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【串刺し姫】
斬魄刀には種類があり、主に『直接攻撃系』と『鬼道系』に分かれる。『鬼道系』はここからさらに『炎熱系』や『氷雪系』などに細かく分かれる。『直接攻撃系』は読んで字のごとく、直接攻撃する斬魄刀だ。因みに、【串刺し姫】はどちらかというと『直接攻撃系』に含まれる。
更に、形状にも種類があり、ほとんどの斬魄刀は始解の前の形状が『浅打』なのだが、中には『常時開放型』というずっと始解のままの斬魄刀もあれば、始解時に二刀に分かれる『二刀一対型』というものも存在する。
さて、ここで問題なのが、俺の斬魄刀である【串刺し姫】だ。非常に語呂が悪いのは仕方ないとして、こいつの始解はかなり難がある。
まず第一に、【串刺し姫】には決まった形がない。無形、とでもいえばいいのか。こいつは何もしていない状態だと、たとえ始解するための条件を達成していたとしても、始解することが出来ないのだ。では、何をしなければならないのか。ここで第二だ。【串刺し姫】が言った“供物”という言葉を思い出してほしい。この供物とは文字通り【串刺し姫】に捧げるものである。その捧げるものの条件は“自分が大切だと思っているモノ”。その捧げた大切なモノに【串刺し姫】が憑依し、その憑依したモノが斬魄刀になるのだ。無論、捧げたからには一生その“モノ”は返ってこない。その“モノ”が返ってこないとなると、当然【串刺し姫】は『常時開放型』に分類されることになる。いや、これはさしづめ、『常時憑依型』と言ったところか。
カロールとの戦いのとき、一通りこの説明を受けて俺が捧げたモノは俺自身の『血液』だ。体中を流れている血液全てを斬魄刀にしたのだ、あの状況で勝つにはこれを捧げるしかなかった。任意で血液を斬魄刀化したり、副次効果で血液を操れるとはいえ、それは【串刺し姫】も可能なことだ。俺“だけ”の血液ではないと思うと、なんだか複雑な気分になるな。
……さて、自分の斬魄刀の考察はこんなものか。かれこれ十回は繰り返し考察したが、中々飽きないものだ。
「あーもう!! なんでできないのよこのポンコツ刀!!」
「山査子さん! 病室では静かにしてください! 周りの患者さんに迷惑です!」
……訂正。ただの現実逃避であった。
◆◇◆◇◆
カロールとの戦いのあと、俺と紫蘭はすぐに四番隊に担ぎ込まれた。俺は肩から胴にかけて食い込んだカロールの牙による傷、紫蘭は左手の火傷と腹に空いた三つの穴。これだけ見ると紫蘭の方が重傷だが、俺の方も負けず劣らずであり、大切な血管が何本か切断されていたらしい。紫蘭の方は失血死、俺の方も失血死の恐れがあった。二人揃って失血死のおそれありとは、笑えないな。
紫蘭の左手は痕も残らず完治するらしい。これに対して紫蘭は特に反応を現さなかったが、やはり女性なので良いことだろう。
「ですから! 病室内で浅打を抜かないでください!」
「なんでよ。別にいいじゃない。減るもんじゃあるまいし」
「減ります! いつその刃で誰かを傷付けやしないかと私の精神がズリズリと擦り減っていきます!」
しばらく安静にとのことで俺と紫蘭は同じ病室にて入院することになった。担当の隊員はなんと百合子殿だ。最後に会ったのが二年前か。長いようで短い間にここに戻ってきてしまったな。
「アセビさんからも何か言ってください!」
無関心を貫いていた俺に、ついにお呼びがかかってしまった。
「アセビ? 別にいいわよね? あなたの部屋でもこうやって斬魄刀を弄ってたじゃない」
紫蘭が今やっているのは始解を会得するための『同調』だ。弄っているに収まることではない。
「ダメですよ! ね、アセビさん?」
別に、この部屋には俺以外人がいないのだから構わないのだが。規律の問題なのか。
「……別に、構わない」
「「!!?」」
……それにしても、先ほどから病室の入り口でジーっと笑顔でこちらを見ている女性が怖すぎる。顔は笑っているが、あれは確実に怒っているだろう。そういえば、ここは病室。うるさくしすぎるのも問題というわけか。となると、無関係な俺は狸寝入りを試みた方がよさそうだな。
『え、あ、た、隊長!?』
『病室では静かにしないと……いけませんよ?』
『は、はい! すみませんでした!!』
『あなたも、病室内に斬魄刀の持ち込みは禁止です』
『え、いや、でも……』
『禁止です』
『……はい』
なるほど、隊長だったのか。道理で恐ろしい訳だ。くわばらくわばら。
◆◇◆◇◆
結局、紫蘭は注意されても斬魄刀との『同調』を止めることはなかった。といっても、あの隊長の隙を伺ってのことなので、相当効率は悪いようだがな。
そして夜、みんなが寝静まった頃に俺は一人抜け出して散歩をしていた。別に、少し出歩くぐらいなら貧血の心配もないだろうと思ってのことだ。ちょうど今日は満月。散歩にはうってつけの月夜だ。
何気なくぼんやり月を見ながら歩いていると、背後から気配を感じた。
「アセビ」
振り向くとそこには、ある程度予想はしていたがやはり紫蘭がいた。
しかし、普段の勝ち気な様子とは打って変わって、表情に陰りがある。とりあえず、何か話があるらしいので、適当な木の下に腰掛ける。紫蘭もそれに続き、俺の横に腰掛けた。
「……アンタは、始解できるようになったわね」
少しの間をおいて、紫蘭がそう切り出した。
「きっと、アンタは霊術院に戻ったら飛び級か、もしかしたら卒業するかもね」
「……」
確かに、始解は霊術院で学ぶものが身に付ける技術ではない。すべての過程を放り棄てて死神になっても、何も問題はないだろう。
「……それに比べて、ずっとアンタと一緒にいたあたしは始解どころか『同調』すらまともにできない。アンタが土壇場でできたことが、あたしにはできない……」
俯いたまま独白する紫蘭の表情は分からないが、その声からは悔しさ、そして若干の嫉妬が混じっていた。
「別に、出来ないことをアンタの所為にする気はないわよ。これがあたしの実力で、あたしとアンタの差だってことは理解している。そりゃ、悔しいけど、認めるしかない。でも……」
言葉を区切ると、紫蘭はゆっくりと顔を上げ、目を合わせてきた。その目には、大粒の涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうだ。
「でも……やっぱり出来ないのは悔しい! いつも一緒にいたのに何でアンタだけって思っちゃうわよ!」
感情の枷が外れたのか、紫蘭は俺の服を掴み、涙を流しながら自らの思いを吠えた。
こんなこと今までになかったので、どうすればいいのか分からない俺は、なすが儘に紫蘭の独白を聞いていることしかできない。
「でも、それよりも……アセビに置いていかれるって考えると、とても怖いのよ……」
なるほど、それが本音か。
自分の言いたいことをすべて言い切ったのか、掴んでいた手を離し、膝に顔をうずめた。
しばらく、紫蘭の鼻を啜る音が続いた。こういう時、どういうことを言えばいいのか分からない俺の脳味噌が憎い。しかし、ここで何も言わないというのは間違いだろう。
「……俺は、紫蘭とは対等だと思っている」
「……え?」
「……戦闘面のことだけじゃない。普段の日常からも、俺とお前は対等で、これからもそうあり続けると思っている」
「……」
「俺が、先に飛び級しようが、卒業しようが、関係ない。どちらが先に死神になろうとも変わらない。
だから、自分なりにゆっくりやると良い」
俺が言えるのは、これぐらいだ。仮に俺が先に死神になろうとも、紫蘭との関係を変えるつもりはないし、対応もそのままだ。
要するに、俺は何も変わらない。だから紫蘭は紫蘭なりにやればいい、ということが言いたかったのだが、うまく伝わっているだろうか。別の伝わり方をしてさらに落ち込ませたりしてないか?
すると紫蘭は突然立ち上がり、顔に付いた涙を腕で拭うと、いつもの勝ち気な表情で笑った。
「何よ、そんなに喋れるんだったら、はじめっから喋りなさいよ」
普段のように、俺に文句を言うと、ビシッと指を突きつけた。
「それと! なんかアンタが一歩先に行った風に言ってたけど、あたしもすぐに追いつくんだから! むしろアンタなんか追い越して先に死神になってやるわ!」
「覚悟しときなさい!」そう言い放つと紫蘭は駆け足で病室に戻って行った。
何が何だかよくわからないが、紫蘭が元気になったならそれで良しとしよう。
立ち上がり、伸びを一つすると、丁度目の前にきれいな丸い月が見えた。