その身に咲くは剣の花   作:ヤマダ・Y・モエ

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第九話

 

 

 

 鬼道は難しい。

 仕組みや言霊の説明を終え、いざ実践と鍛錬場に赴いた。だが、そこで遂に俺の鬼道の才能の無さが露呈した。「破道の四『白雷』」を撃てば何故か俺が感電し、「破道の十二『伏火』」を撃てば何故か俺が拘束される。そう、何故か俺の鬼道は全て己に返ってくるのだ。唯一「破道の一『衝』」だけはまともに飛んでいったが……威力がおかしい。衝とは本来、弱い衝撃を放つ技なのだ。それなのに、何故か俺が放った『衝』は岩を粉砕した。おかしい。霊力の加減とか、鬼道の不得意とか以前に、何故「破道の一」だけが成功するのか。そしてこの威力は何なのか。教師でさえも「君は頭おかしいんじゃないか?」と言ってきたぞ。なんだ頭おかしいって。霊力おかしいなら分かるが頭は無いだろ頭は。

 そして、更に悪意を感じる出来事があった。【破道】は『衝』以外からっきしのくせに【縛道】は完璧だったのだ。「縛道の一『塞』」「縛道の四『這縄』」といった一桁代の【縛道】は勿論の事、なんと十番台飛んで二十番台の【縛道】まで使えるのだ。何者かの悪意を感じるのも当然であろう。なんだこれは。【破道】の才能を全て【縛道】に注いだのか。どっちにしろ偏りは良くないだろう。練習しようにもしかし、教師に【破道】は無闇に撃つな、と釘を刺されてしまった。解せぬ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 そんな解せぬ事があっても時は流れていく。霊術院に入院して一ヶ月が経とうとしていた。相変わらず、斬拳走は優秀と教師に言われているが、鬼だけは壊滅的に駄目である。【縛道】だけ出来ても意味が無いのだ。【破道】が出来ねば意味が無い。そういえば、【回道】というものもあるらしいのだが、それは三回生になってから学ぶらしい。是非ともそっちは普通に使えることを願う。

 

「何黄昏てるのよ。先生に呼ばれたんだからさっさと行くわよ」

 

 そう言いつつ俺を急かす様に脹脛を軽く蹴ってくるのは山査子紫蘭。斬拳の授業では露骨に避けられている俺と懲りずに組み続ける奇怪な女子だ。この女、最初から俺に対して遠慮をしていなかったが、この一ヶ月間で更に遠慮しなくなった。具体的には、俺がまだ朝食を摂っているというのに「朝練に行くわよ!」と茶碗を持っているのも構わず俺を鍛錬場に連れ出し、夕食を摂っている最中でも「鍛錬に行くわよ!」と椅子を引き摺ってでも俺を連れ出す。紛失してしまった茶碗は十数個。食堂の皆、すまない。

 そんな紫蘭と俺は教師に呼び出されていた。紫蘭は「遂に来るべき時が来たわね」と謎発言をしていたが、俺には何のことかさっぱりだ。しかし、成績優秀で教師からの評判も良い紫蘭と共に呼ばれたということは少なくとも悪い様には成らないだろう。

 

「何よ? あたしの顔に何か付いてるわけ?」

 

 ただ紫蘭は努力家だと再認識していただけだ。他意はない。

 さて、紫蘭が一方的に話し、俺がそれを聞いて首を振るやりとりをしていると、いつの間にやら職員室に着いた。中に入ると、俺たちの学年の教師が待っており、俺たちはそこに向かう。周りの教師は皆、にこやかな笑顔を向け、まるで何かを祝福する様な雰囲気だ。正確には、紫蘭を、だが。

 

「良く来た。そこに座ってくれ」

 

 そう促され、俺たちは向かいの椅子に座る。この空気からして完全に悪い話という線は消えた。まずはそこに安堵した。

 

「さて、それで此処に呼んだ事についてだが、まず、山査子紫蘭」

「はい」

「君の斬拳走鬼の成績は一回生の範疇を大きく上回るものと、各教師からの申し入れがあった。よって、明日からは二回生として授業に励むように」

「はい!」

 

 飛び級か。一年で進級できるところを一ヶ月で進級とは流石としか言いようがない。しかし、やはりどこかでそれも当然か、と思う己がいる。

 何故彼女が俺としか組まないのか。それは単純に、俺以外に相手になる者がいないからだ。俺たちの所属する学級は『特進学級』という優秀な者を集めた学級だというのはついこの間知ったことだ。その中でも、紫蘭の相手となる者はいないのだ。俺でも、【破道】に関しては完全に紫蘭に劣っている。いや、これに関しては誰よりも劣っている。

 俺以外相手にならぬほどの実力を持っている。故に飛び級をして二回生になる。それが当然の流れだろうと俺の中で結論付いた。しかし、疑問なのは何故この場に俺が呼ばれたのか、ということだ。確かに斬拳走、これに関しては紫蘭と比べて遜色ない成績を修めている。特に斬に関しては紫蘭相手に勝ち越している。だが、鬼が全ての平均点を下げているのだ。なにせ、【破道】を放つと自爆する欠陥を持っているのだから。いくら【縛道】が出来ても致命的な欠陥だ。故に、何故俺が此処に呼ばれたのか分からないのだ。

 

「次に、寄生木アセビだが」

 

 遂にきた。さあ、言うがいい。俺がなんだ? まさか退学か? 問題行動はしていない筈だが、まさか茶碗の件での厳重注意か? いや待ってほしい。あれは紫蘭が強引に俺を連れていったのが悪いのだ。

 

「君も、明日からは二回生として授業に励んでくれ」

 

 ……なんだって?

 いや待て。待ってほしい。

 

「君に関しては教員全員と話し合ったのだが、斬拳走に関しては問題ない。むしろ斬に関しては山査子よりも良い成績を修めている。が、問題なのは鬼道だ」

 

 ああ、そうだとも。だから俺はまだ一回生として鬼道を学び、一年ごとに進級していくつもりでいたのだ。この様な未熟な状態では、とても死神としてやっていける自信がない。せめて、【破道】の十番台が無難に撃てるようにならなくてはいけないのだ。……『衝』を除いてな。

 

「【破道】は暴発するどころか自爆してしまう。それなのに、【縛道】は二十番台まで詠唱破棄で完璧に発動させる事が出来る。これほど扱いの難しい生徒も珍しい。……しかし、今までその様な生徒がいなかった訳ではない」

 

 俺のような存在が、他にもいたということか。それならば、是非とも助言を頂きたいものだ。主にどうやって【破道】を前に飛ばすのか、という点で。

 

「流石に【縛道】だけ優秀なのは君が初めてだけどな。……そういう訳で、ここの卒業生の中にも、鬼道が戦闘において使えない生徒というのはいたのだ。その前例があったからこそ、君を進級させる事が出来る」

 

 いや、その言い方だとまるで俺の鬼道はもはや手遅れという風に聞こえるんだが。教師が生徒の希望を摘む様な発言をして良いのか。良くないだろう。俺も授業で鬼道を発動させるたびにこれはもう駄目なんじゃないか、と思ったりしない訳ではない。が、それでも毎日地道に練習しているのだ。この前は『衝』が岩を貫通し向こうの木を破砕したぞ。これはもう『衝』ではなく別の何かなのではないかと教師を悩ましていたのは記憶に新しい。練習が明後日の方向へ作用しているが、それでも俺は頑張っている。

 

「極端に言えば、死神は鬼道が使えなくても斬魄刀さえあれば戦えるのだよ」

 

 俺の【破道】はもう使えない事を前提に話しているなこの教師。今に見ていろ。いつか三十番代詠唱破棄を習得し度肝を抜いてやろう。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「まあ、気にする事無いんじゃない? 白打と歩法はともかくとして、斬術ならあたしよりも上なんだから」

 

 進級についての説明が終わり、紫蘭と共に帰路についている。

 彼女は教師に実質「お前に【破道】の才能は無い」と言われたことを気遣っているのだ。同じく飛び級する者同士、片方が落ち込んでいるとやり難いとでも思っているのだろう。だが、生憎俺はそこまで落ち込んでいない。教師から直々に「才能無い」といわれる衝撃は、まあ、そこそこはあった。目に物見せてやろうとも思った。だが、同時に納得している自分もいるのだ。俺に【破道】の才能は無い。そして、まともに使えるようになる為にはこの六年を全て【破道】に費やす必要がある。当然、斬術や白打に費やす時間などない。得意を伸ばすか不得意を克服するか、この段階まで来てしまうと前者が正しいだろう。何故か、簡単な事だ。

 

俺が不得意を克服しても、敵は殺せないからだ。

 

 所詮、全く出来なかったのが、普通に出来る程度になるだけで、しかもその普通とは一般死神から見れば未熟な域だ。しかし、斬術や白打は違う。自分でいうのもなんだが、俺はこの二つが得意だ。自分でもまだ伸び代があると思っている。これを伸ばせば、より多くの敵を殺せるようになるだろう。つまりは、そういうことなのだ。この事を俺は心のどこかで理解し、納得している。故に、俺は落ち込んでいない。そんな暇があるなら斬術と白打を磨く。むしろ、【破道】という選択肢を捨てることによって他に重点を置く事が出来るのだ。

 

「アンタ、普段無表情だからよく分かんないけど、ふっ切ったの?」

 

 ふっ切ったのではない。元々未練など無いのだから、この場合は、かなぐり捨てた、というのが正しいような気がする。

 

「ま、いいわ。進級したらどうなるか知らないけど、あたしとまともにやれるのはアンタだけなんだから、こんなところで立ち止まっていないでよ? 張り合いが無くなっちゃうじゃない」

 

 勿論だ。俺はこんなところで立ち止まってはいられない。あの日約束した、奴との約束を果たす為にも、戦える選択肢が一つでも残っているのなら、俺はそれを磨き続ける。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・進級

 

本日の喪失

・【破道】

 




芸術は爆発。鬼道も爆発。
因みに、主人公の『衝』の威力が何故高いのかというと、それが暴発寸前だからです。辛うじて自爆せずにギリギリのラインで前に飛んでいるだけですので、決してまともに飛んでいるわけではないです。

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