私は貴女の望むがままに【完結】   作:クラトス@百合好き

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■登場人物

・マユミ…同性のパートナーと暮らしている。
・ケイコ…マユミと同棲中のパートナー。イラスト関係の仕事で在宅ワーカー。
・ユイ…普通の高校生。


第一話「私とケイコ」

「おはよ~ケイコ」

「はい、おはよ~。もう朝食出来てるよ。あとはよそるだけ」

 

 キッチンではケイコが忙しそうに行ったり来たりしていて、コンロに目をやれば火にかけられた鍋がフツフツと音を立てている。一見、どこの家にでもありそうな平凡な朝の風景だ。

 

 もし他の家と違うとすれば、それは私が女性で、ケイコも女性であるという点だろうか?

 

「へぇ~。今日はパンじゃなくてご飯なんだ。珍しいね。お味噌汁は赤だし? 良い匂いだね~」

「ちょっと前にテレビで見て、ケイコがいいな~って言ってたからさ」

「よく覚えてるな~。言われるまで忘れてたよ」

「そうだろうとは思ったんだけど、会社行くのってエネルギーいるでしょ? 少しでも喜んで欲しくて」

 

 私とケイコは同性カップルだ。一応役所にそういった届け出もしてる。厳密に言えば違うけど、分かりやすく言えば結婚してるってこと。自分たちで生計を立てるからと反対する両親に大見得を切って、今では二人だけの新居も手に入れた。といっても一戸建てとかじゃなくてマンションの一室だけどね。それでも私とケイコ、二人のお城だ。

 

 そんな私たちの日常は?というと…。

 

 お恥ずかしいことに朝食の支度はケイコに任せっきりだ。以前はケイコも会社勤務をしていたが、今ではすっかり在宅勤務が気に入ってしまったらしく、「私は出社とかないし、時間あるから」という言葉もあって甘えてしまっている。

 

 任せっきりで悪いなと思い、最初のうちはせめて土日くらいは頑張ろうとキッチンに立っていたがそれもいつしかなくなってしまった。ケイコが言うには私が料理すると後片付けが大変、だそうだ。交際当初は私の方が料理上手だったのにいまやすっかりケイコに差を付けられている。

 

「それじゃあ」

「「いただきます」」

 

 炊き立てのツヤツヤご飯に赤だしのお味噌汁。ん~、普段はついパン食にしちゃうけど、やっぱりご飯も美味しい。寒い冬かなんかにお椀から湯気が立ち昇ってたら、それだけでご馳走!って感じちゃうあたり、お米文化が遺伝子にインプットされてるのかも。

 

「もっとゆっくり食べないと消化に悪いよ」

「は~い」

 

 怒られちゃった。ついつい早く食べがちなのは会社勤めの性(さが)ってやつなのかな。

 

 目玉焼きにかけるつもりなのか、お醤油のボトルに手を伸ばしたケイコの指がキラリと光ったのを見てつい口元が緩んでしまう。先月の記念日に新調したペアリング、今日もちゃんとしてくれてる。お揃いのものがはめられた自分の指もどこか誇らしげに光っている気がした。

 

「あっ、今日は夕方以降雨降るかもだって。傘持っていってね」

「りょ~かい」

 

 もうちょっと大きいサイズに買い替えようかと考えているテレビには、熱心に今日の天気について語る気象予報士が映っていた。全国的に天気は下り坂らしい。今週末はお出掛け無理かなぁ?

 

「次のニュースは………、うへぇ~、痴漢だって。マユミも気を付けなよ、可愛いんだから。あっ、いや…マユミはカッコいい…かな?」

 

 CMに切り替わる前の予告を見ながらケイコが呟く。そういえば私は制服着てた頃も一度もされたことないなぁ。別に触られたいわけじゃないからいいんだけどね。

 

 そんなことを考えながら呑気に味噌汁をすすっていたら、テレビの端の方に表示される時刻を見て口の中のものを吹き出しそうになった。さすがにゆっくりし過ぎたみたい。慌てて食べ終え「ごちそうさま」と叫ぶと、出掛ける支度をしに部屋へと駆け込んだ。

 

「行ってきます」

「マユミ~、忘れ物」

「えっ?」

「ほら、いつものやつ」

 

 もぉ~、ケイコってば、マイペースなんだから~。目を瞑った最愛の人に軽く口付けを交わし家を出ると、雨の予報が信じられないくらい良く晴れた朝だった。

 

 

 

 

―*―*―*―*―

 

 

 

 

(ふぅ~、なんとかいつもの電車に乗れて良かった)

 

 いつも見かける人がチラホラ。お馴染みの景色ってそれだけでなんだか安心しちゃう。吊り革に掴まりつつスマホのチェックを行うと、仕事関係の連絡は特に入っていなかったのでこちらも一安心。これでトラブル発生の連絡でも来ていようものなら、朝から憂鬱になってしまうところだ。

 

 何事もないのが一番だよね、なんて昔の自分に言ったら笑われてしまうかもしれないけど、こうして忙しく毎日を過ごしていると、それがどんなにありがたい事なのかよく分かる。些細なトラブルだってないに越したことはない。

 

(あれ? あの子…)

 

 乗ってから何駅か通り過ぎた後で異変に気付いた。近くに居る女子高生らしき女の子が落ち着かない様子でしきりに背後を気にしている。どうしたんだろうと注意深く見ていると、その後ろでサラリーマン風の男がなにやら手をモゾモゾと動かす気配が…。

 

 もしかして…痴漢!?

 

 さっき見たばかりのテレビのニュースがフラッシュバックして怒りが込み上げてきたものの、私の位置からでは触っているかどうかまでははっきりとは確認出来ない。不審な動きをしているってだけだ。

 

 周りの人は気付いてないの?

 

 そう思って見回してみても、みんなスマホの画面に夢中で女の子には目もくれない。まぁ、私だって仕事のやり取りでスマホに釘付けの時もあるし人のことはいえないけどさ、もうちょっと周り見ようよって言いたくなる。

 

 その間にも少女は助けを求めるように視線をあちこちへ彷徨わせていたが、やがて私とパチリと目が合った。実際には声は出ていないんだけど、少女の「助けて」というアイコンタクトに私も「分かった」と頷き返す。

 

 よしっ!!

 

 気合を入れた私は、小さな声で「すみません」と謝りながら人の波を掻き分け近付いていく。周囲の迷惑そうな顔と共に、どこからか「チッ」という舌打ちが聞こえてきた。こっちは幻聴じゃなくて確かに聞こえたけどそんなの無視。

 

 こっちはあんたになんか構ってらんないの!

 

 強気に進んで狭い隙間をどうにかくぐり抜け、その子の背後へと強引に身体を滑り込ませることに成功する。男は意外と度胸があるのか、ふてぶてしく平然としていて尻尾を出す様子はない。「この野郎!」と思っても、結局触っているとこを直接確認出来てないから「痴漢だー!」って叫ぶのは少々悪手に思えた。

 

 となると…。

 

 私はスマホを取り出しカメラを起動すると、インカメラに切り替え肩越しに背後を映すフリをした。画面に自分の顔が映っているのを見たサラリーマン風の男はギョッと驚き、滑稽なくらい挙動不審な動きを見せた後、次の駅に電車が着くなりそそくさと降りて行方を眩ませてしまった。

 

 捕まえることは出来なかったけど、とりあえず女の子は守れたからこれでよしとしておこう。

 

「大丈夫?」

 

 そう尋ねると少女は小さく頷きホッとした表情を見せた。安心させるためにしばらくその子に寄り添うように傍に立ちながら、ちょっと観察。

 

 いつもこの時間なのか、そこそこ見かける顔だ。制服マニアじゃないのでどこの学校かは分からないけど、なかなか可愛い制服だなぁと度々思っていた。少なくとも私が着てたやつよりかはずっと良い。私のはもっと芋っぽいというか野暮ったいというか、とにかくダサくて不評だった。

 

(もしかして痴漢されなかったのってそういうのも関係してるのかな?)

 

 そのためにわざと評判の悪い制服にしていたのだとしたらあの制服にも納得………ってそんなわけないか。

 

 少女に視線を戻すと、黒のさらさらロングストレートに眼鏡が似合う、()()()()真面目そうな外見。身体つきは………かなり華奢な方かな。全体的に線が細く儚い印象を受ける。男性から見ても魅力的に映るとは思うけど、彼女が痴漢に狙われたのはもっと別の理由にあるのだろう。

 

 率直に言って『触っても抵抗しなそうだった』から。これに尽きる。痴漢としては身体つきがどうこうよりもそっちの方が重要そうだ。こういう大人しそうな子の方が色々と都合が良いんだろう。

 

 色々と考察している間に電車は滑るように終点の大きな駅へと入っていき、その巨体をゆっくりと停止させた。さすがに首都圏の駅だけあっていくつもホームがある立派な駅だ。もちろんそれに比例して利用客も多く、扉が開いてドワッと出ようとする人の波に飲まれ外に出ると、女の子を見失ってしまっていた。

 

 エアコンの効いた車内とは違ってひどく蒸し暑く、立ってるだけで汗が出そう。それはそうと女の子はどこにいったんだろう? 制服姿を探してキョロキョロと見回していると背後から声を掛けられ振り返った。

 

「あの…、ありがとうございました」

 

 やはりというかなんというか、想像通りのか細い声でのお礼にちょっと苦笑い。彼女には悪いけど、これじゃターゲットにされるわけだ。私が今まで気付かなかっただけで既に何度か痴漢されていたのかもしれない。

 

 あらかたの人がエスカレーターや階段に向かい、束の間の平穏を取り戻したホーム。人の邪魔にならないように念のため柱の陰に少女を誘導し話し掛けた。

 

「スマホ…持ってる?」

「はい」

「じゃあさ、カメラ起動してインカメラにしてみて」

「自分側のカメラですよね? 分かりました」

 

 女の子が持ってたのは日本でトップのシェアを誇るメーカーのものだった。結構お高いやつで、バイトしてなさそうな子が持つには少々値が張るのでは?と思ったけど、今どきの子はクラスでの話題作りとかでみんなと同じものを持ってないと不安だったりするのかな。

 

「そしたらさ、自分の肩越しに後ろを映せるでしょ? その画面を見せるだけでも、結構効果あるよ」

「えっと…」

「痴漢っぽい男の人を映すの。やましいことがあると映るの嫌で、それだけで逃げてってくれる場合があるからさ。ほら、こうやって」

 

 実際にやった方が分かりやすいかと少女の後ろに立ち手を振ってみせると、小さな画面にはその子と私、二人の顔が映っていた。なんだかツーショット写真みたいな構図になっちゃったけど、ニュアンスは伝わったはずだ。

 

 もういいかなと離れようとした時、カシャッとシャッター音が鳴り響いた。突然の不意打ちにびっくりしていると、どうやら間違って撮影ボタンを押しちゃったらしい。照れ臭そうに「ごめんなさい」と謝る少女の微笑ましさに自然と頬が緩んでしまう。

 

 改めて正面からしっかり顔を見ると、結構整った顔立ちをしていた。

 

(謝る姿といい凄く良い子っぽいなぁ。どこかのお嬢様だったりして)

「すぐ写真消しますね」

「え? あ、そうだね。そうしてもらえるとありがたいかも」

 

 この子が写真を悪用するとはとても思えないけど、消してくれるならそっちの方がいい。

 

「私、もう行くね。ちゃんと学校行きなよ。それじゃ」

「ありがとうございました」

 

 再び礼儀正しく頭を下げた少女に手を振り私は日常へと戻っていった。

 

 

 

 

 

―*―*―*―*―

 

 

 

 

 

「マユミさ、今日なんか良い事あったんじゃない? 良い顔してるよ」

「あっ、分かる? 実は今朝ね、電車で良い事しちゃって」

「良い事?」

「そ、人助け」

「なにそれ気になる。聞かせてよ」

 

 家での夕食時。テーブルにはビールを注いだグラスも置かれ、軽い晩酌といった感じが漂っているけどこれはいつものことだ。ケイコの手料理に舌鼓を打ちながら時折グラスを傾ける幸せは、ちょっとやそっとじゃ表現しきれない。この時間が訪れる度に自分は幸せ者だと再確認する。

 

「痴漢されてた女の子を助けた」

「おおっ、お手柄じゃん。さすが私のマユミ。そういうとこ、好きだよ」

 

 少しお酒が回っていたのとケイコに褒められたのもあって瞬く間に上機嫌になった私は、自分がいかにしてその少女を助けたかを得意気に語り、ケイコはケイコで話の合間に合いの手を入れて私を褒め散らかし場を盛り上げた。

 

 グラスが空になったのを見て冷蔵庫から追加のアルコール類を取り出したケイコは、良い事したお祝いだ、と私のグラスに勢いよく注いでいく。コポコポと気持ちのいい音と共に液体で満たされたグラスを片手にケイコが乾杯の音頭を行うと、晩酌は軽い宴会状態へと様変わりしていった。

 

「明日も会社なんだけど大丈夫かな…」

「マユミは真面目過ぎ。たまには息抜きしないと、どっかで色々破綻しちゃうよ~」

 

 息抜き、息抜きか…。ぼぅっと何かないものか考えていると、ケイコのTシャツからチラリと覗く鎖骨が若干のフェティシズムを漂わせ私を誘っていた。

 

 そういえば最近、ケイコとシてなかったな。って何考えてるんだろう私、お酒の飲み過ぎだ。ヤバいなぁ、良い気分になってきちゃって頭がポヤーッてしてる。アルコールとケイコの両方を摂取したら、明日に響くのは確実なのに…。

 

 でも、ここ数日ご無沙汰なのは事実だし、お互いを尊重し過ぎるのも良くないのかな? せっかくケイコもああ言ってるんだし…。

 

(良い事したんだから、ちょっとくらいご褒美あっても…いいよね?)

 

 グラスにお代わりを注ごうと缶に伸びたケイコの手に、そっと自分の手を重ねてみる。するとケイコは目ざとく私の意図を読み取り、ニヤリと笑った。

 

「あれ~? なんかマユミがエロい雰囲気出してる~。もしかしてスイッチ入っちゃった?」

「………かも」

「エロエロだ~」

 

 こういう時、ケイコは結構意地が悪い。私が誘ってるのなんて手を重ねた時点で分かってるくせに、焦らしてくる。いつ聞いたか忘れちゃったけどケイコ曰く、私に決定的な誘い文句を言わせたいらしい。だから私からストレートに誘うまで、ケイコはなかなかOKしてくれないのだ。

 

 あんまりサカってると思われると恥ずかしいので意地を張る時もあるが、大抵は私の負けに終わる。でも今日は、多幸感に包まれているせいか、すんなりと言葉が出た。

 

「今晩…どうかな?」

 

 重ねた手をキュッと握り、本気度をアピールする。

 

「明日会社なんじゃなかったの? いいのかな~?」

 

 ついさっき私が言った言葉を盾に、ケイコはさらに焦らしてきた。

 

「頑張ったからご褒美欲しい。ダメかな? ケイコとシたい」

 

 なのでとびっきり甘えてみることにした。普段はあまり使わない戦法だから意表を突けるかも、な~んて思ってたらこれが想像以上に効果絶大で少し驚いちゃった。

 

「うわっ。どうしたの。今日のマユミ、なんか可愛い。よく分かんないけどめっちゃ可愛い」

「じゃあOK?」

「当たり前だよ。ベッド行こう、ベッド! マユミの気が変わらないうちに早く」

「えっ? ちょ、片付け…」

「そんなのいいから。明日私が頑張るから。ほら、行こっ!」

 

 いいのかな? まぁフライパンとかは先に片付けてあるみたいだから、食器類だけならいっか。

 

 ウキウキ気分で手を引くケイコと同じくらいウキウキ気分な私は、楽観的にそう考えると自分の感情に身を任せることにした。今日はケイコと楽しむ。それが今私が一番したいことだ。

 

 ベッドに私を寝かせるなり覆い被さってきたケイコを受け入れると、ただの獣に立ち返った私たちは時間も忘れ情事に耽った。数日振りのケイコの身体は瑞々しく、触れれば触れるほど溺れそうになっていく。必死で泳いでいるのに身体がドンドン沈んでいって、最初は一生懸命に呼吸しようとするのに、いつしか海の底に引っ張られていくのが快感に感じるような底知れない深さがケイコにはあった。

 

 浮かんでは沈み、沈んでは浮かびを繰り返しながら、私は暗い海の底へとゆっくりと堕ちる。そして海底から見上げた水面がキラリと光り、一瞬のうちにグングン近付いていったかと思うと、バシャリと音を立てて海面から飛び出した私の身体は、失った酸素を取り戻すかのように大きくわなないて崩れ落ちた。

 

 

 

 

 ベッド脇に置いておいたペットボトルを二人で仲良く分け合いながら余韻に浸っていると、まだ物足りなげな顔をしたケイコが口を開いた。

 

「ねぇマユミ。私への誕生日プレゼントなんだけどさ」

「うん、希望があるなら善処するよ?」

「物じゃなくてもいいかな?」

「ってことは何か行為ってことかな」

「ふふふ、()()()を聞いて貰おうと思って。あのね━━━━━━」

 

 

 

~~~次話に続く~~~

 

 

 

 

 

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