覚えているのは、誰かの悲鳴。
覚えているのは、誰かの断末魔。
覚えているのは、自分を呼ぶ姉の声。
最後の記憶は途切れ途切れだった。父さんと母さんに連れられて、遺跡発掘現場を見せてもらった。父さんたちの仕事に憧れていた。だからあの日もとても楽しかったはずだった。
だが、目が覚めたら3年の時が経っていた。
「律叉君、残念な知らせなんだが…」
そして、家族はすべて失われていた。父さんも母さんも、妹も、姉……奏姉も。目が覚めたら家族全員が死んでいたなんて状況、今まで考えたこともない。現実味はまるでなかった。だが確かに、この胸に絶望だけはあった。
そんな時、俺の目の前にあの女が現れた。
「天羽奏……あなたのお姉さんの仇を取りたくはない?」
◆◆◆◆◆◆◆
「はっ!」
薄暗い部屋で目を覚ました。夢を見ていたようだ。雨が窓をたたく音だけが俺の周りにあった。
ここは町はずれにある廃墟の一角。俺は二年前からここに住んでいる。いや、勝手に住み着いている。かつてあった大きなノイズの襲撃で住人がほとんど死に、今は改めて住む者も、ここを復興しようというものもいない。当時はノイズに抗う手段、シンフォギアは存在しなかったためだ。
天涯孤独が住むにはちょうどいい場所だ。
「…ぐ」
全身が痛む。アンクスのバックファイアのダメージだ。もう二回もあいつを、風鳴翼を仕留めそこなった。俺は近くに落ちていたアンクスのナックルを手に取る。
「最大稼働時間15分……こんなことで本当に風鳴翼を倒せるのかよ…」
ーリディアン学生寮ー
「どうしたの響、なんだか元気がないね」
「うん」
ここはリディアンの学生寮の一角、立花響と小日向未来の部屋。立花響は机に突っ伏していた。
「ねぇ未来」
「?」
「人と人とが、わかり会うのってそんなに難しいのかな」
なんの話だろうと思いながら未来は一応相談に乗ってやる。
「…そうだね……信頼を築くのは口にするよりずっと難しいことだから…」
「そうなのかなぁ……ちゃんと話し合えば、きっと分かり会えると思うんだけど…」
(私と翼さんとのこともあるけど、正直律叉さんとのことの方が気になる…)
「ところで響、明日の約束、覚えてる?」
響は以前、明日の日付に未来と流れ星を見にいく約束をしていた。
「うん!もちろんだよ!」
先程とうって変わって元気に返事をした。親友との約束は今の悩みとは別に楽しみだからだ。それに、これ以上この話を全く関係ない親友にしていたくなかった。
(…悩んでたって仕方ないよね……これは翼さんと律叉さんの問題なんだし、私なんかが首突っ込んでいい問題でもない。だけど、それでも…私は)
ー律叉の住処ー
律叉がアンクスのバックファイアの痛みに苦しみながら寝ていると、通信機が鳴った。無理やり腕を動かし、通信機を取る。
「あんたか…」
通信機に出ると、その相手は律叉に力を与えた女からだった。
『いまからそっちに客人が行くわ。敵じゃないから安心なさい』
「………わかった」
少し待っていると、扉がノックされた。律叉が出ると、そこには白い髪の少女がいた。白い髪の少女は律叉をじろじろと見る。
「へぇ、お前があの人気者に姉貴殺されたってやつか」
開口一番がそれだった。律叉は小さくため息をつく。
「そうだ。で?用件はなんだよ」
「あたしもあんたと一緒でな、彼女…フィーネと共に目的のために戦ってる」
「そうかい………まぁ、上がれよ」
なんとなく言いたいことを理解し、律叉は部屋に上げた。歌緒は冷蔵庫からペットボトルに入った水を出し、少女に投げた。
「あたしは雪音クリス。いろいろあってフィーネに保護された身だ」
「天羽律叉…」
律叉は自己紹介だけしたが、それ以上はなにも言わなかった。
「フィーネにいわれたのは、あんたとあたしの共同戦線の作戦だ。あたしはフィーネに言われた装者の確保、あんたはあの人気者の抹殺。それでOKか?」
クリスが確認をしてくる。律叉は頷いた。二人相手は厄介だしうち一人は倒すべき相手でも守るべきものでもない上に妙に争い事を好まない性格だ。現場からいなくなるっていうなら都合がいい。
「明後日の夕方に決行だ。まず、あたしがこの杖でノイズを操って装者達を誘き出す」
「ノイズを操る?」
その単語に律叉は眉を顰めた。
「ん?ああ。そうだ。これはソロモンの杖。これを使えばノイズを操ることが出来る」
「…」
ソロモンの杖、その存在を、その使い方を見たときに律叉の頭の中で何かがつながりそうになった。
「どうした?」
「いや…何でもない」
繋がりかけただけで、それ以上は何も思いつかなかったので律叉は黙った。
「こっちには突起物の情報が流れてる。もう一人のガングニールを使ってるやつの近くでノイズを発生させる。人気者もすぐ向かってくるだろうがあんたがそっちの相手をする。単純だろ?」
「そうだな…ひとついいか?」
「なんだよ?」
「ノイズを出すなら人気の少ないところでやれ。犠牲者は出すな」
「……わかってる。あたしだって殺しはしたくねぇからな。あたしなりに平和な世界を望んでいるんだ」
「ならいい」
ー翌日ー
計画通り、翌日の夕方にノイズは発生したそれに伴い、二課所属の装者は出撃させられた。現場に最も近かったのは、立花響だった。響は親友の未来との約束を諦め、ノイズ討伐へ向かった。
翼にもその連絡は当然届き、すぐに現場までバイクで向かう道中。
(先日に続き、再びノイズ……この発生率の高さは一体…)
近日連続発生するノイズの出現頻度の高さに疑問を抱きながら現場までバイクを走らせていた。その時、翼の走っていたバイクの前に人が現れた。翼は急ブレーキをかけて現れた人物の前でギリギリ止まった。翼が目の前に現れた人物の顔を見て思わず口から名前を零すように言った
「………律叉…」
「風鳴翼……」
現れたのは律叉だった。作戦通りだ。律叉はナックルを取り出し、自身の拳に当てる。
『レ・デ・ィ』
「行くぞ………風鳴翼!」
『フ・ィ・ス・ト・オ・ン』
ベルトから発生したアンクスの鎧が律叉を包む。律叉はベルトからナックルを外して翼に向けた
「はぁ!」
ナックルから放たれた衝撃波が翼を襲う。翼はそれをまともに食らい、バイクから投げ出された。
人間が食らって無事でいられる威力ではない。翼は道路を転がって倒れたまま動かなくなった。しかし意識はある。痛みでもだえ苦しみながら、身体を起こそうとする。
「さぁ!さっさとギアを纏え!風鳴翼!」
翼の前に立ち、律叉はギアを纏うのを待つ。
「………私は」
翼は吐血しながらなんとか起き上がろうとする。しかし起き上がることはできず、ほとんど腹這いのまま話を始めた。
「…私は奏を救えなかった………あなたには、私を討つ権利がある」
「…あ、ああ!!そうだ。だからさっさとギアを纏え!俺と戦え!」
「しかし………あなたはこだわるのだな。戦うことに」
「…なに?」
「さっきから私は動いていない。殺す隙はいくらでもあったはず。なのにあなたは私を殺さない。あくまで戦って殺そうとしている」
「…」
「もし、正々堂々の決闘を望むなら今は、今だけは邪魔しないでほしい!私はこの国の剣、防人だ…。己の罪から逃げる気はないが、今失われようとしている命を見殺しにはできない!奏の命を目の前で救えなかった!だからこそ私は!目の前で救える命を二度と失いたくない!」
翼は力強い瞳で律叉を見た。律叉はその眼力に少し怖気づく。翼は地面に手をついて律叉に頼み込む。
「必ず後日にあなたと決闘することを約束する…だからどうか…今だけは!」
「…」
律叉自身、この復讐は望んだものではない。子供のころに意識を失い、目が覚めたら家族は全員死んでいて、唯一与えられた生きる道。しかし律叉も身体は大きくなったが精神はほとんど子供のままだ。
この復讐が本当に正しいのか、そして風鳴翼という人物が本当に殺すに値する罪人なのかを判断できるだけの知識も自信もなかった。
「………約束…だ」
「…ありがとう」
翼はバイクにまたがり、現場へと駆けていった。翼がいなくなったところで律叉はベルトを外して変身解除する。
「…どうしたらいいんだよ………かな姉」
◆◆◆◆◆◆◆
-公園-
「はぁ、はぁ、はぁ…」
響は現場である地下鉄にいたノイズの討伐を完了し、地下から地上へ攻撃した勢いで出てきていた。小日向未来との約束を守れなかったことへの悲しさ、くやしさ、申し訳なさ、そしてタイミングの悪いノイズへの恨みを全力でぶつけた。
「あ…流れ星……」
『油断するな響君!新たなノイズの反応だ!』
「え?」
本部から弦十郎の通信が聞こえた。視線を上に移すとそこには新たなノイズが出現する。
「……私にだって、守りたいものがあるんだ!」
響はノイズの群れに立ち向かおうとしたとき、どこからか声がした。
「で?どうすんだよ」
「え?」
森の奥から何者かが歩いてきた。白を基調とし、緑の装飾で飾られ、紫の水晶が刺々しく飛び出している鎧を纏った少女だった。
「…あなたは…」
「ぼーっとしてんな!半人前!」
突然少女は鎧から伸びている鎖のような武器で響に攻撃を仕掛けた。響はギリギリその攻撃を反射的に躱し、攻撃によって抉られた地面をみて驚愕する。
「あなたは…いったいどうしてこんなこと…」
「なんだよ、腰抜けてんのかぁ?ま、だったらこっちもやりやすいって…」
再び少女が武器を振り上げる。その瞬間、二人の間に誰かが入り込み、少女に斬撃を放った。青い髪と蒼い鎧。風鳴翼だ。
「なに!?」
「…ネフシュタンの鎧………」
突如として現れた翼に、少女は驚いていた。
(どうなってる……?まさか負けたのか?あいつ)
「へぇ?こいつの出自を知ってるんだ?」
「忘れるものか……あの日、私が犯した失敗で奪われたものを、何より、奪われた命を!絆を忘れるものか!!」
翼は激昂し、ネフシュタンの鎧をまとった少女、クリスに立ち向かった。
その夜、翼は完全聖遺物であるネフシュタンの鎧に太刀打ちするために己の身を顧みず絶唱を使った。しかしそのことを律叉は知る由もなかった。
-数日後-
「…」
律叉は結局、翼を襲撃した後に住処に帰ることもせずに野宿を繰り返しながら公園をぶらついていた。ずっと考えていた。風鳴翼のことを。
「おい」
背後から聞き覚えのある声がするのとほぼ同時に律叉の足元に何かかが打ち付けられ、律叉は思いっきり吹っ飛んで木に叩きつけられた。
「がぁ!」
痛みに耐えつつ状況を見るとさっきまで自分がいた位置の背後となる場所にいたのはネフシュタンの鎧を纏ったクリスだった。
「やっと見つけたぞ………ピンピンしてるところをみると、別に負けたわけでもなさそうだな。どうしてあの人気者を殺さなかった?テメェが作戦通り動かなかったおかげでこっちは対象の捕獲に失敗したどころか痛い目まで見てんだぞ!」
クリスは完全にイラついていた。しかし、律叉は俯きながらつぶやく。
「……俺らのやってることって正しいのか?」
「何ぃ?」
「ノイズを操って、多くの人を巻き込んで、挙句にノイズから人を護るシンフォギアを滅ぼして…」
「テメェは何も知らないんだろ!?だったら余計なことは考えずにあたし等に従ってりゃいいんだよ!!」
「お前らの目的ってなんだ!!」
「世界から戦争を無くす…戦いの意思と力を持つ人間を叩き潰して……そうすれば戦争の火種はなくなる!そのために私たちは戦ってんだ!」
「そんなんで本当に世界から争いがなくなるのかよ!」
「あぁ!?逆らう気が起きないくらいの絶対的な力!それがあれば誰も戦わなくなる!」
「そんな…」
律叉はなぜかショックをうけた。なぜかはよくわからないがフィーネに、そしてクリスに猜疑心が芽生えたのだ。
律叉はナックルを懐から取り出し、ナックルから電磁波を光弾として発射してそれによって発生した粉塵に紛れてその場から逃げ出した。
「逃げたか…まぁいい」
続く