その後。昼休みが終わるからと、皆帰っていく。部屋には、俺一人だ。アンナが、俺と学校の仲間とを会わせた。それは多分、学校の仲間が、何事もなかったかのように俺が消えていくより、俺の死を知った上で、最善を尽くすして、後悔しないようにしたんだと思う。アンナは、誰にも後悔してほしくないんだ。だから、俺にも抗い続ける道を示したんだ。だったら。俺がもし、好意を伝えたとしても、受け止めてくれるんじゃないか?日記に好き放題書いてるから、もし死んだら、好きだったことに気付くはずだ。そしたら、優しいアンナは後悔してしまうかもしれない。俺が、想いを抱えたまま死んだことを。自分のせいだと思ってしまう。それは、嫌だな。こんなの、俺の単なるワガママだ。どちらにせよアンナに苦痛を強いるだろう。だけど、最期くらい、良いじゃないか。アンナに生きたぞって爪痕を残してやるさ。
その日の夜。
「これ、図書室から借りてきた本なんだけどさ。流石に授業の時間を潰しても読みきれないから手伝って欲しいな。」
どうやら、俺の病気について少しでも知識を集めるため、本を大量に借りてきたらしい。
「手伝うもなにも、俺のために必要なことだろ?授業を潰してまでやることないよ。」
「ううん。これは、私のため。最善を尽くして、そして、ユウリを助けるんだよ。」
アンナは言葉にするのを避けてたが、助けてられなくても、何かしてた方が、後悔しないから。そういう意図があるんじゃないかな。
「そうか。なら、頼んだよ。」
アンナには後悔してほしくない。
「うん!任せてね!」
ニコニコしてるアンナの顔は、かなり疲れてる。クマはハッキリしてる。やっぱり、頼まない方が、いいかもしれない。
「やっぱりダメだな。授業中も夜も寝た方が良い。」
「えぇ!なんで!?」
「なんでって。もう体が持たないだろ?もしアンナが倒れたら、俺は生きてけないぞ。」
「で、でもさ……。」
まだ諦めてない感じだ。
「アンナは十分頑張ってるよ。いや、頑張りすぎだ。そのせいで、体調を崩したら、それこそもう立ち直れないよ。だから、さ。」
ここは退かない。しばらく見つめあって。
「う、うん。分かったよ。」
どうにか説得できた。
「じゃあ、今日はもう寝ようか。」
「うん。おやすみ、ユウリ。」
「おやすみ、アンナ。」
正直、ヒヤヒヤした。アンナが無理をしてるのもそうだけど、ろくに力が入らないのがばれたら、もっと心配させちゃうからな。残り時間が短いと分かれば、アンナはもっと焦ってしまうから。これで、いいよな?自分のために、アンナを想い、行動する。間違っちゃいない。他人のために、自分をダメにするなんて、許さない。そんなの、俺が後悔してしまうから。
一週間後。アンナの顔色はずいぶんとよくなっていた。だが、まだ少し無理をしてるのが見え見えだ。本の情報の更新が早すぎる。もちろん問いただしたが、シラを切られる。なんで思いやりが伝わらないんだろうか。最近力が入る時間が徐々に短くなってる。そのせいで、上手くいかなくて焦ってしまってイライラしてるのと合わさり徐々に自分を蝕んでいく。いつもなら何も思わないことにも、むしゃくしゃしてしまったり。終わりが刻一刻と迫ってきているのを改めて自覚してしまったからか。そんな自分にもイライラしてしまって、もううんざりだ。それでも、アンナとお喋りしてる時だけが、ストレスを忘れられる。結局告白は出来てないけど、何かきっかけを見つけて、していきたいな……。
「ボーッとしてけど、どうしたの?」
「えぇ?あぁ、なんでもないよ。」
考え込みすぎて、完全に意識が飛んでたな。
「でさ、私の方は何にも無かったんだけどさ。ユウリの方はどうだった?」
「こっちも特にだなぁ。」
そんな簡単に見つかったら、医者は匙を投げないよな。
「ユウリさ、大丈夫?」
ずいぶんとフワッとした質問だな。
「まぁ、大丈夫なんじゃないか?」
こちらもフワッとした答えを返す。
「なら、良かったよ……。」
どこか不安げなアンナは、なぜか少し俯いてる。
「最近さ。変な夢を見るの。ユウリがさ、昨日まで元気だったのに、いきなりくたっとして動かなくなっちゃってさ。お医者さんも、もうダメだって。皆が悲しんでるの。あぁ、ユウリ死んじゃったんだって。私なにもできなかったんだって。おかしいよね。今だってこんだけ喋れて、生きてるのに、もうすぐ死んじゃうんだって。」
思い浮かぶままの言葉を、ポツポツと喋り出した。その声は震えてるし、スカートを握るアンナの手の甲を、涙が濡らしている。そんな夢を見るのは、俺がそろそろ日常を送るのも大変なくらい弱っているのを察しているからじゃなかろうか。
「本当に大丈夫だよ。アンナが今、頑張っていることが、大事なんだよ?それに、アンナがこんだけ助けてくれてるだから、そんな簡単には死なないよ。」
口ではそう言うが、正直自分でもどうなるかわからない。
「本当に?突然いなくなったりしない?」
「あぁ、約束するよ。アンナも、ずっと側にいてくれよ?」
「当たり前だよ。ユウリが心配で、消えてる暇なんて無いからさ。」
アンナが、ニコッとする。こんな姿を見せられたら、余計に心配させられないな。でも、いつまでも隠してはられないな……。
それからというもの、アンナが、より学校を楽しんでる感じがする。友達と遊んだ、とかテストが良くできた、とか。とにかく青春を謳歌してる。それに比べて、俺はどんどん出来ることが少なくなっていく。今はもう、アンナが居ない時以外は寝てるぐらいしないと、アンナがいる短い間すら力を保てない。そのせいで、アンナの学校の話を聞いてるのが辛い。別に、アンナが悪い訳じゃない。ただ、何も出来ないことを自覚されられるのが嫌なんだ。そしてある日、小さな苛立ちが積りに積もって、ついに口に出してしまう。あろうことかアンナに向けて……。
いつも通り、アンナの学校での話を聞いていたとき。
「それでさ、剣術の授業でさ、私間違えて先生を切っちゃってさ。」
楽しそうに、今日の報告をしてくれる。
「あぁ、大変だったな。」
「もう怒られるちゃって、大変だったよ……。」
「うん。お疲れ様。」
「疲れてない?大丈夫?」
俺がそっけないから、心配してるんだな。
「大丈夫だよ。」
「嘘だよ。どうしたの?もしかして、病気が悪化したの?」
「大丈夫だって。見りゃわかるだろ?」
だが、冷たく突き放してしまう。
「見れば分かるよ。今日のユウリ、なんか変だよ?」
それでも、追及してくる。それでつい、
「変ってなんだよ!良いだろ別に!」
強く言い返してしまう。
「良くないよ!ユウリが困ってるんだったら何かさせてよ!」
「うるさいな!だったらほっといてくれよ!俺だって頑張ってんだよ!色々出来ない中で、出来なくなっていく中で努力してんだよ!それも分からないで、あれをしただの、これが出来ただの、もう散々なんだよ!」
日々の苛立ちが言葉に乗って、確実にアンナの心を抉る。それでも、
「その……。ごめんね?私、何にも分からないでユウリを傷付けちゃってさ。だけど、悩んでるなら相談してよ。私だって、言ってもらわないと分からないこともあるんだよ?」
アンナは俺を気遣ってくれる。だけど、一回熱くなってしまったせいで、歯止めが効かない。
「なんだ?俺のせいか?俺が悪いのか?アンナにあんまり心配かけたくないから、黙ってたことだってあるんだよ!」
「私のことなんて良いからさ、自分の心配をしてよ!ユウリが苦しむくらいなら、私はいくらでも頑張るから。だから、全部話してよ!」
「それって要はアンナの為だろ!?自分が後悔したくないからって。俺はさ、他人に迷惑をかけたく無いんだよ!人様を苦しませてまで生きたくなんか無いんだよ!」
アンナは、俺を想って行動してくれてるのは、分かってるつもりだ。それなのに、口からは思ってもない不満がで続ける。
「そんなこと言わないでよ!だったらさ、全力で私を頼って、生き続けてよ!それで治ったら、私のワガママを沢山聞いてよ!そしたら、私だって迷惑なんてしないし、むしろ嬉しいよ!」
ここまで尽くしてるのに文句を言われて。それでもまだ、優しくしてくれるのだ。
「なんだよ。治るだなんて無責任にさ!最近はろくに力も入らないし、起きてるだけでも疲れるんだよ!なのに、治す方法なんて、何一つ見つかっちゃいない!どれだけアンナを頼ったって、治りゃしない!結局苦労だけさせて、死んでくんだよ!そんなのは嫌なんだ!俺のためになることをってんだったら、ほっといてくれ!今助けてもらったって、辛いだけなんだ!」
本当に最低だ。人として、言ってはいけないことだ。喋りすぎて、息が苦しい。体力が相当落ちてるんだな。
「……そっか。ごめんね。色々苦しませちゃって。そうだよね。私、自分勝手だよね。ユウリためとか言って、結局自分のために色々してさ。」
アンナは、目を潤ませて、でも泣くまいと堪えてる。
「でもね、これだけは分かって欲しいの。最期まで生きるのを諦めないで?どれだけ辛くても、生きててくれるだけで、私は嬉しいんだよ。例え自分が死んででも助けたいって、生きてほしいって思ってる人がいるんだよ。迷惑をかけたく無いって思うなら、最期まで諦めないで。」
結局堪えきれず、泣き出してしまう。あぁ、本当になにしてんだ。こんだけ心配かけて、今度は自分勝手にアンナを傷付けて。最低な人間だな。
「……私、帰るね。もし困ったら、また呼んでね。」
短く言い残して、アンナは帰ってしまった。死ぬんだなんて、あんなに言って。皆が来てくれたとき、諦めない何て言ったけど、結局心のどこかで、諦めてたんだな。ダメじゃんか、俺。
それからというもの。俺が起きるより早くご飯を持ってきて、夜は、俺が寝てから食器を片付けに来て。とにかく避けてる。最近は朝ですら、着替えるにも一苦労だ。お風呂にだって、毎日は入れてない。もう、ろくな生活を送ってない。如何にアンナに頼りきりだったか、痛感している。特に出来ることもないし、目標にすることも無いし。ただただ空虚な、無駄に長い毎日を過ごしていた。死がゆっくり、しかし確実に近付いてくる。残された時間は長くない。なのに、その時間を浪費している。アンナの姿を見ないだけで、こんなに日々がつまらないものになるのか。逆に、アンナがいるだけで、何もない日々にも、鮮やかな色がつく。最後の生きる希望だったのに、自分で手放してしまったんだ。せめて、最後に一回会えるなら。俺が死ぬ前に喋れるなら。全力で謝りたい。だから、まだ死ねない。ただ、生き続けよう。耐え続けよう。この退屈な日々を……。
何日経ったか、さっぱり分からない。ただ、何日もアンナが来てなくて、流石に寂しくなってくる。あ、そう言えば、通信水晶があったな。あれを使えば……。いや、どうなんだ。それは。自分で追い払っておいて、呼び出すのは。いや、それでも、もしこのまま謝れなかったら、それの方が嫌だ。だったら、やるしかない。ベットの脇に置いてあった水晶を手に取り、弱りきってる力を最大限込め、魔力を込めようとした。そのとき、
「ユウリくん!アンナが来てない!?」
アンナの母親が駆け込んでくる。
「どうしたんですか?おばさん。」
いつもはおっとりしてるアンナのお母さんが、相当な事態なのか、焦りきっている。
「実はね、ここ数日アンナが帰ってないの。もしかしたらここにいるかもって思ったんだけど……。」
アンナが帰ってない……?何故だ?どこかに出掛けたのか?
「えっ……。どこかに出掛けるとか行ってませんでした?」
「それがね、こんな置き手紙があったんだけど……。」
そこには、「ユウリを治すために、ちょっと出てきます。数日で帰ります。」と、短い文章が書かれていた。治すため、とはどういうことか。どこかで治す方法を見つけた、とか。だとしたら、選択肢は絞れるな。
「あの、アンナの部屋の図書室の本を持ってきてもらえますか?」
「え、えぇ。いいけど……。」
アンナのお母さんが持ってきたのは、数冊の本だ。
「ありがとうございます。」
持ってき本をペラペラめくっていく。何か、何か無いのか……!
「あ、これだ……。」
「ど、どれなの!」
それは、古い本だった。昔のこの村の医者の日記だ。そのなかに、一つ気になる記事があった。
「その病、原因不明につき。日を増すごとに衰弱進む。薬、効果示さず。しかし、一つ方法あり。森奥の魔物巣食う秘境。そこに咲く七色の花、その病を祓う。」
この症状、まさに俺のそのものだ。それに、この本はこの村の歴史についてだ。この村でしか出ない病気だってのも引っ掛かる。
「それって!あの子、花を取りに行ったの?」
「多分、そうだと思います。」
「だったら、自警団の人達に、探してもらわなきゃ!」
アンナのお母さんは、慌てて部屋から出ていった。
部屋で呆然としたまま。ずっと考え込んでいた。どうしてアンナはそこまでしてくれるんだよ。あんなほっといてくれだとか言われて。善意を踏みにじられて。それなのに、どうして命がけで花を探しに行くんだよ。怒ってないのか?辛くないのか?どうして最低のくず野郎を助けるんだよ。本当に、優しすぎないか?どうしてそこまでできるんだよ。
「帰ってこなかったら、俺は、どうすればいいんだ……?」
次で短編としては終わりです