それからは、生きた心地がしなかった。ただひたすら祈り続けて。ひたすらに報告を待つ。 生きててくれなきゃ、後悔しか残らない。謝れないで、告白も出来ないで。そんなのは嫌だな。頼むから、早く帰ってきてくれ……。そんな後悔ばかり並べ、ウジウジし続けて。事態が動いたのは、翌朝だった。
「ユウリくん。落ち着いて聞いて欲しいの。」
アンナのお母さんが、焦りきった様子で入ってくる。
「あ、おばさん!アンナが帰ってきたんですか!?」
思わず乗り出してしまう。しかし、アンナのお母さんは、プツリと糸が切れたかのように、へたっと地面に座り込み、
「それがね、アンナがね、アンナがね……。」
ボロボロ泣き始める。……嘘だろ?まさか、そんなわけないだろ。
「アンナが、どうしたんですか?」
まだ決まったわけじゃない。大丈夫だ。嬉し涙かもしれない。生きてるに決まってる。なんてったってアンナは村一の鬼才だぞ?まさかそんなわけない。
「アンナがね、死んじゃったのよ……。」
しばらく何言ってるのか、理解出来なかった。というより、理解を脳が拒んだ。
「あのね、森の奥の方でね、傷だらけで見つかったんだって。それでね、手の中に、通信水晶を握ってたんだけど……。」
認めたく無いのに、どんどん情報が流れ込んでくる。アンナが、最期に握っていた?訳わかんない。そんなに大切なのか?あんな最低なことした奴と共有したものが?何で最期の最期まで優しくしてくれるんだ?俺が苦しいだけじゃないか。一方的に傷付けて。その相手が、俺のために死んでいった。そんなの、あんまりじゃないか。もう、嫌だ。
「すみません、俺のせいで……。」
申し訳なくて、謝ることしか出来ない。
「……なんでユウリくんが謝るの?」
「だって、俺のせいじゃないですか。おまけに、アンナが出掛ける前に、ひどい言葉を浴びせてしまいましたし……。何で、俺なんかのために……。どうせなら、俺が死ん……。」
「そんなこと言わないで!」
アンナのお母さんが、かなり強い言葉で遮る。
「ユウリくんがそんな風に考えるんだったら、アンナが頑張ったことが、報われないじゃない!ユウリくんが、その分まで生きてよ……。」
そのまままた泣き始めてしまう。もう、どうすればいいんだよ……。
そのあと。アンナのお父さんが迎えに来るまで、その場で泣き続けていた。ただ、それを見てるしかなくて。さっき、責めてくれればよかったのに。お前が代わりに死んでしまえって言われれば楽だったのに。どうして生きろ、なんて言うのか。どうせ、もうすぐ勝手に死ぬのに……。
部屋で、ボーッとしていた。何をするきにもなれなくて。未だに、少しだけ、希望を持っていた。もしかしたら、ひょっこり俺の前に現れるんじゃないか。今までのは、死の恐怖に煽られてみた、悪夢なんじゃないかって。そんな妄想をしながら、短い余命を浪費していく。カーテンを閉めきってるせいで、何日無駄にしたのか分からない。このまま死んでしまえたら楽なのに。いや、これ以上アンナのお母さんを悲しませたくない。死ぬまでは生きていこう。そう思った瞬間、
「ユウリくん?入っていい?」
アンナのお母さんが狙い澄ましたようなタイミングで訪ねてくる。
「あぁ、はい。良いですよ。」
ガチャッと入ってきたアンナのお母さんは、一瞬誰か分からない位に老けていた。
「あのね、これ、アンナの部屋から見つかったの。」
手渡されたのは、七色の花と、日記帳だった。
「これは……?」
「少し気持ちの整理が出来たから、アンナの部屋を整理しようと思ったら出てきたの。」
「これって……。」
「多分そう。自分が死ぬかもしれないと思って、これだけは届けたのかも。」
アンナは唯一転移魔法は得意じゃなかった。だから、花を送るのが精一杯だったんだ。
「じゃあ、私帰るから。」
伝えることを伝えて、さっさと帰ってしまった。もしかしたら、俺のことが許せないのかもしれない。日記の裏表紙には、
「もしも私が帰らなかったら読んで下さい。」っていう張り紙がついてる。……と思ったのだが、静電気でついてたみたいだ。裏側に、色々な説明が書いてある。つまり、日記には治し方は載っていないだろう。それでも、アンナがどんな想いで生きて、死んでいったのか。どうしても知りたくて、ついつい日記を開いてしまう。
四月一日
ユウリが熱を出して倒れちゃったから、病院に連れてったら、重い病気だったらしい。お医者さん曰く、余命あと数ヶ月らしい。正直、受け止められなかった。夢じゃないかなって思った。だけど、前を向かないと。治せるように、医学を学ばないと。
文章が完全にアンナのものだから、アンナがまだ側にいる気がして。自然と涙が出てきて止まらない。
四月十日
ユウリは、一見健康そうだ。普通に生活出来てるし、顔色だって、良い。正直、未だに信じられない。私は、まだ伝えてない想いがある。まだ勇気が出ないけど、いつか伝えられたらいいな。
伝えて無い想いって、なんだ……?
四月二十日
ユウリが、少し力が入りにくいって言ってた。それは、死が一歩近付いてきたってことだ。だったら、後悔しないようにしなくちゃ。あの時こうしとけば、とは思わないように……。
五月一日
私が治してあげるって言ったとき、ユウリは少し暗い顔をしてた。それは、治らないからって諦めてるからなのかな。でも、良くない傾向だな。もっと前向きに生きほしいな……。
五月二日
朝食をあーんしてあげるって言ったら、ユウリはすごく照れてた。でも、結局断られちゃったな。釣れないなぁ。それはそうと、ユウリがまた弱ってきてるらしい。だから、前向きになれるように、目標を立ててもらうことにした。だけど、親を叩くなんて、よく分からない目標を立てられちゃった。人生、なかなか上手くいかないな……。
些細なことだと思ってたのに、アンナに負担をかけちゃってたんだな。
五月八日
学校に行くことになった。ユウリが心配なのに、先生や両親が、行けと言って聞かないのだ。そのために通信水晶を渡したら、
「寂しくなったら、呼ぶかも。」
なんて言ってくれた。思わずドキッとしてしまった。だけど、ユウリは少しも照れてなかったし、他意は無いんだろうな。だから、冗談っぽく切り抜けてしまった。
えっ。これってもしかして……。
五月十二日
ユウリが元気になるかと思って、皆を呼ぼうとしたけど、拒否されちゃった。理由を聞けば、みんなに自分のことを忘れて欲しいかららしい。そんな寂しいこと、言わないで欲しい。皆が後悔しちゃうのもそうだし、何よりどんどんユウリが後ろ向きになってくのが辛い。許可はもらえたけど、上手くいくかな……。
五月十三日
皆にユウリの家に来てくれるようにたのんだら、快諾してくれた。やっぱり、ユウリは人気者だな。少し妬いちゃう……かも?
昼休みに先生に許可をもらってユウリの家に押し掛ける。最初こそ気まずそうだったけど、しばらくしたら、泣き出しちゃった。多分、ユウリも寂しかったんだな。誰かに助けて欲しかったんだ。私じゃ頼りないのかなって思ったけど、やっと本音を打ち明けてくれた。やっぱり、生きたいんだよね?ユウリ?
放課後本を持っていった。二人で読もうって言ったら、ダメだって。なんで!?って思ったけど、私のことを心配してのことらしい。だけど、ここは譲れない。必死に交渉して、だけど、断られちゃったな。だけと、諦めきれない。結局、ユウリの言いつけを破って夜更かしを続けてしまった……。
五月二十日
ユウリが最近ボーッとしてることが多い。私に隠してるだけで、どんどん病が蝕んでるのかもしれない。もしかしたら、終わりが近いのかもしれない。そんなことを一度考えだしたら、止められなくなって。そして、つい弱音を吐いてしまった。ユウリが死んじゃうんじゃないかって。本当に怖いのはユウリなのに。そしたら、ユウリが大丈夫だって。突然いなくならないって約束してくれた。それが、嬉しくて、また泣きそうになる。だけど、そしたら変な人だから、こらえる。好きな人に安心してほしいから。
好きな人って。いつからかは、分からない。でも、両想いだったってことだよな。だったら、告白すれば良かった。ビビらずに告白してれば、成功したんじゃないかな。先伸ばしにしてたのは、アンナが消えちゃうなんて思わなかったから。結局、毎日を大切にしようなんて言いながら、明日がある。次があるって甘えてたからだ。激しい後悔が俺を襲う。でも、後悔しても遅い。だったら、せめてアンナがどんな気持ちで最期を迎えたのか。見届けるべきだ。だから、読み進める。
五月二十五日
やってしまった。ユウリを怒らせちゃった。きっかけは些細なこと……だと思ってるのは、多分私だけだ。ユウリが、日に日に出来ることが少なくなっていくのに、私があんなことをして、こんなことをしたって話すのが、苦しかったんだと思う。蓄積していたユウリの不満が爆発したみたいに、あふれでる。日々出来ることが少なくなっていくこと。私を気遣って我慢していたこと。皆に迷惑をかけてるんじゃないかっていう不安。そしてなにより、死への恐怖。いつもは優しいユウリが、自分の感情を包み隠さずに、ぶつけてくる。それを受け止めようと、正面からぶつかる。だけど、無理だった。
「自分の為にやってるんだろ?」
その言葉が、深く心に突き刺さった。どうなんだろう。私は、ユウリの為に色々頑張ってきたと自分でも思う。だけど、それは自己満足だったのかな。ユウリに尽くしてる自分が、すごいんだって、偉いんだって思いたかったのかも。だって、ユウリがいいよって。無理しないでって言ってるのに無理をしてた。私はユウリを助けるためだって思ってたけど、むしろユウリを追い詰めてたのかも。そう考えたら、私がひどく悪いことをしてるような気がして。申し訳なくなってきて。でも、ユウリに生きて欲しいのは、純度100%の本音だ。だから、それだけ伝えて逃げてしまった。もう、どうすればいいのか分からないよ……。
最低だ。何てことを言ったのか。あれだけ尽くしてくれた相手に、自分勝手だなんて。例え偽善でも。例え自分の為でも。あそこまで尽くしてくれる人を責めるなんて、間違ってる。謝りたい。今すぐに謝りたい。なのに、謝れない。たった一度の過ちが、俺が生きてる限り俺の心に残り続ける。でも、それはアンナが生きてた証拠だから。大切にしていくべきだって、思う。
五月二十八日
見つけた。ユウリを助ける方法を。結局、ユウリの為に、いや、自分の為に本を読み漁っていた。そのなかに、興味深い情報があった。それは、この村にしかでない、徐々に衰弱していってしまう病気だ。しかも、回復魔法は効かないらしい。まさしくユウリの病気そのものだ。この本、いや、日記の著者もかかってしまったらしい。しかし、村の北側の森の奥の方、魔物が大量に出るところに咲く、虹色の花の蜜を舐めたら治ったらしい。この花は、図鑑にも乗っていない幻の花だそうで、誰にも信じてもらえなかったらしい。だが、この日記には咲いていた場所が乗っている。正直、帰ってこれるか分からないけど、可能性があるなら、やった方が絶対に良い。ユウリは何て思うかな。私が夜更かししてるだけでも心配してやめさせようするのに、魔物の湧くところなんて、絶対に許してもらえないよね……。だけど、これは自分の為だ。行ってこよう。花を取りに。そうと決めれば、準備をしないと………。
読み終わっても、しばらく日記を眺め続ける。これを手放したら、アンナがもっと遠くに消えてしまう気がして。このままずっと日記を読んでいたい。だけど、じきに力が抜けてきてしまう。そんなに重い日記帳じゃない。それでも、持ってることが出来なくなってくる。だから、泣く泣く本を置く。そして、花と手紙を手に取る。花は摘まれてからかなり時間が経っているにも関わらず生き生きしている。それほどに強い力を持った花なんだな。だが、いつ萎れてしまうか分からない。だから、手紙を読み始めた。
まず、始めに謝らないといけないね。黙っていなくなってごめん。結局最期まで自分勝手だったね、私。もしもユウリが自分を少しでも責めてるなら、それは今すぐやめて欲しいな。だって、私の為にやったんだもん。仮にユウリがとめてもやってたんだから、ユウリは関係ないよ。
次に、一緒に置いてあった花についてなんだけど、あれはね、ユウリの病気を治せる……はずの花だよ。昔にこの村で同じ症状がでた人が、この花の蜜を舐めたら、治ったらしいの。もちろん絶対ではないけど、可能性としては高いと思う。だから、試してみてね。
正直、この手紙を書いてる今は、まだ出かける前だから死ぬかも、とは思うけど、まだ死がすぐそこにあるなんて思えないよ。でも、少しだけ分かった気がした。ユウリがどんな気持ちで生きてたか。多分、こんな気持ちで日々を送ってたら、諦めたくなっちゃうよね。それなのに、私ったら頑張って、とか生きて、とか無責任に言っちゃってさ。でももう、自由になれるよね。私のことなんて忘れてくれたら嬉しいな。このままずっと背負って生きていって欲しくないから。それじゃあ、このままいくと無限に書き続けちゃうから、そろそろ終わるね。今までありがと、ユウリ。そして、じゃあね!
手紙を読み終えて。アンナは最期まで俺を想って、ついには忘れてくれと。これだけ尽くした相手に忘れられたら、今まで頑張ったのが無かったことになるのに。負担になるから忘れろって。俺にはとてもじゃないが出来ない。本当にすごいな、アンナは。とても俺じゃ真似できない。
それから、花を手に取った俺は、花びらに口をつけ、蜜を舐める。今まで食べた何よりも甘い。それは、アンナの優しさの甘さだと思う。しばらく味わって、飲み込む。そして、しばらく花を見つめる。これが、アンナの最期の想いだ。絶対に枯らしたくない。だから、ベットの脇の花瓶の花を全部どかして、この花を刺す。水だけじゃ萎れちゃうかな?そんなことを考えながら、ゴロゴロする。そのまま五分くらいたった頃。俺の体に変化が訪れる。少しだけ、ダルさが良くなった気がする。どれだけ寝てもとれなかった疲れが、かなり改善されている。今なら歩けるかもしれない。つまりは治ってきている、ということだ。そしたら、急に眠くなってくる。安心しただけではない。多分急速な体調の変化についてけてないんだ。今までみたいな不快な疲れじゃない。心地よい眠気だ。良かった。アンナの最期は無駄じゃ無かったんだ……!俺は、眠気に体をゆだねて、まぶたを閉じた。
夢の中だってことが、理解できる。ふわふわした感じだ。目の前に広がるのは、アンナとの思い出だ。病気にかかって、アンナに診療所に連れていったもらったこと。あーんしてくれたこと。学校に行くときの申し訳なさそうな顔。不安にだって、泣き出したこと。綺麗な思い出が、次々現れては消えて。どれもこれも輝いて見える。そして、その中には、
「期待しててね?私、頑張ってるんだから。」
と言って笑うアンナの笑顔があった。そうだ。アンナは諦めなかったから、俺は生きてるんだ。じゃあ、俺もアンナの為になにか出来ないか?色々な思い出を思い出しながら、考える。大好きな人に貰った命で悠々と暮らすなんて俺にはできない。そのまましばらく考え続けた。すると、さっきのアンナの一言の後、もう一つ俺の為に言ってくれた言葉を思い出す。
「ふふふ。安心したまえ。私ほどの才能があれば、死人さえも呼び戻してしまうよ。」
この言葉が、心の中で何度も繰り返される。アンナは、出来ないと思って言っていた。でも、その前の俺を治すっていうのは、無理だと思ってたのに、実行してのけた。なら、俺も出来るんじゃないか?死人を呼び戻すことが。もちろん簡単なことじゃない。俺の人生を棒に振ることになるかもしれない。だけど、やらないと。アンナが生きてなきゃ俺の治った時の目標、コクるというのは達成出来ないから。そうと決まれば、やることは一つ。勉強をして、人生を懸けてでも、アンナを生き返らせる。その為に、旅に出る。不可能なんてないって教えてもらえたから。そう決意を固めたとき、意識が明瞭としていく。目覚めるんだな……。
バッと起き上がる。体の底から力がわき上がる感じがする。今までの体のダルさが嘘みたいに。なんなら、病気にかかるより前より、力と魔力が漲る。まずやることは、一つ。外着に着替えて、アンナの家に向かった。
アンナの家に着いた俺は、両親にまずお礼の言葉を伝えた。そして謝罪をし、最後に決意を伝えた。二人は黙って聞いていてくれた。そして、全て聞き終わってから、一言。
「死なないでくれよ。」
と。それは、アンナが繋いだ命を無駄にするな、という警告、体調に気を付けろよ、という心配の二つの意味があったんだな、と思う。それから、家の財産をかき集めてバックに詰め込む。そして、剣とアンナの日記、そして水を入れた瓶にあの花を入れて、そのまま、誰にもさよならも言わずに、村を出ていく。まだ死者を蘇生する方法なんて分からないが、少なくともこの村になんてヒントは無いだろう。まずは、王都にでも行くか……。
お楽しみ頂けたでしょうか。まぁ、後味のいい作品にはならなかったですが、長編ではハッピーエンドまで導きますので、心の隅に覚えて頂けたら幸です。