その身に咲くは剣の花   作:ヤマダ・Y・モエ

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第十話

 

 

 時間というものは皆平等に流れていく。楽しい時間も、苦しい時間も流れる時は同じだ。しかし、それを感じる人々の感覚は違う。楽しい時間は簡単に過ぎ去り、苦しい時間はゆっくりと流れていく。

 さて、俺が過ごした霊術院での一年は、森に住んでいた時と比べればゆっくりと流れていた気がするが、それでも充実していた。朝起き、朝食を食べ、紫蘭に引き摺られ鍛錬をし、授業を受け、それが終わったら夕食を食べ、俺よりも早く食べ終わった紫蘭に引き摺られてまた鍛錬をし、寝る。毎日毎日、これの繰り返しだった。いつか飽きるものと思っていたが、こうして一年過ぎて振り返ってみると、とても充実してたように思える。まあ、惜しむらくは、一回生の時に飛び級し、二回生になっても環境は大して変わらなかったことか。俺は露骨に避けられる事は無かったが、避けられている事には変わらず、紫蘭も色々な人と組んで自分と対等にやり合える相手を探していたが、結局は見つからなかったそうだ。「ま、一年上なだけだしそう変わらないわよ」と言っていたが、その顔はどこか悲しそうだったことを覚えている。やはり、鍛錬の相手が俺だけというのは味気ないのだろう。なんとかしたいと思うのだがこればかりはなんとも出来ん。ただ強い人材が育つことを切に願うだけだ。

 

 俺も紫蘭も進級するが、飛び級した時とは違い一年の過程を経て進級する。当然、面子は変わらない。授業内容は変わるだろうが、その他でやることは変わらないだろうな。……流石にあの生活がもう一年続くとなると、少し飽きるかもしれない。何か変化が無いと人間やっていけないものだ。

 

「なにダルそうな顔してんのよ。いいから早くそこ座んなさいよ」

 

 変化と言えば、俺も紫蘭も一年では身長も容姿も変わるとは無かった。これは俺達が死人……幽霊みたいなものだからだろうな。少なくとも何十年という単位で容姿に劇的な変化は現れない筈だ。

 

「あ? 今何であたしの事見て残念そうな顔した? おい」

 

 紫蘭はどうやら自分の容姿に劣等感を感じているようだ。優秀で文句のつけどころが無い紫蘭の唯一の弱点といえるだろう。まあ、そこを突くと烈火のごとく怒るから決して突いてはいけない弱点だがな。今の様に身長や容姿を気にかけるような視線を向けると即座に反応して殺気にも似た怒気を放ってくる。とても怖い。

 

「まあいつもの事だから良いわ。それよりも今年の目標よ、目標」

 

 進級前の最後の一夜。紫蘭は俺の部屋に押し掛け「目標決めるわよ!」と言い放った。いきなりそんな事を大声で言ったせいで寝ていた清之介は跳ね起きてしまった。俺も俺で柄にも無くビクッとしてしまった。まさか寝る一歩手前で来るとは思っていなかったのだ。とりあえず、清之介に迷惑が掛かるため俺と紫蘭は鍛錬場に場所を移し、改めて何の目標なのか聞いたところ進級してからの目標を決めたいとのことだ。

 

「これがあるかないかだけで一年の調子が決まるわ。だから、今日の内に決めておくのがいいのよ」

 

 とは言っても、俺は常に死神になるという目標を掲げ日々鍛錬している為、今年の目標と言われてもはっきりしないのだ。

 

「何よ、アンタは目標ないわけ? はー、つまらない男ねまったく。あたしはいっぱいあるわよ。まずアンタから斬術で一本取ること。それと三十番代の【破道】の詠唱破棄でしょ。それと、今年も飛び級する事ね」

 

 随分と今年の目標が多いな。しかし、そうか。この様な細かい目標なら俺にもあるな。例えば、三回生から実習があるという。現世で迷える魂を尸魂界に送る技術を学ぶのだ。この技術を【魂葬】と呼ぶ。その実習の時に虚に襲われることもあると先輩の霊術院生から聞いた。だから、その時に虚と戦って、あわよくば斬り殺したい。コンブより強いか弱いかはその時になってみないと分からぬが、あの時からどれほど俺が強くなったのかを確認したい。となると俺の目標は今年中に虚に出会い戦うことか。紫蘭に比べ、随分と条件が厳しい目標だが、紫蘭が言ったように無いよりいいだろう。

 

「……なんか殺気立ってるんだけど一体どんな目標にしたのよ。ああ、待って、言わなくていいわ。どーせアンタの事だから虚と戦いたいとか思ってるんでしょ?」

 

 何故分かった。

 

「眼が好戦的なのよ。死神が戦う相手なんて虚以外にいないでしょ。……まあ、隠密機動なら話は別でしょうけど」

 

 とりあえず、肯定の意を表明しておく。紫蘭は得意げな顔で頷き、それから目標の目標、つまり目標達成する為にやるべきことを語った。その姿はとても楽しそうで、明日からの希望に満ち溢れていた。この一年も紫蘭は充実しそうで何よりだ。

 紫蘭と夜遅くまでお互いの目標を言い合い、また今年もよろしくと挨拶をしてこの場は解散となった。部屋に戻ると清之介は既に寝ていた。俺もその横で布団を敷き、横になる。

 この一年で俺と清之介の寝る時の距離は少しだが縮んでいた。初めは俺に恐れを抱いていたが、共に過ごしていくうちに俺が無害だと察してくれたのだろうか。いや、未だに眼が合うと小さく震えあがるので恐れ自体は抱いているのか。まあ、これからも同室なので少しぐらいは話す事が出来れば幸いか。

 この一年は、森での狩猟生活に比べて安全に、平穏に過ごす事が出来たな。森よりも密度はなかったが、実に充実した一年だった。その大半は紫蘭のお蔭だ。だからこそ、俺は彼女がした事の大半を笑って許すのだが。何にせよ、今年も無事、それこそまた四肢を斬り落とすようなことにならないように過ごしたいものである。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・今年の目標

 




一つの区切りみたいな話です。次回は感想にてチラッと言った通り番外編です。

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