白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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間が開いてしまって申し訳ないです。
マジでスランプが治らない・・・キャラが自分の思うように会話してくんないです。
次もしばらくかかるかもしれませんが、読んでいただければありがたいです。


白流怪奇譚7

「さてと・・・いつでもいいよ」

「「・・・・・」」

 

 月宮家の裏庭。

 湿気が少しづつなくなっていく秋の空気に触れながら、三人の青年がそこに立っていた。

 黒いマントを着た久路人は素手のまま自然体で立っているのに対し、彼に向き合うようにしている毛部と野間瑠はその手に武器を持って緊張した面持ちで構えている。

 だが、久路人は先手を譲るつもりのようで動かない。あくまで何の構えもしないまま、二人の動きを待っていた。

 

「波雄、行くぞ」

「・・・うん」

 

 しばらくの間何の動きもせずに固まっていた三人だが、埒が明かないと判断したのだろう。

 毛部は野間瑠に声をかけると、状況を変えるべく一気に動いた。

 

「せやぁああああっ!!」

 

 自分を鼓舞するように雄たけびを上げると、久路人めがけて一直線に駆ける。

 そのスピードは瞬きの間に、10m程度間を開けていた久路人の元に得物を届かせるほどだ。

 その手に握られた霊力を放つナイフが、一切のためらいなく久路人の胴に横凪の軌跡を描きながら迫る。

 ナイフは見るからに鋭そうな業物で、溢れる霊力から術具としても一級品なのが見て取れた。

 いかに久路人が人外とはいえ、今の久路人は身体強化系の術を使っていない。その上で人化の術を使用した状態でなら、喰らえば相応に傷を負うのは間違いないが、毛部に怯む様子はない。

 どうしてこれまで喧嘩の一つもしてこなかった彼が友達に向かってそんな危険なことができるのかと言えば、この一撃程度では久路人に届くことはないと、ここ数日で身に染みているからだ。

 

「ふっ!!」

 

 毛部の予想通り、ナイフの一閃は久路人がほんの少し身体を後退させるだけであっさりと躱された。

 ナイフの切っ先が服を掠めるギリギリの距離を瞬時に見切り、最小限の動きで避ける。

 

(一瞬見失いかけた・・・やっぱりすごい才能だ。覚醒してそんなに日が経ってないのにここまでできるのか)

 

 しかし、内心で久路人は舌を巻いていた。

 毛部と野間瑠が霊能者として目覚めたのはつい最近の事。

 しかも、京によって与えられた術具を持っているとはいえ、今はあの仮面も付けていないというのに、これほどの鋭い動きができるのは凄まじい才能である。

 

「けど、それじゃあ届かないよ」

「くっ!?」

 

 攻撃を空振りした毛部と、ほとんど隙を晒さずにいなした久路人。

 これは毛部にとっては致命的な隙であり、勝負の行方はほぼ決したとみていいだろう。

 毛部は振り切った腕を引っ込めつつ、バックステップで距離を取ろうとするが、それよりも久路人が一撃叩き込む方が早い。

 

「波雄っ!!」

「うんっ!!」

 

 それが、彼らが一人だけで戦っているのであれば。

 

「おっと・・・」

 

 毛部に向けて伸ばされた腕めがけて、毛部の持っているモノとそっくりな造りのナイフが飛んでくる。

 ナイフは黒く染まった久路人の手に払いのけられたが、その間に毛部は久路人の間合いから逃れ、態勢を立て直していた。

 

「まだまだっ!!」

 

 ナイフを投擲したのは、毛部の背後にいた野間瑠だ。

 その手にはナイフが握られており、雨あられのように、されど精密なコントロールで久路人に投げつけてくる。

 投擲は久路人にあっさりと弾かれるが、どれも久路人の急所を狙っており、久路人としてもそちらに対応せざるを得ない。

 

(やっぱり息が合ってる。どっちかと言うと接近戦が好きな毛部君と、投擲で中距離から牽制する野間瑠君・・・今使ってる術具があれば、あの吸血鬼コンビの片割れくらいなら倒せるかも)

 

 術具、『夢幻刃』

 二人が持っているナイフは京の手によって作られた一級品の術具であり、高い耐久性と霊体にすら通じる鋭い切れ味、使い手の霊力を吸って複製を作る能力、さらには姿を隠す能力まで持っている。

 最初に毛部が近づいてきた時にわずかに反応が遅れかけたのも、本人の影の薄さが強化されていたからだ。

 その隠密性と火力、二人のコンビネーションが合わされば、以前に久路人たちを襲撃してきた吸血鬼を倒せるかもしれない。

 

(まあ、初撃の奇襲で仕留めきれなければ大分苦しいだろうけど)

 

 それでも大穴を通り抜けなければ出てこれない妖怪を倒せる可能性があるというのは、早々お目にかかれる才能ではない。

 今の現世の霊能者では、中規模の穴から出てきた妖怪であっても一対一で倒すのが関の山というのがほとんどなのだから。

 

「忠人!!」

「ああ!!」

 

 絶え間ない投擲で久路人の足が止まっている間が、二人が攻撃を当てられる唯一のチャンスだ。

 野間瑠が声をかける前から、毛部はすでに構え終わっていた。

 同時に、野間瑠も自らの霊力を高める。

 

(来るかっ!!)

 

 二人から感じる気配が変わったことで、久路人も一段階警戒レベルを上げる。

 その直後だった。

 

「影刃!!」

「っと!!」

 

 野間瑠から投擲されたナイフを弾くと、ナイフの影から銃弾のような勢いで漆黒の刃が飛んできた。

 これまでとは段違いの速さの攻撃に、久路人も少し驚いたような表情をするも、落ち着いて手刀で叩き落す。

 だが、それで生じた隙はこれまでで一番大きかった。

 

「影閃!!」

 

 その隙を、毛部は見逃さなかった。

 術具の効果も併せて直視していても見失いそうなほどに存在感を薄めてから、高速で久路人の側面に回って、首めがけて一閃。

 野間瑠の術技と同じく、会心の一撃と呼べるほどの斬撃が吸い込まれるように久路人の首筋に走り・・・

 

「甘いよ」

 

 

--ギャリリリリ!!!

 

 

「うおっ!?」

 

 ナイフが触れる直前、漆黒の砂鉄でコーティングされた首筋を敢えて久路人側から押し込むように触れさせ、滑らせる。

 単純な回避ではなく、攻撃の完璧な受け流し。それも、武器ではなく、己の急所を使った離れ業。

 その衝撃に毛部は久路人とゼロ距離で、ただ勢いのままに体を泳がせてしまった。

 

「ふんっ!!」

「おぐっ!?」

 

 そんな隙を見逃すほど、久路人は耄碌していない。

 黒い拳が毛部の鳩尾に突き刺さり、毛部はその場に膝をついた。

 

「忠人!?」

 

 毛部と久路人がほとんど重なり合っていたために、投擲による援護ができなかった野間瑠はただそれを見ていることしかできなかった。

 だが、その間にも久路人は次の攻撃の準備を終えている。

 久路人の親指には、いつの間にかビー玉サイズの黒い塊が乗っていた。

 

「よいしょっ!!」

 

 野間瑠の投擲を真似するかのように、黒い玉が久路人の指から弾き飛ばされる。

 

「あでっ!?」

 

 自らの額に激痛が走ったと思った瞬間、野間瑠は吹き飛ばされて、仰向けになって空を見上げていた。

 その青さを認識すると同時に、野間瑠は自分たちは負けたのだと悟る。

 

「あぁぁあああ~、また一発も入れられなかった!!」

 

 野間瑠がそうして寝転がっていると、先に倒れていた毛部が立ち上がって、悔しそうに吠えた。

 

「そりゃ、僕はずっと修行してたし、それ以前に人間じゃないからね。そう簡単には負けられないよ」

「でも、月宮君は武器なしで、あと術?っていうのも使ってないんでしょ?それでこうやって転がされるだけってのはやっぱり悔しいよ」

 

 久路人と話し始めた毛部に、野間瑠も立ち上がって混じる。

 この訓練を初めてまだ数日であるが、運動神経に自信があり、さらには霊能力の覚醒によってそれまでと比べ物にならない能力を手にしたというのに一方的にやられるだけというのはやはり悔しいものがあった。

 

「いやいや、そうは言っても二人だってかなりすごいんだよ?毛部君の間合いの取り方とか、野間瑠君の投擲の速さと正確さ、どっちもそこらの妖怪なら相手にならないくらいだし。っていうか、術技を一週間くらいで使えてるとか、僕よりも早いからね?」

「そ、そうか?」

「そう言われると悪い気はしないね・・・月宮君、こういうことで嘘つくの苦手だし」

 

 そんな彼らが、自分たちを負かした久路人からの高評価を素直に受け入れられるのは、本人たちの人格と久路人との付き合いあってこそだろう。久路人は敵対している相手ならばともかく、友人にうわべだけ飾り立てた言葉で嫌味を言うような者ではないということくらいは、久路人が霊能者だったとことを知らなかった二人にもわかる。

 

「京さんに聞いたけど、俺たちみたいに後天的に覚醒した人たちって、それまでに才能を発揮していた分が経験値扱いになってるんだろ?それもあるんじゃないのか?」

「それを差し引いてもだよ。っていうか、いくらそれまで積み重ねがあるからって、あんなに鋭い術技は普通に暮らしてるだけじゃ身に付かないし、やっぱりセンスがあるからだと思うよ?」

「まあ、これまで体を動かすのは結構やってきたけど、刃物を振るなんてやったことなかったしなぁ」

「おじさんとメアさんも言ってたけど、身のこなしもいいけど、一番すごいのは気配隠ぺいの術だってさ。そこに関しては霊能者の中でも数えるほどしかいないレベルだって」

「それは・・・」

「そこはあんまり嬉しくないな・・・」

 

 後天的に覚醒した霊能者は尖った才能が霊能力に転じるケースが多く、その才能を振るっていた時間がそのまま修行に当たるらしい。久路人の目から見ても二人の動きが筋がいいと言うのは、その辺りもあるが、自身の存在感のなさを褒められた二人は微妙な表情だ。

 影の薄さが術に昇華されても幻術を無効化する久路人に意味はないが、足運びや視線の向け方、音の消し方など、物理的な意味でも影の薄さに磨きがかかっているため、幻術に耐性があるからと言って油断ができる相手ではない。現に久路人ですら、二人の動きの察知には全神経を使っているほどだ。京にも、この二人には妖怪から身を隠す護符は必要ないと判断されている。

 

「だから、二人は自信もっていいよ。これだけ動ければ、一流の霊能者になれる。二人のやりたいことだって、叶えられるよ」

「・・・そうだな。他でもない月宮がそう言ってくれるのは心強いよ」

「うん。俺たちにも、月宮君みたいに叶えたいことがあるんだ。そのために使える才能があるんなら、使わなきゃ」

 

 男三人で、芝生の上で語り合う。

 その表情は三人とも明るく、楽しそうだ。

 毛部と野間瑠は、負け続きとはいえ自分たちの野望を叶えるために少しづつ前進しているのを感じ取っているし、常人にはない強力な異能の力を持ち、非日常の世界に踏み込んだ高揚感もある。

 そして久路人にとっても、二人は初めてできた異能の力を明かせる同性の友人だ。

 これまで隠していた事情を話すことができて、どこかスッキリとした解放感を感じていたし、友達が同じ世界に来てくれた嬉しさもある。二人を巻き込んでしまったと言えるかもしれないが、二人ともそこをむしろチャンスだと前向きに捉えているのも大きいだろう。

 ともかく、三人は和気あいあいと話を続けようとして・・・

 

「・・・ずいぶんと楽しそうだな」

「「「っ!?」」」

 

 裏庭に冷たい声がこだました。

 笑いながら話していた二人の身体に、氷柱が突き刺さったかのような悪寒が走る。

 

「いいご身分だな?久路人が時間を割いて鍛えてやっているというのに雑談に興じるとは、そんなに自分の実力に自信があると見える。次は妾が相手してやろうか?久路人と違って、本物の妖怪と命のやり取りができる貴重な機会をくれてやる」

「「す、すみませんでしたぁっ!!」」

 

 じっとりと不機嫌さを隠さない声音で、声の主が近づいて来る。

 二人は、すぐさま直立不動になって敬礼した。

 その表情は恐怖に染まっており、少しでも不興を買いたくないと物語っていた。

 

「ふんっ・・・」

「雫、二人に話しかけたのは僕だし、そんなに厳しくしなくても・・・」

「・・・・・」

 

 二人の、いや、久路人の前にやってきたのは雫である。

 雫がどうして機嫌が悪いのかは分かっていて、それを嬉しくも思うが、二人への辛辣な態度に久路人はやんわりとたしなめたが、返ってきたのは不満を隠さない湿気に塗れた深紅の視線だった。

 ずいっと久路人に近寄り、顔と顔がくっつきそうなほどに距離を詰める。

 

「ここ最近、久路人と私が二人でいられる時間が先週比で8.3%も減ってるんだよ!?寝る時もお風呂もずっと一緒だったのに、こいつらが来てから一割近く大事な大事な久路人との時間を削られるとか、久路人はなんとも思わないのっ!?」

「ご、ごめん」

「・・・まあ、久路人が優しいのは知ってるし、こいつらがいたから高校でも面倒な人間に絡まれなかったのは感謝しないこともないけど、それとこれとは話が別なのっ!!」

 

 雫はずいぶんとご立腹であった。

 言葉通り、久路人との時間が削られているのも大きな不満であるが、それ以上に雫は毛部と野間瑠に嫉妬しているのである。

 

「久路人も久路人で、すっごい楽しそうだし・・・」

「それは、まあ、僕としても友達が知ってる世界に来てくれて嬉しいってのはあるし・・・」

「むむぅ~!!」

「だからごめんってば!!わかったよ!!この埋め合わせはちゃんとするってば!!」

「・・・言質とったよ?楽しみにしてるからね?具体的には今日の夜」

「え?早くない?・・・わ、わかったよ!!わかったからここで服を脱がそうとするのはやめてってば!!」

 

 久路人も久路人で後ろめたさがあり、雫の要求に無条件で屈服する。

 その様子に、雫もひとまず満足したのか、『ふんっ』と鼻を鳴らしながらも久路人の服にかけていた手を降ろしたが、心なしか少し残念そうに見えなくもない。

 しかしこの程度で満足したのは、雫の言う通り二人に多少の恩があるのと、なにより二人が男だからである。

 もしもこれが女友達だったとしたら、今頃不慮の事故を装って消されていただろう。

 

(ものすごい美少女とのイチャイチャをほぼ毎日見せつけられてるけど、あんまり羨ましいとは思わねぇな・・・一応、俺らの目標なのに)

(だよね。まあ、水無月さん性格も臭いもキツイなんてもんじゃないし。それ以上にめっちゃ怖いし。よく月宮君は近くで話せるなぁ・・・)

(あんなヤバい子が近くにずっといたのに気付かなかったとか、俺らもしかして滅茶苦茶綱渡りしてたのか?)

(見えてたら見えてたで、それもヤバかったと思うよ。月宮君も水無月さんのことになるとものすごく怖いし)

(似たもの同士だよな、あの二人)

(うん)

 

 そんな二人を見ながら、毛部と野間瑠は小声でささやき合う。

 二人の境遇的に目の前でイチャつくカップルには殺意しか感じないのだが、久路人たちに関してはそんなこともない。

 むしろ、今にも鼻が曲がりそうな悪臭をものともせず、逃げ出したくなるような恐怖など一切感じていないような久路人に畏敬の念しかない。

 最近の雫にとって二人に対する好感度はマイナス気味であり、それにともなって二人に放たれる毒気も凶悪になっており、二人は雫の周囲に近づくことすら困難であった。

 もっとも、それがなくとも二人が雫に近寄ることはないだろう。

 二人は、久路人自身も雫に並々ならぬ愛情を持っていることをここ数日で知っている。妙なことをすれば、いくら友達だろうと何をされるか分からない恐怖を久路人から感じていた。

 

(でもまあ、見ていて損はないというか、やる気は出るよね。俺たちだって・・・)

(ああ・・・)

 

 しかし、彼らにとってはそんな恐怖があろうがあまり関係はない。

 君子危うきに近寄らず。危険なモノにはちょっかいをかけないようにすればいいだけだ。妙な好奇心で、あんなにおっかない化物に近づいて自分たちの目的を果たすための近道を捨てるなど馬鹿げている。

 それに、二人にとってあの二人は自分たちの理想を体現した存在なのだ。

 二人は改めてイチャついているんだか痴話げんかしてるんだか分からない二人を見ながら思う。

 

((あんな風にイチャつける彼女が欲しい!!))

 

 

-----

 

 時はあの仮面を被っていた二人を倒した翌日まで遡る。

 

「「月宮君、本当にゴメン!!」」

 

 月宮家の客間で、毛部君と野間瑠君が僕に頭を下げてきた。

 

「いや、いいよ。二人がおかしくなってたのは、あの仮面のせいだったんだし」

「むしろ、そこで謝らなきゃいけないのは俺の方だな。まさか術具が外から流れてくるなんてな・・・」

 

 そんな二人に、僕とおじさんは気にする必要はないと手を振って見せる。

 ちなみに、毛部君は目元を隠すくらい前髪を伸ばしてマッシュにした少し荒っぽい話し方をする方で、野間瑠君は同じく目元を前髪で隠した天然パーマ気味の大人しい話し方をする方とおじさんには紹介済みだ。

 

 

「あの仮面は、古い術具でな。付けたやつの内なる感情を増幅させて、その分身体を強化するって代物だ。忘却界の中で霊力がなくなりかけてて、結界に引っかからなかったんだろうな。それがこの街にあふれてる霊力を吸って力を取り戻し、お前らに目を付けたってわけだ」

「そ、そうですか・・・」

「そんなことが・・・」

 

 あの後、倒れた二人を僕が月宮家まで運び、おじさんに頼んで二人の体調や持っていた仮面を見てもらい、そのほかの調査も済んだのでその報告会をしている。

 一般人ならば記憶を消しておしまいなのだが、毛部君と野間瑠君の場合はそうもいかない事情があった。

 

「あの後、お前らの部室まで見に行ったが、他にもいくつか術具があった。どれもあの仮面よかグレードは下だったがな」

「え?じゃあ、部長は・・・」

「もしかして・・・」

「安心しろ、白だ。寝込みにちょいと記憶も見させてもらったが、あいつには霊能力はない。術具についても興味があっただけだな。いわくつきの品をオークションやらなにやらで集めてた中に本物が混じってたってわけだ。気になることはあったが・・・まあ、後でいいだろ」

 

 今回の事件は、映画研究部の部長とやらが持っていた術具、二人が持っていた仮面が原因だったと判明している。

 他にも似たような術具がないか探ったり、部長本人が悪意をもって何かを企んでいたのではないかと疑ったが、あの術具は部長の趣味で集めたというだけの代物だった。

 術具というのは霊力によって特殊な効果を持った道具のことだが、忘却界の中にあると術具に込められた霊力が少しづつ漏れていき、やがて使えなくなってしまうらしい。完全に霊力が枯渇してしまえば術具としての機能も失って、もう一度術を込め直さない限りただの道具と変わらなくなるのだが、ハイグレードのモノは霊力が抜けきるまでに時間がかかったり、休眠するモノがあるとのこと。そして、中には使い手を求めて自ら動くモノすらあるという。

 あの仮面もそうやって休眠していたために結界をすり抜けることができたという訳だ。

 まあ、そんなハイグレード品など早々あるものではないらしいが。

 

「あそこにあった術具は、勝手だが全部回収させてもらったぜ。見た目そっくりなレプリカを作っておいたからバレることはないがな」

「おじさんの作ったレプリカなら、まず心配はないね」

 

 おじさんのおかげで、術具に対する後始末はすべて片付いている。

 この街に入ってきた分も、おじさんが昼の間に周って確認してくれていた。

 最近は結界の方もなんとか落ち着き始めたらしく、昼間も付きっ切りで見ている必要はなくなったからとのこと。

 問題は・・・

 

「さて、お前らの身の振りについてだ」

「「!!」」

 

 おじさんの言葉に、二人が一気に身をこわばらせた。

 

「まさか、霊能者の素質があるヤツが天然モノで二人もいるたぁな・・・」

「物部さんたちは先天的だったけど、後天的になる人もいるんだね・・・」

 

 これが、二人の記憶をすぐに消さなかった理由だ。

 僕やおじさん、物部姉妹は生まれた時から霊力の量が多く、ごく自然に異能の存在を見ることができていた。

 それに対して毛部君と野間瑠君は、瘴気を取り込むことで霊力の生成量が増えるタイプ。

 毛部君と野間瑠君には、後天的に霊能者となる才能があったのだ。

 

「お前ら、妖怪やら霊能者のことは説明したから理解したよな?お前らには二つの選択肢がある」

 

 二人には、もう異能の力について説明済みだ。

 この世界には霊能者や妖怪がいて、さらにはとんでもない化物がいる常世が存在していること。

 普通の場所は忘却界に守られていて安全だが、この街はそうではなく、日夜妖怪が跋扈していて、僕らが退治して回っていること。

 そして、二人もそんな非日常の世界に足を踏み入れてしまったこと。

 それを知った上で、二人には選ぶ権利がある。

 

「一つ目。お前らが目覚めてから今日までの記憶を消して、霊力も封印。これまで通りの日常に戻る」

 

 それは、これまで妖怪に襲われていた人に施していた処置でもある。

 物部姉妹についてはこの街に来てから時間が経ちすぎていた上に、生まれつき霊力が多かったため、そうした処置を施すと他の記憶にも影響が出る可能性があったので例外的に見送ったが。

 

「んで、二つ目。お前らも霊能者として俺らに協力してもらう」

 

 二つ目の選択肢は、彼らに非日常の僕らがいる世界に入ってきてもらうことだ。

 物部姉妹にはしなかった提案を、どうして彼らにはするのかと言えば。

 

「はっきり言って、お前らの才能はかなり魅力的だ。腐らせるのは惜しい。使える人手が全然足りねー現状、戦えるやつは希少なんだよ」

 

 それは、二人の持つ才能が中々のものであったからだ。

 さすがに大穴から出てくる妖怪を相手にさせるのは難しいだろうが、装備を整えて訓練を積ませれば中規模の穴から出現するレベルを余裕を持って倒せるくらいにはなるらしい。

 

「俺たちにそんな才能が・・・」

「でも、やっぱり危なくないですか・・・?」

 

 話を聞いた二人の反応は、可もなく不可もなくと言ったところ。

 いきなり戦えと言われても取り乱していないのは、自分たちの力が強いものだとここ数日動き回ったことで自覚しているからか。

 それでも、仮面を外して正気に戻った後では不安もあるようだ。まあ、当然の反応だろう。

 

「まったく危険がないとは言わないぜ。だが、お前らなら鍛えればそこいらの妖怪なら相手にもならないだろうし、なによりそれだけ影が薄けりゃそもそも見つからねえよ。気配隠ぺいなら、間違いなくお前ら天才だぞ。そんだけ存在感薄いのによく今まで生活できてたなって感心するくらいだ」

「「ええ・・・」」

 

 おじさんは褒めている口調なのだが、二人は微妙な表情だ。

 反応の悪さを悟ったのか、おじさんはコホンと咳払いをした。

 

「もちろんただでとは言わねぇ。きちんと報酬は払うし、訓練だってつけてやる。そうだな・・・日給五万でどうだ?お前らが妖怪を倒したら、そいつの強さでさらに上乗せする」

「日給で五万!?」

「ちょっ!?それ本当に危なくないんですか!?」

 

 日給五万。週に一日だけでも月二十万だ。

 学生のアルバイトとして見ればかなり割りがいいだろう。非合法のラインを疑うほどだ。

 

「金が不安なら他のモンでもいいぞ。法に抵触しない範囲でなら大抵のことは叶えてやる。金、権力、女・・・男の欲しいモンなんぞ余裕で揃えてやるが?何かあったら、当然この俺が責任を取る」

「いや、そんな言い方したら余計にダメでしょ。犯罪臭がさっきよりすごいよ。二人とも、確かに才能がありそうだから大丈夫だとは思うけど、別に断ってくれても・・・」

 

 二人の友達の僕としてはどっちかと言えば二人には元の日常に戻ってもらった方がいいとは思う。

 二人が目覚めてしまった遠因には、僕と雫も関わっているし、巻き込んでしまうのは申し訳ない。

 まあ、おじさんが言うように腐らせるのが勿体ないレベルではあるとは思うけども。

 そうして僕は二人に無理して受ける必要はないと言おうとしたのだが・・・

 

「「よろしくお願いしまぁすっ!!」」

「いい・・・え?」

 

 見れば、二人は立ち上がって、おじさんに向かって腰の高さにまで頭を下げている。

 

「そ、その・・・女の子紹介してもらえるのって、マジなんですか?可愛い子期待してもいいんですか!?」

「月宮君もものすごい怖いけど美人な子連れてたし、あのレベルの彼女が俺たちにもできるんですか!?」

 

 頭を下げたままではあるが、二人は真剣な声でそう言っていた。

 

「どんだけお前ら女に飢えてんだよ・・・まあ、お前らのレベルなら他の霊能者の家も欲しがるとは思うぜ。霊能者は基本的に美形が多いし、当たりを引ける確率は高いと思うぞ。そういう家を紹介してやってもいいが」

「「一生付いていきます、月宮さん!!」」

「お、おう・・・お前ら、美人局とかには気を付けろよ?あと」

 

 女の子を餌にした瞬間、迷いなど全く感じさせない勢いで異能者の世界に足を踏み入れることを決めた二人に、おじさんは少し引いたような顔をしていた。

 

「久路人の前で雫のこと口に出すのは止めとけ。おい久路人、お前も刀しまえ」

「・・・うん」

「「え・・・」」

 

 そして、僕もいつの間にか手に持っていた刀を黒鉄の砂に戻す。

 柄を握りしめすぎて血が滲んでいたが、その傷もすぐに治った。

 そんな二人に、僕は笑顔で言う。

 

「二人がそっちの道を選んだのは色々複雑な気分だけど・・・二人が決めたことなら、僕は応援するよ。ただね・・・?」

「「っ!?」」

 

 一瞬で黒鉄の刃を再構築し、殺気を込めて二人の目の前で一閃する。

 刃は二人の鼻先をわずかに掠め、部屋に一陣の風を巻き起こした。

 

「雫を妙な眼で見たら、二人でも容赦しないから」

「「は、はい・・・」」

 

 こうして、毛部君と野間瑠君は、霊能者の世界に足を踏み入れたのだった。

 

 

-----

 

 後になって、『・・・水無月雫だ。久路人の彼女で実質妻だ。それ以上のことなどお前らに教える必要はない』と、不機嫌さを隠さない雫を紹介しつつ、角を生やした半妖体を見せて僕が人間を止めたことを話すと・・・

 

「あ~、なるほど」

「だからあんなに迫力あったんだね・・・」

 

 驚くよりもなぜか納得していたのだった。

 そして、雫の発する毒気を浴びたことで、

 

「漫画とかで人外娘もアリかもとか思ってたけどさ・・・」

「無理。絶対無理!!」

 

 鼻を押さえながら、人外ヒロインへの憧れを諦めるのだった。

 

 

-----

 

(あの部室から持ってきた術具・・・)

 

 月宮家の地下にある京の工房の中。

 映画研究部の部室から押収してきた術具を並べて、京は考え込む。

 

(この仮面は、古い術具だった。珍しい話だが、強い力を込められた術具が忘却界の中で眠ってたってのはなくもない話だ。だが・・・)

 

 毛部と野間瑠が被っていた仮面を手に取るが、その視線はそれ以外の術具に向かっていた。

 仮面については、術具の専門家である京にとってなじみ深いもので、どういった経緯で事件を起こすに至ったか大まかに推測ができた。

 だが・・・

 

(こいつらは何だ?)

 

 京の目に映るのは、部室にあった低グレードの術具だ。

 仮面と同じように古ぼけた見た目の人形やら髑髏のオブジェやら、不気味な見た目のものだったが、問題はそこではない。

 

(隠そうとはしていたが、いやに霊力が『新しい』。そもそも、こいつらくらいのグレードの術具が忘却界の中にあったら、一年もしないうちに霊力が切れるはず。そんなのが複数見つかるだと?)

 

 忘却界の中で術具が休眠しているのはあり得ない話ではないが、そんなことが可能なのはハイグレードの術具だけだ。品質の良くないものなら、短期間で込められた霊力が霧散し、ただの道具に戻ってしまう。

 それなのに、術具として機能を保ったモノが複数見つかっている。

 

(この辺りの霊脈の異常といい、常世から逃げてくる妖怪の多さ、それにこの術具・・・キナ臭いな)

 

 京はそこでいったん思考を打ち切ると、机の上の術具に意識を向ける。

 京にかかれば、術具の鑑定など朝飯前だ。

 だが、万が一を考えて月宮家の中でも最も堅牢な工房で詳しい調査を行おうと思い、今まで放置していたのである。

 そうして、京は術具を解析しようとして・・・・

 

 

--パキンっ!!

 

 

「京っ!!」

「っ!!」

 

 それまで京の隣に控えていたメアが、京の前に出る。

 その手には、飛んできた術具だったものの破片が握られていた。

 

「京、すべての破片を落とした自信はありますが、お怪我は?」

「ねぇよ。助かった」

 

 メアに礼を言う京の前には、バラバラに砕け散った術具の残骸が転がっていた。

 

「鑑定しようとしたら自爆・・・用意のいいこった」

「まるでテロリストですね」

「まるでじゃねーよ。実際テロリストみたいなもんだ。こんな物騒なモンばら撒く連中なんぞ、あいつらしかいねぇ」

 

 焦げ臭い煙が室内に漂うが、それもすぐに部屋にかけられた術によって換気される。

 しかし、京とメアの表情は曇ったままだった。

 それは、この先に待ち受けるであろう『敵』を見据えてのモノ。

 

「とうとう動き出したか・・・『旅団』」

 

 

-----

 

 

「あれ?いくつか壊された?」

 

 薄暗い部屋の中で、寝っ転がって退屈そうな顔しながらスマホを眺めていた少女は、不思議そうな顔をして途中で切れてしまった糸を手繰り寄せる。

 

「あっちこっちにばら撒いたから、ガタが来てるのもあるのかなぁ?それか、どっかの霊能者の結界に引っかかった?バレる前に自壊するようにはしてたけど・・・」

 

 不思議そうな顔をする少女だったが、特に深く気にする様子はない。

 そのまま千切れた糸を、部屋の中に這わせる。

 

「うん、次はこれでいいかな」

 

 部屋の中に転がっていた、古めかしいピエロの人形に糸が絡みつく。

 その人形は見た目こそ少々不気味だが、呪いも何もないただの人形だ。

 

「よっ!!」

「っ!!」

 

 しかし、少女が一声かけた瞬間、ピエロがひとりでに動き出した。

 まるで操り人形のようだが、少女の放った糸は人形に絡みついているだけで、糸が人形を動かしているわけではないのは明らかだ。

 

「よし!!付与完了っと!!せっかくだし、次に売るのはコレにしよっと」

 

 そうして、少女は再びスマホをいじり出すと、メッセージを打つ。

 

「『マリに愛して欲しかったら、これ売って来て♡』っと・・・よし」

 

 スマホに浮かぶ文字を見て、満足そうに笑うマリだったが、すぐに退屈そうな顔に戻る。

 

「はぁ・・・やっぱりダメだね。全然面白くなりやしない」

 

 切り替わったスマホに映るのは、マリが以前に投稿した動画のコメントだ。

 動画は様々な恐怖体験を紹介しているものなのだが、そこには『自分もこういう体験をした』というコメントが寄せられている。

 

「ぜ~んぶ、全部嘘ばっかり」

 

 しかし、マリはそれをすべて嘘だと断じる。

 確かにネットの中は嘘塗れだ。嘘と真実を見分けられないものが手を出すべきではない。

 だが、この世界には異能の力が存在していて、真実が紛れ込む可能性はある。

 どうしてマリはすべてのコメントを嘘と判断することができたのか?

 

「ん~・・・待ってるだけじゃダメってことかな」

 

 そこで、マリはベッドから起き上がった。

 サイドテールの根元に括りつけられた、小さな王冠がスマホの光を鈍く反射する。

 

「うん。これが丁度いいかな」

 

 立ち上がったマリが手に取ったのは、一枚の写真だ。

 写真には、おどろおどろしい姿の長い髪をした女が写っている。

 その写真は、いわくつきの心霊写真という触れ込みで、マリが以前に術具としたものだ。

 写真を見ながら、マリはスマホを操作して、過去に投稿した動画を漁る。

 動画の中で、過去のマリは語る。

 

『これは、マリの知り合いから聞いた話なんだけどね・・・』

 

 

 あるところに、とても一途な、恋に理想を持った女がいた。

 

 女は美人で、長い黒髪が似合う大和撫子のようだった。

 

 けれども女の愛は重く、男と付き合えても長続きしなかった。

 

 そんな彼女だったが、ある時に付き合い始めた男とは長く関係が続いた。

 

 一年経ち、二年経ち、二人は関係を維持し続けた。

 

 だがそのうち、男の方は女を避けるようになった。

 

 女の重い愛に、それまでの男たちのように、次第に耐えられなくなったのだ。

 

 やがて、男は女に黙って姿を消す。

 

 男は、女から逃げ出したのだ。

 

 『もうお前とは付き合えない』そんな置手紙を残して。

 

 それを読んだ女は、そんな現実を受け止められなかった。

 

 『きっと、悪い女に騙されたに違いない!!』

 

 そう思い込むことで、女は現実から逃避した。

 

 それから女は、男を探した。

 

 人を使い、金を使い、男のわずかな痕跡からその行方を掴もうとした。

 

 『ああ、あの人はどこにいるの!?』

 

 胸の中に狂ったような愛を燃やしながら、女は男を探す。

 

 けれども、その願いが叶うことはなかった。

 

 女は、男を探す最中に、車にはねられて死んでしまったのだ。

 

 『どこ、どこぉ・・・どこ、だぁっ!!?』

 

 死の間際まで、女は男の行方を、男を誑かした実在しない女の場所を明かすことを願い続けた。

 

 そして・・・

 

『新しい場所で、新しい彼女と付き合っていた男は、彼女ごと交通事故にあって死んじゃったんだ。その死体にはね・・・?』

 

 動画の中で、マリは物語の結末を語る。

 

『新しい彼女のものじゃない、長~い黒髪が、首を絞めるみたいに絡みついてたんだって』

 

 そして、マリはそこで動画を閉じた。

 

「さ、これが新しい君の入れ物だよ。名前は、そうだなぁ・・・口裂け女にあやかって、安直だけど『黒髪ストーカー』にしよっかな?餌はマリがあげるから、頑張ってね」

『オ゛、ア゛ア゛・・・』

 

 いつの間にか。

 本当にいつの間にか、部屋の中に長い黒髪の女が立っていた。

 マリが声をかけると、女の姿はたちまちのうちに消え失せる。

 

「ふふ、人が死んだ話を器にしたから、もしかしたら死人が出ちゃうかな?でも、しょうがないよね?」

 

 そして、女が消えた部屋でマリは楽しそうに笑う。

 

「だって、マリはかわいそうな被害者なんだもん。今までイジメられてきた弱ーい女の子には・・・」

 

 楽しそうに、面白そうに、口の端を吊り上げて。

 三日月のように顔をひび割れさせながら、マリは嗤う。

 

「何をしたって許されるんだから」

 

 




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怪異

人外のくくりではあるが、妖怪のような実体のあるモノではなく、『本来は存在しない階に繋がるエレベーター』だとか『おまじないをすると現れる幽霊』のように霊力が特定の条件を満たした時のみ現れる現象のような存在。
霊力は霊能者の意思によって術へと変わるが、怪異はほとんどが『人間の集合意識』によって指向性を与えられ、変質した霊力。怪談話などがモチーフになりやすい。
人間が扱う術の一種とも言える存在であり、人間の集合意識を元に発動する忘却界の影響を受けない。
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