主人公のいない話もでてくるかもしれません。
そこは、紅に染まった部屋だった。
『ふふ、これで、またワタシは美しくなれる!!いつか、あのお方に振り向いてもらえるようになるわっ!!でも、まだまだ足りないわね・・・』
部屋に備え付けられた大きな鏡の前には、美しい女が1人、一糸まとわぬ姿で立っていた。
その顔は、鏡に映る至宝とも思えるような自らの肢体を見つめ、高揚に茹っている。
しかし、一糸まとわぬというのは、語弊があるかもしれない。
『ああ、足りないわ。全く足りていない。このワタシが美しくあり続けるためには・・・』
女はそこで恍惚に染まっていた顔を歪め、自身の身体を覆う、深紅の液体を見下ろした。
『処女の生き血が、まだまだ足りないわ』
女の視線が、身体から部屋の中に移った。
その視界に映るのは、部屋を紅く染め上げる原因。
部屋の壁に鎖で吊るされ、元の美貌を絶望に醜く歪めた少女の死体だった。
死体の手足は欠損しており、そこから滴る血は樋を通って樽に溜められていく。
部屋の中には他にも樽が置かれており、女が浸るたびに壁に血が飛び、それが部屋の色を元の色からかけ離れたものに変えていた。
『ふふ、アナタは幸せ者よ?』
女は、少女の死体の下にまで歩み寄り、語り掛けた。
『アナタは、このワタシの美しさの礎になったのだから。あの尊きお方を、共に愛することができるのだから!!さあ!!アナタもあの方を愛しなさい!!愛する者こそが、愛されるの!!さあ愛しなさい!!愛せ!!愛しなさいよっ!!』
最初は穏やかに話しかける女であったが、死体がソレに応えるはずもない。
女の様子はそれに苛立ったかのように、荒々しいものに変わっていく。
女は死体の傍に転がっていた大振りのナイフを手に取り、死体に突き立て始めた。
『愛せっ!!愛せっ!!お前たちの愛が足りないから、ワタシはっ!!あの方はっ!!』
--コンコンコン
女がその身にさらに血を振りかけるようにナイフを振り回し始めた時、ノックの音が響いた。
『主様、失礼いたします』
扉越しに、感情というものが一切感じられない声が届く。
その氷のような声を聞いた瞬間、女は冷静さを取り戻した。
『何かしら?■■■?ワタシは今忙しいの?そんなワタシを遮るということは、よほどの用件なのでしょうね?』
『はい。お屋敷に、もうじきお客様が訪れます。今の内に支度をしなければ間に合わないかと』
『・・・それは確かに重大ね。わかったわ。お前はこの部屋を片付けた後、支度を手伝いなさい』
『かしこまりました』
部屋の扉が開き、1人の少女が入ってきた。
古式ゆかしいお仕着せに身を包み、長い紫がかった黒髪を後ろで一つに結んだ、人形のように整った顔の少女。
そんな少女とすれ違う際に、女は問いかけた。
『そういえば・・・『新しい子』は手に入ったのかしら?』
『・・・はい』
『そう。やはりお前は優秀ね。お前くらいに綺麗な子なら、ワタシと一つになってもらいたいところだけど、お前がいなくなると困ることが多そうだわ。ごめんなさいね』
『いえ・・・勿体ないお言葉です』
少女は、部屋を出ていく女にお辞儀をして見送る。
そして、女の足音が遠ざかっていくのを確認すると、部屋の中に向き直った。
『お前のせいだ』
『・・・・・』
死体が、口を開いた。
『お前がここに連れてきたから、死んだ』
『みんな、死んだ』
『あの気狂いに殺された』
『・・・・・』
いつの間にか、ぶら下がる死体が増えていた。
少女が壁にぶらさがる少女の言葉を聞くたびに、死体の数が増えていく。
『恋をしたかった』
『あの人と一緒になりたかった』
『あの女の男なんて知らない』
いつしか、部屋の中は死体で埋め尽くされていた。
『お前も許さない』
『お前も飲み込まれてしまえ』
『あの女の愛に』
『愛せ』
『愛せよ』
『愛しなさいよ』
『『『愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛セ愛セ愛セ愛セ愛セ愛セ愛セ愛セアイセアイセアイセアイセアイセアイセアイセアイセアイセアイセアイセ』』』
部屋の中に響くおぞましい大合唱。
死体が叫ぶたびに揺れ、鎖が耳障りな音を立てる。
樽の中の血がぶちまけられ、床が血の海と化す。
そんな中、少女は・・・
『・・・・・』
黙々と、ぶら下がる死体の一つ一つを引きずり降ろして床に並べていく。
怨嗟の声など、何も気にしていないかのように。
まるで、体に染みついたルーチンワークをこなすように。
その手は機械のように無感動に、正確に動き、いつしか一つの死体を除いて皆床に転がされていた。
その死体は、最初にぶら下がっていた死体だった。
『お前も、ワタシたちと同じになる』
少女がその手を死体に向けた時、死体の口が動き出した。
『お前も、この愛に飲み込まれる』
少女が死体の鎖を外し、床に死体が落ちた後も、その口は止まらない。
『お前の心は、『愛』に染まる。顔も知らない、あの女のはけ口になった男への愛に。だから・・・』
少女は、床に落ちていたナイフを手に取った。
思いっきり振りかぶり、女の喉に向かって突き立てる。
その直前に、死体は呟いた。
『お前はもう、誰も愛せない』
グシャリと濁った水音と共に血しぶきが舞う。
床に広がった紅い水たまりが、少しだけその広さを増した。
そして、そこに映る顔が動いた。
『だから、お前は誰にも愛されない』
人形のように整った少女は、自らに向かって呪いの言葉を吐いた。
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--ガバッ!!
「・・・夢、ですか」
月宮家の一階にある、屋敷の主人とその妻の寝室。
そこに敷かれた布団の上で、メアはポツリと呟いた。
その作り物めいた顔はいつも通りの無表情だが、一筋の汗が伝っている。
「ここ最近は、あまり見る機会は減っていたのですが・・・」
「久路人たちと戦って霊力昂ってるせいだろ。少し前にはほぼ全力出して陣まで使ったからな」
メアのすぐ隣から声が聞こえたかと思えば、むくりと男が起き上がった。
「私の寝顔見てたんですか?気持ち悪いですね」
「お前のうなされ声がデカすぎて先に起きたんだよ。あんな夢見りゃうなされるのも当然だがな」
「・・・京も、見たのですか。あの夢」
「まあな。俺とお前はパスが繋がってんだ。あの夢はお前の魂にまつわるもんだったし、俺にも見える・・・んん~!!」
布団を剥がして大きく伸びをするのは、メアの主人にして夫たる月宮京だ。
「繋がりがあるというのなら、その、アナタは問題ないのですか?」
「あ?お前が俺の心配するなんぞ珍しいなオイ。明日は槍でも降るのかね」
「っ!!茶化さないでくださいっ!!ワタシは本気でアナタを・・・んぐっ!?」
普段の口調に反して、月宮メアという女が京に向ける感情は、ひどく重いものだ。
そんな彼女だからこそ、あの悪夢を見た京の身を案じる気持ちも本物。
しかし、いきり立つメアの口は、他ならぬ京によって塞がれていた。
「ぷはっ・・・お前と俺は一蓮托生だ。逆に言うなら、お前が無事なら俺も問題ないってわけだ。パスも今確認したら問題なかったしな」
「・・・寝起きにキスするのは止めてください。口くさいです」
「おい、思ったよりもキツイ反撃するのはやめろ。心に来る・・・しょうがねぇ、歯ぁ磨いて来るか」
「あ・・・」
メアの本心など、京には分かっている。
しかし、京としても妻にそう言われたのは地味にショックだったのか、京は布団から抜け出した。
そして、そのまま洗面所に向かって歩き出しそうなその手を、メアは掴んでいた。
自分にとっても無意識の行動だったのだろう。
メアは、己の手と、そこに握られる京の手をまじまじと見つめていた。
「・・・メア?」
「っ!?い、いえ、なんでもありません」
己が何をしようとしていたのか分らなかったメアだが、どうにも気恥ずかしくなって、手を離した。
そして、京に背を向ける。
京によって作り上げられた肉体ではあるものの、天才術具師たる彼は貴重な材料を惜しみなく使うことでほぼ完全な生体を再現しており、メアの耳は真っ赤に染まっていた。
「きょ、京!!ワタシ、ワタシはっ!!」
自分が何をしようとしていたのかは分からない。
けれども、何を伝えようとしていたのかは分かる。
その作り物の身体に内包される、本物の気持ちを口に出そうとして・・・
「ぐっ!?」
メアの中の、最も深い部分が軋みを上げた。
同時に、どす黒い瘴気がメアから立ち上がる。
瘴気の中にはいくつもの少女の顔が浮かんでおり、それらは口々に囁く。
--愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛せ愛セ愛セ愛セ愛セ愛セ愛セ愛セ愛セアイセアイセアイセアイセアイセアイセアイセアイセアイセアイセアイセ
「ぐ、あ、あぁ・・・」
頭の中をミキサーでかき回されたかのような激痛が走り、メアは呻いた。
それは、呪いだ。
月宮メアとかつてナイトメアと呼ばれた亡霊との、未だ続く繋がり。
その呪いは、メアの中の心を侵そうとして・・・
「メア。あんま無茶すんな」
その言葉と共に、メアは京の腕の中にいた。
それと同時に白い光が2人を包み、瘴気が消滅する。
「はっ、はっ、はっ・・・ワ、ワタシは、別に無茶など・・・」
「俺とお前は繋がってる。例え、お前が言葉や行動で俺への気持ちが伝えられなくても、俺には分かってる。だから、無茶してまで伝えようとするな。ちゃんとわかってるから」
「っ!?・・・わかり、ました。ありがとう、京」
「おう・・・んじゃ」
久路人と雫の前では見せたことがないくらいに息も絶え絶えになりながらも、メアは京の胸に顔を埋め、礼を言う。
そんなメアに優し気な目を向けながら、京は寝巻のズボンに手をかけ・・・
「・・・何しようとしてるんですか?」
「いや、何ってパスの強化。っていうか、こんぐらいくっついてたらお前も分かってんだろ」
「・・・やっぱりアナタ最低ですね。もうちょっと雰囲気を読んでくださいよ」
「別にいいじゃねぇか。多分久路人と雫も今頃盛ってんだろうし。訓練までまだ時間はあるぞ?」
「まあ、そうでしょうけど・・・」
ちょうど自分の腹部あたりに熱く硬いモノが当たる感触を感じ、メアの口調がいつも通りに戻る。
しかし、抵抗する様子もない。
京が自分を布団の上に押し倒しても、されるがままだ。
「メア」
「なんですか?時間があると言っても、そんなに長くはできないでしょう?ヤるならさっさと・・・」
「もう少しだ。『薬』と、おまけに『毒』まで手に入ったんだ。もう少しで、呪いは解ける。あと少しの辛抱だ・・・お前はもう、ナイトメアじゃない。誰が何と言おうが、俺はお前を愛している」
「京・・・むぐっ!?んっ!!」
京の言葉に眼を見開いていたメアだが、再びその口が塞がれた。
しかし、二回目は驚きこそすれど、即座に反撃に出る。
距離が完全にゼロになった2人の間で、舌が絡み合った。
当然、行為がそこで終わるはずもなく・・・
「京っ!!京!!」
「ぐっ、おおっ!?おいメア!!もう少し・・・」
いつの間にか攻守が逆転していたが、人形とその主の秘め事はしばし続くのだった。
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「『
「『
砂鉄が集まったかと思えば、一瞬にしてマントの形になり、角を生やした久路人と雫に纏わりつく。
そしてすぐさまそのマントの上に、白い雪の結晶のような模様が浮かんだ。
「「はぁあああああああっ!!!」」
久路人の左目が紫から紅に変わり、マントが極寒の冷気を纏う。
雫の右目が紅から紫に変わり、マントが紫電を放つ。
久路人は刀を持ち、雫は薙刀を作り出して、同時に駆けだした。
「
そんな2人に襲い掛かるのは、光の矢の雨だ。
文字通り光速で進む矢を、放たれてから回避するのは不可能と言っていい。
「はっ!!」
「舐めるなっ!!」
しかし、2人にダメージを与えることはできていない。
人外の身体の反射神経をさらに強化して、発射前に軌道を見切り、躱せないものは強固な鱗のようなマントで弾く。
光の矢は鉄板を容易に溶解させるほどの高熱を帯びているのだが、氷の力を秘めたマントはその熱を通さない。
『強化の術の重ね掛けか。単純だが効果的だな。身体強化と防御強化か』
「お互いの弱点を完全に消した上で、物理攻撃にも回避と防御力で対応するということですか。そして、半妖体で使用した場合には、より身体能力を活かせる近接戦闘を仕掛ける。戦い方も正解です」
ボウガンを乱射しながら後退するメアだが、久路人と雫の接近を止めることはできていない。
そして、撃ちながら下がるメアと、躱しながら前に進む2人の距離はどんどん縮まっていく。
「
「
久路人と雫が術技を発動した。
久路人の足元が凍り付き、雫の踏む土が黒い砂に変わる。
そして、地面そのものが動く床となって高速で2人を運んだ。
「迅雷!!」
「早瀬!!」
間合いを完全に縮めた2人は、さらに術技を使用。
久路人は雷と冷気を纏った突きを。
雫は黒い砂が超高速で渦巻く濁流を乗せた斬撃を見舞う。
半妖体の上に、パスによる霊力の循環が加速した今の2人は、先日の訓練の時とは体のキレが違う。
タイミングを合わせ、雫の斬撃をさばいても、久路人による狙いすました刺突はそこに生じる隙を逃さない。
その術技を完全に回避するのは、メアであっても難しいと言わざるを得ない。
『構築・
「『
「ちっ!!」
京が海の神の名を持つ槍を呼び出し、その槍を手に取ったメアがバトンを回すように大きく一回転させると、嵐のような風と雨の奔流が生み出され、雫の斬撃を払いのけた。
だが、雫のわずか後方に位置していた久路人の攻撃はまだ終了していない。
「ふっ!!」
『構築・ヤルングレイプ』
「『
「クっ!!」
雷神の使用した籠手を嵌めたメアが手刀を放ち、久路人の技を受け流す。
ガキィン!!と金属の擦れる音ともに火花が飛び散り、久路人は反射的に後退した。
同時にメアも背後に飛び、2人と2人は睨み合いとなった。
「この数日で新たな強化を身に着け、半妖体でありながらスペックに振り回されることなく武術を扱えるようになるとは・・・お見事です」
「そりゃあ、どうも」
「そんな余裕そうなツラをしたヤツに褒められても嬉しくないがな」
未だに戦闘中ではあるが、メアは久路人たちの戦い方を褒める。
実際、ここ数日でも2人の成長ぶりは目覚ましいものがあったのだ。
今の攻防でも、2人ともに無傷であり、メアとしても属性に対応する術具を装備した上で防御用の術技を使わなければ手傷を負わされていただろう。これまでなら、適当な属性の術具でごり押しの術技を発動するだけで対処できていたのだが、そのような舐めプは鳴りを潜めつつあった。
久路人にせよ雫にせよ、秘めている才能はすさまじいものなのだ。
ただ、それが必要となるほどの敵がこれまで不足していただけ。
京を装備したメアという強敵と戦うことで、2人は急速に成長していた。
しかし、メアもまた無傷であり、表情にはまだまだ余裕が見られる。
だが、その余裕の表情に加え、口調もどこか穏やかだ。
「お前にしては随分と真正面から褒めるではないか。何かいいことでもあったか?」
「・・・ええ、まあ」
「「え?何その反応?」」
久路人たちからすれば、メアのその様子は不気味に映ったらしい。
思わずと言ったように、一歩後ずさった。
同時に、メアの眉がピクリと動き、殺気が漏れる。
「・・・そろそろ本腰を入れますかね」
「雫っ!!」
「ああっ!!」
久路人と雫は再び構えた。
雫は薙刀のままだが、久路人は刀を短弓に変えて雫の後ろに回る。
それは、半妖体の優れた身体能力と溢れる霊力を中距離戦に費やすスタイルだ。
今までのやり取りで、自分たちではまだ接近戦を仕掛けるには技量が足りていないことを察したのである。
「伸びろ!!『黒蛇』!!」
雫が薙刀を振るうと、先端の刃と柄の接合部分が融解し、鞭のように伸びた。
薙刀そのものは久路人の黒鉄を含む水を凍らせたもので、強度は十分。
文字通り黒い蛇のようにメアに躍りかかる。
『こっちもやるかね・・・白翼展開。んで、構築・
「そちらがその気なら、こちらもお応えしましょう。
京の一声により、メアの背中から白い光を放つ翼が生えた。
翼が羽ばたきを始めると、メアの身体が浮かび上がる。
その手に握られているのは風を操る術具。
メアがひと振りするとたちまちのうちに暴風が吹き荒れ、刃を弾き飛ばす。
「紫電改二・十機散開!!」
「これは・・・」
間髪入れず、神がかった集中力で竜巻の流れを見切った久路人が、矢を射放つ。
矢は風を切り裂き、あるいは乗りこなしてメアに迫るも、メアの翼で払いのけられる。
しかし、メアの顔には若干の驚愕が浮かんでいた。
それは、その矢に込められた力の性質だ。
『チッ!!制御が!!』
「くっ!!」
矢に纏わりついていたのは、久路人の特殊な『龍』の霊力。
その作用として術の効果を異常なまでに強化する効果があり、それに翼で触れてしまったメアと京の飛行術式の制御がブレた。
「雫っ!!」
「任せろっ!!ああいう攻撃だなっ!!」
とっさに術を停止させ、地上に降りるメアだったが、そこに襲い掛かるのは再びの薙刀だ。
さきほどと違うのは、その刃の大きさ。
元の柄の長さを上回る長さにまで伸びた刃が、雫の毒気を帯びた水を従えて津波を巻き起こす。
「
「っ!?」
着地の直前を狙って放たれた広範囲にわたる毒水の斬撃を前に、メアの顔が初めて焦りに歪んだ。
直後、盛大な水しぶきが上がる。
それは、雫の攻撃が直撃した証だった。
神の力も術具の発動も感じられなかった上、久路人の霊力で霊力制御を乱されている以上、ダメージの軽減はほとんどできていない。
「よしっ!!」
「畳みかけるぞっ!!」
そうして、久路人と雫は改めて術技の準備を始め・・・
「『『
「「っ!?」」
水を払いのけて現れたのは、当然ながらメアだ。
しかし、その姿は水に飲み込まれる前の割烹着から白を基調とした、頭まですっぽりと覆うローブに変わっている。
手に握られているのは、蛇が絡みついたような意匠の杖で、その杖から漏れる白い光が水とぶつかりあって湯気を立てていた。
『まさか、こんなに早く形態変化まで使う羽目になるとはな・・・自信無くすぜ』
「本気で先ほどは焦りました。お礼に、この姿でお相手しましょう」
「なんなのさ、その恰好・・・」
「妾の水が近づけん・・・どういう絡繰りだ?」
「それは、これからの戦いでお見せしましょう。『
メアが杖を振るうと、そのたびに辺りに散らばっていた雫の水が消し飛んでいく。
しかし、久路人の放った矢はそのままだ。
「浄化、僕の矢に影響がない理由・・・毒への特効か!!」
『相変わらず勘がいいこった』
「久路人様とパスで繋がる雫様本人にまで大ダメージを与えるものではありませんが、毒気を含む水に対しては極めて有効です」
「ちっ!!」
雫はその攻撃のほとんどに水や氷を纏わせている。
そして、その水には雫の毒気がたっぷりと含まれている。
今のメアは毒物に対して特効を持っているようで、雫からの攻撃に絶対的な防御力を発揮しているということになる。
今まで久路人と雫の2人がかりでやっとここまで追い込めたのだ。
それを今更久路人1人だけで切り崩すなど、できるはずもない。
だが、そこまでわかっていれば対策も可能だ。
「久路人っ!!」
「うんっ!!」
2人は全力でバックステップして距離を稼いでから、すぐさま半妖体を解除。
人間の姿になると、手を繋いだ。
そして、雫は銃型の術具、『大蛇ノ釣瓶』を構える。
そこに注ぎ込まれるのは、雫の霊力と久路人の霊力。
毒と薬は混じり合い、その特性を打ち消し合う。
しかし、2人の霊力は混ざり合うことでその大きさは相乗的に膨れ上がっていく。
これは、2人が京・メアのコンビに対抗するために編み出した、大規模な術攻撃を行う遠距離戦用の陣形だ。
「「『
銃口から撃ちだされたのは、久路人の鳴神や雫の鉄砲水を超える太さの激流だ。
水の中には黒鉄が混ざり、幾十もの稲妻を絡めたまま突き進む。
久路人と雫という、世界でもトップクラスの霊力量を誇る2人の術はもはや大量破壊兵器に等しい。
そんな術をみた京とメアは・・・
『おいおい、大層な術だな。あいつら、俺らを殺す気か?』
「ええ。昨日までの我々なら、これを出されていたら一敗していたでしょうね。ですが、今日のワタシはとても機嫌がいいんです。こんな日に、負けてあげるというのは気が進まないんですよ」
どこまでも、自然体だった。
メアの纏うローブが一瞬光り輝くと、すぐさま形を変える。
「『『
光が収まった時に立っていたのは、深紅のマントに身を包み、三角帽子を被ったメアだった。
その翼はマントに穴を空けることなく、すり抜けるように左右に大きく広がり、手にはマントと同じ色に輝く剣が握られていた。
そして、剣を今にも届きそうな激流に向ける。
「『『スルトの炎』』」
激流に真っ向からぶつかったのは、燃え盛る白い炎だった。
炎と水がぶつかり、辺りが一瞬で白く煙る。
だが、それは本当に一瞬の事だった。
「ぐわっ!?」
「きゃあぁあああっ!?」
超高温の炎は久路人と雫の合わせ技を打ち破り、威力を大幅に減衰させつつも2人にぶち当たったのだ。
2人は派手に吹っ飛ばされ、地面に転がった。
「イタタタタ・・・」
「なんなのあの威力ぅ~!!訓練で使っていい技じゃないでしょ・・・」
『お~、魔術師モードのアレ喰らってその程度のダメージか』
「素晴らしい防御性能です。よく耐えましたね。手足の一、二本は吹き飛んだかと思いましたが」
メアが歩いてたどり着いた時には、久路人と雫は起き上がっていた。
しかし、2人の纏う外套は所々が破れており、素肌が見えていた。
派手に吹き飛ばされたことで負けを認めたのか、戦意は消えている。
「なんか、最近になって訓練の厳しさ変わってない?」
「これまでがベリーハードなら、今日のはナイトメアという感じだぞ!!段階を踏め!!段階を!!」
「段階ならきちんと踏んでますよ。今日は、我々が本気を出さねばならないほどに追い込まれたからこそ先ほどの術を使ったのです。そうなったということは、日々の訓練で鍛えられているから。すなわち、訓練のレベルを適切に上げてきたということです」
『俺らに形態変化まで使わせたんだ。大したもんだっての』
『形態変化』
それは、七賢三位の月宮京と、その作品たるメアの使う基本戦術にして奥の手だ。
相手に対して絶対的な相性を構築し、敵の攻撃をほぼ無効化する一方で自分の攻撃は最大のダメージを与える。
それを可能にするのは、メアという術具にほぼ無数と言っていいほど刻まれた特効用の形態だ。
ほぼあらゆる種族、属性、攻撃方法、防御方法に対するメタが組まれており、一度ハマれば何もできずに一方的に倒される未来しか待っていない。
『お前らは種族でも属性でもメタるの難しいからな。毒だの術攻撃だの、広い範囲でなら対策できるが、そういう汎用的なメタは専門的なのに比べて効果がイマイチだから決め手にならねぇ』
「ですが、今日だけでも強化に各距離に対応した戦術、術の合成など、目覚ましい成長でした。ここ数日の間に練っていたのでしょうが、見事です」
「「・・・・・」」
『あ?どうした、お前ら?』
メアから褒められた2人は、怪訝そうな顔でメアを見る。
「おじさんならともかく・・・」
「メアからそう言われると、不気味でしょうがない。さっきも言ったが、一体何があった」
2人からすると、メアという人物は毒舌で、京とその作品のことしか考えておらず、それ以外にほとんど温かい言葉などかけない。
それなのに、今日は戦闘中も含めて二回も裏表のない誉め言葉を送ってきたのだ。
ちょっとした異常事態である。
そんな失礼なことをほざく2人に、メアは『ハァ・・・』とため息を吐いた。
「貴方がたが普段の私にどういった印象を持っていたのかということは知っていましたし、どうでもいいことですが・・・私にだって、たまにはこういう時もあります。今日は・・・」
そこで、メアは己の胸元にある宝玉に触れながら、続きを口に出した。
「とても、とてもいいことがあったので」
その顔に、滅多に浮かばせない柔らかな笑みを浮かべながら。
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「ああ、腹が減るねぇ」
そこは、現世の隣り合わせの異世界、常世。
人間による科学文明の手が入っていない手付かずの森林が覆いつくす山の一角にて、女は腹をさすりながらそう言った。
「ヴェルズのヤツからは指示があるまで適当に暴れていい、とは言われたが・・・こう、適当にって言われると困ったもんさね」
女は、腰掛けていた岩から立ち上がった。
大柄な女だった。
肩幅は広く、並の男が着てもだぶつきそうな着流しを着こなし、栗色の長髪が揺れる。
筋骨隆々といった筋肉の付き方をしているが、それに反して整った顔は小顔で、ひどくアンバランスに感じられた。
しかし、もしも現世の人間が彼女を見た時、真っ先に気にするのは体格ではないだろう。
「まあ、鬼って生き物は適当な生き方をするもんだけどねぇ」
女の額からは、二本の角が生えていた。
彼女が口に出したように、女は鬼だった。
女はゴキゴキと肩を鳴らすと、のっしのっしと歩き始める。
刀や金棒といった武器を持っていないにも関わらず、女が一歩踏み出すたびにズシンと地面が揺れることから、女の重量は大柄な見た目から分かるよりもなお重いということだろう。
「さて、次はどこで暴れようかね。いい雄がいればいいんだが・・・」
女は、そこで果たすべき役目を果たし終えていた。
適度にストレスを発散しつつ、小腹を満たし、なおかつ頼まれたこともこなした。
故にその場にとどまる理由もないく、女は去っていった。
後に残されたのは・・・
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
女が軽く暴れただけで跡形もなく更地にされた、村だったものと、雌の妖怪の死骸だけであった。
そこが村だったことを知る者。
そして、村にいた雄たちがどこに行ったのか。
それを覚えている者は、もはやどこにもいなかった。
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設定
アンデッド
通常、人間でも妖怪でも死ぬと魂は世界に還る。
しかし、強い負の感情を持ったまま死した者の魂は消滅するまでの時間が伸びる。
そして、消滅までに付近の霊力に影響を及ぼして死体と霊力的な繋がりを結び、殻にすることに成功した場合、もしくは霊力で新たに殻を形成できた場合には消滅を免れる。
そうして出来上がったモノをアンデッドと呼ぶ。
基本的に生前から劣化しているのがほとんどだが、抱えている負の感情の大きさと、制御できている霊力次第では生前を上回る強さを持つこともある。
怨念にそって行動し、その感情が満たされることがあれば消滅する。
ネクロマンシーは世界に還る前の魂を捕獲し、その生前の情報を読み取って霊力と共鳴させ、強制的にアンデッドを造り、操作する術である。