その身に咲くは剣の花   作:ヤマダ・Y・モエ

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番外編

 変な奴。それがあたしが寄生木アセビに抱いた印象だった。

 周りから浮いているのに、気にも留めない。勇気を出して喋りかけた生徒に反応はするけど、返事はしない。それが周りから浮くことに拍車をかけている。それに、どうやら入試に試験官に対して何かしでかしたらしい。あたしはあいつとは別の日に入試を受けたから見てないけど、試験官を半殺しにしたという話だ。確か試験官は護挺十三隊の席官ぐらいの実力はある筈。ま、席官と言っても末席かそれ以下だから流石に五席以上の力は無いんだけどね。でも、だからといって死神でもないのに試験官を倒した実力はすごいと思う。でもま、あたしも倒したんだけどね、試験官。

 

 初めての授業は斬術の授業だった。どんなものかとちょっと期待してたけど、今までまともな鍛錬をして剣を振っていた訳じゃない人を相手にしてもまともにやり合える筈もなく、まあこんなもんかと思った。だから、相手の技量に合わせて打ち合いをしていたのだけど、そこで教師の怒号が響いた。何事かって、声のした方を見てみると、噂の例のやつと、確か山田清之介っていう根暗そうな奴が対峙していた。対峙といっても、片方は木刀も構えずに余裕の態度で、もう片方は木刀を構えていても手が震え脚が震えの完全に戦意消失しているビビっている態度。どっちがどっちのなのかは言わずもがな。教師に怒られてようやくやる気になった山田の方が、半ばヤケクソに寄生木に打ち込んだ。技術も何もない、無茶苦茶な打ち方で斬術嘗めてんのかって感じだったけど、恐怖の呼び起こす力は予想以上に大きいらしく、木刀がぶつかり合う旅に大きな音が鳴り響いた。周りを見ればその場にいた生徒がその打ち合いを、打ち込んでいる山田の方に眼を向けていた。あたしも初めは「必死だなぁ」とどうでもよさ気に適当に見ていたけど、ふとある事に気付いた。

 

 寄生木アセビには、左腕が無い。

 

 寄生木の事はよく見ていなかったし、席も反対方向で体の左側は見えないから気付かなかった。後から思えば、これに気付かないのも問題だなとは思うけど、まあそれは置いておく。

 それに気が付いた時は驚いた。五体不満足で護挺十三隊に入隊しようとする人がいるなどと、想像すらした事が無かったからだ。風の噂で盲目でも入隊したすごい人がいるとは聞いたことがあるけれど、それに似たような人が身近にいるなんて、と若干の興味が湧いた。しばらく、といってもたった十数回の打ち合いだったけど、寄生木を観察した。実は、観察力はあたしのちょっとした自慢だったりする。その自慢の観察眼で寄生木を視て更にあたしを驚かせたのが、あれだけ打ち込まれているのに、寄生木は顔色一つ変えず、それをまともに受けていた。いや、片腕で両腕で振っている木刀を全て受け切っているのも驚いたが、あたしが驚いた事はそこではない。寄生木は、十数回も一方的に打ち込まれているのに、その場から一歩も動いていなかった。まるで右腕が別の生物の様に動き、全て受け切っていた。

 純粋にすごいと思った。上級貴族として、昔から死神になることを目標に剣を振っていたあたしでもそんなことはできない。少しでもその技術を盗もうと、半ば魅入るように見ていたら、遂に寄生木が動いた。動いた、といっても山田の様に激しい攻勢に出た訳じゃない。結果としていればたったの二振り、相手の手首を叩き、首に木刀を添えて、その打ち合いは終了した。

 強いと思った。こんな奴、今まで何処にいたのかも気になった。でもそれ以上に、寄生木と戦ってその技術を学びたいと思った。次の授業は白打だ。その時は、寄生木と組んでやり合おうと決め、早速動いた。……まあ、二回ぐらい無視されたけど、たぶんそれは誰かに話しかけられると思っていなかったからだろう。うん、そう思うと許せる。あたしは器の大きい女、この程度で怒らない。この時に分かったことだけど、こいつの眼は口ほどに物を言う。考えが分かる訳じゃないけどどう思っているのか、感情なら分かる程度だけどね。

 実際に組み手をしてみて分かった。斬術には当てはまらないけど、こいつの白打は技術が無い。たぶん、指導者に教えられたものではなく、実戦で鍛えられたものだから。だから、小技や繋ぎ技を使わず、ひたすら当たれば命にかかわる、もしくは行動に異常をきたす部位ばかり狙ってくるのだろう。事実、裏拳は頭を打ち抜く様に放ってきたし、蹴り上げは顎を狙って脳を揺らそうとしてきた。

 間違いない。こいつの白打は斬術よりも劣っている。斬術の時は手首を打って武装解除し、首に木刀を添えて無力化出来ていたのに、白打では一撃必殺を狙ってくる。つまり、余裕が無い。……まあ、それはあくまで攻撃面だけの話で防御面では結局一撃も当てられる事はできなかったけどね。その後、なんか身長や胸に向けて憐みの籠った眼で見てきたからひたすら乱打しまくってやったわ。やっぱりというか、結局一発も当てられなかった。滅茶苦茶悔しい。でも、同時に嬉しかったりもした。こんな強い奴が同じ時期に入院してくれて。あんまり期待していなかった学院生活に期待が持てるようになった。もっと強くなれるという期待が。

 この日を機に、あたしとこいつの関係は始まったんだと思う。一年という長い様で短い時間、一緒に鍛錬したりご飯食べたりするだけの変な関係だけどね。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 あの日以来、あたしと寄生木は授業で毎回毎回組むことになった。理由は察しの通り、こいつ以外は相手にならないし、あたしの技術の発展の為だ。朝の鍛錬にも夕方の鍛錬にも付き合ってもらってるし。……いや、あいつはあたしがいなくても勝手に鍛錬していたような気がする。まあ、一人でやるよりも二人の方が鍛錬になるだろうし、あいつも文句言ってこないしいっか。

そういえば、いつの頃からか、あたしの中で寄生木の事をアセビと呼ぶようになってたっけ。本当にいつからは覚えてないくらい自然にだけど、理由は覚えている。寄生木という呼び方よりもアセビの方が呼びやすいからだ。名前的に。

 

斬拳走鬼の授業は順調に進んでいき、残る鬼の授業の実習になった時、意外な事実が発覚した。あいつは鬼道が信じられないほど苦手だった。しかも【破道】限定で。まさか、『衝』以外の【破道】を撃つと自爆するのだ。しかも、アセビの生死が心配になるほどの大自爆だ。声出せよとは思ったけど、よく見たら口元がボソボソ動いている。ちゃんと詠唱はしているらしい。それであの結果とはもう一種の芸術なんじゃないかと思った。教師も「頭おかしい」といってたし。あたしも鬼道は初めてだったけどちゃんと前に飛んだし、教師にも「今の段階でそこまで出来れば上出来」と太鼓判を押してもらえた。この差は一体何だのだろうか。何者かの悪意を感じるけど、流石に個人の力量で左右される鬼道にそんなこと出来る人はいない。アセビをなんとかしようと珍しく焦っていた。あたしもあたしなりに助言はしたけれど、その程度であいつの芸術的な自爆は治ることは無く、遂には教師に授業以外の場での鬼道の使用禁止を言い渡された。その時のアセビの落ち込み様は半端では無かった。どのくらい落ち込んだかというと、周りか少し引くぐらい落ち込んでいた。その影響で今まで周りから浮いていたアセビは余計周りから浮く事になったが、本人は気にしてなさそうだった。

 

 アセビは【破道】の才能は一切皆無だった代わりに【縛道】の才能は天下一品だった。なにせ、初日から二十番代までの【縛道】を一通り使えているのだ。普通は一桁代すらまともに使えないというのに。これは「頭おかしい」といっていいかもしれない。何故か本人は不満そうな顔をしていたけど。なにが不満なのだろうか。あたしとしては【破道】よりも【縛道】の方が便利そうだし、とても羨ましいのだけど。あ、因みにあたしは十番代まで使える。初日でここまで使えれば上々なのだけど、一人規格外がいるから素直に喜べなかったのはあたしだけの秘密だ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 こんな日々を送っているうちに一ヶ月が経過した。相変わらず鍛錬でも授業でも相手はアセビで、そろそろお互いの癖が分かり始めたころだ。

 白打はあたしの勝ち越し。アセビは白打において急所や行動に支障が出る部位を集中的に狙ってくるから、防御が楽だったり追撃が簡単だったりする。

 でも、斬術はあたしの負け越し。なんで刀を持ったか持たないかでこれほど変わるのかよく分からないけど、刀を持ったアセビは白打の時とは違って、相手を無力化するのが異常に上手い。一撃必殺の白打とどうしてこうも差が出るのか。聞いてみたところ、何故か実践されることになった。口で言いなさいよ。

 結果として分かったことは、白打、アセビの言うところの格闘戦では一撃必殺で相手を倒さないと逆に自分が殺される状況にあったらしい。殴っても間髪入れずに殴り返してくるため、何度か死にかけた事があるそうだ。お前一体何と戦っていたのよ。逆に刀の場合は何処を狙っても深く入れば全てが致命傷になる為、自然と小技を使うようになっていったそうだ。

 白打は勝ち越し、斬術は負け越し、歩法は……競争とかしたこと無いけど、たぶん同じくらい。鬼道は論外。【破道】を使ったら芸術的な自爆をするやつに勝っても嬉しくないし、そんなの見せられても勝った気分にならない。【縛道】限定なら完璧にあたしの負け越しだけどね。あいつ三十番まで詠唱破棄出来るし。あたしだって二十番代前半の鬼道しか詠唱破棄できないのに。ま、あたしは【破道】と【縛道】両方に対してあいつは【縛道】だけだから鬼道に関しては引き分けでいいんじゃないだろうか。総合的にはあたしの方が勝ってるけど、【縛道】に差があり過ぎるから。

 

 こんな感じで競い合っているけれど、当然あたしとアセビはそこらの一回生よりも頭一つ二つと言わず三つぐらい抜きん出ている。自惚れとかじゃなくて、客観的に見てそうなのだ。アセビの動きに一回生で付いてこれるのはあたししかいないし、あたしの動きに付いてこれるのはアセビしかいない。誰の目から見ても明らかだ。ま、だからアタシとアセビが飛び級するのは当然の結果だ。アセビ自身は自分の【破道】の才能の無さから渋ってたけど、結局は飛び級する事になった。まあ、あたしとまともにやり合えるアセビを飛び級させないと、周りから贔屓しているとか五月蠅そうだから、教師としては何が何でも飛び級させただろう。アセビが断固として拒否してもだ。……でも、流石に教師に「鬼道の才能が無い」と言われたことは気の毒に思う。実質希望を断たれたようなものだ。アセビが【破道】の練習を教師に隠れて地道に重ねていたのを一緒に鍛錬していたあたしは知っていた。だから、まあ、ガラにも無くアセビを慰めるような事を言ってしまった。思い出したら思わず身悶えしてしまうほど恥ずかしい。あたしってそういう奴じゃないってのに。しかも慰められた本人は大して気にしてなさそうな雰囲気だったのが余計恥ずかしい。部屋に戻って枕にうずめてゴロゴロバタバタしていたら同室の人から何故か生温かい視線を受けて余計恥ずかしくなって枕で顔を隠したら何故か頭を撫でられてまた恥ずかしくなってという悪循環。何かの拷問かと思った。これも全部あいつの所為だと考えることを放棄して、次の日はいつもの倍はあいつに打ち込んでやった。ちょっとすっきりした。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 そして、一年。

 長い様で短い一年が経過しても、あたしの生活は一年前から変わることは無かった。序でに身長も伸びなかったし体も成長しなかった。悔しい、毎日牛乳を飲んでいるのに一体何がいけないのか。こんなに努力しているあたしが悪い筈が無い。世界だ、巨乳が覇権を握っている世界が悪いんだ。

 

 明日から三回生だと思うと少し緊張すると共に、何かやり残した事があるんじゃないかと不安になる。二回生に飛び級した時はこんな事感じなかったのに何故だろう。一年間二回生として過ごすと心の中で思うことがあるのか。それに、どこか不安もある。普通に進級するということは生徒の面子も変わらない。あたしはアセビとは違って、そこそこの交友関係はあるけれど、やっぱり一年間一緒にいた時間が長い人は誰かと聞かれたらあいつになる。つまり、あいつと喧嘩したり気まずくなったりしたらこれまでの生活が一変する事になる。そうなった時にどうすればいいか分からないから不安なのだ。そこそこの交友関係など本当に困った時に力になってくれる事なんてほとんどない。だから自分の力でなんとかしなきゃいけないのだけど、生憎今まで『知り合い』は入るけど『友達』はあんまりいなかったからどうすればいいか分からない。

 せめてあいつが何をしたいのかとかが分かればそれに協力することも出来るし、気まずくなってもどこか落とし所が分かるかもしれない。少なくとも、何も知らないよりもマシな筈だ。だが、それをどう聞く? いつも通り直球で聞くのも今回に限ってはどこか情けなくてあまり気乗りしない。と、グズグズしていたあたしの肩を叩く人がいた。といっても、同室の人なんだけど。同室の人は「考えるのは後にして、とりあえず行ってき」とポンッと背中を押して部屋から出した。あたしが悩んでいる事が分かったのだろうか? 部屋に戻ろうにも中から鍵を掛けられていて入れないし、あたしは渋々あいつの部屋に行った。

 あいつの部屋っていってもそれはあたしの部屋の隣だ。すぐに付いてしまう。なんて聞き出そうかと悩んでいたが、同室の人の助言を思い出し、扉を蹴破ってアセビを連れ出した。その連れ出した時の口実が「目標決めるわよ」だった。……図らずも目的を達してしまった。あれだけ考えても結論は出なかったのに、随分とあっさりと口に出していて吃驚した。こうなると分かっていたのかもしれない。同室の人―――リサは。

 

 鍛錬場に着くと、あたしは自分の目標を次々に言っていった。

 そして、言いきった時にアセビは何か考え込むような顔をしていた。自分の目標でも決めているのだろう、としばらくボーッとしていたが、不意にアセビから殺気を感じた。見れば、アセビは今まで見た事の無い顔で前を見つめ、左腕があった筈の場所に手を当てていた。

 一度こいつの上半身を見た事がある。左腕が無かったのは勿論だが、それに次いで目立っていたのが腹から背中を何かで貫かれたような三つの痕だ。それを見てからアセビのこれらの傷は虚にやられたものだとずっと思っていた。あたしの予想が当たっているのなら、たぶんこいつは虚を殺そうとかそんな感じの物騒な目標でも立てているのだろう。本人に聞いてみたら頷いてたし。

 それからいくらか雑談をし、あたしたちは解散した。結局、アセビと気まずくなったりした時の対処法に関しては何一つ思いつかなかったし、それに役立つようなことも聞けなかったけど、まあ、よく考えたら一年一緒に過ごして問題も起こらなかったし、成るように成るかと楽観視して、床に就いた。睡魔が程なくやってきて、良い感じに寝れそうだった時、隣から、リサから「うまくできた?」と聞かれた。こんな遅い時間まで起きていてくれたのだろうか。だとしたらすごいお人好しだ。でも、こうして気にかけてくれるというのはちょっと嬉しい。

 あたしは「うん」と言って、本格的に寝る為に意識を落としていった。

 さあ、明日から三回生だ。

 

 

 

 

 

 


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