その身に咲くは剣の花   作:ヤマダ・Y・モエ

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第六話

 

 新しい朝が来た。希望に満ち溢れた朝だ。何故なら、今日から森での狩猟生活から一転し屋根付きの部屋での生活になるからだ。生活水準が上がった。やったぞ百合子殿。ああ、百合子殿というのは俺が怪我で入院していた時に良く喋りかけてくれたあの人だ。俺だけ何故か名前が知られているのは釈然としなかったので教えてもらった。名前の件だが、聞いても「さあ? 何故でしょうね?」とはぐらかしてきた。退院する時ははぐらかさず「地面に書いてあったので」と教えてくれたがあれは絶対に人で楽しんでいる目だ。人が悪いというか性格も悪いし趣味も悪い。

 色々あったが俺も今日から真央霊術院とやらで寮暮らしだ。そう、俺は百合子殿に勧められた真央霊術院の入院に成功したのだ。入試を受けた時は訳が分からない状況になりこれは不合格かと狩猟生活の準備をしていたのだが、蓋を開けてみれば合格しており、1組に配属されるようだ。万事休すかと思いきや一転して合格、きっとこれから良からぬ事があるのだろう。しかし、俺を不安にさせたあの騒ぎは一体何だったのだろうか……?

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 入試前日。

 退院できた。百合子殿に聞いたことだが、どうやら真央霊術院の入試は明日で、参加希望者は募らず自由に参加できるらしい。前提として霊力があるかどうか調べられるようだが、俺なら問題ないとのこと。俺の霊力の量は良く分からないが、百合子殿が言うならそうなんだろう。現死神の彼女が言うことを疑う余地はない。それから一応助言も頂いた。入試の時は全力でやる事、だそうだ。なんでも、唯でさえ俺には片手しかないという大きな枷があるのだから、出し惜しみしている暇なんてないとのこと。ご尤もだ。言われるまでもない。片腕が無い事は人生において大きな障害だろう。故に、俺が手を抜く事などありえない。俺が全力でやっても所詮人並み以下なのだから。

 幸いな事に、浅打は返してもらえた。真央霊術院に入るのなら必要だろうとのことだ。霊術院でも支給されるが、やはり自分の物が一番と。元々俺の物ではないのだがそれはこの際気にしないでおこう。刃の研ぎ方も教わり、なんと砥石までも頂いてしまったのだ。少々嵩張るが、持っていて損な物でもないだろう。百合子殿には世話になりっぱなしである。死神になった暁には好物のおはぎを差し入れしようか。

 それはそうと、どうやら俺は一週間も入院していたそうだ。その内五日は眠っていたらしい。眠っている時が一瞬だとはいっても、少し寝過ぎじゃないかと思ったものだが百合子殿曰く「あれほどの大けがならむしろ当然」とのこと。それもそうかと納得してしまった。何にせよ、体がなまっている事に変わりはない。明日の入試に備えて、森を十周ぐらいしてくるか。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 入試当日。

 突然だが、俺の本名は寄生木アセビである。読みはヤドリギアセビだ。何故この名前にしたかというと、単純にふと目に入ったのがヤドリギとアセビだったからだ。何とも頭の程度が知れてしまう名付け理由だ。……そういえば、この入試は頭の程度がものを言う内容なのだろうか。百合子殿が霊圧霊圧と連呼するからてっきり戦う方向で決めつけていたが、これはあまりに短慮だったかもしれない。しかし、そんな事を今更悔いても何も始まらぬ。俺に学はあるのか、と聞かれれば堂々と『ない』と言い切れる。あれば森で狩猟生活などやってない。その程度の頭なのだ。

 受付で名前を書いている最中も内心で不安に包まれていた。周りの受験者達が皆、賢そうに見えてしまう。なんだあいつは、眼鏡なんてかけて如何にも賢そうじゃないか。隣のやつなんか筋骨隆々で勝てる気がしないのだが。なんだあの腕、丸太か? あんな腕で殴られたら俺に残された右腕が吹き飛ぶぞ。ああ、周りを見れば見るほど俺よりも優れた人で溢れかえっているように見えてしまうではないか。本当に俺は合格できるのか……?

 俺が絶望している瞬間にも時間は進んでいる。遂に入試が始まったのだ。入試内容は単純、受験者が二人一組になり一対一で戦い試験官がそれを評価するという形式だ。そして、受験者の人数は百一人である。何故か黒い斑の付いた犬が連想されたが、そんなことはどうでもいい。問題はこれが二人一組になって挑む入試だということだ。当然あぶれる者が出る。そして、あぶれた者とは俺のことだ。上からあいうえお順に組まれて行くのだが、俺の苗字は寄生木、後ろに人はいない。つまりあぶれる。あぶれた者はありがたい事に試験官直々に相手してくれるそうだ。周りを見渡すだけでも不安に煽られるというのにこの件で完全に俺の心は不安で決壊した。やはり、昨日走っているときに猪に出会ってしまったのが運の尽きか。景気良く丸焼きにして幸せな気分を味わったのが駄目だったというのか。良い事があった後は必ず悪い事が、それも良い事の度合いが大きければ大きいほど降ってくる悪い事が絶大になる。それは俺の左腕と腹に残った傷が保証している。断言しよう、何か運の良い事があると、それの倍悪い事があると。

 

「次、百一番、寄生木アセビ」

 

 遂に呼ばれた。死刑宣告を受けたような心持ちだが、やらなければならないのだろう。運が悪かろうとやってくる現実は変わらないのだ。ならばここで立っていても意味が無い。前に、俺自身が言ったではないか。呼ばれたのなら早く行くべきだと。

 

「お前は俺が相手をする。先手は譲ってやろう。思いっきりやるが良い」

 

 元より、そのつもりだ。試験官がどのくらいの実力か分からない。分からないが、俺は全力でこの試験に挑む。たとえ、負ける確率の方が高くてもだ。

 試験用に支給された木刀を持って前に出る。構えることはしない。俺が刀を使う時はいつも狩りの時だった。狩りの時に構えることはしない。やることはただ一つ。

 

「では、初め!」

 

 相手の首を断ち切る事だけだ。

 開始の合図と同時にあの歩法……百合子殿は瞬歩と言っていたな。瞬歩で試験官に近付き、首目掛けて木刀を振るった。型も何もない、ただ獲物を狩る為に振るわれた木刀は、すんでのところで反応した試験官の木刀を弾くだけに終わった。しかし、狩りでは良くあることだ。一刀目が防がれる事など承知済み、刀を振るった勢いを殺さずそのまま回転し、相手の顎目掛けて渾身の蹴りを放った。

 

 バキャッ!

 

 ……うん? おかしい、俺としてはこれも防がれて一旦体制を立て直す腹積もりだったのだが、予想外に手ごたえを……脚ごたえを感じたぞ?

 試験官の方を見てみると、俺の脚の先には試験官はいなかった。代わりに少し離れたところ、試験会場の端に試験官の姿はあった。壁を貫通し、見事に伸びている試験官の姿が。いち早く状況に追いついた男が試験官の口に手を当て「息を…していない……!?」と呟いた瞬間、俺は試験前に感じていた絶望とは違う絶望を感じた。人を殺してはいけないものだというのは、森で暮らしていた俺でも分かっている。なので、すわ御用か!? と合格以前の問題になってしまった事に絶望したのだ。

 とりあえず俺は蹴り上げていたままの状態だった体を元に戻し、事の成り行きを静観していた。俺が行っても出来ることは無い。なにより、事を混乱させるだけだろうと思った結果だ。

 幸い、その試験官は息を吹き返した。この場合は試験官にとって幸いな事なのだろうが、俺は何故か嫌な予感を感じていた。これは、あれか。俺にとっても幸いなことであって、そのツケが明日辺りに降りかかるのか。なんということだ。俺はただ試験を受けに来ただけだというのに、どうしてこうなる。

 思わずため息を吐いてしまった。ため息を吐くと幸せが逃げると言うが、少なくとも俺の幸せはしばらく訪れない事を考えると、やりきれない気持ちになる。その気持ちのまま空を見上げると、ふと、視界の端に黒猫を見つけた。試験会場に植えてある木の上で、ジッとこちらを見つめているのだ。目があったと思うと、その猫はそのまま木から飛び下りどこかに行ってしまった。

 ……とりあえず、今日の晩は久しぶりに魚でも食べるか。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 現在。

 こんなこともあり、俺は合格を半ば諦めていたのだ。試験官相手に殺人未遂。試験の内容はこれだが、合格する要素が見当たらないからだ。因みに、その日の夜は獲った魚を他の動物に取られるわ、その動物を追って取り返したら、焼いていた魚が焦げるわ散々な目にあった。

 お蔭で昨日の晩は大した量を食べる事が出来なかった。朝も霊術院にいかなければならないので適当になっていた果実を数個食べるだけだったので、今の俺は腹が減っているのだ。まさか霊術院初っ端からこんな悪い状態で通うことになると思わなかった。しかし、それも今日までだ。聞けば、朝晩と食事が提供されるらしい。部屋を用意してくれるだけで十分だというのに食事までついてくるとは夢にも思わなかった。これは嬉しい。何もしないで食事が提供されるとは、以前の環境からは考えられない事だ。

 まだ見ぬ食事達に思いを馳せていると、俺に割り当てられた教室を見つけた。中からは多くの喋り声が聞こえてくる。どうやら、既に多くの人達がいるようだ。

 これからどんな事が待ち受けているのか。それは分からないが、とりあえず入ってみなければわからないと、俺は教室の扉を開けた。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・初めての知り合い(百合子殿)

・砥石

・瞬歩(歩法の正式名称)

・入試で試験官を瀕死に追い込んだ男(称号)

 


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