら作るかもしれないけど、私の血は絶対に入れないよ」

「そ、そっか・・・」

 

 その言葉に、僕の嫌な想像はチリのように吹き飛んでいった。

 同時に『こちらこそ願い下げです』と言う声がどこかから聞こえたような気がするが、それは気のせいだろう。

 

「ふふ、それにしても・・・」

「わっ!?」

 

 そこで雫が、横に座る僕にもたれかかってきた。

 雫の体温と重みが伝わり、僕の心臓がドキリと跳ねる。

 

「私の恋人がこんなに独占欲が強いだなんて思わなかったな~。普通の雌だったらついていけないと思うよ?」

「う・・・で、でも、雫はそれが嬉しいんでしょ?」

「お?やっと久路人も分かってくれたの?」

 

 雫が僕をからかうように笑ったので、僕も半分冗談のようなノリで返してみれば、雫はさらに体重を預けてきた。その顔にはにやけた笑みが浮かんでいる。

 

「そうだよ?私は久路人のモノだもん。久路人に独占されて、縛られて、人目に触れないところで大事にしてくれるのが嬉しいんだよ?久路人になら、ずっと監禁されてもいいくらい・・・もちろん、久路人が隣にいてくれてるのが前提だけど」

「・・・それって、僕も監禁されてるようなものじゃない?」

「ふふっ!!そりゃそうだよ。私は久路人に縛られたいけど、同じくらい久路人のことも縛りたいんだもん・・・久路人は嫌?」

 

 冗談のような流れだったが、雫の声音には真剣さが混じっていた。

 僕を見つめる目にも、粘度の高い熱いモノが浮かんでいる。

 

「嫌なわけないよ。僕だって同じさ。僕は、雫のモノなんだろ?」

「・・・うんっ!!私も同じっ!!」

 

 雫が本気ならば、僕も真剣に答えるのは当然のことだ。

 真昼の公園で話すような内容ではないとは思いながらも、僕がしなだれかかって来る雫の腰に手を回して支えつつ答えれば、雫は花が咲いたような笑顔で頷いた。

 そして、次の瞬間に不意にベンチから立ち上がって、僕の方に手を差し出してきた。

 

「それじゃあさっ!!これからペットショップとかホームセンター行かない?また街の方に戻るよね?首輪とかリードとか手錠とか・・・それにさっき話してた注射器とか色々見て回りたいものができたしっ!!」

「うーん・・・首輪やリードならともかく手錠はホームセンターにはないと思うけどな。ああいうのって、どこに売ってるんだろ?」

 

 雫の手を取ってベンチから立ち上がりながら雫に返事をする。

 僕としても雫からの提案は魅力的だが、残念ながらその期待には応えられそうにない。

 

「でも雫、それはまた今度でいいかな?」

「え?」

 

 キョトンとして僕を見る雫を、今度は僕が引っ張りながら、僕らは広場の出口の方に歩き出した。

 

「これから行きたい場所は、街の郊外の方だから」

「郊外?」

 

 ここから自転車を停めてある場所までそれなりにかかる。

 その間に、これから向かう場所について、雫に説明しておくことにしようか。

 

------

 

「ここは・・・」

 

 自転車を走らせること十数分。

 僕たちは次の目的地にたどり着いていた。

 そこは、何の変哲もない田舎の農道。

 すぐ近くにはほんのつい最近に伐採されたかのように切株がいくつか顔を出している。

 

「あの、吸血鬼たちが襲い掛かってきたところ・・・」

「・・・うん」

 

 自転車を道のすぐわきに停めて、しばらくの間雫と佇んだ。

 あの戦いの後でこの辺りはかなり荒れていたはずだが、いつの間にか道は以前のように何の変哲もない道路に戻っていた。きっとおじさんたちが直してくれたのだろう。

 

「・・・ごめんね」

「え?」

 

 そんな風に少しの間周囲を観察していると、雫が不意に謝ってきた。

 疑問符を浮かべつつ雫を見れば、雫は申し訳なさそうな顔で続ける。

 

「あの時の事。私、久路人に思いっきり八つ当たりしちゃった。私はあの時久路人に守ってもらったのに、あんなにひどいこと言っちゃって・・・そもそも久路人の調子が悪かったのも私のせいだったのに」

「雫・・・」

 

 雫は、悲しそうに目を伏せながらそう言った。

 そんな雫に、僕は・・・

 

「んっ」

「わっ!?久路人っ!?」

 

 僕は、雫を抱きしめていた。

 雫が驚いたような声を上げるが、離さない。

 

「・・・今度は、僕が先に謝られちゃったな。あの時ひどいことを言ったのは、僕だって同じだったのに」

「久路人・・・」

 

 おずおずと、雫も僕の背に腕を回してくる。

 少しの間、僕たちはそのまま抱き合っていた。

 

「・・・雫があんな風に焦ってた理由、今なら分かるよ。雫に教えてもらったから」

「え・・・?」

「自分が、好きな人のすぐ傍にいられる理由を失いたくなかった・・・それで、好きな人から離れたくなかった、嫌われたくなかった・・・違う?」

「うん・・・そうだよ。私は、あの時の自分は、久路人の護衛だから隣にいられるって思ってた。だから、久路人が私がいらないくらい強くなったら、私はいらない子になっちゃうって・・・そうなったら、価値のない私は嫌われちゃうって思った」

 

 回した腕に力を込めながら、雫はそう言った。

 そんな雫に、僕は問う。

 

「今でも、そう思ってる?」

 

 それは、卑怯な問いだったかもしれない。

 雫の本心を聞かせて欲しいという意図が見え透いた、下らない質問だったろう。

 だが、雫はそんな意図に気付いているだろうに、さらに強く僕を抱きしめながら答えをくれた。

 

「そんなことあるわけないでしょ・・・今はもう分かってるよ。久路人は、私のことを好きでいてくれるから私を傍においてくれる・・・ううん、私に一緒にいて欲しいんだって思ってくれてるって。私だって、同じ気持ちなんだから」

「・・・ありがとう」

 

 ぐりぐりと僕の胸板に頭を押し付けてから、雫は抱擁する力を弱めた。

 そして、潤んでいながらもどこかじっとりとした瞳で、僕を睨む。

 

「でも久路人、一個大事なこと言い忘れてるよ」

「え?」

「私があの時怒った理由。久路人が言ったことだけが理由じゃない・・・わかってるよね?」

「う・・・あの時は、心配かけてゴメン」

「よろしい」

 

 あの時雫が怒った理由。

 それは、雫だけでなくメアさんも怒らせた理由であり、僕としても深く反省すべきことだ。

 僕は、自分を危険にさらしたことを謝らず、むしろ誇りにすら思っていたのだから。

 

「あの時は、僕も視野が狭くなっていたというかなんというか・・・なんとかして雫に血をあげない理由を作らなきゃって思ってたから、強くなろうとしてて・・・」

「言い訳は男らしくないよ?」

「・・・ごめんなさい」

「ん!!許してあげる」

 

 雫はどこかおどけたように、仰々しく頷いた。

 「さっき公園で男女平等とか言ってたよね?」と言いかけたが、それはあまりにも器が小さすぎるだろうと思ってやめたけど、正解だったようだ。

 それにしても・・・

 

「あの時は、お互い相当拗らせてたんだね」

「本当にそうだねぇ・・・もっと早く、お互い腹を割って話し合ってれば、もっと早くこうやってくっつけたのかな?」

「そうかもしれないけど、難しかったと思うよ。極限まで追い詰められなかったら、嫌われる覚悟を決めて向き合うのは、僕にはできなかったと思う」

「私も、リリス殿やメアに発破かけられてやっと覚悟が決められたからなぁ・・・確かにそうかも。それに、ここで色々あったから、あんな風に久路人に告白されたって思えば・・・」

「・・・僕も、あんな状況だったからあそこまでできたって言うのはあるなぁ。もっと前だったら人外化まではできなかっただろうし」

 

 お互いに絡み合う腕を自然に外しながら距離を開け、数日前に戦場となった道を見る。

 改めて見ても、そこにあの時の激戦の爪痕は残っていない。

 けれども、あの時ここで僕らは確かに戦って・・・そして、過ちを犯したのだ。

 だからこそ、僕らは今のように結ばれることができた。

 だから・・・

 

「だから、この場所がいいんだ」

「久路人?」

 

 その言葉の意味は、雫には分からないだろう。

 雫は不思議そうな顔で僕を見る。

 

「僕たちは、ここで間違えた。けど、そこからやり直せた。だから、ここはスタート地点にふさわしいって思ったんだ・・・雫」

「なぁに、久路人?」

 

 僕は、雫に向き直った。

 その綺麗な顔を見ながら、今度は僕から手を差し出した。

 

「デートの続き、しよっか。午後の分は、ここからスタートだよ」

 

 さあ、ここからが本番の始まりだ。

 

 

------

 

「次は、久路人の大学?」

「うん」

 

 次なる場所は、ここ一年と少しの間毎日のように通う大学だった。

 白流市に建つとある大学であり、僕はそこの農学部に在籍している。

 この大学は別の県に大きなキャンパスを持つ大学の分校であり、農業の実習や大型の圃場を用意できることから、理学部や農学部が分けられたということらしい。

 そんな大学の構内を、僕と雫は手を繋いで歩いていた。

 雫は他の人間の目に映らないようになっているが、休みということで人通りも少なく、宙に向かってしゃべる僕を気にする者もいない。

 

「でも、なんでここに・・・?」

「うーん・・・ここに来た意味はあんまりないかもな。ここは、今の僕らが通う所だから」

「え?」

 

 雫が不思議そうな顔をしているが、僕としてもここに来た意味はそんなに大したものではない。

 なぜならここはこれから先の未来に向かう場所であり、現在の僕らが様々なモノを積み上げている最中の場所だからだ。

 

「ほら、こっちこっち」

 

 雫の手を引きながら建物に入る。

 目指すのは食堂で、業者や学生がたどり着きやすい場所にあることもあって、あっという間にたどり着いた。

 そして中に入った僕は、食堂のある一角を見つつ思い出す。

 

「・・・・・」

「久路人?」

「ねえ、雫は覚えてる?」

「え?」

 

 未だによくわからない顔をしている雫に、僕は問いかけた。

 

「ここで、僕と野間琉君と毛部君が話してた時のこと」

「え?・・・あ~!!あったね、そんなこと」

「じゃあ、ここで僕が言ったことも覚えてる?」

「ここで?・・・あ」

 

 日数で言えば、ほんの一週間程度前のこと。

 けれど、ここ数日の出来事があまりにも濃密すぎて、懐かしさすら感じた。

 そして、ここで野間琉君と毛部君に言い放った言葉は、僕の決意そのものだった。

 僕の決意であり、約束であり、既に叶えた言葉。

 

 

--でも、好きな人ができたら、僕の方から声をかける。そういう風には決めてるよ

 

 

「ふふ、有言実行ってやつだね、久路人」

「うん。あれは、僕自身への約束でもあったから。まあ、好きな人ができたらっていうか、あの時にはもういたんだけどね」

「確か、『好きな人が今できたわけじゃない』とかも言ってたよね。今だから分かるけど、あれってもっと前から・・・」

「そうだよ。もっと前から、雫のことが好きだったから」

「はぐぅっ!?」

「・・・雫?」

 

 会話の途中でいきなり奇声を上げた雫に何事かと目をやれば、雫は顔を赤くして僕を見ていた。

 

「・・・さっきの公園とか道でもそうだったけど、久路人って不意打ち得意だよね。ここまでが接触系だったところに言葉攻めしてくるなんて」

「? 確かに、気配消して背後から襲い掛かるのはかなり有効だとは思うけど・・・」

「それで、妙なところで鈍いよね・・・私のアピールにもずっと気付いてなかったみたいだし」

「?」

 

 なんだか雫がまたジト目になっていた。

 機嫌が悪いようではないみたいだが・・・

 

「なんでもないよ!!」

「そう?それなら、もう行こうか」

「え?もう行くの?」

「うん。ここには、これからもまた来るから」

「ふーん・・・?」

 

 雫の手を取って、もう一度歩き出す。

 ここは、この先もしばらく通うところだ。

 ならば、ここが本当の意味で僕たちのデートコースになるのは、もう少し先の話だろう。

 

「・・・・・」

「雫?」

 

 廊下を歩いている最中に、雫が不意に黙り込んだ。

 そこは講義室のすぐ近くで、もう少し歩くと別の出口に着く場所である。

 足を止めると、雫は繋いだ手をじっと見つめている。

 

「どうしたの?」

「・・・えいっ!!」

「うわっ!?」

 

 不意に、雫が僕の腕に飛びついてきた。

 思いっきり体重をかけられるが、鍛えていることもあってか、バランスを崩さずに受け止めることに成功する。

 

「い、いきなりどうしたの?」

「なんでもないよっ!!」

「?そ、そう?」

「ふふっ!!そう、なんでもないの。でもね・・・」

「?」

 

 雫は機嫌がよさそうに僕の腕にしがみついている。

 そうしながら、そのまま僕の顔を見つめて・・・

 

「私のこと、ちゃ~んと連れてってよね。置いてっちゃダメだよ?」

「当たり前だよ。僕が雫を置いてくわけないじゃん」

 

 僕が雫を置いてどこかに行くことなどありえない。それは、何も今がデート中だからとかそういう話ではない。この先ずっと、という意味を込めてだ。

 僕だけが先に行くなんてことは、あの見合い話の時だけで、そして、それが最後だ。

 

「ふふふっ!!そう、そうだよね・・・ごめんね?変なこと聞いて」

「いや、別にいいけど・・・?」

 

 僕がそう言うと、雫はパッと腕をほどいた。

 しかし、手は繋いだままだ。

 

「ほらほら、今日は久路人が私を連れてってくれるんでしょ?次はどこに行くの?」

「え?あ、うん・・・よし、それじゃあ次に行こうか」

「うん!!」

 

 雫に促されて、僕らはもう一度歩き出した。

 隣にいる雫は、嬉しそうに鼻歌を唄っている。

 その音色を聞きながら思った。

 

(ここは正直微妙な反応になるかもって思ったけど・・・来て正解だったみたいだな)

 

 雫が嬉しそうな理由が分からないのは、少し悔しかったけど。

 

------

 

「ふふふっ!!」

 

 久路人に手を引かれて歩きながら、雫は心の中で呟いた。

 

(ねぇ、少し前の私・・・)

 

 過去の自分に向けて、言葉を投げる。

 

(私、ちゃんと、久路人に連れてってもらえてるよ。こうやって、手を繋いで)

 

 

--もしも、私以外に好きな人ができたら、私を置いていくの?

 

 

 そんな、今思えばあまりにも馬鹿馬鹿しいことを考えて、久路人に無理やり飛びついた場所を・・・

 

「雫?本当にどうしたの?」

「別にぃ?本当になんでもないよっ♪」

「?」

 

 今度は、久路人の方から差し出された手を握りながら、久路人に導かれて歩いていくのだった。

 

 

------

 

「・・・あ」

 

 白流市の住宅街を、自転車に乗って風を切りながら進む。

 その途中で、荷台に横向き座っていた雫は声を上げた。

 その声は、何かに気付いたかのようだった。

 

「ねぇ久路人。次に行く場所って・・・」

「そうだよ。雫の考えてる通りの場所」

 

 僕らの目の前にあるのはアスファルトで舗装された車一台が通るのがやっとの道路だった。立ち並ぶ電柱には真新しい選挙候補のポスターが貼られ、やや汚れた家々の壁や苔の生えたブロック塀が、それらが昔からこの地に建っていたのだと物語っている。

 ・・・どうやら、雫はここの風景を見て次に行く場所に気付いたようだった。

 

「・・・なるほど。そういうことか~、なるほどぉ」

「・・・・・」

 

 ギュッと、僕にしがみつく雫の力が強くなった。

 

「ねぇ久路人、覚えてる?あの頃は、よく二人で古龍の大〇玉出るまでたくさんマラソンしたよね」

「忘れたくても忘れられないよ・・・なんかあの時は僕の方だけ運が良くてあっさり装備ができちゃったから、雫がお揃いにしたいって駄々こねたんだよね」

「そうだよ!!久路人ったら、先に防具作っちゃうんだもん!!おかけで私だけ乙ることもあって、結構ショックだったんだからね?」

 

 口に出るのは、「あの頃」の思い出だ。

 行く先がバレているのならば、そういう話になるのも当然か。

 そして、そういう話になるということは、午後のデートをどういう目的で回っているのかも気付かれているのだろう。

 

「マラソンといえば、雫が体育の授業の時に僕の隣でずっと走ってることもあったよね。あの時は『なんか月宮の周りは涼しい』って噂になって僕の周りに人が集まってきたんだからね?」

「覚えてるよ!!あの厚かましい連中!!おかげであの頃は久路人から少し離れてなきゃいけなくなったんだった!!」

「・・・あの時は、複雑な気持ちだったな。雫が傍にいないのが寂しいような嬉しいような気がして。なんであの時そう思ったのか分からなかったけど、他の人間から雫が離れてくれたのが嬉しかったんだ」

「久路人、あの時から独占欲強かったんだねぇ・・・」

 

 自転車に乗りながらも、車輪のように話は回る。

 それは、今と同じ道を過去にも何度も走ったから。

 これから向かう場所にも、ここにも、思い出が詰まっているからだ。

 雫はもう完全にデートの趣旨に気付いたようだが、それでいいのだ。

 その方が、楽しい思い出を掘り起こせるから。

 そして・・・

 

「着いたね」

「うん」

 

 次に自転車を停めたのは、『白流高等学校』と書かれた看板の前だった。

 

 

------

 

「よっと」

「ほっ!!」

 

 鍵のかかった校門をジャンプで飛び越えて校内に侵入する。

 今日は休みで、午後の2時ほどになったからか、吹奏楽部の練習以外に音は聞こえず、学生の姿はない。

 

「意外だね~。久路人が不法侵入に手を付けるなんて」

「・・・まあ、僕としてもどうかとは思うんだけどね」

 

 僕は自分で言うのもなんだが、ルールにはうるさい方だ。

 無論、もう高校を卒業した自分たちが勝手に学校の敷地内に入るのはルール違反であることも知っている。

 

「けど、ここをデートコースから外すのは嫌だったんだよ。ルールを破ってしまうことよりも」

「ふ~ん・・・それってさ、ルールよりも私とのデートを大事にしたかったってこと?」

「うん」

 

 雫に言われて、自分でも気づいていたことを改めて自覚する。

 そう、今日の僕は、ルールよりも雫を優先したのだ。

 いや、それは正確ではないかもしれない。

 

「今の僕には、雫に関係することが絶対のルールだから」

「久路人が言うと、重みが違うね・・・まあ、嬉しいけど」

 

 自分の中のルールに、さらに上位のルールが追加されたという感じだ。

 今の僕にとって、雫こそが最優先であり、そのためならばあらゆる法律を無視できる。

 そんな感じだった。

 そんなことを話しながらも、昇降口に入る。

 

「・・・ほんの2、3年前なのに、懐かしいって思うなぁ」

「私も。ここの生徒じゃなかったけど、制服来て入ったこともあったからかな」

「・・・雫の制服か」

 

 僕の通っていた高校は、土足で入るのが普通だったから下駄箱のようなものはない。

 だが、そうでなくとも昇降口は何故だか懐かしい。

 そして脳裏によぎるのは、高校の頃に隣を歩いていたブレザー姿の雫である。

 

「あ!!もしよかったら着てあげよっか?」

「・・・ものすごく魅力的な提案なんだけど、今日はいいや。今日は、今の雫の恰好を目に焼き付けたい。それはまた次の機会にお願い」

「久路人がそう言うなら。まあ、久路人が私服なのに私だけ制服っていうのも変だしね・・・あ!!久路人も人外になって、私の霧の衣みたいな服ができれば、制服デートできるよ!!」

「え?・・・そういえば、僕が半妖体の時の恰好は雫の着物みたいなものだったんだろうし、同じことできそうだな・・・それなら僕が人外になったら、もう一回来ようか」

「うん!!・・・ふふ、今日が初めてのデートだけど、2回目も結構すぐできそうだね!!」

 

 雫からの素晴らしい申し出を断腸の思いで断るも、それよりももっと心惹かれるプランが出てきた。しかも、2回目のデートについてもごく自然に出せるような雰囲気でだ。これが雫の戦略なら恐ろしい頭脳をしていると言わざるを得ない。

 しかし、制服デート・・・そんなものは二次元の中だけに存在するものだと思っていた。

 

「えっと・・・2-4。ここ、久路人の教室だったよね」

「うん」

 

 そうこうしている内に、僕らは一番思い出に残っている場所に出てきていた。

 そこは高校2年生の頃に僕がいた教室である。

 

「確か、席はここだったな」

「久路人って、よく窓際の席になってたよね・・・えい」

 

 そうして、僕は窓際にある席の一つに座った。

 雫も、僕の隣の席に座る・・・ことなく、すぐ隣に氷の机を作り出すと、そこに座った。

 

「ああ、雫は授業中はそうやって机作ってたもんね」

「うん。これなら、いつでも久路人の隣に座れたもん」

 

 雫の隣で、椅子に座りながら黒板を見る。

 ああそうだ。高校の頃はよくこうして授業を受けていた。

 だが・・・

 

「・・・・・」

 

 脳裏によぎるのは、この高校の中で過ごした日々のことではなかった。

 

「久路人、2年生のころの教室を選んだのって・・・」

「うん」

 

 それは、雫もそうなのだろう。

 

「高校のことで一番印象的だったのは、2年生の時、いや、修学旅行の時だったから」

「やっぱり・・・」

 

 机に座っても、思い出すのはあの修学旅行のことだった。

 突如現れたススキ原と銀色の月の世界。

 虚言と影に翻弄され、約束を守れず、一度は死に瀕した。

 奇跡のような力の目覚めによって、どうにか二人とも生きて帰ることはできたが、あの戦いで負った見えない傷は、本当につい最近まで僕ら二人に残っていたのだ。

 

「ねえ久路人、あの吸血鬼と戦った道でも思ったんだけどね」

「うん」

 

 蘇る苦い記憶に思わず胸に手を当てる僕をよそに、雫が黒板を見ながら言う。

 僕の中には不思議な確信があった。

 確かに、あの時の傷は永く残って、僕らを苛んだ。

 しかし・・・

 

「私は、あの時九尾と戦ってよかったって思ってる」

 

 しかし、『決してそれだけのものではなかった、二人ともそう思っているのだ』と。

 雫の言葉が、それを証明する。

 

「もちろん、それは久路人も私も無事に帰ってこれたからだけどさ」

「・・・うん」

「あの時に久路人が死んじゃいそうになったから、私は久路人を私と同じモノにしようって思った。京たちも同じようなことを考えてたみたいだし、結局は久路人に黙って進めちゃったけど・・・」

 

 雫が、僕の顔に目を向ける。

 その瞳はいつもと同じ紅色だ。

 けれども、そこにはドロリとした形容しがたいナニカが混ざっているようにも見えた。

 

 

--久路人を私と同じモノにすればいい

 

 

--すべては、永遠にあなたと共に在るために。

 

 

「久路人を、心の底から私だけのモノにしたいって思ったのは、きっとあの時だったから」

「・・・雫」

 

 雫は、僕のことを『独占欲が強い』と言った。

 それは正解だ。僕は雫を誰にも渡したくないし、できれば僕以外の誰の目にも触れさせたくはない。

 そして、それは雫も同じなのだ。

 今の雫の言葉や視線に混じる異様さは、決して綺麗なだけでは生まれないものなのだから。

 

「あの時に久路人がいなくなっちゃうかもって思ったから、今の私がいるんだと思う」

「それは、僕もそうだよ」

 

 異常とも言える独占欲に執着。

 常人ならば逃げ出してしまうだろう、その粘度の高い感情が自分に向けられていることに対して、僕が抱くのはただただ喜びと安堵だった。

 それを素直に喜べるのは、あの旅行で植え付けられた呪いを解けたからに他ならない。

 しかし、雫がそう思うように、僕もまたその呪いをあそこで抱えたことは意味のあることだったと思う。

 

「あの時に雫の気持ちを疑って、そこから色々やらかしたからこそ、雫が大事にしたいものの価値がわかったから」

 

 それは、今がうまくいっているからこそ言える台詞なのだろう。

 だが、そう思うのは本当のことだ。

 ここ最近の僕の暴走の原因にはあの時の呪いがあって、そこで起きたことを解決したから、気付けたことがある。

 あの時に呪いを受けていなかったら、もっと後になって、さらに厄介なことを引き起こしていたのかもしれないのだから。

 

「・・・もう、一人だけで突っ走ったり、抱え込んだりしたらダメだからね。後、久路人自身のことも大事にすること・・・まあ、私にとってもブーメランだけど」

「約束するよ。これからは、もう何かあっても絶対に雫に打ち明ける。一人で解決しようとなんてしない」

「じゃあ、これ」

「え?」

 

 僕は約束にはうるさいが、守れなかった約束もある。

 けれども、この約束だけは破らない。

 もうあんなに色々と暴走して、雫を悲しませるようなことはしたくない。

 その想いを口に出すと、雫は僕に小指を突き出してきた。

 

「約束。私も、久路人と同じことを誓うから」

「・・・うん」

 

 最初は唖然としたが、その意味を理解すると、僕は雫の小指に自分の小指を絡める。

 そして・・・

 

「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本の~ます・・・」」

 

 傾き始めた午後の日差しが差し込む中、僕らの歌う声が吹奏楽の調べに乗って響いていった。

 

 

------

 

 約束の後、話の流れは修学旅行の事から当時の学生生活のことに変わり、そのまま高校でしばらく思い出話に浸った。

 確かに記憶に一番残っていたのは修学旅行のことだし、修学旅行の後からはどことなく雫との関係がギクシャクしていたこともあったが、それでも雫と3年間通った場所だったのだから、話せることは多い。

 池目君と伴侍君が学園祭のイケメンコンテストでワンツーフィニッシュを果たし、その後で友人だった僕に好みを聞きに来る女子が増えて雫が怒ったことだとか、野間琉君と毛部君が朝から席に座っていたのに夕方までどの先生にも存在していたことに気づかれず出席日数が足りなくなっていたのをフォローしたことだとか。

 直接僕に関わる事態でなくとも、それは雫と共に見てきた出来事だ。

 話している内に、大分時間が経っていた。

 

「・・・そろそろ行こうか」

「え?ああ、もう4時なんだ・・・そうだね」

 

 気づけば、吹奏楽部の練習も終わっているようで、校舎には練習の終わった部員たちが話しながら歩く音がかすかに聞こえてくる。

 

「じゃあ、行くよっ!!」

「うんっ!!」

 

 雫は今他の人間からは見えなくなっているが、僕は違う。

 見とがめられる前に軽く術で身体を強化し、足音を立てないようにしながらも壁を蹴ってすぐに校舎の外にまで出る。

 そこまで来れば、自転車を停めてある場所まではあっという間だった。

 

「・・・次は、あそこだよね、久路人?」

「あ~・・・やっぱり分かる?」

「ここまで来れば分かるよ!!それに、ほんのつい最近に私も同じ道を通ったし」

「え?そうなの?」

 

 自転車に乗って次の場所に走り出した時には、雫は目的地に気付いていたようだった。

 コース的に隠せるわけもないので先を読まれるのは予想していたが、雫が最近に訪れていたとは知らなかった。

 

「うん。久路人がいなくなった日にね。あの日は街中走り回ったんだから」

「おぅ・・・それは、その、本当にゴメン」

 

 なんてこった。

 僕がいなくなった日というのは、僕が隣街まで見合いに行った日のことだ。

 まさかそんな雫にとって嫌な思い出と初デートをシンクロさせてしまうとは・・・一生の不覚である。

 

「まあ、だから今が楽しいんだけどね」

「え?」

 

 しかし、そんな後悔は一瞬で雫に消し飛ばされた。

 

「前は不安に思いながら通ったところを、今日は探してた人とゆっくり堪能できるんだもん。ギャップがあるっていうか、久路人が隣にいるありがたみが増すっていうか・・・」

 

 いわゆる、下げて上げるというヤツだろうか?

 

「もう、僕は雫を一人にしないから」

「うん!!約束もしたし、当然だよ!!もちろん、私の方もね」

 

 雫の体温を背中に感じながらそう言えば、雫が僕の腰に回す力も強くなった。

 もう二度とこの温もりを離さない、いや、離れたくない。

 そう思いながらペダルをこぎ・・・

 

「ここも、変わんないなぁ・・・」

「私は最近見たばっかりだけど・・・今は少し違って見える。ううん、昔と同じように見えるのかな」

 

 そこは、少し小高い丘の上にある中学校。

 僕たちは、その裏庭に立っていた。

 校舎の北側に位置し、林に周りを囲まれたこの場所は、人気がない。

 今はまだ夏休み期間でない休日だからか、そこには僕たち以外に誰もいなかった。

 雫ははやる気持ちを抑えきれないとばかりに、駆けだしていく。

 

「懐かしいよ。私はこの場所で・・・」

 

 木漏れ日に照らされる裏庭の中央にまで進んだ雫は、唐突に振り向いた。

 

「初めて久路人と、こうやって話せるようになった」

 

 間違いなく、僕たち二人は同じ光景を思い出しているのだろう。

 雫のすぐ傍まで歩みよって、僕は雫を抱きしめた。

 

「んっ・・・」

 

 今度は、そうすると分かっていたのか、雫に驚いた様子はない。

 ただ、嬉しそうに抱きしめ返してくるだけだ。

 僕は、そんな雫に言葉をかける。

 

「初めて、こうやって抱き合えた」

 

 ここで思い出すのは、クラスメイトの女子に口汚くののしられる自分。

 そこに突然現れた白い濃霧と美しい少女の姿。

 そして、彼女が差し伸べてくれた手と、抱きしめてくれた時の温もりだ。

 

「雫が助けてくれた時は、本当に世界が変わって見えたよ。雫に助けられてなかったら、トラウマになってたと思う」

 

 

--人間の雌餓鬼ごときが、妾の久路人に何をしている?

 

 

--ずっと、ず~っと私が守るから

 

 

 あそこまで囲まれてなじられるのは、初めての事だった。

 今でこそ乗り越えているが、しばらく雫以外の女子が怖く思えたものだ。

 それをなんとかできたのも、すべてはあの時雫が僕を助けてくれたから。

 

「・・・むぅ。私以外の女を怖がるトラウマなら、別に治さなくてもいいんだよ?」

「それはそうかもしれないけど・・・それだけ、雫が来てくれたことが嬉しかったからね」

「それなら仕方ないね。私にとっても、あの時に久路人を助けないなんてことできるわけなかったもん。あのクソガキどもに殺してやりたいくらい腹が立ったし。まあ、この姿になれたから情けをかけたけど・・・ねぇ久路人。ちょっとあそこに横になってもらっていい?」

「うん」

 

 雫が指差す場所には、ベンチがあった。

 僕は少しも疑問を抱かず、そこに仰向けに寝そべり・・・

 

「えいっ!!」

 

 すぐに、柔らかい感触を頭の後ろで感じた。

 

「これも懐かしいな。確か、僕は途中で一度気絶しちゃったんだっけ」

「あはは・・・私が強く抱きしめすぎちゃったからだね。あの時はごめんね?でも、仕方がなかったの。だって、あの時初めて私は・・・」

 

 僕に膝枕をしながら、雫は僕の額を撫でた。

 そして・・・

 

「んっ!!」

「っ!?」

 

 それは不意打ちだった。

 雫が、突然僕の唇に自分の唇を重ねてきた。

 目を見開く僕を尻目に、雫はしばらく僕との距離を0にしたままだったが、やがて遠ざかっていく。

 

「ぷはっ・・・だって、あの時初めて、私は人間の姿になれたんだもん。久路人のことが好きだって気が付けたから・・・えへへ、実はあの時膝枕してる時にもキスしたいって思ってたんだよ?だから、今もらっちゃった」

「・・・あの時キスされてたらどうなってたかな。あの時の僕も気付いてなかったけど、間違いなくあの時だったから。僕が雫を好きになったのは」

 

 ここは、僕と白蛇の化身が出会った場所。

 僕と雫の二人が、その想いに気付いた場所。

 僕と雫にとっての、始まりの場所だと・・・

 

(いや、それは違うな)

 

 僕は、僕の中に思い浮かんだ言葉を否定した。

 そうだ、それは違う。

 そう思うと同時に、僕は鞄を強く抱きかかえた。

 

「ねえ、雫」

「久路人?」

 

 僕は、名残惜しさを感じながらも、雫の膝から起き上がった。

 のけぞるような姿勢になった雫は、少し驚いたような顔をしている。

 そんな雫に、僕は問う。

 

「雫の願いは、まだ全部は叶ってないよね?」

「え?」

 

 初めてここで聞いた雫の願いの欠片。

 その全てを知ったのは、雲の上でのことだった。

 あの大きな満月を背にした雫の出した問いに、僕は正しい答えを出した。

 それは雫の願っていた理想の一つを叶えることになったが、まだその全てを満たせてはいない。

 

「・・・・・・」

「久路人?どうしたの?」

 

 夏の夕暮れは長い。

 空を見上げてみれば、まだ太陽は沈み切っておらず、紅い光が地平線の近くにまで迫っていた。

 それを追いかけるかのように、まだ薄く白い月が存在感を出しつつある。少し欠けてはいるが、その形はまだ満月に近い。

 だが、あの夜の帰り道を照らしてくれた眩さを感じさせるまでには到底至らない。

 

「行こう、雫」

「へ?」

 

 僕が立ち上がって手を差し出すと、雫は目を丸くして驚いていた。

 それを見て、僕の中に少しだけ満足感が湧く。

 雫はここがデートのゴールだと思っていたということで、自分はその予想を超えることができたのだから。

 だが、こんなところで満足などしていられない。

 僕にとってのクライマックスはここからなのだから。

 

「行くって、どこに?」

「決まってるよ」

 

 僕の手を取った雫を引き上げながら、答える。

 

「一番最初の場所さ」

 

------

 

 駆ける。

 ただ、駆ける。

 

「一番、最初の場所って・・・」

「それは着いてのお楽しみってことで」

 

 風のように、僕らは駆ける。

 自転車に二人乗りをしているにも関わらず、そのスピードはこれまでの道のりの時よりも速い。

 そのまま夕暮れに染まる街並みの中を突き進んでいく。

 今まで歩いてきた街が、視界に入っては映画のコマ送りのように流れていく。

 その最中、雫は時折何かを思い出すように声を上げていた。

 

「ここ・・・」

「・・・・・」

 

 昔、夏祭りでフランクフルトを買った露店のあった道路。

 あの時は雫が周りからバレないように浴衣の下に隠れてもらった。

 一人と一匹で分けて食べたフランクフルトの味は最高だった。

 

「あっ、ここも・・・」

 

 僕らが通っていた小学校。

 僕が人間としての常識を学んでいった場所。

 僕が他の人間から距離を置かれ始めたきっかけの場所。

 でも、どんな時でも僕は一人じゃなかったから寂しくなかった。

 

「この場所って、全部・・・」

「・・・・・・」

 

 景色は目まぐるしく変わっていく。

 街の中から郊外の方へ。

 月宮家のある方向へ。

 だんだんと家や電柱の数が減り、緑色の草木の占める割合が大きくなっていく。

 それと同じく、周りを照らすオレンジの光に混ざる紅も濃くなっていく。

 空は夕暮れから夜へと変わる。

 それは人と人ならざるモノが出会う時、逢魔が時。

 まだ人の身である僕と、妖怪の雫が乗る自転車は、その中を走り抜けていく。

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

 いつしか、僕らは無言になっていた。

 だが、そこにぎこちなさはない。

 それは、今目に映る場所の思い出が、僕たち二人の間に満ちているからだろう。

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

 今くらいの時期に泳ぎに行って、雫に負けた川。

 体を鍛え始めたころに走った農道。

 木登りや虫取りによく行って、ある時にはトカゲのような妖怪に追いかけられた雑木林。

 

「そっか・・・」

 

 そして、雫が再び何かに気付いたように呟いた時。

 

「ここなんだね」

 

 自転車は、その動きを止めた。

 僕たちは静かに、その場所に降り立つ。

 

「私たちの、始まりの場所って」

「そうだよ。ここが、一番最初の場所だった」

 

 そこは何の変哲もない、舗装もされていない農道の脇。

 月宮家に繋がる道から外れた、ほとんど消えかけた道の果て。

 今から十数年前に、僕がたまたま気が向いたから寄り道をした場所。

 その時は夕方ではあれど、今のような空が見える陽気ではなく・・・

 

「雫、術を使ってもらってもいい?」

「うん・・・これで、いい?」

「ありがとう」

 

 雫が軽く指を鳴らした瞬間、辺りはあの時と同じになった。

 霧雨が降る中、雫以外のすべてが白く覆い隠されて見えなくなる。

 僕のやりたいことをすぐに察してくれたことが、とても嬉しかった。

 そう、まさしく今のような時だった。

 

「この場所で、霧雨の中で、僕と雫は出会った・・・ううん」

「私たちは、出会えたんだよ」

 

 祝福された血を持つ僕と、長きにわたる封印でやせ細った雫の前で、小さな穴が開いたのは。

 それは、果たしてどれくらいの確率であったのだろう?

 きっと、途方もなく小さな可能性であったに違いない。

 それでも、僕らは出会って、友達になって、お互いに恋をして、こうして結ばれた。

 

「僕はね、雫が好きだよ。でも、それは今の雫だけじゃない。人間の雫も、蛇の雫も、両方とも好きなんだ。それを示すなら、ここしかないって思った」

「そっか・・・だから、小学校とかあの雑木林の前を通ったんだよね?」

「あ、やっぱり気付いてた?」

「ふふ、当たり前だよ。もう何年一緒にいると思ってるの?」

 

 雫はそう言ってほほ笑んだ。

 その表情に蔭はない。

 雫と結ばれたあの日に僕が自分の想いを伝えた時も、雫は自身が蛇であることを気にしていたようだった。だから、そのことだけはしっかり分かって欲しいと思ってここに来たのだが、その必要はなかったのかもしれない。

 

「それに、久路人は私と同じモノになるだもん。蛇の私を私自身が認めないなんて、久路人の想いを認めないのと同じだよ・・・あ!!言っておくけど、久路人が私のことを全部好きって言ってくれたことはすごく嬉しいんだから、変に気にしないように!!」

「・・・そこまで読まれてたのか」

 

 本当に自分の心の中が読まれているようである。

 これから先のことが少し心配だ。

 雫を裏切るようなことや悲しませるようなことを考えるつもりはないが・・・

 

「・・・・・」

「久路人?」

 

 僕は密かに、鞄の底にある箱の感触を確かめた。

 僕の顔を見つめていた雫は不思議そうな顔をするが、どうやら僕の動きには気づいていないようだ。

 よかった。こういうサプライズまでバレてしまうのは、少し困る。

 そんな僕を訝し気に見ていたが、この場所の懐かしさが勝ったのか、雫は辺りを見回した。

 

「・・・でも、ここに来るのはあの時以来かな?確かあの時は、私のことをペットしようとか思ってたんだっけ?」

「え!?いや、それは、その時は雫がただの蛇だと思ってたから・・・!!」

「ちゃんと女の子として愛してくれるなら、久路人に飼われるのは結構興味あるよ?」

「・・・雫、あんまりそう言うこと言わないで。犯罪行為に踏み込みそうになるから」

 

 過去の僕は雫の言う通り、珍しい白蛇だった雫をペットにしようとしていたが、今の女の子の雫から『飼われてもいい』とか言われると、色々理性の糸が怪しくなるから正直抑えて欲しい。

 

「そういうのって、合意があればいいんじゃないの?」

「それでもだよ!!」

「む~、残念・・・ふふっ、なんてね。冗談だよ、冗談。半分くらいは」

「半分は本気なの・・・?」

「さあ?どうかな?あ、でも首輪は欲しくなったかも」

「首輪って・・・」

 

 そこで、雫はおどけたように笑って見せた。

 僕としても男であるからしてそういうことにも興味はあるが、そんなアブノーマルなところまでにはもっと段階を踏んで行きたいところである。

 

「・・・・・」

 

 しかし、僕は気付いていた。

 その少しだけ寂しそうな目を見た瞬間、僕はやると決めた。

 雫は、ずっと僕との繋がりの数を気にしていた。

 それが、その目の原因であると言うのならば。

 

「首輪とかは流石にアレだけどさ、他の輪っかはどう?」

「え?」

「例えば・・・これとか」

 

 そこで、僕は鞄を開けた。

 腕を突っ込み、すぐさま底に沈んでいた箱を手に取る。

 ずっと意識していたから、取り出すのは簡単だった。

 

「え?」

「開けるよ」

 

 『なんだそれは?』といった感じの雫を見ながら、僕は箱を開けた。

 そこには・・・

 

「ゆ、指輪・・・?え、これって・・・?」

「僕の、雫への気持ちの『証』。急ごしらえで僕が造ったモノだけど、おじさんにも監修してもらったから、質は確かだよ」

 

 箱に入っていたのは、一対のペアリングだ。

 二匹の蛇が絡まり合った意匠のシルバーリング。

 蛇の瞳には、小粒ではあるが紅いルビーと紫のアメジストが嵌っている。

 

「昼間に『証が欲しいっ』って言われた時には少し驚いたというか、バレてるんじゃないかと思ってたんだけどね」

「気付いてないっ!!ぜんっぜん気付いてないよこんな不意打ち!!やっぱり久路人はアサシンだよっ!!とんでもない・・・」

「雫、手出して」

「サプライズって・・・・久路人ぉっ!?」

 

 突然のことに目を白黒させる雫を見て満足感と達成感を抱きつつ、僕は雫の『左手』を取る。

 そのやや体温が低い白魚のような左手を僕の方に寄せて、その薬指に指輪をはめた。

 

「これは、新しい『契約』の『証』」

「あ・・・」

 

 指輪がピッタリち指にはまった瞬間、混乱したかのようにまくし立てていた雫がピタリと止まった。

 目を見開いて、信じられないモノを見るかのように自分の左手薬指を見つめている。

 その様子を見ながら、僕は自分の左手薬指にも指輪をはめた。

 そして、改めて雫に向き直る。

 

「ここに来たのはね、ここが一番の場所なんだと思ったからなんだ。あの吸血鬼に襲われた場所をスタート地点にしたのと同じでね。ここから全部が始まったから、こここそがデートのゴールで、同時に僕たちの新しいスタート地点にふさわしいって。契約を結びなおすならここだって」

「契約・・・」

 

 僕たちには契約があった。

 出会ったその日におじさんによって結んでもらった契約。

 雫は僕を守り、その対価として僕の血を与えるというモノ。

 雫が何より大事にしていた繋がりにして大義名分。

 しかし、それは月宮久雷によって断たれてしまった。

 

「正直僕は、あの契約ってあんまり好きじゃなかったんだ。雫の意思を無理矢理縛ってるような気がしててさ。僕にとっては『お互いを守りあう』って約束だけでいいって思ってた。けど、雫も言ってたよね」

「私が言ってたこと?」

「うん。久雷を倒した後だね」

 

 契約については、九尾の呪いが解けた後の今でも思っていることは変わらない。

 けど、雫が言っていたことも分かるのだ。

 

「僕だって、雫とのつながりは多ければ多いほどいいんだ。それが味気ないギブアンドテイクだけだったら少し寂しいけど、今から結びたい契約はきっともっと想いが通じ合うようなモノだから」

「それって・・・」

 

 そうして、僕は何かを言いかける雫を遮るように、その名を呼ぶ。

 

「水無月雫さん!!」

「は、はいっ!!」

 

 それは、数日前の満月の夜の焼き増しだ。

 

「僕と・・・」

 

 だが、ただのリフレインではない。

 この場所で、これまでの軌跡を辿る旅を終えた僕らだからこそもっと大きな意味がある。

 新しい契約という意義を持たせることが、僕らを繋ぐ新たな絆となる。

 

「僕と、結婚してください!!僕と、この先一生一緒にいるって契約を、結んで欲しい!!」

「はいっ!!・・・ふっ、不束者ですが、よろしくお願いいたしますっ!!えいっ!!」

「とっ!?」

 

 満面の笑みで飛びついて来る雫を受け止めながら、僕はそう思った。

 

 この日、始まりの場所で始まりの時と同じ霧雨の中で、僕と雫は『夫婦』という新しい契約を結んだのだった。

 

 

------

 

「まあ、正式な結婚とかの手続きは僕が大学を卒業してからになると思うけど。これは結婚指輪じゃなくて婚約指輪だから。雫と結婚するときには急ごしらえじゃなくて、もっと時間をかけて最高の品を作るよ」

「・・・それ、今言う?」

「ここで言わずに後で言う方が卑怯かなって・・・」

「本当に、そういう所久路人はまじめだよね。いい意味でも悪い意味でも」

 

 久路人からの2度目のプロポーズを受けた後、雫はジト目になりながら恋人を見た。

 久路人はかなり真面目というか、お堅いところがある。

 今の話も、雫を養う生活基盤を整えてからとかそういう意図があって言ったのだろう。

 しかし、それはこのプロポーズ後の空気で言うことだろうか?

 まあ、雫としても久路人の生真面目なところだって好きなのだが。

 

「それにしても、水無月雫さんに、新しい契約か・・・ふふっ」

「雫?」

 

 突然小さく笑った雫に、久路人は不思議そうな顔をする。

 雫が笑ったのは、昔を思い出したからだ。

 雫が、『水無月雫』になった日のことである。

 

「えっとね、私が水無月って名字を決めたのはね、久路人と結婚するためだったんだよ?」

「え?どういうこと?」

「結婚するのには戸籍とか色々いるでしょ?その辺は京がどうにかしたみたいだけど、それにしたって名字がいる。だから、水無月って名付けたの」

「なるほど・・・」

「まあ、私のことを水無月って呼ぶ人ほとんどいないけどね」

 

 だが、久路人と結婚するという目的が叶う以上、水無月の名字も役目を果たしたと言える。

 そう考えれば、呼ばれたことが多かろうが少なかろうが雫としては満足だ。

 

「久路人が大学卒業したら、私も月宮雫になるんだね・・・別に変じゃないよね?」

「え?うん。全然変じゃないと思うけど・・・」

「それじゃあ、声に出していってみて?月宮雫って」

「いいけど・・・月宮雫」

「ふふんっ!!じゃあ次は、愛してるよマイハニーって」

「ええっ!?」

「ほら早く早く!!まさか、嫌ってわけじゃ・・・」

「愛してるよマイハニー!!」

「私もだよ、ダーリン!!・・・ねね、もう一回!!もう一回言って!!」

「う・・・あ、愛してるよマイハニー!!」

 

 霧の中、二人はしばし歯が浮くような、胃が持たれるような糖分100%の台詞を言い合った。

 とはいっても、夫婦の誓いを果たした二人にとってはどれだけ恥ずかしい台詞であっても口に出してしまえるのだが。

 

「ふぅ~・・・うん!!満足!!」

「・・・何だろう、すごい胃が持たれるような感覚が。なんか甘いものを食べすぎた後みたいな」

 

 雫が満足したのだろう。

 久路人は少し疲れたような顔で胃の辺りを押さえている。

 しかし、久路人もまたどこか誇らしげだ。

 それは雫の熱烈なラブコールのリピートを終えたのもあるだろうが、それだけではない。

 今の久路人の顔は、何かをやり遂げた男の顔だった。

 そう、人生初めてのデートをやり遂げたのだから。

 

「はぁ~・・・でも、無事終わって良かった。ちゃんと指輪渡せたし、言いたいことも言えたし」

「ふふ、すごくよかったよ?今まで生きて中で、間違いなく今日が最高の日・・・いや、久路人が人間やめた日も捨て難いかも?」

「ちょっ!?雫?」

「ふふふ~っ!!!あ!!とりあえずこの霧は解くね?」

「ちょっと待って!!僕としてはそこはかなり気になる・・・」

 

 それが成功したかどうかは、こぼれるような笑顔で久路人と腕を絡めている雫を見れば語るまでもないだろう。

 久路人を焦らして面白がるついでに、雫は辺りに漂わせていた霧を消し・・・

 

 

 一筋の白銀の光が、霧を切り裂いて降り注いだ。

 

 

「・・・あの時と一緒だね」

「うん・・・」

 

 霧が晴れると、黒い夜空をバックに、白く輝く月が二人を照らしていた。

 それは、雫が初めて人間の姿になったあの夜と同じで・・・

 

「それじゃあ、雫。帰ろうか」

「うん!!」

 

 そして、やはりあの夜と同じく、二人は手を繋いで歩いて帰ったのだった。

 中学校からよりも遥かに短い距離ではあるものの、二つの影の結びつきはあの時よりもずっと強く。

 帰り道の間だけでなく、この先の未来まで片時も離れないと言うように、二人は腕を組んで月宮家まで歩いて帰ったのだった。

 ずっと、ずっと。

 

------

 

「「「「・・・・・」」」」

 

 暗い部屋の中、4人の人影は無言でスクリーンを眺めていた。

 いや、それは正確ではない。

 画面に映る二人を見ながらも、遠い記憶の彼方を思い起こしているようにも見える。

 しかし、それはほんのわずかな間だけであった

 

「あいつら、本当にくっついたんだな」

「・・・ええ。先達として喜ばしい限りです。あの二人ならば、文字通り未来永劫仲睦まじく過ごすことができるでしょう」

「ああ、間違いねぇな・・・・・あとあいつら、自転車あそこに忘れてったみたいだし、後で回収しとくか」

 

 4人の内2人の男、京と朧は感慨深く呟いた。

 養父として見守ってきた京は勿論のこと、リリスという吸血鬼を嫁に迎えた朧は久路人に深い共感を抱いたのである。

 しかし、感動はしていても頭は冷静であった。

 

「おいメア。準備は整ってんだろうな?」

「当たり前でしょう。ここまで来て最後の詰めを誤るはずがありません。事前に我々が外泊することは伝え、月宮家の結界、防犯設備の警戒レベルは最大です。邪魔が入ることはありません。加えて、冷蔵庫の中にも回春効果のある食材を詰め込んであります。電話線に細工をして出前も取れない以上、あの二人は家の中にあるものに手を付けるほかありません。さらにさらに、久路人様の部屋に媚薬効果のある無臭の薬剤を散布済みです」

「よし」

 

 メアの返事に、京は満足げに呟いた。

 そこで、改めて他のメンツを見渡した。

 

「いいかお前ら、計画は最終段階だ。今日これから、あいつ等を全力でやらしい雰囲気にしてヤらせるっていう崇高な計画だが・・・ここまで来れば失敗はあり得ねぇ。よく協力してくれた。あいつの親代わりとして礼を言う」

 

 

--パチパチパチパチ

 

 

 部屋の中に拍手が響いた。

 そこにいる面々も、自分たちのような人外カップルが無事ゴールイン、否、スタートするのは立場的にも個人としても嬉しいのだ。特に、どこぞの使用人と違って純愛的な恋バナが大好物の吸血鬼は瞳を潤ませていた。今日のデート全般、特に最後の中学校からプロポーズまでの流れがツボに入ったらしい。

 

「アタシからも礼を言うわ!!こんな純愛ゲーみたいな流れをリアルで見れるなんて、一生に何回あるかしら?ねえ、朧!?」

「・・・そうだな」

 

(・・・協力といっても、今日動いたのは設備をいじったり冷蔵庫に色々と仕込んでいたメアさんだけでは?)

 

 その夫である朧は拍手をしながらも脳内でツッコミを入れていたが。

 ともかく、ひとしきり拍手が終わった後に京はさらなる指示を出す。とはいっても、京としてもそれ以上動くことはあまり考えていない。

 

「よし、それじゃあ今日はもうカメラ落とせ。んで、ここで俺らは寝るぞ。朧たちは隣に別の部屋を用意したからそっちで休め。さすがにこれ以上追いかけまわすのは野暮だろ」

「・・・ですね」

(・・・よかった。さすがに京さんは分別をわきまえていたか)

 

 朧は短く同意しながらも胸をなでおろしていた。

 もしもこれ以上の、二人にとっての記念すべき夜まで記録に収めるとか言い出すようなら、朧としても実力行使も辞さない覚悟であった。

 変態的な行動を起こすのか不安だったので監視を続けていた朧にとって、これ以上の監視はやりすぎだという思いがあったのだ。

 しかし・・・

 

「は?何言ってるんですか?ここからが本番でしょうが」

「ちょ、ちょっとメア!!さすがにこれ以上はよくないんじゃないかしら」

 

 京の言葉に対して、メアは反旗を翻した。

 隣に座っていたリリスも止めるようなそぶりを見せてはいるが、チラチラとスクリーンを見ていることから興味はあるらしい。

 

「デートシーンが終わって、告白パートも終わり・・・R18シーンはここからでしょうが!!何のためにエロゲを買ったと思ってるんですか貴方たちは!!一般版で満足できるのは枯れたおっさんかガキだけです!!」

「何の話してんだお前!?」

 

 突然意味不明な理屈を言い始めたメアに京は言いつのるが、止まる様子はない。

 もしかしたら、霊力欠乏とやらの影響なのかもしれないが、素のような気もする。

 

「リリス様!!使い魔の動きはっ!?」

「えっ!?い、今も動かせるけど・・・というか、二人を着けさせたままだけど」

「ならばそのまま動かしなさい!!正直貴方様の好きな純愛ゲーは少し私の趣味からは外れていますが、ここまでの萌え要素の詰まったリアルデートは貴重!!ならば最後まで見るのがここまで見てきた我々共犯者の義務・・・」

(・・・共犯者。否定できないが認めたくないな)

 

 これまでゲームの新作映像を見る外国人4人組のように息の合っていた4人であったが、ここで仲間割れが起きた。というか、メアが何やら暴走中のようだ。リリスはそれに引きずられて着いていきそうだし、朧としてはどう収めたものかと思案中。

 静謐だったその場所はにわかにギャアギャアと騒ぐ声が響き・・・

 

「おい待て!!リリス、今も使い魔着けてるって言ったか!?」

「え?言ったけど?」

 

 突如として、京がリリスに食って掛かった。

 口ではなんやかんや言いつつも先が気になっていたリリスは術具を持たせていた使い魔に、月宮家の敷地に入った久路人たちを映させていたのだが・・・

 

「馬鹿野郎!!すぐに離れさせろ!!久路人のやつは勘が鋭い!!使い魔に気付かれたら俺らが見てたこともバレるかもしんねぇ!!」

「あのねぇ!!そこらへんアタシは考えてないわけないでしょ!!アタシの使い魔はちゃんと幻術で見えなくしてるわよ!!アンタの仕掛けた結界からも対象外にしてあるし、このまま家の中でも・・・」

「アイツには幻術が効かねぇんだよ!!家の敷地に使い魔がいるってバレた時点で・・・」

「そういうことは先に言いなさいよ!!というか、そ、それならどうすれば!!先は気になるけど、気付かれたらダメだし・・・」

「何を言っているのですか!!女は度胸です!!幻術に頼らなくとも、遮蔽物を利用すれば隠密行動は不可能ではありません!!屋敷内の構造は隠し通路含めこの私が熟知しています!!それならば・・・」

 

 と、そうして醜い言い争いが行われる中・・・

 

「・・・皆さん!!言い争っている場合では!!このままでは・・・」

 

 呆れた目でどう止めようかと内心考えていた朧であったが、その優れた感覚に危機感を覚えたのだ。

 だが、それは少し遅かった。

 これが朧自身にとって後ろめたさしかないデートの覗き見と、そこから生じた下らない喧嘩の仲裁でもなければもっと早く気が付いていただろう。

 しかし、それは仮定の話だ。

 

「なるほど、今日の様子はこうやってずっと見てたんだ」

「よもや妾の部屋にまでこんな隠し通路があるわけではあるまいな?」

 

 部屋の中に、絶対零度の声が響いた。

 

「それで?おじさんたちはこれから何をしようとしてたのかな?」

「途切れ途切れにしか聞こえてこなかったが・・・妾たちを覗き見しようとしていたのは確かなようだしなぁ」

 

 ギギギ・・・と擬音がしそうな動きで4人が部屋の入口を、正確には床下に空いた穴を見ると、そこから二人の人影が昇ってきた。

 そう、4人がいた部屋は月宮家の屋根裏だったのだ。

 

「結界の中にコウモリが飛んでたから捕まえてみたら術具なんか持ってるし・・・」

「久路人の話では部屋に隠し通路が何本もあるそうではないか。犯人が誰かなど明らかであろう?」

 

 二人。

 手にバタバタと暴れるコウモリを持った雫と、コウモリが持っていた小型カメラのような術具を摘まんだ久路人は、月宮久雷と相対したときのような光の消えた眼で4人を見やった。

 屋敷の結界の仕様で雫は大分力を抑えられているが、久路人はそうではない。

 彼の周りには黒い砂と紫電が纏わりつつあった。

 

「ま、待て久路人!!これにはお前らのためを思った複雑な事情があってだな・・・」

「チッ!!こうなっては・・・・申し訳ございません、私は京を止めきれなかったばかりに。すべてはこの男が企んだ謀。造物主の命令に、私が逆らえる理由があるはずもないでしょう?」

「お、お前!!さっきまで思いっきり口答えしてただろうが!!」

「あ、あのね、アタシも悪いことしてるって自覚はあったんだけどね・・・その、アンタたちがあまりに眩しすぎて目がくらんじゃって」

「・・・リリス、こうなった以上は潔く彼らの怒りを受け止めるべきだ・・・申し訳なかった、久路人君」

 

 見苦しく言い訳をしようとする者。

 罪を擦り付けようとする者。

 開き直る者。

 潔く罪を認め、罰を受ける覚悟を決めた者。

 

 4人の反応は様々であった。

 しかし、それを受けても久路人の様子が変わることはなく・・・

 

「とりあえず!!全員今日見たことは忘れろぉぉぉぉぉおおおっ~~~~~~!!!!!紫電改・5機散開!!」

「どわっ!?そ、育ての親になんて真似しやがる!!いや、悪いのは俺らだけどそれにも理由があんだよ!!」

「屋敷を傷つけるなら容赦はしません。受けて立ちます!!」

 

 雷を纏った鉄の矢が放たれ、屋敷の主と使用人が応戦をはじめ・・・

 

「さて、リリス殿」

「し、雫・・・ほら、アンタには貸しがあるわよね?だから、その・・・」

「話は下で聞こう。無論、着いてきてくださるな?」

「・・・リリス、行くぞ」

「うう、はい・・・」

 

 吸血鬼の主従は物理的に低温を纏った白蛇の化身とともに部屋を出ていった。

 その戦いや説教、後始末には一晩かかることになる。

 当然、『そういう』雰囲気になるはずもない。

 つまり・・・

 

(・・・すべては、自分の力不足か。あの時止められていれば・・・いや、どちらにせよ片棒を担いだ時点でこうなるのは変わらないか。すまなかった、久路人君、水無月さん)

 

 朧が危惧したように、取り返しのつかない事態になったのであった。

 

 




久路人が人間やめるまで、後一話(予定)!!

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