白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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第五章 エリコの壁
修行開始


凍滝(いてだき)!!やぁあああああっ!!」

 

 雫が気合のこもった叫びを上げながら、手にした薙刀で斬りかかる。

 刃には冷気が纏わりついており、当たれば『斬られた』というよりも『砕かれた』と言う方が正確な有様になるだろう。

 いや、それ以前に雫クラスの膂力で振るわれる術技など、例え直撃を裂けたとしても、多少腕が立とうが即死するしかない。

 

「振りが粗い上に正直ですね。力任せに振るったところで、速さは出ませんよ?」

「っ!?」

 

 しかし、メアは薙刀よりも遥かにリーチの短いナイフで、そのひと振りを受け流していた。

 

「戦闘中にいちいち驚く暇はありません。そんな暇があるのなら、頭を使いなさい。『光刺(レイ・スラスト)』」

「くっ!?」

 

 渾身の術技を真正面から受け流され、驚きで顔を歪める雫に対し、メアはどこまでも冷静だった。

 雫の刃を弾いた方とは逆の手に持ったナイフを握り、一足で距離を詰めると、がら空きの胴に刺突を見舞う。

 眩い光を纏ったナイフが凄まじい速さで迫りくるのを察し、雫はギリギリで薙刀の柄を使ってガードする。

 同時にバックステップで距離を取ったが、それが雫の命を若干引き延ばした。

 

「妾の薙刀が・・・」

 

 ジュゥゥウウ・・・という音ともに、水を司る人外でもトップにいる雫が作り出した薙刀が、ドロドロと溶けだしていた。

 もしも力に任せて鍔迫り合いになったとしたら、そのまま貫かれていただろう。

 

「よそ見をするのはやめなさいと言っているでしょう?」

「ぬっ!?」

「させるかっ!!紫電改二!!」

『メア、0.001秒後、着弾。狙いは足だ』

 

 思わず得物を確認してしまった雫に、メアが迫る。

 しかし、紫電を纏った弓矢がその突撃を阻むように飛来した。

 人外の腕力、科学では大規模な施設でもなければ再現不可能なほどの膨大な磁力による加速、そして摩訶不思議な霊力が組み合わさった矢は、土属性による強化により空中で溶解することもなく、音速を遥かに超える速さでソニックブームをまき散らしながらメアを穿ち・・・

 

「狙いが正確すぎです。弾いてくれと言っているようなものですよ?」

「嘘でしょ・・・」

 

 超常の力は、同じ力によって退けられた。

 メアのロングスカートに包まれた脚がスリットから飛び出し、電磁砲に相当する威力の矢を蹴り飛ばした。

 矢はスピードをそのままに方向を変えて地面に突き刺さり、クレーターを作る。

 それを、矢を放った久路人は信じられないものを見る顔で見つめていた。

 

『お前の攻撃は効率がよすぎなんだよ。かえって動きが読みやすい』

 

 メアが装着している割烹着の胸元に光る宝玉から、久路人のよく知る叔父の声が聞こえてくる。

 だが、それで納得できるはずもない。

 

「そういう問題じゃないでしょ!!なんで反応でき・・・っ!?」

「『光矢(レイ・ボウ)』・・・雫様に申し上げたことは、貴方様にも当てはまっていますよ?』

「くっ!」

 

 いくら飛んでくる方向と着弾箇所が予想できるからと言って、音速を遥かに超える物体を蹴り飛ばせるなど予想外だ。

 しかも、触れただけで肉体がひき肉になっていてもおかしくないだろうに、メアの動きには一切の陰りがない。

 お返しとばかりに、いつの間にかナイフの代わりに握っていたボウガンから放たれた矢を、咄嗟に弓で叩き落とす。

 これで、久路人の攻撃は不発に終わってしまった。

 

「でも!!」

 

 しかし、結果的に久路人は目的を達した。

 

「もらったぁあああああっ!!炎瀑布!!」

 

 久路人に反撃を行ったのは、ほんの一瞬。

 しかし、人外でも上位に位置する雫にとってはそれで充分だった。

 後退して距離を稼ぎ、すぐさま炎による広範囲攻撃。

 躱しにくく、水とは異なり触れただけでダメージとなる炎を雫は選択した。

 炎の渦がメアを捕らえ、包み込む。

 

「鳴神!!」

 

 雫の術攻撃を待っていた久路人も、遠距離から攻撃を仕掛ける。

 眩い光とともに、一条の稲光が炎の塊に直撃した。

 

「よし!!ならダメ押しに・・・」

 

 だが、雫は油断はしない。

 自分と久路人の術が当たりはしたが、これで仕留められるとは思っていないからだ。

 すぐに第二波を撃つべく、術の準備を始める。

 しかし・・・

 

「『瞬閃(フラッシュ・リープ)

「なぁっ!?れ、『零が・・・』」

 

 炎と光と土埃に塞がる視界を割って、メアがすさまじい速度で突撃してきた。

 雫は驚きつつも、咄嗟に眼を紅く輝かせ、その動きを止めようとするも、それはあまりに遅すぎた。

 

「雫様、アウトです。『銀腕(アガートラム)

「ぐはっ!?」

「雫っ!?」

 

 次の瞬間には、雫の鳩尾に拳を打ち込んでいた。

 たまらず雫は膝をついてしまう。

 メアの拳にナイフはなく、代わりに銀色に輝くガントレットが嵌っていたが、妖怪の枠を超えた雫を一撃でダウンさせる拳など、一体どれほどの威力だったのか。

 

「拘束を目当てにするなら、視界を塞ぐ炎よりも水の方が向いていたかと。まだまだ炎の扱いには習熟が必要なように見受けられます。ダメージを稼ぐために余計な色気を出すべきではなかったですね。さらに言うなら、魔眼の発動も遅い。いかに時間を止める能力があっても、使う前に倒されては何の意味もありませんよ」

「くぅっ・・・」

 

 悔し気な顔でなんとか倒れないように力を振り絞る雫だが、そんな様子を意に介する様子もないメアはダメだしを始める。

 その白の割烹着には先ほどまでなかった紅と黄色のラインが走っており、あれほどの爆炎と雷撃を受けたにもかかわらず、焦げ目一つついていなかった。

 

「疾風迅雷!!」

 

 そんなメアに、久路人が一直線に、最速で迫っていた。

 久路人は、雫が追撃の術を放った後、確実にとどめを刺すために最も得意とするクロスレンジで決めるつもりで術技を繰り出していたのだ。

 先に雫が沈んでしまっていたが、雫をダウンさせるためにメアは完全に久路人に背を向けており、結果的に最も隙のあるタイミングで久路人の突きが炸裂することとなった。

 

 

--ガキン!!

 

 

(硬っ!?)

 

 手に走った猛烈な衝撃と痺れに、久路人の顔が歪む。

 久路人の繰り出した渾身の術技は、背を向けたままのメアに受け止められていたのだ。

 正確には、メアの背中から突然現れた白い翼に。

 

「貴方がたが2人がかりで戦っているように、我々も『2人』です」

『ツメが甘いな。お前なら確実に背後から最速で突っ込んでくるってのは見えてたぜ?そら、罠発動!!『アンドロメダ』!!」

「うわっ!?」

 

 メアに攻撃を受け止められた反動で動きが止まっていた久路人の足元から、光が立ち上る。

 それは、一つの魔法陣のようだった。

 宇宙に浮かぶ星々の軌道を落とし込んだような魔法陣から光の鎖が現れ、久路人を雁字搦めに拘束する。

 

「こ、これ、『神の力』!?」

『俺様自慢の捕獲用トラップだ。お前の言う通り、神の力、『天属性』の霊力をこめてある。後は、星にまつわる術具は俺が一番得意なシロモノなんでな。お前でも簡単にはほどけねぇよ」

「これにてチェックメイトです」

 

 光る鎖に縛られた久路人の喉元に、メアがナイフを突きつけた。

 久路人は鎖に霊力を流し込んで破壊しようとしたが、メアが手を下そうとすれば、鎖が砕ける前に喉笛を斬られるのは火を見るよりも明らかだ。

 

「くっ・・・参りました」

「仕方あるまい・・・妾たちの負けだ」

 

 そうして、久路人と雫は月宮家の裏庭にて、屋敷の主と使用人に敗北を認めたのだった。

 

 

-----

 

「僕たちも、結構強くなったと思ったんだけどな・・・」

「あれから何度か戦ったけど、勝つどころか一撃すら入れられないなんて・・・」

「あのな、俺はこれでも七賢の1人だぞ?年季が違うわ」

「新しい力をいくつも手に入れたようですが、使いこなせていません。我々が付け焼刃の技に敗れると思うとは、まずはそのお花畑な頭から鍛えなおすべきでは?」

((相変わらず腹立つ喋り方するな・・・))

 

 月宮家の居間にて、僕たちは夕飯を食べながらその日の反省会を行ってた。

 おじさんたちが『修行始めんぞ』と言いだしてから数日、毎日の夕食の時間に振り返りをするのが恒例になっている。

 

「ほれ、お前らの分」

「ありがとう、おじさん」

 

 おじさんが、僕に茶碗によそったご飯を差し出してくる。

 そのお椀は離れから持ってきたマイ食器であり、毎日ここに持ってきているが、置きっぱなしにすることは許可されていない。

 僕は人外化してからも欠かさず食事ごとに雫の血を摂取しているが、おじさんたちが『頼むから家の食器は使うな、っていうか、血の付いたもん置いてくな』と真剣な顔で言ってきたからだ。

 今も雫の血が入ったボトルの中身を料理に垂らしているのを、得も言われぬ表情で見つめていた。

 

「お前ら、そんなんだからメアにキツく言われてんだぞ」

「自分の作った料理に血をぶちまけられるのって、結構腹立つんですよ」

 

 どうやら、さっきメアさんの口調がキツかったのはそういう理由らしい。

 しかし、こればかりは譲れない。

 なんだかんだ言って、僕も雫の血を口にするのが癖になってしまっているのだ。

 

「えへへへ・・・」

 

 なにせ、雫が心から嬉しそうに笑ってくれるから。

 味も然ることながら、雫が喜んでくれるのが一番嬉しいのである。

 

「まあ、お前らの変態っぷりは今更だからもう何も言わねぇ。とりあえず今日の振り返りだが・・・お前ら、俺たちと戦って何を感じた?」

 

 そんな僕らを見てため息を吐いたおじさんだが、話を進めることにしたらしい。

 口の中に頬張っていた料理を咀嚼して飲み込んでから、僕と雫は口を開いた。

 

「「やりにくい」」

 

 一言で言うと、それに尽きる。

 おじさんたちは、とにかく戦いづらいのだ。

 

「メアさん1人だけしかいないのに、おじさんが合体してるから、2人分の動きができてるっていうのが混乱するな」

 

 おじさんたちのバトルスタイルは、メアさんがメインで戦い、おじさんがバックアップをするというもの。

 ただし、それは2体2の形ではない。

 おじさんは自身の身体を術具に改造した改造人間なのなだが、戦闘時にはメアさん用のパーツとなり、合体するのである。

 メアさんの割烹着にくっついていた宝石がそれであり、合体時には霊力を共有化するだけでなく術具師として術具であるメアさんの強化・回復から術具の補充までこなし、超高性能なレーダーにもなる。

 さらには、メアさんが生やした翼はおじさんが制御しているらしく、緊急時の防御も万全。

 一時には腕と翼に術具を装備し、腕が四本あるかのような戦い方までやってきた。

 合体状態のメアさんには、死角が存在せず、全方位に常時対応することができる。

 

「はっきり言って、俺は1人だけなら七賢最弱だろうな。霊力量も並みよか上だが、そこまで多かないし、改造人間とは言え、身体能力もお前らよか下だ。だが、俺は術具師だからな。俺自身が弱かろうが、強くて術具の扱いが上手いヤツを造ればいいし、俺が弱点になるのなら、安全圏を造って引っ込んでりゃいい。そんで、俺にとっての一番の安全圏が、コイツってわけだ」

「寄生虫みたいな考え方してますね。普通にキモイです」

「石直球か、お前」

((これがマジモンのツンデレか))

 

 おじさんの台詞に顔しかめながら吐き捨てるメアさん。

 しかし、なんとなく顔が紅くなっているような気もするから、満更でもないのだろう。

 最近はなんとなくメアさんの表情がわかるようになってきた僕らである。

 そんなおじさん達を見ながら、今度は雫が喋り出した。

 

「後は、とにかく戦い方が多様なことだな。動きが読みにくい」

 

 おじさんたちと戦う上で厄介なことは、動きが全く読めないことだ。

 例えば僕の戦い方を説明するならば、刀の近接戦闘か、弓・術による遠距離攻撃だ。属性は雷がメインで、最近では土・風属性も使う。

 これだけでも中々パターンが多いとは思うが、おじさんたちは比較にならない。

 

「火、土、水、風、雷の基本五属性はもちろん、光やら空間やら時のようなレアな属性まで使ってくる上に、ナイフやらボウガンやらグローブまで、武器が全部違うんだもの。間合いもコロコロ変わるし」

 

 多種多様な属性を宿した、多彩な武器の数々を使う。

 おじさんたちの戦闘スタイルは、とにかく種類が多い。

 ありとあらゆる状況に対応できる、汎用性の究極系だろう。

 そのために、次に何をしてくるのか予測が難しいのだ。

 

「それが術具師の頂点たる俺の持ち味だからな。相手の情報を分析して、相手の強みを消した上で弱点を突く。だがまあ、俺から言わせりゃ、お前らも大概だぞ?」

「まず、貴方がたに属性攻撃がほとんど通用しませんでしたからね」

 

 ここで、今度はおじさん達からの評価になる。

 

「お前らが今の姿になる前には、久路人は水、っていうか、氷。雫は土属性が弱点だったな」

「そういやそうだったね」

「あまり意識してなかったなぁ・・・」

「貴方がたは、昔から霊力が多かったからでしょう。大抵はごり押しでなんとかなってましたね」

 

 霊力には属性があるが、これには相性がある。

 霊能者は普通の人間に比べると頑丈だが、それは霊力による強化が無意識に発動しているからなのだが、相性の悪い属性の霊力を受けると、その強化が阻害され、ダメージが大きくなってしまうのだ。

 とはいえ、絶対的なものでもなく、霊力の量が膨大ならばほとんど影響はない。

 そのため、僕も雫も大して気にしてこなかったのである。

 しかし・・・

 

「そういえば、遠距離で雫に押されがちだったのも、そこら辺の影響があったのかな」

「私も、土属性の術にはいい思い出がないかも。あのクソ狐の石化とか、クソジジイの杭とか」

 

 思い返してみると、そこそこ身に覚えがあるような気もしてくる。

 

「属性は地味な要素だが、実力が近い相手には結構響いて来るからな。だが、お前らはそこをペアで戦うことで克服してんだよ」

「久路人様の弱点の氷は雫様の得意属性。そして、最近になって久路人様が土属性を会得したことで、雫様の弱点もカバーができているのです」

「強いパスを結んだヤツらにはよくあるんだが、お互いの耐性を共有するなんてことが起きる。お前らはちょうどかみ合ってんだよ。んで、そういう効果は距離が近いほどデカくなる」

「それ故、我々が多様な属性を使えたとしてもあまり意味がなかったのです。貴方がたに有効な戦い方は、基本五属性以外の属性か、いっそ物理攻撃で再生能力よりも速く削りきってしまうといったところでしょうか。そういう意味では、弱点を突くスタイルをとる我々としては、貴方がたも充分戦いにくい部類です」

「なるほど」

「しかし、それではなぜ妾たちは勝てぬのだ?善戦どころか一発もかませずに負けてばかりだぞ」

 

 おじさんたちからすれば僕らは戦いにくいらしいが、それにしては雫の言う通り負け続きである。

 

「戦っている最中も申し上げましたが、まだその身体に慣れきっていないのが大きいでしょう」

「新しい属性もそうだが、身体能力もそれまでと勝手が違うだろ?今日は人間の姿で戦ったが、これが半妖体や、妖怪形態だったらさらに違うぜ?」

「やっぱりそれか・・・」

 

 言われたことに、僕らは納得する。

 確かにここ最近のパトロールやら何やらで身体には慣れたつもりだったが、それはあくまで日常生活レベルであり、本格的な戦闘への慣らしはやっていなかった。

 

「特に今日の戦いで感じましたのは、『魔眼』の発動に慣れていないことですね」

「むぅ・・・あの眼は使うと少々疲れるのだがな」

「その疲れだって、訓練次第で克服できんだよ。せっかくの魔眼だ。使わなきゃ勿体ないぜ?」

「魔眼か・・・」

 

 僕と雫は、お互いの眼線を合わせた。

 雫の紅い眼と、僕の紫の瞳が交錯する。

 

「葛城山での戦いの時に使った『月読』を再現しようとしたらできた『瞬眼(しゅんがん)』に・・・」

「私が元々できた『邪視』の強化版の『零眼(れいがん)』」

 

 魔眼とは、特殊な術を使えるようになった眼のことだ。

 『瞳術』という眼線を合わせることを合図に体内の霊力を消費して発動する術とは異なり、眼そのものに異能の力が宿った瞳のことを指す。

 僕の場合は葛城山で神の力が暴走した時に使った、未来を見通す術である『月読』を再現しようとしたところ発現した『瞬眼』だ。

 

「未来が見えるのは同じなんだけど、月読は未来の僕自身も見えたのに、瞬眼は相手の動きしか見えないんだよね・・・」

「そりゃ、お前らの霊力は神の力から変わっちまったからな。月読はアカシックレコードにある確定した未来を見る術だったんだろうが、そんなもんはこの世界の管理者から許可もらわなきゃ使えねーよ」

 

 月読の時は、朧げな記憶ではあるが、未来の自分とその周りの風景を動画で再生するかのように見ることができた。

 一方の瞬眼は、見た相手の数瞬先の動きを見ることができるというもの。月読に比べると幾分劣っているように思えるが、それでも時属性という時間に干渉する高度な術らしい。

 

「お前は元々身体強化を使った時に、相手の動きが止まって見えるくらい集中力が上がってたからな。お前の中で、数瞬先の相手の動きが正確にイメージできてるんだろうよ。その分析力やら観察力が龍の力で強化されて、未来視ができるようになったんだろ」

「雫様の場合も同じようなものですね。元々見た者を凍らせる瞳だったものが強化された結果、時間すら止める瞳に進化したと言うところでしょう」

「時間に干渉する能力はそれなりに反動があるからな。霊力の多いヤツだったり、神格を持ってるヤツには通じにくいが、鍛えておきゃ牽制にはなるし、ほんの一瞬隙を作れるだけでも大違いだ」

 

 時間・空間に干渉する術というのはかなり高等な術なのだが、強敵には案外使えないらしく、気軽に相手の時間を止めて一方的に攻撃したり、火山の火口にワープさせるというのはできないのだとか。

 それというのも、強大な力を持つ者は世界そのものへの影響力も大きく、そんな存在の時間を止めるというのは世界に与える影響の時間も止めるということであり、とてつもない負担がかかるからだという。

 しかし、ほんの数瞬しか通用しないとしても、そのわずかな隙が大きな結果をもたらすこともある。

 

「時を操る術と、空間を操作する術はよく似ています。そこを取っ掛かりにすれば『陣』を習得する際にも役に立つでしょう」

「「『陣』・・・」」

 

 僕と雫は揃って呟いた。

 

「僕たちの修行のゴールが、陣の習得だっけ」

「今のところ、まったくできるようになる気がしないのだがな・・・」

 

 陣とは、神格に至った者だけが使える強大な空間系の術のことだ。

 神格に至れば使えるようになり、陣が使える=神格を持つということ。

 世界の管理者に近い力量を持った者の証であり、陣の中は術者の特性が最大限に発揮される結界となる。

 かつて葛城山で戦った九尾が使用した『天花乱墜』は、幻術や分身の術が大幅に強化される空間であった。

 そして、陣に関しては通常の空間系の術とは違い、強い相手も誘い込める。

 それは、陣がこの世界とは別の世界を造る術であるために、世界への影響の大きさが異なるからだとか。

 基本的に陣に対抗するには、こちらも陣を習得するしかない。

 九尾の時に神格に至っていない僕らが勝てたのは、相性が極めて有利だったからで、その上でも神の力の暴走がなければ負けていた。

 故に、僕らの修行の目標は陣を使えるようになることなのである。

 僕たちも戦力として数えられるようになれば、現世の日本にいる七賢級の戦力は4人から6人となり、現世にいるとされる、『勇者』を含む3人の幹部に2倍の数的アドバンテージを稼ぐことができる。

 

「ま、神格に上がるのは単純に力だけあればいいってもんじゃないからな。けど、今のお前らなら大丈夫さ」

「神格を得るのに必要なのは、『霊力』と『意志』です。貴方がたは霊力の基準はクリアしているでしょうが、意志については体を鍛えたところで身につくものではありません。ですが、貴方がたならば遠からず習得できますよ」

「その自信は一体どこから来てるのさ」

「意志・・・確か、『世界の変容を望む渇望』だったか?そう言われてもな・・・」

 

 神格に至る条件については、解明されている。

 なにせ、学会の七賢になる基準の一つに、神格を持つことが義務付けられているほどだ。

 しかし、それとおじさんたちが自信満々な様子なのが結びつかない。

 自分で言うのもなんだが、僕はルールやら規則にうるさい方で、いわば保守的だ。

 そんな僕に、世界を変える意志だの言われても困る。

 

「お前たちが今の姿になったってことが答えなんだよ。今は、その意志が内に向いているだけだ。そのうちに、絶対に目覚める機会が来る」

「これに関しては、修行するよりもデートでもさせた方が早いかもしれませんね。まあ、その前に最低限基礎を作り直してからですが」

「妾が聞くのもなんだが、そんなに悠長にしていていいのか?旅団はすでに動き出しているのだろう?」

「そうだね。僕の周りでも被害があったんだし、今頃忘却界の中だとどんなことになってるか・・・」

 

 陣についておじさんたちは近いうちに使えるようになると思っているようだが、そんな時間があるのか気になるというのはある。

 つい先日も池目君が被害にあったばかりだ。

 闘っている時は余計なことを考えている暇もないから気にならないが、忘却界の中では、今も死にかかっている人がいるのではないかと、こういう時は不安なってくる。

 

「そこは心配ない・・・って断言はできねぇが、時間はまだあるとは思うぜ。あいつらの目的を考えると、異能の力を信じる人間が大量に必要だ。それにはかなりの手間暇がかかる」

「さらに言うなら、怪異によって人死にがでるのも彼らにとって不都合です。異能の力を認めさせても、殺してしまっては無意味ですから」

「忘却界の破壊って言ってしまえば単純だが、取れる手段は多くない。久路人が人外になった時みたいに直接ぶっ壊すような真似は、あいつらもしないはずだ。俺らくらいに気を遣うようなこともしねーだろうけどな」

「なぜだ?考えてみれば、術具ごしに怪異を作り出して襲わせるよりも、人間の幹部とやらが動いて直接暴れ回った方が早そうだが」

「確かに・・・」

 

 雫の言う通りである。

 おじさんたちが言うように、怪異によって死者が出ることはないだろうが、それだって随分と迂遠だ。

 大抵の妖怪にとって人間とは獲物であり、そんな相手の命を保障する手間をかけるのには違和感がある。

 そんな僕らを見て、おじさんは少しの間顎に手を当てて考え込んだが、『まあいいか』と言って口を開いた。

 

「これは学会の上層部にしか知られていないんだが、お前らには教えてもいいだろ。忘却界ってのはな、『神』との契約で生まれたものなんだと」

「この世界で初めて神を観測したのは七賢一位たる魔人なのですが、神は本当ならば魔竜との決戦が終わった後、人間と人外の双方の陣営を消去するつもりだったようです。当時、彼らの度重なる戦いで世界そのものが大きく傷んでいたために、その原因として目をつけられたのでしょう」

「「え?」」

 

 突然の機密情報に目を丸くする僕らに頓着することなく、おじさんたちは続けた。

 

「そこで、魔人は命乞いも兼ねて交渉したのさ。『我々が世界を平和にするから、見逃してください』ってな。それで、必死こいて忘却界を構築して、契約を果たしたってわけだ。厭戦気分になってたのも大きいだろうけどな」

「普段魔人と魔竜は現世の西側の守護に努めていますが、正確には学会の本拠地から離れられないのです。忘却界の起点となった場所で、その維持に力のほとんどを使っていますから」

「んで、それが旅団の連中が表立って暴れない理由でもある。忘却界を直接ぶっ壊すような真似をすりゃ、神を怒らせることになる。そうなりゃ、神本人はないだろうが、使徒が来るのは確実だ。さすがにそれは避けたいだろうって話だな。『壊された』じゃなく、あくまで『壊れた』ようにしなきゃいけないってわけだ。まあ、黒狼あたりはその辺の事情を知ってるか怪しいけどな。そういうわけで、まだ時間はあるだろうって見通しなのさ」

「事情は分かったけど・・・それ、僕らに教えてよかったの?」

「学会から殺し屋が来るなんてことはないだろうな?」

 

 旅団が本格的に動くまでに時間があることは分かったが、果たして聞いてしまってよかったのだろうか。

 

「学会の幹部の俺がいいって言ってんだ。別に問題はねーよ」

「貴方がたは、今後起きるであろう学会と旅団の戦いにおける台風の目です。むしろ、知っておいた方がよいかと。実力面でも知識面でも、貴方がたにはまだまだ学ぶべき点がありますから」

「つまるとこ、しばらくは今日みたいに訓練あるのみってわけだ。わかったらさっさと食って寝とけ。明日もやるんだからよ」

「なんか色々あったけど・・・うん、わかったよ」

「まあ、やられっぱなしは腹が立つからな。明日こそ一撃ぶち込んでやる」

 

 色々と込み入った話があったものの、その後もこまごまとした反省をしつつ、僕らは夕食を終えたのだった。

 

 

-----

 

 

「あはっ!!いたいたっ!!」

 

 同時刻

 久路人たちが夕食を食べ終え、各々休んでいる時に、マリはそこにいた。

 そこは、白流からやや離れた場所にある霊地だった。

 霊地とはいえ霊脈から供給される霊力は少なく、猫の額ほどの広さしかない、小さな寂れた神社の境内。

 その鳥居の前で、髑髏が塚頭に取り付けられたワンドを手に、マリは闇の奥へと目を向けていた。

 その視線の先には・・・

 

「「グルルルル・・・」」

 

 異形の獣がいた。

 人間の毛髪のような毛並みを持ち、人間の足のような四肢を持ち、人間の腕のような九本の尾を持ち、そして・・・

 

「ナゼ、だ・・・ナゼ、アは、セイが・・・コノ、ヨウナ」

「スマ、ナイ・・・タマ、ノ・・・アア、ナゼだ・・・ナンデ、セカイは、コンナ・・・」

 

 男と女。

 二つの人間の首が生えていた。

 それぞれの首はブツブツと何かを呟いているが、途切れ途切れのために聞き取ることはできない。

 しかし、それでもわかることはあった。

 

「ナゼ・・・セイ、が」

「ナゼ・・・タマノが」

 

 二つの首は、同時に呟き、そして叫んだ。

 

「「コンナメにアワねばナらなかったぁあああああああああああああああああっ!!!!!」」

 

 その声に、その眼に宿るのは、真っ黒な憤怒。

 世界そのものへの、憎悪に満ちていた。

 

「うんうんっ!!テメェらの事情とか、マリにはどうでもいいけどさっ!!マリよりもヤバそうだし、これだけ強そうなら使えるねっ!!」

 

 だが、マリはそんな獣を見ても、何も動じていなかった。

 杖を手に持ち、自らより強大と分かる相手にも悠然と歩み寄っていく。

 まるで、自分は絶対に負けないという保証があるかのようで、そんな彼女にとって重要なのは、目の前のケダモノが自分の役に立つかどうか。

 どんなにお涙頂戴のストーリーがあろうと、それがマリに響くことはない。

 

「何があったとしても、世界で一番可哀そうで救われなきゃいけないのはマリなんだよ?だから・・・」

 

 マリの中では自分こそが悲劇のヒロインであり、自分以外に同情を引く存在など、ゴミ屑以下の価値しかないのだから。

 

「大人しく、マリのおもちゃになってよねっ!!」

「「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!」」

 

 そうして、闇の中でおぞましい中身の少女と、おぞましい姿の獣の戦いが始まったのだった。

 




評価・感想とかよろしくです!!


設定

属性

霊力には属性があり、火、水、土、風、雷は基本五属性と呼ばれる。
他にも光、闇、影、木など、様々な属性がある。
それらの属性は大きく『地属性』と呼ばれ、神の力は『天属性』とされる。
久路人と雫の霊力には天でも地でもない全く未知の属性の霊力が含まれている。

なお、属性には相性があり、

雷は氷(水属性)に弱く、水は土に弱い。
その他の相性は後々。

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