白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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新章スタート
色々と伏線を張りつつ、日常回みたいな感じで進められたらいいかなって思ってます。


白流怪奇譚1

「はっ、はっ、はっ・・・!!」

 

 その女の子は、暗い路地裏を必死で走って逃げていた。

 

「はぁっ、はぁっ・・・」

 

 その顔には大粒の汗がいくつも浮かんでおり、どれほど全力で駆けているのかが見て取れた。

 

「はぁっ、はぁっ・・・なんなの、アレ」

 

 しかし、とうとう限界が来てしまったのか、女の子はそこで走るのをやめ、建物の壁に手をつく。

 息を整えて多少落ち着いたのか、彼女は恐怖を貼りつけた顔で辺りを見回して、確認をする。

 

「もう、いないよね・・・」

 

 女の子は壁に背を付けて、左右に首を振るも、そこに見えるのは暗がりだけ。

 大通りに設置された街灯から届く光が路地裏まで届いているが、暗闇の全てを照らすには心もとない。

 だが、そこに動くモノの気配は感じられなかった。

 

「はぁ~・・・」

 

 自分を追うモノがいないとわかったからか、彼女はその場にへたり込んで、足の間に顔を埋めた。

 

「アレがなんなのかわかんないけど・・・」

 

 女の子は顔を伏せたまま、絞り出すように声を出す。

 

「あんな遊び、やるんじゃなかった・・・」

 

 その声には、後悔だけが滲んでいた。

 

 

-----

 

 それは、年頃の少女らしい好奇心が始まりだった。

 

「ねぇねぇ、最近さ、この辺りヤバくない?また出たんだって!!」

 

 白流中学校では、最近ある噂が流行っていた。

 昼休みに給食を食べながら、あるグループはその噂について話題に出す。

 

「知ってる知ってる!!隣のクラスの人が見たっていってた!!」

「夜中にでるってヤツだろ?確か・・・」

「黒マントだよ!!夜に屋根の上をバッタみたいに跳ねて移動してるらしいぞ」

「え?白女のことじゃないの?夜中に白い着物きて飛んでるって・・・」

「違う違う!!黒マントと白女はいるって証拠がないじゃん!!あたしが言ってるのは、『影鬼くん』だよ」

「ああ、そっちか」

「影鬼くんは、本当にいるって話だもんね」

「最近、道路とかに変な足跡があって、それを掃除するのに警察の人とかいるもんな」

 

 影鬼くん。

 それは、つい最近になって白流市に出没すると噂されている『妖怪』である。

 曰く・・・

 

「夜中に道を歩いている時に、後ろから足音がする・・・」

「でも、振り返っても誰もいない。それでもう一度歩き始めると、また足音がする。しかも・・・」

「その足音は、段々と近づいて来る・・・」

「どれだけ速く走っても、振り切れない・・・」

「それでそのうち、足音は・・・」

「自分の背中の後ろまでやって来る・・・」

 

 昼休みで明るい時間帯であるというのに、そのグループの周りだけ、心なしか空気が暗く、重くなったような気がした。

 

「そ、それで、どうなるの?」

 

 グループの中にいた女の子が、少しだけ声を震わせながらそう聞いた。

 どうやら、彼女は影鬼くんとやらの噂を知らなかったようだ。

 そんな彼女を見て、噂をすでに知っていた者たちは顔を見合わせて、得意げに、それでいて声を憚るように続ける。

 

「影鬼くんに追いつかれちゃったらね・・・」

「影を踏まれるんだって・・・」

「そして、影を踏まれると、動けなくなっちゃうの・・・だから影鬼くんって名前がついたんだけど・・・」

「影鬼くんに捕まっちゃたら・・・」

「捕まったら・・・?」

 

 女子生徒がゴクリと息をのむと、噂を話していた生徒は、一度周りを見回す。

 そして、口を開いた。

 

「食べられちゃうんだって」

「っ!!」

 

 その声は小さかったのに、嫌に良く響いた。

 まだまだ暑い季節だと言うのに、噂を知らなかった女の子に背中に、ゾクリとした寒気が走る。

 しかし、だ。

 

「で、でも!!それっておかしくない!?」

 

 彼女は、その噂話の矛盾に気付いた。

 まあ、それは大抵の怖い話に当てはまるものではあるのだが・・・

 

「食べられちゃうって言うんなら、誰がその噂を広めたのよ!」

 

 実際にそんな妖怪がいて、人間を食べてしまうとしてだ。

 だとしたら誰がそんな具体的な体験を残せたというのか。

 噂通りなら、人間が出会ってしまえば逃げることは難しそうな相手である。

 だがそんな疑問が返って来ることなど想定内だったのか、噂を知っていた者たちは増々得意げな顔になった。

 

「ふふん!!そんなの、影鬼くんから逃げられる方法があるからに決まってるじゃない」

「え?そうなの?」

「そうよ!!だから、影鬼くんに襲われても無事だった人がいるんだって」

「それじゃあ、その逃げられる方法って?」

「それはね、影鬼と同じなの」

 

 それは、影鬼くんがその名前を付けられたもう一つの理由なのだそうだ。

 

「影鬼くんに追いかけられたら、影のある場所を走って逃げるの」

「影の中にいる間、影鬼くんには追いかけてる人が少しの間見えなくなるんだって」

「でも、いつまでも同じ場所にいると、そのうち気付かれちゃう・・・」

「だから、影の中に少しの間だけ隠れた後、別の影まで隠れるのを繰り返すの」

「そうすると、影鬼くんは追いかけてる人を完全に見失っちゃうんだって」

「食べられかけたって人は、たまたま月が陰って、その間に逃げたってことらしいよ」

「そうなんだ・・・」

 

 それは、随分簡単そうな対処法だった。

 自分にもできそうな方法で、女の子はホッと安心したようにため息を吐く。

 

「影鬼くんって、最近噂になったんだけど、これだけ広まってるのは本当にいるらしいからなんだって」

「そうなの?」

 

 そうして女の子に一通り影鬼くんのことを教えると、話題は「ヤバい」と言われた内容に移る。

 

「そうそう!!さっきも言ったけど、ここ最近道路とか壁に変な足跡がたくさん付いてることがあるの」

「それは私も見たことある!!幼稚園児くらいの小さな足跡が道路にずっとくっついてるの見た!!近所のおじさんが掃除してたもん」

「俺もそれ見たぜ!!屋根の上に変な足跡があったって爺ちゃんが怒ってた!!」

「え~屋根に?屋根なら黒マントじゃないの?屋根の上を走ってるらしいし」

「黒マントについては襲われたとかいう話も聞かないし、そっちはガセなんじゃないの?影鬼くんの噂がちょっと変わって広まったとか」

「白女もそうだよね。黒マントと一緒に現れるって話だけど、それでどんなことするのか全然わかんないし」

「ちょっと!!今はそっちよりも影鬼くんでしょ!!・・・ちょっとここだけの話があるんだけどさ」

「なんだよ?」

 

 噂の話が影鬼くんから、黒マントと白女という別の妖怪の話になろうとした時、最初に「ヤバい」と言い出した女子は声を潜めてボソリと何かを提案しだした。

 

「・・・今日の放課後、影鬼くん、呼んでみない?」

「え?」

 

 

-----

 

「それじゃあ、影鬼くんを呼ぶわよ」

「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

 

 放課後、薄暗い中学校の裏庭に、昼休みに集まっていたメンバーが再度集合していた。

 言い出しっぺの少女が自信満々な様子なのに対し、今日噂を知ったばかりの女の子は不安そうだ。

 

「影鬼くんを呼んで、本当に来ちゃったらどうするの?」

「そんなの、急いで影の中に逃げちゃえばいいじゃない。この辺なんて影だらけだし、大丈夫よ」

 

 少し怯えた様子のある女の子に、得意げな少女は昼にも伝えた対処法を行えばいいと告げる。

 確かに中学校の裏庭は建物の陰にあること、木がたくさん生えていることもあって影だらけだ。

 影の中に入って逃げるには不都合ないだろう。

 

「でもよ、呼ぶっていったってどうやるんだ?そんな方法聞いたことないぞ?」

「当たり前じゃない!!この方法はあたしが考えたんだから」

「はあ?」

 

 その場にいた男の子が、そもそもの呼ぶ方法について聞けば、そんな答えが返って来る。

 その答えに、男の子は唖然とした顔をする。

 

「いや、それならなんでそんな自信があるんだよ?」

「ふふん!!それはね・・・」

 

 そこで、言い出しっぺの女の子はスマホを取り出した。

 そのまま少しスマホをいじると・・・

 

『みんな~!!今日もマリネのチャンネル見に来てくれてありがとぉ~☆』

 

 鈴を転がすような声とともに、一人の奇妙な恰好をした少女が画面に映った。

 フリルだらけの青いダブレットに、黒のオー・ド・ショースと白いバ・ド・ショースを身に着け、金色のサイドテールのすぐ傍には小さな王冠まで乗っている。まるで外国のアニメ映画に登場する王子様のような服といえばわかりやすいか。ただ、少女は顔立ちこそ整っているものの、明らかに日本人であり、髪は染色したものだとすぐにわかる。王子様とはいってもコスプレ感丸出しで安っぽく、いかにもウケ狙いでやってますという具合だった。

 しかし、そんな見た目であっても人気はあるらしく、男の子はテンションが上がったように画面に視線を向けた。

 

「おお!!マリネの動画じゃん!!俺、昨日は見れてなかったんだよね・・・んで、マリネと影鬼くんに何の関係があんだよ?」

「そんなに急かさないでよ、すぐに・・・あ、ほら」

 

 そのマリネという少女は、今流行りの動画配信者のようで、若年層に人気があるらしい。

 しかし、マリネと影鬼くんの関係がどう繋がるのか分からない男の子にとって、今この動画を見る意味は分からなかった。

 そんな男の子を言い出しっぺの女の子は諫めながら、スマホの画面を見せつける。

 

『退屈で平凡で、何の刺激もない日常・・・毎日毎日変わりのないことばかりで、面白みのない日々・・・みんな、そんな毎日を過ごしてないかなっ☆?』

 

 画面の中で、マリネはしょぼくれた顔を見せている。

 しかし、そこでいきなりずいっと顔を近づけてきた。

 

『そんなみんなにグッドニュース☆!!今日もマリネが皆にとっておきの魔法を教えちゃうよ~っ☆!!』

 

 突如としてテンションを爆上げしたマリネが、嬉々とした様子で甲高い声を上げる。

 

『この世界は退屈だけど、それは面白いモノたちが隠れてるだけだからっ☆!!そんな楽しいモノを呼び寄せちゃうおまじないがあるんだっ☆!!でもでもっ!!☆ぜ~んぜん、難しくなんてないから安心してねっ☆!!』

「「「「・・・・・・」」」」

 

 いつの間にか、そこに集まったメンバーは動画にくぎ付けになっていた。

 そこに来た理由すら、今は頭の中から消えていたかもしれない。

 

『方法は簡単っ☆!!まずこうやってお祈りするみたいに両手を合わせてね?目を瞑って3回その場で回っちゃうだけっ☆!!ねっ☆?簡単でしょっ☆?』

 

 画面の中で、マリネは自分の言う通り目を瞑ってクルクルとその場で回った。

 その動きは恰好も相まってコミカルで、ピエロのようにも見える。

 3回回り終わったマリネは、目が回った演技をするようにわざとらしくふらつくと、そこでもう一度画面を見た。

 

『あははは・・・目が回ちゃった・・・みんなはやる時にぶつかったり転んだりしないように気を付けてね☆・・・あっ☆!!そうだっ☆一個大事なこと言い忘れてたよ~☆!!このおまじないをするときに、絶対にやらなくちゃいけないことがあるんだっ☆!!それはね・・・』

 

 その瞬間、ほんのわずかな間だけ、マリネの顔が真顔になった。

 しかし、それは本当に一瞬で、すぐに元の軽薄な笑みに戻る。

 

『それはね、信じることっ☆!!本当にそれだけなんだよっ☆!!そういうモノが近くにいるって思うだけなのっ☆!!もしも名前があるのなら、呼んであげるのもいいかな~☆・・・あっ☆!!もうこんな時間だっ☆!!』

 

 どうやら、この動画はそのおまじないの紹介で終わりのようだ。

 マリネは画面を真正面から見据えると、ヒラヒラと手を振った。

 

『それじゃあ、みんな、まったね~☆!!みんなと、そしてマリネの毎日がっ☆!!刺激的でスリリングでエキサイティングになるの、楽しみにしてるからね~☆』

 

 そこで、動画の再生は終わった。

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

 みんな、その場でしばらく固まっていた。

 もう動画が終了したスマホの画面を、それでもまだ何かが流れているかのようにじっと見つめる・・・

 

「・・・っ!!ね、ねぇ、それで、どうするの?」

「あ、ああっ!!っていうか、お前が考えたって言ってたけど、結局マリネが考えた方法なんじゃねぇか」

「うるさいな・・・どうやって名前を呼ぶか考えたのはアタシなんだからいいでしょ」

 

 少ししてから、噂を知らなかった女の子が目が覚めたように口を開けば、他の面々も会話に戻る。

 元々は影鬼くんを呼ぶ方法の説明とのことだったが、動画を見るに、言い出しっぺの女の子が考えた方法とは言っても、それは本当に一部分だけのようだった。

 

「それで?どうやって呼ぶんだよ?」

「そんなに焦らなくても、今から言うわよ・・・え~っ、コホンッ!!」

 

 どこかしらけたように男の子が口を開けば、言い出しっぺの女の子もばつが悪かったのか、眼を逸らす。

 しかし、やる気は十分なのか咳ばらいを一つすると、真剣な顔でおまじないを唱えだした。

 

「・・・影鬼くん、影鬼くん、遊びましょ?影鬼しましょ?楽しい楽しい、影鬼しましょ?」

 

 

--ザァッ・・・

 

 

 女の子がそう唱えた瞬間、風が吹いた。

 裏庭に生える木々が揺れ、木の葉が舞っていく。

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

 あきらかにチャチで、どう考えても子供が適当に考えた呪文にしか聞こえないのに、それを茶化そうという空気は微塵もなかった。

 

「・・・じゃあ、やるわよ」

「・・・おう」

「う、うん・・・」

 

 その場のどこか張り詰めたような空気に追い立てられるように、各々は自然と円を描くように並ぶ。

 十分な間隔をとった後、全員はそこで手を合わせて目を瞑った。

 そして・・・

 

「「「「・・・影鬼くん、影鬼くん、遊びましょ?影鬼しましょ?楽しい楽しい、影鬼しましょ?」」」」

 

 3回その場で回りながら、さきほど覚えたばかりの呪文を唱えた。

 

 

--・・・・

 

 

 今度は、風は吹かなかった。

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

 眼を開けた後も、全員しばらくピリピリとした雰囲気で辺りを見回していた。

 さっきまでは風の吹く音や木の葉の揺れる音がしていたのに、今は耳が痛いほどの静寂がその場を包んでいる。

 そして、しばらくそうしていたが・・・

 

「何も起きないな・・・」

「そうだね・・・」

 

 不意に男の子がそう言うと、空気が緩んだ気がした。

 それに釣られるように、周りも口を開く。

 

「お前の考えた呪文が悪かったんじゃね?」

「うっさいわね!!あんたこそ、マリネが言ってたみたいにちゃんと信じながらやってなかったんじゃないの!?」

「あはは・・・私は、失敗してよかったかも」

 

 口々に言い合うが、みんな、どこか安心したような雰囲気であった。

 そこにいた面々は、マリネの言う通り本気で信じておまじないに臨んだ。

 だからだろう、こうも思ったのだ。

 

((((本当に影鬼くんが来ていたら、どうなっていたんだろう?))))

 

 本気で信じていたからこそ、影鬼くんが来ていた場合を不安に思ったのだ。

 しかし、実際には来なかった。

 だから、みんな安心したのだ。

 

「おい。もうこんな時間だし帰ろうぜ」

「そうね。あ~あ、帰ってマリネの過去動画でも見よっと」

 

 そうして、その場は解散ということになったのだった。

 

 

-----

 

「すっかり遅くなっちゃったな・・・」

 

 すっかり日が落ちた街の中を、女の子は歩いていた。

 あの後、女の子は塾だったのだが、塾のある日はいつもかなり遅めの時間になってしまうのだ。

 

「それにしても、影鬼くんか・・・」

 

 思い出すのは、今日の夕方のこと。

 影鬼くんを呼び出そうとしたことだ。

 

「結局、嘘だったってことだよね・・・」

 

 思わず後ろを振り返って確認してみるも、特に変わった様子はない。

 外套に照らされた、何の変哲もない道路があるだけだ。

 

「そっか、そうだよね・・・ただの噂だもんね」

 

 実をいえば、女の子はあのおまじないをやるのには反対だった。

 女の子はかなりの怖がりだったのだ。

 噂を聞いた時も、正直勘弁してほしいと思っていたくらいには。

 だが結局、おまじないをやっても何もなかったため、今はホッとしているところだった。

 

「いけない、いけない・・・早く帰らないと」

 

 少しの間、女の子は後ろを見ていたが、いい加減夜も遅い時間だ。

 明日も学校があるのだから、早く帰って寝なければと思い、前を見た。

 その時だ。

 

「あれ?なにこれ?」

 

 奇妙なモノが目に入った。

 

「足跡・・・?」

 

 前方の道路の壁の影に、見慣れない泥のような物が貼りついていた。

 大きさは小学校低学年くらいの子供と同程度だろうか。

 だが、人間の子供にしては指の部分が細長く、先端には大きな爪の跡があった。

 それは道の曲がり角まで続いていて、かなり長いモノのようだったが、それよりも・・・

 

「さっきまで、こんなのあったっけ?」

 

 女の子は首を傾げた。

 自分は先ほどまで前を向いて歩いていたはずだ。

 しかし、こんなモノはなかったはずだ。

 

「・・・早く帰ろう」

 

 たまたま今まで見落としていただけに違いない。

 そうに違いないはずなのだが、不気味だった。

 女の子は足早にその場を離れようとして・・・

 

 

--カサッ・・・

 

 

「っ!?」

 

 音がした。

 何か硬いモノが、コンクリートに擦れるような音が。

 犬が道路を歩いている時に立てるような音を、無理やり押し殺したような音が。

 

 

--カサっ・・・

 

 

「またっ・・・」

 

 突然のことに立ちすくんでいた女の子は、もう一度聞こえた音で我に返った。

 心なしか、その音は近づいたような気がして・・・

 

「~~~っ!!!」

 

 そう思った瞬間には、女の子は走り出していた。

 外套に照らされた明るい道を、必死で駆ける。

 その時だった。

 

 

--ダダダダダダダダダダダダダダっ!!

 

 

「ヒッ!?」

 

 足音が、にわかに大きくなった。

 それまで獲物にバレてないように動いていたのを、急に『狩る』ために早めたかのように。

 そして、その音は凄まじい勢いで迫り・・・

 

「う、うわぁぁああああああっ!!?」

 

 無意識に、女の子は明るい道から暗い路地裏に飛び込んでいた。

 散らかったゴミを蹴飛ばしながら、必死で走る。

 

(影鬼くんは、獲物が影に入ったら見失うって言ってた!!なら・・・)

 

「こ、このままぁ・・・!!」

 

 そうして、女の子は路地裏を懸命に走っていくのだった。

 

 

-----

 

「ここまで来れば、大丈夫だよね・・・」

 

 路地裏の壁にもたれてしばしの間休んでいた女の子は、そう言って立ち上がった。

 

「もう、足音もしないし・・・」

 

 しばらくの間影の中で大人しくしていたが、あれほど大きくなっていた足音ももう聞こえない。

 どうやら撒けたとみてもよさそうだ。

 

「ふぅ・・・でも、本当にいたんだ」

 

 噂を怖いとは思った。

 おまじないをして、本当に来てしまったらどうしようとは思った。

 しかし、本当にいるとまでは思っていなかった。

 

「マリネの言ってたこと、本当だったんだ・・・」

 

 思い出すのは裏庭で見た動画のこと。

 耳に蘇るのはあの言葉。

 

 

--この世界は退屈だけど、それは面白いモノたちが隠れてるだけだからっ☆!!

 

 

「・・・いけない、逃げられたのなら、早く家に」

 

 自分がこれまで知らなかった、この世界の真実。

 それを目の当たりにして、女の子はつい茫然としてしまった。

 だが、そんなことをしている場合ではないと、自分の頬をはたく。

 

「えっと、なるべく影の中を通るようにして・・・」

 

 自分に活を入れた女の子が、なるべく影の多い場所を見つけて一歩を踏み出す。

 しかし、だ。

 

「え?なんで明るく・・・?」

 

 暗い路地裏に、唐突に光が差し込んだ。

 自分のが前に踏み出した足が、くっきりと見える。

 それは街灯の灯りではない。

 

「月の、光・・・」

 

 建物の影に遮られない真上から、月が女の子を照らしていた。

 そして・・・

 

「あ、れ?」

 

 女の子は、身体を襲う違和感に気が付いた。

 

「動け、ない・・・?」

 

 身体が動かなかった。

 動かそうと思っても、ピクリとも動かない。

 目線すら変えられず、ただただ月明りに照らされる自分の足と、その影しか見ることができず・・・

 

『・・・・・』

「え?」

 

 目が合った。

 

「え?え?え?」

『・・・・・』

 

 いつの間にか、自分は見られていた。

 

『・・・・・キヒっ!!』

「ヒッ!?」

 

 ソレは笑っていた。

 自分の影の中で。

 気が付けば、影の中に顔があったのだ。

 まるで人間の顔を無理矢理歪めたようなしわくちゃの顔に、血が滲んだような赤い眼。

 そして、ノコギリのように細かな歯がいくつも生え、耳まで裂けた口が笑っていた。

 

『ニンゲン、ニンゲン・・・ツカマエタ』

「あ、ああああああああああああっ!?」

 

 

--ガッ!!

 

 

 影から、黒い手が伸びてきた。

 その腕と指は細長く、枯れ枝のよう。

 しかし、その先端についた太く歪んだ爪が、女の子のふくらはぎに食い込んでいた。

 そして、女の子の足をとっかかりにするように、ソレはズルリと影の中から姿を現す。

 

『ニンゲン、ニンゲン・・・アア』

 

 猿のように小柄で、毛だらけ。

 だが、顔はかろうじて人間のようだと思える。

 それが不気味だった。

 ソレは、影鬼くんは、恐怖と痛みで顔を引きつらせる女の子を愉悦に満ちた眼で見つめると・・・

 

『クウ!!クウゾ!!ニンゲン!!』

「ヒィッ!?イヤアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 その大口をガバリと開け、涎を垂らしながら女の子に飛び掛かる。

 乱杭歯のように並んだ黄色い歯が、女の子の柔らかな肌に触れ・・・

 

「紫電」

『ギッ!?』

「え?」

 

 突然、影鬼くんが吹き飛んだ。

 道路の壁に、小さな身体が串刺しになっている。

 

「え?え?」

 

 女の子が状況について行けず、眼を白黒させていると・・・

 

「一晩で4匹も、バラバラの場所に出るなんてね・・・」

「無駄に手間かけさせてくれるよね。そっちは・・・」

「大丈夫。黒飛蝗で対応済み。この子が一番危なかったから直接来たけど、いらなかったかな」

 

 すぐ傍に、黒いマントを着た青年と、白い着物を着た女が立っていた。

 それは、まるで・・・

 

「く、黒マントに、白女!?こっちも本当にいたなんて・・・」

「え?何それ?」

「口を慎め、ガキ。妾はともかく、貴様のようなチビガキが誰の許しを得て久路人を見て・・・む」

「あ、雫、そんなにプレッシャーかけたら・・・」

「う~ん・・・」

 

 まるで大蛇に睨まれたような気配を感じ、そのあまりのショックに、女の子は気を失ってしまうのだった。

 

 

-----

 

「はぁ~・・・それにしても・・・」

 

 夜の街を、僕と雫は並んで歩いていた。

 さっき道で襲われていた女の子は、おじさんから借りた術具で記憶を少しいじった上で交番の前に寝かせておいた。

 後はお巡りさんがなんとかしてくれるだろう。

 あの子を狙っていた妖怪は消し飛ばしたことだし。

 

「その記憶を操る術具、便利だよね。あ~あ、私も記憶を消したところで久路人に拉致られて、生意気に反抗したところを乱暴にわからせられたかったな・・・」

「僕たちには効果なかったからね。元々霊力の高い人には効きにくいらしいけど、僕たちにはその上で耐性が・・・って、そこじゃないよ!!っていうか、何その無駄に具体的で犯罪的なシチュエーション!!」

「え?でも、メスガキわからせプレイって一回はやってみたくない?今の私たちなら子供の姿にもなれるし、それで」

「雫の場合わからせる方じゃなくてわからせられる方だけど、そこはいいのかよ。興味なくはないけどさ・・・・って、そうじゃないよ!!最近の街のことだよ!!さっきの子だって・・・」

「私のこと、見えてるみたいだったしね・・・そんなに霊力も高くなさそうだったのに」

 

 雫の突然の変態発言で脱線しかけたが、僕が言いたかったのはそこだ。

 この街は、元々おじさんの構築した結界で覆われており、小規模の穴が空くことはあっても、早々妖怪たちも活動はできないはずなのだ。

 そして、雫は普通の人間には見えない。

 だが、さっきの状況はそのどちらも破綻していた。

 

「やっぱり、この辺りの霊脈が乱れてるんだね」

「うん。結界は霊脈に依存する要素が多いらしいんだけど、その根元から歪んじゃったから結界もおかしくなってるらしいんだ。おじさんがそう言ってたよ」

 

 霊脈とはこの星を巡る霊力の流れのことで、穴の空いた土地や霊能者がいる土地などにある霊力が大地にしみ込んだなれの果てと言われる。

 通常は大地の奥深くを流れているために利用はできないのだが、この白流市はそんな霊脈が顔を出している珍しい土地とのことで、街そのものを覆うような大規模な結界を貼れているのも、その霊脈を利用しているからだ。

 しかし今、その霊脈に乱れが発生しているのだという。

 それによって、結界が不安定になっているらしく、特に妖怪が活発になりやすい夜にはこの白流の地は異界と言ってもいい場所になっているとのことだ。

 

「行こうか、雫。今日もこのままパトロールね」

「は~い。ふふ、夜のデートだと思えば、これも中々・・・」

「気持ちは嬉しいけど、しっかりね。なんせ・・・」

 

 そして、何故霊脈に乱れが発生しているかと言えば・・・

 

「これも、ほとんど僕らのせいなんだしね」

「わかってるよ。しっかりやるって」

「ん。それじゃ、行くよ」

「うん!!」

 

 僕の、いや、僕と雫のせいなのであった・・・

 

 




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