しばらく更新止まるかも
「さて、今日はここか・・・」
「来るのは久しぶりだね~」
僕らの目の前にあるのは大きな建物だった。
敷地は周辺をフェンスに囲まれ、時折雲に隠れる月の光に照らされて、まだら模様が建物の壁に浮かぶ。
その正門のすぐ傍には『市立白流小学校』と書かれていた。
「まさか、大学生になってからまたここに来ることになるとはね・・・」
正門の前に立って外から小学校を眺めつつ、僕はそうこぼした。
僕がここに通っていたのは7年ほど前だが、懐かしさのようなものはあまり感じない。
つい最近の雫とのデートでも、ここは通り過ぎただけだった。
「・・・はっきり言っちゃうと、久路人って小学校にはあんまりいい思い出ないもんね」
「そうなんだよね。中学校からは池目君たちと友達になれたし、高校なら毛部君や野間瑠君もいたからいいけど、小学校の時はな~・・・」
雫の台詞に対して頷く僕だが、本当に小学校には思い入れがない。
雫がずっと一緒だったからよかったものの、小学生の頃の僕は孤立していて、学校の行事や授業での組み分けもハブられているのがいつものことだった。
学校とは本来そういうものかもしれないが、ここにはただ勉強しに来ていただけである。
そして、僕の孤立の原因となったのは、この学校に現れた取るに足らない妖怪のせいだったのだが・・・
「まあ、いつまでもここにいても始まらないし、行こうか」
「うん」
僕と雫は、その場でジャンプして正門を軽く飛び越えて敷地内に入る。
不法侵入になってしまうが、今夜はお目こぼしを願いたい。
なにせ・・・
「白流小学校七不思議か・・・」
僕らが今夜ここに来た理由は、この学校に現れた『七不思議』を祓うためなのだから。
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それは、物部姉妹に約束の術具を渡した後のことだった。
「水無月さんたちは、七不思議って知ってますか?」
「七不思議?この大学のか?妾は知らんな」
比呂実さんがその噂について話すのを、僕は雫の頭ごしに聞いていた。
雫以外の女性と同じ席に着くという時点で、雫が最初から僕の胸板に背中を押し付けてきたのだ。
おかげで雫の毒気が薄れ、会話はスムーズに進んでいく。
「あ、ここのことじゃないです。この街の小学校の七不思議なんですよ。最近噂になってるみたいで」
「小学校の?ならば妾たちが知りようもないな。小学生の知り合いなどおらん。というか、お前はよくそんな話を掴めたな」
「比呂実は昔からその手の話が好きなのよ。知り合いには大体『怖い噂を知ってたら教えて』って言ってるし・・・妖怪に襲われる前だって、マリネとかいう女の変な配信ばっか見てたし」
「あはは・・・まあ、今回の話は本当に偶々聞いたんですけどね」
時刻は正午。場所は大学の食堂。
時間と場所がちょうど良かったので、僕らはそこで昼食を摂ることになった。
そして、術具について説明してるうちにこの街にいる妖怪の話になったのだ。
そこから、最近の不思議な噂について話題が移ったというわけだ。
「妖怪がたくさん出てくる前に映研の前を通りかかった時に、部員さんたちが揉めてて・・・なんでも『夜中に七不思議を確かめに小学校に忍び込む!!今度こそマジモンの心霊映画を撮るんだっ』とか言ってたんです。それで、ちょっと気になって聞いたんですよ」
「それはまあ、なんともスゴイ奴がいたものだな・・・しかし、結界がまだ健在の頃ならば、そんな噂になるような奴が出てきたとしても、すぐに久路人に引き寄せられたはずだ」
僕が人外になる前は、僕の力を抑え込むのが難しいせいで結界の中でも穴が開くことはしょっちゅうだった。
だが、穴が開くのは決まって僕の近くだったし、そうやって現れた妖怪は僕の放つ霊力に引き寄せられ、僕や雫に討伐されていた。
現世に来て、せいぜいが小学校の噂にしかならないようなことしかしないでとどまっているというのは少し考えにくい。
けれども、比呂実さんは比呂奈さんの方をみて、比呂奈さんが頷くのを見ると、さらに話を続けた。
「それなんですけど、実は昨日の夕方、偶々小学校の近くを通ることがあったんです。そしたら・・・」
「なんか、あの小学校から嫌な感じがしたのよ。なんとなくうまく言えないけど、ゾクって感じ・・・」
「ふむ・・・?」
物部姉妹は現代の現世では珍しく、非霊能者の家系であるのに妖怪を認識できるほどの霊力を持っている。
霊能者は妖怪や霊力には敏感になりやすく、この二人がそう言うのならば本当に何かがいる可能性はある。
だが、ここ最近のパトロールで僕たちがそんな感覚を覚えたことはないのは気にかかるところだ。
「夜だったから他の妖怪の気配に紛れて気が付かなかったとか?」
「かもね。夜になると妖怪の動きも活発になりやすいから、小物ならわかんないかも・・・よし、その七不思議とやら、今夜妾たちが見に行こう」
そうして、僕と雫は夜の学校に忍び込むことになったのだった。
「あ、あの、それって私も付いて行っちゃダメですか?」
「比呂実!!迷惑になるようなこと言うなって!!っていうか、水無月さんと月宮君が二人で行くの邪魔するとか後が怖・・・ヒィッ!?な、なんでもないってば」
「すっ、すみませんでしたっ!!」
「・・・貴様ら、あまり妙なこと考えない方が身のためだぞ?」
結局、その日も物部姉妹は怯えながら帰ることになったが。
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「これまでも心霊スポットはたくさん周ったけど、夜の学校って雰囲気あるね~。妖怪の私が言うのもなんだけど」
「昼間は子供がたくさんいた跡があるのに、夜は静かなのもギャップがある感じだよね」
カツンカツンと、リノリウムの廊下に靴音を立てながら、僕らは夜の小学校を歩く。
鍵については、カギ穴から黒鉄を侵入させ、近くの窓ガラスの鍵を内側から開けてどうにかした。
妖怪が赤外線センサーに引っかかるのかは分からないが、玄関から入るのは流石にためらわれたのだ。
「とりあえず、まずはどこに行く?」
「そうだな~・・・・」
僕はポケットからメモを取り出して眺める。
隣を歩いていた雫も足を止めて、僕が持ったメモを覗き込んでくる。
それは、今日の昼間に比呂実さんから聞いた七不思議のリストだ。
メモにはこう書いてある。
① 走る人面犬・・・一階渡り廊下
② 家庭科室の飛ぶ包丁・・・南校舎一階家庭科室
③ プールから伸びる手・・・屋外プール
④ 動く人体模型・・・北校舎一階保健室
⑤ トイレの花子さん・・・北校舎二階女子トイレ
⑥ ひとりでに鳴るピアノ・・・南校舎二階音楽室
⑦ 開かずの間の異世界に繋がる鏡・・・南校舎三階理科準備室
「なんていうか、オーソドックスな感じだね・・・」
「言っちゃあ悪いけど、定番だよね」
七不思議とは言うが、ネットを漁れば同じような話がいくらでも転がっていそうなものばかりである。
オリジナリティの欠片もない。
「・・・・・」
だが、そのうちの一つを見て、僕はしばらく黙り込んだ。
「久路人?どうしたの?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
そんな僕を不思議に思ったのか、雫が声をかけてきたので、僕はメモから目線を外して自分の考えを告げる。
「とりあえず、人面犬からにしようか。一番近いし」
「そうだね。でも久路人。今ってなんか妖怪の気配とかする?」
「う~ん?なんか薄っすらとするようなしないような・・・」
ひとまず最も距離の近い渡り廊下の人面犬から見に行こうとしたが、今の時点で校舎の中にいるにも関わらず、妖怪の気配は感じない。
ぼんやりと瘴気を感じるような気はするのだが、それにしたって妖怪がうろついている気配はない。
「力は抑えてるから、怯えて引きこもってるってことはないと思うけどな~」
「だよね。でも、なんか気配は薄いし・・・あ、そうだ!!」
廊下を歩いていた僕らであるが、そこで雫が何かを思いついたようだ。
「ねぇねぇ久路人!!ちょっとショタになってよ!!」
「・・・は?」
いきなりの意味不明な発言に、僕は思わず雫をまじまじと見つめてしまった。
僕に見つめられて、『や~ん!!そんなにじっと見られると恥ずかしいよ~』と雫はしばらく身をくねらせていたが、やがて僕の視線の意味に気が付いたのか、コホンと咳払いをして続ける。
「ほら、七不思議って、基本的に子供がターゲットになるじゃない?なら、私たちも子供の姿になればいいんじゃないかなって」
「あ~、それは確かにそうかも?」
『なにかおかしなモノでも食べたのか?』と少し不安になったが、思ったよりもまともな理由だった。
子供の姿になるのは、人化の術の応用で十分可能である。
子供だろうと霊力の量や操作技術に変わりはないし、こんな屋内ならば刀を振り回して近接戦闘をすることもないだろうから、やったところで特にデメリットはない。
「なら、やってみるよ・・・よっ」
昔の写真の中の僕を頭で思い出してみると、僕の周りに黒い砂嵐が一瞬現れ、それが消えた時には僕の視線は雫を下から見上げていた。
「うん、できたね。でも、僕だけ変わっても意味ないし、雫も・・・ふがっ!?」
「わぁ~!!久路人可愛い~!!」
雫にも変身を促そうとしたら、突然視界が塞がれた。
代わりに暖かな何かに包まれる感触と、華のようないい香りを感じる。
「ふふっ!!懐かしいな~!!私を拾ってくれたのも、ちょうどこのくらいだったんだよね~」
「・・・っ!!」
(く、苦しい!!なんかゴリゴリして固い!!)
「む」
いきなり呼吸を封じられて驚いたが、バシバシと背中を叩いたことか、はたまた僕の失礼な思考を察したのか、すぐに拘束が緩む。
「・・・久路人、今なんか変なこと考えなかった?」
「ぷはっ・・・い、いや、全然?」
「ふ~ん?」
とりあえず、雫におねショタは向いてないということは分かったが、流石に言わないでおく。
ここで機嫌を損ねたら、七不思議の一つに『夜中に凍り付く校舎』が追加されてしまう。
「そ、それよりも、雫も変身しないとダメじゃないかな?ほら」
「・・・まあ、なんか色々引っかかるけどいいや。ふぅ~・・・よいしょっ!!」
僕に怪訝な目を向ける雫であったが、僕に促されて気にするのを止めたみたいだ。
さっきの僕と同じように、雫の周りを白い霧が包み、次の瞬間には小学校低学年くらいの女の子がそこに立っていた。
「うん。今の久路人と同じくらいって思ったら、うまくいったね・・・あれ?どうしたの、久路人?」
「いや、僕が子供の姿でよかったなって。元の姿だったら、僕完全にロリコン扱いになるところだし・・・子供と子供ならセーフだよね?」
「それを言ったら、さっきの私だってショタコンになるから気にしなくても大丈夫だよ」
雫は紛うことなき美少女だ。
それは、雫が小学校低学年の姿でも変わりはない。
細く、しなやかだが未成熟な身体。
整ってはいるが、どこかあどけない顔つき
まさしく天使の声とでもいうべき、少し舌足らずな声。
その手の趣味の男なら、ハイエースを持ち出しかねないような容姿だった。
『そんな雫と恋人の僕は立派なロリコンなのではないか?』と不安に思うのも無理のない話だろう。
「最近の小学生は進んでるって言うし、今の私と久路人がイチャイチャしても普通だよ、普通」
「さすがに小学生の段階で普段の僕らがヤってるようなことは早すぎると思うけど・・・ん?」
--タッタッタッ・・・
子供の姿になった僕らが廊下で話し込んでいると、足音が聞こえてきた。
やけに軽快で、聞こえてくる間隔が短い。
その音は、かなりの速さでこちらに近づいていた。
「久路人」
「うん」
子供の姿ではあるが、戦闘にほぼ支障はない。
僕の周りには紫電が、雫の周りには粉雪が纏わりつく。
そうして身構える僕らの前に、ソレはやってきた。
「なんだ、お前ら」
現れたのは、まさしく『人面犬』としか表現できないような生き物だった。
柴犬の身体に、中年の男の顔が付いている。
まるでコラ画像のような不自然の塊であったが、そんな存在がこちらを胡乱な眼で見ながら口を開く。
「君が人面犬か」
「何が目的でうろついているのか知らんが、あまり人間に迷惑をかけるようなら、大人しくしてもらうぞ?」
相手はこちらに友好的かどうか分からない妖怪だ。
警戒は怠ってはいけないが、かと言って向こうを刺激するようなことも避けたい。
そうして、適度に距離を保ちつつ、僕と雫は人面犬とコミュニケーションを試みる。
「ほっといてくれ」
「え?」
「は?」
しかし、そんな僕らを一瞥すると、人面犬は元来た方に走り去ってしまった。
「ちょ、ちょっと待った!!」
「どこに行く!!」
その意外な反応に面くらい、対応が遅れてしまったが、僕らはすぐさま人面犬を追いかけた。
彼が曲がった廊下の曲がり角を通り抜けて、直線な渡り廊下に出る。
いくら相手が犬の妖怪だろうと、今の僕らの速度に敵うはずもない。
すぐに追いついてやろうと思ったのだが・・・
「いない・・・?」
「どこに行った・・・?」
渡り廊下には、何もいなかった。
犬の姿はおろか、足跡や霊力の痕跡すらない。
いや、そうだ。霊力だ。
「ヤツめ、一体どこに・・・」
「・・・ねぇ、雫」
「ダメだ、何もない・・・ん?どうしたの?」
辺りを見回す雫の傍で少しだけ思考した僕は、雫に話しかける。
調べてみても人面犬に繋がるものが見つからなかった雫は、少し悔しそうにしながら僕の方に振り返った。
「さっき人面犬が出てきた時なんだけどさ、霊力って感じた?」
「え?・・・あれ、そういえば何も感じなかったような?」
僕の質問に答えようとして、雫は不思議そうに首をひねる。
やはり、雫もあの人面犬からは何も霊力を感じ取れなかったらしい。
だが、その反応で合点がいった。
思えば、この小学校からぼんやりとした霊力しか感じなかった時点で気付くべきだった。
「あの人面犬、現象型の『怪異』だ」
「現象型・・・あ~なるほど、そういうタイプか」
僕の言葉に、雫はすぐに納得した様子を見せる。
人外という言葉は、『人間ではないモノ』を意味するが、それが内包する範囲は広い。
そして、大まかに分けると人外は『実在型』と『現象型』に分けられる。
物体型とは言葉通り、物体として存在するもので、妖怪はほぼすべてこれに当てはまる。
「普段私たちが見るのって、ほとんどただの妖怪だったもんね。怪異はもしかしたら初めてじゃないかな?」
常世に元々存在した生物、もしくは瘴気の影響を受けて変質した現世の動物が変異したモノや付喪神のように、道具に瘴気や霊力が宿って変質したモノを妖怪と言い、実際に霊力を持つ者ならば触れることができる。
他にも自然に溢れる霊力がそこに存在する生き物の意思に当てられて自我を持った精霊も、その属性に応じた実体を持つために実在型に分類される。
これらは、常に現世、もしくは常世に存在し続けているモノと言い換えることもできるだろう。
「怪異は現れるのに色々条件があるからね。今までは結界が機能してたから、霊力の量も今より少なかったし」
一方の現象型は、霊力が特定の条件を満たした場合にのみ現れる現象を指し、例えば『本来は存在しない階に繋がるエレベーター』だとか、『特定のおまじないをすると現れる幽霊』などがある。
これらは、世界に漂う霊力が何らかの影響で指向性を持って発動した術とも言える存在であり、その多くは忘却界のように『人間の持つ集合意識』が元になるらしく、その成り立ちの違いから、現象型は『怪異』と呼ばれることもある。
そして人間の集合意識が核となる都合上、霊力さえあれば忘却界の中でも発生することがごくまれにあるらしい。
まあ、忘却界の中に怪異が発生するほどの霊力を持ち込むなど、人間が意図的にやらない限りあり得ないことだが。
「怪異は人間の噂に対する恐怖だとか、興味なんかに霊力が影響を受けて生まれるモノだ。今の白流市は霊力がたくさん漂ってるから、怪異が生まれる土壌はある」
「怖い話なんて、子供は大好物だもんね。この七不思議も、そういう噂への反応で発生した怪異ってことかぁ」
「そう。それで、怪異は噂の内容に則った行動しか取れないし、条件を満たさないと現れない。だから、これまで僕らも気付かなかったんだと思う。多分、この七不思議が発生するのは、『夜中に子供が来た時』ってことなんだろうな」
「あの人面犬も、夜中に校舎にやってきた子供に話しかけてくるだけの存在ってことだね。噂通りの行動をしたから消えちゃったってことか・・・」
僕と雫は、暗い廊下を見渡した。
そこにはもう何もいない。
あの人面犬は、己に与えられた役目を果たしたのだ。
ここで霊力を感じなかったのも、この学校そのものが七不思議を内包する一つの怪異と化しているからだろう。
七不思議という怪異は噂を元にした不安定な存在で、この辺り一帯の霊力が変化した術なのだ。
ふわふわと広く漂う煙が、風や物の動きでその一部が一時的に犬の形を取ったようなものだ。
「でも、それじゃあどうするの?噂を何とかしないと、この七不思議は消えないってことだよね?ここで見回ったり、出てくる怪異を倒しても意味がないってことだよね?」
雫の言う通り、怪異は元を断たない限り、斬ろうが凍らせようが無限に湧き続ける。
一応、この辺り一帯の霊力を僕らの霊力で染めてしまうという力技もあるが、それにしたってその場しのぎだ。
「うん。霊力を変質させてる精神の力、噂への恐怖とかを何とかしないと意味はない。けど、ちょっと気になることがあるんだ」
「気になること?」
「物部さんたちが夕方にここらを歩いて、嫌な感じがしたって言ってたことだよ。夕方に外から見ただけだと七不思議の条件は満たせない。なのに嫌な感じがしたってことは、何かあるんじゃないかな」
「今の白流市には霊力がたくさんあるからって言ったら、そこら中で怪異が発生してもおかしくないもんね。霊力をこの辺に留めるようなモノがあるかもってことか・・・」
「そういうこと。だから・・・」
僕は改めて手にしたままのメモに目を落としながら言った。
「七不思議体験ツアー、行ってみよっか」
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「二つ目はここだね」
「家庭科室の飛ぶ包丁・・・これって、めっちゃ危ないよね。子供だったら死んじゃうよ」
「子供でなくても死ぬよね」
渡り廊下を南に下って、僕らは家庭科室の前に立っていた。
二つ目の不思議は、『夜中に家庭科室に入ると包丁が飛んでくる』という物騒なモノだったが・・・
「じゃあ、開けるよ」
「うん」
引き戸に手をかけ、ガラっと戸を開けて中を確認する。
「何もないね・・・」
「中に入らないといけないのかも。とりあえず、私が入ってみるね。再生能力は私の方が上だし」
「あ、それなら一応これ着といて」
「ふふっ、ありがと!!おそろいだぁ」
今の僕らは一蓮托生。どちらかが傷つけば片割れにも影響がある以上、どちらが先に入っても大差はないが、傷を負った場合の回復能力はわずかに雫の方が高いので、ここは雫の方が向いている。
けれども、何の備えもないのは不安だから、僕は念のため黒鉄のマントを作って雫に被せた。
白い着物の上に武骨な黒いマントという若干ミスマッチな見た目であるが、雫は嬉しそうにしていた。
「よし、それじゃあ突入」
そうして、雫が部屋に入った瞬間。
--ヒュンッ!!
弾かれた矢のような速度で、暗がりから何かが飛んできた。
外の街灯の光に、切れ味の鋭そうな刃がキラリと反射する。
刃はそのまま、部屋の入口に佇む雫に迫るが・・・
「ハエが止まる」
ピッと雫が手をかざすと、その指の間に包丁が挟まっていた。
「雫、大丈夫?」
「勿論!!こんなの、久路人の撃って来る矢に比べたらあくびが出るよ」
僕も部屋に入り、雫の手元を見ながら声をかける。
包丁が飛んでくるのは本当だったが、雫にとっては止まって見える程度の速さだったみたいだ。
包丁そのものも普通の市販品のようだし、これなら届いても、そもそも刺さらないだろう。
そして・・・
「あ、また来た」
「たくさんあるな~」
僕が部屋に入ったからなのか、それとも雫が一度奇襲を防いだせいか、今度は複数の包丁が宙に浮いていた。
それが、一斉に僕らめがけて飛んでくる。
「この噂、実際に確かめた人とかいないよね?」
「大丈夫でしょ。もしいたら、今頃ニュースになってるだろうし」
一瞬の後、包丁はすべて僕の手の中に収まっていた。
僕にとっても、普通の包丁は高速で飛んでくる程度ならば大した脅威でもない。
しかし、これが普通の人間なら、今頃惨殺死体が出来上がっているだろう。
この噂を検証しようとした人がいないことを願うしかない。
「う~ん、この部屋にも特に変わったモノはないなぁ」
「そうだねぇ・・・ところで、この包丁どうする?」
「ひとりでに戻るとかは・・・なさそうだね。よし、片付けよう」
「え~、面倒くさぁ~・・・まあ、久路人がやるなら私もやるけどさ」
特に収穫もなく、飛んできた包丁をすべて食器のしまってある棚に収めてから、僕らは家庭科室を出るのだった。
「ところで、そのマントいつまで着てるの?」
「最低でも七不思議全部見終わるまで・・・ダメ?」
「いや、別にいいけども・・・」
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プールから伸びる手。
『小学校のプールには、かつてここで溺死した子供の霊が残っており、生きている子供を妬んで水の中に引きずり込もうとする』とのことだが・・・
「ん・・・水の中には、何も沈んでないね」
「そっか・・・それにしても、なんかシュールな光景だ」
プールサイドで水の中に手を入れていた雫が、指を引き抜きながらそう言った。
どうやら、このプールにも何もないらしい。
僕の目に映るのは、雫に向かって手を伸ばそうとするも、プールの中に発生した渦に飲み込まれそうになってユラユラと揺れている腕だけだ。
もちろん、渦を発生させたのは雫である。
「怪異って言っても、力負けするんだね」
「さっきの包丁もそうだったしね。ものすごく強い信仰とかが元になった怪異はかなり厄介らしいけど。地方の小学校の七不思議じゃなぁ・・・」
プールから腕が伸びているのは不気味と言えば不気味なのだが、それが流れるプールの中でもがいているのを見ると何とも言えない気分になってくる。
怪異は元になる噂の知名度や信仰の強さ、影響を受ける霊力の量などでそのスケールも変わって来るらしいのだが、水辺で雫に勝てるレベルの怪異ともなると、世界規模で有名な伝説でもなければ不可能だろう。
「とりあえず、キモイから沈めとくね」
「うん・・・」
雫が水の速度を上げると、とうとう流れに逆らえなくなったのか、次々と腕が見えなくなっていった。
(なんというか、哀れだ・・・)
沈んでいく腕に憐憫の視線を向けつつ、僕たちはプールを後にするのだった。
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動く人体模型
『夜の保健室に行くと、人体模型が動いている。人間に気が付くとダッシュで向かってくる』という噂だ。
そうして、保健室に入った僕と雫であったが・・・
「うわっ、キモっ!!」
「とりあえず縛って見たけど、人体模型って元々があんまり見ていたいものじゃないからね・・・」
保健室の隅で、黒い鎖に雁字搦めにされた人体模型が、バタバタと床に倒れてもがいていた。
その様子は、死にかけの虫を連想させ、元の見た目も相まってかなり不気味だ。
「でも、この人体模型、動いて何するつもりだったんだろう?なんかダッシュで近づいてきたから反射的に動けなくさせたけど」
「他の七不思議だと、動く絵画とか、歩く二宮金次郎とかいるけど、あれもただ動いてるだけなら無害だよね。キモイけど」
「そうやって言われると、これもなんか不快害虫みたいだなぁ・・・あ、でも二宮金次郎は走ってきたら危なくない?石とか金属でできた像がタックルしてくるとか、考えてみたら結構ヤバいよ」
「確かに・・・この人体模型はどう見てもプラスチックだけど、硬いし、普通の人間なら真正面から相手するのは止めた方がいいかもね」
床で蠢く人体模型を見やりつつ保健室を調べるも、ここにもめぼしい物はなさそうだ。
「それで、これどうするの?」
「拘束解いたらまた飛び掛かってきそうだしなぁ・・・廊下に出てから解けばいいかな」
「それなら、私は凍らせておく方がよさそうじゃない?放っておけば、朝までには溶けてるだろうし」
「そうだね、そうしよっか」
結局、僕が拘束を外した所から雫が凍らせていき、最終的に全身氷漬けになった人体模型を元あった場所に置いてから保健室を出た。
朝になって水たまりができているかもしれないが、それくらいはお目こぼししてほしい。
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トイレの花子さん
日本全国で有名な怪談だが、様々なローカライズをされる怪異でもある。
この学校では、『北校舎二階の女子トイレの一番奥の扉を、夜に3回ノックして、『花子さんでておいで』と言うと現れる。機嫌を損ねると首を絞められて殺される』らしい。
その花子さんはと言えば・・・
「凍れ」
僕の視界に映る前に、トイレの個室から出てこようとした少女はあっという間に氷漬けになって、即座に砕け散った。
「久路人の前に、妾の許しも得ずに雌が出てこようなど・・・身の程を知れ」
黒のマントを揺らしつつ、ドスの効いた声で雫が氷の破片を踏みにじるのを見ながら、僕は呟いた。
「これぞ出オチってヤツか・・・」
プールの手や人体模型も中々のやられっぷりだったが、ここの花子さんよりはマシだったろう。
少なくとも彼らには出番があったのだから。
「ふんっ・・・行こっ、久路人」
「うん」
もはや何の痕跡も残っていないトイレに背を向けて、僕は心の中でトイレの花子さんに合掌するのだった。
-----
「・・・なんか鳴ってるね。っていうか、勝手にピアノの鍵盤が動いてるよ」
「これって、『エリーゼのために』って曲だったっけ」
音楽室。
僕たちの目の前でひとりでにピアノの鍵盤が動き、曲が奏でられていた。
誰もいないのにピアノが弾かれているのは、他の七不思議と同様にやはり少々不気味ではあるが・・・
「・・・・・」
「・・・・・」
言ってしまえば、ただそれだけである。
しばらくの間、僕らは黙ってその演奏を聴いていた。
「これって、噂に『流行りのアニソンが流れる』みたいなのが混じったらそうなるのかな?」
「なるんじゃないかなぁ・・・そういうのだったらちょっと聴いてみたいかも」
「でも、このピアノの演奏、結構途切れ途切れだし、あんまり上手くないよね」
「夜中に物凄い超絶技巧で勝手にピアノが弾かれるって、字面にしてみるとそんなに怖くないっていうか、むしろ面白そうだよね」
しかし、この演奏は恐怖をあおるためなのか、どうにもぎこちないというか、端的言ってしまえば下手で、次第にただ聴くのにも飽きてきてしまい、僕らは口々にお喋りを始めた。
演奏中にも関わらず喋りまくる僕らはオーディエンスとしては行儀が悪いだろうが、そんな様子を気にすることもなく演奏は続き・・・
「あ、止まった」
「なんでもこの噂、『演奏を最後まで聴いたら呪われる』ってことらしいけど、なんか感じる?」
「ううん、全然・・・あ、ちょっと待って。なんかレジストしたような感じはしたよ」
「呪いそのものは本物だったのかな」
曲を弾き終わったのか、演奏はピタリと止まった。
曲が止まった直後に何かの術をかけられたような感覚はしたが、『呪い』のような非物理的な状態異常を引き起こす術は、あまりにも霊力量に差があると弾かれてしまうため、結局何が起きるのかは分からずじまいだ。
ちなみに曲は『エリーゼのために』以外にも、『新世界より』や、『運命』などもあったが、やはりどれもこれも微妙な出来だった。
「とりあえず、アンコールってやってみる?」
「そうだね。あんな下手糞な演奏聴いてあげたんだし、最後くらいは感動するようなの聴きたいし。よし、アンコール!!アンコール!!」
「アンコール!!アンコール!!」
しかし、『曲を聞き終わったらなんか起きるかも?』と思って全部聴いてみたのに何も実感できないとあっては、なんだか時間を無駄にしたような、つまらない漫画に金を払ったような気分になってくる。
なんとなくムカついたので、煽りも兼ねてアンコールを促すべく雫ともどもピアノの前で手を叩いてみるも・・・
「何も起きないね・・・」
「ノリ悪いなぁ・・・エンターテイナーならそこはもうちょっと頑張ってよね」
それでも何も起きなかったので、僕らは愚痴を垂れながら音楽室を出ていった。
なんとも反応に困る七不思議もあったものである。
-----
「な~んか、拍子抜けっていうか、つまんないなぁ」
南校舎の階段を登りながら、雫はいつもよりも高い声で不満そうに言う。
「七不思議って言っても、全部ショボいし」
「まあ、所詮はぽっと出の怪異だからね。それでも、家庭科室とかプールの話は普通の人だったら危なかったと思うよ」
ある意味で小学生らしいと言えばいいのか、七不思議は無駄に殺傷能力の高い話が多かった。
包丁が飛んできたり、水の中に引きずり込んできたり、人体模型がタックルを仕掛けてきたり、ピアノがよくわからない呪いをかけてきたり・・・
この学校の生徒や、比呂実さんが言っていた映研の部長とやらが探索に来る前に対処できてよかったと思える。
「でも、次で最後の話か・・・そこで何か見つかればいいけど」
「これで何もなかったら、力技しかないもんね」
「この辺りの霊力を吹き飛ばすとか、そっちの方が穴が開きそうで怖いけどね」
七不思議を巡ってきたが、今のところ霊力を留めているような要因はなさそうだ。
根本的な原因となるものがない以上、いざとなればかなり強引な手段を取らざるを得ないが、できれば避けたいものである。
と、そんなことを話す僕らの前に、最後の話のスポットが見えてきた。
そこは・・・
「理科準備室、か・・・」
「そういえば、ここって・・・」
僕は扉の上に付いているプレートを読みながら呟いた。
同時に雫もこの部屋のことを思い出したのか、立ち止まって扉をしげしげと眺めている。
「うん。ここは、昔クラスメイトの筆箱が隠された部屋だよ」
僕が小学校の頃に孤立した原因はいくつかあるだろうが、その最たるものはあの事件だったに違いない。
クラスメイトの筆箱が校内に侵入してきた小物の妖怪に盗まれて理科準備室に持ち込まれ、それを教えてあげた結果、僕が犯人なのではないかと疑われた。
そしてそのことで僕の持ち物も隠されたりと嫌がらせを受けたのだが、雫がキレて下手人の持ち物を凍らせて粉々に砕いたことで、『関わっちゃいけないヤツ』という扱いになったのである。
「その、久路人、あの時は・・・」
「別に気にしてないよ。小学校の時は友達はいなかったけど、雫がいたから寂しくなかったんだしね」
「久路人・・・」
当時のことを振り返って、自分の行動が軽率だと思ったのか雫が後ろめたそうな顔をしているが、僕はまったく気にしていない。
雫が僕のために怒ってくれたことだって、僕にとっては嬉しいことだったのだから。
そんなことを思いつつ、僕は理科準備室の扉に手をかけた。
わずかな隙間から黒鉄を潜り込ませ、扉の向こうから鍵を外させる。
「それじゃあ、最後の話だ」
そうして、僕らが部屋の中に入った。
そして・・・
「これは・・・」
「鏡?」
理科準備室は様々な模型や実験器具、薬品が棚に収まった部屋だ。
とはいえ、部屋の中はそう広くはなく、ざっと見るだけで部屋のすべてを視界に収めることができた。
そんな僕らの目に飛び込んできたのが、部屋に入って右側に備え付けられた、僕の背丈くらいの大きさの鏡だった。
恐らくこの鏡が・・・
「『異世界に繋がる鏡』か・・・」
『白流小学校の理科準備室には、異世界に繋がる鏡がある。開かずの間のはずなのに、中から何かが動いているような音がするのは、その鏡から出てきた幽霊が動いているから』
それが、『開かずの間の異世界に繋がる鏡』だ。
そして、この話にはまだ続きがあって・・・
「ねぇ久路人、この鏡・・・」
そこで、雫が僕に声をかけてくる。
その眼は鏡をまっすぐに見つめており、雫が何を考えているのか、僕にもわかった。
「うん。これだ」
小学校での事件の時、僕は理科準備室の中に筆箱があると先生に言っただけで、中に入ったことはない。
だから、その時にこの鏡が部屋の中にあったのかは分からない。
だが、鏡を見ただけでわかることがあった。
「七不思議の大本は、この鏡だ。どういう理屈か知らないけど常世と繋がってる」
目の前の鏡からは、常世に満ちるという瘴気があふれ出ていた。
瘴気は、僕らが部屋に入った瞬間から急激に鏡からにじみ出ている。
それは僕らがこの怪談の条件を満たしてしまったからだろう。
僕らが戦闘態勢に入るのと同じく、鏡が妖しい輝きを放ち、鏡面が水のように波打った。
何が出てくるのか様子を見る僕らの前で、鏡に映った僕の姿が歪み・・・
「え?」
「へ?」
『・・・・・』
次の瞬間には、鏡を背にして、『もう一人の僕』が真正面に立っていた。
「え?あれって、僕?」
思わず、僕はまじまじと目の前の少年を見つめてしまった。
鏡から出てきたからか、その姿は子供の姿の今の僕とまったく同じ。
だが、その顔には何の感情も浮かんでおらず、人形のようだった。
そして、そんな『もう一人の僕』を見つめる僕に、彼は手をかざした。
『こな、ごな・・・』
「っ!?」
反射的に、僕はその場から飛びのいていた。
『こな、ごなっ!!』
もう一人の僕が叫んだ瞬間、さっきまで僕が立っていた位置の真後ろにあった実験器具が粉々になった。
文字通り、粉々に。
まるで、凍らせて砕いたかのように。
「これが・・・」
その破壊の跡を見て、僕は噂の続きを思い出していた。
「『異世界に消えた少年』か・・・」
七つ目の不思議の続き。
それは、『異世界に繋がる鏡に吸い込まれた少年』だ。
その昔、自分の筆箱を誰かに隠されてしまった少年が理科準備室の中に入って探し物をしていたら、そのまま鏡に飲み込まれてしまった。
少年がどうなってしまったのかは分からない。
けれど、時折理科準備室からは、恨めしい声で筆箱を隠した犯人を呪う声がするという。
そして、もしもその声の主に見つかってしまったら、全身を粉々にされてしまう・・・・どこかで聞いたような話だ。
「どこかで聞いた話だなとは思ったけど・・・どれだけ尾ひれが付いたのやら」
攻撃を避けられたのが腹立たしいのか、忌々しそうな顔をするもう一人の僕を見ながら、僕はため息を吐いた。
そう、話の続きに登場する異世界に消えた少年とは、この僕だ。
実際に僕が常世に落ちてしまったことなどないが、あの時の事件は雫の癇癪も併せて、学校中でかなり話題になった。
その話が、数年かけて色々とねじ曲がってできたのが今の噂なのだろう。
他のオリジナリティのない話と比べ、この噂だけやたらと詳細な情報があるのは、実際にこの学校で起きた事件をモチーフとしているからだ。
そうして数年かけて、穴が多発する白流市で語り継がれてきたおかげで、この噂は七不思議の中でも一番強い力を持つこととなった。
鏡というものは霊力を溜めやすく、異界に繋がる門でもあると古くから信じられている。
僕が通っていたことで、この学校内には他の場所よりも多くの霊力があっただろうし、それなりに信じられている噂もあり、そこに最近の霊脈異常がとどめとなって、本当に常世に通じる鏡と、そこに呑まれたという少年の怪異が現れてしまった、というところか。
あの鏡が七不思議という怪異の大本で間違いはないだろうが、実際に存在する物体である以上、あの鏡は怪異ではなく妖怪に分類されるのだろうか?それとも、天然の術具と言うべきか。
「・・・ムカつく」
そんな風に、僕が七不思議の発生源について思考し終わるのと同時に、僕の隣から子供にしては低い声が聞こえた。
「雫?」
見れば、雫が整った顔をしかめさせながら、もう一人の僕を睨んでいた。
・・・あれが単なる怪異で、僕とそっくりとはいえ、雫が他の男を見ていることに少し嫌な気分になる。
だが、不快に思っているのは雫も同じようだ。
「・・・あのクソ狐の幻術を思い出す。大して似てもいない癖に『これがお前の好きな男だろ?喜べよ』って言われてるみたいでマジ腹立つ。ましてやあの偽物は、ここにいたガキどもが私の許しもなく久路人のことを好き勝手な妄想の塊だし・・・まあ、絶対に許可とか出さないけどさぁ。絵が下手なのはまだ許せるけど、原作リスペクトせずに設定ガン無視の自己満足全開オナニー同人とか本当にいい加減にしろよ・・・」
「し、雫・・・」
雫の額には、ビシビシと青筋が走っていた。
理科準備室の中にも、僕がいる場所を除いて霜が降りており、雫が本気でイラついているのが肌で分かった。
最後の方はなんか別方向への恨みも混じっているような気がしたが。
そして自分で言うのもなんだが、あのもう一人の僕は見た目は僕そっくりだと思うのだが、雫には違いが分かるのだろうか。
もしも分かってくれるというのならば、それはなんだか嬉しいことだ。
『こな、ごなぁっ!!』
なんかほっこりとしていた僕をよそに事態は進む。
ブツブツと呟いていた雫に不穏なモノを感じ取ったのだろうか。
もう一人の僕はまたも同じ言葉を口にしながら、雫へと手をかざした。
しかし、その行動は苛立っていた雫の神経を逆なでしただけだった。
「半端に似た声で喋るなぁっ!!」
『ご、は・・・』
もう一人の僕が放った何かが雫に到達する前に、激高した雫の手から氷柱が撃ちだされた。
氷柱は少年の攻撃とぶつかり合うも、紙でも突き破るような容易さでそのまま貫通し、もう一人の僕の顔面に突き立った。
「その忌々しい鏡もろとも、消え失せろ偽物がぁっ!!」
『お、あぁ・・・』
雫が手を振るうと、顔に刺さった氷柱を起点にするように、もう一人の僕の全身を氷が包んでいく。
琥珀に閉じ込められた虫のように氷漬けになったところで、その身体ごと氷が砕け散った。
「そんなに好きなら貴様が粉々になっていろ、痴れ者が」
氷の破片を、その温度よりも遥かに冷たい視線で見下ろしつつ、雫は吐き捨てる。
そうして、後には氷に閉じ込められた鏡だけが残ったのだった。
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「という訳で、七不思議は解決した・・・ふんっ、今思い出しても腹立たしい話だ」
「そ、そうなんですか・・・」
「ひぃぃいいい・・・」
再び大学の食堂にて、僕と雫は物部姉妹とお昼を食べていた。
無論、子供の姿でなく、元の姿に戻っている。
物部姉妹には雫の使い魔はもう付いていないが、念のためにということで連絡先を交換しておいたので、前に聞いた七不思議の顛末を教えに来たという訳である。
別にメールだけでもよかったのだが、比呂実さんの方が詳しい話を聞きたがっていたので実際に顔を合わせることになった。
しかし、今も不機嫌そうな雫の様子を見て、比呂実さんは後悔したような顔をしているし、比呂奈さんの方は目に見えて怯えている。
雫の毒気は僕と接触していると抑えやすいが、雫が不機嫌なままなので絶賛拡散中だ。
「ほらほら雫、いい加減落ち着きなよ。本物の僕はここにいるんだから」
「でも久路人・・・!!もしまたこの辺りのガキどもが同じような噂をしたら、また偽物が出てくるかもしれないんだよ?あんな低クオリティ海賊版久路人が量産されるなんて、私は絶対に認めないから!!」
「それは大丈夫だと思うけどなぁ。鏡はおじさんに引き渡したし・・・あんな天然の術具ができるなんて、この白流市でも滅多にないって言ってたし」
「久路人のことが私以外に噂されてる時点で大丈夫じゃないのっ!!」
僕がなだめても、雫の機嫌は未だによろしくない。
いつ見ても凄まじい独占欲だが、こんな独占欲の向き先が自分だというのがたまらなく嬉しい僕も、やはりどこかおかしいのだろうか。
「もし、もしもまた久路人の偽物が出てきたら・・・それだけでもムカつくのに、それがまかり間違って他の雌どもと交尾とかしてたら・・・あ~っ!!本物の久路人じゃなくてもイライラするっ!!久路人が汚された気分っ!!」
雫の妄想は、今日も全力フルスロットルのようだ。
これはもう、家に帰って身体を張って慰めるほかなさそうである。
ちょうど物部姉妹も雫の毒気を浴びて色々とキツそうだし。
「ふぅ~・・・ふんっ!!とにかく、報告は以上だ。もうあの小学校の傍を通っても問題はないだろうが、なるべく避けた方が無難だろうな。妾達は帰るぞ」
「あ、あの~・・・そのことなんですが」
「あ?何だ?」
「ヒィッ!?」
雫が機嫌悪そうに席を立ったところで、恐る恐るとばかりに比呂実さんが声をかけてきた。
そんな比呂実さんに、雫はヤンキーのようにドスの効いた声でガンを飛ばす。
物部姉妹が間近で雫の毒気に触れるのはこれが3回目。
少しは慣れてきたのかもしれないが、今のチンピラのような雫を見て、プルプルと震えて涙目になっている。
「そ、その、あの後私も色々調べてみたんですけど、実は小学校だけじゃないんです。白流中学校と、高校でも同じような噂があるみたいで・・・」
「・・・何だと?」
「ええ~・・・本当ですか?」
「ひ、比呂実と一緒にあたしも色々聞いて回ったんだけど、中学でも高校でも、七不思議があるんだって」
「しかも、どっちにも、どこかに消えてしまった男の子の話があって・・・」
「・・・ほう」
元々食堂の中は涼しかったが、今は真冬のような寒さにまで気温が下がっていた。
比呂実さんの話の途中でその寒さはピークに達し、今にも皮膚が張り裂けそうなくらい、空気が冷え切っているのを感じる。
「あ、あわわわ・・あのっ!!その噂を流したの、私たちじゃありませんからぁっ!!」
「ちょっ!?比呂実、あたしを置いてくなぁっ!!」
そうして、やはり3度目の今回も、物部姉妹は怯えながら逃げ去っていき・・・
「久路人」
「はい」
雫が、僕の方を振り返りながら据わった眼をして口を開いた。
「今夜も行くよ。徹底的にやるから」
「・・・うん」
そうして、今日の夜に僕らが行く場所は決定した。
中学と高校。初デートからそんなに時間は経ってないが、小学校に続いてこんなに早く再び行く機会が来るとは世の中分からないモノである。
「海賊版、ダメ、絶対!!STOP海賊版なんだからぁっ!!」
冷え切った食堂の中に、僕にしか聞こえない雫の声がこだまする。
そろそろ秋が近づく今日この頃であった。
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