平凡な人生だった。魔法適正もあり、剣術だって、人並みにはできた。友達にも恵まれて、学校生活だって、楽しい全てが順調だった。明日も明後日も、きっと平和に暮らしてけるかと思ってた。でも、違った。
「その、申し訳ないのですが……。恐らく、あと数ヶ月の命かと……。」
ある時、あり得ない程熱を出し、診療所に行った俺に告げられたのは、そんな残酷な言葉だった。17歳で死ぬなんて、誰が想像しただろう。なんでも、未だ特効薬も、治療出来る魔法もない、原因不明の病気なんだそうだ。しかも、この村でしか出ないという。症状は、徐々に衰弱していき、やがて、生命の維持すら出来なくなるらしい。今はまだ、健康そのものだが、日が進む度に死が近寄ってきている。毎日死に怯えながら、ベットに寝転がったままである。延命のために、気休め薬を飲みながらただ死を待つ空虚な生活は、とても耐えられるものじゃない。それでもまだ生きようと思うのは、たった一つ、心の支えになる存在があったからだ……。
病気が判明してから一月程。現実を受け止めて、というより諦めきって。ただ呆然と暮らしていた。
「大丈夫?お腹空いてない?」
ベットのわきで、甲斐甲斐しく世話をしてくれる女の子がいた。彼女は、幼馴染みの、アンナだ。活発で、茶髪の腰まで伸びるポニーテールだ。整った顔立ちで、かなりモテる。
「あぁ、大丈夫だ。いつもごめんな。」
俺が病気になってから、学校を休み、毎日俺の家まで来て、看病をしてくれるのだ。
「ううん。良いんだよ。私達の仲でしょ?」
アンナは、隣の家の子で、家族みたいな存在だ。物心ついた頃からずっと一緒にいるから、周りからは、付き合ってるんじゃないか?とか言われたりしたが、残念ながら、まだ付き合っていない。まだ、というのは、俺がアンナに好意を持ってるからだ。
「でもさ、学校行かなくて良いのか?もう一ヶ月は遅れてるだろ?」
朝は登校するより早く、夜は九時くらいまで。一日中、無休で、世話をしてくれてるのだ。
「ははは。私を誰だと思ってるの?この村一の鬼才、アンナ様だよ?あんなの楽勝だよ。」
アンナは超ドヤ顔だ。そう。平凡な俺とは違い、アンナはとんでもない魔法の才があったのだ。
「まぁ、そうだな。なら、そのうち、俺の病気も治してくれよ?」
冗談めかして言うと、
「期待しててね?私、頑張ってるんだから。」
少し真面目な顔で、そんなことを言ってくれる。どうやら、本気で勉強をしてたらしい。国お抱えの専門家ですら、治療法がみつからない。なのに夜遅くまで看病をした上で、さらに治癒魔法を学んでるのだ。本当に期待してる訳じゃないよ。とは流石に言えない。だから、
「あぁ、いつまでも待ってるよ。」
と、冗談を混じりに返答してしまう。
「ははは。じゃあ、来年まで待ってもらおうかな?」
「それじゃあ、上から見届ける他ないな。」
「ふふふ。安心したまえ。私ほどの才能があれば、死人さえも呼び戻してしまうよ。」
二人とも、笑顔になる。深く絶望し、真っ暗な人生の中でも、アンナとの時間だけは輝いてる。今まで当たり前だったことが、生きる糧となる。こんな時だからこそ、気付くもあるんだな……。
俺の親は、かなり優秀な夫婦だ。こんな辺境の村を抜け出し、王都で研究者をやっている。だから、俺は一人暮らしをしてる。それを助けてくれるのが、お隣のアンナ一家だ。まるで家族のように迎えてくれる。昔は親も家にいたから、よく一緒に旅行とかに行っていた。だからアンナとも、友達よりも家族として暮らしてた。多分、アンナは今でも家族として、俺と接している。だけど、いつからか、俺はアンナの事が好きになっていた。だが、この想いを伝えたら、この関係が壊れるから。だから、いつか、両想いになれたら、伝えようと思っていた。先は長いと思ってたから。だが、終点が見えて、この期に及んでも、まだ伝えられずにいる。なんなら、墓に持ち込む気でいる。だって、フラれても、付き合えても、アンナを傷付けるから。だから、伝えられない代わりに、最期の最期までアンナに側に居てほしい。そんな些細な願いを頼りに、毎日を暮らしている。
翌朝。アンナはいつも通り朝食を持ってきてくれる。
「ユウリー!起きてるー?」
「あぁ、起きてるぞ。」
お盆にパンやスープを載せて、ベットの側へ、入ってくる。
「いつも悪いな……。」
「気にしないでよ。こんなときは、お互い様でしょ?」
お互い様、か。もう俺に出来ることなんて、もう何も無いのにな。
「食べさせてあげようか?」
なんの照れもなく、言ってくる。うーん。ちょこちょこ言ってくれるけど、毎回返答で悩む。あーんしてもらえるなら嬉しいけど、恥ずかしいんだよな……。
「ははは。まだそんな弱ってないよ。」
結局今回も勇気は出なかった。
「困ったらいつでも頼ってね?」
「あぁ、そんときは頼むよ。」
本当に優しいな……。アンナは、根っからの善人だ。だから、誰に対しても優しいのだ。もちろん、家族みたいな関係だからこそ、俺に優しいってのもあるだろうけどな。
「最近調子はどう?」
「まぁ、前よりは力が入らないな。多分、もう走れないな。」
まだ歩けるし、日常生活は問題なく送れる。常に寝てるのは、体力をなるべく使わないようにしてるのだ。
「うぅん。やっぱり効果無いかぁ。」
回復魔法をかけて貰ってるんだが、イマイチ効果がでない。まぁ、だからこんなに苦しんでるんだが。回復魔法は、人の自然治癒力を上げるものだ。高位のものになれば、一瞬で傷を治すことも出来る。アンナは、多少の傷なら一瞬で治せるし、深い傷でも、時間をかければ元通りだ。病気だって、風邪くらいなら治せるし、大病でも、回復に向かっていく。だが、なぜかこの病は治らないらしい。
「まぁ、時間が全てを終わらせるさ。」
つまり、死ぬってことだ。しばらく意図を汲み取れず、沈黙が続く。そして、時間の先にあるものに気がついたアンナは、
「時間なんかに終わらせないよ、私は。」
と強い意志を持って答える。アンナは意地でもこの病に立ち向かうつもりらしい。俺は諦めてるのにな……。
「ユウリはさ、治ったらどこ行きたい?」
さっきまでの深刻な雰囲気はいきなり消え去り、ニコニコしながらアンナが尋ねる。
「急だな、また。」
治ったら、なんて考えたこともなかった。
「だってさ、一つ目標を持ってれば、それの為に頑張れるでしょ?」
それはそうだな。目標……か。アンナにコクるとか。うん。それだな。でも、それは今言うことじゃない。
「じゃあさ、王都まで行って親父と母を一発叩いてやるわ。」
「ははは。なんでさー。」
「うん?息子の危機に帰ってこないんだぞ?そんぐらいしないと。」
誤魔化す為に、もう一つの目標を伝えとく。
「うーん。ポジティブな目標のがいいんだろうけど、まぁ、頑張ろ?」
「おう。頑張るよ。アンナも体調には気を付けろよ?」
だって、夜遅くまで勉強してるんだ。それでアンナが体調を崩したんじゃしょうがない。
「大丈夫だよ。無理しない程度に頑張ってるから。」
アンナは心配させまいと笑顔を作るけど、最近クマが相当酷くなってる。
「まぁ、程々にしてくれよ?」
「うん。これ以上ユウリに心配事は増やしたく無いからね。」
数日後。いつもより早く朝ごはんを持ってきたアンナは少し落ち込んでいた。
「ねぇユウリ。聞いてほしいことがあるの。」
「ん?なんだ?」
アンナはいつになく真剣な表情だ。
「あのさ、私、学校に行かなきゃならなくなったの。私も嫌だって言ったんだけど……。ごめんね、ユウリ。」
告げられたのは、いつか来るかも、と思ってた報告だ。
「何で謝るんだよ。むしろ今までアンナの時間を奪ってた俺の方が悪いよ。ごめん。だからさ、そんな暗い顔するなよ。な?」
才能に恵まれたアンナの明るい未来をこれ以上奪いたくない。もちろんアンナには側に居てほしいが、ワガママはここまでにしよう。
「奪ってたなんて、そんな……。でも、休みとか放課後はまた来るからね?あ、あと朝ごはんとお昼ご飯はまとめて朝持ってきちゃうから。もし困ったことがあれば、この通信水晶で呼んでね?」
そう言って手渡されたのは、アンナの手の温もりの残る、小さな水晶だ。これは、握って、魔力を注ぐと、対応するもう一つの水晶も反応するのだ。
「寂しくなったら呼ぶかも。」
「もう!そこそこするんだから、無駄遣いしないでよ?」
「怒んなって。冗談だよ。」
こんなこと言ったのに照れもしないんだな。やっぱり、片想いか。
それからと言うもの。毎日がえらい長く感じる。感覚的には倍くらい。余命が倍増した、と考えれば、悪い気分はしない。いや、意味のない一年より、楽しい一月のほうが良いや。昼間は本を読んだり、日記を書いたり。日記は前から書いてたけど、アンナが来なくなってから、長く書くようになったけど、中身はスッカスカだ。それくらい、暇で詰まらない。一週間くらいしか経ってないのに、もう一月過ごしたような感覚だ。ただ、週末と夕方が来るのを待っていた。アンナが来てくれるから……。
「それでさ、その先生がくしゃみしてさ……。大爆発で、危うくクラスが壊滅するとこだったよ。」
「あぁ、あの先生はドジだからな。しゃーないよ。」
学校に行くようになってから、アンナが明るくなった。多分、俺の病気のことを忘れられる時間ができたからだろう。アンナが笑顔なのが、俺にとっての支えになる。もっと楽にして欲しいな。
「ねぇ、ユウリ。やっぱり、学校の仲間に伝えた方がいんじゃないかな?病気のこと。」
「いやいや、むしろスッと消えた方がショックが少ないだろ?何も人様に無駄な心配をかける必要ないさ。」
そう。俺は、親の都合で王都に行ってることになってる。
「ユウリはさ、それでいいの?もしも逆の立場だったら、後悔しない?」
「……。するよ。多分、立ち直れない。」
「でしょ?だったらさ、明日皆を呼ぶから。」
アンナが帰った後。日記を書いてなかった事を思い出し、日記帳に手を伸ばす。そして、手に取ったのだが、すとんと落としてしまう。手に力が入らないんだ。最近、夜になると、力が入らなくなる。昼間、アンナに心配をかけないために無理をしてるせいかもしれない。改めて死がすぐそこにいることを実感させられる。だからこそ、学校の友達に会いたくない。これ以上未練を増やしたくない。それに、今更どんな顔をして友達に会えばいいのか、俺には到底分からない。何一つ上手くいかないことへの苛立ちだけが積もっていく……。
翌日。昼食を食べてると、扉がノックされる。まさか、昼休みに抜け出してきたのか?
「誰だー?」
「私だよ!アンナー!」
あれ?アンナ一人か?
「入って良い?」
「どうぞー。」
アンナが入ってくる。そしてさらに、幾つもの足音がする。
「おい!ユウリ!てめぇ!何で黙ってたんだ?」
「そうだぞ!心配したんだぞ?」
「私達にだって出来ることはあるんだから!」
特に仲の良かったやつを先頭に、クラスの仲間達が、狭い部屋にゾロゾロ入ってくる。
「あ、あぁ。その、ごめんな……。」
黙ってたこと、それなのに優しくしてくれること。その二つが罪悪感として、重くのしかかる。そのせいで、ただ謝ることしか出来ない。
「ねぇユウリ?皆こうやって心配してくれてるんだよ?それに、こんなときだからこそ、頼って欲しいんだよ?あまり塞ぎ込まないで、もっと周りを頼ってあげてよ。」
アンナが優しく語りかける。
「そうだぞ!頼ってくれない方が、後々迷惑するんだぞ!」
「なぁ、なんか出来ることは無いか?」
涙がぼろぼろ出てくる。俺が思ってた以上に、俺は大事にされてたらしい。自分なんて、消えてしまえば忘れられるものだと思ってた。でも、消えてる間も、ずっと想い続けていてくれたんだ。そうだな。アンナの言う通りだった。こんだけ想ってくれてる人達を、絶対に後悔させたくない。例え、この世への未練がもっと増えいこうとも……。
「じゃあ、さ。……とりあえず人口密度が高すぎだ。一旦部屋から出ていってくれ。」
半分本音、半分照れ隠しで、皆を追い出す。部屋に残ったのは、アンナだけだ。
「ほらね?ユウリがいなくなったことを、ずっと心配してた人がいっっぱいいるんだよ。だからさ、諦めないで戦お?」
なるべくアンナには心配をかけたくなくて、ポジティブに振る舞ってたつもりでいたけど、バレてたか。なにも、俺だって、諦めたくて諦めたくて訳じゃない。絶対に治らないと言われ、実際どれだけ足掻いても、日に日に弱っていき、死を実感し続けて。そしたら、誰だって心は折れる。だけど、自分のことを心配してくれる人が、こんだけいる。それがわかったら、わかってしまったら、もう諦められなくなるに決まってる。
「……治るのかな。何時か、また当たり前みたいに学校に通えるかな?」
「治るよ。もし治らなくても、私が治す。きっと、ユウリの当たり前を取り返すよ。」
だから、安心して?口に出されなかったけど、そう思ってる、伝えようとしてる、ということが伝わってくる。それだけで、頑張ろうと思えた。戦い続ける覚悟を決めた。