その身に咲くは剣の花   作:ヤマダ・Y・モエ

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今回はストックからではありません。
ええ、やっと一話書き上げて投稿するに至ったのです。……大学生活忙しすぎぃ


第十六話

 

 

 

 懐かしい気配を感じた。

 それは、俺が“此処”にいる理由を作った存在でもあり、俺が死神になる上での目標の一つでもある、そんな存在の気配を感じた。

 

「これは、虚か!?」

 

 しかし、その気配はひとつだけではなく、複数存在していた。なるほど、これが虚の気配か。俺はコンブしか知らないから奴かと思ったのだが、そうでもないようだ。

 

「君たち! 今すぐ集合地点に戻るぞ! 俺が殿を務める!」

 

 この場の指揮権はこの死神にある。俺としては一度虚と戦ってあの時よりもどれほど強くなったか試してみたいところだが、仕方ない。

 それに、今俺の隣にいるのは紫蘭ではない。彼女なら安心して俺の都合を押し付けることもできたのだが、他の院生となるとそういうわけにもいかない。同じ班になったものがむざむざ虚に食い殺されるというのも目覚めが悪いのだ。

 そういうわけだ、そこの名も知らぬ院生よ。腰を抜かしてないでさっさと立ってほしい。このままではこの死神がいくら強くても食い殺されてしまう。

 腰を抜かしてしまった同じ班の者の腕を強引に立たせ、走る。瞬歩で移動してもよいのだが、それだとこの者を置き去りにしてしまう。瞬歩ができるかできないかは知らぬが、必死に走っていることからできないのだろうな。まあ、三回生でできないというのは別におかしな話ではない。四回生の後半になってできるようになってくるものだと聞いているからな。

 

「くそ……! 雑魚ばかりだが数が多い!」

 

 後ろから追ってくる虚を死神が一刀のもとに斬り伏せる。確か、虚を殺す常套手段としてその仮面ごと顔を斬るというものがあったな。それをこの死神は的確に成していく。まるで作業のようだ。いくら虚が雑魚でも、相当場数を踏んでいなければここまでできないだろう。

 

「!! 危ない!」

 

 死神の技量に感嘆していると、いつの間にか目の前に虚がいた。ここまで近づかれて気づかないとは、迂闊。否、少し腑抜けすぎたか。ここはすでに戦場だ。いついかなる時、敵に襲われるか分からない。

 俺は緩んでいた気を叩き直し、改めて虚と対峙する。

 見た目はかなり小さい。と言っても俺が初めて出会った虚、コンブと比べてだが。四足歩行で立てば俺の身長を優に超えていたアイツとは違い、この虚は俺とほぼ同じくらい。しかも、感じられる霊圧もコンブに比べてかなり小さい。

 アイツとの戦い以外で虚と戦ったことのない俺だが、感覚的に理解した。理解できてしまった。

 

―――こいつは、俺よりも弱い。

 

 柄に手を掛け一閃。鞘から取り出す序でに虚の仮面を切り裂いた。上手く入ったようで、虚はそのまま霊子となって消えていった。

 

「……ハハッ、なんだお前。強いじゃないか」

 

 俺が強い? 何を馬鹿な。今ので俺の強弱を判断されても困る。あんなのは、ただの作業だ。この死神のように多くの雑魚虚を作業のように処理していったのならわかる。が、これは一対一だ。案山子を斬ったのと何ら変わらない。

 この時、俺は一抹の不安を抱いた。

 俺の記憶にあるカロール・コンブスティーブレは確かに強大だった。しかし、それが過去の美談のように、誇張されたものだったとしたら? 今の虚のように、何も考える必要がなく、ただ作業のように斬れる存在に成り下がっていたとしたら?

 もし本当にそうなっていたとしたら、それは“とても退屈なことだ”と俺は思った。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 何か緊急事態が起きた時の集合場所に辿り着いた。

 結局、あれから何度も前から襲い掛かってきた虚を斬り殺したが、最初と同じように雑魚ばかりで、半ば作業のようになってしまった。同班の者は出てくるたびに悲鳴を上げていたが、まあ、仕方ないか。どんな虚でも死神一人を殺す力を持っているのだからな。何、殺すまでが難しいだけで、実際に殺すことはそう難しいことではない。首を刎ねれば生物は死ぬのだ。ただそれに至るまでが難しいだけであり、殺すことは簡単だ。だから、同班の者も怯えていたのだろう。事実、いくら雑魚で小さかろうと、俺たちの首を噛み千切ることぐらいはできるだろうからな。

 集合場所には結構な人数の院生が集まっていた。その周りを死神たちは囲み、刀を構えて周りを警戒している。俺の今回限りの相方はそこでやっと一息つけたようだ。ふむ、体は大きいがそれと度胸は比例しないか。そういえば、こいつは俺と班が同じじゃないときでも常にオドオドビクビクしていたような気がする。そういう性格なのか。まあ、どっちでもいいか。

 俺は同班の者へ割いていた思考を打ち切った。そういえば、紫蘭はどこにいるのだろう。アイツの行動力なら真っ先にここについていてもおかしくない。しかし、周りを見渡してもそれらしき人影は見受けられない。ふむ、紫蘭は身長が女子の平均身長よりも低いため、見つけにくいのか。ならばと少し目線を下にして探してみるが、やはりそれでも見つからない。おかしいな。アイツはいつも勝ち気で、自分の決めたことは何が何でもを実行しようとする気概の持ち主だったが、こういう緊急時に私情を挟む奴ではない。そして、いくら同班の者が鈍くても、アイツなら迅速に集合場所に戻ることができただろう。ましてや、今回は本職の死神がいるのだ。それなのに、この場にいないというのは少しおかしい。

 ここでふと、疑問が生じた。疑問と言っても些細なことだ。何故そうなのかと聞けば、そうであるからそうなのだと答えが出て、それで終わるような、そんな疑問。しかし、この疑問だけはそれだけで終わらしてはいけないと、俺の中の何かが訴えてくる。その疑問とは“何故、雑魚虚がこんなにもこの場に現れたのか”だ。偶然で片づけられる疑問だ。実際、このような虚の大量発生は偶にあるのだ。だからこそ死神たちも冷静に対応していたのだ。これが本当の意味での異常事態だった場合、もう少しぐらい取り乱していただろう。

 嫌な予感がする。

 仮に、この事態の首謀者がいるとすれば、この雑魚虚たちにも意味が生まれてくる。この雑魚虚たちに何がさせたかったのか。状況的に足止めか。雑魚だったが、数だけはそれなりにいたからな。しかし、なぜ足止めをする必要があったのだ? 今は魂葬の実習の時間であり、虚側からしてみれば足止めする理由などないはずだ。自分の食糧が減るからと言って死神相手に雑魚虚をけしかける必要はない。

 駄目だ、わからない。そもそも俺は頭が良い方ではないのだ。考えるよりも斬った方が性に合っている。つまり、考えるよりも行動しろということだ。仕方ない、少々規律違反であるが、自分の足で紫蘭を探しに行くとしよう。万が一のことがあれば事だからな。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 人に見られないように瞬歩で抜け出したのは良いが、紫蘭がどこにいるか皆目見当も付かない。霊圧で感知しようとするが、何かに邪魔されるがごとく、うまく感知することができない。明らかに交戦中ということがわかるだけに、焦燥感が募る。

 いや、俺が焦っても仕方がない。冷静に紫蘭の霊圧を辿っていこう。うまく感知することができないだけで、感じはするのだ。少なくとも、方向は分かる。

 紫蘭の霊圧を感じる大体の方角に向けて瞬歩で進んでいると、紫蘭と同じ班の者がこちらに向かって走ってくるのが見えた。その顔は恐怖により青ざめており、所々躓いてはいるが、それでも走ることを止めることはしなかった。

 

「あ、あなたは……寄生木アセビ……さん」

 

 俺が姿を現すと、男も走るのを止め、こちらに縋るような目を向けてくる。

 

「お願いです! 助けてください! 山査子さんがまだ虚と戦ってて……! 俺を逃がすために山査子さんは囮になって…! 怪我をして……!」

 

 怪我……だと?

 

「山査子さんがいるのはあっちです!」

 

 男が指差した方向は確かに紫蘭の霊圧を感じる方向と同じだった。

 それにしても、紫蘭が怪我、か。なるほど、これは……心中穏やではいられないな。

 

 逃げてきた院生が指し示した方向へ瞬歩で進んでいくと、不意に何か違和感を感じた。そして次の瞬間、世界が変わった。

 さっきまでうまく感知することが出来なかった紫蘭の霊圧が急に感じ取れるようになったのだ。それだけではない。周りの景色も一変した。地面は抉れ、木々が燃え盛る、そう、あの日の俺が住んでいた森のように。

 少し進めば、紫蘭の姿を捉えることが出来た。無事であったことに安堵したが、それはぬか喜びだったと次の瞬間には気付かされた。

 

 紫蘭の左腕が、焼け爛れていたのだ。

 

 それだけではない。腹からも血が流れている。俺は、その傷に既視感を覚えた。

 そう、その傷は、若干の差異があるが、あの日カロール・コンブスティーブレに付けられた傷と同じだったからだ。

 

「あ……アセビ……」

 

 俺に気付いた紫蘭が弱弱しい声で俺の名を呼んだ。すぐさま紫蘭に駆け寄ろうとすると、それを邪魔するかのように横から声が響いた。

 

「『アセビ』だと? 今、貴様はアセビと言ったか?」

 

 周りが一変してから、なんとなく気がついてはいた。ここには“奴”がいることを、その霊圧で感じ取っていた。

 だが、いるとわかっているのと、実際に会うというのは存外湧き上がる感情が違うものなのだな。紫蘭に傷を負わせたという理由も相まって、俺は今、無性にこの目の前の“狐の面を付けた虚”を斬り殺したい。

 

「ああ、やっとだ。やっと会えたなアセビ。この二年間、貴様に斬り飛ばされた尾の恨みを忘れた日はなかったぞ……!」

 

 堂々たる様で炎の中から出て、その声と体躯で完全にこれが“奴”だと確信ができた。

 体躯は大きくなり、尾の本数も二本ほど増えていたが、何よりもこの霊圧が、炎の熱が、そして、対面したことで疼きだしたこの左腕と腹の傷が、“奴”であると嫌でも確信した。

 

「あの日の続きだ。次こそ貴様を喰らい尽してやろう」

 

 我が宿敵、カロール・コンブスティーブレが、尾から血を滴らせ、二年の月日を経て、再び俺と対峙した。

 

 

 

 

 

 

本日の収穫

・宿敵との再会

 


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