白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話   作:二本角

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長くなりそうなので、少し短いですが投稿。
最近投稿が遅いのは文字数多いせいってのもあるんですが、これくらいなら毎週は余裕かも?


白竜庵

 白流は、日本でも有数の霊地である。

 元々霊脈が表出する珍しい土地ではあったのだが、ある時に『白竜』と呼ばれる常世でも最上位に君臨する妖怪が現れたことで、『大穴』の中でもとりわけ大きな穴が開き、常世と非常に近しい場所となった。

 白竜が通り抜けた穴は『白竜門』と呼ばれ、白竜自身によって封印されたのだが、それでも付近に与える影響を完全に抑えることはできず、白流の土地は霊的に非常に不安定だ。

 忘却界が構築された後も、白流の土地は結界の影響を受けないどころか、逆に忘却界を侵食する始末で、当時の学会は白流に幹部を常駐させることを決めたのである。

 げに恐ろしきは白竜と、その通り道の白竜門。

 白竜が現れたのは千年も前だというのに、今もなお爪痕を残しているというわけだ。

 

「そしてここが・・・」

 

 僕と雫の目の前に、小さな泉があった。

 白竜門には、月宮家の裏庭の普段厳重に封じられている、細い抜け道を通って行けるのだが、この泉はその道半ばにある。

 この泉もまた、白竜に由来するモノだ。

 泉の水は澄んでいて、見ていて心が洗われるようであるが、当然それだけのものではない。

 

「『白竜庵』・・・昔、白竜様が住んでいてた場所か」

 

 『白竜庵』

 

 雫の口に出したように、かつて現れた白竜が住んでいた場所らしい。

 こんな小さな泉に?とも思うが、メアさん曰く『入ってみればわかります』とのことだった。

 

「それじゃあ、入ってみようか?」

「うん!!」

 

 いつまでも泉の前に立っていても始まらない。

 僕と雫は、そろって泉の中に足を踏み入れた。

 冷たい水の感触が広がっていく。

 そのまま足は泉の底に・・・

 

「え?足がつかない?」

「底が見えてるのに!?」

 

 泉は底がすぐに見えるくらいの深さだというのに、足どころか体まで沈んでいく。

 それでいて砂煙で濁る様子もないことから、底よりも少し上のところで空間そのものが歪んでいるようだ。

 そうして、僕たちは完全に水の中に入り込んで・・・

 

-----

 

「・・・ここが」

「本当の白竜庵」

 

 僕たちは、一軒の日本家屋の前に立っていた。

 こじんまりとした屋敷は古めかしいが、荒れていたり壊れている場所はなく、手入れが行き届いている。

 そして、僕たちは後ろに振り返った。

 

「すごいな・・・」

「綺麗な場所だね・・・」

 

 小高い丘の上に建つ白竜庵は周囲を木々に囲まれているが、正面だけは開けており、この世界の景色を一望することができた。

 そこは、雲一つない、どこまでも蒼い空の下。

 目の前に広がるのは、朝露に濡れた草原。

 少し遠くに目をやれば、緑に染まった山々と、光を反射してキラキラと輝く湖が見える。

 泉の外は秋だが、この世界は春のようで、少し肌寒い風に乗って、桜の花びらが舞っている。

 視界の全てに人工物の姿はなく、原初の自然だけが繁栄していた。

 例外は、僕らの背後にある屋敷だけだ。

 

「ねぇ久路人、とりあえず中に入ろっか?」

「あ、うん」

 

 現代の日本ではそうそう拝めない光景に見とれていた僕は、雫に服の袖を引っ張られて我に返った。

 そうだ、こうしてはいられない。

 時間は有限なのだ。

 今日一日は、思う存分、心の底から楽しむことに使うつもりなのだから。

 

「・・・・・」

 

 雫に手を引かれながら、僕は昨日の夜のことを思い出していた。

 

-----

 

「久路人、ちょっといい?」

「え?別にいいけど、何?」

 

 毛部と野間瑠たちが狒々を討伐し、そのお祝いの打ち上げが終わった後のことだ。

 月宮家の離れにある久路人の部屋にて、雫はベッドに寝転がりながら切り出した。

 

「明日なんだけどね、訓練を休んでデートして」

「へ?」

 

 突然のデートの誘いに、久路人は驚きの声を上げた。

 初めてのデートの時には2人とも色々と慌てていたが、あれからもう二か月近く経つ。

 一緒に甘い物を食べに行ったり、買い物に行ったりと、何度かデートをすることはあったために、デートそのものに緊張したり驚くことはない。

 だが、今はタイミングが悪かった。

 

「明日?しかも、訓練を休んでって・・・難しいんじゃないかな」

 

 久路人と雫は、現在対旅団のために修行の真っ最中だ。

 しかも、その捗り具合も芳しくない位。

 神格に至って陣を使えるようにならなければならないというのに、その気配は全くない。

 明日も京たちと模擬戦を行う予定であり、デートに行く時間や体力が残っているとは思えなかった。

 なにより、京たちがその許可を出してくれるかどうかという問題もある。

 

「大丈夫だよ。メアには許可をもらったから。京にも伝えとくって言ってたし」

「メアさんが?」

 

 しかし、久路人の懸念はすぐに霧散することとなった。

 メアの許可がとれたのならば、なし崩し的に京の許しも得られる可能性は高い。

 だが、その理由がわからなかった。

 そんな困惑した様子の久路人に、雫はじっとりとした目を向ける。

 

「最近の久路人、焦ってるでしょ」

「それは・・・でも」

「私としては、今の久路人は放っておけないの。京たちもそうなんだと思うよ?久路人って焦ったり慌てたりするととんでもないことするかもしれないし・・・」

「う・・・」

 

 久路人としては、痛い所を突かれた形だ。

 確かに雫の言う通り、久路人自身も自分のメンタルがよくない状態であるとは思っている。

 少し前には思い込みで暴走して、周辺に多大な被害を出しかけたこともあるのも事実。

 今は想いの通じ合った雫が傍にいるために前ほど荒んではいないが、過去の事を知る者からすれば信用しがたいというのも頷ける話だ。

 

「だ・か・ら!!明日は私と一緒にゆっくりしよう?急がば回れって言うし、こんな時こそ落ち着いて休んだ方がいいと思うけどな・・・」

「それはそうだけど・・・でも」

 

 久路人も、雫の言いたいことはわかるし、筋の通った話だとは思う。

 けれども、月宮久路人という青年はいい意味でも悪い意味でも真面目なのだ。

 上司に『キミ、有給取得義務満たせてないから休んでもいいよ?』と言われると、困ってしまうような性格をしており、なんだかんだ言って会社に通い続けた結果、期限ぎりぎりでまとめて休みを取ったせいでかえって周りに迷惑をかけてしまうタイプである。

 必要であるとはわかっていても、サボることに抵抗があった。

 

「やっぱり、今の時期には・・・」

「・・・ねぇ」

 

 だが、久路人とすべての面で繋がっている雫は、そんなことは百も承知である。

 それでもな尚、こんな提案を真正面からするのは、今の雫には勝算があるからに他ならない。

 

「私、明日、久路人とデート・・・したいな?ねぇ、ダメ?」

「・・・っ!?」

 

 ベッドの上でうつ伏せに寝転がっていた雫は、顔を上げて、少しうるんだ上目遣いで久路人を見つめる。

 その声は砂糖菓子のように甘く、耳の中からドロリと入り込み、脳髄を溶かしきるほどの威力があった。

 加えて、上体を起こした雫の着物が少しだけたわんでおり、その奥にある谷間・・・にはなれないくらいの丘陵がチラリと覗く。

 谷間こそないが、丘の頂上がギリギリで見えそうで見えない、絶妙な身の起こし方だ。

 これぞ、雫が密かに修練を積んで習得した、色仕掛け。

 対久路人専用『おねだり』である。

 

「ねぇ、ねぇってば」

「・・・わかったよ」

「やった~っ!!」

 

 『ハァ』とため息をつきながらも、久路人は了承の返事をすると、雫はパァッと顔を輝かせ、久路人に飛びついた。

 その様子を『やれやれ』と言いたそうな表情を作りつつ、雫の頭を撫でる久路人。

 さっきの雫のおねだりにまんまと乗せられたのはわかっているが、それでもあんなことをされては断れない。

 久路人とて、雫とのデートに行きたくないはずがないのだから。

 そこに、きちんとした道理を説いた上での色仕掛けを掛けられては、抵抗できるはずもなかった。

 

「じゃあっ!!明日の朝に母屋の方に行こう!!メアが準備をしてくれてるって!!」

「それはいいけど・・・メアさんが準備?普通のデートじゃないってこと?」

「フフッ!!それは明日までのお楽しみだよ!!」

「?」

 

 かくして、久路人と雫はデートに出かけることになった。

 疑問符を浮かべる久路人と、そんな久路人にしがみついたままの雫。

 どうやら雫は、メアの行っている準備とやらを知っているようであるが。

 ともかく、2人の夜はその日もいつも通り、仲睦まじく過ぎていったのだった。

 

----

 

「おお!!中も綺麗だね!!純和風って感じ!!」

「本当だ。おじさん達が掃除してるのかな?いやでも、結構長く家を空けていた時もあったしな・・・」

 

 屋敷の中に入った久路人と雫は、縁側のある一室の座布団に座っていた。

 部屋の机の上には湯気の立つ緑茶とお茶菓子まで置かれており、まるで旅館の客室のようだった。

 部屋に入ってすぐに全開になった障子窓からは、朝の日差しがさんさんと降り注ぐ。

 

「さてと!!久路人!!」

「ん?いきなりどうしたの?」

 

 お茶菓子をあっという間に平らげた雫が、お茶を啜る久路人に身を乗り出して言う。

 

「もう!!お茶なんか呑気に啜ってる暇ないよ!!今日はしっかり遊ぶんだからね!!」

「それはいいけど・・・遊ぶって言っても、何をするのさ?ここ、遊べる場所とかお店とかもなさそうだけど。ネットも繋がらないみたいだし」

 

 スマホを取り出した久路人であるが、アンテナは立っておらず、圏外の表示が出ている。

 一応、京の作成した通信用の小型術具をスマホに仕込んであるため、まったく連絡が取れないというわけではないが。

 

「む!!今日はスマホ所持禁止!!」

「うわっ!?」

 

 しかし、雫は久路人の取り出したスマホが気に食わなかったのか、素早く久路人の手から奪い取る。

 そして、自分のスマホと共に机の上に並べた。

 

「えいっ!!」

「えっ!?ちょっ!?」

 

 雫の目が怪しく輝き、スマホは二台とも氷の中に閉じ込められた。

 いや、正確には氷の箱に封じ込められたと言ったところだろう。

 氷漬けにはなっていないが、取り出すには一苦労しそうだ。

 

「いきなり何するのさ。さすがにおじさん達から連絡を受け取れないのはマズいんじゃ・・・」

「む~・・・」

「?」

 

 雫の突然の奇行に驚きつつもたしなめる久路人だったが、雫のむくれたような表情は変わらない。

 久路人には、その理由はわからなかったが、雫もそれを察したらしい。

 咳払いを一つして、指をビシッと久路人に突き付けた。

 

「久路人っ!!この白竜庵は、あの白竜様が造った空間なんだよ?今は京たちが管理してるっぽいけど、そうそう簡単に邪魔者が入って来れる場所じゃないんだよ?」

「?それは、そうだろうけど・・・?」

「も~っ!!ここまで言ってもわからないなんて、久路人のニブチンっ!!つまりね・・・」

 

 そこで、雫は少し間を空けて、その事実を言葉に出した。

 

「今この世界には、私と久路人しかいない、絶対に邪魔されない2人だけの場所なんだよ?」

「・・・っ!!」

 

 さすがにここまで言われれば、久路人にも雫の奇行の意味がわかったらしい。

 雫がスマホを使えなくした理由。

 すなわち・・・

 

「今日は、久路人には、私のことだけ見て、私のことだけを考えて欲しい」

「雫・・・」

 

 その言葉は、絶対の信頼の上に成立する言葉だ。

 『この人は、どんな時でも絶対に自分を好きでい続けてくれる。愛してくれている』ということへの。

 また、『自分は、この人にならどれだけの愛情を向けられても、喜んで受け止められる』ということへの。

 かつての雫には、『人外が受け入れられるはずがない』と考えていた雫には決して言えなかった台詞だ。

 それを言えるようになったということは、2人の仲がそれほどまでに進んでいるという確信があるからであり、そしてそれは正解だった。

 

「わかったよ、雫。今日は、雫以外のことは全部忘れるよ。せっかく、こんないい場所を用意してもらったんだしね」

「久路人・・・うんっ!!」

 

 少しばかり照れつつも、本心からそう言った久路人。

 それが心の底からの言葉だと本能と子宮で理解できた雫は、花の咲いたような笑顔が浮かべる。

 実際、久路人自身も大いに心が揺れ動いたのだ。

 

(誰にも邪魔されない、僕と雫だけの世界か・・・)

 

 それは、これまでの久路人には想像さえもできなかった、ある種の理想郷だ。

 月宮久路人は元人間であるが、人間としての心はしっかりと残っている。

 その心はいたって善人のものであり、他人に対して悪感情を抱くことは稀だ。

 雫のことを最優先で考え、雫と過ごす時間を大切にしているのは確かだが、それでも、他の人間との関りを断ってまでとは考えていなかった。

 学校や家での訓練では京やメアを始めとして、『雫以外の存在』と関わるが、それも雫と一緒の時であり、どうとも思っていなかった。

 雫と同じ屋根の下どころか同じ部屋で眠り、食事どころか風呂も睡眠も、一日の大半の間行動を共にしている故に、『これで充分』と感じていたからだ。

 そこは、蛇という野生動物から、常世という敵だらけの環境を生き抜いてきた雫との大きな差だろう。

 ところが今、図らずも久路人と雫はその理想郷にいる。

 

(そう思うと、なんかドキドキしてくるな・・・)

 

 雫と2人だけのタイミングなど、今までも何度もあったが、この場所ではその純度が違う。

 今ならば、雫とどんなことをしようが、それを咎める者は雫しかいないのだから。

 

(って、何考えてんだよ僕っ!!まだ朝だぞっ!?)

 

 ついアダルトな方向に思考が偏りそうになった久路人は、そんな考えを吹き飛ばすように話を元に戻した。

 

「そ、それで!!結局何をするの?」

「ふっふっふっ!!現代っ子の久路人には想像しにくいだろうけど、昔はゲームもネットもない環境だって、キッズたちは遊んでいたんだよ?これだけ自然豊かな場所なら、いくらでも遊べるよ!!たまには童心に帰ってさ!!」

「・・・そうだね。白流市も自然がたくさんあるけど、ここほどじゃないしね。こんなに綺麗な場所なら、散歩するだけでも面白そうだ」

「でしょ?じゃ、早速外に行こっか!!」

「うん!!」

 

 そうして、2人は屋敷を飛び出して外に駆けだした。

 久路人と雫しかいない、閉ざされていながらも、どこまでも広く自由な世界へ。

 

----

 

(ああ・・・なんていい所なんだろう!!)

 

 雫の心は、絶頂の只中にあった。

 

「わわっ!?雫、ちょっと速くない?」

「そんなことないって!!時間は有限なんだから、急がなきゃ損だよ!!」

 

 久路人の手を引き、雫が前を走る。

 丈の短い草原を、早馬のごとく走っていく。

 雫の心から湧き上がる活力が、全身にエネルギーを与えていた。

 

(私と、久路人だけの世界!!誰にも邪魔されない、2人だけの場所!!ここは、私の理想だ!!ここなら!!こんな場所なら・・・)

 

 芝生を巻き上げながらも、駆け続ける。

 久路人の手を引き、雫は走り続ける。

 

(久路人を狙う雑魚妖怪どもや、人間。それどころか、あのモブどもや比呂奈や比呂実、京やメアにだって、久路人に関われない!!ここは!!ここなら!!)

「くっ!!このっ!!負けないよっ!!」

「ふふっ!!運動神経なら、私の方が上だよっ!!」

 

 走りながらも、話し続ける。

 元が妖怪だからか、純粋な身体能力は雫の方が若干上だ。

 その結果、久路人が雫に追いつこうと奮闘するも、あと少しが詰められない。

 そうなれば、後ろにいる久路人には、雫の表情は見えない。

 だから、久路人には見えなかった。

 

(久路人の視線も、思考も、欲望も、全部全部、私のモノだっ!!私がっ!!久路人のすべてを独り占めできるっ!!)

 

 雫の顔に浮かぶ、熱に浮かされたような、狂気すら感じられるほどの歪んだ笑みが。

 




色々あってモチベが最近低下気味なので、評価とかでブーストお願いします!!
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