その身に咲くは剣の花   作:ヤマダ・Y・モエ

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長らく間を空かせてしまい申し訳ありません。
大学生ともなると忙しくて忙しくて書く暇がなく、この話もストックから引っ張ってきたものです。
これでストックもなくなってしまったので、次回の投稿はかなり間が空くかもしれませんが、首を長くして待っていてください。



第十七話

 

 

 “奴”を認識した瞬間、俺は抜刀し、奴に斬りかかろうとした。

 否、事実として俺は柄に手を掛け、脚はすぐさま瞬歩で近づけれるように構えていた。

 

「……? どうした? 来ないのか? 何故だ? 俺も、お前も、この日が来ることをずっと待っていたはずだ!」

 

 カロールが何か吠えているが、生憎俺は今それに耳を傾けていられる余裕がない。

 

「刀を抜け! 瞬歩で斬りかかってこい! 術を放て! 今日はあの日の続きだ! あの日のように! 狂ったように俺に斬りかかってこい!!」

 

 ああ、そうだ。今日はあの日の続きだ。俺は失った片腕の借りを、奴は断ち切られた尾の借りを返すために俺を殺しに来るし、俺も殺しに行く。

 だが。こんな俺たちの私闘に、巻き込んでしまった者がいる。俺たちの、“やられたらやり返す”と、単純に言ってしまえばこれだけのくだらない戦いに巻き込んでしまった者がいる。

 

「ア…アセビ……!」

 

 紫蘭だ。

 俺が来た後、弱々しい足取りで下がったと思えば、そのまま木に寄り掛かるようにようにして倒れたのだ。

 

「ごめん……なさい。あたし……あたしは……!」

「喋るな」

 

 左腕に重くもないが軽くもない火傷、腹には……三つの何かが刺さった傷。半ば分かっていたようなものだが、やはりこれはカロールにやられた傷か。

 

「まさか、その女と知り合いか? お前を探しているとき、偶然その女に出くわし、お前のことを聞いたのだが、だんまりでな。俺がお前を探している印として、俺がお前に付けた傷と同じ位置に傷をつけた。ああ、安心しろ。その女だけが特別ではない。お前を探す過程で出くわした死神には、全て同じ傷をつけている。中には耐えきれず死んだ者もいるがな」

 

 そうか。つまり、名も分からぬ哀れな被害者も、今俺の目の前で倒れている紫蘭も、元々の原因は全て“俺”か。

 分かっている。俺がどうしようと、カロールの行動を防ぐことはできなかったと。原因は俺に合っても、俺はカロールではない。どうにかしようとするには無理がある。

 だからこそ、俺とカロールが相対したこの瞬間に、こいつと決着を付かせなければならない。それが俺の責任であり、こいつの被害にあった者たちへの『償い』だ。

 

「まさか、その女が傷付いたことで傷心でもしたか? そんなわけないだろう!! 忘れないぞ! 俺の尾を斬り飛ばした時のあの表情(カオ)を! あの―――」

 

 何故だか分からないが、その先を言わせてはいけないような気がした。

 反射的に斬魄刀を抜き放ち、カロールに斬りかかった。

 

「っ!? なんだ? 随分と性急だな!?」

 

 一瞬怯んだカロールだったが、次の瞬間には残りの尾ですぐさま反撃に移った。まともに打ち合えばただでさえ片腕しかない俺では三本の尾を防ぐことはできない。

 瞬歩で後ろに下がって回避すると同時に鬼道を放つ。

 

「縛道の四、『這縄』」

 

 霊子の縄でカロールの腕を拘束する。

 本来この縛道はそこまで拘束力はない。カロールであればすぐさま引きちぎって反撃してくるだろう。だが、その引きちぎる『一瞬』を作り出すことに意味があるのだ。

 

―――縛道の二十六、『曲光』

 

 カロールが腕を拘束した縄を引きちぎるのに意識を一瞬割いたうちに鬼道を発動し、己の姿を見えなくする。

 この鬼道、霊圧で自分の姿を覆い隠し姿を見えなくするものなのだが、霊圧を感じさせるわけではないので自分の姿を隠す意味はあまりない。

 が、奇襲に使うというのなら話は別だ。一瞬だけでも敵の姿が見えないと、大なり小なり混乱する。そして、混乱したその瞬間に、首を斬り落とすのだ。

 

ザシュッ

 

 手応えは感じた。肉を裂き、骨を断った感触を感じた。

 その感触に何とも言えない感情を覚えながらも、すでに亡骸と化したカロールの姿を確認する。首を半ばまで斬り裂き、夥しい量の血を流している。……死んだか。存外、あっけないものだな。

 とにかく、殺したのなら次は紫蘭だ。紫蘭自身の生命力が高いのか、まだ死んでしまうような事態にはなっていないが、このまま放っていたら危険だ。早く集合場所に戻って治療を受けさせなければならない。

 

「ダメ……アセビ、逃げて……!!」

 

 その瞬間、背後で爆発的に跳ね上がった霊圧を感じた。

 振り向いた瞬間、カロールの死骸が強烈な光を発し、避けることもできずに俺はその光に包まれた。

 俺は馬鹿だ。何故考えなかったのだ。カロールは自ら言っていたではないか。『出くわした死神にはすべて同じ傷を付けている』と。それはつまり、『出くわした死神は全て退けてきた』と言っているようなものではないか。

 

「ガ、ハァ……!!」

 

 熱い。体が焼けるように熱い。いや、事実焼けているのかこれは。あの光は、熱を持った光線、あるいは爆風か。カロールの能力を考えると爆風と考えた方が妥当か。

 

「『妖炎(エスぺヒスモ)』。単純なものだ。俺の炎には軽い幻覚作用があり、どんな幻覚を見るかは分からないが難点だが、今までの経験からかかった方にとって都合の良い幻覚を見るみたいだな。……さて」

 

 つまり、俺が斬り飛ばしたと思っていたものは、ただの炎で、カロールはそれを爆発させただけということか。

 

「貴様、弱くなったな」

「何……?」

「フン、他者と触れ合って腑抜けでもしたか。……ガッカリだ。まさか俺の怨敵がそんな雑魚だとは思ってもみなかった」

 

 弱くなっただと? それはつまり、森に住んでいた頃の俺の方が鍛錬した俺よりも強かったということか? 何だそれは、理解できない。何が変わった? 環境? 心構え? 分からない。

 

「まあいい。拍子抜けだが、貴様もその後ろの女も喰らって幕引きとするか」

 

 一歩二歩と動けない俺に近づいてくる。それはさながら、“あの時”の焼回しだった。

 

―――嗚呼、結局俺は、何も成長していなかったのだな。

 

「じゃあな」

 

 カロールの牙が、俺の胸に食い込んだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

―――馬鹿ね、早くこっちに来なさい

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 死んだ。今度こそ完全に死んだ。

 まさか、死後の世界でも死ねるとはな。死後の世界で死んだらどうなるのだろう。授業では霊子になりその辺の物質になるようだが、虚は斬魄刀で斬られ死んだら罪を尸魂界に送られるか地獄に送られるのでひょっとしたら違うのかもしれないな。

 

「……?」

 

 はて、それはそうと、死んだ俺が何故このような考え事ができるのだろうか。まさかとは思うが、またあの真っ暗な、流魂街に流される前の場所に戻ったわけではあるまいな?

 

「そんなわけないでしょう。良いからさっさと目を開けて立ちなさいな」

 

 女の声が聞こえた。ここには俺以外の生き物もいたのか。その事実に驚きつつ、俺は目を開けた。

 

「……!?」

 

 目を開けた瞬間、ここに俺以外の生き物がいた事実よりも、驚いた。

 目に飛び込んできた光景、まず第一に入ってきた情報は、ただひたすらに紅いこと。

 地面も紅、空も紅、その他の物質もすべて紅。

 そして次に、それらが全て鋭角であること。地面に転がっている石は全て鋭く尖り、空に浮く雲も尖っている。流石に俺自身は丸みを帯びているが、まさか地平線の彼方まで鋭角となると頭がどうかしそうだ。

 そして最後に、地面から夥しい量の『棘』が生えていた。

 短い棘ではない。刺せば人を2、3人は貫けるであろう長い棘だ。その棘の先端から、何かを貫いたかのように、紅い液体が滴っている。

 

「冷静に分析しているところ悪いのだけど、時間がないから話を進めていいかしら?」

 

 あまりの光景に圧倒され、本来なら初めに認識すべき者を認識していなかった。

 声で女と判断したが、声をかけてきたのはやはり女だった。だが、その姿形は背景に負けず劣らず奇抜な物だった。

 容姿は端麗。いや、妖艶と言ったところか。服装は真っ赤な花が描かれたこれまた黒い着物。ここだけ見れば常識の範囲内だが、次からがおかしくなってくる。

 まず、手には人のしゃれこうべを持っている。その時点でどうかと思うのだがこの女はなんと、そのしゃれこうべを時折ペロリと嘗めているのだ。俺には永遠にわかりそうもない趣味だ。そして目には見えているのか見えていないのかは定かではないが、何故か両目に眼帯を付けている。試しに音を立てずに動いてみたところ、しっかりと顔は俺を追ってきている。おそらく見えているのだろう。ならばなぜ眼帯を付けているのだ。

 さらに一際目立つのがその髪だ。ザンバラと言った風ではないが、全く切ったことがないのだろう。髪の長さは腰を越え足首をも越え地面に髪の毛が付いてしまっている。髪は女の命と聞いたことがあるが、その言葉に真っ向から喧嘩を売っている風貌だ。

 

「妾(わたし)の評価はどうでもいいの。まずは妾の愚痴を聞きなさい」

 

 何故俺が愚痴を聞かなければならないのだ。

 

「まず貴方、腑抜けすぎ」

「……」

 

 いきなり、何だ。

 

「何なのあの腑抜けた戦いは。そりゃ昆布も落胆するわ。貴方、自分が弱くなってるって自覚してるの? いいえ、してないわよね。していてあの腑抜けっぷりだったら流石の妾も見捨てているもの」

 

この女も、カロールも、俺が腑抜けたというのか。

やはり、森にいたころの俺とは違っているのか?

 

「ええ、そうよ。いいわ、妾も貴方に死なれたら困るから教えてあげる」

 

 俺に死なれたら困る、だと? どういうことだ。……いや、考えればすぐにわかることだな。

 この妙な世界に俺とこの女が二人。これだけで十分に答えは出ているではないか。

 

「……お前、俺の斬魄刀か」

「あら、口を開いたと思ったらそれ? まあ、そうだけれども」

 

 やはりそうか。ということはここは俺の精神世界ということか。……妙な場所だな。

 

「じゃあ、妾の正体を明かした序でに腑抜けた原因を教えましょうか。と言っても、全て教えるのは貴方の為にならないから、以前の貴方がやっていて、今の貴方がやっていないことを教えてあげるわ」

 

 以前の俺がやっていて、今の俺がやっていない、だと?

 

「見敵必殺」

「……は?」

「敵を見つけたら即殺す。どんな状況だろうと、どんな状態だろうと、敵がいれば即殺す。これが以前の貴方よ。なに親友の安全を確保してから戦ってるの馬鹿らしい。戦場に安全な場所なんてどこにもあるはずないでしょうが。敵を殺す、これ以外の安全確保があるとでも?」

 

 ……ああ、なるほどな。確かにそうだ。

 何をしていたんだ俺は。紫蘭の安全を確保したことは良いとして、何故俺はカロールが話している間に奴を斬りつけなかった? あんな隙だらけな首、すぐさま斬り落とせたではないか。

 

「さて、じゃあそろそろ本題に入りましょうか」

 

 本題だと? 今のが本題ではないのか?

 

「違うわ。さっきから余裕だけど、貴方この世界から出た瞬間死ぬわよ? 死なないように、ここでできることをするに決まっているでしょう?」

 

 ここでできること、だと?

 ……ああ、なるほど。

 

「……始解か?」

「正解。まあ、他の斬魄刀と違って妾との『対話』『同調』は簡単なものよ。対話はすでにしているから、次は同調ね」

 

 これらのことは、普通持ち主が主導で行うものでないのか? 何故斬魄刀が仕切っているのだ?

 

「妾との『同調』の条件が特殊だからよ。……さあ、時間が無くなってきたわ。説明を省いて単刀直入にいうわよ」

 

 そういった瞬間、女の気配がガラリと変わった。気軽な雰囲気から重い雰囲気へ。ただの女から鬼の気配へ。

 

 

 

 

 

 

―――汝、妾に捧げる供物は、何ぞや?

 

 

 

 

 

 


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