第一話 二度目の再開
その日は雨だった。学校帰りに風鳴翼は花を持って墓地に赴く。
「…」
向かう先の墓地にある墓石の一つは名が刻まれていない。それは三か月前の戦いで世界を救った英雄の墓だった。天羽律叉。第三号聖遺物、ガングニールの適合者天羽奏の弟にしてアンクスの装備者。フィーネとの戦闘、そして最期に月の欠片の破壊を行い、そのまま帰還することはなかった。
翼はほぼ毎日この墓に通っていた。ほぼ毎日墓の前に手で手を合わせ、僅かな希望が現実になることを願っていた。この日は墓石の前に誰かがいるのが見えた。
普段は名前も刻まれていないこの墓に来る人間なんかいないはずだ。
「雪音…」
「………おう」
「雪音も来ていたのか?」
「たまにだ」
「………そうか」
「あたしも色々助けられたからな………アンタはアンタで毎日ご苦労なこったな」
「知られていたか…」
「………あんたはどう思ってるんだ?」
それは律叉の生死のことについてだ。翼は少し俯きがちに答える。
「生きていてほしいに決まっている……だが…」
その希望は絶望的過ぎた。だが、遺体が見つかっていないということは逆を言うとまだ生きている可能性が残っているということだ。ほんの僅かにでもその可能性にすがるしかなかった。
「どっちにしてもせめて身体だけでも見つかりゃいいんだがな」
「あっ…」
そこにさらに安藤創世もやってきた。
「君は…」
「お二人も…お墓参りですか?」
「ああ。君も……そうみたいだな」
創世は唯一律叉の残した形見である奏の編んだマフラーをしていた。律叉は目覚めてから最終決戦まで、何も残さなかった。住処にも想い出の品は何もなかった。だから唯一残った形見を弓美に預からせてもらったのだ。
「お花、一杯ですね…」
「そうだな…………私の花は仏花ではない。私が持ってきた花はこのまま持って帰って部屋に飾るとしよう」
翼は律叉が生きていることを願っていた。だから仏花ではなく、自身の好きな花を墓に置いていた。
「ありがとうございます…」
創世もかなり律叉と関わりの深かった人間だ。彼の死は響いたのだろう。翼と同じ様に、律叉が生きていることを願っていた。
「律叉さん……」
-翌週-
フィーネの策謀「ルナアタック」を阻止した響たちの戦い、そして律叉の犠牲から3か月後、人類はノイズへの対策を講じていたが、その要となる聖遺物ソロモンの杖の強奪事件が発生する。その同日、来日した歌姫のマリア・カデンツァヴナ・イヴとの合同ライブ中だった翼の前に、ノイズが出現。そして翼と観客たちの前で、マリアはシンフォギア「ガングニール」を纏うと、組織「フィーネ」の名を掲げ、全世界への宣戦布告を行った。
しかしマリアは人質に取っていた観客を解放した。そしてステージ上で秘匿事項故に変身できない翼に攻撃を仕掛けた。
上手くカメラの眼がないところにまで向かおうとした翼だったが、ヒールが折れた隙を突かれ、観客席にまで飛ばされた。観客席にはマリアの指示でどこからか召喚されたノイズがいた。そのまま落ちれば翼は炭化してしまうだろう。
(決別だ…歌姫であった私に…)
翼はカメラの前で、全世界の人間の前でシンフォギアを纏う覚悟を決めた。それは、アイドルを止めざるをえないということだ。どのみち歌わなければこのまま炭化して死ぬだけだ。
(すまない。律叉…)
「Imyuteus amenohabaki…」
唯一後悔があるとすれば、律叉との約束だった。夢に向かって飛べと言った律叉との約束を果たせないことが心残りだった。
その時、観客席からノイズの間を縫って翼のところまで飛んだ人間がいた。その人物は翼を抱え、ステージに下ろした。
「…な、なんだ…!?」
「ユウリ…」
翼を助けた人物はフード付きのマントをして顔が良く見えなかった。そしてその人物はマリアにユウリと呼ばれた。
「待機してろと言ったはずよ」
「………」
マリアに何やら叱られているが、ユウリは何の反応もしない。ユウリはマリアを無視し、翼に向き合う。
「貴様、マリアの……フィーネという組織の一員か!」
「………」
ユウリは何も答えない。そして応えぬまま、フードを外す。フードの下の顔を見た瞬間、翼は自分の眼を疑った。
「………ぁ…っか……君は…」
一方で会場の外には、避難した未来、弓美、詩織、創世が中継テレビで会場の様子を見ていた。その四人も会場に突如として現れたユウリの素顔を見て驚愕していた。
ユウリの素顔は頭に右目を隠すように包帯が巻かれている。さらにヘッドフォンをし、顔の下半分が隠れるような防塵マスクのような機械のマスクをしていた。
そして、癖のある髪型と紅い髪。顔はほとんど隠れているが、見まごうこともない。間違いなくそれは
「律叉さん…?」
-ステージ-
翼は驚きすぎて完全に止まっていた。
「り………律叉?」
「………」
返事はない。まるで死人のような輝きのない瞳で翼を見続けていた。
「生きていたのか?律叉…律叉!」
「彼は律叉ではないわ。彼の名前はユウリ」
マリアはそう言ったが翼はすぐに嘘だと判断する。
(あの顔を間違える者か!あれは間違いなく律叉だ!)
「なんだと!?貴様!律叉に何をした!」
翼がマリアを問い詰めようとした時、中継していたTVが全てシャットダウンされる。緒川の仕業だ。
「中継が!?」
「Imyuteus amenohabakiri tron」
それと同時に翼は天羽々斬を纏い、一気にマリアに迫った。
「彼にいったい何をした!!」
「くっ!!」
翼の初撃をマリアは後方に飛んで避けた。マリアを追撃しようと更に踏み込んだ時、間に律叉、いやユウリが割り込んだ。
「!!」
「………」
律叉は翼の攻撃をアンクスナックルで防いだ。
「律叉…」
「気を取られるなど!」
律叉に気を取られて隙が出来た翼をマリアが自在に変形するマントで叩き飛ばした。翼はステージの後ろのスクリーンに激突する。
「ぐぁ!」
「………」
翼は刀を杖にしながら立ち上がった。
「律叉……答えてくれ。君は一体…どうしてしまったんだ!なぜその者の味方をする!?なぜ私に敵対する!?君と………少しは分かり合えたと…」
「………」
翼の訴えに対しても相変らず律叉は何も言わない。ただじっと翼を眺めているだけだ。
「律叉!」
「さぁ、そろそろ終わりに………しようかしら」
マリアがマントをなびかせ、ガングニールを構えて突っ込む。翼は反撃の体勢を取ったが、律叉がアンクスナックルで放った光弾が翼の剣を弾き飛ばした。
(しまっ………やられ…)
マリアのガングニールが目の前まで迫ったとき、鋭い弾丸がガングニールを弾いた。
「!」
「でぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!」
そして猛々しい叫びと共に響が上空から拳を構えて突っ込んできた。マリアは前にマントの盾を展開しながら後ろに下がる。
「翼さん!大丈夫ですか!?」
「ぼさっとすんな!」
「立花…雪音…」
「チッ……」
マリアが舌打ちするが、装者が現れるのは想定内。いや、来てもらわないと困るのだ。今回の戦闘の目的は装者を倒すことではない。利用することだ。
「律叉さん…」
ここに来る直前まで二人は会場のカメラの生放送で現場を見ていた。見間違いかもしれないと思っていたが会場に来て確信した。やはり律叉だった。
「お前……そんなところで何やってんだよ!」
「………」
クリスと響の叫びにも律叉は反応の素振りを見せない。
「無視かよこの!」
クリスはボウガン型に変形させたアームドギアを律叉の付けているヘッドフォンに向けた。
しかし次の瞬間、律叉はクリスに飛び掛かった。焦ったクリスはボウガンを放ったが、それは全て完全回避される。
避けた上で律叉はクリスにアンクスナックルで殴り飛ばした。
「ぐぁぁぁぁ!」
「クリスちゃん!」
響はすぐさま律叉を背後から取り押える。しかし、律叉は上半身を前に倒し、響を投げ飛ばし、飛び蹴りで追撃した。
「立花!雪音!!」
「よそ見をしている暇が!」
「くっ!」
二人を心配した隙を突かれ、翼はマリアの猛攻に会う。
(………迷っている暇はない!今はマリア達を倒し、真相を聴くしかあるまい!)
翼は決意を固め、律叉の登場で揺らいでいた精神を持ち直した。マリアの懐にもぐりこみ、水平蹴りで足を掛ける。転びそうになったマリアを蹴り飛ばし、二本の剣を取り出て間髪入れずに風林火山を放った。
「ぐぅぅ…」
「話はベッドで聞かせてもらう!」
最後の一撃を決めようとした瞬間、小型の丸鋸のようなものが飛んできた。翼はそれを弾くために攻撃の手を止めた。
「いくデス!」
更にその叫びと共に二つの刃が翼に迫る。
「翼さん!」
横から響が翼を抱えて飛び出した。さらに何とか律叉の追撃を逃れたクリスも集まる。響たち三人の前に現れたのは、緑のギアを纏った少女とピンクのギアを纏った少女だった。
「切歌と調に助けてもらわなくても、私一人でどうにかできたわ」
どうやら切歌と調というらしい。
「もうやめよう!こんな戦い!今日であった私たちが争う理由なんてないよぉ!」
「そんな綺麗事を…!」
「えぇ!?」
「綺麗事で戦うやつの言うことなんか信じられるものかデス!」
「そんな!話せばわかりあえるよ!」
「偽善者……この世界には、あなたのような偽善者が多すぎる!」
「私はただ、みんなを助けたいだけで…」
「それこそが偽善!痛みを知らないあなたに、誰かのためになんて言ってほしくない!」
調の強い怒りがこもったような態度、それを示したとたんに律叉が響に襲い掛かった。
「律叉さん!?」
「何をしている立花!気持ちを乱すな!」
響の前に翼が現れ、律叉の攻撃を防いだ。
(律叉の力はすさまじいがアンクスを纏っている気配はない………どこからシンフォギアに匹敵する力が出せるのかはわからないが…ともかく気絶さえさせられれば…)
「立花、律叉を頼む!気絶させるだけだ!できるな!?」
「は…はい!」
動揺しているようだったが、相手は「助けなければならない相手」であり、それならば響もなんとか戦えるだろうと翼は考えた。
翼は上手く律叉を響の方へ渡し、向かってくる調の前へと立ちはだかった。切歌はクリスの、マリアは調の援護へ向かった。
「律叉さん!落ち着いてください!律叉さん!」
響は必死に律叉の攻撃を防ぎながら呼びかける。しかし律叉は攻撃の手を緩める様子はない。ただひたすら、ただ無情に攻撃を続けるだけだった。
「どうして…」
「………」
「律叉さん……っ!」
響は律叉の拳を受け止め、そのまま締め技を放った。
「……っ!」
上手くスリーパーホールドをかけ、意識を奪おうとした。だが、会場に突然巨大なノイズが召喚された。
「!?」
「はぁぁぁ!」
響が驚いていると、調が攻撃を仕掛けてきた。響は慌てて律叉を離してしまった。律叉は起き上がるとすぐに響に攻撃を仕掛けようとした。しかし、マリアがマントを操作して律叉を捕まえた。そして律叉が付けているヘッドフォンを外して自分を見させた。
「ユウリ!やめなさい!」
「………」
律叉は途端に大人しくなり、動きを止めた。マリアは大人しくなった律叉に再びヘッドフォンを付けた。
「撤退するわよ!」
そして召喚された巨大ノイズにマリアは一撃を放ち、ノイズを分裂させた。召喚されたノイズの特性は分裂増殖型。放っておけばどんどん数が増えるものだった。
「さぁ、行くわよ」
「待っ…」
四人は去った。現場に大量のノイズを残して。
その後、響の絶唱によるノイズの一掃が行われた。
「やっぱり………律叉さんだったんですね」
「ああ、見間違えるはずもない…妙な拘束具のようなものを付けられいたが…」
「律叉さん……」
全てが終わり、戻ってきた創世は律叉について尋ねていた。創世はマフラーを掴み、強く握った。
「律叉さん…っ!どうして」
続く