その身に咲くは剣の花   作:ヤマダ・Y・モエ

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第四話

 今日は本当に分からない事が多い。森から生物が減っているかと思えば、黒い着物を着た男たちに襲われる。まったく、俺が一体何をしたというのか。昨日まではただ動物を狩って寝て過ごすだけの生活だったというのに。もしや本当にそれが原因で森から生物が減り、男たちに追われているというのか? そんな馬鹿な。少なくとも、森の生物が減った事に付いての原因は俺の目の前にあるではないか。

 

 白い体躯、逞しい四肢、臀部から伸びた三本の尻尾。顔に付いた狐のような仮面。そして、四足歩行なのに俺よりも大きい体。

 

 その化物の周りには先ほど俺を追っていた男たちの死体が倒れていた。何故、死体と断定する事が出来たのか。それは簡単だ。どんな生物でも、頭が無ければ生きていられないからだ。つまり、俺を追っていたあの男たちはあの化物に頭を潰されていたのだ。先ほどまで追われていたとはいえ、つい哀悼の意を表してしまう。何故彼らは死なねばならなかったのだろう?

 

 グチャ

 

 簡単なことだ。弱肉強食。弱い者は肉になり強い者が食べる。つまりはそういうことだろう。俺もこの森の動物たちに対して同じことをした。群れていた兎一羽を追い詰めて狩ったこともあった。狼が兎を狩る瞬間も見たことがある。今起きていることはそれらと同じだ。では、何故悪寒が止まらない。何故こうも冷や汗が出てくる。……ああ、そうか。これも簡単なことだ。この森に住んでから今まで経験したことが無かったからだ。弱者の立場を経験したことが。

 

「グル……」

 

 こちらに気付いた化物と眼が合う。口からは食した男たちの血液が滴り落ちている。俺も直にああなるのか。そこらに散らばっている物言わぬ肉片へとなり果てるのか。

 ……嫌だな、死ぬのは。ここで何かやりたい訳でもない。目標もある訳ではない。だが、何をやりたいのか、どういう目標を立てるのか、これからの人生で見つかるかもしれないこれらも、今死んでしまったら見つからない。故に、死にたくない。

 だから、立ち上がれ。目の前の異常に呆然としている場合ではない。

 悪寒を感じた、冷や汗も流した。それでも、『恐怖』など抱かなかったのだから。だから、動ける筈だ。

 

「ガァァァアアアア!!!」

 

 化物が口を開け、鋭い歯をむき出しにして俺目掛けて跳んでくる。それを俺は横に大袈裟なほど避ける。ガチンッと、嫌でも死を連想してしまう音が聞こえる。あんなのに噛まれたら一溜まりもないだろう。幸いな事に、さっきまで呆然として動かなかった体は動かせた。刀も握っている。なら、やることは一つだ。

 横に避けた勢いをそのままに、俺は脱兎の如く逃げ出した。冗談じゃない。今あんなのと戦って俺が勝てるわけが無い。勇気と蛮勇は違うのだ。

 しかし、あちらは脚が四本、こちらは二本、すぐに追いつかれる事は明白だ。ならばどうするか。答えは単純だ。

 

シュンッ!

 

 そう、あの男たちに学んだシュバッと動く例のやつで逃げるのだ。これなら脚が二本しか無くても逃げれるだろう。幸い、火事場の馬鹿力でも働いたのか、さっき発動させた時は制御出来なかったこれも、今はしっかりと制御出来ている。二連続で幸いな事が起きている。運は俺の味方だ。

 

「ガアァ!!」

 

 後ろの化物が吼えると、いきなり熱を感じた。反射的に地面に伏せてると、真上を真っ赤な炎が通り過ぎていった。少し掠ったのか、髪が少し焦げた気がする。

 いや待てそれよりもあの化物には遠距離からの攻撃手段があるのか。一気に逃げ切れる確率が低くなったのだが。これはあれか、二連続の幸運続きで今日の俺の運は使い果たしたという事か。後は不運だけが残ると。なんだそれは。この状況で後は不運しか残らないとか俺に死ねと言っているのか? ……そう言えば、あいつはさっき何を吐いた? 俺の見間違いじゃなかったら炎だった筈だ。こんな森であの規模の炎なんて吐いてしまったら森が燃えるんじゃないか?

 炎の通った道をゆっくり眼で追ってみると、やはりその周りの木々は燃えていた。かなり煙も出ており、既に退路は無い。成程、不運だけ残るとは言い得て妙だったか。

 火の手が回るのが異常なほど速い。化物が吐いた火だけあって、普通とは違うようだ。その所為か、煙の量も多い。碌に息も吸えなくなり、頭の回転も鈍くなる。

 

 ドスンッ

 

 後ろに向けていた視界を前に戻すと、化物が一歩一歩ゆっくりとこちらに近付いてきていた。大方、獲物を追い詰めた気分でいるのだろう。実際その通りだ。俺は追い詰められている。まともにやり合って勝てる気はしない。恐怖は抱いていないが、それでも俺が無事に勝ってこの場に立っている未来が見えないのだ。

 

―――俺はここで死ぬのか

 

 嫌だのなんだの言っていたが、こうも『詰んだ』状況にあるとすんなりその現実を受け止める事が出来た。俺は、この後、あの男たちと同じように唯の物言わぬ肉片へとなり果て、この化物の胃袋に収まるのだろうと。

 ……だが、このまま無抵抗にやられるつもりは毛頭ない。死ぬと分かっていても、せめて相手に一矢報いたいのが男子たる者の意地であろう。故に、俺はここ数カ月で使い慣れた刀を構えた。化物もそれを見て、俺が一矢報いるつもりだと察したのだろう。歩みを止めて正面から俺を睨みつけた。

 一瞬の静寂。俺には一分も十分にも感じられたその静寂を破ったのは、化物の方だった。だが、今までと違うのはその臀部に備わっている三つ尾を細く尖らせ、突き刺してきたことだ。そんな突飛な攻撃に俺の眼は追えても体は反応しなかった。尾が体を突き破り、内部を蹂躙する生々しい感触が俺を支配する。そして次に感じたのは、内部からの焼かれる様な激痛だった。否、この尾は熱を帯びているのだ。それも肉を焦がすほどの熱を。

 あまりの激痛に声を発する事さえもできない。意識は朦朧とし、徐々に視界は暗くなっている。しかし、最期まで視界を閉ざす訳にはいかなかった。一矢報いると決めたのだ。例えこれで俺が死ぬとしても、この化物に傷の一つでも付けなければ死に切れん。

 化物は止めと言わんばかりに口を大きく開け、俺に跳びかかってきた。

 嗚呼、だから言ったのだ、無事で済むわけがないと。まともにやり合って勝てるわけが無いと。元より腹を貫かれる程度の怪我は承知済みだ。そして、

 

片腕を捨てることも、だ。

 

 俺が突き出した左腕に化物が噛みついた。牙が肉を裂き、骨を砕く。素人目で見てもこの腕が一生使いものにならないと分かる。構うことは無い。この化物に一矢報いると決めた時から、四肢の欠損は覚悟していた。

 まあ、予定通り四肢を欠損したのだから、

 

一矢報いさせてもらおう。

 

 腹に突き刺さっている尾の一本を半分断ち切り、返す刀で化物の背中を突き刺した。

 

「ガァァアアアアアア!!!?」

 

 叫び声を上げ、化物は後ろに下がった。それと同時に俺の腹に刺さっていた尾は引き抜かれ、夥しいほどの血が溢れ出た。

 その瞬間、俺は一種の満足感のようなものを感じた。不思議なものだ。これからこの化物に食われて死ぬというのに。いや、理由なら分かっている。俺がこの化物に一矢報いる事が出来たからだ。腹を貫かれ、体内から焼かれ、片腕を使いものにならなくされたとしても、俺が化物に一矢報いる事が出来た、この結果だけでもう死ぬには十分過ぎる。

 気付いたら、俺は地に伏していた。

 

「……新手が来たか。……お前、名前は?」

 

 暗転していく意識の中、誰かに名を聞かれた。名乗ろうにも、既に声を出す力もない。俺は震えて動かしにくい手を精一杯動かし地面に己の名を書いた。それが最後の力だったようで、名前を書き切った後、体はピクリとも動かなくなった。視界ももう真っ暗だ。唯一機能しているのは煙臭さを感じる事から嗅覚と、木の焼ける音が聞こえるから聴覚だけだろう。

 

「『アセビ』か。覚えておく。絶対に忘れない。だからお前も覚えておけ、私の名前を」

 

 ああ、覚えておくから早く言ってくれ。俺はもう眠たいんだ。だんだん音も聞き辛くなってきている。

 

「『カロール・コンブスティーブレ』だ。いつか絶対にこの尾の借りを返しに来る。それまではこの名を覚えておくことだ」

 

 カロール……だな。ああ、覚えたぞ。だが、残念だったな。お前が俺に借りを返せる日は二度と来ないだろう。

 何故なら、俺は―――

 

 

 

 

 

本日の収穫

・男たちの置き土産(瞬歩)

・男子の意地

・化物との戦闘経験

・半分に斬られた尻尾

 

 


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