その身に咲くは剣の花   作:ヤマダ・Y・モエ

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第二話

 

 森で数カ月か過ごしていると自然と体が適応してきた。

 まず、毒キノコを食べても問題なくなった。一度間違えて食べて笑いが止まらなくなってしまったのだが、食料が無くなってどうしても食べなくてはならない時に食べ続けていたら、自然と体が受け入れるようになった。これでもう何も怖くない。

 次に、野生動物の追い詰め方が効率よくなった。というのも、単純に俺の脚が速くなったというのもあるのだが、野生の勘というやつだろうか、なんとなく動物の次の行動が分かるようになったのだ。これは適応というよりも成長といったところか。

 最後に、俺の五感が研ぎ澄まされた。特に眼と鼻と耳がだ。眼は夜目が利くようになり、鼻は野生動物の臭いどころか、個別にかぎ分けられるようになり、耳はより遠くの音まで聞こえるようになった。狩猟の成功率の上昇もコレによるところが大きい。ますます野生児と化してきた訳だが、生きていく上では避けては通れぬ道故、むしろ喜んで野生児である事を受け入れようと思う。これからは喋る時は『わんわん』と言った方が良いのだろうか。

 さて、実はこの数カ月で面白い拾い物をした。刀だ。血に濡れた黒い着物の片隅に突き刺さっていたのだ。野生生物にやられたのだろう。油断するからそうなるのだ。たかが野生生物と油断することなかれ。彼奴等は追い詰められた時、思わぬ力を発揮するのだ。窮鼠猫を噛む、例え兎であろうと追い詰められたら我々に噛みついてくるのだ。大方、この着物の持ち主は何らかの野生生物の狩猟に来ていたのだろう。そして、追い詰め油断したところで不意を突かれやられてしまったのだろう。馬鹿なものだ。野生の世界で油断するなど言語道断。油断した者からやられていくのだ。

閑話休題。

 大層な事を矮小の身で申したが、やったことは死体漁りとなんら変わらない。流石に着物までは取らなかったが、刀は頂戴した。野生での戦いにおいて、武器があるのとないのでは成功率に雲泥の差がある。前に木の枝で戦う事があったのだが、素手で縊り殺すよりも格段に楽だった。木の枝は脆い為、それ以来は使っていないのだが、刀という殺す為の明確な道具があるのならそれを使わない意味はない。故に、ありがたく頂戴したのだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 ザシュッ

 

 森に肉を切り裂いた音が響く。無論、野生の世界に普通は肉を切り裂く音は響かない。音の原因は俺だ。俺が刀で動物を切り裂いたのだ。

 あの刀を拾って以来、狩りの効率が格段に良くなった。肉に困らない生活というのはなんともいいものだ。毎日が楽しくて仕方が無い上に、餓死をする危険が少ないというのは身心ともに楽になる。

 しかし、あれ以来獲物を狩るときに妙な気分になる時がある。それも追い詰めていざ斬りかからんとしている瞬間に突如体がありえないほどの高揚感を感じるのだ。初めは肉にあり付けることからくるものだと思っていた。実際、肉にあり付ける日は軽く有頂天だった。だから、俺はこの高揚感が食欲の所為だと錯覚していた。しかしそれが違うということが分かったのはついこの間の夜のことだ。その時俺は狼に襲われたのだ。よくあることだ。火を焚いていたとしても襲ってくる勇猛果敢な動物はいる。それと弱肉強食の争いをすることも幾度もあった。だが、今までと違ったことは俺の傍らに刀があったことだ。我流ではあってが、狩りに使っていくうちになんとなく使いこなせるようになった。その刀を俺は抜刀し、狼に斬りかかった。分かったのはその時だ。狼に斬りかかる瞬間、俺はあの高揚感に包まれていた。晩飯を食べたのにも関わらずだ。理解した、この高揚感は食欲とかそんな簡単なところからきていないと。そう、この高揚感はもっと奥深く、魂に根付いているものだと。俺は狼を斬り殺した時にはこの高揚感が何なのかを理解していた。この高揚感は……。

 

 武器を振る事に喜びを覚える子供心だ。

 

 この事実を認識した時は恥ずかしさのあまり片っ端から周囲の木々を斬り裂いていった。斬り裂いている時でさえ高揚感を感じ、更にコレが高まっていくのだから恥ずかしさは募っていくばかりだ。なんという悪循環。結局落ち着きを取り戻し、動物を斬っても恥ずかしさを覚えない程度には回復した。その内高揚感を覚えないように訓練しないといけないな。狩りではそういう余計な感情は邪魔だ。野生生物は邪な感情に敏感だ。殺気、怒気、これらに反応する野生生物の第六感は眼を見張るものがある。その為、武器を振る時にそのような高揚感を覚えていたらいつか狩りに異常をきたすかもしれない。明鏡止水の心だ。俺が目指すのはあの領域だ。

 今後の目標を決めた俺は現在、狩りの序でに明鏡止水の心を手に入れる為の修行に励む。斬り殺す時に心を鎮め、食事の時にも心を鎮める。というか、何かをする時でさえも常に心を穏やかに、冷静でいられる様にしている。偶に寝込みを襲われることもあるがそんな時も焦らず冷静に斬り殺して明日の食料にする。最近は狼に襲われる比率が高くて食料に困らなくなって良い。筋張っていて固く、あまりおいしくないのが珠に傷だがな。

 そう言えば、最近狼だけに限らず他の生物もよく襲いかかってくる。どこか興奮しているようだが、あれは一体何なのだろう。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・狼肉(多)

・ウサギ肉(多)

・刀

・厨二心(?)

・明鏡止水の心(笑)

 


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