その身に咲くは剣の花   作:ヤマダ・Y・モエ

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えー、この話は作者が多忙のため、ストックから投稿するものであります。残りストックはあと2つです


第十四話

 三回生には長期休暇というものがある。

 これは三回生だから、というよりも三年に一度の休みということだ。霊術院には下級貴族や紫蘭の様な上級貴族が結構多い。その為、三年に一回は実家の方に顔を出して挨拶をしてくる、そしてその序でに休んでこい、という上の意図だ。

 日頃の鍛錬の疲れや勉強の疲れを癒すのにはまさにうってつけの期間だ。ただしそれは、帰る家がある者に限る。長期休暇中は霊術院の教師連中もいなくなる。まだ仕事が残っていたりするものはここに残るが、基本的に霊術院は閉められる。寮も管理人がいなくなるため、閉められる。普通なら皆帰る家があるためそんなことはどうでもいいのだろう。同室の清之介も鼻歌まじりに荷を纏めている。

 そんな中、帰る家のない例外の存在、つまり俺は刀を研いでいた。皆は明日からゆっくり休むのだろうが、俺は違う。俺の場合は明日から普段の生活よりも過酷な狩猟生活だ。霊術院で三年間ひたすら鍛錬をしていた俺にとってもはや獣は敵ではない。襲い掛かってきても片腕でも余裕で対処できる自信はある。だが、いつ襲われるかわからない環境というのはそれだけで神経をすり減らすものだ。つまり、心休まる暇がない。常在戦場を言葉通りに実行するのだからな。休まるはずもない。この心構えは立派で素晴らしいものだが、やはり人間には休息も必要だ。

 愚痴を言っていても状況が変わることはない。不意に声をかけられたので顔を上げてみれば清之介が荷物を背負い扉の前に立っていた。今から出発するのだろう。返事の代わりに一つ頷くと清之介は薄い笑みを浮かべて去って行った。思えば、あいつとの関係は最初こそ最悪だったがそれも随分と改善されたものだな。昔は俺が身じろぎしただけで怯えていたものだが、今では共に茶を飲む仲にまでなった。俺は特別なことはしていないため、あいつの意識に何らかの変化があったのだろう。まあ、嬉しいことなので素直に喜んでおこう。……まあ、ここで嬉しさを噛みしめていても俺が狩猟生活に逆戻りという事実は変わらんのだがな。いつまでもここにいても仕方がない。俺も部屋を出るか。

 

「ふぎゃっ!?」

 

 意を決して扉を開けると、猫が踏まれたような声がした。なんだ? 俺は一体何を踏んでしまったのだ? 恐る恐る下を見てみれば、なんてことはない。いつも通り床を踏んでいる俺の両足が目に入った。よかった、ならさっきのは幻聴か。

 

「んなわけないでしょう! 人の頭を扉にぶつけといて失礼よ!」

 

 どうやらさっきの声は踏まれた猫が発したものではなくぶつけられた紫蘭が出した声だったようだ。よかった、幻聴を聞くほど耄碌していないということか。

 ひとり安心していたらいきなり脛に鋭い痛みが走った。紫蘭が俺の脛を爪先で蹴ったのだ。

 

「無視すんじゃないわよ! 折角こっちが気を使って来てやったのに……ああもう!」

 

 叫んだと思ったら今度は頭を振り始めた。一体何だというのだ。何故今日の紫蘭はこうも情緒不安定なのだ。

 

「もういい! 細かい説明は後でさっさと行くわよ!」

 

 行くとはどこにだ? 森にか? 初めて森で野宿生活してからというもの、紫蘭は外出許可が取れる度に森で野宿生活を行ってきた。五回以上は行ったのではないだろうか。それなのにまだ行きたいというのかこいつは。

 

「言っとくけど、森じゃないからね。なんで折角の休みを神経すり減らして過ごさないといけないのよ」

 

 それもそうだ。いくら気に入ったからと言ってそれは鍛錬に向いているから、という前提があってこそだ。鍛錬をするでもないのに森で野宿するなんて酔狂な人間は少なくとも俺以外いないのではないだろうか。

 

「あんたのことだからどうせ森で過ごそうとか思ってるんでしょ? 馬鹿じゃないの?」

 

 馬鹿と言われてもそれしか行く場がないのだから仕方ないではないか。それとも今更【戌吊】に戻って生活しろというのか。その場合、まず他人の家に襲撃をかける必要があるぞ。恨みもない人にそのようなことするのは御免だ。

 

「もうちょっと人を頼ることを覚えなさいよ。少なくともここにあんたの友達で仮にも上級貴族な女の子がいるんだから」

 

 ……つまり、どういうことだ? 紫蘭は何が言いたいのだ? まさか紫蘭の家に泊めてくれるのだろうか。いやしかし、紫蘭の実家は上級貴族だ。俺のような流魂街出身でもない森の野生児を泊めてくれるのだろうか。

 

「あたしの家に泊めてあげるわ。ま、広いし、離れでいいのならって条件付だけどね」

 

 なん……だと……!? 条件付きということは既に実家にも了承済みということか!?

 

「わかった? わかったならさっさと行くわよ。あ、言っとくけどあたしの親に挨拶とかいらないから。あたしが実家に帰るのも親が面子を気にしてるだけで、あたしも顔合わせる気ないし」

 

 ……なんというか、男前だな、今日の紫蘭は。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 広い。

 俺が紫蘭の家を見たとき、初めに思ったことがこれだった。これに関して紫蘭は「まあ、鍛錬するのには適した広さよね。でも四大貴族の家なんかはもっと広いわよ」と言っていた。これ以上に広い家となると逆に移動するのが手間ではなかろうか。だが、俺も人のことは言えないな。元の住まいが森で、しかもそこで狩猟生活を送っていたのだから言えるはずがない。

 広い屋敷の隅にあるポツンと存在している離れに荷物を置いて、自分の部屋へと戻っていた紫蘭と合流する。どうやらすぐにでもこの屋敷から出ていきたいらしく、早く早くと俺を急かしてきた。

 屋敷を出るとまず紫蘭は昼飯を食べようと言ってきた。当然、俺が金を持っているわけがないから紫蘭の奢りだ。我ながら情けないことこの上ないが、紫蘭は「どーせ無駄に貯めてるだけだから気にすることないわ」と言っていた。やはり今日の紫蘭は男前だな。

 昼飯は紫蘭のお気に入りの茶屋ですることになった。紫蘭はきな粉付きのおはぎを頼み、俺は団子を頼んだ。紫蘭が気に入るだけのことはあり、味は絶品だった。金があればまた来てみたいと思うほどだ。

 

「んー、やっぱりここのおはぎは美味しいわね。特にきな粉がついてるやつが。にしても、アンタってあんまり甘いもの食べてる印象がなかったけど、案外普通に食べるのね」

 

 霊術院には甘いものなんてほとんどないからな。しかし、あれば基本的になんでも食べるぞ、俺は。

 ずずっ、とお茶を啜る。このお茶も丁度良い渋さで団子によく合うな。うむ、美味い。それに、外の様子を眺めながら食べれるというのも中々落ち着けて良い。これだ、これこそが休日の正しい過ごし方だ。実に心休まる。

 しばらくこうして外の様子を眺めていたら、ふと、何か違和感のようなものを感じた。

 

「どうしたの?」

 

 違和感の原因を探ってみると、なるほど、俺の視界に入る人の数と足音の数が合わないから違和感を覚えたのだとわかった。森では気配だけではなく聴覚でも何かが来ると察知できなければならないため、俺の聴覚は人よりも優れているらしい。俺には実感がなかったが、紫蘭が教えてくれた。

 

「ああ、あれは蜂家の末っ子ね。代々隠密機動の刑軍で処刑、暗殺を生業としてる根暗一族よ。立派なのは肩書きだけで、兄妹の何人かがすでに死んでると聞いたわ」

 

 なるほど、処刑はともかくとして暗殺を生業としているから足音が聞こえないのか。日頃からの訓練の賜物だろうな。まあ、俺には無縁のものだ。足音を消すのに苦心するぐらいなら相手が視認できないほどの速さで近づいて斬った方が楽だからな。

 

「ま、そんな話はどうでもいいとして、次はどこに行く? アンタがここに来れることなんて滅多にないんだから、今日は日が暮れるまで遊び倒すわよ!」

 

 ふむ、確かにそうだな。今、戦闘考察するのは無粋というものか。偶には戦いのことを忘れて遊ぶのも必要だ。

 それならば紫蘭よ、先ほど見掛けた着物を見に行くのはどうだ。……なんだその眼は。俺が着物を見たいというのはおかしなことか。よく考えれば俺はこの一着と霊術院の服しか持っていないのだ。せめてもう一着ぐらいはあっても良いと思うだろう?

 

 

 

 

 

 

本日の収穫

・美味しい茶屋

・着物

 


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