白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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更新遅れまくって申し訳ないです。
リアルがマジでヤバい・・・
キャラに軽快に喋らせるには、作者のメンタルも万全じゃないと無理っていうのを身をもって実感しました。

そしてもはや恒例ですが、やっぱり延長です・・・


決闘開始!!

「むぅ~・・・」

 

 月宮家に新しく建てられた2階建ての離れの一室。

 雫は自室にて不満気に寝転がっていた。

 

「むむむ~・・・」

 

 天井を睨みながら何度か寝返りをうつ。

 顔をしかめて唸り声ともなんともつかない声を出しながら、ゴロゴロと布団の上を往復運動することしばし。

 やがてピタリと動きを止めると、雫はポツリと呟いた。

 

「久路人のニブチン」

 

 拗ねたように、いじけるように、雫はそう口に出した。

 一体なぜ先ほどから機嫌が悪そうなのかと言えば、原因は彼女の恋人にあるようである。

 

「せっかく、何でもしていいって言ったのに・・・」

 

 手慰みに抱えていたクッションをポーンと真上に放り投げて、キャッチしながら雫は愚痴をこぼす。

 

「何がどうして、あの流れで久路人と戦わなきゃいけないの・・・」

 

 その顔は心底不満気で、納得がいっていないようだった。

 

 数時間前のこと、雫は訳あって久路人の部屋に不法侵入して本人の目の前で隠されていたエロ画像を消去し、その落とし前として自分のことを好きにしてもいいという趣旨の発言をしたのだが、その答えは『僕と決闘をして欲しい』という色気も何もないものだったのだ。

 文字に起こしてみると支離滅裂な展開だが、本当にそうなのだから仕方ない。

 

「あの身体の一部に脂肪が偏ってる雌豚どもの画像を消したのを怒ってたわけじゃなさそうなのに、決闘っていうのが本当に意味わかんない!!」

 

 決闘とは物騒な言葉ではあるが、それを言ったときの久路人は穏やかな表情であり、怒っていたからその腹いせに殴らせろというようなことではないというのは長年連れ添い、つい最近に心を通わせた雫には分かっている。

 色々と超展開が顔を出していたモノの、客観的に見れば自分の私物を勝手に破棄されたにもかかわらず、怒った様子もなく日常的に行っていた武術の手合わせをお願いするだけで済ませた久路人は褒められるべきだろう。

 

「まあ、流石にあんな急展開でうまくいくのはないかな?とは思うけどさ・・・考えてみたら、なんであんなことしたんだろ、私」

 

 どうやら、雫も数時間前の行動がトチ狂っていたという自覚はあったらしい。

 しかし、雫としては仮にも乙女が『貴方の好きにして?(意訳)』と告げたのにもかかわらず、それを無下にするような真似をした久路人には物申したい気分であるようだ。

 そして、それを抜きにしてもだ。

 

「久路人のバカ・・・私が久路人と戦うの好きじゃないの知ってるくせに」

 

 雫は不満気に、そして少し悲し気にそうこぼす。

 雫があの決闘宣言の後に不機嫌でいる一番の理由はそれだった。

 ちなみに二番目の理由は、あの後に久路人が『一人で集中したいから』と言って唖然とする自分を置いて裏庭に行ってしまったことだったりする。

 

「久路人はまだ人間なのに・・・」

 

 そもそも、雫は久路人と戦うことそのものが好きではない。

 

「まだ、久路人は脆いのに・・・」

 

 久路人と雫が訓練として戦ってきたのは数年前から。

 当初は護衛としての必要性が薄れてしまうこと、なにより久路人を傷つけてしまいかねないことから訓練をサボることもしばしばだったが、メアの『指導』や久路人の服だけを攻撃して不可抗力的に久路人の筋肉美を拝めるといった理由からきちんと取り組むようになった。

 だがそれでも、霊力の大きさからしょっちゅう怪我をする久路人を見るのは、まるで雫自身が傷ついたかのように嫌な気分になった。あの九尾に襲われた修学旅行の後から、戦う中で久路人が無茶をすることが格段に増えたことで益々訓練に嫌気がさした。何度も戦ってそのたびに自分が勝っても、護衛としての優秀さを示すことができても、それでも久路人との戦いを厭う気持ちは常にあった。

 それは、雫に久路人の終わりを示唆しているように見えたのだ。『久路人が人間であって、自分(妖怪)とは違うモノだ』と見せつけられているようにも感じていたのだ。人間という脆い種族、妖怪よりもはるかに短い寿命、その莫大な霊力による肉体の摩耗・・・それらはすべて久路人との永遠の別れを雫に想起させた。

 そういうわけで、雫は久路人と戦うのは嫌いなのだ。

 少なくとも、久路人が雫と同じモノになるまでは。

 だが・・・

 

「気が付いたら、また勝手に一人でこっそり素振りとかしてるし・・・」

 

 隣街から帰ってきた日より、久路人が雫に黙って夜中に鍛錬を積んでいるのを雫は知っている。

 雫に隠しているのは、前に久路人が不調を隠して訓練していたことに雫が激怒したからだろう。

 あのときの不調は雫の血が混ざったのが原因ではあるが、それで久路人が霊力異常に陥って身体に支障が出た時には、雫は怒りながらも密かに喜んだものだ。『妖怪たる自分に近づいている』ということもあったが、それで傷つく久路人を見る機会が減ると思ったから。

 雫が今の久路人の鍛錬を止めないのは、久路人と無事に結ばれたこと、霊力の不調そのものはなくなっていること、『まあ、もうすぐ久路人も人間やめるし』という明るい未来があることで心のゆとりを持てたからだ。雫と実際に打ち合うように頼んでこなかったというのもある。

 しかし、今の精神的に少し不安定な雫にとっては、今まで気にならなかったそれも少々癪に障るらしい。

 

「・・・朝の日課はしてくれないくせに」

 

 嫌なこと、不満なことが、連鎖するように雫の中に浮かんでくる。

 訓練はこれまで夕方の日課とも言えるものだったが、最近は朝の日課である雫の匂いチェック兼久路人からの吸血は休止中だ。

 久路人との契約が断たれて強制されなくなったというのが二人の表向きの理由だが、今の二人にとっては色々と刺激が強すぎだったり、色々あって気まずい空気になったからというのが本当の理由である。

 まあ、これに関しては乙女としては男の方にリードしてもらいたいと思うのも仕方がないのかもしれないが、鍛錬の方は再開したというのにそっちはノータッチというのも気に入らないポイントだ。

 なお、吸血こそしていないが、食事に雫の血を混ぜるのは今もがっつり進行中だ。

 

「戦いたいのだって、どうせ、またなんかよくわかんない理由で焦ってるだけのくせに・・・」

 

 久路人が雫と戦いたがっている理由は、予想が付く。

 数時間前の自分を完全に棚に上げたような口ぶりだが、これに関しては久路人も前科持ちだ。

 なにせ、焦りが過ぎた結果、雫を解放するためによその霊能力者と見合いするなどという訳の分からない暴走をしでかしたことがあるのだから。

 多分さきほどのことも男のプライドだとかそんな感じの理由なのだろうが、雫としてはそんなことで久路人と戦うのは馬鹿馬鹿しいとすら思っている。

 

「・・・本当に、久路人のバカ」

 

 再びそう呟いてから、またゴロリと寝返りを打つ。

 

「・・・・・」

 

 視界に入ってきた時計の針は、もうすぐ決闘の時刻を刺そうとしていた。

 

 

------

 

「ふっ・・・!!」

 

 ブンっと音を立てて、久路人は黒い直刀を振り上げては振り下ろす。

 そのたびに辺りに風が巻き起こり、月宮家の刈り取られたばかりの芝が少し揺れた。

 

「はぁっ!!」

 

 次は横凪の一撃。

 鋭い刃は横一文字の軌跡を描いて空を切る。

 はた目から見ると、オレンジ色に変わった太陽の光が一瞬反射したのが見えるだけで、その動きを捉えることは常人には不可能だろう。

 だが、久路人が思い描く相手はそんな常識の通じる相手ではない。

 

「せいっ!!」

 

 刀を振りきった直後に、素早く姿勢を整えて間髪入れず突きを放つ。

 切っ先は何もない空間を走るだけだが、その動きは一切の淀みがなく、久路人の目には自分の刃が相手を貫いたように見えているかのようだった。

 

「ふぅ~・・・」

 

 そこで、久路人はやっと一息ついて動きを止めた。

 ダラッと体を弛緩させ、筋肉を休ませる。

 

「よし、もう一回・・・」

 

 しかし、休んでいたのはほんの束の間。

 すぐさま久路人は刀を構えて、再び素振りをしようとして・・・

 

「そんなに張り切って、バテても知らないよ」

「っ!?」

 

 背後からかけられた声に、ビクリと体を震わせた。

 ゆっくりと振り向いて、声の主に向き直る。

 

「雫、もう来たんだ」

「・・・まあ、久路人との約束を破るのは嫌だしね」

 

 目に入ったのは夏の湿った風に揺れる銀色の髪。

 そして、どこか不貞腐れたように細められた紅い瞳だった。

 

「それで、もう準備運動はいいの?だったらすぐ始めようよ」

「え?ああ、うん・・・あのさ、雫」

「・・・何?」

 

 冷たさを感じさせる声とともに、雫の手に銃が握られる。

 それまで蒸し暑かった裏庭の気温が、一気に冷え込んだ。雫の方はもう戦闘準備が完了しているようだ。これならば今すぐにでも戦いが始められるだろう。

 しかし、久路人としてはその前に気になることがあった。

 

「その、なんか、怒ってる?」

「・・・別に」

 

 言葉では否定しているものの、その雰囲気はまさしく絶対零度だ。

 むしろ久路人が問いかける前よりも刺々しいオーラが増したようにすら思える。

 

(・・・いや、これ絶対に怒ってるよね)

 

 今の雫を見て、怒ってないと思わない者はいないだろう。

 それぐらいわかりやすかった。

 その理由までは久路人には分からなかったが。

 

「それより、戦うなら早くしようよ」

「わかったよ。でも、その前にね・・・」

 

 そこで、久路人は直刀を正眼に構えながら、雫を見て言う。

 

「今日は、絶対に僕が勝つ!!」

 

 それは、久路人の決意だ。

 久路人の中にある、雄としてのプライドが言わせた台詞。

 

(雫を好きになったのは、人間としての僕。そして、今まで戦ってきて、僕はまだ一度も雫に勝ててない)

 

 二人の想いは、ほんの少し前に繋がったばかり。

 けれども、その想いはずっと前から育まれていたモノだ。

 久路人は人間でありながら妖怪の雫に恋をし、雫もまた大妖怪としての格を持ちながら人間の久路人を愛した。そこに種族の壁はあったものの、その壁はもうすぐ取り払われようとしている。

 そしてその前に、久路人はどうしても雫に勝ちたかった。

 

(雫が好きになってくれた(人間)の僕が、ずっと雫に勝てないままだなんて、カッコ悪いもの!!)

 

 それこそが、久路人が人間でいる内に雫に戦いを挑んだ理由だった。

 

「僕が、雫にとっての最高の相棒だってことを、示して見せる!!」

 

 数時間前の雫の暴走を見て、久路人は『これ以上雫を待たせまい』と心に誓った。

 これから今までよりも関係を深めることを決めたのだ。

 今より行う決闘は、そんな自分を鼓舞するための、そして雫に『雫とこれ以上ないくらい深い仲に至るに足る雄である!!』と証明するための儀式だ。

 そんな熱い決意を秘めた久路人の言葉を受け、恋人である雫は・・・

 

「はぁ・・・やっぱりそんな感じか」

 

 呆れたようにため息を吐いた。

 

「へ?」

 

 自分の渾身の想いを込めた言葉をあっさりと受け流され、久路人は茫然とする。

 そんな唖然とした様子に雫は『このニブチンが・・・』と久路人に聞こえないように呟くが、それでつい先ほどまでベッドの上で燃えていた苛立ちが再点火したようだ。

 事ここに至って、雫としても戦いは避けられないと悟ったのもあるのだろう。雫の言葉にも少しずつ戦意が宿り始める。

 

「あのね、久路人」

 

 雫は冷たい眼差しを向けながら銃を構え・・・

 

「久路人が私にとっての最高のパートナーってことなんて・・・」

 

 同時に、雫の霊力が真冬の雪原を思わせるような冷気とともに吹き上がり・・・

 

「とっくに知ってるってのぉぉぉおおおおおお!!!!」」

「うぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!?」

 

 突然目の前に現れた10mを超える高さの大瀑布を、咄嗟に発動した身体強化の術で回避しながら、久路人は叫ぶ。

 

「ちょっ!?雫、不意打ちは・・・」

「うるさいっ!!その勘違いで熱くなった頭、私が冷やしてあげるから大人しく喰らってなさい!!そんなに戦いたいのなら、望み通りボッコボコにしてあげる!!」

「うわわわっ!?ホント雫、一体何怒ってぇぇぇええっ!?」

 

 次々と打ち出される氷柱の雨を避け、打ち払って久路人は叫ぶ。

 

「それが分かんないから久路人は鈍感なのぉぉおおおおおっ!!!」

「理不尽なぁぁぁあああああああっ!?」

 

 こうして、雫の奇行を元として、久路人の微妙に空回った決意で加速した結果決まった決闘は、両者の叫び声と共に始まったのだった。

 

 

------

 

「鉄砲水!!鉄砲水!!鉄砲水!!」

「で、電光石火!!」

 

 怒涛の勢いで撃ちだされる激流を、磁力の反発で得た加速で避ける。

 

「瀑布!!」

「迅雷!!」

 

 久路人の加速方法は磁力を応用したものだが、それ故に軌道は直線的になりやすい。

 久路人が回避する方向を予測したかのように立ちはだかる水の壁を、久路人は雷を纏う突きで打ち破り・・・

 

「呑め、大蛇!!」

「っ!?」

 

 水の壁を破った先には、水でできた大蛇が大口を開けて待ち構えていた。

 空中でその軌道を変えることはできない。

 そして、一度雫の操る水に捕らわれたのならば、その時点で久路人の負けは確定する。

 なにせ、雫は久路人の動きを封じることができればそれでいいのだ。

 まだ人間である久路人は霊力の量こそ雫より上であるものの、一度に解放できるのは限られた量であり、肉体の損耗を考えれば長時間の戦闘は不可能だ。久路人が抵抗する瞬間に併せて雫も霊力を上げれば、先に音を上げるのは久路人になるのである。

 水の大蛇は空中で刀を持ったままの久路人を丸のみにしようと、その首を伸ばした。

 

「電迅誘導!!」

 

 しかし、久路人も然るもの。

 これまで雫と戦ってきた経験から、こんな一回失敗したら即ゲームセットという場面など慣れきっている。

 咄嗟に空中に生み出した黒鉄のバネとレールが発する磁力を辿り、バネを踏みしめて地上にまで矢のような勢いで吹っ飛ぶ。

 水の大蛇は獲物を逃がし、虚しく空を咬むだけに終わった。

 

「ふぅ~・・・」

「チッ!!」

 

 窮地をしのいだ久路人が一息つくのと同時に、雫は眉をひそめて舌打ちした。

 

「さっきのに当たってたら、痛い思いをしないで負けられたのに。久路人のバカ!!」

「んな無茶苦茶な・・・」

 

 距離が開いたことで会話をする余裕が生まれ、二人の間で言葉が行き交う。

 しかし、やはり雫は不機嫌なままであった。

 久路人にかける言葉も理不尽そのものであり、久路人としても『はいそうですか』と受け入れられるものでもない。

 けれども、久路人は何故だかそんな雫に怒る気はしなかった。

 

「無茶苦茶なのは久路人の方だよ!!大雪崩!!」

 

 そんな久路人の気持ちを知ってか知らずか、癇癪を起したように叫ぶ雫が手を空にかざせば、久路人の頭上が暗くなった。

 

「とっ!!」

 

 久路人が急いでその場を飛びのくや否や、小山ほどはある氷山が丸ごと降ってきた。

 ズシンと音を立てて雪と氷の塊が地面に叩きつけられ、白い粉雪が夏の夕暮れに舞う。

 

「氷柱舞!!」

 

 宙に飛び散った雪は雫の声と共に集まって形を変え、氷の槍をいくつも作り出す。

 現れた槍はすぐさま標的に向かおうとするが・・・

 

「紫電改・五機散開!!」

 

 黒い矢が瞬く間に距離を0にして、氷の槍はすべて砕け散った。

 矢は意趣返しと言わんばかりに、槍を砕いた後にも勢いを殺さず雫へと迫る。

 

「も~!!氷鏡!!」

 

 雫にまで届くかと思われた矢は、突如として現れた鏡の如くなめらかな氷の盾に阻まれた。

 氷の盾は矢を喰らって砕けかけるも、砕けた傍から形を変えて矢を包み込んで封じ込める。

 氷鏡は相手の攻撃を受けた後に砕けた破片を跳ね返すカウンター技だが、今回は久路人の攻撃を完全にとどめるために使ったようだ。

 雫のその判断は正しい。

 黒鉄を黒飛蝗で手足のように操れる久路人にとって、地面に落ちた矢は即座に奇襲に使用できる罠となる。封じ込めておかなければ雫はいつまでも背後を狙われ続けただろう。

 だが、一瞬でも視界を遮ってしまったのは大きなミスだった。

 

「疾風迅雷!!」

「うえぇぇえっ!?」

 

 氷鏡がその形を崩すと同時に、雫の真横から刀を構えた久路人が恐るべき速さで迫っていたのだ。

 久路人が雫との戦いで勝利するためには短期決戦しかない。

 そして、大規模な範囲攻撃を得意とする雫相手に遠距離での戦いを挑んでも長引くのは自明。

 ならば、久路人にとって最も必要なのは距離を詰めて接近戦を挑むことなのだが・・・

 

(そんなことは、雫だって分かってるはずなのに・・・やっぱり、今日の雫は・・・)

 

 これまで、久路人と雫は数えきれないほど手合わせを続けてきた。

 その中で、久路人が乾坤一擲の必殺技を狙って間合いを縮めようとすることなど幾度もあったのだ。

 なのに、雫は安易に視界を塞ぐ壁を作った上に、自分の周囲に罠を仕掛けることもなかった。

 そもそも、最初に放った大蛇にしても、久路人の霊力異常が本格化する前の訓練で同じような手で回避されていたのを気にも留めていないようだったのもおかしい。

 

「りゅ、流氷!!」

「はぁっ!!」

「んなぁっ!?」

 

 苦し紛れのように放った氷の混ざった激流を、そこに浮かぶ氷を飛び石のように蹴ってやり過ごしながら、久路人はいよいよ雫の目前にまで近づいた。

 そうして、久路人の刃が雫に届く間際まで迫り・・・

 

「せいやぁぁああああああっ!!」

「こ、こうなったらぁぁああああああっ!!」

「っ!?」

 

 刃が触れる直前に、雫の霊力が吹き上がった。

 溢れた霊力は瞬く間に水に変わり、裏庭のすべてを押し流ていく。

 

「けほっ、けほっ・・・も~!!目に砂入った!!」

 

 雫自身も巻き添えにして。

 言ってしまえば、それは技とも言えない自爆であった。

 水を己の体の一部のように操り、雑魚妖怪ならば百体いようが一方的にすべてを流し去ってしまう普段の姿からが考えられない醜態である。

 

「あ~!!口ん中じゃりじゃりするし~!!あれもこれも全部久路人のせいなんだからね~!!」

「・・・・・」

 

 服を汚し、その美しい髪に泥を付けながら、雫は叫ぶ。

 その姿は、まるでわがままを喚く子供のようだった。

 そんな雫を見て、空中に跳ねることで濁流を回避した久路人は追撃の手を止める。

 

(やっぱり、雫・・・)

 

 久路人は気が付いたのだ。

 自分にとって神聖な儀式とも言える決闘に不満気な態度で現れ、突然理不尽な言動をまき散らし、普段からは想像もできないほど稚拙な戦いをする雫を見ても怒りの感情がわかない理由に。

 

「雫」

「何!?この鈍感泥付き朝鮮人参・・・」

「ずっと、向き合えなくてごめん!!」

「・・・え?」

 

 唐突に頭を下げた久路人に、それまでのように怒りをぶちまけようとしていた雫は面食らって動きを止めた。

 

(今日の雫は、いや、あのデートの後からずっと・・・)

 

 久路人の脳裏に、今日だけでなく、ここ最近の雫の姿がよぎる。

 無粋な横やりで最後の最後で滑ってしまった初デート。

 もしもの可能性を想像してしまい、なんとなくお互いに恥ずかしく、気まずくなってしまった。

 ギクシャクして、会話も弾まなくなり、朝の日課を含めて触れ合うこともなくなった。

 

(雫は、ううん、雫だけじゃなくて僕も・・・)

 

 雫だけでなく、己の心の内も自覚しつつ、久路人は告げる。

 

「ずっと、寂しい想いをさせて、本当にごめん!!」

「あ・・・」

 

 久路人の感じていた違和感。

 それは長い付き合いを経たから気づけたモノ。

 それに加えて、戦いに身を置く者だからこそ感じ取れたモノ。

 すなわち、撃ちだされた技の中に混ざっていた、雫の抱いていた感情。

 そこにあったのは怒りだけではない。

 それは、まるで大好きな親や友達に偶々構ってもらえなかった時のような、悲しみと寂しさだった。

 一体誰が、どうしてそんなモノを抱かせてしまったのか?

 その答えは久路人から見れば一つしかない。

 

「僕が、僕の勇気が足りなかったから・・・」

 

 それは、久路人が足踏みをしてしまったから。

 自分の臆病さが、雫を寂しがらせ、おかしな行動に走らせ、今のように怒らせてしまったのだ。

 

「ホントなら、こんな風に戦う必要だってなかったかもしれない。僕が、もっと早くから・・・」

 

 この戦いは、久路人自身を鼓舞するためのモノ。

 しかし、それは自分の事しか考えていなかったことの裏返し。

 雫は、こんな戦いよりも、久路人に歩み寄ってもらうのを待っていたのだから。

 そうやって、久路人が己の不甲斐なさをなおも詫びようと、さらに言いつのろうとして・・・

 

「いいよ」

「え?」

「もう、謝らなくて。だって・・・」

 

 不意に雫が、静かな声で久路人の謝罪を遮った。

 今度は久路人の動きを止めながら、雫は続ける。

 

「私だって、勇気がなかったのは同じだもん。だから私こそ、ごめん」

 

 そう言って、雫もまた、久路人に頭を下げた。

 そう、雫も久路人の言葉に籠る感情から理解したのだ。

 

(なんだ、久路人も寂しかったんだ)

 

 久路人も、自分と同じように内心で寂しがっていたことを。

 二人の関係を、もっと深いモノにしたがっていたことを。

 それを察した瞬間、雫の中にあった怒りはあっという間に霧散した。

 代わりに胸の中に湧くのは、八つ当たりをしてしまったという罪悪感と・・・

 

「私ね、焦ってたんだ。久路人が隣町に行った時みたいに。初めてのデートの後だったのに、中々久路人との関係を進められなくて」

「雫・・・」

「さっきまで怒ってたのも、ただの八つ当たり。だから、ごめんなさい。久路人がこうやって戦うのを大事に思ってるのは分かってたのに、台無しにしちゃって・・・」

「いや、それは僕の方が・・・ううん、違うな。うん、そうだ。じゃあ、お互い様ってことにして、いいかな?」

 

 久路人も、このまま謝り続けるのは不毛であり、お互いのためにならないと思ったのだろう。

 それよりもせっかくお互いの気持ちが分かったのだから、もっと明るい方向へと向かうべくここで手打ちにした方がずっといい。

 そう考えた久路人は、『お互い様』ということで、謝罪合戦を終わらせた。

 

「・・・うん!!」

 

 自分の謝罪を受け入れてくれた久路人の言葉に、雫の罪悪感は別の感情に置き換わる。

 

「ありがとう、久路人!!」

 

 『自分の本当の気持ちに気付いてくれた』という喜びと、そのことへの感謝に。

 雫の顔に、花が咲いたような笑顔が浮かぶ。

 

「こっちこそだよ、雫」

 

 二人の間に、これまであったぎこちなさはなくなっていた。

 お互いの気持ちが分かって、お互いがお互いを求めていることを理解できたのだ。

 まさしく、今の二人はあの初デートが終わりかけた時に戻ったかのようだった。

 

「えっと、それじゃあ、どうしよう。戦うのは止める?」

 

 そうして、久路人は雫に問いかけた。

 この戦いの目的は、戦う前から果たされていたと言っていい。

 ならば、そこに時間を割くよりも、二人の仲を深めることを優先すべきかと思ったのだ。

 

「う~ん・・・でも、久路人、不完全燃焼でしょ?私に勝ちたいっていうのも本当みたいだし」

「あ、分かる?」

 

 しかし、雫もまた久路人と共に過ごして長い。

 戦う前に久路人が口にした誓いにも、かなりの熱量が籠っていたのには気が付いていた。

 

「だったら、戦おうよ。私も、久路人にあんまり我慢させたくないし、八つ当たりしちゃったり、気に食わないからって久路人の私物を勝手に消しちゃったお詫びも兼ねて、ね・・・ま、勝つのは私だけどね?」

「言ったね?でも、今日は絶対に僕が勝つよ!!」

 

 二人の間に、それまでとは違った空気が漂う。

 緊張感に満ちた、ピリピリとした肌の痺れを感じさせる雰囲気。

 けれど、それは二人が険悪だから生じるのではない。

 お互いがお互いを、優れた戦士だと、己を倒しうる可能性を秘めた相手だと認めているからこそ満ちるモノ。

 その証拠に、そこには刺すようなプレッシャーだけでなく、相手への敬意、なにより相棒への親しみが籠っていたのだから。

 そして、二人は再び武器を構える。

 

「じゃあ、行くよ久路人!!」

「うん!!・・・あ、でも本当にお詫びとかそんなことは気にしなくていいからね?それで手加減とかしたら怒るよ?」

「ふふ、分かってるよ。久路人ってそういうところ、こだわるもんね」

「そりゃあね。それに・・・」

「それに?」

 

 改めて戦いを始める前。

 緊張をほぐすように会話に興じる。

 これも、二人の訓練の間ではよく見られたモノだ。

 中学生の頃は軽口をたたきながら技の応酬を繰り広げていたことも何度もあった。

 それを懐かしく思ったからか、あるいは雫と再び分かり合えたのが嬉しかったのか・・・

 

「画像は、USBにも残してあるし」

「・・・は?」

「・・・あ」

 

 久路人は、つい口を滑らせた。

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

 そして、二人の間に沈黙が訪れる。

 

「・・・えっと、その」

 

 しばしの後、沈黙を破って久路人が見苦しい言い訳をしようとした時・・・

 

「久路人の・・・」

「っ!!?」

 

 裏庭に、真冬のような寒さが舞い降りる。

 それと同時に、久路人の全身に恐るべきプレッシャーが襲い掛かった。

 ブワッと、久路人の身体から冷や汗が一気に吹き出す。

 そして・・・

 

「ムッツリエロ助がぁあああああああああああああああっ!!」

「うぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!?」

 

 雫の叫び声と共に、第二ラウンドが始まったのであった。

 

 

------

 

 

 なお、この台詞を聞いていた某使用人は、『どの口が言ってるんですか?』と呟いたという。

 




感想をくれた方々、返信できなくて申し訳ございません・・・
あ~!!早く4章パロ書きて~~~!!
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