白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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最近少しスランプ気味かも・・・
日常の話を山なし落ちなしで書くのって難しい。


白流怪奇譚3

「しっかし、蒸し暑いねぇ・・・これ、そんなにグイグイ引っ張るんじゃないよ」

「・・・・・」

 

 昼間の蝉に代わって、ジージーとクダマキモドキが鳴く夏の夜。

 白流市の郊外にある道を、老人が歩いていた。

 老人の手にはリードが握られており、一匹の柴犬が老人の先を進んでいる。

 日課の犬の散歩ではあるが、どうやら犬は老人を自分より格下と思っているようだ。

 

「ふぅ~・・・昼間はなんだか最近騒がしいけど、さすがに夜中は静かだね。お前の散歩も夜じゃないとやりにくいし、困ったもんだ」

「・・・・・」

「あ、こら。だからそんなに前に行くなって・・・」

 

 『さっきからウルセージジイだな』とでも言うような眼で老人の顔を一瞥すると、犬はすぐに前を向いて歩き始めた。その歩みは堂々としており、飼い主である老人が引きずられるように付いて行っているのを気にしている様子はない。

 そのまま歩き続ける一人と一匹だったが、そんな彼らの前にポツポツと立つ街灯の灯りではない、別の光が現れた。

 それは、田舎ならば目にする機会も多いであろう、ありふれたモノ。

 

「う~ん・・・今日もあんまり売れてないねぇ」

 

 老人は道端に無造作に設置された棚と、そこに置かれた野菜を見てため息を吐いた。

 老人が見ているのは野菜の無人販売所だ。素人が無造作に取り付けたのが丸わかりの蛍光灯に照らされており、夜間でも明るい。

 現在老人が歩いている辺りは老人の所有する畑が広がっているのだが、そこで収穫された野菜の一部を近隣住民へのおすそ分けと見た目が悪いモノの在庫処分を兼ねて打っているという訳である。

 まあ、老人の反応を見るに繁盛しているとは言い難いようだが。

 

「・・・・・」

 

 犬も小休止とばかりにあくびをしてから適当に小便でマーキングし、地べたに横になっている。

 近くには川が流れているので、ここは夏でも比較的涼しいためか、犬も休憩するつもりのようだ。

 老人がこの無人販売所に来るとしばらくは点検やら金の勘定やらで時間がかかるということを知っているのだろう。

 案の定、老人は棚をゴソゴソといじっては数と小銭を確認している。

 

「ん?」

 

 そこで、老人は怪訝な声を上げた。

 

「おかしいな?勘定が合わん。いや、それよりも・・・」

 

 この白流市は治安も良く、ここで野菜を買っていく者たちも無人販売所だろうが張り紙に書いたとおりの値段を置いていってくれる。

 売れゆきはともかくとして、今まで野菜が減った個数と、増えた小銭の額にズレが出たことはない。

 しかし、小銭を溜める缶の中身と今残っている野菜の数が合っていないのは事実であった。

 それだけならば、一人か二人が入れる額を間違えた可能性もあるのだが、問題は残った野菜の量だった。

 

「キュウリだけ、ごっそりなくなっておる・・・」

 

 棚の中にはナスやらトマトやらが少々萎びた状態で残っているのだが、一緒に入れておいたはずのキュウリだけがすべて消えていた。

 1本や2本がなくなっているぐらいなら小銭の額が合わないのもわかるが、これはいくら何でも無理がある。

 

「泥棒か?いや、金は持ってかれてないから、違うか?というよりも、なんでキュウリだけが・・・?」

 

 考えられるのは野菜泥棒だが、それにしては不可解な点が多い。

 泥棒なら金も盗んでいくだろうし、キュウリ以外の野菜には手が付けられていないのも気になる。

 もしかしたらよほどのキュウリ好きなのかもしれないが、そんな奇特な存在がいるのか?という疑念がわく。

 

「う~ん・・・これは一体なんなんだか」

 

 そうして老人が無人販売所の前で首をひねっていた時だ。

 

「・・・ワンっ!!」

「うおっ!?どうしたんだっ!?」

「・・・グルルルル」

 

 それまで退屈そうな顔で寝そべっていた犬がガバッと起き上がり、吠え始めたのだ。

 この犬は頭のいい犬で、彼我の実力差というものをよく理解しており、格付けを正確に行うというのを老人はよく知っていた。

 家に他の人間が来ても、大して強くもなさそうなら見向きもしない。

 そんな犬が、すぐ近くの茂みに向かって唸り声を上げている。

 

「な、何かいるのか・・・?」

 

 老人は、手を振るわせながら持っていた懐中電灯の灯りを暗闇の中に向ける。

 光に照らされるのは何の変哲もないただの草むらだけだ。

 

「な、何もいないじゃないか・・・」

 

 声を震わせつつも、老人は周囲を確認するが、ナニカがいる気配はない。

 聞こえるのは川のせせらぎの音だけ・・・

 

(いや、待て!!さっきまで聞こえてた虫の声は?)

 

 いつの間にか、うるささまで感じていた虫の声が、全く聞こえなくなっていた。

 それに気付くと同時に、急に辺りの空気が冷え込んだような感覚がする。

 心なしか息もしづらくなったような、圧迫感も感じていた。

 

「グルルルル・・・」

「な、何なんだ、一体・・・」

 

 犬はさっきから変わらずに唸り声を出し続けている。

 その唸り声に促されたように、老人としてもすぐさまそこを離れたいという想いで胸が一杯になっていった。

 

「と、とにかく。確認も終わったし帰るぞ!!とりあえず野菜泥棒がいるかもって、明日警察に・・・」

 

 『とにかくここから早く帰りたい』という表情で、老人は犬のリードを引っ張った。

 心の中の動きを表すように、その動きは荒っぽい。

 犬はなおも神経質に辺りの臭いを嗅ぎながら唸っていたが、草むらから何も出てくる気配がないためか、老人の手の動きに従って道の方に向き直って足早に進み始める。

 老人もそれに続くように道に出て、人通りのある方へと走り出そうとした瞬間。

 

 

--ガサッ

 

 

「っ!?」

 

 草むらが揺れる音がした。

 

「ワンッ!!ワンワンッ!!ワオォォォオオオオオンッ!!!」

 

 同時に、犬がそれまでに増して強く吠えたてる。

 まるで、すぐ近くに自分たちの『敵』がいるかのように。

 

(一体、一体何が・・・)

 

 そして、『見てはいけない』と体の奥底から叫んでいるのに、つい反射的に老人は振り向いてしまった。

 懐中電灯の灯りが、さっきまで何もいなかった茂みを照らす。

 そこには・・・

 

「クケケ?」

 

 ナニカがいた。

 光に照らされて、身体を覆うぬめりを帯びた液体が光っていた。

 反射光は全身から光っているが、特に頭部の辺りが強い。

 背丈は老人の腰の高さほど。人間の子供くらいの大きさ。

 しかし、ソイツの身体は緑色だった。

 そして、その顔は明らかに人間のモノではなかった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「クカァアアアアアアアアアアっ!?」

「ワオォォォオオオオオンッっ!!」

 

 老人が叫び声を上げるのと同じくして、ナニカの顔に付いた嘴からも怪鳥のような奇声が迸る。

 犬もパニックを起こしたように喉を震わせて吠えた。

 夏の夜に3つの叫び声が響く。

 

「・・・う~ん」

 

 そして、あまりに衝撃的な光景に、老人の意識はブラックアウトしていくのだった。

 

 

-----

 

「『白流市でUMA現る!?』か・・・」

「ここがそのお爺さん倒れた場所だね・・・なんか野次馬がいるよ」

 

 新聞の切り抜き記事を片手に僕が呟くと、雫が辺りを見回しながらそう言った。

 雫の言う通り、この川の近くの道にカメラやらスマホを持った人たちがウロウロしている。

 今が昼間だからというのもあるのだろうが、心霊スポットと同じようにこういった噂というのは人を集めるものなのだろう。

 しかし、だ。

 

「本当に大丈夫なの?雫。今は明るいし人はいるし、あんまり派手なことはできないよ?」

 

 普段僕たちのパトロールは夜に行っている。

 それは妖怪たちが夜に活発になるのもあるが、仮に戦闘になっても大きな騒ぎになりにくいというのも大きい。

 だが、今日の朝に市が発行している地方紙にあった、気絶して病院に運ばれたという老人の『キュウリがなくなった』だの『緑色の化物』がいた『犬は儂を置いて家に帰って寝てた』だののコメントを見て、雫は『よし、行くよ久路人』と家を出る準備を始めたのだ。

 昼間は雫の姿も他の人間には見えなくなるので、そこはありがたいが。

 

「大丈夫大丈夫!!この水の大妖怪たる雫さんに任せなさい!!」

 

 そんな不安げな僕に、雫は薄い胸をペシンと叩いて得意げな顔をする。

 その胸部とは対照的にどうやら自信が・・・

 

「・・・なんか言いたいことあるなら聞くけど?」

「なんでもありません」

 

 僕の視線に気づいたのか、胸を手で隠しながらじっとりした眼で雫は僕を睨む。

 この夏真っ盛りの時期に霜が降りたらUMA並みの騒ぎになるのは確実だ。

 

「夜には夢中で赤ちゃんみたいに吸い付いて来るくせに・・・まあ、いいや。久路人も知っての通り、私ってかなり格の高い水にまつわる妖怪だよね?」

「うん。それは知ってるけど・・・」

「そして、そのお爺さんが出くわした妖怪は、まず間違いなく『河童』に違いない」

「僕は見たことないけど、まあ、そうだよね」

 

 河童。

 それは小規模の穴、力のある個体ならば中規模の穴から出てくる妖怪だ。

 日本各地に様々な伝承が残っているが、それらはおおむね正解らしく、個体によって有する性質や気質が異なるのだとか。

 全身緑色で頭に皿があり、相撲とキュウリが好きというのは共通しているらしいが、キュウリが好きなのは水の神に捧げる代表的な供物というのは関係なく、単純に味が好みだからという。

 人間との関係は比較的良好というべきか、河童側から襲い掛かるようなケースは稀で、大抵は人間が瘴気のせいで怯えて追い払おうとするのがほとんどだ。

 川や池を住処にするが、忘却界が展開されている今の現世では霊脈が表出した場所や白流市のような特殊な結界に覆われた場所以外にはおらず、大半は常世に移っている。

 ・・・ここまでが僕の知る河童の知識である。

 

「そう!!それが河童だけど、ここで大事なのは川や池が好きな、水属性の妖怪だってこと」

 

 僕が河童について知っていることを言うと、雫は大仰に頷いてみせる。

 

「ところでさ。久路人って水辺で水属性の妖怪に襲われたことってないでしょ?」

「そういえばそうだな・・・川で襲われたことはあるけど、それだって小鬼とか他の場所で見かけるようなやつらばっかだったけど・・・もしかして、雫がなんかしてくれてたの?」

 

 これまで僕は多くの妖怪に襲われてきたが、水属性の妖怪に襲われたことはほとんどない。

 

「その通り!!妖怪っていうのは実力主義だからね。普通は力の強い妖怪がいたら近寄ってこないんだよ。特に同じ属性の霊力を持ってる場合は実力差が分かりやすいし・・・まあ、実力差も分からないような馬鹿は別だけどね」

「そうだったんだ・・・ありがとう、雫」

「いいのいいの!!それが護衛の仕事だもん。それに、これまでは久路人の神の力の影響が強すぎて水属性以外の妖怪には意味なかったしね・・・それで話を戻すけど、要は妖怪は縦社会で、中規模以下のやつらは同じ属性で格上のヤツには絶対服従するってこと」

「そうなると、雫がやろうとしているのは・・・」

 

 そこで、僕は雫がやろうとしていることに察しがついた。

 

「うん。夜中にここまで来るのは面倒くさいし、他の妖怪と戦ったら気づかれて逃げられちゃうし、今の内に『オハナシ』しよっかなって・・・倒れたお爺さんに目立った傷はなかったらしいし、殺しもしてないから、こっちも上に立つ者として命を取るまではいいかなって私は思うけど、久路人はどう?」

 

 今の僕らの目的は、この土地の平穏を守ること。

 暴れる妖怪は鎮圧し、そうでないならば静観する。

 今回の件だって、河童が人間に積極的に危害を加えるならば討伐、大人しいようならばまた人を驚かせないように注意をすることになる。

 前情報からすると後者の可能性が高い以上、雫の言うやり方で問題はないだろう。

 

「うん。僕もそれでいいと思うよ。それにしても、なるほど。だから霊力を抑えて昼間に来たんだね」

 

 今は僕も人外となって身体が頑丈になったので、雫ともども結界の保全や穴の抑制のために霊力を抑え込んでいる。

 これによって妖怪からも襲われなくなったのだが、これまで穴から出た妖怪にとっての撒き餌としては有効だったので一長一短かなと思っていた。

 しかし、雫の考えているように妖怪と交渉をする場合には今の方がいいだろう。

 

「それじゃあ早速行ってみよっか」

 

 雫はそう言うと、ふよふよと宙に浮きながら茂みの上を通過し、川の岸に降りる。

 僕もそれに続いて、周りの野次馬に見つからないように素早く草むらを通過した時には、雫は川の水に手を触れていた。

 そして、一言呟く。

 

『来い』

 

 

--キィン・・・

 

 

 その瞬間、一瞬だけ真冬のように冷たい風が吹き抜けた。

 それはいわゆる『言霊』だ。

 雫は声に己の霊力を乗せて、この周囲一帯に己の存在を知らしめたのである。

 すると・・・

 

 

--バシャァアンっ!!

 

 

「っ!!」

 

 

 大きな水音と共に、小柄な影が川の中から飛び出してきた。

 その影は勢いよく、まるで弾丸のように僕らの方に向かってきたが、僕らの足元にたどり着く前に川に盛大に落下する。

 

「クカッ!!」

 

 しかし、鳥のような声を一声上げると、影は落ちてきた勢いそのままに、水切りのように水上を滑ってこちらにやって来る。

 そして・・・

 

「お、お呼びでござっ、ごごご、ござっ、ございましょうかぁっ!!」

 

 実に見事なスライディング土下座を決めつつ、派手に嚙みながら、『河童』は雫にお伺いを立てるのだった。

 

 

-----

 

「さて、よく参ったと言いたいところだが・・・貴様にいくつか聞きたいことがある」

「へ、へぇ!!何でございやしょう!!なんでもお聞きくだせぇ!!」

 

 氷で作った椅子に足を組んで腰掛けながら、雫は川の中で土下座をする河童を見下ろしながら言った。

 その姿はまるで女帝、いや、女王様であった。鞭とか持っていたら様になりそうである。

 河童は頭の皿から水を零しながらも川底に顔を伏せているのだが、不思議とその声は聞こえていた。

 

「昨日の晩、この辺りを歩いていた老人が緑色の化物に会ったと聞いたのだが・・・それは貴様で相違ないな?」

「き、昨日の晩ですかい?・・・ああ!!間違いございやせん!!確かに人間のジジイと犬に出くわしやした!!すごい大声で叫ぶもんだから、あっしもハラワタが飛び出るかと思うくらい驚きやしたが・・・」

 

 まずは事実確認。

 予想通り、この河童が今UMA扱いされているヤツに間違いないようだ。

 一応、老人を驚かせたのはわざとではないみたいだが。

 

「ふん、そうか。やはり貴様で間違いないようだな・・・次の問いだ。貴様はいつこの地に来た?」

「へ、へぇ!!あっしがこの現世に来たのは、5日ほど前でございやす。常世におりましたら、目の前に穴が開きまして、つい・・・」

「5日前か・・・ここに来てからは何をしていた?」

「ここに来てからは、住処を探しておりやした。穴が開いたのがこの川の上の方なんでやすが、もっと下にいい場所はねぇかと、少しづつ降りてきたんでございやす。ここは常世に比べりゃ大物はいやせんが、それでも時折強いのと出くわしそうになったんで・・・」

「そうか・・・ならば、他の人間には会っていないのだな?」

「へ、へい・・・」

 

 雫の底冷えするような声で行われる詰問に、河童はプルプルと震えながら答える。

 その姿はどことなく憐れみを誘うものであったが、雫が意に介した様子はない。

 妖怪が縦社会というのは本当らしい。

 雫はその調子のまま、淡々と質問を続けていく。

 

「では次だ・・・貴様、人間の育てた野菜を盗み食いしたそうだが、それは真か?」

「は、はい?」

「それは僕も気になるな」

 

 その質問の答えは、僕も興味があった。

 それまでどこか蚊帳の外みたいな立ち位置だったが、そこで僕も会話に加わる。

 

「えっと・・・その、貴方様は?何やら、そこの御方と親しそうでありやすが」

 

 突然割って入ってきた僕が気になったのだろう。

 河童は頭を上げて僕の方を見た。

 恐らく僕が、雫と関わりの深い人物というのを察したのか、人間の姿にしか見えない僕にも態度は丁寧だ。

 その顔はどこか雀とかその辺の小鳥に似ていて、なんとなく愛嬌があった。

 

「貴様・・・!!誰が頭を上げていいと言った?あまつさえ、誰の許しを得て久路人を見ている?」

「ヒィッ!?も、申し訳ございやせん!!」

 

 しかし、絶賛パワハラ中の雫にとって、河童のその行動は腹に据えかねたらしい。

 ピキンと河童の周囲だけ川の水が凍り、頭を残して氷漬けになる。

 

「まあまあ、雫。落ち着いてよ。これじゃあ話もおちおちできないって・・・えっと、僕は月宮久路人で、こっちは水無月雫って言うんだ。僕は人間にしか見えないだろうけど・・・よっと」

 

 そこで僕は猛る雫をなだめて氷を溶かしてもらいながら、人化の術を解除して、角と尻尾を生やした半妖体になる。

 人間を止めて少し経ったが、精神的に昂っていなければ、この姿でも霊力を抑えられるようにはなった。

 河童は僕の姿を見て、嘴をパカンと開けて茫然としていた。

 

「く、黒い鱗の尾に、その角は・・・ま、まさか黒龍様ですかい!?」

「厳密には龍じゃないけど、見ての通り人間ではないよ。それで、君には名前ってあるのかな?」

「あ、あっしの名ですかい?あっしは、三郎と申しやす。字はありやせん・・・」

「そうなんだ。じゃあ、三郎さんって呼んでもいいかな?」

「も、もちろんでございやす!!というか、あっしごときに『さん』なんぞいりやせん!!ただの三郎で十分でさぁ!!」

 

 『なんか刑事モノで出てくる、飴役の刑事みたいになってるなぁ。もちろん鞭役は雫で』と思いつつ、僕は河童の三郎と会話を続ける。

 

「・・・・・じ~」

 

 隣からなんとなく面白くなさそうな雫の視線を感じるが、今の雫だとさっきより派手な鞭を出しそうなので、ここは僕に譲ってもらおう。

 

「わかったよ。なら三郎、さっきの質問なんだけど、君が人間の育てた野菜を食べたのは本当かい?」

「そ、それは・・・へい。こっちに来てからあまり食えるものがなくて、つい。その、旦那、あの野菜は食べちゃいけないものだったんですかい?あんなところに見張りもつけずに置いておくなんて、おかしいとは思いやしたが」

「え?」

 

 その三郎の答えに、僕はポカンとした表情になった。

 

「あ~・・・常世から来たばっかりじゃそりゃそうか。あのね、久路人。常世だと、多分今でも貨幣経済が浸透してないんだと思うよ。弱いヤツと強いヤツで、お金で取引しましょうなんて言っても聞いてくれないだろうし」

 

 そんな僕に、雫がどこか得意げな表情で助け舟を出した。

 なるほど、僕は常世に行ったことはないが、あそこは弱肉強食の世界だと聞いたことはある。

 力こそがルールというのがまかり通っているのならば、確かにお金に価値はあまりないだろう。

 

「それじゃあ、まあ、しょうがないのかな?そういうルールの存在を三郎は知らなかったわけだし。初犯だし。農家の人には僕が立て替えておくとして・・・あのね、三郎。現世の人間は、お金ってモノを使って欲しいモノを交換してるんだ。あれは、そのお金を払った人が持って行っていいものなんだよ」

「は、はあ、そうなんですかい・・・しかし、旦那、見張りを置いとかなきゃ、そのお金ってヤツを置いてかないで持って行っちまう奴らばかりになるんじゃ?」

「そこはまあ、信用っていうか、お金を払わずに持っていったのがバレたら罰を与える人たちがいるってみんな知ってるからね。だから普通はみんなお金を払うんだよ。三郎も今回は初めてだから見逃すけど、次はダメだからね?もしどうしても現世でキュウリが欲しかったら、まず僕らに相談するように。あと、人間に迷惑をかけるようなこともしないこと・・・よし、この鎖をあげるから、何かあったらこの街の一番強い結界のある家に来て。僕の作ったものを持ってれば門前払いはされないだろうから」

「へ、へい!!肝に銘じやす!!」

 

 僕が即席で黒鉄の鎖を作って渡すと、三郎は威勢のいい声でそう言うのだった。

 雫の話によれば、妖怪は上位の存在に頭が上がらない。

 こうして言って聞かせた以上、老人を驚かせた妖怪への対処は終わったと言っていいだろう。

 

「話はまとまったみたいだけど・・・おい貴様。貴様はこれからどうするつもりだ?久路人の作った品を受け取ったようだが、現世に残るのか?」

 

 一通りするべき話をし終えた後、雫が三郎の持つ鎖にじっとりとした視線を向けつつそう言った。

 ・・・なんとなく、三郎に渡したのが鎖でよかったと思う。これで腕輪とか指輪を作っていたら、色々と拗れていたような気しかしない。

 

「そうか。現世で住処を探してるって言ってたけど、常世に帰るって選択肢もあるのか。いや、そっちの方が真っ当か」

「うん。この街はほとんど毎日どっかで穴が開くんだし、近くで穴が開いた時に突っ込んでやれば帰せると思うよ」

 

 だが、雫の言葉に思わず僕は唸った。

 ほぼ初めてであった話の分かる妖怪だから自然と納得してしまっていたが、妖怪とは本来常世の住人。

 次に穴が開いた時にでも、常世に帰すという方法だってある。

 三郎に家族がいるのかは知らないが、元々の故郷に帰す方がいいのではないだろうか。

 

「そ、それは勘弁してくだせぇ!!奥方様ぁっ!!」

「お、奥方様・・・?それは妾のことか?」

「へ、へぇ!!月宮の旦那の奥方がと思ったんですが、違いやしたか?」

「い、いや。間違いではないぞ!!確かにまだ籍は入れていないが、もう数年で夫婦になる契りは交わしているからな・・・なんだ。中々見る目があるではないか、貴様」

(・・・雫、結構チョロいな)

 

 それまでどこか三郎に対して塩対応だったのが、今の一言だけで大分緩んだ気がする。

 彼氏として少々心配だが、それは後でゆっくり考えるとしてだ。

 

「勘弁してってことは、三郎は常世に帰りたくないのかい?」

「へ、へい・・・」

 

 さっき雫に氷漬けにされかけた時とはまた違う恐怖を顔に貼り付けながら、三郎はそう言った。

 その身体は相変わらず震えているが、さらに震えが強くなったように見える。

 

「今、常世には化物みたいに強い鬼がいるんでさぁ。そいつは、弱い奴も強い奴もお構いなしで殺しまくるんで、あっしも目の前で穴が開いた時にはこれ幸いと飛び込んだんです。アイツから逃げられるならって」

「常世にそんなヤツが・・・」

「おじさんは何も言ってなかったけどなぁ・・・」

 

 おじさんの話では、常世には七賢の内、第4位、6位のフィクス夫妻と7位の鬼城という人が担当しているらしい。また、現世と常世は異なる世界ではあるが地形などは一致しているらしく、特に穴が開きやすいエリアも共通している。現世でもかつて魔術の中心であったロンドン、そして八百万の神が住むと言われた日本は世界的に見ても不安定な地域で、フィクス夫妻は現世のロンドンに当たるエリア、鬼城さんは日本を受け持っているのだとか。東に一人、西に二人と偏りがあるが、逆に現世側では1位の『魔人』が西、東はおじさんとリリスさんが見て回ることでバランスを取っていると聞いた。

 そういう訳で、常世の日本で何か異常があればすぐにわかると思うのだが。

 

「そ、そいつは、突然消えたり現れたりする術を使えるんです!!好き放題暴れたらすぐに他の場所に消えたり、戻ってきたりで、動きが全然掴めないみたいなんでさぁ。正直、今の常世はどこにいてもあの鬼に襲われるかもしれねぇんで、もう戻りたくないんです」

「・・・その気持ちは、わからなくもないな」

「そういえば、雫も元々は安全に生きたいから現世に戻ってきたんだっけ」

 

 三郎の語る理由にどこか遠い眼をする雫。

 雫は現世の生まれだが、生き抜くための力を付けるために常世に向かい、大妖怪となるまでに強くなってから敵の少ない現世に戻ってきたという。

 そんな雫には、強敵から逃げてきたと言う三郎の境遇に共感できるものがあるのだろう。

 

「ならわかったよ。君は普通に話が通じる妖怪みたいだし、現世に残っていいと思う。おじさん、いや、この土地の管理をしてる人にも聞いてみるけど、断られないだろうから」

「まあ、ここに残るのなら、何か仕事はしてもらうことになるだろうがな。働かざるモノ食うべからずだ」

「あ、ありがとうごぜぇます!!荒事以外なら、何だってこなして見せやす!!」

 

 僕らがそう言うと、三郎は再び深々と土下座をして、感謝の言葉を述べるのだった。

 

 

-----

 

「これで一件落着かな」

 

 三郎が川に戻っていくのを見送ってから、僕らは川の畔に座り込んだ。

 

「考えてみると、力の強い大物以外で、あんなに話が通じる妖怪は初めてだったな」

 

 これまでは僕の周りには、僕の血を目当てに色んな妖怪が集まってきたが、三郎のように一切の暴力を介することなく会話ができたのはほとんどないような気がする。

 

「これまでは私も傍にいたし、久路人自身の霊力も凄い勢いで漏れてたから、知性はあるけど大人しいのは近寄ってこなかったからね」

「なんというか、新鮮な体験だったよ」

 

 今回の流れはほとんど雫というヒエラルキーのトップによる恐喝に近いとも言えるだろうが、三郎も危険な常世から逃れて、管理者公認で現世に住むことができるようになることを考えれば、あくまでこちら側の視点のみではあるが、悪い取引ではなかったんじゃないかとは思う。

 

「・・・また機会があれば、色んな妖怪と話してみたいかも」

 

 人間と妖怪の融和を目的とする学会の中では、『調停者』と呼ばれている役職の者がいて、今回のように人間に対して敵意を持たない妖怪が現世で生きていけるように妖怪どうしの住み分けや、現世での仕事の斡旋をしているらしい。

 まあ、普通は霊能者であっても瘴気の影響で嫌悪感は持つらしいので、妖怪と人間がなるべく接触しないように動いているとも聞いたが。

 いずれにせよ、彼らは妖怪と人間が争わないで済むように尽力している。

 

(将来は、そっちの道に行くのもいいかもな・・・)

 

 思えば、雫やリリスさんのような大物以外を除けば、妖怪と交渉するなど初めての事だったが、中々に達成感があった。

 今の僕は人間ではないが元人間なのは間違いないし、妖怪と人間が傷つけあわないような世の中になるのなら、それに越したことはない。

 

(帰ったら、おじさんに聞いてみよっかな。あ、そういえばさっきの話に出てきた鬼のことも・・・)

「えい」

「むぐっ!?」

 

 僕が考え込んでいると、頬に衝撃が走る。

 見ると、雫が僕の頬を指で突いていた。

 

「し、雫?どうしたの?」

「・・・久路人が、なんかよからぬことを考えてないかなって」

「・・・前に人助けしたときもそうだけど、雫も結構束縛強いよね」

「久路人にだけは言われたくない」

「心配しなくても、僕が他の妖怪と話すときは絶対に雫も連れて行くから」

「・・・ふんっ!!当たり前だよ」

「僕が一番好きなのは絶対不動で雫だから」

「っ!?・・・そ、そんなこととっくに知ってるよ」

 

 どうやら、雫は自分以外に僕が関心を向けることがお気に召さなかったようだ。

 まあ、僕も雫が僕以外に興味を持つようなことがあったら同じようなことになるから気持ちはよくわかる。

 

「それより!!せっかくお昼に川に来たんだからさ。ちょっと泳いでかない?」

「え?」

 

 そこで、耳を赤く染めた雫が、川の中に足を突っ込みながらそう言った。

 

「ほら。この川の近くは夏でも涼しいし、水も綺麗だし。それに、私の姿も昼なら他の人間には見えないしね?」

「そうは言っても、僕水着持ってきてないよ」

「そんなの、久路人だって私みたいに服を変えればいいじゃん」

「あ、そっか」

 

 今の僕は三郎と話した直後で半妖体のままだ。

 恰好は昔の日本軍の軍服のようだが、これも雫の霧の衣ようにある程度形を変えることができたりする。

 ついでに言えば、半妖体ならば普通の人間からも姿を見られなくなる。

 

「ほらほら、久路人も早く!!」

 

 ガシッと手を握られる。

 気が付けば雫を白い霧が包んでおり、晴れた時には、雫は黒いセパレート水着を纏っていた。

 白い肌に、水着の黒がよく映えている。

 

(そういえば、初めてのデートで水族館に行った時にも思ったな。雫と一緒に泳いでみたいって)

 

 あの時は、僕も雫の元の姿である蛇の姿になって泳ぐつもりであったが・・・

 

(まあ、これもいいな。雫と泳げるだけでも十分すぎるよ)

「わかった。今日は夕方まで泳ごっか」

「うん!!」

 

 そうして、僕は雫に手を引かれるまま、人外の身体能力のままに川を泳いで、水を掛け合い、夏の暑さを忘れたのだった。

 

 

-----

 

 

 そして数日後。

 

「『白流市に宇宙人の侵略!?宙を舞う水の謎に迫る!!』か・・・お前ら、正直に言え。これお前らだろ」

「「申し訳ありませんでした」」

 

 姿こそ見えなかったが、そのせいで空中を大量の水がひとりでに飛び交う光景が生まれたために、白流市に新たな未確認飛行物体のニュースが知れ渡ったのだった。

 

 




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