その身に咲くは剣の花   作:ヤマダ・Y・モエ

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◆◇◆◇◆
↑これは時間経過や場面転換を表しています。


第三話

 

 

 

―――ねえ聞こえる?

 

……。

 

―――ハァ、やっぱり駄目ね。

 

………。

 

―――まあ、当たり前か。まだ自分を認識すらしていないものね。

 

…………。

 

―――じゃ、また声をかけるわ。次は雑音ぐらい聞こえると良いわね?

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 やはりおかしい。

 刀を手に入れてまたまた数カ月が経過した。そろそろ狩猟生活も一年ぐらい経つのではないだろうか。コレぐらいになるともはや狩りは一種の作業と化し、森は俺の庭になってくる。木の上でも自由に動けるようにもなった。明鏡止水の心も最近では様になってきており、狩りの手を鳥にまで伸ばし始めた。鳥は意外と美味しいということが分かった。

 いや、そんな事は些事だ。それよりも何がおかしいのかと言うと、ここ最近俺の食料が減ってきているのだ。これはつまり、森の中の生物が減っているということだ。俺にとっては死活問題だ。食料が無いから流魂街を離れて狩猟生活しているというのにここでも食糧問題が起きてしまったら俺の居場所はこの世にない。もう死ぬしか無くなってしまう。あれ、死後の世界で死んだらどうなるのだ? あの世のあの世があるのか? 訳が分からん。違う、訳が分からないのは今の状況だ。何故森から生物が居なくなる。俺は食物連鎖が崩壊するほど動物を狩ってしまったのか? いや、それはない。必要な分しか狩っていないし、その辺りには気を配っていたからだ。

 そうなると、原因は他にあるという事か。例えば、この森に招かれざる客が来たとか。……招かれざる客ってなんだ? 森にとって招かれざる客とはすなわち森の害となるものだが、実はこれがあまりない。あるとすれば食物連鎖を崩壊させるほどの野生動物が森に侵入したことか。だが、その様な生物がそうそう現れる筈もない。なら原因は何だ? 全く訳が分からん。否、矮小な人間の身で森羅万象を理解しようとする方がおこがましいか。

 

結論、放置。

 

 分からぬものは分からぬし、これ以上考えたところで解決策が出るわけでもない。なら俺は難しい事は考えずにいつも通り過ごしていれば良いだろう。森の再生力は凄まじい。いずれこの森も元に戻るだろう。

 そうと決まれば、早速今日の飯を獲ってこねばな。久しぶりに川魚でも突いて食べるか。どこかに岩塩は落ちていないだろうか。……ある訳ないか。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「そっちに行ったぞ! 追え!」

 

 数日前の呑気に構えていた俺は愚かだった。もう少し、何をして良いのか分からなくても何かをするべきだったのだ。そうしていれば、今の様に『人に追われる』という珍体験をせずに済んだかもしれない。

 今日の朝、眼が覚めた時から嫌な予感はしていたのだ。妙な胸騒ぎを感じ、今日は一日中大人しく過そうと思った矢先、例の黒い着物を着た男たちが現れたのだ。そして、何やら俺に質問してきたのだが、質問の意味が分からず黙っていたら「沈黙は肯定とみなすぞ」といきなり刀を抜いて俺に斬りかかってきたのだ。訳が分からない。大体何だ『虚(ホロウ)』って。食べれるのかソレ。

 運が良い事に、男たちの初撃をなんとか避ける事ができ、俺は今こうして逃げている。それはもう、途中で木を斬り倒したり獲物を狩る用の罠を作動させたり、あるいは木のくぼみに身を潜め気配を殺してやり過ごしたり、様々な方法でだ。

 何故、男たちを殺さないのか。それはその男たちが食べれないものだからだ。殺したら食べる。これは野生の常識だ。だからあの男たちは殺さない。もししつこいようなら隙を突いて気絶させ、森の外に捨ててくるつもりだ。

 それはそうと、最初の木を斬り倒して妨害するまでは良かった。問題はその後だ。いきなりシュバッととても速く移動するようになったのだ。眼で追えないほどではないのでなんとか今まで逃げきれているのだが、あれは一体何なのだ。今日は分からない事が多くて困る。己の無知を呪いたい気分だ。だが、それを嘆いていても何の解決にもならない。とりあえず分からぬものは分からぬと断じ、俺は逃げるしかあるまい。

 

「こっちだ!」

 

 考え事をしながら逃げ回っていたら発見されてしまったようだ。こんな時に考え事ができるということあ、無意識のところで余裕があるのか? それとも単純に能天気なだけなのか? 個人的には前者であってほしい。

 それはそうと、どうやって逃げようか。いくら反応出来るからといって単純な速さなら向こうの方が圧倒的に上なのだ。いつまでも逃げれるわけではないだろう。簡単な解決方法は俺もシュバッと動くあれを出来れば良いのだが、それが出来ない事は分かり切っている。正確には、出来るのかもしれぬが仕組みが分からないのだ。まあ眼で見てみる限りで言うと足に何らかの力を溜めてそれを蹴っている感じである。だが、問題はその『何らかの力』である。これが分からない。あっちも俺と同じ幽霊と言われる存在なら俺も出来ない事はないのだと思うが……試してみるか?

 

「大人しくしろ!」

 

 俺に接近した男はそのままの勢いで刀を振り抜いた。殺す気は無いようで峰打ちだが、だからといってくらってしまっては今後の生活に支障が出てしまうだろう。峰だからといっても骨は折れるし、下手すれば死に至るのだ。そんなもの誰がくらうか。幸い、刀で斬りかかれたのは今のが初めてではない。隙あらば斬りかかってきており、その度に俺は生死の境目を漂うことになったのだが、その全ての太刀筋は眼に見えている。そして、避けることはわけなかった。よって、今振り抜かれた刀の太刀筋も見えており、体を少し捩じることで避けるが出来た。

 

「さっきから何故当たらない!?」

 

 それはお前の太刀筋が見えているからだ、とは言えない。そんな事を言ってしまえばこの男たちの逆鱗に触れ、ますます激しい攻勢に出られてしまうからだ。世間に疎く、常識が成っていない俺でもそれぐらい分かる。だから俺は何も言わずに黙々と回避し続け、序でにあのシュバッと移動する方法も試してみようと思う。例え出来なくても、やるだけやってみるだけである。要するにあれは、脚に力を溜めてドーンとするだけであろう。ならばそこまで手間でもない。避けながらでも出来ることだろう。

 早速試してみた。脚に力を入れ後ろに跳んでみる。するとどうだろう、当たり前の如く、いや、力んだだけいつもよりも少し速く後ろに跳べた。当たり前である。俺が欲しいのはこんな当たり前の結果でなくシュバッとした結果なのだ。どうやら単純に力を溜めるだけでは駄目なようだ。おっと、危ないじゃないか男よ。俺は今、お前たちのそのシュバッとした動きを再現するのに必死なのだ。邪魔しないでもらいたい。

 さて、単純に力を溜めるだけで駄目ならどうすればいいのだろうか。……そう言えば、今の俺は幽霊であったな。ならば幽霊らしく霊力とやらを溜めて跳んでみようではないか。とはいえ、その霊力とやらが何なのかサッパリ分からぬのだがな。東洋の神秘、気のようなものか? まあ、気とか言われても使ったこともない故、どちらにしてもサッパリわからないのだがな。とりあえず、霊力とやらを脚に溜めてみよう。やれるやれないじゃない、気持ちの問題である。やるという気持ちがあれば成功率は上がるとどこかで聞いたことがある。っと、止めろ男たちよ。俺は今、ある意味人生の分岐点に立っていると言えなくもないのだ。この気持ち次第で成功率が上がるという事を証明する為に、いざ。脚に霊力かと思われる力を溜め、もしかして霊力ではないかもしれないので更に力を溜めてみる。

 

「っ!?」

 

 男たちの動きが何故か止まったがそんなものどうでも良い。更に力を溜めに溜め、いざ後ろに思いっきり跳躍した。

 

ズドンッ!!

 

 世界が弾けた。脳が揺れ、眼がチカチカし、視界がグルグルと回る。それは、今までにないほどの速さだった。世界が入れ替わるというのだろうか。今まで目の前にいた男たちが次の瞬間には遠く離れたところにいたのだから。……ああ、そうか。俺は今頭を打ったのか。通りで頭が痛い訳だ。というか、頭を強く打ったわりにはこんな事を考えていられるとは、余裕があるな。この状況でも余裕があるということは、これは俺が能天気という事で決定だな。

 ……うっ、やばい。そろそろ意識が……。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・溢れ出る探究心

・燃える心

・計画性(教訓)

・能天気

 


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